二人だけの。
風が、吹いている。
月光を受けて、草原が仄かに輝いている。
だから何だというわけではないが。
・・俺は何を思っているのだろうか。
そう思って、ふ、と声と笑みをこぼした。
「・・どうした?スレイ。」
それを見て、隣に鎮座するワイバーン、ディナが
首をこちらに向け俺にそう訊いてくる。
旧魔王時代の姿で表情はよく分からないが、気配は穏やかなものだ。
「いや・・ちょっとな。」
だが、素直に先程の思いを言うのも恥ずかしい。
なので俺は適当に誤魔化した。
「・・そうか、まぁ深くは訊かんさ。」
言われた方のディナはそう言って、
再び首を伸ばし目を閉じ、風を感じ始めた。
・・ああは言ったが、きっとディナは
俺がだいたい何を思ったかは分かってるんだろうな。
草原を見つめつつ、俺はそう思った。
・・恐らくは、景色を見て感動でもしたのだろう。
私は、風を受けつつ先程のスレイの言動についてそう結論づけた。
「クァゥウ・・グァウルゥ・・」
半分くらいそうであってほしいという願望が入っているのは認めよう。
何故ならば、私もこの風と景色が素晴らしいと思ったからだ。
スレイと、同じ感情を持ちたいと願うのは当然だろう。
例え、スレイが言葉に出してくれなくても。
それなりに長い付き合いをしてきたのだ、それくらいのことは分かる。
・・あぁ、それにしても。
「クゥアウ・・ン、クゥウ・・」
こうしながらスレイに、
首の後ろの方を撫でてもらったらどんなに気持ち良いだろう。
私は鳴きながらぼんやりとそう考えていた。
「クゥアウ・・ン、クゥウ・・」
いきなり、ディナがそう鳴いた。
景色を全身で楽しんでいるのかとも思ったが、
その声色には、何かを欲しているような感じが混じっている。
・・仕方ないな、全く・・
格好良い癖にこういうところは甘えん坊なんだ。
そう思いながらも俺は、それをするべく立ち上がり彼女に近づく。
俺が近づいたのを感じ取ると彼女は首を下げ俺に近づけた。
こちらを向いているのは、後ろ側だ。
・・やっぱりな。
自分の予想が当たったことに満足感を覚えつつ俺はそこに手を伸ばす。
指先から伝わってくる鱗のひんやりとした感触が心地良い。
その感触を少しの間味わった後、
俺は彼女の後ろ首筋をゆっくりとなぞった。
鱗から鱗へと俺の指が伝っていく。
「クァウゥ、ン・・クァ・・」
彼女は満足そうに首を揺らし、そう鳴いた。
尻尾は、地面の草達をかき分けゆったりと振られている。
この彼女の姿は、俺だけが見ることが出来る姿。
そう思うと嬉しくなって、もう一回俺は首筋をなぞった。
「クゥウン・・グクゥ・・」
再び発せられるそんな声。
・・ああ、本当に美しくて可愛い。
「ああ・・可愛いな・・」
「ああ・・可愛いな・・」
・・!?
その言葉に私は一瞬だけ心臓が飛び跳ねた。
それもそうだ、私の人生の中でスレイがそう言ってくれるときというのは、
心からそう思ってついポロっと出てしまったときくらいだからだ。
スレイはそういう男だ。
でも、だからこそ、その言葉には余計な飾りがない。
少々無口な所のある彼の思いが、凝縮されているのだ。
・・くぅ〜〜〜〜〜。
そこまでは知っているはずなのに。
そんな彼の言葉に触れる度に、私は有頂天になる。
「・・うん・・俺だけの、特権だな・・。」
そして私が有頂天になっている最中にも、
スレイはそう言いつつ首筋を撫でてくる。
本当に、容赦がない。
それは私を本当に愛し、想ってくれているからだ。
少なくとも私はそう願っているし、思っている。
彼は、私の望む全てのものを私にくれる。
この感触も、言葉も、全て。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
だから私は、お返しと言えるかは分からないけれど、
この声を彼に贈った。
この声は、私にとって、そして恐らくは彼にとっても特別だから。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
ディナがそう鳴いた。
その声は、俺にとって特別な意味を持っている。
大したことではないかもしれないけれど、少なくとも俺にとっては特別だ。
なぜならその声は俺が初めて聴き大好きだと言った彼女の声で、
彼女が俺に初めて聴かせた声だったから。
いや、歌声と言えるものでもある。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
再び彼女が歌う。
草原を風が渡っていき、草を波立たせる。
月光が、優しく辺りを照らす。
先程までは別々に見えていたそれらが、
彼女が加わったことによってまるで一つに纏まったように思えてくる。
まるで、彼女が歌うとそれを伝えるために風がそれを運び、
草達がそれを聴いて拍手の代わりに体を揺らし、
月光が彼女にスポットライトを当てているかのようだ。
俺が立ち入る隙間などないかのようにも思える。
だが、それで良い。
俺は既に、彼女という存在に立ち入っているのだから。
言うなれば、彼女の歌声ではなく
彼女というワイバーンそのものを知っているのだから。
目を閉じ、彼女の歌に聴き入りながら俺はそう思っていた。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
・・気づいているよな、スレイ。
私のこの声は、本当なら草木にすら、世界にすら聴かせたくはないんだ。
だって、この声は今となってはお前のためだけのものなんだから。
お前が大好きだと言ってくれた声で、
私がお前を好きになるきっかけをくれた声だから。
だけど、お前は世界と一緒にある。
だったら、せめて私はお前のためだけにこの声を奏でる。
他の何物が聴いていようと構わない。
お前の為だけに、お前だけに向けられるこの感情の全てを、
そいつ等が感じ取りきれるはずがないんだから。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
夜の草原・・月が雲に隠れ漆黒が全てを包もうとも、
その歌声じみた鳴き声は響き続けた。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
その鳴き声には、喜び、愛情、慕情があった。
他にも、感じ取れるものは多々ある。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
だが、それらの全てを差し置いてひときわ強い感情があった。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
それは感謝。
ただ一人の男に向ける、ワイバーンの一番の気持ち。
そして、その一人の男以外には分からない、感じ取れない気持ち。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
生まれてくれて、出会ってくれて、愛してくれて、
今この瞬間に自分のそばにいてくれて。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
そんな、大事な大事な者だけに向けられる感謝の思い。
それが、草原で行われた観客数一人の舞台の、
観客と歌い手の最後のワンフレーズだった。
すなわち。
「「ありがとう」」
月光を受けて、草原が仄かに輝いている。
だから何だというわけではないが。
・・俺は何を思っているのだろうか。
そう思って、ふ、と声と笑みをこぼした。
「・・どうした?スレイ。」
それを見て、隣に鎮座するワイバーン、ディナが
首をこちらに向け俺にそう訊いてくる。
旧魔王時代の姿で表情はよく分からないが、気配は穏やかなものだ。
「いや・・ちょっとな。」
だが、素直に先程の思いを言うのも恥ずかしい。
なので俺は適当に誤魔化した。
「・・そうか、まぁ深くは訊かんさ。」
言われた方のディナはそう言って、
再び首を伸ばし目を閉じ、風を感じ始めた。
・・ああは言ったが、きっとディナは
俺がだいたい何を思ったかは分かってるんだろうな。
草原を見つめつつ、俺はそう思った。
・・恐らくは、景色を見て感動でもしたのだろう。
私は、風を受けつつ先程のスレイの言動についてそう結論づけた。
「クァゥウ・・グァウルゥ・・」
半分くらいそうであってほしいという願望が入っているのは認めよう。
何故ならば、私もこの風と景色が素晴らしいと思ったからだ。
スレイと、同じ感情を持ちたいと願うのは当然だろう。
例え、スレイが言葉に出してくれなくても。
それなりに長い付き合いをしてきたのだ、それくらいのことは分かる。
・・あぁ、それにしても。
「クゥアウ・・ン、クゥウ・・」
こうしながらスレイに、
首の後ろの方を撫でてもらったらどんなに気持ち良いだろう。
私は鳴きながらぼんやりとそう考えていた。
「クゥアウ・・ン、クゥウ・・」
いきなり、ディナがそう鳴いた。
景色を全身で楽しんでいるのかとも思ったが、
その声色には、何かを欲しているような感じが混じっている。
・・仕方ないな、全く・・
格好良い癖にこういうところは甘えん坊なんだ。
そう思いながらも俺は、それをするべく立ち上がり彼女に近づく。
俺が近づいたのを感じ取ると彼女は首を下げ俺に近づけた。
こちらを向いているのは、後ろ側だ。
・・やっぱりな。
自分の予想が当たったことに満足感を覚えつつ俺はそこに手を伸ばす。
指先から伝わってくる鱗のひんやりとした感触が心地良い。
その感触を少しの間味わった後、
俺は彼女の後ろ首筋をゆっくりとなぞった。
鱗から鱗へと俺の指が伝っていく。
「クァウゥ、ン・・クァ・・」
彼女は満足そうに首を揺らし、そう鳴いた。
尻尾は、地面の草達をかき分けゆったりと振られている。
この彼女の姿は、俺だけが見ることが出来る姿。
そう思うと嬉しくなって、もう一回俺は首筋をなぞった。
「クゥウン・・グクゥ・・」
再び発せられるそんな声。
・・ああ、本当に美しくて可愛い。
「ああ・・可愛いな・・」
「ああ・・可愛いな・・」
・・!?
その言葉に私は一瞬だけ心臓が飛び跳ねた。
それもそうだ、私の人生の中でスレイがそう言ってくれるときというのは、
心からそう思ってついポロっと出てしまったときくらいだからだ。
スレイはそういう男だ。
でも、だからこそ、その言葉には余計な飾りがない。
少々無口な所のある彼の思いが、凝縮されているのだ。
・・くぅ〜〜〜〜〜。
そこまでは知っているはずなのに。
そんな彼の言葉に触れる度に、私は有頂天になる。
「・・うん・・俺だけの、特権だな・・。」
そして私が有頂天になっている最中にも、
スレイはそう言いつつ首筋を撫でてくる。
本当に、容赦がない。
それは私を本当に愛し、想ってくれているからだ。
少なくとも私はそう願っているし、思っている。
彼は、私の望む全てのものを私にくれる。
この感触も、言葉も、全て。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
だから私は、お返しと言えるかは分からないけれど、
この声を彼に贈った。
この声は、私にとって、そして恐らくは彼にとっても特別だから。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
ディナがそう鳴いた。
その声は、俺にとって特別な意味を持っている。
大したことではないかもしれないけれど、少なくとも俺にとっては特別だ。
なぜならその声は俺が初めて聴き大好きだと言った彼女の声で、
彼女が俺に初めて聴かせた声だったから。
いや、歌声と言えるものでもある。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
再び彼女が歌う。
草原を風が渡っていき、草を波立たせる。
月光が、優しく辺りを照らす。
先程までは別々に見えていたそれらが、
彼女が加わったことによってまるで一つに纏まったように思えてくる。
まるで、彼女が歌うとそれを伝えるために風がそれを運び、
草達がそれを聴いて拍手の代わりに体を揺らし、
月光が彼女にスポットライトを当てているかのようだ。
俺が立ち入る隙間などないかのようにも思える。
だが、それで良い。
俺は既に、彼女という存在に立ち入っているのだから。
言うなれば、彼女の歌声ではなく
彼女というワイバーンそのものを知っているのだから。
目を閉じ、彼女の歌に聴き入りながら俺はそう思っていた。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
・・気づいているよな、スレイ。
私のこの声は、本当なら草木にすら、世界にすら聴かせたくはないんだ。
だって、この声は今となってはお前のためだけのものなんだから。
お前が大好きだと言ってくれた声で、
私がお前を好きになるきっかけをくれた声だから。
だけど、お前は世界と一緒にある。
だったら、せめて私はお前のためだけにこの声を奏でる。
他の何物が聴いていようと構わない。
お前の為だけに、お前だけに向けられるこの感情の全てを、
そいつ等が感じ取りきれるはずがないんだから。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
夜の草原・・月が雲に隠れ漆黒が全てを包もうとも、
その歌声じみた鳴き声は響き続けた。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
その鳴き声には、喜び、愛情、慕情があった。
他にも、感じ取れるものは多々ある。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
だが、それらの全てを差し置いてひときわ強い感情があった。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
それは感謝。
ただ一人の男に向ける、ワイバーンの一番の気持ち。
そして、その一人の男以外には分からない、感じ取れない気持ち。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
生まれてくれて、出会ってくれて、愛してくれて、
今この瞬間に自分のそばにいてくれて。
「グゥウン・・ンルルゥ・・ンァォオー・・」
そんな、大事な大事な者だけに向けられる感謝の思い。
それが、草原で行われた観客数一人の舞台の、
観客と歌い手の最後のワンフレーズだった。
すなわち。
「「ありがとう」」
14/07/31 22:16更新 / GARU