連載小説
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第1話 デュラ子旅立つ
 ある朝のこと。

 日課となっている、朝稽古の最中いきなり父親に呼び出された。
 私の住んでいる家は、海岸沿いに建っている(自分で言うのもなんだが)立派な屋敷だ。
 朝日はもう、茜色から白く輝いている。私は潮の香りに包まれるなか、屋敷に入って行った。

「失礼します。」

 そう言って、私は父の部屋に入った。
 父は痩せこけた顔でベッドに横になっていた。

「ルシィラよ、お前に伝えなければならないことがある。」

 そう言う父の言葉は、どこか疲れ切っていた。
 原因は、間違いなく私にあるのだろう。
 先日、私は久々に母と一緒にお風呂に入った。そこで、母がふざけて抱きついてきたので、肘鉄をかましたら母の首が取れてしまったのだ。
 といっても、母が死ぬことはない。なぜなら、私と母はデュラハンなのだから。
 その日の夜、私は耳栓をして床に着いた。
 そして、その結果が目の前の父という訳である。シーツから見える上半身は服を着ているが、シーツの下で見えない下半身は素っ裸の可能性も否定できない。今日はまだ逢っていない母は、きっと肌がツヤツヤし妙にスッキリした顔つきでいることだろう。

「唐突だが、お前は呪われている。」
「本当に唐突ですね。」

 開口一番に何を言い出すのだ、この父親は。

「むろん、理由が無い訳ではない。これは、私の一族が引き継いできたものなのだから。」

 そう言って、父は自らの一族の話を聞かせ始めた。
 父の先祖というのは、人跡未踏の地の奥に向かい、未発見の遺跡から宝を探し当てるトレジャーハンターというヤツだったらしい。

「その先祖はあるとき、“この世のものならぬ魔剣”の噂を聞き。それを求めて旅に出たのだ。だが、結局その魔剣を先祖は見つけることができなかったのだ。」

 その先祖が死の床に入ろうかというとき、よっぽど魔剣を見つけることができなかったのが悔しかったらしく、家族の見守る中とんでもないことをやらかしたらしい。

「その先祖は、死ぬ間際まで魔剣の事だけを考えていた。そして、自分の子供や孫、はたまたその子孫が見つけるべきモノと思っていたようだ。実際、死ぬ間際まで、一族が魔剣を見つけるようにと念を押していたらしい。」
「すごい執念ですね〜。」

 そんな話を、私は他人事のように聞いていた。
 だが、父の次の一言で他人事ではならなくなった。

「その思いが、どこをどう間違ったのか、“一族の長男は魔剣を見つけなければならない”という“死に際の呪い”になったのだ。」
「はい?」
「そして、魔剣を見つけることができなかった場合は、呪いによって悲惨な死を遂げる事になる。」

 死に際の呪いというのは、たしか死に瀕したものが、すさまじい怨念でもって、自らの魂を代償にかける恐るべき呪いのはずだ。本来なら、自分を殺した一族とか、自らの国を滅ぼした敵国の土地とかにかかるものだ。その呪いは通常の方法では、まず解くことができず、呪い1つ1つにそれを解くための特殊な条件がかせられる。
 しかし、ご先祖様よ、そこまでこだわるか・・・。

「そんな呪われた一族の長男には、悲惨な死が近づくと首の後ろの部分に“呪いの印”が出るのだ。それは、いわゆるタイムリミットを現すもので、その印が出てから1年後にその者は悲惨な死に方をする。」

 だが、“長男”にかかる呪いなら私には関係ないだろう。私は“長女”なのだから。

「デュラハンと結婚して、息子が産まれくる事は無いだろうから、一族の呪いともこれでオサラバできると思っていたのだが、甘かったようだ。」
「???」
「どうやら、呪いの方はかなりしぶとかったらしく、“長女”のお前に呪いの印が出た。」
「はあぁぁあああぁぁぁ」
「昨日、イメルがお前と風呂に入ったさいに、呪いの印を見つけたのだ。」

 イメルというのは、母の名前だ。そうか、昨日風呂で抱きついてきたのは、この印を確認するためだったのか。
 おのれ呪いめ〜。てか、呪いをかけた先祖め〜、いつか呪っちゃる〜。
 なんて、とっくの昔に死んだ人間を呪えるはずもない。

「今の話を聞いて分かったと思うが、私は次男で上に一人の兄がいたのだ。」

 と、ここで父が自分の家族の話をしてきた。

「だが、兄は魔剣を見つけることができなかった。ある日、酒場で酒を飲んでいたら、回りの人間が兄から視線を外した一瞬の間に、兄は首から下の肉が全て骨から引き剥がされて血を撒き散らして死んでいたという。」
「うわあぁぁぁ・・・」
「でだ、私の父の兄、いわゆる伯父に当たる人物は、教会のミサに参加していたら、突然回りにいた普通の人達が突然伯父に襲いかかり、素手で伯父の体をバラバラに引き裂いたのだ。凶行に及んだ人達は、そのときの記憶がまったくなかったそうだ。」
「っう」
「さらに言うなら、私の祖父の兄も・・・。」
「・・・」

 もはや、何か言う気力も無くなった。
 私はどんな死にかたをするというのだろうか?ギロチンに掛けられるのなら、首が飛んだ後、死んだふりで呪いをごまかすことはできないだろうか。
 いや、父の話だとそんなに甘くはないだろう・・・。
 しかし、祖先が見つけることができなかった魔剣を、いきなり1年以内に見つけろだなんて・・・。

「手がかりがまったく無い訳じゃない。」

 と、私の考えを読んだのか、父が助け舟を出してきた。

「祖先は魔剣を追う途中、とある剣を見つけたのだ。どうやら、その剣が魔剣を見つけるためのカギとなる物らしい。」
「で、先祖が見つけた、魔剣発見のカギになる剣というのは?」
「うむ、居間の暖炉の上に飾ってあるヤツだ。お前も、小さいころから見ているだろう?」

 そんな大事な物を、どうどうと暖炉の上に飾っていたのか、私の父は。
 まあ、たしかにあの剣はどこか普通じゃないことは分かっていた。なにしろあの剣は、剣の形をしているものの、練習用の木剣よろしくまったく刃がないのだから。その剣(?)は、(刃は無いけど)剣身の部分が1.5mもあり中心にはスリット状の樋、柄も50cmと全体で2mもあるかなりでかいモノ。剣として使うよりも、馬上で槍として使った方が、はるかに扱いやすいだろう。他の特徴として、剣身の先端近くとV字状の鍔と柄の交差する部分の計2個所に、何かをはめ込めそうな穴が開いているぐらいか。
 そういえば、私が子供の頃。夜中にトイレに行こうとして、ふとその剣に目がいったとき、言い知れない恐怖にかられその場で漏らしてしまい、母にしかられたことがあったな。
 アレは、そんな曰く付きの代物だったのか。

「印が出てしまった以上、もはや猶予が無いのも事実。直ぐにでも出発した方がいいだろう。当然、剣は持っていけ。」

 ぜんは急げと、私はその日の昼にでも出発するべく。旅立つ準備を始めた、思えば一人で旅に出るなんてこれが初めてだった。
 部屋で、旅支度をしていると、私に声をかけてくる者がいた。

「お姉ちゃん、旅に出るんだって?」

 そう私に話かけてきたのは、妹のエスタラニィだ。
 妹は私とは違い、頭も良く強力な魔法も使用することができる。剣の腕なら間違いなく私の方が上だ。だが、魔法と併用されては、とてもじゃないが太刀打ちできないだろう。将来は魔法戦士を目指すとか言っていたな。
 う、うらやましくなんかないぞ・・・。
 だがどうしたものか。
 私が悩むのには理由がある。妹は頭がいい分、どうにも腹黒いところがやや・・・、いやかなりある。
 もし、私が呪いを解くために魔剣を探しに行くなんて知れたら最後。先まわりして魔剣を手に入れ、笑顔で“お姉ちゃんにはこれが必要なのよね〜”なんて言って、私が呪いで死ぬギリギリまで、私をこき使う可能性も否定できない。

 そんな妹と私はそれなりに歳が離れているが、それは私が原因だからだ。
 当時、家が海岸沿いに建っていることもあり、私にはメロウの友達がいた。その友達に、今度妹ができるらしいという話を聞いたとき。不覚にも、私は“メロウ”の友達にこう言ってしまったのだ。

「私にも妹が欲しいな〜。」

 その友達は、嬉々として答えてくれた。

「ならね〜、いい方法があるよ?」
「どんな!」

 そのときの私は、間違いなく目を輝かせていたはずだ。

「ルシィラちゃんて、デュラハンだよね?だったら、ママの首を外しちゃえばいいのよ。」

 そして、母の隙を見て実行したら、本当に妹が産まれた。
 こう考えてみると、家で起こる不祥事って、全部私が原因なんじゃ・・・。

「ははは・・・、まさか・・・。」
「どうしたの?お姉ちゃん?」

 いかん、ついうっかり口に出してしまったようだ。
 だが、妹はそんな私を気にすることなく、なにやら色々と物が詰まった袋を寄こしてきた。

「これ餞別。」
「これは?」
「私が作った護符と、その他魔法のアイテム。」

 やれやれ、腹黒いとはいえ、それでも私の妹だ。今は、ただその心遣いが嬉しかった。

「お姉ちゃん・・・。」
「ん?」
「かならず帰ってきてよね。」
「ええ。」

 もしかしたら、この時点で妹は私が旅に出る理由を知っていたのかもしれない。顔を背けながら言ったのは、目の端に光るものを隠したかったのかもしれない。
 ツッコムと後が怖いから、やらないけど。

 こうして、私は自らの呪いを解くために、魔剣を探す旅に出ることにしたのだ。
 先祖が見つけられなかった魔剣を、今更私が見つけられるかは分からない。
だが、父の兄(まあ今わ亡き私の伯父なのだが)と私には、とある違いがあった。それは、父の兄の代まで、私の一族は反魔物派の国で暮らしていのだが、父が母と結婚したのをきっかけに、母の親族がいる親魔物派の国に越してきた。もしかしたら、反魔物派の国では分からなかった事も、親魔物派の国なら何か分かるかもしれない。父と相談し、まずは大きな街の図書館にでも行ってみることにした。

 街までは、少しでも時間を短縮するために母が馬車を手配してくれた。その馬車は、首のない青白い炎を纏った骨の馬が引く馬車で、御者がいなくても目的まで送ってもらえるモノで、母が魔法で作り出したものだ。
その馬車に、私は荷物を積み込んでいた。一番苦労したのは、件の剣だ。四苦八苦しながらも、全長2mある剣をどうにかこうにか馬車に積み込むと、出発の時間がかなりせまっていた。

 出発の時間になると、父と母が玄関まで見送りに来てくれた。思えば、今日母に会ったのはこれが初めてだ。予想通り肌はツヤツヤしていたが、その表情はスッキリしたものではなく、重苦しいものだった。本当は、母も私に着いていきたいのかもしれない。でも、まがりなりにも騎士である母は、そう簡単に職務を離れることはできないのだろう。父も、母のサポート役として着いて来ることはできない。この馬車は、そんな母が精いっぱい私にしてくれたことなのかもしれない。
妹は、来なかったが2階の窓からチラリと様子を伺っているのに気付いた。はたして、妹は私に着いて来る気はあったのだろうか?だが、魔剣が親魔物派の国にあるとはかぎらない、場合によっては反魔物派の国にも立ち寄る必要が出るかもしれない旅に、妹を連れていく気にはなれなかった。

「気をつけて行くのよ。」

 そう出発するときに、母が私に言ってくれた。父は複雑な表情を浮かべ、母は祈るような顔つき、2階の窓から見えた妹は不安そうな顔を浮かべていた。
 そんな彼らを元気づけるためだったのだろうか、私は元気よく言った。

「父様、母様。行ってきます。」

 そして、2階の窓に向かって手を振り、馬車に乗り込んだ。
 馬車の馬が嘶き(顔や肉が無いのに、どうやって鳴いているのかは不明)、ゆっくりと動き始める。

 しばらくして、屋敷が見えなくなると、私は堪えていたものがあふれ出て、一人泣きじゃくってしまった。
 家族の前では強がってみたものの、本当は不安でいっぱいだったのだ。父から聞いた呪いの印が出た者の死にざまは、みな恐ろしいものばかりだった。
 私が死ぬまでの1年間、家族と共に最後の1年を暮らすという選択もあったのかもしれない。でも、私は魔剣を探すという選択に出た。私は、家族とあと1年だけ暮らすというのはまっぴらごめんだ。もっと、長生きし。もっと、家族と共に暮らためにも、なんとしてもこの旅を成功させる。
 そう、私は決めたのだ。
 だから、不安で泣くのはこれで最後。街についたら、もっと強い意志を持たなくては。
 そして、必ずここへ帰ってくるのだ。
 出発したときと同じように、今度は笑顔で“ただいま”と言うために。

 こうして、私の旅ははじまった。

 でも、私はこのときまだ知らなかった。
 この旅のきっかけとなった『呪い』の正体。なぜ、先祖が『魔剣』を追っていたのか。教会の持つ『AM資料』と、『魔剣』との関係。そして『魔剣』の正体と、それによって引き起こされる世界の危機を・・・。
11/06/04 18:37更新 / KのHF
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■作者メッセージ
 題名に魔剣と付くからには、リザ子とデュラ子のどちらを主人公にしようかと迷いました。
 で、この話の風呂場と妹のネタを書きたいがために、デュラ子を主人公にしました。

名前の意味
 ルシィラ:ロシア語の「力」をいじくったもの。
 エスタラニィ:ロシア語の「努力」をいじくったもの。

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