読切小説
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真・ツンドラ
修学旅行にて。
思わぬ幸運を掴んだシルファ・ムルは困っていた。
「むう・・思い出せん・・何だったか・・?」
グラキエスのキーシャ先生の授業の内容を思い出していたのだが、
ある一つの単語だけが思い出せない為だ。
「ぐむむ・・内容は覚えておるというのに・・。
夏に苔が生える、永久凍土・・えーと・・。」
彼女がぶつぶつと呟いていると、一人の男が近づいてきた。
彼は呟く彼女に険しい表情を向けると文句を言う。
「シルファ、うるさいぞ。
さっきからぶつぶつと呟いて、どうした?」
言われたシルファは、男に負けず劣らずの表情を向けこう返した。
「宗谷、貴様には関係のない話だ。
我が何をしていようが我の勝手であろう。
うるさいというのであれば外へでも出ていろ。」
それはあまりに身勝手な言い分であったが、
男・・宗谷はそこまで気に障った様子は見せず、
彼女にとって思わぬ幸運となった要因を話題に出した。
「外に出ていろ?
俺だって出来ることならそうしたいけどよ。
仕方ないだろ、俺とお前は相部屋になっちゃったんだから。」
そう、思わぬ幸運とは。
この修学旅行の部屋割りが二人一組であったこと。
そして先生方の厳正な審議の結果決まった番号が
シルファの部屋番号が901、宗谷も同じく部屋番号901。
つまり同じ部屋に居られることの二つだ。
宗谷、シルファ双方にとっての幸運ではあったのだが。
先程の会話からも分かるように二人とも素直でないが為に、
その幸運の中において何も行動を起こしていない。
「むむむ・・そうであったな。
まったく、先生方の審議はどうなっているのだか。」
「ああ、そこだけは同感だ。
普通にごちゃ混ぜに選んでくれれば良いのに審議なんてしてさ。」
これには隠れて見ていた先生も苦笑いである。


時は過ぎて、就寝前。
シルファは結局思い出せなかった。
途中宗谷に訊くことも考えてはみたのだが・・
「いやいや、あやつに訊くだと?
そんなことも分からないのかと言うに決まっている。
それに第一、我のプライドが許さぬ・・。」
といった理由で訊いていなかったりする。
実際、彼がそんなことを言わないのは言うまでもないだろう。
ともあれ、布団の用意を終えたシルファは
電気のスイッチに指をかけ宗谷へ声をかけた。
「そろそろ就寝時間か・・宗谷、電気を消すぞ。
いつまでも電子機器をいじっているなよ。」
「わかってる。
お前こそ暗い中であまり本読むなよ、目が悪くなるぞ。」
宗谷はいじっていた携帯を閉じつつそう返す。
それに「ふん・・」と鼻を鳴らしつつ、シルファは電気を消した。

電気が消えた後というのは、普通であれば何らかの話がされるものだ。
「・・・・・・」「・・・・・・」
が、この二人の場合はそれが当てはまらない。
素直でないためというのもあるが、それ以上に
互いに何の話題を振ったら良いか分からないという理由もあった。
実際、振ってしまえばそれがどんな話題であろうと問題はないのだが、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらに厄介なことに、二人とも警戒心が強い方で、
かつそもそもあまり喋る方でもなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかしながら、沈黙が長ければ気まずいとも感じる。
だがしかし、話そうとすればもっと気まずいわけで。
(寝よう)(寝るか)
となれば、この世界から意識を消してしまう荒技に頼ろう
とするのは当然と言えば当然だった。


二人が眠ってしばらくの後。
シルファは夢を見ていた。
そう聞けばどことなくロマンチックだが、そうではない。
なぜならば、夢の舞台が寒風吹き荒ぶ凍土だったからだ。
ちなみに此処こそが、就寝前シルファが思い出そうとしていた
夏に苔が生え永久凍土がある気候ことツンドラ気候なのだが、
シルファは今はそれどころではなかった。
(さ・・寒っ・・!?)
凄まじく、寒いのである。
(く・・ぅ・・!)
本来ならば熱も冷気も通さぬ筈のシルファの鱗を突き抜けて
彼女を寒さが突き刺してくる。
「っう・・何故だ・・っ」
それが夢であるが故に起こる現象なのだが、
当のシルファには夢かどうかなど分かるわけもない。
一応翼を体に密着させては居るが、
それ自体が冷えているため効果はあまり無かった。
凍えるような寒さに耐え続けつつ、
徐々に体温が下がっていくのをシルファは感じていた。
(このままでは、まずいな・・)
そう思いはしたものの、そこは夢の中。
現実の彼女が起きない限りは抜け出すことなど出来ない。
どれだけ進んでも、視界は晴れてくれず、
それどころかその白さはどんどん濃くなっていった。
それが憎らしく思えてきた頃、シルファの脳内に名案が思い浮かぶ。
(・・我は炎を吐けるではないか!)
そう、溶かす、もしくはそれによって暖まる事だ。
早速それをするべく、息を吸い、吐く。
(!?)
が、いつもならば灼熱の焔が吹き出す筈のそこからは、
単なる白い空気の塊しか出てこなかった。
そんな馬鹿な、そう思いもう一度試すが結果は変わらない。
(・・・・)
微かな絶望と恐怖が彼女の顔に浮かび始めたその時。
「う・・っ・・!?」
さらに風の勢いが強くなり、彼女に凍てついた空気を叩きつけ始めた。
我慢すれば耐えられる、というさっきまでのレベルのものではない。
歩くことすらままならず、逆に気を抜けば体が押し戻されそうなほど。
そう感じられるという事はつまり、
彼女が立って居られているということなのだが、
その立っているという状況さえも言い換えれば、
全身に冷気を受け続けているという事になる。
そんな状況で、裸同然のドラゴンがそう長く耐えられる筈がない。
すぐにシルファは膝をつき、それでも何とか体温を上げようと
体を丸め翼で自らを包むようにする。
しかし、それを嘲笑うかのようにさらに風は強くなっていく。
もう駄目だ・・そう思い始めた時。
「・・ルファ・・き・・さい・・」
どこからともなく、声が聞こえてきた。
(死に際して幻聴すら聞こえ始めたか・・)
そんなことを、靄のかかった思考回路で考えるが、
「シルファ!起きなさいって!」
次の声ははっきりと確かに聞こえた。
(助かるのか・・!?)
重い頭を彼女が上げようとしたその時・・


「シルファ!起きなさいっての!」
シルファは目が覚めた。
景色のあまりの変わりように、
何が起きたか分からず目を白黒させるが、
「やっと起きたのね!」
目の前で耳にくる声でそんなことを言うグラキエスを見て、
自分が夢を見ていたのだと何となく理解する。
「さっきから呼びかけているのに、全く起きないのよ?
ぐっすり眠るのは良いけれど、きちんと出すもの出してからにして!」
手のひらを差し出しつつ、言う。
「この組の日誌!出してないでしょ。
就寝前に教員に渡すようにって言われてたでしょ?」
「・・そのようなものも、あったな・・。」
寝ぼけた頭で布団から出るシルファ。
「あー・・少々待っていて欲しい、キーシャ先生。
確かここに・・おお、あったあった・・コレで良いのだろう?」
受け取ったグラキエス・・キーシャは、顔をしかめつつこう返した。
「そっちはね。
だけど、一応教員だから理由も聞いておかなきゃいけないのよ。」
(面倒なものだな・・)
そう思わないでもなかったが、
面倒の原因は自分なのだという自覚はあったので、
シルファは素直に従うことにした。
(にしても・・理由か・・ああ、あれがあるな・・)
「うむ、キーシャ先生の授業で出てきた単語が思い出せなくて、
考えていたら、持っていくのを忘れていた。」
その言い分を聞いたキーシャは、眉を寄せた。
「・・何それ?・・いやまあ、あんたは結構頑固だから
それがどうしても気になってってのは分かるけどさ・・。」
そういってため息を吐いた後、彼女は訊く。
「ま、いいわ。
・・で、何が思い出せなくて困ってたの?
ラトソル?ポドゾル?それとも、三角州の名前?」
「いや、それらは分かるのだ。
分からぬのは・・えーと、夏に苔が生えて永久凍土があり・・」
そこまでシルファが言うと、キーシャはそれを遮った。
「え、そんなことなんだ・・ツンドラよ、ツ・ン・ド・ラ。
もう、持ってくるついでに私に訊けば良かったじゃない。」
その発想はなかったシルファだったが、
思いついていても結局訊きには行かなかっただろうとも思った。
「自分で思い出したかっただけだ。
・・それはそうと、先生も寝る時間ではないのか。」
なので、彼女は強がると同時に話題を変える。
「ああはいはい、さっさと帰れって事ね。
それじゃ、また明日。」
キーシャもそこまでつっかかる性格ではなかったので、
すぐに部屋の外へと出ていった。

その足音が遠くへ行った後、
再び寝るべくベッドの縁に手をかけたシルファだったが、
「っ・・」
思わず息を漏らしてしまった。
何故ならベッドの縁に、鱗の上からでも感じられるほどの
強烈な冷気を放つ恐ろしく冷たい氷の膜があったからだ。
怒ったキーシャが作り出していたそれを見て、
シルファは、何故ツンドラの夢を見たのかに納得がいった。
(・・こんな中に寝ていたとあれば、あんな夢も見るというものだ)
炎で溶かそうかと彼女は思ったが、そんなことをして
凍っていない部分が燃えれば酷いことになるとも思っていた。
「仕方ない・・床で寝るか・・。」
幸い、布団は取れたのでそれを被って寝る事にした彼女だったが。
「んー・・すー・・」
そこでふと、隣で気持ちよさそうに眠る宗谷が視界に入った。
(・・・・・・)
彼女は考えていた。
宗谷の布団に潜り込んで一緒に寝ようかと。
(いやいやいや、そんなことが出来るか・・。
我は誇り高きドラゴンなのだぞ・・。)
しかし、プライドの高さがそれを邪魔して、
床で寝るという行動の方を彼女は選んだ。
・・が、しかし。
「・・寒い・・」
自分のベッドの近くであった為、漂う冷気が彼女を眠らせない。
それから離れるべく布団の位置をずらしてもう一度寝る。
「・・やはり寒い・・」
が、冷気は少々弱まりはするが、
気にならないレベルとまではなってくれない。
それを何回か繰り返し、ようやく眠れる位置をシルファは見つけた。
「・・・・」
見つけた、は良いものの新たな問題が彼女に立ちはだかる。
その場所とは、彼女のベッドからかなり離れたもう一つのベッドの上。
要するに・・
「ぐー・・ぐー・・」
宗谷が眠っているベッドの上だった。
(どうする・・どうしようというのだ我よ・・!!)
シルファは悩んでいた。
宗谷と共に眠るなど、そんなことが出来るわけがない。
そもそも宗谷が許すかどうか。
だが、このままでは眠れない。
(いやいや、理由自体は至極まともなものであるはずであるし、
宗谷も聞き入れてくれぬ程頑固であったりはしない。
もし出ていけと言われれば、説明するまでよ・・)
そう自分に言い聞かせつつ、
結局シルファは宗谷の布団をめくり、その中へと入り込んだ。
(我に間違っていることなど一つとしてないのだ・・)
強いて言えばその順序が少々間違えていたが、
そんなことは彼女の頭の中にはない。
宗谷の布団の中に入り込んだシルファは、
自分でも驚くほどの安心感を感じていた。
(寒さを感じることが無いのが、これほどありがたいとはな・・)
思いつつ、横を見ると仰向けで安らかな寝顔を浮かべる宗谷の顔がある。
宗谷のそんな顔を間近で見たことの無かったシルファには、
それが抱きしめたくなるほど愛らしく思えた。
が、しかしここで抱きしめることが出来るのならば、
二人の今の関係がここまで長引く筈がない。
(っ・・!?我はなにを考えているか・・!!)
やはりというべきか、シルファはそれをしなかった。
だが、少しだけ勇気を出して、ある行動をしてみることは出来た。



「ん・・ふあ・・ふぅ。
ああ、眠い・・今何時だ・・?」
そう言って宗谷はベッドから見える位置にある時計を見る。
それは、起きるべき時刻のまだ前を示している。
外の暗さからも、時計は間違ってはいないのが分かった。
「・・まだ、寝とこう・・。」
そして、そんな状況で二度寝の誘惑に勝てるほどの
強い精神力も予定も彼は持っていない。
そういうわけでもう一度枕に顔を埋めた宗谷だったが。
「・・っーーーー!?!?!!?」
そうしてから彼は、驚きで一杯になった。
好いてはいるもののなかなかにそれを伝えることが出来ない、
傲慢な態度を何者相手にも崩さない誇り高い、
有り体に言えばなんだかんだで自分が好きなドラゴン、
要するにシルファが、自分の布団に入り込んで、
同じ枕で、幸せそうな寝顔を浮かべていたからだ。
(なんなんだこれは!いったいどうすればいいんだ!?)
一方、それを見た宗谷は気が気でない。
(起こすべきか?いや、そんなことしたらシルファに悪いし、
だけど、そもそも俺の布団な訳だから・・しかしながら、宗谷よ。
もし、シルファが起きて俺を見たら何と言う?
何故貴様がここにいる、に決まってるだろうが。)
半ば錯乱した頭で考えつつ、どうにか抜け出そうとするが、
片足にシルファの尻尾が巻きついているために抜け出せない。
それに、寝るときに投げ出したままにしていた片腕は、
鱗の消えている彼女の両腕にしっかりと絡めとられていた。
(あ、これ柔らかい・・じゃねえよ!?
これじゃあ抜け出すどころか、下手に動けもしないだろうが!)
シルファの無茶な行動に付き合わされてきた宗谷だったが、
流石に今回の事は初体験である。
そもそも女性と一緒の布団の中に居るという状況すら初めてだった。
起こしても駄目、動いても駄目。
そんな彼にとって極限の状態で彼が選択したのは・・
(・・仕方ないから、このまま寝てた事にしよう。)
寝ることだった。
方々から、ヘタレ、据え膳を食わぬ男の恥、
等と言った声が聞こえてきそうではあるが、彼はその行動を選んだ。
選ばざるを得なかった。
何故ならば、隣に眠っているドラゴンの事を、
彼がやはり好きで、大切に思ってもいるからである。
そう言うことは、順序を踏んだ上で。
それが彼の恋愛観であったし、
彼は知らないことだったが、シルファの恋愛観でもあった。
(となれば、平常心平常し・・)
そう唱えて心を落ち着けようとした宗谷だったが、
その心を落ち着かせたのは別のものだった。
「んぅ・・ん・・ふ、ふ・・」
それは眠りながら穏やかに笑うシルファである。
その顔を見れば、余程幸せな夢を見ている事は宗谷にも予想できた。
(・・こういう可愛いところ、あるんだよなぁ・・)
ついつい、顔が綻んでしまうのを彼は感じていた。
いかに素直でないとは言え、いや、素直でないからこそか、
相手の無意識に見せる好きなところに彼は弱いのだ。
頭を撫でたい・・そう思った宗谷だったが、
それをすれば、もしかしたら起こしてしまうかもしれないとも思った。
だから彼はそうせずに、絡みついている彼女の腕の先、
鱗に覆われている握られた手の上に、空いている方の手を優しく重ねる。
たったそれだけで、宗谷の心臓は跳ね上がりそうになっていたが、
ずっとそうしていると、彼は段々と安心してきた。

(・・すっごく運がいいよな、今の俺・・)
しばらく後、そう思った彼の瞼はほとんど閉じかけている。
眠気がピークに達しているのだ。
勿論、今の彼にそれを拒む理由などありはしない。
(・・今なら、とても幸せな夢が見れそうだ・・)
ぼんやりとそう思ったとき、彼の意識は静かに沈んでいった。
14/06/17 21:30更新 / GARU

■作者メッセージ
ツンドラの感想欄を見てて、ビビッと来たので書きました。
あれえ・・ツンデレってこんな可愛かったっけ・・。
この頃、自分の守備範囲がどんどん広がってる気がする・・。

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