連載小説
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誘いの峡谷と地泳の水泳場
Μ不思議の国・キョウシュウマウンテン第三階層Μ
Μ初太視点Μ


Μ郷愁の霧・マドラ宅大食堂Μ


「幻覚?そんな訳あるか!家の見た目も、周囲の音も、冬の寒さも、ドアノブの感触も、トイレの芳香剤だって、何もかも本物だぞ!」

と、マドラに対してカッとなった自分に気付き

「悪い言い過ぎた……確かにマドラの家は俺からは何も言えないけど……」
「わたしも……幻覚だと思いたいです」
「マドラ……」
「見た目だけじゃなく、身体中に感じる何もかもが覚えてるんです……人間だった時には感じなかった湿度まで」

「コルヌが言ってました。郷愁の霧が見せる幻覚は現実だけど幻、幻だけど現実……」
「幻だけど現実?」
「はい、初太が故郷に帰ってきたと思っていた家は、実は幻覚であり」



「今ここにあるわたしの家は、無意識に目を背けていた現実でもあるのです」



Μ不思議の国中心部北側Μ
Μ満知子視点Μ


アタシ達は寄生スライムたくしーで城の北側へと向かう。

「ねぇ、コルヌさんが言ってた最も確実には城へ入れるルートって、確か断頭のきょう……」
「断頭の峡谷だよ満知子ちゃん。女王の城の北側にある谷、条件さえクリアすれば最も確実に城へ行ける」
「条件って?」
「泳ぐことさ」


Μ断頭の峡谷Μ


「着いたよ、ここが断頭の峡谷だ」
「ケホッケホッ、妙に魔力が濃いわね」
「近くに工場地帯があるからね」

へーくんは谷底を眺めながら

「結構深い谷だな〜川が流れてるぞ。谷底から媚薬と紅茶の香りがするぞ」
「媚薬はともかく、紅茶はあれだと思う」
「巨大なティーポットが嵌まってる〜」

「『断頭台の峡谷』と呼ぶ者もいる」
「断頭台?ギロチンのことか?」
「平也クン正解、導きの英雄一行が空から巨大なギロチンを落としたことで出来た谷なんだって」
「おいおいマジかよ……と言いたいけどここは不思議の国、何が起きても不思議じゃねーな」
「ギロチンは魔界鉄で出来てたから人命に被害は無かったけど、その衝撃で地面が割れて、巻き込まれた兵士はそこへ真っ逆さま」

「参ったわ、どれだけデカイギロチンなのよ」
「満知子、そんなにデカチンが気になるのか?」
「へーくん、変な風に略さないで!」

「その後、赤と青の光が谷底へ降り注ぎ、逃れた兵士も誘われるかのように自ら谷へ飛び込み」
「飛び込んだの!?」

「兵士達が這い上がれないよう谷底に魔界銀が散布され」
「滅茶苦茶ね」

「だめ押しに巨大ティーポットが投下され、今でもポットから紅茶が流れ続けている」
「道理で谷底にデカイティーポットが嵌まってると思ったわ」

あたしは谷底を覗く

さわやかな香りが鼻腔を擽る。

媚薬や紅茶とも違う、鼓動が速くなるようないい香り――もっと間近で嗅いでみたい



「ストップ」「!」「!」



「コルヌさん不意に襟を引っ張らないでよ!」
「二人とも危うく谷底へ落下しそうだったよ」
「えっ、そうなの?」

「助かったよコルヌさん。つい香りに誘われるとこだったぜ」
「へーくんも?」
「ああ、谷底から甘い香りがしてさ――」


「やっと着いたわ!」
「この谷を渡れば、城はもうすぐだ!」



アタシ達は声がした方へ視線を合わせる。
遠く離れた所に討伐隊の一団がいた。

「まさかコルヌさんがいることに気づいて!?」
「いや、全員ボクに気づいてないみたいだ」

「結構深いな……」 ガシャン 「よしロープセット完了」

男性兵士が反対側へロープをかける


「あの男、ロープで谷を渡るつもりだね」


「はぁっ!」フワッ

女性兵士が魔術で浮遊する。


「彼女は空を飛んで谷を渡る気だね」


「あれなら楽に谷を渡れそうね」
「ところがそう簡単にはいかない」
「コルヌさん?」
「泳ぐ以外に谷を渡る方法は無いと言ってもいい、例えば――」

男性兵士がロープに滑車をかけて移動を始める

パッ、ドボン!

と思ったら、男性兵士は滑車から谷底へ落ちた。

「惜しい、滑車から手が離れるなんて」
「あれは離れたんじゃない。自ら離したんだ」
「どうして?」
「谷底から発せられる匂いにつられたんだよ。先程の君達のようにね。更に谷底には目に見えない魔界銀の粒子が散布してるから、外傷で力尽きてるだろうね。或いは魔物化して疼いた体を癒すため男に襲いかかる――」


「――彼女のように」


「うぉぉぁぁん♪」


「魔術で空飛んでた女性兵士の背中に羽が!?」
「ジャバウォックになっただとぉ!」


「うわぁぁ!」
「待ってろ!魔物化したての口で人口呼吸をしてやるからな!」



「ほら、空を飛んで渡るのは無理だったでしょ」
「まだあるわよ例えば――」

アタシは妄想、いや想像する

「――崖をよじ登ったり」
「崖には魔界鉄の破片が埋まってるから僅かな外傷で魔物化」


「にゃあん♪身体中が疼くよぅ」


「転送魔術で向こう岸へワープしたり」
「空気中の魔界銀の粒子が魔力を乱すから魔術の発動は困難」


「向こう側へワープ……あれ?」
「にゃあん♪そっちから来てくれるなんて、ここでシましょ。崖っぷちプレイよ」
「うわぁぁ」


「次々と失敗してやがる……」
「参ったわ、直に不可能である証明されてるじゃない」

「ボク達も谷底へ降りよう。こっちにえすかれーたーがあるから」

アタシ達はエスカレーターを下りる。


Μ断頭の峡谷・下流Μ


「川の流れが緩やかだな」
「泳ぐのに適した速さですニャ」

「コルヌさん、ボートに乗って川を登るのはどうかな?」
「ティーポットから流れる紅茶の滝が邪魔して渡れない。そうでなくてもやがてボートに魔力が蓄積して沈没するのさ、まるで川底へ引き寄せられるかのように」


「ボートが浸水してきた、ボートが沈む!」
「慌てない慌てない、こんな時はティータイム」
「ちょ、何呑気に紅茶を飲んでるんだ!っていうかいつの間にか帽子を被ってる!?」


「ありゃりゃ、討伐隊も満知子と同じこと考えたのか」

「そうよ、まだ川底を歩く方法があるわ!そんなに深くなさそうだし」
「川底にも魔界鉄の破片が埋まってるから、踏めば傷口から媚薬が一気に入り込んでアウト」


「あーん、身体中に媚薬がぴくぴく疼いちゃう」
「ムチムチの雌兎と化したぁ〜」


「だったら誰かの助けを借りて川を渡るのはどうかな?」
「悪くはないけど……なるべく早めに川を渡ったほうがいいよ」


「ねぇ、いつになったら向こう岸にたどり着けるの?」
「あと少しで岸に着くぞ…」
「じゃあ…それまで…寝る…」
「ははは…寝顔も可愛いな〜ウヘヘ〜」


「今にもドーマウスを犯さんとする淫らな表情だな」
「あのようにモタモタしてると川に流れる紅茶や媚薬が体に少しずつ蓄積して発情・昏睡・ドーマウス化」
「どんなスイマーでも睡魔に襲われたら一巻の終わりだな」

「以上のことから媚薬と紅茶の川を自力で泳いだほうが無難さ」
「ここが最も確実に城へ行ける方法なの?」
「うん、巨大門での入城は女王様の気まぐれ。競技場を通り抜けるには試合に参加及び最後まで観戦は必須、だけど試合の狂気に充てられすっかり不思議の国の住人に。不思議美術館もそれと同様、いやそれ以上に内部は迷宮のような広さだ」
「アタシだったら競技場で試合に参加するけど、そして何としてでも勝つ!」
「自信があるならそれもありかもしれないね……とりあえず地民プールへ行こう」

アタシ達はコルヌさんが生み出したキノコ型のイカダに乗船

「川を下った先に地民プールがあるよ」

媚薬と紅茶の川を下る。


Μ地民プール・北入口Μ


「川の末端は媚薬の池なんだな」
「参ったわ、池の上で男女が激しく交わってるわ」


「んーチュッチュ」

「あーんもっと突いて」

「太ももで搾ってアゲル」


「正にエロありのプールだな」
「いや、ここは入口、地民プールはあの先」

と、コルヌさんが指した先には



水着姿の住人達が泳ぎを楽しんでいた

土の上で。



「地民プールへようこそ、ここは地面の上を泳ぐことができるのですよ」

チェシャ猫の受付がアタシ達に施設の紹介をする。

「地面の上を泳ぐ……参ったわ、それってエア水泳じゃない」
「本当に泳げるよう女王様が土に魔術を施しました」
「でも泥で汚れたり、結局泳げない人は溺れるでしょ?」
「土には服や身体が汚れない魔術を施してます。仮に溺れそうになればただの地面に変わるので、金ヅチさんも安心して泳ぐ練習が出来ます」

「へぇー何だか楽しそうだな、満知子、一泳ぎしようぜ」
「待ってよ、アタシ達水着じゃないのよ」
「水着以外の方は専用ゲートにお入りください。自動的に水着へと変わります」
「参ったわ、そう言えば前もいつの間にか水着に着替えてたんだっけ」


Μ地民プールΜ


アタシ達四人はゲートをくぐり、水着姿となる。

「参ったわ、前と同じ水着よ」
「共通してるんだな」

「チェル水着バージョンですニャ」

チェルはフリル付きの黄緑色のビキニ。

「この姿になるのは家族で来て以来か」

コルヌは黒のラッシュガード

「おおっ、一見露出はないが出るとこは出てますな〜」
「平也クン、おだてても何も出ないよ」



「土の上を泳ぐって何だか不思議〜」
「それが不思議の国クオリティさ」

「お兄ちゃん、手を放さないでね」パシャパシャ
「はいはい」

「うぉっ、足つった!」
「あなたぁ!」
「と思ったら、周りが土になって助かった〜」



「本当に土の上を泳いでるのね」
「満知子、他に言うことないのかよ〜」
「どうしたのへーくん、水着の美女に見とれてるかと思ったわ」
「だってエロなしで普通に泳ぎを楽しんでるじゃねーか。いやらしい目で見れねーよ」
「言われてみればそうね」

「そうだよ。住人達は泳ぎを楽しんでるのさ」

と、コルヌさんがあっさり言う

「或いは泳ぎを覚えに来てると言ってもいいかな?」

更に補足するコルヌさん。

「泳ぎを覚える?」
「そう、城下町では今、水泳がブームなんだ」
「そうなんですか?」
「満知子ちゃん達が知らないのも無理はないか。ブームといっても城下町の間でだけどね」

コルヌさんが準備運動を始める。

「きっかけは、女王様が城下町の住人全員を地民プールに集めて、遊泳ショーを披露したんだ」

出るところは出ている抜群のスタイルはラッシュガードという露出を控えたものなのに不思議と目線がそっちにいく。

「常に楽しいことを求めていて、住人達を呼びつけては遊びに講じている女王様が、珍しく皆を楽しませたのさ」

顔は美男子っぽいのに身体つきがセクシーなのが羨ましいと思ったり思わなかったり。

「あれが、そのポスター、だよ」

コルヌさんが首を壁の方へ回す

壁に貼られたポスターには二人の女王様(競泳用水着)が写っていた。

一見、同じ顔に見えるが比べてみると大きな違いが判る



片や威張るように笑いながら
片や優しそうに微笑みながら



『一緒に泳ぐのじゃ(ですの)』とキャッチコピーが掲げられていた。


「他にも女王様とキジコちゃんがそれぞれ単独で写ってるバージョンもあるな〜おっ、ばいく屋で見た奴もあるぞ」

「ポスターまで作るなんて、そこまでして水泳を流行らせたいのかしら?」
「さあ、女王様のことだから何か意図があるかもしれないけど……今のところそんな気配が一切無いんだ。事実ここではハプニングの発生したという報告は皆無」
「ふーん、ある意味安全な場所なのね」


「見て、コルヌ様よ」
「あーん、ラッシュガードも素敵〜」
「コルヌ様〜」

水着の魔物娘達がコルヌさんの下へと集まる。

「コルヌさんって女子にモテモテなんだな〜」
「へーくん、何指くわえながら見てるの「やだーやだー」

「何かしら?」

「一人で泳ぐのやだー、一緒に泳いでよー」

「アリスが夫に寄り添っているな」
「一人で泳ぐのが嫌なのね」


「そこの嬢ちゃんと兄さん」


麦わら帽子のおっさんが二人に声をかける。

「泳ぎが上手くなるグッズは如何でっしゃろ?」

「明らかに怪しい勧誘ね」
「タヌキ面がそれを拍車にかけてるな」

「宜しければそこのお二人もどうですか?地民プール名物『あの部分』を型どった板も売ってますぜ」


「「板だとぉ(ですって)!?」」


「そこに反応するのですニャ!?」


Μ続くΜ
14/12/31 23:56更新 / ドリルモール
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■作者メッセージ
夜遅く失礼します。
ドリルモールです。


 今年も色々ありました。

 今年最後の話は、チェルのツッコミで締め括らせていただきます。

 来年もよろしくお願いします。


 用語集、今回は地民プールの紹介です。


Μ


用語集
【地民プール】
 不思議の国にある『天海地』三つある遊泳スポットの一つで『地』を司る。
 女王の城の真下、地下にある市民プールで、入口は北側(断頭の峡谷)と南側(城下町)の二つ。
 我々の世界で言うところの屋内式の市民プールであるが、水の代わりに土に特殊な魔術が施されており土の上を泳ぐことが出来る。
 どんなに泳いでも身体に土や砂が付着することなく、溺れそうになるとその者の周囲だけただの地面へと戻るので、泳ぎの練習に最適である。
 つい最近建設された施設で、オープニングイベントに女王様がドッペルゲンガーのキジコと共に遊泳ショーを披露したことをきっかけに、水泳ブームが広まりつつある。

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