連載小説
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凍てつく楔と春招く蝶 前編


 なんでこんなにメシ食うんだよコイツ……


 チッ食費だって馬鹿にならねえぞ……


 動きも遅くて仕事も出来ないなんてねぇ……


「……おなかすいた」




「ノ、ノアさん……こっちであってるんですよね……?」
「多分な」
「多分!?あんなに自信満々だったのに!?」

 雪が深く積もる森の中を歩く3つの人影。先頭を歩く茶色髪の男は少し難しい顔をしながら地図を眺めている。

「前に来たときは夏だったからな……ここまで雪が積もっているのは完全に予想外だ」
「ならここら一帯を焼き払うというのはどうだ?」

 物騒な提案をするのは有翼の尻尾と角の生えた人ならざる美貌を持つ女性。二人は危なげなく雪道を進んでいるが……

「ま、待って……ちょっと休憩……ゴホッ」

 ついに体力が尽きた黒髪の青年、樋野悠貴はついに雪の中に倒れ伏した。

「だ、大丈夫かゆーき!だから私が抱っこをするといったのに!」
「そ、それは男としてのプライドが……」
「ゆーきー!!」

 二人のしょうもないやり取りはいつものことなのでこのまま放置するとして……実際まだ太陽は高い位置にあるが最近の日の落ちる速さを考慮するとそろそろ集落につかなければこの雪の中で野宿することになる。
 ノアとしては特に問題はないが、あちらの二人は完全に『人肌で温めあうしかないな……』と一目はばからず体を重ねるので嫁と別行動になっているノアとしてはそれは避けたいところだった。というより昨晩泊った宿でも気をきかせて別の部屋に泊まったらそこそこ厚い壁をもろともせずにドラゴンのフレイの嬌声は聞こえてきた。

「一帯を焼き払うのは冗句だとしてもある程度視界が広がるぐらいは……ん?」

 微かに聞こえる声。言い争うようにも聞こえるがこれは

(一方的に襲われて何とか抵抗している……ってとこか)

 ちらりと二人を見るが『あ、ゆーきのゆーきがこんなになって……』『だ、ダメですよ。よ、夜までは我慢しないと……』しばらく放っておいたほうが良さそうなのでそのまま声が聞こえた方へ向かうノア。



「なあ小僧。はやくその娘をこっちに渡しな」
「そうだぜ、お前みたいなガキにはもったいねえ」
「だ、だめです!ハルちゃんは渡しません!」

 6人の男たちに囲まれ涙目になりながらも少女を庇う少年。その後ろで庇われている少女は我関せずといった表情で野菜のような塊をもしゃもしゃと食べている。

(あれはグリーンワームか……その前にいる少年は……丸腰か。他の奴らはおそらく野盗。雑魚しかいないな)

 すぐに状況を把握し、少年を助けるべく剣を抜き真正面から歩いていく。

「よう少年。ずいぶん趣味の悪いオトモダチを連れているんだな」
「えっ」
「なんだてめえは!!」

 奇襲をするでもなく、知り合いに世間話をするかのように話しかけるノア。人数こそいてもノアからすればこの程度の野盗如きにわざわざ策など必要ない。なんなら倍の人数で逆に奇襲されてもいなせるぐらいには力の差がある。だが目の前の奴らはそれのことに気が付かず

「ははははは!馬鹿かお前!この人数相手に真正面からくるなんてよ」
「ちょうどいい、お前も持ってるもん全部置いてきな」
「ついでだ、男娼の店に売り飛ばしてやるぜ」

「おう少年。目閉じて耳塞いであっち向いてろ。ここからは大人のアートのお時間だ」
「え、えっと、あ、はい」

 少年はまだ幼かったが、本能的に怒らせてはいけない人が怒っていると理解し、反射的に指示に従った。

「は、ハルちゃんもあっち向いてようね」
「……がぶっ」
「あ痛!」

 そんなやり取りをしている間に

「ぎゃあああああ!!や、やめてくれ!!やめてください!!!俺が悪かった!!悪かったですから!!」
「ヒイイイイ!助けて!助けてくれええええ!!」
「やだ!いやだ!!こんな、こんなの……ヒッ」

 男たちの断末魔が雪深い森に響いたのであった。



「……というわけだ。お前たちがくんずほぐれつしている内に少年少女は助けられ、村にも案内してくれるという事だ」
「「はい、すみません……」」

 悠貴からすればまだくんずほぐれつはしていなかった、イチャついていただけだがそれを言うと確実に身の危険を感じたので黙っていた。何より幼い少年少女の前でそのことを言うのも憚れたのだ。

「えっと村はこっちです」
「悪いな、案内頼むぞマルク」

 野盗に襲われていた少年はマルクといい、早くに両親をなくし一人で暮らしている少年だった。幸い村の住民たちはみんな暖かな人でいつもいろいろ良くしてくれているのだという。

 もう一人の少女。ぷにっとしたフォルムに全体的に黄緑色のような肌。そして無数にある手とも足ともいえない突起。

「えっと、こっちはグリーンワームのハルちゃん、ハルっていいます……っていっても名前を教えてくれないのでボクが勝手にそう呼んでいるだけなんですけど」
「……もしゃもしゃ」

 相変わらず関心のない顔をしたままマルクの髪をもしゃもしゃと食んでいるハル。現在の魔物娘ならもっと好意的に、なんならそのままマルクを押し倒してもいいぐらいのはずだがそうはせず、くっついてひたすらに口にモノを入れているのであった。



「本当にありがとうございます」
「何とお礼を言っていいか……」

 村についた一行は村の大切な子供であるマルクとハルを助けたことによりささやかながらも暖かい歓迎の席に呼ばれていた。もっともいちゃついていただけの悠貴とフレイは非常に気まずそうにしていたが。

「あの、ノアさん!よかったらこちらのお酒はいかがですか?」
「この料理、私が作りました!よ、よければ召し上がってください」
「ん……悪くないな」

 見た目のみならず颯爽と危機を救ったノアは完全に注目の的となり、村の娘たちに囲まれていた。

「……ねえフレイさん」
「どうしたゆーき」

 ずっと疑問に思っていたことをフレイに問う悠貴。

「……まだこの世界のこと、完全に解ってるわけじゃないけど今は魔物娘たちって人間には好意的なんですよね」
「……ん、まあそうだな」
「なんでハルちゃんは甲斐甲斐しく世話をしてくれるマルクにあんな淡白なんでしょう?」
「そうだな……」

 自分以外に大して興味を持たないフレイだが長く生きていれば知識というものは勝手に身につく。悠貴の問いに答えるべく記憶と知識をたどり。

「グリーンワームという種族は大きくなるとパピヨンという種族になるらしいが、そこに至るために多くの栄養が必要になる。その結果彼女たちの興味は基本的に食に向くらしい」
「でもさっきここに来る途中にもマルクの頭とか足とか手を割と本気で嚙んでましたし、そんな攻撃的になる必要はない思うんですけど……」
「そうだな、それに他にも気になることがある」

 スッと目を細めるフレイ。

「彼女の『親』のことだ。マルクは一か月程前に迷子になっていたところを助けたというが、はたして大切な我が子をそんなに長期間放置するか?草の根を分けても探すのが親だろう」
「たしかに……」

 正直元の世界ならそれはあり得た。実際に自分の親を、子を、兄弟姉妹を害するような者もいた。だがこの世界は違う。まだ多くの人と関わりを持っていない悠貴でもそれははっきりと解る。親は子を見捨てないし、子も親を大切にしている。

「おとーさん……おかーさん……」

 小さな声で呟かれたハルの言葉は誰にも伝わらぬまま空へと消えていった。


 歓迎会がお開きになった後、村の者たちはそれぞれの家路についた。中にはノアを何としても家に招こうとする女性もいたがマルクの『助けてもらった僕の家に泊まってもらうのがボクのできるお返しなんです』という一言でその場は収まった。元から可愛い顔つきのマルクがふんす!と気合を入れる表情に一様にノックアウトされたようであった。……それだけでなく一部からはノア×マルなどと若干不穏なワードも聞こえたがマルクは意味が解らず、ノアは聞こえないふりをしてスルーした。

 因みに悠貴とフレイはいわゆるラヴなお宿に案内されていた。今日も夜遅くまで愛を確かめ合うのであろう。

「すぅー……すぅー……」
「あ……すいませんノアさん。家についたばっかりなのに……ハルちゃんをベッドまで運んできますね」
「ああ」

 そのまま家の奥にハルを背負っていくマルクを見送るノア。そして―
(エステル、少し調べてほしいことがあるんだが)
(ん……はぁ!あっ……ちょっと待ってねだんなさま……!あと少しでイケそう……!)
(……)

 慌ててやめるでもなく、むしろ燃料を投下された火炎のように激しくなる息遣い。念話は高度な技術が必要であり、ある程度集中しなければならないのだが、自慰の片手間に応じるあたり流石は魔王の娘の種族なのだろう。

(……なるほど、エステルは旦那様の頼みよりも自分のことを優先する自分勝手な女だったんだな)
(ち、ちがう……からぁ!その……)
(……帰ったらお仕置きだな)
(!!!あうううぅぅ!)

 まさに絶頂を迎えようとした瞬間に絶妙なタイミングで言葉責めを行うノア。普段ノアから誘うことはあまりないがゆえにこうして誘いの言葉が出るだけで感極まり、エステルの絶頂は普段と比較にならないほどの大きなものを迎えたのであった。

(はぁ……はぁ……すごいよかった……だんなさましゅきぃ……)
(落ち着いてからでいい。また折り返してくれ)
(は、はひ……)

 下手すれば明日の朝まで返事はないであろうことを考え予定を頭の中で組みなおす。冒険者ギルドで受けた依頼も日程には余裕があるのでこちらは考慮しなくていいだろう。それよりも今はどことなく気まずく、それでもお互いが離れて生活できないような奇妙な関係の子供とグリーンワームの問題に手を貸すことに決めるノア。図らずも悠貴、フレイと同じ結論に至ったノアは戻ってきたマルクに手を貸すという事は伏せつつある程度長期間滞在することを伝え、その日は眠りについたのであった。




「お、おしおき……最高位の魔物の私にお仕置き……!流石は私のだんなさまだ……!」
 ノアの読み通り、エステルは空が白みはじめるまで自分がされるであろうお仕置きに妄想を膨らませ、トリップしていたのであった。
21/01/06 15:05更新 / noa
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