第3話 執事と道中
『さぁ、ここに寝なさい』
『この台の上にですか?』
石レンガの壁に囲まれた薄暗い部屋の中にふくよかな体型の男が小柄で細身の子供をつれてやってきた。
その部屋の周りには様々な薬品の瓶に本、何かを拘束するための道具が無数に存在しており、さらに部屋の中央には人が一人寝転べるほど大きなテーブルが鎮座していた。
そのテーブルの足には、鎖が繋がれており、
石レンガの個室という事だけでも不気味なのに、テーブルと本が不気味さを更に際立たせていた。
『そうだ。早くしなさい』
『は、はい』
男にせかされて少年はその台の上に寝転んだ。
男は少年が指示通りに動いたのに表情を良くすると、テーブルの足に繋がれている枷を少年の手足につけた。
『大丈夫。すぐに終わるよ』
男の行為に驚いて不安げな表情をした少年に男は優しく言うと、少年の表情から不安が少し消えた。
それを確認した男は、少年を拘束している台から離れると、無数の本がしまわれている本棚まで行くと、一冊の本を取り、また戻ってきた。
その表情はどす黒い狂気により醜く歪んでいた。
「ウガァアアァァ!!!」
ハァ・・・、ハァ・・・。
ゆ、夢か・・・。
ここは、レスカティエを出て少し離れた野営地。
レスカティエで旅の準備を終えた俺達は、次の街に向って出発したのだが、次の街へは早くても5日はかかる。
なので、あまり無理をするのもあれなので、適当な所でテントを立て、早めに休む事にしたのだ。
いつもの営みを終えて、2人で並んで寝ていたのだが、何であんな夢を見てしまったのだろう。
震えと全身から溢れる嫌な汗が止まらない。
あれはもう過去の事。
終わった事なんだ!!
なのに・・・、なのに・・・。
震えが止まらない・・・。
落ち着かせようとすると、体の奥から恐怖が湧き上がってくる。
左腹部にあるものを掴みながら、泥沼のような恐怖に震えていた。
「ロイ・・・?どうしたの・・・」
すると、俺の隣で寝ていたヘカテーが目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「あぁ・・・、ごめん、起こしちゃったね。大丈夫、なんでもないよ」
ヘカテーに不安を与えないように出来るだけ平穏を装いながらそういった。
すると、ヘカテーはゆっくりと起き上がると俺の頭を自分の胸に押し付けるように抱きしめてきた。
「へ、ヘカテー?」
「私はいつでもロイの側にいるからね」
そういって、俺の頭を優しく撫でてきた。
ヘカテーの手が俺の頭を撫でる度に、俺の中で暴れていた恐怖が次第に落ち着いていった。
昔からそうだったな。
俺や妹達が悪夢や不安にうなされると、そっと寄り添って落ち着くまで一緒にいてくれる。
アホな子だけど、優しい子なのだ。
それのおかげでどれだけ助かったのだろうか。
そうして、ヘカテーの胸に埋もれ、撫でられるがままになっていると、俺の中から不安が完全に消え去ってしまった。
「ヘカテー…」
「ん、な〜に?」
「ありがとう」
そう言うと、握り締めるようにして左腹部をおさえていた手から力を抜くと、ヘカテーの胸の中で静かに眠りに付いた。
「おやすみ。私はずっとあなたのそばにいるからね」
朝、テントの片づけを終えた私たちは次の街へと移動を始めた。
ヘカテーのおかげで、昨日の夜のような恐怖は全くなく出発することができた。
「ねぇねぇ、ロイ」
「どうしたの?ヘカテー」
「次に行く町って私の妹がいるところなのよね?」
「そうだよ。魔王様から頂いた地図に書いているし、このコンパスもその町を指しているしね」
そう言って、私が持つコンパスを見せた。
「それは?」
「リリムの魔力を探知してその方向を指すマジックアイテムだよ」
これは、私が作ったマジックアイテムで、説明の通り、いちばん近いリリム様の位置を指し示すものである。
そんなコンパスは、次に行く町と同じ場所を指している。
魔王様から頂いた市販の地図には世界各地にいるリリム様がいる所が記されているがそれでも全員ではない。
だから、この地図にいないリリム様方は自力で見つけないといけない。
そういった時にこのコンパスは力を発揮するだろう。
今回はテスト運転といった所だ。
ふむ、今のところ順調である。
「それじゃあ、これがあれが私の妹に会えるのね!!」
そう言って羽をパタパタと動かして嬉しさを表現する。
昨日の夜のような母性に溢れる姿とは、凄いギャップを感じてしまう。
そこが、ヘカテーのいいところでもあるんだけどな。
「ねぇねぇ、他にも何か持ってきたの?」
「ああ、これの他にも色々もってきたけど、今はこれだけ」
「え〜。もっと見せてよ〜」
「その時が来たら見せてあげるよ」
と、不満をいうヘカテーの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
まるで猫である。
「そこのお前達!!ちょっと待て!!」
と、不意に静止の声がかけられた。
声のほうを向いてみると、鎧やローブを着た男と女が2人ずつの集団が現れた。
着ているものに付いている十字のマーク、そして、こちらに向く敵意の視線から、反魔物国家の人間のようだ。
「貴様、魔王の娘リリムだな!」
「そーだよ〜。あなた達は?」
ヘカテー、お願いだからそれくらい察してくれ・・・。
こいつらが村人にでも見えたのか?
「我らは教国聖騎士団所属の勇者だ!悪の根源である魔王の娘、リリム!!覚悟しろ!!」
恐らくそう言ったのがリーダーらしく、彼が武器を構えると、他のメンバーも武器を構えた。
それを見てようやく危機感を覚えたヘカテー。
魔王城に長くいた所為か、そこらへんの危機感が乏しくなってしまったのだろうか・・・。
教育しなおした方がいいかな・・・。
「リリムだから倒すとは、随分と野蛮な物言いですね」
「ふん!魔物に魂を売った屑に言われる筋合いは無い!!」
「別に私は魔王様に魂を売った覚えはありません。私は人間に捨てられ、魔王様に拾われました。私は恩を返すために魔王様に仕えております」
「何・・・!?」
「それに、ヘカテーを見てください」
不安な表情を浮かべながら。俺の背中に隠れるヘカテー。
その姿は、魔王の娘ではなく1人の少女のように感じられる。
「私も長年ヘカテーに連れ添ってきましたが、危険な存在ではないことは私が一番良く知っています。ヘカテーは魔王第2皇女ではありますが、ドン臭くて、馬鹿で、好き嫌いが多くて、たまに下着を着ないで外に出ようとするし、言った事を3歩で忘れる時だってあるし、1人で買い物行くと迷子になって帰れなくなるときだってあるし・・・」
言っている内に、黒いモヤモヤとしたものが溢れてくるのが自分でも良く分かった。
勇者パーティーも引いているし、当の本人であるヘカテーに至っては、ショックを受けすぎて固まっている。
正直、言いすぎた反省しないと・・・。
「でも、他の種族の幸せを誰よりも思っているし、この世界の平穏を誰よりも望んでいる心優しい子なのです」
ヘカテーのそんな所に俺は惹かれた。
この子と一緒なら、俺は生きていけると感じたから。
「本当にヘカテーを殺めたいのであれば、私がお相手いたします」
そういって、愛用の武器を手に取り一歩前に出た。
「その武器、形状から察すると投げナイフだな」
「その通りです。他にもありますよ」
そう言うと、自分の影に手をかざした。
すると、自分の影から黒色の槍が現れた。
「流石は、悪魔に魂を売っただけはあるな。闇魔法もお手の物のようだな」
ふっ、闇魔法ですか…。
さて、それはどうかな。
「それでは、こちらから行きます!!」
そう言うと、槍を勇者の隣にいる勇者に向かって投げつけた。
「危ない!!」
「これくらい大丈夫!!」
女魔法使いと思われる後衛がそう叫んだが、勇者は横に飛んで私の槍を回避した。
「次はこっちからだ!!」
そう言うと、剣を構え、こちらに駆け寄ってきた。
剣とナイフでは、リーチが違いすぎる。
よほどの戦いなれをしているか、ナイフの扱いに心得がないと、勝つことはできないだろう。
だが、私の武器がこのナイフとあの槍だけと行った覚えはない。
「『シャドー・プラント!!』」
「なっ!!」
すると、勇者の影から大小様々な触手のような黒い影が伸び、私に切りかかろうとしてきた勇者を取り押さえてしまった。
「く、クソ!!だが、この鎧には光の加護がある!こんな魔法引き裂いてやる!!!」
そう言って、自身の体に巻きついている黒い触手を引き裂こうと左右に引っ張るが切れる気配は全くない。
「無駄ですよ。それは伸縮性に優れていますので、どんなに力を入れても切れることはありません」
「クソッ!!普通ならこの鎧に触れた瞬間、消えるはずなのに、なんで、これは消えたいんだ!!」
切れないと分かった勇者は、触手を振りほどこうと暴れ始めた。
「なぜか、教えて差し上げましょう。私が使う魔法は闇魔法ではありません。光魔法だからです」
「はっ!?これが光魔法だって!?」
「はい。その通りです」
私の使う魔法が光属性と知った瞬間、勇者は驚きのあまり暴れるのを止めてしまった。
「馬鹿な!!魔王の配下がなぜ光属性を使えるんだ!!?」
「流石にこれ以上は教えられませんね。フラグは立てたくありませんので」
そうにこやかに言うと、悔しそうな表情をしてしまった。
まぁ、一般にはあまり知れ渡っていない存在だし、知らないのも無理ないだろう。だが、あえて簡単に説明するれば、『光であるが、光の対極に位置するもの』といったところだろう。
「さて、止めといk…」
「はっ!!」
止めをさそうと近づいた瞬間、勇者一行にいた女剣士が斬りかかってきた。
「勇者様、ご無事ですか!!」
「ああ!すまない」
「構いません。今は一刻も早く、そこから抜け出してください!!」
『時間稼ぎをするから、その隙にこいつを倒してください!!』ということだろうか?
他人任せなのか、それだけ信用しているのか…。
「魔物め!覚悟しろ!!」
そう言って、彼女は手にもつハルバードを下段に構え、攻撃を仕掛けてきた。
彼女は、この勇者の有様を見ていなかったのだろうか。
これでは、彼の二の舞である。
「『スフィア!!』」
「!!」
すると、彼女の影から勇者の時と同じように何かが吹き出した。
ただ、彼女の場合、それは触手のようなものではなく、黒い布のような膜であった。
そして、それは、あっと言う間に彼女を包みこんで、球体状になってしまった。
「アスカ!!」
その様子を見ていた勇者が彼女の名を叫んだ。
「おい、お前達!!援護はどうした!?」
「う、動けない…」
「く、クソ…、仲間が目の前でやらせそうなのに…!!」
「お前達、何してやがる!!」
ピクリとも動かない二人に向かってそういうが、今の彼らが自力で動くのは不可能である。
「無理ですよ。あの子達は、私の影で縛ってありますので」
初撃をこちらから仕掛けたときに使ったあの槍に秘密がある。
あれには、影を地面に縫い付けて相手の動きを抑える術、『影縫い』と呼ばれる東洋の術である。
「それでは、先にこちらをやりますか」
そう言うと、女剣士が入っている球体の方に体を向けた。
その時だった。
女剣士を包んでいた球体がいきなり縦に切り裂かれ、中から女剣士が飛び出してきた。
「ダァリャァァァァァ!!」
「な、なに!?スフィアを壊した!?」
あのスフィアの中は、ヘカテーの魔力を弱めて、サキュバス程度の魔力が詰まっている。
普通ならサキュバスいなってしまうのだが…。
「アスカ!大丈夫か!?」
「ちょっと大丈夫じゃないかもです!!もう、身体が火照って大変です!!」
魔力に当てられて身体が火照るだけって嘘でしょ!?
普通なら魔物化しているはずなのに!!
「よくも私を閉じ込めてくれたわね!覚悟しなさい!!」
魔物化はしなかったけど、性格は柔らかく変わったようだ。
と、考えるのは後にしよう。今は、この色々と吹っ切れた彼女を止めることに専念しよう。
「デヤァァァァ!!」
突き刺してきたハルバードを体を回転させてよけた。
しかし、その瞬間、ハルバードを横振りに振ってきた。それを、横宙返りで避け、魔力弾を相手に向かって打ち込んだ。
「なんの!!」
しかし、彼女はそれをハルバードの柄の部分で弾き飛ばした。
ちっ、思いのほか厄介だな…。
「やっと動けるようになった!!」
「勇者!今助ける!!『アンチマジック!!』」
と、女剣士の相手をしている間に、影が動いたようで、動きを封じていた後衛の2人が動き出した。
僧侶のような男がそう唱えると、シャドー・プラントが崩れ落ち、動きを封じていた勇者を助けだした。
というか、まだ捕まっていたのか。
「すまない。助かった!」
「礼は後にしてくれ、まずはこいつらを倒そう」
ちっ、一気に劣勢になってしまったようだ。
欲張って、後衛の二人を抑えるのに一本しか使わなかったのがいけなかったようだ。
「よくもやったな!お返しだ!!『フリーズランサー!!』」
女魔法使いは、槍状の氷塊をこちらに向かって打ち込んできた。
「ハァァァァ!!」
「ウオリャァァァァァ!!」
それと同時に勇者と女剣士が同時に斬りかかってきた。
これは、きついな…。
左腹部にの力をもっと使うしかないか…。
「『グランドウォール!!』」
「えっ!」
「きゃっ!!」
「なっ!!」
力を使おうと左腹部に手を当て、力を貯めていると、俺の目の前にいきなり土の壁が現れた。
その壁に阻まれて、女魔法使いが出した氷塊はくだけ、勇者と女剣士は足を取られ、後ろに転んでしまった。
これってまさか!!と思い、振り返ってみると、ヘカテーが地面に手をついてこちら側を睨むように見ていた。
「ロイをいじめちゃダメ!!」
「ヘカテー!ありがとう助かったよ!!」
「えへへ」
先ほどの表情を一転させて笑顔になった。
本当に、表情がコロコロ変わるな。
「いって〜…。リリムがいたことすっかり忘れていた…」
「く、あのリリム、厄介ね。先に潰した方が良さそうね!!」
「そんなことさせないといったはずです『クリエイト・ザ・ナイフ!!』」
ヘカテーに攻撃対象を移そうとした勇者と女剣士だが、影を大量のナイフの形にし滞空させた。
「行け!!」
そう命令すると、滞空していたナイフが一斉に勇者パーティーに襲いかかった。
勇者と女剣士は武器で弾いたり、体をそらすことで避け、魔法使いと僧侶は障壁を張って猛攻をしのいでいた。
「くっ、数が多い!!」
「ここまでよく頑張りましたが、私たちの勝ちです」
「はっ!この程度でいk…!!」
勇者の言葉はそこで途切れた。
なぜなら、勇者の影から伸びた手がナイフを掴み、勇者の鎧の隙間から勇者を刺していた。
「勇者さm…グッ!!」
「大丈b…がはっ!!」
「みんなしっかり…うくっ!!」
他の勇者パーティーも勇者と同じように、影から伸びた手によってその体にナイフが突き刺さった。
これで私たちの勝ちである。
なぜ、そう言い切れるのかというと、このナイフ魔界銀製の武器だし、影で作ったナイフもヘカテーからもらった魔力で作っているので殺傷能力は全くない。
つまり、何が言いたいのかというと…。
「くはぁぁあぁ!!熱い!!身体が熱いよ!!」
「なんで!なんで刺されたところがこんなに熱いの!!」
「き、貴様…、俺達に何をしやがった…!!」
「なにをしたか、教えて差し上げましょう。そのナイフは魔界銀をしようしております。魔界銀は人体を傷つけることはありません。このナイフが切れるのは相手の精気。そして、切られた時に、この武器に宿っている魔力が相手に宿り、相手の体を変質させます」
「つまり…、そのナイフに切られると、魔物になるってことか…」
「ええ、その通りでございます。しかし、私の場合は少し特殊でしてね。私のナイフにはヘカテーからもらった私の魔力が宿っております。リリムはどんな魔物にも変化させることができます。しかし、このナイフに付加されている魔力では、相手の潜在能力から変化する魔物を自動的に判断します」
「ア、アアァァァァアアア!!」
「イく、イクゥゥゥゥ!!
どうやら、長々と説明をしているうちに魔物化が終わったようだ。
女剣士はデュラハンに、女魔法使いはインプへと、姿を変えた。
「アスカ…!大丈夫か…」
「リン…!しっかりしろ…」
「ハァ…、ハァ…、勇者様…♥」
「ハァ…、アハ…。バン〜♥」
魔物化した仲間に声をかけた男二人だったが、魔物化した女は、とても艶っぽい声でそれに返した。
「勇者様。もう我慢できないの。頂戴。勇者様を頂戴…」
「バン〜、私ずっとあなたのことが好きだったの♥だから、お願い♥♥あなたのオチンチン私のオマンコに頂戴!!」
飢えた獣のような目で仲間を見下ろす魔物。
完全に発情して、理性が完全に切れているようだ。
「ちょ、ちょっと待て!ここ外だぞ!!」
「いいもん♥誰かに見られても構わないもん♥♥」
「リン!!気持ちは嬉しいが、俺は聖職者だから!!」
「性職者〜?それなら問題ないよね♥」
「それでは、私たちはお邪魔みたいなので、これで失礼します」
そう言うと、ヘカテーを連れてその場を後にした。
ヘカテーと一緒に混じって乱交もいいかもしれないが、ここは職務を優先しないと計画が狂ってしまうからな。
ヘカテーは残念そうにしていたけど、夜にたっぷり相手してあげると約束すると納得してくれたようだ。
すこしとはいえ、ヘカテーの魔力を使ってしまったことだし、補給もしておいたほうがいいだろう。
余計な時間を取られましたが、これくらいなら許容範囲内です。
さて、次のリリム様のいる町『プルミエ』へはまだ遠く、先ほどのような遭遇もあるでしょう。しかし、後、約半分です。頑張って行きましょう。
『この台の上にですか?』
石レンガの壁に囲まれた薄暗い部屋の中にふくよかな体型の男が小柄で細身の子供をつれてやってきた。
その部屋の周りには様々な薬品の瓶に本、何かを拘束するための道具が無数に存在しており、さらに部屋の中央には人が一人寝転べるほど大きなテーブルが鎮座していた。
そのテーブルの足には、鎖が繋がれており、
石レンガの個室という事だけでも不気味なのに、テーブルと本が不気味さを更に際立たせていた。
『そうだ。早くしなさい』
『は、はい』
男にせかされて少年はその台の上に寝転んだ。
男は少年が指示通りに動いたのに表情を良くすると、テーブルの足に繋がれている枷を少年の手足につけた。
『大丈夫。すぐに終わるよ』
男の行為に驚いて不安げな表情をした少年に男は優しく言うと、少年の表情から不安が少し消えた。
それを確認した男は、少年を拘束している台から離れると、無数の本がしまわれている本棚まで行くと、一冊の本を取り、また戻ってきた。
その表情はどす黒い狂気により醜く歪んでいた。
「ウガァアアァァ!!!」
ハァ・・・、ハァ・・・。
ゆ、夢か・・・。
ここは、レスカティエを出て少し離れた野営地。
レスカティエで旅の準備を終えた俺達は、次の街に向って出発したのだが、次の街へは早くても5日はかかる。
なので、あまり無理をするのもあれなので、適当な所でテントを立て、早めに休む事にしたのだ。
いつもの営みを終えて、2人で並んで寝ていたのだが、何であんな夢を見てしまったのだろう。
震えと全身から溢れる嫌な汗が止まらない。
あれはもう過去の事。
終わった事なんだ!!
なのに・・・、なのに・・・。
震えが止まらない・・・。
落ち着かせようとすると、体の奥から恐怖が湧き上がってくる。
左腹部にあるものを掴みながら、泥沼のような恐怖に震えていた。
「ロイ・・・?どうしたの・・・」
すると、俺の隣で寝ていたヘカテーが目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「あぁ・・・、ごめん、起こしちゃったね。大丈夫、なんでもないよ」
ヘカテーに不安を与えないように出来るだけ平穏を装いながらそういった。
すると、ヘカテーはゆっくりと起き上がると俺の頭を自分の胸に押し付けるように抱きしめてきた。
「へ、ヘカテー?」
「私はいつでもロイの側にいるからね」
そういって、俺の頭を優しく撫でてきた。
ヘカテーの手が俺の頭を撫でる度に、俺の中で暴れていた恐怖が次第に落ち着いていった。
昔からそうだったな。
俺や妹達が悪夢や不安にうなされると、そっと寄り添って落ち着くまで一緒にいてくれる。
アホな子だけど、優しい子なのだ。
それのおかげでどれだけ助かったのだろうか。
そうして、ヘカテーの胸に埋もれ、撫でられるがままになっていると、俺の中から不安が完全に消え去ってしまった。
「ヘカテー…」
「ん、な〜に?」
「ありがとう」
そう言うと、握り締めるようにして左腹部をおさえていた手から力を抜くと、ヘカテーの胸の中で静かに眠りに付いた。
「おやすみ。私はずっとあなたのそばにいるからね」
朝、テントの片づけを終えた私たちは次の街へと移動を始めた。
ヘカテーのおかげで、昨日の夜のような恐怖は全くなく出発することができた。
「ねぇねぇ、ロイ」
「どうしたの?ヘカテー」
「次に行く町って私の妹がいるところなのよね?」
「そうだよ。魔王様から頂いた地図に書いているし、このコンパスもその町を指しているしね」
そう言って、私が持つコンパスを見せた。
「それは?」
「リリムの魔力を探知してその方向を指すマジックアイテムだよ」
これは、私が作ったマジックアイテムで、説明の通り、いちばん近いリリム様の位置を指し示すものである。
そんなコンパスは、次に行く町と同じ場所を指している。
魔王様から頂いた市販の地図には世界各地にいるリリム様がいる所が記されているがそれでも全員ではない。
だから、この地図にいないリリム様方は自力で見つけないといけない。
そういった時にこのコンパスは力を発揮するだろう。
今回はテスト運転といった所だ。
ふむ、今のところ順調である。
「それじゃあ、これがあれが私の妹に会えるのね!!」
そう言って羽をパタパタと動かして嬉しさを表現する。
昨日の夜のような母性に溢れる姿とは、凄いギャップを感じてしまう。
そこが、ヘカテーのいいところでもあるんだけどな。
「ねぇねぇ、他にも何か持ってきたの?」
「ああ、これの他にも色々もってきたけど、今はこれだけ」
「え〜。もっと見せてよ〜」
「その時が来たら見せてあげるよ」
と、不満をいうヘカテーの頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
まるで猫である。
「そこのお前達!!ちょっと待て!!」
と、不意に静止の声がかけられた。
声のほうを向いてみると、鎧やローブを着た男と女が2人ずつの集団が現れた。
着ているものに付いている十字のマーク、そして、こちらに向く敵意の視線から、反魔物国家の人間のようだ。
「貴様、魔王の娘リリムだな!」
「そーだよ〜。あなた達は?」
ヘカテー、お願いだからそれくらい察してくれ・・・。
こいつらが村人にでも見えたのか?
「我らは教国聖騎士団所属の勇者だ!悪の根源である魔王の娘、リリム!!覚悟しろ!!」
恐らくそう言ったのがリーダーらしく、彼が武器を構えると、他のメンバーも武器を構えた。
それを見てようやく危機感を覚えたヘカテー。
魔王城に長くいた所為か、そこらへんの危機感が乏しくなってしまったのだろうか・・・。
教育しなおした方がいいかな・・・。
「リリムだから倒すとは、随分と野蛮な物言いですね」
「ふん!魔物に魂を売った屑に言われる筋合いは無い!!」
「別に私は魔王様に魂を売った覚えはありません。私は人間に捨てられ、魔王様に拾われました。私は恩を返すために魔王様に仕えております」
「何・・・!?」
「それに、ヘカテーを見てください」
不安な表情を浮かべながら。俺の背中に隠れるヘカテー。
その姿は、魔王の娘ではなく1人の少女のように感じられる。
「私も長年ヘカテーに連れ添ってきましたが、危険な存在ではないことは私が一番良く知っています。ヘカテーは魔王第2皇女ではありますが、ドン臭くて、馬鹿で、好き嫌いが多くて、たまに下着を着ないで外に出ようとするし、言った事を3歩で忘れる時だってあるし、1人で買い物行くと迷子になって帰れなくなるときだってあるし・・・」
言っている内に、黒いモヤモヤとしたものが溢れてくるのが自分でも良く分かった。
勇者パーティーも引いているし、当の本人であるヘカテーに至っては、ショックを受けすぎて固まっている。
正直、言いすぎた反省しないと・・・。
「でも、他の種族の幸せを誰よりも思っているし、この世界の平穏を誰よりも望んでいる心優しい子なのです」
ヘカテーのそんな所に俺は惹かれた。
この子と一緒なら、俺は生きていけると感じたから。
「本当にヘカテーを殺めたいのであれば、私がお相手いたします」
そういって、愛用の武器を手に取り一歩前に出た。
「その武器、形状から察すると投げナイフだな」
「その通りです。他にもありますよ」
そう言うと、自分の影に手をかざした。
すると、自分の影から黒色の槍が現れた。
「流石は、悪魔に魂を売っただけはあるな。闇魔法もお手の物のようだな」
ふっ、闇魔法ですか…。
さて、それはどうかな。
「それでは、こちらから行きます!!」
そう言うと、槍を勇者の隣にいる勇者に向かって投げつけた。
「危ない!!」
「これくらい大丈夫!!」
女魔法使いと思われる後衛がそう叫んだが、勇者は横に飛んで私の槍を回避した。
「次はこっちからだ!!」
そう言うと、剣を構え、こちらに駆け寄ってきた。
剣とナイフでは、リーチが違いすぎる。
よほどの戦いなれをしているか、ナイフの扱いに心得がないと、勝つことはできないだろう。
だが、私の武器がこのナイフとあの槍だけと行った覚えはない。
「『シャドー・プラント!!』」
「なっ!!」
すると、勇者の影から大小様々な触手のような黒い影が伸び、私に切りかかろうとしてきた勇者を取り押さえてしまった。
「く、クソ!!だが、この鎧には光の加護がある!こんな魔法引き裂いてやる!!!」
そう言って、自身の体に巻きついている黒い触手を引き裂こうと左右に引っ張るが切れる気配は全くない。
「無駄ですよ。それは伸縮性に優れていますので、どんなに力を入れても切れることはありません」
「クソッ!!普通ならこの鎧に触れた瞬間、消えるはずなのに、なんで、これは消えたいんだ!!」
切れないと分かった勇者は、触手を振りほどこうと暴れ始めた。
「なぜか、教えて差し上げましょう。私が使う魔法は闇魔法ではありません。光魔法だからです」
「はっ!?これが光魔法だって!?」
「はい。その通りです」
私の使う魔法が光属性と知った瞬間、勇者は驚きのあまり暴れるのを止めてしまった。
「馬鹿な!!魔王の配下がなぜ光属性を使えるんだ!!?」
「流石にこれ以上は教えられませんね。フラグは立てたくありませんので」
そうにこやかに言うと、悔しそうな表情をしてしまった。
まぁ、一般にはあまり知れ渡っていない存在だし、知らないのも無理ないだろう。だが、あえて簡単に説明するれば、『光であるが、光の対極に位置するもの』といったところだろう。
「さて、止めといk…」
「はっ!!」
止めをさそうと近づいた瞬間、勇者一行にいた女剣士が斬りかかってきた。
「勇者様、ご無事ですか!!」
「ああ!すまない」
「構いません。今は一刻も早く、そこから抜け出してください!!」
『時間稼ぎをするから、その隙にこいつを倒してください!!』ということだろうか?
他人任せなのか、それだけ信用しているのか…。
「魔物め!覚悟しろ!!」
そう言って、彼女は手にもつハルバードを下段に構え、攻撃を仕掛けてきた。
彼女は、この勇者の有様を見ていなかったのだろうか。
これでは、彼の二の舞である。
「『スフィア!!』」
「!!」
すると、彼女の影から勇者の時と同じように何かが吹き出した。
ただ、彼女の場合、それは触手のようなものではなく、黒い布のような膜であった。
そして、それは、あっと言う間に彼女を包みこんで、球体状になってしまった。
「アスカ!!」
その様子を見ていた勇者が彼女の名を叫んだ。
「おい、お前達!!援護はどうした!?」
「う、動けない…」
「く、クソ…、仲間が目の前でやらせそうなのに…!!」
「お前達、何してやがる!!」
ピクリとも動かない二人に向かってそういうが、今の彼らが自力で動くのは不可能である。
「無理ですよ。あの子達は、私の影で縛ってありますので」
初撃をこちらから仕掛けたときに使ったあの槍に秘密がある。
あれには、影を地面に縫い付けて相手の動きを抑える術、『影縫い』と呼ばれる東洋の術である。
「それでは、先にこちらをやりますか」
そう言うと、女剣士が入っている球体の方に体を向けた。
その時だった。
女剣士を包んでいた球体がいきなり縦に切り裂かれ、中から女剣士が飛び出してきた。
「ダァリャァァァァァ!!」
「な、なに!?スフィアを壊した!?」
あのスフィアの中は、ヘカテーの魔力を弱めて、サキュバス程度の魔力が詰まっている。
普通ならサキュバスいなってしまうのだが…。
「アスカ!大丈夫か!?」
「ちょっと大丈夫じゃないかもです!!もう、身体が火照って大変です!!」
魔力に当てられて身体が火照るだけって嘘でしょ!?
普通なら魔物化しているはずなのに!!
「よくも私を閉じ込めてくれたわね!覚悟しなさい!!」
魔物化はしなかったけど、性格は柔らかく変わったようだ。
と、考えるのは後にしよう。今は、この色々と吹っ切れた彼女を止めることに専念しよう。
「デヤァァァァ!!」
突き刺してきたハルバードを体を回転させてよけた。
しかし、その瞬間、ハルバードを横振りに振ってきた。それを、横宙返りで避け、魔力弾を相手に向かって打ち込んだ。
「なんの!!」
しかし、彼女はそれをハルバードの柄の部分で弾き飛ばした。
ちっ、思いのほか厄介だな…。
「やっと動けるようになった!!」
「勇者!今助ける!!『アンチマジック!!』」
と、女剣士の相手をしている間に、影が動いたようで、動きを封じていた後衛の2人が動き出した。
僧侶のような男がそう唱えると、シャドー・プラントが崩れ落ち、動きを封じていた勇者を助けだした。
というか、まだ捕まっていたのか。
「すまない。助かった!」
「礼は後にしてくれ、まずはこいつらを倒そう」
ちっ、一気に劣勢になってしまったようだ。
欲張って、後衛の二人を抑えるのに一本しか使わなかったのがいけなかったようだ。
「よくもやったな!お返しだ!!『フリーズランサー!!』」
女魔法使いは、槍状の氷塊をこちらに向かって打ち込んできた。
「ハァァァァ!!」
「ウオリャァァァァァ!!」
それと同時に勇者と女剣士が同時に斬りかかってきた。
これは、きついな…。
左腹部にの力をもっと使うしかないか…。
「『グランドウォール!!』」
「えっ!」
「きゃっ!!」
「なっ!!」
力を使おうと左腹部に手を当て、力を貯めていると、俺の目の前にいきなり土の壁が現れた。
その壁に阻まれて、女魔法使いが出した氷塊はくだけ、勇者と女剣士は足を取られ、後ろに転んでしまった。
これってまさか!!と思い、振り返ってみると、ヘカテーが地面に手をついてこちら側を睨むように見ていた。
「ロイをいじめちゃダメ!!」
「ヘカテー!ありがとう助かったよ!!」
「えへへ」
先ほどの表情を一転させて笑顔になった。
本当に、表情がコロコロ変わるな。
「いって〜…。リリムがいたことすっかり忘れていた…」
「く、あのリリム、厄介ね。先に潰した方が良さそうね!!」
「そんなことさせないといったはずです『クリエイト・ザ・ナイフ!!』」
ヘカテーに攻撃対象を移そうとした勇者と女剣士だが、影を大量のナイフの形にし滞空させた。
「行け!!」
そう命令すると、滞空していたナイフが一斉に勇者パーティーに襲いかかった。
勇者と女剣士は武器で弾いたり、体をそらすことで避け、魔法使いと僧侶は障壁を張って猛攻をしのいでいた。
「くっ、数が多い!!」
「ここまでよく頑張りましたが、私たちの勝ちです」
「はっ!この程度でいk…!!」
勇者の言葉はそこで途切れた。
なぜなら、勇者の影から伸びた手がナイフを掴み、勇者の鎧の隙間から勇者を刺していた。
「勇者さm…グッ!!」
「大丈b…がはっ!!」
「みんなしっかり…うくっ!!」
他の勇者パーティーも勇者と同じように、影から伸びた手によってその体にナイフが突き刺さった。
これで私たちの勝ちである。
なぜ、そう言い切れるのかというと、このナイフ魔界銀製の武器だし、影で作ったナイフもヘカテーからもらった魔力で作っているので殺傷能力は全くない。
つまり、何が言いたいのかというと…。
「くはぁぁあぁ!!熱い!!身体が熱いよ!!」
「なんで!なんで刺されたところがこんなに熱いの!!」
「き、貴様…、俺達に何をしやがった…!!」
「なにをしたか、教えて差し上げましょう。そのナイフは魔界銀をしようしております。魔界銀は人体を傷つけることはありません。このナイフが切れるのは相手の精気。そして、切られた時に、この武器に宿っている魔力が相手に宿り、相手の体を変質させます」
「つまり…、そのナイフに切られると、魔物になるってことか…」
「ええ、その通りでございます。しかし、私の場合は少し特殊でしてね。私のナイフにはヘカテーからもらった私の魔力が宿っております。リリムはどんな魔物にも変化させることができます。しかし、このナイフに付加されている魔力では、相手の潜在能力から変化する魔物を自動的に判断します」
「ア、アアァァァァアアア!!」
「イく、イクゥゥゥゥ!!
どうやら、長々と説明をしているうちに魔物化が終わったようだ。
女剣士はデュラハンに、女魔法使いはインプへと、姿を変えた。
「アスカ…!大丈夫か…」
「リン…!しっかりしろ…」
「ハァ…、ハァ…、勇者様…♥」
「ハァ…、アハ…。バン〜♥」
魔物化した仲間に声をかけた男二人だったが、魔物化した女は、とても艶っぽい声でそれに返した。
「勇者様。もう我慢できないの。頂戴。勇者様を頂戴…」
「バン〜、私ずっとあなたのことが好きだったの♥だから、お願い♥♥あなたのオチンチン私のオマンコに頂戴!!」
飢えた獣のような目で仲間を見下ろす魔物。
完全に発情して、理性が完全に切れているようだ。
「ちょ、ちょっと待て!ここ外だぞ!!」
「いいもん♥誰かに見られても構わないもん♥♥」
「リン!!気持ちは嬉しいが、俺は聖職者だから!!」
「性職者〜?それなら問題ないよね♥」
「それでは、私たちはお邪魔みたいなので、これで失礼します」
そう言うと、ヘカテーを連れてその場を後にした。
ヘカテーと一緒に混じって乱交もいいかもしれないが、ここは職務を優先しないと計画が狂ってしまうからな。
ヘカテーは残念そうにしていたけど、夜にたっぷり相手してあげると約束すると納得してくれたようだ。
すこしとはいえ、ヘカテーの魔力を使ってしまったことだし、補給もしておいたほうがいいだろう。
余計な時間を取られましたが、これくらいなら許容範囲内です。
さて、次のリリム様のいる町『プルミエ』へはまだ遠く、先ほどのような遭遇もあるでしょう。しかし、後、約半分です。頑張って行きましょう。
13/12/09 03:29更新 / ランス
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