連載小説
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無感の職人と甘美なる機械姫 前編
 ―甘射祭。
 甘い菓子を送りつつさりげない女子力アピールで交際へと発展させるチャンスが作れる日。
 いつしか目を付けた商人によって莫大な金額が動く一大イベントへと発展した日。
 普段は奥手な人間女子や、積極的になれない魔物娘たちが最も奮闘する日。
 一週間続くこの祭りはこのイーストエルディアの街に一番カップルと子供が作られる期間である。―
 ―世界遊行紀行より―



「へー!ここってイーストエルディアっていう街だったんですね」
「なんで算術とか学ぼうと思わなければ身につかない事を知っているのに、地理とか自然に覚えれることは知らないんだ?」

 少し狭い路地を悠貴、ノアともう一人背の高い痩せた男の三人が歩いている。背の高い男は悠貴と同じ黒髪のショートヘアだが瞳は右目が昏い紅、左目が金色の目を引くオッドアイの男で黒に統一されたスーツに膝まであるロングコートに身を包んでおり、一見すると近寄りがたい不審者の様な雰囲気だが、常に柔らかな表情をしているためいい具合に不審者スタイルを相殺している。
 もっとも見る人によっては胡散臭いイメージを与えるかもしれないが。

「悪いね、二人とも。多分荒事にはならないけど男手はあったほうがいいからさ」

 もともと優しい笑みだった顔は少し申し訳ないというような表情を作り二人に話しかける。

「別に構わない、それより」
「うん、今年もばっちりキープしてもらっているからね」
「何の話ですか?」

 今まで会った人だと基本的にノアが格上で他が一歩下がったところにいるような関係性があったが、基本的に対等な立場で話している人はノアの嫁のエステル以外では初めて見るので悠貴も若干この男に興味があるようであった。

「さっき読んでた甘射祭用の贈り物の菓子は、毎年ノア君の分も僕が見繕ってるんだ」
「でもこの本だと基本女性が男性に贈るってなってますよ?」
「夫婦ならばまた話は別さ。甘いものじゃなくても別にいいしね」
「そうなんですね」

 ふと悠貴の脳裏に照れ顔でお菓子をくれるフレイの顔が浮かんだ。浮かぶと同時に全然会えていないことも思い出し大きなため息を一つ。



「ここだよ」

 ついたのは少し小さいが真っ白な壁が清潔感を感じさせる洋菓子店。日本にあれば路地裏の隠れた名店など銘打って特集が組まれそうな感じだ。
 店の扉を開けると上品なベルが鳴り、奥から少し生意気そうな少年が出てくる。
 そして男の顔を見るなりあからさまに嫌そうな顔をした。

「な、なんだよ……何しに来たんだよ」
「店長さんと少しお話がしたくてね。上がらせてもらうよ」
「ぐ……どうぞ」

 露骨に嫌な顔をしながらも逆らえないのかそのまま中に入れる少年。
 こそっと耳打ちでノアに疑問をぶつける悠貴。

「そういえばノアさんこの人って何者なんです?そもそもこのお店に何しに来たんですか?」
「そうか。会ってそのまま来たから話してないか。あいつはマグナ・ベイカー。ここから西にある中央都市の大銀行グリーピングバンクのお偉いさんだ」
「銀行のお偉いさん!?そんな人がわざわざなんで」
「めったに外に出ないけど重要な場面とかには自分から出張ることもある。本人は格好つけて『頭取案件』なんて言ってるけどな」
「……つまり、ここはただの洋菓子店ではなく実は魔物娘秘密結社の本部だとか……!」
「いや、今回は私情オンリーだ」
「えぇ……」

 そんな会話をしている内に店主が調理しているキッチン前に着く三人。

「こんにちはキースさん、今お話しいいですか?」
「……なんじゃ」

 奥から出てきたのは小太りした目つきの鋭い男だ。真っ白なコックコートを着ているからこの店の人間だと分かるが、着る服が違えば悪徳商人や奴隷商人と思われそうな風体だなと悠貴は思った。

「マグナか、申し訳ないがまだ……」
「長いお話になりそうですし、座らせてもらえませんか?」
「……わかった」

 キッチンとはまた別の部屋。応接室に通される三人。
 そのまま誰も口を開かなかったが一分ほどしたところでマグナが口を開く。

「さて、もうお分かりの様ですが今回はお支払いの督促に来ました」
「もう少し待ってはもらえないか?」
「ええ、もちろんそれは可能です。それにキースさんは僕が初めて契約させていただいた方ですから、あまりこういうことは良くありませんが少し猶予を伸ばすことも検討しています」
「本当か……!」
「ですが」

 一度言葉を切り、まっすぐな瞳でキースを見るマグナ。

「……今のキースさんは少しの猶予ができたところで根本的な解決はできない、と踏んで今回僕が出てきました。」
「どういうことだ」
「正直に答えてください。二年ほど前から味を感じられなくなっているというのは本当ですか?」
「それは……」

 気まずそうに目を逸らすキース。図星の表情であった。悪徳商人っぽいと勝手な悪印象を持っていた悠貴だがこんなに表情に出やすいならそれは無理だななどとのんきなことを考えていた。

「だが、レシピは完璧だ。それ通りに作っているので問題はない」
「でも新商品は作ることができない。あのショコラロードと呼ばれたキースさんが」
「ぐ……」
「もちろん店売り用の品は相変わらず高品質ですからまだしばらくは持つでしょう。しかし、強みであったオーダーメイド品と常識破りな最高の新商品は作ることができない」
「……」
「さて、ここから逆転できる方法はあるでしょうか?」

 相変わらず穏やかな笑みを崩さないマグナ。口調も責めるというよりも、少し心配しているような口ぶりだ。

「ああ、別に僕はキースさんを責めに来たわけではないんです。ただお手伝いがしたくて」
「お手伝い?」
「はい」

 すると応接室に突如魔法陣が現れ、大きな箱が出現する。大きさからいうと小柄な少女なら閉じ込めることができそうな大きさだ。
 そしてマグナは箱をゆっくりと明け、中の物を―者を取り出す。

「……マグナ、これは」
「これは僕の隣にいるノア君が先日発掘して僕に届けてくれたものです。オートマトン、といえばわかるでしょうか」
「オートマトン……」

 そんなやり取りをしている内に箱の中の少女は目を開き、上半身を起こす。
 一目見ただけで人間とは異なる物と分かる姿だ。関節などは特に顕著で人間であれば肌や筋肉に隠されている駆動部は露出しており、歯車の様な形状のパーツによって接続されている。
 表情は気怠げとも無表情ともとれる。灰色がかった髪は肩で切り揃えられている。

「……問、貴方が私に甘い物の製造方法を教授するマスターですか?」
「な、なにを言って……おい!マグナ!」

 いきなり箱から出てきた少女に困惑し、連れてきた(正確には召喚した)男をにらみつけるキース。

「お前、なにを企んでいる……!オートマトンなどそれこそ個体数が限られている上に今の技術では作り出せぬモノだろう!それをワシに渡すとはどういうつもりじゃ!」
「僕が支払いを待つ条件は一つ。その子に一週間菓子作りを教え込んで甘射祭のイベントの一つ、ショコラピアに出場してください。その結果次第で支払いの延期を検討します」
「馬鹿な!技術を教えたところで心も持たぬような機械娘に菓子作りなど無理じゃ!」
「レシピが完璧だから問題ない、と仰っていませんでしたか?」
「それは……」

 完全に論破され、黙り込むキース。
 甘射祭は開催期間中、様々なイベントがあるがその中でもショコラピアは特に人気が高いイベントであり、ショコラティエなら誰もが憧れる舞台といっても過言ではない。

「僕からの推薦という事ですでに枠は取ってあります。拒否しても構いませんが……信用なくして成り立たない僕の立場も危うくなってしまいますね」
「じゃがそれは!」
「再度問います。貴方が私に甘い物の製造方法を教授するマスターですか?」

 二人のやり取りがいまいち理解できていないオートマトンの少女は空気を読まずに首をかしげながら再度キースに問いかける。

「……あの、すみません。部外者の俺が口出すことじゃないと思うんですけど」
「なんじゃ小僧……」

 ギロリと睨まれ、一瞬ひるむ悠貴。それでもいざとなればノアが守ってくれることを期待しつつ言葉を選びながら話す。

「この子はその、甘い物が好きで、たまたまノアさんの家にあったキースさんのお菓子を食べてショコラティエに憧れた子なんです」
「ふん、機械娘に感情があるとは思えぬがな」
「そうかもしれません。でも、俺はあそこまで美味しそうにチョコを食べる顔を見たことがありません」
「……」
「それはキースさんの言う通りあらかじめ組まれていた機能なのかもしれません。でも、キースさんにチョコづくりを教えてほしいと言い出したのは間違いなくこの子なんです。だから」
「ええいもうわかったわ!どのみちこの話を蹴ることなどワシには出来んのだからな。……変わったなマグナ」
「立場が変われば振る舞いも変えなければいけませんから」
「……フン。で、この娘の名は何というんじゃ?」

 さぁ?と首をかしげる三人。
 オートマトンの少女を見ても同様にさぁ?と首をかしげる始末。

「お前ら……」
「私は甘い物の製造方法を教授してもらえないのでしょうか?」
「ええい、そのくだりはもう終わったわ!今はお前の名前をどうするかを考えておる!」
「では先ほどマスターの仰った『機械娘』でいいです」
「良くないわ!流石のワシも良心の呵責を感じるわ!しかもまだお前の主人になどなっておらん!!」
「そうですか。では」

 そのままキースに顔を近づけ、機械仕掛けの姿に似合わずにねっとりと絡みつくような口づけをするオートマトン。
 いきなりのことに反応できずに目を見開き、硬直してしまうキース。今年で42歳になるがショコラ一筋で生きてきたこの男は見た目に反し女性への免疫が全くないようであった。
 そして……ニヤリとかなりあくどい笑みを浮かべる二人。ノアとマグナはしっかりとこのオートマトンの行為の意味が解っていた。

「……ちょ、いい加減やめんか!機械娘とはいえ年頃の娘の姿をしたお前が軽々しくそういうことするんじゃない!!」
「認証が完了しました。以後よろしくお願いします」
「さて、それでは僕らはここらで失礼します。また一週間後、会場でお会いしましょう」
「……!」

 無言で三人を睨みつけるキース。その視線を意に介さず立ち去るマグナと共に立ち去る悠貴とノア。



「シュクルじゃ。お前は今日からそう名乗れ」
「問、シュクルという名の意味は何でしょうか」
「『砂糖』じゃ。菓子作りにはかなりの頻度で必要になる。名は体を表すともいうしシンプルな名のほうがいいじゃろう」
「了解しました。これより個体名をシュクルと名乗ります」
「……本当にこんな機械娘でショコラピアに出ろというのかマグナ……!」

 味を感じられなくなったかつてショコラロードと呼ばれた男の問いに答えるものはそこにはいなかった。
21/02/11 21:42更新 / noa
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