私はお前を汚す!
「お前を我が色で汚し、塗り替える!それでこそ私のジャバウォックとしての物語が始まり、そしてこれもまた愛の形と言えよう!クハハハッ!」
そう叫ぶ目の前の魔物、ジャバウォックは壊れた笑い声を轟かせた。整った顔立ちを淫猥に歪め、その目には狂気と欲望が混じり合った光を宿している。
ケビンは内心恐怖を覚えつつ、それを悟られぬよう叫び返した。
「ふざけるな!何が愛だ!そんな愛があってたまるか!」
「青い!お前は実に青いな!愛する者を自分の色に染め、調教することで私の全てを注ぐのだ!これを愛と言わずに何と言う!」
「黙れ!それは貴様の詭弁だ!そんな押しつけがましい、自分勝手な愛があってたまるか!」
「あるのだよ!目の前にな!お前の目の前にいるこの私、ジャバウォックのドゥームがそうなのだ!さぁ、受け入れろ!お前にはそうするしか道は無い!」
ケビンはまるで出来の悪い演劇を見ているかのようだった。互いに言語は通じても価値観や意思といったものは通じない。まるで平行線だ。
ケビンの肩を掴んでいる腕に力が込められる。その気になればケビンなどバラバラに出来るであろう剛腕はケビンを傷つけず、しかし決して逃がさぬよう完全にケビンを捕えていた。
逃げられない。ならば、戦うしかないのだ。ケビンはそれを分かっていた。
「認めない…俺はそんな愛を認めない!」
「私に刃向かうか、面白い!ならば抗ってみせろ!そして、私の愛の前に敗北するがいい!その時こそお前は思い知るのだ!我が名はジャバウォックのドゥーム!最も淫らで最も誇り高い種族の中で、ピラミッドの頂点に立つ者だとな!さぁ、来い!我が未来の夫よ!クハハハハハハッ!」
「お客様ー?お客様ー、聞こえますかー?開けますね―」
その場違いとも言えるのんびりした声にケビンとドゥームは抱き合ったまま飛び上がった。
二人が何か言う前に宿屋のドアが開き、従業員であろう白蛇が顔を覗かせた。
「あのーお客様?失礼ですが、何やら物騒な叫び声が聞こえてくるということで他のお客様からクレー…もとい、教えていただいたのですが……?」
そこでこの白蛇は首を傾げた。見れば喧嘩や暴力沙汰のようなことは無い。それどころか、座っているケビンの膝の上にドゥームが向き合って座っている、座位面体位の状態だったのである。
ケビンは照れているのを誤魔化すように頭をかき、ドゥームは邪魔されたことが気に食わないのか不満な表情で白蛇を睨む。
ケビンはドゥームの頭をなでながら、白蛇に頭を下げた。
「えっと、すいません…実は家内と初めて出会った時のことを思い出しまして、それでそれを再現しようって話したもので…お騒がせしてすいませんでした」
「はぁ…いえ、こちらこそお邪魔して申し訳ありません。暴力や喧嘩などでなければ良いので…では、失礼いたします」
頭を下げて白蛇は出て行った。
しかし、それでもドゥームの機嫌は直らない。悪戯を注意されて拗ねる子供のように頬を膨らませる。
「無粋な奴だ。魔物娘の情事を妨害するなど…!我がブレスを浴びせ、その夫と四六時中交わることしか考えられないようにしてやろうか」
「まぁまぁ…な?俺達の声がデカかったのも悪いし、あっちは仕事だから無視するわけにはいかないんだよ」
「むぅぅ…」
唸るドゥームを見れば納得していないのは火を見るよりも明らかだった。ケビンは苦笑しながら頭を撫で、髪を指に絡めて毛づくろいの真似事をしてやるとドゥームは気持ちよさそうに目を細め、撫でるケビンの手に頬をすりつける。
まるで大きな猫のようだとケビンは思ったが、それを口に出すことは無かった。そうすればドゥームを機嫌を悪くさせるだけであり、それはケビンも望むべくものでもないからだ。
「ん〜ふ〜ふ〜♪お前の手は大きく、温かくて…優しいな。私の好きなものだ」
「ははは、ありがとうな」
ゴロゴロと喉を鳴らし本物の猫のような仕草を見せるドゥームを愛おしく感じながらも、ケビンは今夜のことに思いを馳せていた。
夕方
「祭り…だと?」
今まで夢中になって頬張っていた飴細工から口を離し、ドゥームは首を傾げた。
「あぁ、夏祭りだ。ジパングの夏祭りは規模が大きいって話には聞いていたんだが、来たことはなかったんだよ」
「なるほど、さっきから宿の外がうるさいのはそのせいか」
ドゥームは納得したように頷いて、再び手に持っている飴細工にしゃぶりついた。しかし、祭りと聞いて気になるのかチラチラと外を見ては落ち着かないように何度も座りなおしている。
ケビンはそれを見て笑みをこぼし、ドゥームをジパングに連れてきて、彼女を不思議の国から出して良かったと思った。
ジャバウォックは本来、不思議の国と呼ばれる場所に生息しているドラゴンの一種である。ケビンは昔、不思議の国に迷い込み、そこでドゥームと出会い、夫婦となった。それからしばらくは不思議の国に住んでいた。
しかし、ケビンは旅人であり、一つの場所に永住することはあまり好きではなかった。そこで、ドゥームを連れて世界中を旅することにしたのである。
ケビンの我儘にドゥームは反発するかと思えば、彼女は反発するどころか喜んで付いてきた。
「お前の旅してきた世界を私も見てみたい。その中でお前が見たもの、聞いたもの、感じたものを私も知りたいのだ」
そう言ってドゥームはここまでケビンと共に旅をしてきたのである。
「で、祭りはいつからなんだ?外はずいぶん賑やかになってきたぞ」
「そうだな、そろそろ外に出てみるかぁ…あんまり遅くなってもあれだしなぁ」
「では今すぐ行くぞ!私はさっきから気になって仕方がないんだ、ほら早く早く!」
飴細工を食べ終えたドゥームは既に準備ができているようだ。楽しみで仕方がないというように飛び跳ね、ケビンを急かすその姿はまるで子供のようだ。外見とその中身のギャップにケビンは頬が緩みっぱなしであることに気が付きつつ、ドゥームの手を取り祭りへと出て行った。
祭りは既に多くの人と魔物娘で溢れかえっていた。多くの屋台が既に繁盛しており、笑顔と笑い声、客を呼び寄せる声が周囲を染めていた。アカオニのたこ焼き屋、ウシオニの射的とジパング特有の魔物娘の屋台だけでなく、クラ―ケンの金魚すくい、アヌビスのケバブなど外国の魔物娘も店を出している。
「おい、ケビン!凄いぞ、雲だ!雲が売っている!」
その中でドゥームはジョロウグモのワタアメ屋を指さし、ケビンの腕を引っ張った。
「これは何だ?どうなっているのだ?どうやって雲をこんな小さくまとめ売っているのだ?」
「それはワタアメっていうんだ。俺も食べたことは無いけど、美味いらしいぞ」
「ワタアメ?……ワタを飴にしたのか!?何という…ジパングの文明は侮れないな」
「そこまで驚くものじゃないと思うが…あ、ワタアメ一つください」
「はいはい、ちょっと待って下さいね」
場違いな感想を漏らすドゥームと彼女に説明するケビンを見てジョロウグモはクスクスと嬉しそうに笑い、ワタアメを差し出した。
ワタアメを受け取ったドゥームは宝物を目にした子供のように目をキラキラ輝かせ、ワタアメを舐めながら大喜びしていた。
「ん〜♪甘い!フワフワしていてこの世のものとは思えん!」
「大げさだな…そう言えば不思議の国の祭りにはワタアメなんてなかったもんな」
「まぁな。我が故郷の祭りも素晴らしいが、ジパングの祭りもなかなか素晴らしいではないか!このような……おい、あれは何だ?」
ワタアメを嬉しそうに頬張っていたドゥームは別の屋台を指さした。ケビンが目をやるとそれは焼きトウモロコシを売っていた。
「あれは焼きトウモロコシだな。確か…醤油をつけて焼いてる、だったかな?」
「な、何ということだ…あれを焼いて食すというのか…」
ドゥームは驚きを隠さず、目を見開き名がらワナワナと震えている。
「?別におかしなところはないだろ?焼きトウモロコシなんて」
「そ、そうなのか?改めて思うが、外界と不思議の国ではこんなに違うものなのか…」
「待て、お前は何の話をしてるんだ?」
「何って…あれは食すものではなく使うものだろう?私もお前と出会う前は時々使っていてな。あのゴツゴツと太さはちょっとキツいがクセになるものがあるぞ」
「……」
通りを歩き回り、ケビンとドゥームは河原に腰を落ち着けた。
河原には他にも多くの人と魔物娘が座り、愛を囁き合ったり、空を指さして楽しそうに話している。
「ケビン、ここで何をするのだ?」
「まぁ、少し待っていてくれ。もうすぐだから」
「そうか…ちなみに、私はいつでも構わないぞ?このような場でするのは嫌いではないし、何より私がどれだけお前を愛しているのか、それを見せつけてやることができるからな!」
「それじゃない!まぁ、俺も嫌いじゃないけど…今は違うんだ」
ケビンの言葉にドゥームは首を傾げたが、考えても仕方ないと思って手に持っているリンゴ飴を舐め始めた。それからしばらくは他愛もない話を繰り返し、緩やかに時間は過ぎていく。周囲に人は増え続け、気が付けば河原は多くの人間と魔物娘があふれかえっていた。
そして、不意にそれは打ち上げられた。
ドォーーーンッ
「!?」
何の予告もなしに打ち上げられた花火にドゥームは飛び上がり、空を見上げた。
「あっ……」
真っ暗な空を彩るように打ち上げられる花火がドゥームの瞳に映る。
火で作られ、夜空に打ち上げられた花は大きく、そして美しく自身の姿を人々の目に焼き付ける。それは一瞬ではあるものの、確実に全ての者の心に自らの姿を残すのだ。
花火は一瞬だからこそ美しい。儚いからこそ美しく、人々の記憶に残り続ける。
それは魔物娘であろうと変わりはしない。
「……」
周囲が次々と打ち上げられる花火にはしゃぎ、想いに浸っている中でドゥームは何も言わずただ花火を見つめていた。
「…?」
ドゥームの様子に違和感を覚えつつ、ケビンは彼女に合わせ夜空に咲き、散っていく花火を静かに眺めていた。
大小様々な花火が上がり、河原を赤や青、黄色など鮮やかな色に染め上げる。
「…美しいな、ケビン」
不意にドゥームが言葉を漏らした。
ケビンが彼女に顔を向けると、ドゥームは今までケビンが見たことない顔をしていた。その表情は普段の彼女からは想像できない、後悔しているような、それでいてどこか満足したような複雑なものだった。
「どうした…?」
ケビンは不安を覚えつつ、彼女を気遣うように声をかける。
「いや…ただ、純粋に思ったのだ。美しい、とな。そして、思い知らされたような気がするのだ」
「……思い知らされる?」
「私が…井の中の蛙だったということをな」
ドゥームはフゥと息を吐き出し、ケビンにほほ笑んだ。そのほほ笑みの中に一種の寂しさがあることをケビンは見逃さなかったが、何も言わなかった。
「私は今まで、まぐわいがこの世で最も美しいと思っていた。その中に嘘偽りはなく、純粋な想いと欲望があるからな。それを間違っているとは思わなかったし、疑問に感じたこともなかった…でも、違うのだな」
「……」
「世の中にはまぐわい以外にも美しいものがある。考えてもみれば当たり前だが、その当たり前のことにすら私は気が付かなかったのだ」
フフッとドゥームは小さく笑い、ケビンの肩に頭を乗せた。ケビンも彼女に寄り添うようにし、肩に手を乗せてドゥームの体を抱き寄せる。
「ケビン、お前なのだ。お前が私の世界を変えてくれた…お前が私に世界を見せてくれたのだ」
「…そうなのか」
「お前に会えなければ、私は未だに不思議の国で井の中の蛙だっただろう。お前がいなければ今、こうして花火を見ていることも無かっただろう」
「そうかもな…」
「だから、な…」
不意に、ケビンは頬に湿ったものを感じた。それがドゥームにキスされたと気が付くのに時間はかからなかった。ドゥームは頬を赤らめ、上目づかいでケビンの首に両腕をまわした。
「ありがとう。本当にお前に会えてよかった」
悪戯っぽく笑い、目を細める彼女の行為にケビンは顔が熱くなるのを感じた。そして、照れ隠しのつもりで彼女の体を抱きしめ、ドゥームのぬくもりを、愛情を感じ取りながら、耳元で囁いた。
「俺だって…お前に、ドゥームに会えてよかったよ。ありがとうな」
その言葉にドゥームは腕に力を込めて、体を近づける。
ケビンには彼女の顔を見ることはできないが、それでも彼女が自分を深く愛してくれている。そして、おそらく自分と同じように表情が緩んでいるものだと感じた。
そして、
「これからも私に世界を見せてくれ。そして、ずっと…ずっと私の横にいてくれ、アナタ♪」
ケビンの耳元で小さく、幸せそうにつぶやいた。
終わり
そう叫ぶ目の前の魔物、ジャバウォックは壊れた笑い声を轟かせた。整った顔立ちを淫猥に歪め、その目には狂気と欲望が混じり合った光を宿している。
ケビンは内心恐怖を覚えつつ、それを悟られぬよう叫び返した。
「ふざけるな!何が愛だ!そんな愛があってたまるか!」
「青い!お前は実に青いな!愛する者を自分の色に染め、調教することで私の全てを注ぐのだ!これを愛と言わずに何と言う!」
「黙れ!それは貴様の詭弁だ!そんな押しつけがましい、自分勝手な愛があってたまるか!」
「あるのだよ!目の前にな!お前の目の前にいるこの私、ジャバウォックのドゥームがそうなのだ!さぁ、受け入れろ!お前にはそうするしか道は無い!」
ケビンはまるで出来の悪い演劇を見ているかのようだった。互いに言語は通じても価値観や意思といったものは通じない。まるで平行線だ。
ケビンの肩を掴んでいる腕に力が込められる。その気になればケビンなどバラバラに出来るであろう剛腕はケビンを傷つけず、しかし決して逃がさぬよう完全にケビンを捕えていた。
逃げられない。ならば、戦うしかないのだ。ケビンはそれを分かっていた。
「認めない…俺はそんな愛を認めない!」
「私に刃向かうか、面白い!ならば抗ってみせろ!そして、私の愛の前に敗北するがいい!その時こそお前は思い知るのだ!我が名はジャバウォックのドゥーム!最も淫らで最も誇り高い種族の中で、ピラミッドの頂点に立つ者だとな!さぁ、来い!我が未来の夫よ!クハハハハハハッ!」
「お客様ー?お客様ー、聞こえますかー?開けますね―」
その場違いとも言えるのんびりした声にケビンとドゥームは抱き合ったまま飛び上がった。
二人が何か言う前に宿屋のドアが開き、従業員であろう白蛇が顔を覗かせた。
「あのーお客様?失礼ですが、何やら物騒な叫び声が聞こえてくるということで他のお客様からクレー…もとい、教えていただいたのですが……?」
そこでこの白蛇は首を傾げた。見れば喧嘩や暴力沙汰のようなことは無い。それどころか、座っているケビンの膝の上にドゥームが向き合って座っている、座位面体位の状態だったのである。
ケビンは照れているのを誤魔化すように頭をかき、ドゥームは邪魔されたことが気に食わないのか不満な表情で白蛇を睨む。
ケビンはドゥームの頭をなでながら、白蛇に頭を下げた。
「えっと、すいません…実は家内と初めて出会った時のことを思い出しまして、それでそれを再現しようって話したもので…お騒がせしてすいませんでした」
「はぁ…いえ、こちらこそお邪魔して申し訳ありません。暴力や喧嘩などでなければ良いので…では、失礼いたします」
頭を下げて白蛇は出て行った。
しかし、それでもドゥームの機嫌は直らない。悪戯を注意されて拗ねる子供のように頬を膨らませる。
「無粋な奴だ。魔物娘の情事を妨害するなど…!我がブレスを浴びせ、その夫と四六時中交わることしか考えられないようにしてやろうか」
「まぁまぁ…な?俺達の声がデカかったのも悪いし、あっちは仕事だから無視するわけにはいかないんだよ」
「むぅぅ…」
唸るドゥームを見れば納得していないのは火を見るよりも明らかだった。ケビンは苦笑しながら頭を撫で、髪を指に絡めて毛づくろいの真似事をしてやるとドゥームは気持ちよさそうに目を細め、撫でるケビンの手に頬をすりつける。
まるで大きな猫のようだとケビンは思ったが、それを口に出すことは無かった。そうすればドゥームを機嫌を悪くさせるだけであり、それはケビンも望むべくものでもないからだ。
「ん〜ふ〜ふ〜♪お前の手は大きく、温かくて…優しいな。私の好きなものだ」
「ははは、ありがとうな」
ゴロゴロと喉を鳴らし本物の猫のような仕草を見せるドゥームを愛おしく感じながらも、ケビンは今夜のことに思いを馳せていた。
夕方
「祭り…だと?」
今まで夢中になって頬張っていた飴細工から口を離し、ドゥームは首を傾げた。
「あぁ、夏祭りだ。ジパングの夏祭りは規模が大きいって話には聞いていたんだが、来たことはなかったんだよ」
「なるほど、さっきから宿の外がうるさいのはそのせいか」
ドゥームは納得したように頷いて、再び手に持っている飴細工にしゃぶりついた。しかし、祭りと聞いて気になるのかチラチラと外を見ては落ち着かないように何度も座りなおしている。
ケビンはそれを見て笑みをこぼし、ドゥームをジパングに連れてきて、彼女を不思議の国から出して良かったと思った。
ジャバウォックは本来、不思議の国と呼ばれる場所に生息しているドラゴンの一種である。ケビンは昔、不思議の国に迷い込み、そこでドゥームと出会い、夫婦となった。それからしばらくは不思議の国に住んでいた。
しかし、ケビンは旅人であり、一つの場所に永住することはあまり好きではなかった。そこで、ドゥームを連れて世界中を旅することにしたのである。
ケビンの我儘にドゥームは反発するかと思えば、彼女は反発するどころか喜んで付いてきた。
「お前の旅してきた世界を私も見てみたい。その中でお前が見たもの、聞いたもの、感じたものを私も知りたいのだ」
そう言ってドゥームはここまでケビンと共に旅をしてきたのである。
「で、祭りはいつからなんだ?外はずいぶん賑やかになってきたぞ」
「そうだな、そろそろ外に出てみるかぁ…あんまり遅くなってもあれだしなぁ」
「では今すぐ行くぞ!私はさっきから気になって仕方がないんだ、ほら早く早く!」
飴細工を食べ終えたドゥームは既に準備ができているようだ。楽しみで仕方がないというように飛び跳ね、ケビンを急かすその姿はまるで子供のようだ。外見とその中身のギャップにケビンは頬が緩みっぱなしであることに気が付きつつ、ドゥームの手を取り祭りへと出て行った。
祭りは既に多くの人と魔物娘で溢れかえっていた。多くの屋台が既に繁盛しており、笑顔と笑い声、客を呼び寄せる声が周囲を染めていた。アカオニのたこ焼き屋、ウシオニの射的とジパング特有の魔物娘の屋台だけでなく、クラ―ケンの金魚すくい、アヌビスのケバブなど外国の魔物娘も店を出している。
「おい、ケビン!凄いぞ、雲だ!雲が売っている!」
その中でドゥームはジョロウグモのワタアメ屋を指さし、ケビンの腕を引っ張った。
「これは何だ?どうなっているのだ?どうやって雲をこんな小さくまとめ売っているのだ?」
「それはワタアメっていうんだ。俺も食べたことは無いけど、美味いらしいぞ」
「ワタアメ?……ワタを飴にしたのか!?何という…ジパングの文明は侮れないな」
「そこまで驚くものじゃないと思うが…あ、ワタアメ一つください」
「はいはい、ちょっと待って下さいね」
場違いな感想を漏らすドゥームと彼女に説明するケビンを見てジョロウグモはクスクスと嬉しそうに笑い、ワタアメを差し出した。
ワタアメを受け取ったドゥームは宝物を目にした子供のように目をキラキラ輝かせ、ワタアメを舐めながら大喜びしていた。
「ん〜♪甘い!フワフワしていてこの世のものとは思えん!」
「大げさだな…そう言えば不思議の国の祭りにはワタアメなんてなかったもんな」
「まぁな。我が故郷の祭りも素晴らしいが、ジパングの祭りもなかなか素晴らしいではないか!このような……おい、あれは何だ?」
ワタアメを嬉しそうに頬張っていたドゥームは別の屋台を指さした。ケビンが目をやるとそれは焼きトウモロコシを売っていた。
「あれは焼きトウモロコシだな。確か…醤油をつけて焼いてる、だったかな?」
「な、何ということだ…あれを焼いて食すというのか…」
ドゥームは驚きを隠さず、目を見開き名がらワナワナと震えている。
「?別におかしなところはないだろ?焼きトウモロコシなんて」
「そ、そうなのか?改めて思うが、外界と不思議の国ではこんなに違うものなのか…」
「待て、お前は何の話をしてるんだ?」
「何って…あれは食すものではなく使うものだろう?私もお前と出会う前は時々使っていてな。あのゴツゴツと太さはちょっとキツいがクセになるものがあるぞ」
「……」
通りを歩き回り、ケビンとドゥームは河原に腰を落ち着けた。
河原には他にも多くの人と魔物娘が座り、愛を囁き合ったり、空を指さして楽しそうに話している。
「ケビン、ここで何をするのだ?」
「まぁ、少し待っていてくれ。もうすぐだから」
「そうか…ちなみに、私はいつでも構わないぞ?このような場でするのは嫌いではないし、何より私がどれだけお前を愛しているのか、それを見せつけてやることができるからな!」
「それじゃない!まぁ、俺も嫌いじゃないけど…今は違うんだ」
ケビンの言葉にドゥームは首を傾げたが、考えても仕方ないと思って手に持っているリンゴ飴を舐め始めた。それからしばらくは他愛もない話を繰り返し、緩やかに時間は過ぎていく。周囲に人は増え続け、気が付けば河原は多くの人間と魔物娘があふれかえっていた。
そして、不意にそれは打ち上げられた。
ドォーーーンッ
「!?」
何の予告もなしに打ち上げられた花火にドゥームは飛び上がり、空を見上げた。
「あっ……」
真っ暗な空を彩るように打ち上げられる花火がドゥームの瞳に映る。
火で作られ、夜空に打ち上げられた花は大きく、そして美しく自身の姿を人々の目に焼き付ける。それは一瞬ではあるものの、確実に全ての者の心に自らの姿を残すのだ。
花火は一瞬だからこそ美しい。儚いからこそ美しく、人々の記憶に残り続ける。
それは魔物娘であろうと変わりはしない。
「……」
周囲が次々と打ち上げられる花火にはしゃぎ、想いに浸っている中でドゥームは何も言わずただ花火を見つめていた。
「…?」
ドゥームの様子に違和感を覚えつつ、ケビンは彼女に合わせ夜空に咲き、散っていく花火を静かに眺めていた。
大小様々な花火が上がり、河原を赤や青、黄色など鮮やかな色に染め上げる。
「…美しいな、ケビン」
不意にドゥームが言葉を漏らした。
ケビンが彼女に顔を向けると、ドゥームは今までケビンが見たことない顔をしていた。その表情は普段の彼女からは想像できない、後悔しているような、それでいてどこか満足したような複雑なものだった。
「どうした…?」
ケビンは不安を覚えつつ、彼女を気遣うように声をかける。
「いや…ただ、純粋に思ったのだ。美しい、とな。そして、思い知らされたような気がするのだ」
「……思い知らされる?」
「私が…井の中の蛙だったということをな」
ドゥームはフゥと息を吐き出し、ケビンにほほ笑んだ。そのほほ笑みの中に一種の寂しさがあることをケビンは見逃さなかったが、何も言わなかった。
「私は今まで、まぐわいがこの世で最も美しいと思っていた。その中に嘘偽りはなく、純粋な想いと欲望があるからな。それを間違っているとは思わなかったし、疑問に感じたこともなかった…でも、違うのだな」
「……」
「世の中にはまぐわい以外にも美しいものがある。考えてもみれば当たり前だが、その当たり前のことにすら私は気が付かなかったのだ」
フフッとドゥームは小さく笑い、ケビンの肩に頭を乗せた。ケビンも彼女に寄り添うようにし、肩に手を乗せてドゥームの体を抱き寄せる。
「ケビン、お前なのだ。お前が私の世界を変えてくれた…お前が私に世界を見せてくれたのだ」
「…そうなのか」
「お前に会えなければ、私は未だに不思議の国で井の中の蛙だっただろう。お前がいなければ今、こうして花火を見ていることも無かっただろう」
「そうかもな…」
「だから、な…」
不意に、ケビンは頬に湿ったものを感じた。それがドゥームにキスされたと気が付くのに時間はかからなかった。ドゥームは頬を赤らめ、上目づかいでケビンの首に両腕をまわした。
「ありがとう。本当にお前に会えてよかった」
悪戯っぽく笑い、目を細める彼女の行為にケビンは顔が熱くなるのを感じた。そして、照れ隠しのつもりで彼女の体を抱きしめ、ドゥームのぬくもりを、愛情を感じ取りながら、耳元で囁いた。
「俺だって…お前に、ドゥームに会えてよかったよ。ありがとうな」
その言葉にドゥームは腕に力を込めて、体を近づける。
ケビンには彼女の顔を見ることはできないが、それでも彼女が自分を深く愛してくれている。そして、おそらく自分と同じように表情が緩んでいるものだと感じた。
そして、
「これからも私に世界を見せてくれ。そして、ずっと…ずっと私の横にいてくれ、アナタ♪」
ケビンの耳元で小さく、幸せそうにつぶやいた。
終わり
15/08/30 16:58更新 / ろーすとびーふ泥棒