連載小説
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異世界少年と竜と夢追う夫婦の話
「ぎゃあああああああああ!!!!死ぬ!!!死ぬううううううううう!!!!」
「はっはっは!情けない声上げてんなよ、舌かむぜ?」


 切り立った崖の上から二つの影が勢いよく飛び出し―そのままスピードを殺さずに遥か下の地面へと吸い込まれていく。


「無理!無理です!死にます!!やだああああ!!転生した先ですぐに死ぬのはいやあああああ!!!」


 一つの影は黒髪黒目の青年、よく見れば悪くない顔立ちだが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔は決して女性に見せていいものではないだろう。


「やれやれ、ドラゴンが見たいっていうから人がせっかく連れてきてやったのに……ま、私も依頼が済んだしアレの相手をするのは骨が折れるからちょうどいいんだけどな」


 もう一つの影は中性的な顔つきこそしているが、声からしてこちらも男と判断できる。茶色に染まった髪を肩まで伸ばし、瞳は真紅に輝く整った顔立ちの男だ。そして―


「おのれニンゲン!絶対に逃がさんぞ!!」
「ひいいいぃぃぃ!!」


 二人を目掛け急降下してくる美女。切れ長の目には怒りの炎が燃え、視線だけで気の弱いものを射殺せるほどのオーラを放っているが彼女は決して人間ではない。大きく広がった翼にしなやかな尻尾、まっすぐに伸びた二本の角が彼女が人外のもであることを証明していた。
「どうして……どうしてこんなことにいいいいぃぃぃぃ!!!」
黒髪の青年、樋野悠貴は何度目かわからない答えなき問いを叫びながら一気に地面に吸い込まれていった。



 樋野悠貴は不慮の事故で死に、この世界へとやってきた。だが残念なことに特殊な能力やチートのような装備品は特に貰うことができなかった。悠貴は少しゴネたが

「そもそも死んだ人が生き返ること自体あり得ないですし、転移がいわゆるボーナスですよ」

 という女神や

「そもそもそんな力を手に入れたところで使いこなせずに自滅するのがオチじゃしの」

 と仙人のようなじいさまに諭されなんとなくそれもそうかと思い特に何も貰わずに、正確には短剣と宿にしばらくは困らない分のお金、この世界で違和感のない服一式をもらい転移してきた。
 異世界へのシミュレーションを完璧にしていた悠貴は迷うことなく冒険者ギルドへ行った。行ったが―

・媚薬になる薬草を探しています
・アルラウネさんの蜜三か月分
・金曜日のサバトに潜入調査し、幼女の良さを調べるのじゃ

「なんだこの色ボケ依頼どもはー!!!」


 と、まだ冒険者登録もしていないくせにクエストボードを覗き勝手に憤慨していたのである。


「なんかこう、あるだろ!例えばアンデッド蠢くダンジョンに挑むとか!!高い山に住むドラゴンの討伐とか!!」
「ん、なんだ少年、ドラゴンが見たいのか?」
「えっ」

 ここで出会ったのが真紅の瞳を持ち、まさに今悠貴の絶体絶命のピンチを作り出した張本人であり

「ノアだ、ノア・ヴァレンシュタイン。ついてくるなら好きにしな少年」

 この世界で最強のパートナーとの出会いだった。

「……ハッ今のがまさか走馬灯というやつか!」
「流石にちょっとしつこいな、おい少年。お前童貞か?」
「話の流れ!話の流れが見えない!あとどどど童貞ちゃうわ!!」
「はっはっは!それは失礼!なに、あのドラゴンと一発やってみたいかと思ってな」
「え」


 落ちていきながらも上からくる襲撃者を見る。表情こそ恐ろしいが顔は非の打ち所がない程の美貌。身体も下品になり過ぎずそれなりに大きな胸、無駄な脂肪が完全にそぎ落とされ引き締まった胴にすらりと伸びた美脚。


「……ゴクリ」
「正直なのはいいことだと思うぜ」


 地面まで10メートルを切ったであろうタイミングでノアは腰に下げていた剣を引き向き地面に向け大きく振るう。すると地面へ放たれた剣の波動は地面を抉り、そのまま落下してきた二人を包む風となり跳ね返ってきた。危なげなく着地する二人。


「は……は……生きてる、死んだかと思った……」
「良い表情だな。これがエロスとタナトスか」


 何か隣の茶髪が言ってるが悠貴の耳には入らない。いやそれよりも―

「ふ、もう逃がさん。覚悟するがいい」


 翼を広げ優雅に大地に降り立つドラゴン。未だその目は怒りに燃えているが

『あのドラゴンと一発やってみたいかと思ってな』

『あのドラゴンと一発やってみたいかと思ってな』

『あのドラゴンと一発やってみたいかと思ってな』


「……ノア殿」
「なんだ急に気持ち悪い」
「拙者あのお方に初めてをささげたいで候」
「やっぱ童貞なんじゃないか。見栄張るなよみっともない」
「面目次第もござらぬ」


 なんだこいつ気持ち悪い……という表情を変えずにノアも自身の『本当の』目的を果たすため。ドラゴンに対峙する。


「まずは謝罪を。あんたらドラゴンはいろんな財宝を持っている。だからこそ自分のテリトリーに入られるのをひどく嫌っているよな。申し訳なかった」


 唐突なノアの謝罪に驚きつつもそれでも厳しい視線のまま二人をにらみつけているドラゴン。


「ふん、口では何とでもいえる……。ならば害意がない証拠を見せてみろ」
「証拠ってそんな……」


 無茶である。少なくともなんとなく只者じゃないオーラをノアから感じて気分でついてきた悠貴にはそんなものはない。


「実は……こいつが……あ、悠貴っていうんだけどな。アンタに一目惚れしたらしいんだ」
「「な、なにぃ!?!?」」


 見事にハモる悠貴とドラゴン。どちらも初耳なので当然だ。


「ば、ば、馬鹿な……ニンゲン如きが私に一目惚れだと……ふ、ふじゃけるな!!」

(あ、かわいい。しゅきぃ)


 気が動転しすぎて嚙んでいるドラゴンと可愛い一面もあると気が付きにやける悠貴。


「じゃ、あとは頑張れよ少年」
「え、嘘!ここから丸投げなの!?」
「あとはお前のハートをぶつけるだけだろ」
「え、そんなクールな見た目なのにまさかの根性論!?」
「お、おいお前!!」
「ひゃい!!」


 さっさと立ち去ろうとするノアに追いすがろうとする悠貴だがドラゴンに腕をつかまされ無理やり正面を向かされる。絵面としては情けないが相手は地上の王者であり、ただの一般人の悠貴ではとても力では太刀打ちできないのだ。


「な、名は何という……」
「は、はい。自分は樋野悠貴といいます。好きな食べ物はババロアです」
「ばばろあ……?ン、コホン。まあいい。お、お、お前はその……本当に私に一目惚れしたのか」
「はい!!」

 即答である。何もかもがめちゃくちゃで奇天烈で破天荒だったがそれでも自信を持って言える。

「ならばお前はその……なんだ……私のどこがいいんだ?」
「ゴメンナサイ!!まだわかりません!!!」
「そこも即答するのかお前は!!!」

 即答である。相手のことを何も知らない上にどちらかと言えばひたすらに射殺さんばかりの視線や殺気に晒されていたのだから当然といえば当然だが。


「……おまえ私をコケにしているだろう」
「そんなことないです!まだお名前すら知らないのに適当なことを言いたくなかっただけなんです!!」
「……」


 確かにそうだ。ドラゴンはこの期に及んでまだ名乗ってすらいなかった。


「…………フレイだ」
「フレイさん……」


 少し照れているのか若干顔は赤くなっているがそれでも決して目を逸らさないドラゴンのフレイ。


「その、確かに俺、まだ全然フレイさんのことは知りませんけど。でも、出会うって一から始めることだと思うんです!えっと、なんというか、確かにまだ見た目のことしか俺はわからないですけど、でもそれが運命を感じたというか!」
「も、もういい!!やめろ!!こっちが恥ずかしくなる!!」


 声こそ怒りを孕んでいるものの敵意は完全になくなり、しっかりと対話もできる状態になっている。


「ほ、ほ、本当に一目惚れをしたというのなら……行動で示してみろ……!」
「え……」


 そのまま目を閉じるフレイ。身長はさほど変わらない二人であり、今悠貴の目の前には顔を真っ赤にしながら何かを待つ美女。その求めるモノがわからないほど鈍感な悠貴ではなかった。


「そ、その、失礼します……」
「……っん」


 そのまま二人は口づけを交わした―




「あ、お帰りなさいだんなさま」
「ん、ただいまエステル」


 街から少し離れたこじんまりとした小屋。そこが今ノアが住んでいる家だった。


「どうだったフレイ。うまくいきそう?」
「さあ、どうだろうな。キッカケはくれてやったが結局うまくいくかどうかはお互いの気持ち次第だろ」
「んー、だんなさまは厳しいなあ。そこがカッコいいんだけど」
「他にはなにか依頼はきてるのか?」
「えーっとね……デュラハンのセレイネから『健気に剣を練習するショタっ子』にダークエルフのルナルナから『ちょっとS気のあるちょいぽちゃの人』に……」
「業が深いな」
「あはは……」


 ノアと話す銀髪の絶世の美女。有無を言わさぬ神秘的なオーラをまといながらも親しみやすい笑みを浮かべる女性こそノアの仕事仲間にして最愛の妻、リリムのエステル・ヴァレンシュタインである。


「本当に……」
「ん?」
「本当にだんなさまは世界中の魔物娘が運命の人を見つけて……幸せになれると思う?」
「さあな」


 ノアの返答は変わらない。自分たちは『キッカケを与える』ことしかできないとわきまえているからだ。


「ただ……運命かどうかわからなくても、じっくり時間をかければ偶然が必然になることもあるんじゃないか」
「……うん、うん!さすがは私のだんなさまだ」
「照れるからやめろ。最高の私の嫁」


 二人は願う。全ての人と魔物の共に生きる道を。『全て』を変えることは出来ないとわかっていても。きっと自分たちのように敵対していても手を取り合うことができる者たちがいると信じて。
 二人に悠貴とフレイが仲間になるのはまだ少し先の話―
21/01/06 02:15更新 / noa
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