過去と今と
俺はキスク・シデン、この反魔物領の兵団の小隊長だ。
兵団に入ったばかりの頃はきつかったが、今は戦いに行けるくらいにはなった。
先日も近くでの戦いでなんとか戦果を挙げていた。
その時は自分が魔物撃退に役立ったのだと、嬉しかった。
幼なじみにして戦友、武道家のハルス・セルカークも喜んでくれていた。
俺達が戦った地点は思っていた以上に重要だったらしく、
上の方々は俺やあいつに近々昇進の知らせが届くだろう、と言っていた。
俺はあいつと抱き合ってまで喜んだ。
だけど。
俺は気付けなかった。
いやもしかしたら気付いていたけれど、そんな筈はと目を逸らしたのかもしれない。
あいつの、ハルスの腕の奥の方。
武道着の腕の付け根の辺りに、ふさふさした何かが生えているのを。
そして今、俺は現実を叩きつけられていた。
部屋に忘れ物をしたからと有りがちな理由をつけて深夜にも関わらず、あいつは訪ねてきた。
それ自体はいつものことなので、どうせ本当は寂しかったからとかだ、と思っていた。
部屋に入りあいつは入念に誰も居ない事を確認して、いきなり俺にその腕を見せ。
そして驚いた俺が何かを言う前に、こう言った。
「キスク・・!私を、殺してくれ・・っ!」
頭の中が真っ白になったかと思った。
いや、真っ白になって何も考えられなくなってしまっていた方が良かった。
俺の目の前にいるこの元気が取り柄の幼馴染みを、俺の手で殺す。
それをしたならば自分はどうなってしまうのだろうか。
きっと上の奴らは、惑わされる事無く自分の信念を貫いた者、と褒めるだろう。
だが、幼馴染みの命と教団としての信念は果たして秤にかけて良いものなのか。
そうして迷っている間にも、ハルスはもう一歩近づき重ねて言った。
「私はっ、お前の父さんを連れ去った、あの魔物だ・・
あの魔物と同じになるくらいなら、お前が殺してくれ・・っ!」
俺の父さんは、魔物に連れ去られてどこかへ行ってしまったらしい。
らしい、というのは俺がその話を俺の故郷に行った上の方から聞いたからだ。
優しい父さん・・俺に剣術を叩きこんでくれた強い父さん。
皮肉な事に父さんを連れ去った魔物とは狼の魔物、
ふさふさの毛を持ち、鋭い爪、牙で容赦なく獲物を狩るワーウルフだった。
そして、今俺の目の前。
目に溜め切れない涙をぽろぽろと床に落としている、
幼なじみの腕は紛れもなくワーウルフのそれだ。
その事実が、剣の柄を俺に握らせている。
たとえ幼なじみであろうとも故郷を、
肉親を奪った魔物は、魔物となったものは生かしておけない。
その筈だ、その筈だった。
目の前にいるのが俺と関係ない魔物化しかけている女だったなら、俺は迷いなく斬っただろう。
でも、違う。
俺が斬ろうとしているのは、幼なじみだ。
切磋琢磨し、立場が上の者から辱めを受けようとも支え合って、
今やっとこうして波に乗れたというのに。
俺は、こいつを殺さなければならない。
その事実が、握った剣の柄を震えさせていた。
斬りたくない、斬らねばならない。
彼女がそれを望んでいる・・だが俺は望んでなど。
しかし斬らなければどうなる?
逃げたところで、俺は彼女をいつまでも斬らずにおけるか?
・・ああそうか、いっそ共に死んでしまえばいい。
一方が死に一方が苦しみ続けるくらいならば、その方が・・。
そんな、本当は望んでいない結論に達しようとしたその時、廊下の方から怒号が響いた。
「ハルス・セルカークを見つけ次第殺せ!
奴は魔物と化して、我らを狙っているぞ!」
その声が救いだったのか、更なる苦しみへの道標だったのか、俺にはわからない。
だけど。
「っ・・!ハルスっ!!」
その声が聞こえたとき、俺は彼女の手を引き、窓から飛び出していた。
幸い、俺の部屋は一階だったから大して痛みはなかった。
しかしあんまりに勢いよく飛び出してしまったため、
俺達はかなり目立ってしまうことになる。
「居ました、ハルスです!
んん・・?あっ・・!キスク小隊長殿も一緒です!」
そんなことを教団兵士の誰かが叫んだのが聞こえた。
かなり、近い。
このまま全速力で走っていて、追いつかれるかどうかか。
「キスクっ!なにやってるんだ!私を、何で生かそうとする!
私に生き恥を晒せとでも言うのか?!」
俺はそれを無視して、質問で返す。
「おいハルス!
お前、ワーウルフの能力や何やらで、
この辺りの抜け道とか今の状況とか分からないか!?」
「はあっ・・!?」
戸惑いの表情を浮かべ、それでも走り続ける彼女。
「分からないことは、無いが・・」
「だったらそれを使ってでも何としても生き延びるぞ!
お前を殺すにしろ、殺さないにしろ、まずはそれからだ!」
そうだ、今ここでハルスを殺させるわけにはいかない。
もしそうなったなら、俺は絶対に後悔する。
魔物を、ワーウルフを憎んで止まない筈なのに、俺はそう思った。
誰が殺そうとも同じ筈だというのに。
そもそも彼女が死を望んでいるんだぞ?
しかし幸いなことにそれ以上悩む事は今は出来なかった。
後ろ手の感覚が、いきなり消えたのだ。
よもや射られでも、と嫌な想像が脳裏に走るが、
横から目の前に現れたふさふさの毛を見て安堵する。
「・・キスク、お前がそう言うのなら今はそうしよう。
大隊長格はまだ出ていないし、包囲もされていない。
まずはまっすぐ走って森に突っ込む!」
いつもの彼女の、気丈な強い声。
この圧倒的危機においてそれは俺に勇気と力をくれた。
「・・ああ!」
短く答えて、先行する彼女に食らいつく。
彼女を殺すかどうかは、このときは考えずに済んだ。
「・・見えたぞ、森だ!」
走り続けること四十分ほどで、目の前に森が見えてきた。
「逃すな!何としても捕らえるのだ!
魔物と化した者と、それに加担した者は生かして置く訳にはいかん!」
しかし後ろから迫る教団の声もかなり近く、多くなっている。
このまま森に走り込めるだろうか。
不安な思いを頭を振って消し去り、薄暗い平原を走る。
空には満月なりかけの月が憎らしいほど綺麗に輝いていた。
これでは闇の中へ逃げおおせるのは無理だ・・やはり、森の中へ突っ込むしかない・・!
一歩を踏み出す度に森の入り口が、教団の足音が近づく。
それを感じられるだけに、俺の中に焦燥が募っていた。
後どれだけ走ればこの場を切り抜けられるというのか。
しかし、焦っていようともこの足を止めようとは微塵も考えていなかった。
希望が限りなく無いのと、希望が絶望に変わるのは同義ではないからだ。
「後少しだ、キスク!」
それに、魔物に変わろうとも、幼なじみを殺させるわけにはいかない。
殺すにしても殺さないにしても、自分の手で決めたかった。
「ああ・・!」
答え、ひたすらに走り、走り、走り続ける。
追いつかれることなど考えない。
戦士は戦うときに負けることを考えないのと同じだ。
もう少し、もう少しであの森にたどり着ける。
「くぅ・・っ!!」
体の節々が痛みを訴え、心臓は酸素を求めて早鐘を打ち続けている。
もうそろそろ体の限界だ、という辺りでやっと森は目前に・・!?
瞬間、視界がガクンと下に落ちた。
何が起きたか自分でも分からなかったが、どうやらこけたらしい。
もはやこれまでか・・そう思った途端、体が不意に持ち上がった。
「諦めてくれるな、キスク!
お前が私に、死ぬなと言ったんだろうが・・っ!」
続いて聞こえるハルスの声。
ああ、そうか・・引っ張ってくれているのか。
やけに冷静に俺は考えていた。
それだけ彼女に安心してしまったのかもしれない。
力を振り絞り、森の中を走る。
枝が腕をかすめ葉が顔に叩きつけられても、走った。
「くぅっ・・!森の中に逃げおったか!」
背後から聞こえてくる苛立った声。
遅れて、葉っぱをかき分ける音が聞こえ始めた。
どうやらまだ諦めてくれないらしい。
どうすればいい・・!
どうすればこの状況から助かることが出来る・・!?
走りながら私は考えていた。
私が囮になるというのも考えたが、相手の人数からして効果が薄いだろう。
それに、キスクも死ぬ可能性がある。
ならばどうすれば・・!
走りながら考えていると、ふと鼻になんだか安心する臭いが入ってくる。
何の臭いなのかは分からないが、それが「仲間」の臭いだとは分かった。
「・・・・・・」
助かる方法を考えついた、考えついたものの、
それは自分がワーウルフであることを受け入れる事だった。
これをしてしまったらキスクは私から離れていってしまうかもしれない。
「まだそう遠くまでは行ってないはずだ!探せ!」
それでも、キスクが追いつかれて捕まってしまうよりは、死んでしまうよりはずっと・・!!
意を決して私は息を大きく吸い込み、
体が教えてくれるとおりに両手を地に着け顔を上に向け、吠えた。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
その声が響いたとき、俺は自分の目を疑った。
目の前でハルスが吠えている。
それはつまり、ハルスがワーウルフであることを受け入れたという事。
殺してくれと言うほど嫌悪していた魔物の力を使ってまで、
彼女は俺を助けようとしてくれたのだ。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
応じるように、どこからかまた遠吠えが聞こえた。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
返すように、またハルスが吠え、それに応じてまた聞こえる遠吠え。
いつの間にか辺りには、遠吠えが鳴り響いていた。
「な・・く、皆の者!撤退だッ・・!!」
そんな声が後ろから聞こえた気がする。
気がする、というのはその頃には体から力が抜け、
地面に倒れ込んでいたからだ。
立ち上がろうとしても力が入らない。
ずり落ちる瞼が止められない。
視界のほとんどが黒く染まっていく中、最後に見えたのは俺に近づくふさふさの脚だ。
それは俺にとって嫌悪するべきものの筈なのに、許してはいけないものの筈なのに。
それを見た瞬間、俺は安堵と共に眠りについていた。
「ん・・うう・・っ・・。」
体のあちこちが痛い。
光が入り口らしきところから入ってくるところを見ると、
どうやらここは建物の中らしい。
あれからどうなったのだろうか・・助かったのだろうか。
力を入れ、なんとか上半身を起こす。
布団がはらりと体から剥がれるようにずり落ちた。
「・・ハルスは、どこにいるんだ?」
誰に言うでもなく、呟く。
「起きたか・・キスク。」
後ろから聞こえてくる強い声。
正直答えなど来るわけがないと思っていただけに、
少々ビクッとしながらそちらを振り向く。
入り口に近いそこには、腕だけでなく体の隅々までふさふさの毛が行きわたり
もはや完全にワーウルフの姿となったハルスがいた。
「ハルス・・」
複雑な気持ちと共にその名を呼ぶと、表情に出てしまっていたのか、
少しだけハルスは悲しそうな顔になる。
彼女は俺の近くまで来るとしゃがんでこう訊いてきた。
「なあ、キスク・・?
今、私がお前に殺してくれと言ったら、殺せるか・・?」
いつもとは全く違う、弱々しい声。
精神がワーウルフの魔力に大分冒されているのだろう。
だから、殺して欲しくなくなっているのだ。
・・昨日なら確実にそう考えられたはずだ。
だが、それが本当の彼女の心なのではなかろうか。
俺はそう思い始めてもいた。
「・・考えさせてくれないか。
昨日のことで、ちょっと迷ってるんだ。」
偽りのない本心を吐露する。
すると彼女は、「・・そうか」とだけ答え、出ていった。
「・・考えさせてくれ、か。
随分と、俺の憎しみは軽いものだったらしいな・・。」
ハルスの居なくなった後、俺は一人考え込んでいた。
当初と同じだったならば迷うだろうが俺は殺せていた、筈だろう。
だけど昨日、その殺すべき奴の能力によって俺は助けられた。
だが昨日殺しておくことと、助けられたことは別じゃないのか。
・・彼女は幼なじみだ。
いくら魔物とはいえ、俺は幼なじみを殺せるのか。
そもそも彼女自身は魔物である事を受け入れてしまっているのではないか?
いや、受け入れているように見えただけかもしれないだろう。
大体、これは俺自身がどうするかをまず決めなくてはいけない。
俺自身・・俺自身は・・どうしたいんだろうか・・。
・・昨日なら本当に、ここまで迷うことはなかっただろうにな。
長い間考え続けたがどうにも考えがまとまらない。
「んー・・んああぁっ!!」
段々とイライラしてきて片手で頭をかきむしるが、
そうしたからといってどうにかなってくれるものでもなく。
「くそっ・・!!」
さんざん悩んだ俺がしたのは結局、体力を回復させる事が出来て、
かつ何も考えないように出来るふて寝だった。
それから少しして、俺はハルスに起こされる。
「話があるんだ・・来て、くれないか。」
そう言う彼女の顔は、したくない覚悟をしようとしているようだった。
その表情に、何も言えずただついていく。
しばらくして彼女は集落の外れ、大きな木の下で立ち止まった。
そのまま俺に背を向けたままその木を見上げていたが、
意を決するようにゆっくりと首を振ると、彼女は振り向く。
その顔を見て、俺は胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
その顔がとても悲しそうで、同時にあまりにも綺麗だったからだ。
何も言い出せないでいると、彼女は一つ瞬きをしてからこう言った。
「・・決められたか?キスク。」
何を、などと訊くまでもない。
彼女は言っているのだ、自分を殺せるか、と。
「・・お前はどうなんだよ、ハルス。
お前は、俺に殺してほしい、のか。」
対して俺の質問は、この期に及んでその時が来るのを先延ばしにしようとする、
あまりにも臆病で愚かなものだった。
それを聞いたハルスは、少しだけ怒ったような顔になる。
「・・キスク、それは逃げだぞ。
自分が決められないからといって、私に選択を迫るのか?」
「そんな訳じゃ・・」
そんな訳ではない。
ただ、俺は彼女がそれを望んでいるかどうかを訊いているだけ、その筈なのだ。
「本当にか?私は・・こうも思っているぞ。
殺すべきか、殺さないべきか、殺したいのか、殺したくないのか。
お前は、もう決められないんだろう。
だから、私にさっきのように訊いた。
自分の意志を決定する、最後の一押しが欲しいから・・違うか?」
「っ・・それは・・!」
段々と語気を荒らげるハルスに、まともな返事が出来ない。
それが、図星であったからである。
「大体だな、今こんなに悩むのならば、やはりあの時私を刺し殺せば良かったんだ。
だというのに、何だ?
あの時は私の手を引いて、死にたいという私の意志まで踏みにじって。
それで今更になって私の意志を確認する、だと!?
甘えるのもいい加減にしろよ、キスク!!」
ついに毛を逆立て目を見開いて彼女は怒鳴った。
怒鳴られた瞬間、俺の心にあったドス黒い何かが膨れ上がる。
(いい加減にしろ、だと?)
そしてそれは、無意識に俺の頭を熱くさせる。
もう、まともに物事が考えられなくなっていた。
「お前、なあッ・・!!」
熱くなった頭は、未だに腰に差されてあった剣の柄を握らせた。
(ならなんであの時二人して死ぬ道を選ばなかった?)
それは俺のせいだ、俺が逃げる道を選んだから。
そう分かってるのに、いや分かっているからこそ、心の中の黒いそれは膨らみ続け。
ついにはこんな事を俺に叫ばせていた。
「じゃああの時、一緒に死んでいれば良かったってのか!?」
対してハルスはこう言ってのけた。
「ふん、今更になってこんなに悩むと分かっていれば、
私は恐らくその道を選んだだろうさ!
父を連れ去られただのと言いながら、結局は口だけの・・」
口だけの。
その言葉の辺りから俺は駆けだしていた。
刃を真っ直ぐに構え、半狂乱でハルスの心臓をめがけて疾駆する。
「うああぁああぁぁああぁ!!」
ハルスは、動かない。
ついにあと三歩でハルスを刺し殺せる距離にまで至った。
ハルスはまだ動かない。
後二歩、刃を持つ手が震えている。
ハルスは動こうとはしない。
後一歩、少しでも腕を伸ばせば、もうハルスを殺せる距離。
ハルスは構えすらしない。
最後の一歩。
ハルスは、動いてくれない。
(なんで・・なんで避けようとしてくれないんだよ!)
心の中で、叫ぶ。
同時に、分かってしまった。
俺は、ハルスを、この目の前にいる幼なじみを、
ワーウルフになってしまった大好きな大切なこいつを、
殺すことなど出来はしないのだ、と。
殺したくなどないのだ、と。
「くそっ・・!!」
心臓に確実に近づいていく剣先を、無理矢理に逸らそうとする。
その瞬間俺は目を閉じてしまった。
続いて、暖かい感触とドスッという鈍い音。
俺は、やってしまったのだろうか。
折角、自分の気持ちに気付けたのに、俺は・・!
嫌な想像ばかりが頭の中をかけずり回り目を開けられない、開けたくない。
「キスク・・」
呟くようなそんな声。
その声が聞こえた瞬間、さっきまでどうやっても開かなかった目が、ゆっくりと開いていく。
そこには、嬉しいような悲しいような彼女の顔があった。
それが見えた途端、黒い堤防は決壊する。
「っ・・!ハルス・・ッ!!
なあ、俺っ、は・・どう、したら、良い!?」
彼女の体に縋りつき、泣きじゃくる。
殺さなくて良かったという安心と、これからどうすれば良いんだという困惑とが絡み合い、
それ以外出来なくなっていた。
「さんざん、悩んで・・!
殺すべきか、決められなくて!殺せるのか、分からなくて!
今っ、こうやって、お前に、縋りついて・・っ!!
これ以上何を、どうした、らぁっ・・」
言葉が、息が、感情に押し流され続けられない。
「ぅっ・・う、ぅ、うぅぅ・・っ・・うっ・・」
体を震わし、涙と言葉に出来ない声をただただ垂れ流し続ける。
「・・キスク」
俺の肩にふさふさした手が置かれた。
頬に感じられる毛の感触が、今は安心する。
濡れた顔で見上げると、彼女は微笑んでいた。
もしかしたら、彼女は俺が悩んでいる事に気づいていたのかもしれない。
『自分の意志を決定する、最後の一押しが欲しいから・・違うか?』
彼女は、俺がどちらを選ぼうと受け止める覚悟で居たのかもしれない。
『甘えるのもいい加減にしろよ、キスク!!』
そこに、俺の甘えきった言葉。
それはまさに彼女の覚悟を汚し、侮辱するに等しい行為だ。
「キスク・・私を、生かしておいていいのか?
本当は、殺したいんじゃないのか?」
悲しく微笑みつつ俺の涙を指で拭い、そんなことを言うハルス。
息や震えとは違って感情はまだ収まってくれないが、それに対してなんとか答えを返す。
「もう、良いだろ、ハルス・・。
俺はお前を殺したく、ない。
殺せないとか、殺すべきとかじゃない、それが俺の気持ちだ。
・・さっきだって殺す気だったのに、出来なかったんだぞ。」
そう、感情に流されていたとはいえそこには少なからず意志があった。
意志を押さえ込むのはそれにも勝る強い意志だ。
自らの意志が固まった今、俺は彼女に再び訊く。
「・・お前こそ、どうなんだ。
まだ、殺されたいと思ってるのか?」
ゆっくりとしっかりと首を横に振る彼女。
「ふ・・ははっ・・だったら、そう言ってくれよ・・。
後もう少しで、俺・・お前を殺すとこだったんだぞ・・?」
そう言って、俺は脱力しその場に座り込む。
ハルスは隣に座ってくれた。
「キスクが選ぶ方法を、尊重したかったからな。
殺すのなら、悲しいけれど受け入れる覚悟は出来ていた。」
そう言って、俺を抱き寄せるハルス。
顔同士が、触れ合いそうなくらい近くにあった。
零れ落ちる涙が、彼女の毛に吸い込まれて消えていく。
「・・それに、信じていたからな、お前の事を。」
それは、殺さないと信じていたということで良いのだろうか。
それとも、自分の気持ちに気づくと信じていたということだろうか。
疑問が頭に浮かび上がるが、
「なんにせよ今の私にとっては、こうしてお前と一緒にいるのが一番の幸せだ。」
続く彼女の言葉に、そんなことはどうでも良くなってしまった。
「・・随分と私も甘ったるくなってしまったらしいな。
昨日なら絶対に、死んでた方が幸せだと思っていた筈なのに。」
俯いて自嘲気味に、しかしどこか嬉しそうに呟くハルス。
「本当はな、キスク・・。
今日お前が目覚めて質問した辺りから、死にたくないと思ってたんだ。
だけど、まだその時には教団としての誇り?みたいなのがあったから。
今は無いって訳じゃないけど・・私はお前と居る方が幸せだ、さっき言った通り、な。」
彼女が魔物としての考えに染められていったのか、
それとも覚悟してその考えを自ら受け入れたのか。
それは分からないけど、彼女はそう生きると決めたらしい。
ならば俺の生き方は、もう決まっている。
「そうか・・じゃあ、俺も何とか頑張ってみるよ。
今すぐ魔物を憎まないようになるのは無理だろうけど、
ハルスが魔物として生きるって言うんなら、やってみせる。
そうじゃなきゃ、お前と一緒に居られないからな。」
最後の方は結構恥ずかしかったので、視線を逸らしながら言う。
彼女は何も言わなかったが、頷いてくれたのが気配で分かった。
決意と共に空を見上げるとそこには、見事な満月・・満月?
何か大事なことを忘れているような、でもそれがなんなのかは分からない、
そんな感覚に戸惑っているとハルスが俺の胸に顔を埋めてきた。
彼女らしくないといえばそうなのだが、嫌ではない。
次にハルスは頭をすりすりと擦りつけてきた。
目を閉じてぐりぐりと鼻先を押しつけるその姿は、狼と言うよりはまるで犬のようだ。
その可愛さについにやけてしまっていると、
彼女は不意に顔を上げ見つめてくる。
「キスク・・」
魔物となった今でも、
いや魔物となってさらに綺麗になった彼女が見つめてくるという状況に
恥ずかしくなって目を逸らそうとした直後、
「っ!?」
突然、俺は強い力で地面へ押し倒されていた。
「いや、その、すまないキスク・・。
体が熱くて熱くてたまらなかったんだ。」
驚く俺の上で息を荒らげつつ彼女は続ける。
「真面目な話の間は何とか我慢してたんだが・・。
鼻先をお前に押しつけたとき、我慢できなくなってな。
お前にもっと触れていたい、感じていたいと抑えが効かなくなった。
だから、本能的になったっていうか、その・・」
上に乗ったまま、言葉を探そうと視線をさまよわせるハルス。
対して俺は自分でもびっくりするほど、
彼女の説明をすんなり受け入れていた。
「・・ああうん、大体分かった。」
そう言って彼女を抱きしめるとふさふさの毛が熱いくらいの温度になっているのが分かる。
その暖かさを感じながら俺は、
さっき頭に引っかかっていた理由が何となく分かった。
彼女の肩越しに空を見上げると、そこにはやはり満月がある。
「なぁハルス、もしかしてさ・・辛かったのって月が出た辺りからか?」
つい気になったので訊くと、
鼻を俺の首筋に擦りつけていた彼女は驚いたように顔を上げた。
「凄いな・・どうして分かったんだ?」
「いや、資料室でそんな感じの本読んだ事あったからさ。
ワーウルフは満月に凶暴化するって。」
彼女は、今度は胸に抱きつきこう言った。
「ん〜・・凶暴化とは少し違う。
凶暴化と言うよりは・・発情、とでも言えばいいのかな。」
微笑んで続ける。
「ふふ・・不思議だ。
魔物なんて血肉を喰らうのが一番の幸せだと思っていたんだが、
お前の腕の中に居るっていうのがとても・・っ!!」
しかし急に体をビクンと震わせると、
俺の体を強い力で掴み、はぁはぁととても苦しそうにし始めた。
「お、おい大丈夫なのか?」
心配になって背中をさすると、彼女は苦笑いを浮かべている。
「大丈夫といえば、大丈夫だ・・。
あ、これ、もしかして私が我慢するから辛いのか・・?」
ぶつぶつと呟くとハルスは体の上から退き、俺を起こしながら言った。
「キスク、私から押し倒しておいてあれなんだが、
ちょっとあそこに座ってくれないか?」
あそこ、と指さされたそこは木の根っこだ。
わかった、と歩いていき背中から体重を預け座ると
ハルスは正面から再び抱きついてきた。
彼女の手が背中まで回されている為、
先ほどよりも彼女が近くにいるように感じられる。
当のハルスは俺の胸に顔を埋めて、満足そうにため息をもらしていた。
「んふぅ・・うん、やっぱりだ・・。
キスク、こっちを向いてくれ。」
言われた通りに顔を向けると、
ハルスはよじ登るように俺の体に手をかけ、キスをしてきた。
いきなりのことで驚きはしたが、
とろけるような甘い匂いや唇の心地よさがそれをかき消していく。
キスを続けようと口を動かす度に、彼女の舌先が少しずつ入り込んでくる。
「ん、んむ・・ぅ・・」
唇をチロチロとなぞってくるのがくすぐったくて口を開けた瞬間、
彼女はすかさず舌をねじ込みこちらの舌を絡めとってきた。
「はぁ、む、ん・・れ、んぁ・・むっ・・」
うっすらと開かれた目はいやらしく濡れている。
その目が俺だけを見ているのだと思うと、またたまらなく愛おしく思えた。
「ん、むっ・・はむっ、っ・・はぁっ・・」
しばらくして彼女が口を離すと、互いの口の間に涎で橋が架かる。
その涎さえもが月の光できらきらと美しく輝いていた。
「はぁ・・キスク・・もっと、したい・・。」
息を荒くしながら、それでもそんなことを言うハルス。
俺も同意見だったので頷こうとしたとき、
彼女の股の間がぐっしょりと濡れているのに気がついた。
「なあ、ハルス。
ほんとは、その、セックスとかしたいんじゃないのか?」
口に出すのも恥ずかしく思えるその単語混じりの言葉を、
顔を背けつつ言うと、追うように彼女の顔が迫ってきた。
それがまた俺を挙動不審にさせる。
自分でも分かるほど俺はあたふたしていた。
これじゃあまりに格好悪すぎる。
「ふふ・・焦るキスクは可愛いなぁ・・。」
しかし彼女には意外にも好評だ。
「っ、何だよ、そういうハルスは随分と余裕そうじゃないか。」
ついついそういう言葉が口から出る。
「そうでもないぞ・・?
さっき言われた通り、すぐにでもお前を犯したいぐらいだ。」
目がぎらついている所を見ると嘘では無さそうだ。
「だけどな、お前がそういう所まで
こうなった私を受け入れてくれるとは限らない。」
だったらどうして・・と俺が訊く前に彼女は続けた。
その顔にはまだ少しの後悔みたいなものが見える。
もしかして、俺がまだ彼女のことを「魔物のハルス」と
考えているのではないかと不安に思っているのだろうか。
だとしたら、俺も安く見られたものだ。
「なんでだよハルス。
魔物になったってお前はお前だ、そうだろ?」
そう言うとハルスは少しだけ驚いたような表情になった。
「だけど」
「だけど俺はそう思ってないかもしれないって事か。
俺は確かにまだ魔物が好きとは言えないけどな、
考えてもみろよ、本当にお前を魔物としてだけ見てたら
こんな風に抱きつかせたりするもんか。」
はっきりと言い切って見せると、
ハルスはもう一度俺に顔を擦りつけそして、「ありがとうな、キスク・・」とだけ呟く。
言葉の代わりに頭を撫でてやると、
今度は俺の掌に柔らかい耳を当てるように頭を振った。
掌に当たる度にへにゃりと形を変える耳が可愛らしい。
そうして少しの間彼女とじゃれあった後、俺達はついにそれをしようとしていた。
木の根本に座ったまま全裸になる。
外だったり月が輝いていたりで恥ずかしかったのだが、
「大丈夫だ、誰も見ていないさ!」
とハルスに言い過ぎなくらいに言われたのだ。
明らかに何者かの気配を感じたし、
それどころか「ぅ・・ん、はぁっ・・もっと・・」
等といった妙な声も聞こえていたのだが、
「ほら早く!じゃないと、私が押し倒して服を引き裂いてしまうぞ?
着替えなんて持ってないんだ、困るだろう?」
と押し切られてしまった。
「キスク、やっと脱いでくれたんだな。」
当のハルスは魔力で消せるとか何とかで大事な所だけ消して見せた。
・・もとより毛皮一枚で裸同然というのだから気楽なものである。
「ふふ・・キスク寒そうだな?どうだ、私が暖めてやろうか?」
そう言ってにやついた顔を隠そうともせず俺の肩を掴んでくるハルス。
その腕にはしっかりと毛皮が纏われている。
対してこっちは全裸ということを考えると釈然としないが確かに暖かい。
「確かに暖かいだろうけどさ、
流石に全部脱ぐ必要無かったんじゃ・・っておい!!」
文句を垂れている内に、ハルスは膨らんだ俺のペニスに顔を近づけていく。
「ん〜・・うるさいぞ、キスク・・」
こちらの話など知ったことではないとばかりにくんくんと臭いを嗅いでいる。
「はぁ・・少し臭いが、嫌ではない臭いだ・・」
「おい、人の話聞けよ。」
あまりにこちらを無視するので股を閉じてやる。
しかし彼女は構わずに俺の足の付け根付近に口を近づけてきた。
「・・お、おい?」
何をするつもりなのだろうと様子を見てしまう。
次の瞬間、彼女は俺の足を舐めてきた。
「っ!?は、ハルスお前・・!」
俺が驚くのも構わずハルスは俺の足を舐め回してくる。
最初の内は少々不気味ささえ感じていたのだが、
ちょっと後には慣れてきて今度はくすぐったさを感じていた。
「は、ハルス、待てって、やめっ、くすぐったい・・。」
そのあまりのくすぐったさに足を一瞬開いてしまう。
彼女は待ってましたとばかりに俺の足を押さえつけ、
開いたままの状態にすると剥き出しのペニスに顔を近づけていく。
「まさかお前、ちょ、馬鹿やめ、っ・・!!」
言葉が終わるか否かというタイミングでそれは彼女にくわえられた。
口の中の生暖かい感触が俺の中に快感の波として流れ込んでくる。
「はむっ、んむ、ん、んっ・・」
彼女の舌がそれをなぞる度に、股の辺りからじんわりと気持ちよさが流れ込んだ。
「はぁっ、ぁっ・・くぅ・・」
初めて味わうその快楽に早くも俺の頭はとろけそうになっていた。
息が荒くなり顔がゆるんでいるのが自分でもわかる。
「んふ、あ・・ふふ・・キスクは本当に可愛いな・・はむっ・・!」
一旦口を離し、俺を見て満足そうにそう呟くとまたくわえる。
彼女の目はトロンとしており鼻息も荒く、舌や口の動かし方も今度はさっきより激しい。
「はむっ、ん、は、む、れう、む、あぁ、んむぅ・・」
早く出せとでも言いたげなその貪りに俺の体がビクンと揺れる。
「ぁっ・・?は、ぁ・・」
何が起きたか分からなかったが、
一瞬の後それが何を意味するのか本能的に分かった。
俺は達しようと、射精させられようとしているのだ。
「っ、む・・むっ、れう、る、ぅんん・・」
彼女もそれを感じ取ったらしくさらに口内でしごいてくる。
舌や唇の感触ならじわじわと追いつめられるような感じなのだが、
いきなり強い快感が迸ってきた。
「くぁ・・っ!?」
これまでとは違うその快感に戸惑っていると、
彼女の目がニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべたのが見えた。
これは何かが来る、そう思って覚悟を決めようとしたが、
「う、あぁあぁあああぁ・・っ!!」
舌でペニスを持ち上げ歯に触れさせそのまま激しく動かすという、
これまでとは別レベルの快感に俺はみっともなく射精してしまっていた。
「む!ぐ、ぅんふ、んく、ん、んっ・・ん・・」
俺が出した精液は出ていった途端に彼女に吸い込まれていく。
頭は痺れるような快楽に浸されているのに、
精液と唾液でグチョグチョの彼女の口の中で犯されているペニスだけは、はっきりと感じ取る事が出来た。
「は、ぁあ・・あ・・」
そんな情けない声が口から漏れる。
俺は彼女から与えられる快楽に完全に流されていた。
しばらくの後、俺の出した精液を飲み干した彼女は、
やっと俺のペニスから口を離しこちらを見つめてくる。
口の端から白い液体がポタリとこぼれる様子が、淫らな美しさを演出していた。
「ふぁ・・キスクの精液、美味しい・・♥」
そう言って愛おしそうに未だ精子を少しずつ垂れ流しているペニスをペロッと一舐めする。
たったそれだけなのに、背筋がゾクゾクし手足がブルリと震えた。
「ふふ、キスク可愛い・・はむぅ、ん・・」
それを見て満足そうに目を細めた後、
彼女はまた俺のそれを口にくわえてしゃぶり始める。
今度はゆっくりと、まるで一仕事終えたペニスを労うかのようなそんな動きだ。
「ん・・ん、む・・ん・・」
ついさっきの搾り取るような激しい動きとのギャップも合わさり、
俺はため息を漏らしてしまっていた。
「んふ・・う・・ん、ん・・んはぁ・・♥」
しばらくの間ゆっくりと吸われ続け、
ペニスが射精前のサイズに膨らんだかという所でハルスは口を離す。
そしてだらしなく脱力している俺を見ると立ち上がり、顔をこちらの耳元まで近づけて囁いた。
「気持ち良さそうだな、キスク?
だが、これからもっと気持ち良くなるぞ・・」
そう言い肩に手をかけ、俺に跨ってくるハルス。
・・そうだった、さっきまでのはあくまでも前戯だ。
だが前戯であれほど気持ち良いのなら、本番の方は俺はどうなってしまうのだろうか。
脳裏を不安と期待がよぎる中、
目の前の彼女はそそり立つペニスに自らの秘所をあてがい擦りつけた。
「はぁっ・・キスク・・」
熱に浮かされたような声で俺の名前を呼ぶハルス。
そのまま腰を下ろした瞬間、
「はぅっ・・!き、キスク・・ッ!!」
彼女は俺にすがりついてきた。
俺はというとさっき一回イったので、
彼女を受け止めその頭を撫でる事が出来ている。
とはいっても、油断するととろけそうな快感が襲ってきてはいたが。
「はは・・ハルス、お前だって可愛いぞ。
いきなりこんな風に抱きついてくるなんてさ。」
何とか男のプライドを保てた事に密かに満足しつつ、
下を向いたままの彼女に笑って話しかける。
すると彼女はゆっくりと顔を上げてこう言った。
「しょうがない、だろぅ・・。
だって、こんなに気持ち良いんだぞ・・?」
言葉の終わり際、彼女の腰が左右に揺らされた。
恐らくは無意識の行動だったのだろうが、
それによって俺にもその快感は伝わってくる。
「んぁっ、ああ、確かに気持ち良いな・・。
はぁっ、お前がそんなになるのも分かる気がする。」
そう言って今度は彼女の背中を撫でてやると、
彼女は少々涙目になりこちらを見つめてきた。
「うぅ・・キスクだけ余裕そうで少しずるいぞ・・
こうしてやる、この、んっ、はぁ・・っ・・♥」
そう言って再度腰を振ってくるが、
それをした彼女自身が送られてくる快感に震えている。
「は、は・・なんだよ、お前自身が、
気持ち良くなっちゃって、るじゃないか、ぁ・・っ♥」
それを指摘してはみるものの、
俺もそろそろ見栄を張れる限界が近づいてきていた。
しかし二回もハルスにイかされるのは何だか悔しいので、今度はこっちから動いてみる。
彼女が左右に動かすのに対して、下から突き上げてみた。
俺の硬いそれがぬるぬるの膣内をかき分けて進んでいく。
「っ、は・・つぅ、う・・」
だが膣内を進めば進むほど股間に襲ってくる快感は強くなる。
これでは攻めている方が早くイってしまいそうだ。
「はぁっ、キスクぅ・・♥きもちいよぉ・・もっと、もっと・・♥」
同じく余程気持ちがよいらしく、
ハルスも突き上げるのに合わせて腰を上下させてきた。
そうして何度も腰を振っているうちにハルスの膣内で何か膜のような物にペニスが当たる。
「はぁっ、それ、私の処女膜・・頼むキスク・・
破って、私の奥まで突きっ、はぁ、ああっ、ぁああ・・っ!!」
俺は、言葉の途中で我慢できなくなり突き上げた。
そうしてしまってから心配になって彼女を見上げると、
彼女は恍惚の表情を浮かべて微笑んでいる。
「はぁ・・っ、は、ぁ・・ふふ・・っ・・
キスクが、私の中に全部入ったんだな・・んぅ、っ熱い、お前の硬いのがぁ・・」
完全に発情した獣となっているハルスは、
そう言うとぶつけるように腰を動かし始めた。
太く勃起したペニスが彼女の膣内の肉とこすれる度に、
腰がとろけそうになる程の快感が襲ってくる。
足が震えるのはさっきと同じなのだが、
さっきより意識が薄くなる頻度が多くなっていた。
「くっ・・は、あ・・っ・・!!」
頭が揺さぶられ考えが纏まらない。
ハルスに腰を振らされているのか、
自分から腰を振っているのかももう分からなくなっていた。
腕で包んだ体の暖かさでそこにハルスが居るのは分かる。
だけど、もう自分がどうなっているのか本当に分からなくなっていた。
「キスク・・♥可愛い顔してるぅ・・♥
そんな顔されたらぁ・・もう・・っ♥♥」
そんな声が聞こえた直後、ペニスがギュッと締めあげられる。
「っう・・!!ハル、スっ・・!」
何とか意識をつなぎ止め、その名を呼ぶ。
俺は無意識のうちにこのままイかないようにしていた。
自分でも何故だかは分からない。
「っふ、何・・キスク・・?」
正面からのぞき込まれて改めて思う。
ワーウルフになってもその雰囲気は変わらぬままだと。
実感した瞬間、さっきイキたくないと思った理由が分かった。
「なぁ・・っ・・」
ギリギリの気力を振り絞り、ハルスを正面から見つめ返す。
「キス・・してくれ・・むっ・・!」
その願いを口にした途端、口の中に舌が入り込む。
二回目であるためか今度は遠慮なく蹂躙してくる。
その激しさの中から俺を欲する気持ち、そして彼女の全てがが伝わってきて。
「っむぅ!ん、んんん〜〜〜〜っ!!」
俺は今度こそ絶頂に至った。
目を瞑り、達する間の迸る快感に身を任せる。
あまりの快感に叫び声をあげようとするが、それさえも吸い込まれていく。
暴れようとする体も、ハルスの力で押さえ込まれていた。
自分の全てが彼女の意のままになっているこの状況に安心感を覚える。
それと同時に体から力が抜けていく。
ハルスの体に回した手は、もはや彼女に引っかけているような状態だ。
目を開けようとしたが、うっすらとしか開けられなかった。
「あ・・あ・・」
彼女が離れていった俺の口からはそんな声だけが漏れる。
「・スク・・だ・・き・・・愛してる・・」
ハルスが微笑みながら何かを言っているがよく解らない。
だが、口の動きで「愛してる」と言ったのは解る。
こちらも言おうとしたが、俺の意識はそこでプッツリと途絶えてしまった。
「ん・・」
目を開けると、昨日のあの建物の中で俺は横向きで布団に寝ていた。
服は着ていないが、俺の寝ている横に綺麗に畳まれて置いてある。
「・・く・・」
身体が重い。
昨日あんな事をしたのだから当然と言えばそうか。
思い出しただけでも顔が熱くなってくる。
「・・しかし、魔物って凄い体力なんだな・・。
俺、結構体力はあった筈なんだけど・・。」
昨日、俺はハルスとそれをしている途中で気絶した。
対して彼女は俺が気を失う瞬間も元気に笑っていた。
・・もっと鍛えた方が良いかな、これは。
そんな事を考えていると、掛け布団に包まれた俺の胸の辺りがもぞもぞと動く。
気になって視線をそちらに向けると、
「・・んぅ・・ふふ・・キスク・・」
ハルスが俺にふさふさの体を擦りつけてきていた。
目が半開きになっている所を見ると、寝惚けているのだろう。
そのまま彼女の見ているのも楽しそうではあったが、
まずは服を着る為に布団から出たいので、起こすことにした。
「ハルス起きろ、もう朝になってるぞ。」
頭を軽く掴みわしゃわしゃと撫でる。
された方のハルスは段々と目を開いて行き「ふあ・・」と欠伸をした後「おはよう」と言った。
「おはよう、ハルス。
いきなりで悪いんだけど、ちょっと退いてくれるか。
流石に朝からこの恰好じゃ恥ずかしい。」
「ん〜・・仕方ない。
分かったよ、キスしてくれたら退いてやる。」
そう言って唇を突き出してくるハルス。
俺は顔を熱くさせながらも、軽くキスをした。
「で、だ・・これからどうする?
教団の領内には恐らく入れば即死だろうし。」
着替え立ち上がった俺に、ハルスが訊く。
昨日までは二人の問題を考えてばかりでそこまで気が回らなかった。
素直にそう伝えると彼女は、やっぱりか、と苦笑いする。
「私の考えを言わせてもらうとだな・・。
結構な遠くまで逃げた方が良いと思うぞ。
隊長達は、教団の者が魔物となった痕跡を消したいだろうからな。
幸い、この集落の近くにはドラゴンやらが来るらしいから安全だが。
なあに、旅行に行くような気分でやっていれば良いだろうよ。
・・キスクだって、行きたい所とか有るんじゃないのか?」
「旅行・・行きたい所・・か。
そうだな・・もう教団の肩書きなんて無いんだし、そうするのも良いかもな。
・・父さんを連れ去った奴にも会いたいし。」
そう答えると、ハルスは複雑な表情になった。
それを見て俺は、弁解するように手を振る。
「や、別に殺してやりたいって訳じゃないぞ?
考えてみりゃあ、連れ去られただけで殺してないかも知れないしな。
ま、その辺りの事は後で考えるよ。」
「そうか。」
短く答えると、彼女は建物の扉を開き言う。
「・・とりあえず、旅立つ前にここの長に礼を言いに行こう。
私の遠吠えに応えて私達を受け入れてくれたのも
ここの長のワーウルフ、ミラル殿だからな。」
「分かった。」
そう言って俺も後に続く。
「お二人が旅立つというのに見送りも出来ずすみません。」
ミラルさんに礼とこれからの予定を話すと、そう言って頭を下げてきた。
「いえそんな。
こっちこそすいません、いきなり押し掛けて、
しかも教団の人達まで押しつけるような真似をしてしまい・・。」
対してこちらは申し訳なくて仕方がない。
なのでそう言って謝ると彼女は手を横に振った。
「それは迷惑の内には入りませんよ。
・・その、あなたのお父さんのことなんですけど。
名前を教えてはくれませんか?
もしかしたら、知っている名前かもしれませんし。」
言われてハッとする。
そうだ、ミラルさんなら知っているかもしれない。
「えーと、父さんはレイド・シデンって名前です。
いっつも剣を持ち歩いてて、とっても強いんです。」
そう伝えると顎に手を乗せしばらく考えた後、
ミラルさんは残念ながら、と首を振った。
そうですか、と落胆してしまうが、
ミラルさんはそんな俺を励ますように付け加える。
「でも、他の集落の長に聞ける機会があれば聞いておきます。
その集落の方にも出来る限り伝えますから。」
「何から何まで、本当に申し訳ない。
・・それじゃ、お世話になりっぱなしで悪いですけど、いつかまた。」
「はい、それでは。」
俺達は別れを告げミラルさんの家を出て集落の出口に向かった。
集落の出口。
簡素な木造の門の下、そこから広がる草原を俺達は見ていた。
「・・宛のない旅、とは良く言ったものだな。」
自嘲気味に言うハルスに俺はこう返した。
「言い方が悪いんだよ。
適当に楽しんでぶらぶらしつつ気が向いたところに行く、
そんなくらいに考えればいいんじゃないか?」
するとハルスは「そうだな」と言って歩き出した。
「確かに、キスクの言うとおりだ。
お前の父さんを探すにしたって、それこそどこにいるか分からんのだしな。
・・ふふ、新婚旅行くらいに考えておくとするか。」
「恥ずかしいこと言うなよ・・。」
短く答え、軽く走って彼女に追いつきその顔を見る。
・・あの時、死んだり殺したりしてたら
今のこの笑顔は絶対に見る事が出来なかったんだよな。
ふとそんな事を考えてしまう。
「キスク・・また暗いこと考えているだろ。
そうだな、あの時殺してたらこんな楽しくは出来なかったな、辺りか?」
「な・・!!」
図星だった。
俺はこういうのを隠すのが本当に苦手らしい。
視線を逸らす俺に、彼女は自慢げに腕を組み笑いながら続ける。
「ふふん、大当たりって所か。
まぁ確かに、あの時殺されてしまっていたら笑ってはいないな。
だがなキスク・・喜びを噛みしめるのは良いが、
それにしたってもうちょっと明るいことを考えてくれ。
良く言うだろう、そいつが暗い顔をしていると周りまで暗くなると。
だからな、明るい顔をしていてくれ。
それに・・お前は、明るい顔の方が似合うし格好いいぞ。」
最後のは流石に恥ずかしかったようで、
彼女はそう言うと随分と先へと走っていってしまう。
言われた俺も、もちろん恥ずかしかったが。
「・・嬉しいこと言ってくれるよ全く。」
彼女を追いかけつつニヤケが抑えられないのを俺は感じていた。
それから一年の時が過ぎた。
旅を続ける中で、俺達はとある親魔物領の宿に泊まっていた。
一年も旅を続けていると流石に欲が出てくるもので、
今度は砂漠、いや海、などの話をするくらいにはなっていた。
今この瞬間の俺は、特に何をするでもなくベッドに横になっている。
ハルスはちょっとぶらついてくる、と外に出ていった。
結構前の事なので、もうそろそろ帰ってくるだろう。
そう思っていると、廊下からやけにテンポの速い足音が聞こえて来た。
それは俺達の部屋の前で止まると、扉を開ける。
「キスク!」
来ていたのはやはりハルスだった。
だが、その表情は驚いたようなもので、手には新聞を握っている。
「ど、どうしたんだよハルス、そんなに急いで。」
「キスク!この新聞を読んでみてくれ!!」
尋ねるとハルスは俺に急接近して新聞を広げて見せてきた。
「うおっ!?・・えーと何々・・?
平原近くの反魔物領が、ついに親魔物領となった・・!!
なあ、これって俺達が元居たあの、あそこか!?」
驚いてハルスに言うが、
彼女は「驚くのは分かるが、そこじゃない!」と返してくる。
もっと続きを読めと言うことだろうか、そう思い視線を走らせる。
「尚、そのリーダーと思われる者の中には、
元教団の男性も含まれているようだ・・?その名は・・ッ!!?」
そこまで読んだときには俺はもう荷物を纏めにかかっていた。
ハルスはと言うと驚く様子も見せず、
「ここからなら、全力で走れば二日も要らん!」
と嬉しそうに言ってくれていた。
「ああ、分かってるよハルス!!」
荷物を纏め終わり、立ち上がりつつ答える。
幸い、身につけるものと水筒ぐらいしか持っていなかったので
すぐにでも出発でき、しかも全速力で走れる状態だ。
部屋を半ば飛び出すように出て受付に礼を言い、街の門を出て。
俺達はかの地を目指して全力で走り続ける。
俺の脳裏には、あの記事が焼き付いていた。
だから、たとえ全力で走っている途中だったとしても
一言一句違わず何と書いてあったか思い出せる。
そこには、こう書いてあった。
「その元教団の男こそ、
ワーウルフ達との神速の奇襲作戦を成功させたこの一件の立役者、
自身もまたワーウルフを嫁に持つ、レイド・シデンである。」
兵団に入ったばかりの頃はきつかったが、今は戦いに行けるくらいにはなった。
先日も近くでの戦いでなんとか戦果を挙げていた。
その時は自分が魔物撃退に役立ったのだと、嬉しかった。
幼なじみにして戦友、武道家のハルス・セルカークも喜んでくれていた。
俺達が戦った地点は思っていた以上に重要だったらしく、
上の方々は俺やあいつに近々昇進の知らせが届くだろう、と言っていた。
俺はあいつと抱き合ってまで喜んだ。
だけど。
俺は気付けなかった。
いやもしかしたら気付いていたけれど、そんな筈はと目を逸らしたのかもしれない。
あいつの、ハルスの腕の奥の方。
武道着の腕の付け根の辺りに、ふさふさした何かが生えているのを。
そして今、俺は現実を叩きつけられていた。
部屋に忘れ物をしたからと有りがちな理由をつけて深夜にも関わらず、あいつは訪ねてきた。
それ自体はいつものことなので、どうせ本当は寂しかったからとかだ、と思っていた。
部屋に入りあいつは入念に誰も居ない事を確認して、いきなり俺にその腕を見せ。
そして驚いた俺が何かを言う前に、こう言った。
「キスク・・!私を、殺してくれ・・っ!」
頭の中が真っ白になったかと思った。
いや、真っ白になって何も考えられなくなってしまっていた方が良かった。
俺の目の前にいるこの元気が取り柄の幼馴染みを、俺の手で殺す。
それをしたならば自分はどうなってしまうのだろうか。
きっと上の奴らは、惑わされる事無く自分の信念を貫いた者、と褒めるだろう。
だが、幼馴染みの命と教団としての信念は果たして秤にかけて良いものなのか。
そうして迷っている間にも、ハルスはもう一歩近づき重ねて言った。
「私はっ、お前の父さんを連れ去った、あの魔物だ・・
あの魔物と同じになるくらいなら、お前が殺してくれ・・っ!」
俺の父さんは、魔物に連れ去られてどこかへ行ってしまったらしい。
らしい、というのは俺がその話を俺の故郷に行った上の方から聞いたからだ。
優しい父さん・・俺に剣術を叩きこんでくれた強い父さん。
皮肉な事に父さんを連れ去った魔物とは狼の魔物、
ふさふさの毛を持ち、鋭い爪、牙で容赦なく獲物を狩るワーウルフだった。
そして、今俺の目の前。
目に溜め切れない涙をぽろぽろと床に落としている、
幼なじみの腕は紛れもなくワーウルフのそれだ。
その事実が、剣の柄を俺に握らせている。
たとえ幼なじみであろうとも故郷を、
肉親を奪った魔物は、魔物となったものは生かしておけない。
その筈だ、その筈だった。
目の前にいるのが俺と関係ない魔物化しかけている女だったなら、俺は迷いなく斬っただろう。
でも、違う。
俺が斬ろうとしているのは、幼なじみだ。
切磋琢磨し、立場が上の者から辱めを受けようとも支え合って、
今やっとこうして波に乗れたというのに。
俺は、こいつを殺さなければならない。
その事実が、握った剣の柄を震えさせていた。
斬りたくない、斬らねばならない。
彼女がそれを望んでいる・・だが俺は望んでなど。
しかし斬らなければどうなる?
逃げたところで、俺は彼女をいつまでも斬らずにおけるか?
・・ああそうか、いっそ共に死んでしまえばいい。
一方が死に一方が苦しみ続けるくらいならば、その方が・・。
そんな、本当は望んでいない結論に達しようとしたその時、廊下の方から怒号が響いた。
「ハルス・セルカークを見つけ次第殺せ!
奴は魔物と化して、我らを狙っているぞ!」
その声が救いだったのか、更なる苦しみへの道標だったのか、俺にはわからない。
だけど。
「っ・・!ハルスっ!!」
その声が聞こえたとき、俺は彼女の手を引き、窓から飛び出していた。
幸い、俺の部屋は一階だったから大して痛みはなかった。
しかしあんまりに勢いよく飛び出してしまったため、
俺達はかなり目立ってしまうことになる。
「居ました、ハルスです!
んん・・?あっ・・!キスク小隊長殿も一緒です!」
そんなことを教団兵士の誰かが叫んだのが聞こえた。
かなり、近い。
このまま全速力で走っていて、追いつかれるかどうかか。
「キスクっ!なにやってるんだ!私を、何で生かそうとする!
私に生き恥を晒せとでも言うのか?!」
俺はそれを無視して、質問で返す。
「おいハルス!
お前、ワーウルフの能力や何やらで、
この辺りの抜け道とか今の状況とか分からないか!?」
「はあっ・・!?」
戸惑いの表情を浮かべ、それでも走り続ける彼女。
「分からないことは、無いが・・」
「だったらそれを使ってでも何としても生き延びるぞ!
お前を殺すにしろ、殺さないにしろ、まずはそれからだ!」
そうだ、今ここでハルスを殺させるわけにはいかない。
もしそうなったなら、俺は絶対に後悔する。
魔物を、ワーウルフを憎んで止まない筈なのに、俺はそう思った。
誰が殺そうとも同じ筈だというのに。
そもそも彼女が死を望んでいるんだぞ?
しかし幸いなことにそれ以上悩む事は今は出来なかった。
後ろ手の感覚が、いきなり消えたのだ。
よもや射られでも、と嫌な想像が脳裏に走るが、
横から目の前に現れたふさふさの毛を見て安堵する。
「・・キスク、お前がそう言うのなら今はそうしよう。
大隊長格はまだ出ていないし、包囲もされていない。
まずはまっすぐ走って森に突っ込む!」
いつもの彼女の、気丈な強い声。
この圧倒的危機においてそれは俺に勇気と力をくれた。
「・・ああ!」
短く答えて、先行する彼女に食らいつく。
彼女を殺すかどうかは、このときは考えずに済んだ。
「・・見えたぞ、森だ!」
走り続けること四十分ほどで、目の前に森が見えてきた。
「逃すな!何としても捕らえるのだ!
魔物と化した者と、それに加担した者は生かして置く訳にはいかん!」
しかし後ろから迫る教団の声もかなり近く、多くなっている。
このまま森に走り込めるだろうか。
不安な思いを頭を振って消し去り、薄暗い平原を走る。
空には満月なりかけの月が憎らしいほど綺麗に輝いていた。
これでは闇の中へ逃げおおせるのは無理だ・・やはり、森の中へ突っ込むしかない・・!
一歩を踏み出す度に森の入り口が、教団の足音が近づく。
それを感じられるだけに、俺の中に焦燥が募っていた。
後どれだけ走ればこの場を切り抜けられるというのか。
しかし、焦っていようともこの足を止めようとは微塵も考えていなかった。
希望が限りなく無いのと、希望が絶望に変わるのは同義ではないからだ。
「後少しだ、キスク!」
それに、魔物に変わろうとも、幼なじみを殺させるわけにはいかない。
殺すにしても殺さないにしても、自分の手で決めたかった。
「ああ・・!」
答え、ひたすらに走り、走り、走り続ける。
追いつかれることなど考えない。
戦士は戦うときに負けることを考えないのと同じだ。
もう少し、もう少しであの森にたどり着ける。
「くぅ・・っ!!」
体の節々が痛みを訴え、心臓は酸素を求めて早鐘を打ち続けている。
もうそろそろ体の限界だ、という辺りでやっと森は目前に・・!?
瞬間、視界がガクンと下に落ちた。
何が起きたか自分でも分からなかったが、どうやらこけたらしい。
もはやこれまでか・・そう思った途端、体が不意に持ち上がった。
「諦めてくれるな、キスク!
お前が私に、死ぬなと言ったんだろうが・・っ!」
続いて聞こえるハルスの声。
ああ、そうか・・引っ張ってくれているのか。
やけに冷静に俺は考えていた。
それだけ彼女に安心してしまったのかもしれない。
力を振り絞り、森の中を走る。
枝が腕をかすめ葉が顔に叩きつけられても、走った。
「くぅっ・・!森の中に逃げおったか!」
背後から聞こえてくる苛立った声。
遅れて、葉っぱをかき分ける音が聞こえ始めた。
どうやらまだ諦めてくれないらしい。
どうすればいい・・!
どうすればこの状況から助かることが出来る・・!?
走りながら私は考えていた。
私が囮になるというのも考えたが、相手の人数からして効果が薄いだろう。
それに、キスクも死ぬ可能性がある。
ならばどうすれば・・!
走りながら考えていると、ふと鼻になんだか安心する臭いが入ってくる。
何の臭いなのかは分からないが、それが「仲間」の臭いだとは分かった。
「・・・・・・」
助かる方法を考えついた、考えついたものの、
それは自分がワーウルフであることを受け入れる事だった。
これをしてしまったらキスクは私から離れていってしまうかもしれない。
「まだそう遠くまでは行ってないはずだ!探せ!」
それでも、キスクが追いつかれて捕まってしまうよりは、死んでしまうよりはずっと・・!!
意を決して私は息を大きく吸い込み、
体が教えてくれるとおりに両手を地に着け顔を上に向け、吠えた。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
その声が響いたとき、俺は自分の目を疑った。
目の前でハルスが吠えている。
それはつまり、ハルスがワーウルフであることを受け入れたという事。
殺してくれと言うほど嫌悪していた魔物の力を使ってまで、
彼女は俺を助けようとしてくれたのだ。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
応じるように、どこからかまた遠吠えが聞こえた。
「アオォォオォォォオオオォォォォーーン!!」
返すように、またハルスが吠え、それに応じてまた聞こえる遠吠え。
いつの間にか辺りには、遠吠えが鳴り響いていた。
「な・・く、皆の者!撤退だッ・・!!」
そんな声が後ろから聞こえた気がする。
気がする、というのはその頃には体から力が抜け、
地面に倒れ込んでいたからだ。
立ち上がろうとしても力が入らない。
ずり落ちる瞼が止められない。
視界のほとんどが黒く染まっていく中、最後に見えたのは俺に近づくふさふさの脚だ。
それは俺にとって嫌悪するべきものの筈なのに、許してはいけないものの筈なのに。
それを見た瞬間、俺は安堵と共に眠りについていた。
「ん・・うう・・っ・・。」
体のあちこちが痛い。
光が入り口らしきところから入ってくるところを見ると、
どうやらここは建物の中らしい。
あれからどうなったのだろうか・・助かったのだろうか。
力を入れ、なんとか上半身を起こす。
布団がはらりと体から剥がれるようにずり落ちた。
「・・ハルスは、どこにいるんだ?」
誰に言うでもなく、呟く。
「起きたか・・キスク。」
後ろから聞こえてくる強い声。
正直答えなど来るわけがないと思っていただけに、
少々ビクッとしながらそちらを振り向く。
入り口に近いそこには、腕だけでなく体の隅々までふさふさの毛が行きわたり
もはや完全にワーウルフの姿となったハルスがいた。
「ハルス・・」
複雑な気持ちと共にその名を呼ぶと、表情に出てしまっていたのか、
少しだけハルスは悲しそうな顔になる。
彼女は俺の近くまで来るとしゃがんでこう訊いてきた。
「なあ、キスク・・?
今、私がお前に殺してくれと言ったら、殺せるか・・?」
いつもとは全く違う、弱々しい声。
精神がワーウルフの魔力に大分冒されているのだろう。
だから、殺して欲しくなくなっているのだ。
・・昨日なら確実にそう考えられたはずだ。
だが、それが本当の彼女の心なのではなかろうか。
俺はそう思い始めてもいた。
「・・考えさせてくれないか。
昨日のことで、ちょっと迷ってるんだ。」
偽りのない本心を吐露する。
すると彼女は、「・・そうか」とだけ答え、出ていった。
「・・考えさせてくれ、か。
随分と、俺の憎しみは軽いものだったらしいな・・。」
ハルスの居なくなった後、俺は一人考え込んでいた。
当初と同じだったならば迷うだろうが俺は殺せていた、筈だろう。
だけど昨日、その殺すべき奴の能力によって俺は助けられた。
だが昨日殺しておくことと、助けられたことは別じゃないのか。
・・彼女は幼なじみだ。
いくら魔物とはいえ、俺は幼なじみを殺せるのか。
そもそも彼女自身は魔物である事を受け入れてしまっているのではないか?
いや、受け入れているように見えただけかもしれないだろう。
大体、これは俺自身がどうするかをまず決めなくてはいけない。
俺自身・・俺自身は・・どうしたいんだろうか・・。
・・昨日なら本当に、ここまで迷うことはなかっただろうにな。
長い間考え続けたがどうにも考えがまとまらない。
「んー・・んああぁっ!!」
段々とイライラしてきて片手で頭をかきむしるが、
そうしたからといってどうにかなってくれるものでもなく。
「くそっ・・!!」
さんざん悩んだ俺がしたのは結局、体力を回復させる事が出来て、
かつ何も考えないように出来るふて寝だった。
それから少しして、俺はハルスに起こされる。
「話があるんだ・・来て、くれないか。」
そう言う彼女の顔は、したくない覚悟をしようとしているようだった。
その表情に、何も言えずただついていく。
しばらくして彼女は集落の外れ、大きな木の下で立ち止まった。
そのまま俺に背を向けたままその木を見上げていたが、
意を決するようにゆっくりと首を振ると、彼女は振り向く。
その顔を見て、俺は胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
その顔がとても悲しそうで、同時にあまりにも綺麗だったからだ。
何も言い出せないでいると、彼女は一つ瞬きをしてからこう言った。
「・・決められたか?キスク。」
何を、などと訊くまでもない。
彼女は言っているのだ、自分を殺せるか、と。
「・・お前はどうなんだよ、ハルス。
お前は、俺に殺してほしい、のか。」
対して俺の質問は、この期に及んでその時が来るのを先延ばしにしようとする、
あまりにも臆病で愚かなものだった。
それを聞いたハルスは、少しだけ怒ったような顔になる。
「・・キスク、それは逃げだぞ。
自分が決められないからといって、私に選択を迫るのか?」
「そんな訳じゃ・・」
そんな訳ではない。
ただ、俺は彼女がそれを望んでいるかどうかを訊いているだけ、その筈なのだ。
「本当にか?私は・・こうも思っているぞ。
殺すべきか、殺さないべきか、殺したいのか、殺したくないのか。
お前は、もう決められないんだろう。
だから、私にさっきのように訊いた。
自分の意志を決定する、最後の一押しが欲しいから・・違うか?」
「っ・・それは・・!」
段々と語気を荒らげるハルスに、まともな返事が出来ない。
それが、図星であったからである。
「大体だな、今こんなに悩むのならば、やはりあの時私を刺し殺せば良かったんだ。
だというのに、何だ?
あの時は私の手を引いて、死にたいという私の意志まで踏みにじって。
それで今更になって私の意志を確認する、だと!?
甘えるのもいい加減にしろよ、キスク!!」
ついに毛を逆立て目を見開いて彼女は怒鳴った。
怒鳴られた瞬間、俺の心にあったドス黒い何かが膨れ上がる。
(いい加減にしろ、だと?)
そしてそれは、無意識に俺の頭を熱くさせる。
もう、まともに物事が考えられなくなっていた。
「お前、なあッ・・!!」
熱くなった頭は、未だに腰に差されてあった剣の柄を握らせた。
(ならなんであの時二人して死ぬ道を選ばなかった?)
それは俺のせいだ、俺が逃げる道を選んだから。
そう分かってるのに、いや分かっているからこそ、心の中の黒いそれは膨らみ続け。
ついにはこんな事を俺に叫ばせていた。
「じゃああの時、一緒に死んでいれば良かったってのか!?」
対してハルスはこう言ってのけた。
「ふん、今更になってこんなに悩むと分かっていれば、
私は恐らくその道を選んだだろうさ!
父を連れ去られただのと言いながら、結局は口だけの・・」
口だけの。
その言葉の辺りから俺は駆けだしていた。
刃を真っ直ぐに構え、半狂乱でハルスの心臓をめがけて疾駆する。
「うああぁああぁぁああぁ!!」
ハルスは、動かない。
ついにあと三歩でハルスを刺し殺せる距離にまで至った。
ハルスはまだ動かない。
後二歩、刃を持つ手が震えている。
ハルスは動こうとはしない。
後一歩、少しでも腕を伸ばせば、もうハルスを殺せる距離。
ハルスは構えすらしない。
最後の一歩。
ハルスは、動いてくれない。
(なんで・・なんで避けようとしてくれないんだよ!)
心の中で、叫ぶ。
同時に、分かってしまった。
俺は、ハルスを、この目の前にいる幼なじみを、
ワーウルフになってしまった大好きな大切なこいつを、
殺すことなど出来はしないのだ、と。
殺したくなどないのだ、と。
「くそっ・・!!」
心臓に確実に近づいていく剣先を、無理矢理に逸らそうとする。
その瞬間俺は目を閉じてしまった。
続いて、暖かい感触とドスッという鈍い音。
俺は、やってしまったのだろうか。
折角、自分の気持ちに気付けたのに、俺は・・!
嫌な想像ばかりが頭の中をかけずり回り目を開けられない、開けたくない。
「キスク・・」
呟くようなそんな声。
その声が聞こえた瞬間、さっきまでどうやっても開かなかった目が、ゆっくりと開いていく。
そこには、嬉しいような悲しいような彼女の顔があった。
それが見えた途端、黒い堤防は決壊する。
「っ・・!ハルス・・ッ!!
なあ、俺っ、は・・どう、したら、良い!?」
彼女の体に縋りつき、泣きじゃくる。
殺さなくて良かったという安心と、これからどうすれば良いんだという困惑とが絡み合い、
それ以外出来なくなっていた。
「さんざん、悩んで・・!
殺すべきか、決められなくて!殺せるのか、分からなくて!
今っ、こうやって、お前に、縋りついて・・っ!!
これ以上何を、どうした、らぁっ・・」
言葉が、息が、感情に押し流され続けられない。
「ぅっ・・う、ぅ、うぅぅ・・っ・・うっ・・」
体を震わし、涙と言葉に出来ない声をただただ垂れ流し続ける。
「・・キスク」
俺の肩にふさふさした手が置かれた。
頬に感じられる毛の感触が、今は安心する。
濡れた顔で見上げると、彼女は微笑んでいた。
もしかしたら、彼女は俺が悩んでいる事に気づいていたのかもしれない。
『自分の意志を決定する、最後の一押しが欲しいから・・違うか?』
彼女は、俺がどちらを選ぼうと受け止める覚悟で居たのかもしれない。
『甘えるのもいい加減にしろよ、キスク!!』
そこに、俺の甘えきった言葉。
それはまさに彼女の覚悟を汚し、侮辱するに等しい行為だ。
「キスク・・私を、生かしておいていいのか?
本当は、殺したいんじゃないのか?」
悲しく微笑みつつ俺の涙を指で拭い、そんなことを言うハルス。
息や震えとは違って感情はまだ収まってくれないが、それに対してなんとか答えを返す。
「もう、良いだろ、ハルス・・。
俺はお前を殺したく、ない。
殺せないとか、殺すべきとかじゃない、それが俺の気持ちだ。
・・さっきだって殺す気だったのに、出来なかったんだぞ。」
そう、感情に流されていたとはいえそこには少なからず意志があった。
意志を押さえ込むのはそれにも勝る強い意志だ。
自らの意志が固まった今、俺は彼女に再び訊く。
「・・お前こそ、どうなんだ。
まだ、殺されたいと思ってるのか?」
ゆっくりとしっかりと首を横に振る彼女。
「ふ・・ははっ・・だったら、そう言ってくれよ・・。
後もう少しで、俺・・お前を殺すとこだったんだぞ・・?」
そう言って、俺は脱力しその場に座り込む。
ハルスは隣に座ってくれた。
「キスクが選ぶ方法を、尊重したかったからな。
殺すのなら、悲しいけれど受け入れる覚悟は出来ていた。」
そう言って、俺を抱き寄せるハルス。
顔同士が、触れ合いそうなくらい近くにあった。
零れ落ちる涙が、彼女の毛に吸い込まれて消えていく。
「・・それに、信じていたからな、お前の事を。」
それは、殺さないと信じていたということで良いのだろうか。
それとも、自分の気持ちに気づくと信じていたということだろうか。
疑問が頭に浮かび上がるが、
「なんにせよ今の私にとっては、こうしてお前と一緒にいるのが一番の幸せだ。」
続く彼女の言葉に、そんなことはどうでも良くなってしまった。
「・・随分と私も甘ったるくなってしまったらしいな。
昨日なら絶対に、死んでた方が幸せだと思っていた筈なのに。」
俯いて自嘲気味に、しかしどこか嬉しそうに呟くハルス。
「本当はな、キスク・・。
今日お前が目覚めて質問した辺りから、死にたくないと思ってたんだ。
だけど、まだその時には教団としての誇り?みたいなのがあったから。
今は無いって訳じゃないけど・・私はお前と居る方が幸せだ、さっき言った通り、な。」
彼女が魔物としての考えに染められていったのか、
それとも覚悟してその考えを自ら受け入れたのか。
それは分からないけど、彼女はそう生きると決めたらしい。
ならば俺の生き方は、もう決まっている。
「そうか・・じゃあ、俺も何とか頑張ってみるよ。
今すぐ魔物を憎まないようになるのは無理だろうけど、
ハルスが魔物として生きるって言うんなら、やってみせる。
そうじゃなきゃ、お前と一緒に居られないからな。」
最後の方は結構恥ずかしかったので、視線を逸らしながら言う。
彼女は何も言わなかったが、頷いてくれたのが気配で分かった。
決意と共に空を見上げるとそこには、見事な満月・・満月?
何か大事なことを忘れているような、でもそれがなんなのかは分からない、
そんな感覚に戸惑っているとハルスが俺の胸に顔を埋めてきた。
彼女らしくないといえばそうなのだが、嫌ではない。
次にハルスは頭をすりすりと擦りつけてきた。
目を閉じてぐりぐりと鼻先を押しつけるその姿は、狼と言うよりはまるで犬のようだ。
その可愛さについにやけてしまっていると、
彼女は不意に顔を上げ見つめてくる。
「キスク・・」
魔物となった今でも、
いや魔物となってさらに綺麗になった彼女が見つめてくるという状況に
恥ずかしくなって目を逸らそうとした直後、
「っ!?」
突然、俺は強い力で地面へ押し倒されていた。
「いや、その、すまないキスク・・。
体が熱くて熱くてたまらなかったんだ。」
驚く俺の上で息を荒らげつつ彼女は続ける。
「真面目な話の間は何とか我慢してたんだが・・。
鼻先をお前に押しつけたとき、我慢できなくなってな。
お前にもっと触れていたい、感じていたいと抑えが効かなくなった。
だから、本能的になったっていうか、その・・」
上に乗ったまま、言葉を探そうと視線をさまよわせるハルス。
対して俺は自分でもびっくりするほど、
彼女の説明をすんなり受け入れていた。
「・・ああうん、大体分かった。」
そう言って彼女を抱きしめるとふさふさの毛が熱いくらいの温度になっているのが分かる。
その暖かさを感じながら俺は、
さっき頭に引っかかっていた理由が何となく分かった。
彼女の肩越しに空を見上げると、そこにはやはり満月がある。
「なぁハルス、もしかしてさ・・辛かったのって月が出た辺りからか?」
つい気になったので訊くと、
鼻を俺の首筋に擦りつけていた彼女は驚いたように顔を上げた。
「凄いな・・どうして分かったんだ?」
「いや、資料室でそんな感じの本読んだ事あったからさ。
ワーウルフは満月に凶暴化するって。」
彼女は、今度は胸に抱きつきこう言った。
「ん〜・・凶暴化とは少し違う。
凶暴化と言うよりは・・発情、とでも言えばいいのかな。」
微笑んで続ける。
「ふふ・・不思議だ。
魔物なんて血肉を喰らうのが一番の幸せだと思っていたんだが、
お前の腕の中に居るっていうのがとても・・っ!!」
しかし急に体をビクンと震わせると、
俺の体を強い力で掴み、はぁはぁととても苦しそうにし始めた。
「お、おい大丈夫なのか?」
心配になって背中をさすると、彼女は苦笑いを浮かべている。
「大丈夫といえば、大丈夫だ・・。
あ、これ、もしかして私が我慢するから辛いのか・・?」
ぶつぶつと呟くとハルスは体の上から退き、俺を起こしながら言った。
「キスク、私から押し倒しておいてあれなんだが、
ちょっとあそこに座ってくれないか?」
あそこ、と指さされたそこは木の根っこだ。
わかった、と歩いていき背中から体重を預け座ると
ハルスは正面から再び抱きついてきた。
彼女の手が背中まで回されている為、
先ほどよりも彼女が近くにいるように感じられる。
当のハルスは俺の胸に顔を埋めて、満足そうにため息をもらしていた。
「んふぅ・・うん、やっぱりだ・・。
キスク、こっちを向いてくれ。」
言われた通りに顔を向けると、
ハルスはよじ登るように俺の体に手をかけ、キスをしてきた。
いきなりのことで驚きはしたが、
とろけるような甘い匂いや唇の心地よさがそれをかき消していく。
キスを続けようと口を動かす度に、彼女の舌先が少しずつ入り込んでくる。
「ん、んむ・・ぅ・・」
唇をチロチロとなぞってくるのがくすぐったくて口を開けた瞬間、
彼女はすかさず舌をねじ込みこちらの舌を絡めとってきた。
「はぁ、む、ん・・れ、んぁ・・むっ・・」
うっすらと開かれた目はいやらしく濡れている。
その目が俺だけを見ているのだと思うと、またたまらなく愛おしく思えた。
「ん、むっ・・はむっ、っ・・はぁっ・・」
しばらくして彼女が口を離すと、互いの口の間に涎で橋が架かる。
その涎さえもが月の光できらきらと美しく輝いていた。
「はぁ・・キスク・・もっと、したい・・。」
息を荒くしながら、それでもそんなことを言うハルス。
俺も同意見だったので頷こうとしたとき、
彼女の股の間がぐっしょりと濡れているのに気がついた。
「なあ、ハルス。
ほんとは、その、セックスとかしたいんじゃないのか?」
口に出すのも恥ずかしく思えるその単語混じりの言葉を、
顔を背けつつ言うと、追うように彼女の顔が迫ってきた。
それがまた俺を挙動不審にさせる。
自分でも分かるほど俺はあたふたしていた。
これじゃあまりに格好悪すぎる。
「ふふ・・焦るキスクは可愛いなぁ・・。」
しかし彼女には意外にも好評だ。
「っ、何だよ、そういうハルスは随分と余裕そうじゃないか。」
ついついそういう言葉が口から出る。
「そうでもないぞ・・?
さっき言われた通り、すぐにでもお前を犯したいぐらいだ。」
目がぎらついている所を見ると嘘では無さそうだ。
「だけどな、お前がそういう所まで
こうなった私を受け入れてくれるとは限らない。」
だったらどうして・・と俺が訊く前に彼女は続けた。
その顔にはまだ少しの後悔みたいなものが見える。
もしかして、俺がまだ彼女のことを「魔物のハルス」と
考えているのではないかと不安に思っているのだろうか。
だとしたら、俺も安く見られたものだ。
「なんでだよハルス。
魔物になったってお前はお前だ、そうだろ?」
そう言うとハルスは少しだけ驚いたような表情になった。
「だけど」
「だけど俺はそう思ってないかもしれないって事か。
俺は確かにまだ魔物が好きとは言えないけどな、
考えてもみろよ、本当にお前を魔物としてだけ見てたら
こんな風に抱きつかせたりするもんか。」
はっきりと言い切って見せると、
ハルスはもう一度俺に顔を擦りつけそして、「ありがとうな、キスク・・」とだけ呟く。
言葉の代わりに頭を撫でてやると、
今度は俺の掌に柔らかい耳を当てるように頭を振った。
掌に当たる度にへにゃりと形を変える耳が可愛らしい。
そうして少しの間彼女とじゃれあった後、俺達はついにそれをしようとしていた。
木の根本に座ったまま全裸になる。
外だったり月が輝いていたりで恥ずかしかったのだが、
「大丈夫だ、誰も見ていないさ!」
とハルスに言い過ぎなくらいに言われたのだ。
明らかに何者かの気配を感じたし、
それどころか「ぅ・・ん、はぁっ・・もっと・・」
等といった妙な声も聞こえていたのだが、
「ほら早く!じゃないと、私が押し倒して服を引き裂いてしまうぞ?
着替えなんて持ってないんだ、困るだろう?」
と押し切られてしまった。
「キスク、やっと脱いでくれたんだな。」
当のハルスは魔力で消せるとか何とかで大事な所だけ消して見せた。
・・もとより毛皮一枚で裸同然というのだから気楽なものである。
「ふふ・・キスク寒そうだな?どうだ、私が暖めてやろうか?」
そう言ってにやついた顔を隠そうともせず俺の肩を掴んでくるハルス。
その腕にはしっかりと毛皮が纏われている。
対してこっちは全裸ということを考えると釈然としないが確かに暖かい。
「確かに暖かいだろうけどさ、
流石に全部脱ぐ必要無かったんじゃ・・っておい!!」
文句を垂れている内に、ハルスは膨らんだ俺のペニスに顔を近づけていく。
「ん〜・・うるさいぞ、キスク・・」
こちらの話など知ったことではないとばかりにくんくんと臭いを嗅いでいる。
「はぁ・・少し臭いが、嫌ではない臭いだ・・」
「おい、人の話聞けよ。」
あまりにこちらを無視するので股を閉じてやる。
しかし彼女は構わずに俺の足の付け根付近に口を近づけてきた。
「・・お、おい?」
何をするつもりなのだろうと様子を見てしまう。
次の瞬間、彼女は俺の足を舐めてきた。
「っ!?は、ハルスお前・・!」
俺が驚くのも構わずハルスは俺の足を舐め回してくる。
最初の内は少々不気味ささえ感じていたのだが、
ちょっと後には慣れてきて今度はくすぐったさを感じていた。
「は、ハルス、待てって、やめっ、くすぐったい・・。」
そのあまりのくすぐったさに足を一瞬開いてしまう。
彼女は待ってましたとばかりに俺の足を押さえつけ、
開いたままの状態にすると剥き出しのペニスに顔を近づけていく。
「まさかお前、ちょ、馬鹿やめ、っ・・!!」
言葉が終わるか否かというタイミングでそれは彼女にくわえられた。
口の中の生暖かい感触が俺の中に快感の波として流れ込んでくる。
「はむっ、んむ、ん、んっ・・」
彼女の舌がそれをなぞる度に、股の辺りからじんわりと気持ちよさが流れ込んだ。
「はぁっ、ぁっ・・くぅ・・」
初めて味わうその快楽に早くも俺の頭はとろけそうになっていた。
息が荒くなり顔がゆるんでいるのが自分でもわかる。
「んふ、あ・・ふふ・・キスクは本当に可愛いな・・はむっ・・!」
一旦口を離し、俺を見て満足そうにそう呟くとまたくわえる。
彼女の目はトロンとしており鼻息も荒く、舌や口の動かし方も今度はさっきより激しい。
「はむっ、ん、は、む、れう、む、あぁ、んむぅ・・」
早く出せとでも言いたげなその貪りに俺の体がビクンと揺れる。
「ぁっ・・?は、ぁ・・」
何が起きたか分からなかったが、
一瞬の後それが何を意味するのか本能的に分かった。
俺は達しようと、射精させられようとしているのだ。
「っ、む・・むっ、れう、る、ぅんん・・」
彼女もそれを感じ取ったらしくさらに口内でしごいてくる。
舌や唇の感触ならじわじわと追いつめられるような感じなのだが、
いきなり強い快感が迸ってきた。
「くぁ・・っ!?」
これまでとは違うその快感に戸惑っていると、
彼女の目がニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべたのが見えた。
これは何かが来る、そう思って覚悟を決めようとしたが、
「う、あぁあぁあああぁ・・っ!!」
舌でペニスを持ち上げ歯に触れさせそのまま激しく動かすという、
これまでとは別レベルの快感に俺はみっともなく射精してしまっていた。
「む!ぐ、ぅんふ、んく、ん、んっ・・ん・・」
俺が出した精液は出ていった途端に彼女に吸い込まれていく。
頭は痺れるような快楽に浸されているのに、
精液と唾液でグチョグチョの彼女の口の中で犯されているペニスだけは、はっきりと感じ取る事が出来た。
「は、ぁあ・・あ・・」
そんな情けない声が口から漏れる。
俺は彼女から与えられる快楽に完全に流されていた。
しばらくの後、俺の出した精液を飲み干した彼女は、
やっと俺のペニスから口を離しこちらを見つめてくる。
口の端から白い液体がポタリとこぼれる様子が、淫らな美しさを演出していた。
「ふぁ・・キスクの精液、美味しい・・♥」
そう言って愛おしそうに未だ精子を少しずつ垂れ流しているペニスをペロッと一舐めする。
たったそれだけなのに、背筋がゾクゾクし手足がブルリと震えた。
「ふふ、キスク可愛い・・はむぅ、ん・・」
それを見て満足そうに目を細めた後、
彼女はまた俺のそれを口にくわえてしゃぶり始める。
今度はゆっくりと、まるで一仕事終えたペニスを労うかのようなそんな動きだ。
「ん・・ん、む・・ん・・」
ついさっきの搾り取るような激しい動きとのギャップも合わさり、
俺はため息を漏らしてしまっていた。
「んふ・・う・・ん、ん・・んはぁ・・♥」
しばらくの間ゆっくりと吸われ続け、
ペニスが射精前のサイズに膨らんだかという所でハルスは口を離す。
そしてだらしなく脱力している俺を見ると立ち上がり、顔をこちらの耳元まで近づけて囁いた。
「気持ち良さそうだな、キスク?
だが、これからもっと気持ち良くなるぞ・・」
そう言い肩に手をかけ、俺に跨ってくるハルス。
・・そうだった、さっきまでのはあくまでも前戯だ。
だが前戯であれほど気持ち良いのなら、本番の方は俺はどうなってしまうのだろうか。
脳裏を不安と期待がよぎる中、
目の前の彼女はそそり立つペニスに自らの秘所をあてがい擦りつけた。
「はぁっ・・キスク・・」
熱に浮かされたような声で俺の名前を呼ぶハルス。
そのまま腰を下ろした瞬間、
「はぅっ・・!き、キスク・・ッ!!」
彼女は俺にすがりついてきた。
俺はというとさっき一回イったので、
彼女を受け止めその頭を撫でる事が出来ている。
とはいっても、油断するととろけそうな快感が襲ってきてはいたが。
「はは・・ハルス、お前だって可愛いぞ。
いきなりこんな風に抱きついてくるなんてさ。」
何とか男のプライドを保てた事に密かに満足しつつ、
下を向いたままの彼女に笑って話しかける。
すると彼女はゆっくりと顔を上げてこう言った。
「しょうがない、だろぅ・・。
だって、こんなに気持ち良いんだぞ・・?」
言葉の終わり際、彼女の腰が左右に揺らされた。
恐らくは無意識の行動だったのだろうが、
それによって俺にもその快感は伝わってくる。
「んぁっ、ああ、確かに気持ち良いな・・。
はぁっ、お前がそんなになるのも分かる気がする。」
そう言って今度は彼女の背中を撫でてやると、
彼女は少々涙目になりこちらを見つめてきた。
「うぅ・・キスクだけ余裕そうで少しずるいぞ・・
こうしてやる、この、んっ、はぁ・・っ・・♥」
そう言って再度腰を振ってくるが、
それをした彼女自身が送られてくる快感に震えている。
「は、は・・なんだよ、お前自身が、
気持ち良くなっちゃって、るじゃないか、ぁ・・っ♥」
それを指摘してはみるものの、
俺もそろそろ見栄を張れる限界が近づいてきていた。
しかし二回もハルスにイかされるのは何だか悔しいので、今度はこっちから動いてみる。
彼女が左右に動かすのに対して、下から突き上げてみた。
俺の硬いそれがぬるぬるの膣内をかき分けて進んでいく。
「っ、は・・つぅ、う・・」
だが膣内を進めば進むほど股間に襲ってくる快感は強くなる。
これでは攻めている方が早くイってしまいそうだ。
「はぁっ、キスクぅ・・♥きもちいよぉ・・もっと、もっと・・♥」
同じく余程気持ちがよいらしく、
ハルスも突き上げるのに合わせて腰を上下させてきた。
そうして何度も腰を振っているうちにハルスの膣内で何か膜のような物にペニスが当たる。
「はぁっ、それ、私の処女膜・・頼むキスク・・
破って、私の奥まで突きっ、はぁ、ああっ、ぁああ・・っ!!」
俺は、言葉の途中で我慢できなくなり突き上げた。
そうしてしまってから心配になって彼女を見上げると、
彼女は恍惚の表情を浮かべて微笑んでいる。
「はぁ・・っ、は、ぁ・・ふふ・・っ・・
キスクが、私の中に全部入ったんだな・・んぅ、っ熱い、お前の硬いのがぁ・・」
完全に発情した獣となっているハルスは、
そう言うとぶつけるように腰を動かし始めた。
太く勃起したペニスが彼女の膣内の肉とこすれる度に、
腰がとろけそうになる程の快感が襲ってくる。
足が震えるのはさっきと同じなのだが、
さっきより意識が薄くなる頻度が多くなっていた。
「くっ・・は、あ・・っ・・!!」
頭が揺さぶられ考えが纏まらない。
ハルスに腰を振らされているのか、
自分から腰を振っているのかももう分からなくなっていた。
腕で包んだ体の暖かさでそこにハルスが居るのは分かる。
だけど、もう自分がどうなっているのか本当に分からなくなっていた。
「キスク・・♥可愛い顔してるぅ・・♥
そんな顔されたらぁ・・もう・・っ♥♥」
そんな声が聞こえた直後、ペニスがギュッと締めあげられる。
「っう・・!!ハル、スっ・・!」
何とか意識をつなぎ止め、その名を呼ぶ。
俺は無意識のうちにこのままイかないようにしていた。
自分でも何故だかは分からない。
「っふ、何・・キスク・・?」
正面からのぞき込まれて改めて思う。
ワーウルフになってもその雰囲気は変わらぬままだと。
実感した瞬間、さっきイキたくないと思った理由が分かった。
「なぁ・・っ・・」
ギリギリの気力を振り絞り、ハルスを正面から見つめ返す。
「キス・・してくれ・・むっ・・!」
その願いを口にした途端、口の中に舌が入り込む。
二回目であるためか今度は遠慮なく蹂躙してくる。
その激しさの中から俺を欲する気持ち、そして彼女の全てがが伝わってきて。
「っむぅ!ん、んんん〜〜〜〜っ!!」
俺は今度こそ絶頂に至った。
目を瞑り、達する間の迸る快感に身を任せる。
あまりの快感に叫び声をあげようとするが、それさえも吸い込まれていく。
暴れようとする体も、ハルスの力で押さえ込まれていた。
自分の全てが彼女の意のままになっているこの状況に安心感を覚える。
それと同時に体から力が抜けていく。
ハルスの体に回した手は、もはや彼女に引っかけているような状態だ。
目を開けようとしたが、うっすらとしか開けられなかった。
「あ・・あ・・」
彼女が離れていった俺の口からはそんな声だけが漏れる。
「・スク・・だ・・き・・・愛してる・・」
ハルスが微笑みながら何かを言っているがよく解らない。
だが、口の動きで「愛してる」と言ったのは解る。
こちらも言おうとしたが、俺の意識はそこでプッツリと途絶えてしまった。
「ん・・」
目を開けると、昨日のあの建物の中で俺は横向きで布団に寝ていた。
服は着ていないが、俺の寝ている横に綺麗に畳まれて置いてある。
「・・く・・」
身体が重い。
昨日あんな事をしたのだから当然と言えばそうか。
思い出しただけでも顔が熱くなってくる。
「・・しかし、魔物って凄い体力なんだな・・。
俺、結構体力はあった筈なんだけど・・。」
昨日、俺はハルスとそれをしている途中で気絶した。
対して彼女は俺が気を失う瞬間も元気に笑っていた。
・・もっと鍛えた方が良いかな、これは。
そんな事を考えていると、掛け布団に包まれた俺の胸の辺りがもぞもぞと動く。
気になって視線をそちらに向けると、
「・・んぅ・・ふふ・・キスク・・」
ハルスが俺にふさふさの体を擦りつけてきていた。
目が半開きになっている所を見ると、寝惚けているのだろう。
そのまま彼女の見ているのも楽しそうではあったが、
まずは服を着る為に布団から出たいので、起こすことにした。
「ハルス起きろ、もう朝になってるぞ。」
頭を軽く掴みわしゃわしゃと撫でる。
された方のハルスは段々と目を開いて行き「ふあ・・」と欠伸をした後「おはよう」と言った。
「おはよう、ハルス。
いきなりで悪いんだけど、ちょっと退いてくれるか。
流石に朝からこの恰好じゃ恥ずかしい。」
「ん〜・・仕方ない。
分かったよ、キスしてくれたら退いてやる。」
そう言って唇を突き出してくるハルス。
俺は顔を熱くさせながらも、軽くキスをした。
「で、だ・・これからどうする?
教団の領内には恐らく入れば即死だろうし。」
着替え立ち上がった俺に、ハルスが訊く。
昨日までは二人の問題を考えてばかりでそこまで気が回らなかった。
素直にそう伝えると彼女は、やっぱりか、と苦笑いする。
「私の考えを言わせてもらうとだな・・。
結構な遠くまで逃げた方が良いと思うぞ。
隊長達は、教団の者が魔物となった痕跡を消したいだろうからな。
幸い、この集落の近くにはドラゴンやらが来るらしいから安全だが。
なあに、旅行に行くような気分でやっていれば良いだろうよ。
・・キスクだって、行きたい所とか有るんじゃないのか?」
「旅行・・行きたい所・・か。
そうだな・・もう教団の肩書きなんて無いんだし、そうするのも良いかもな。
・・父さんを連れ去った奴にも会いたいし。」
そう答えると、ハルスは複雑な表情になった。
それを見て俺は、弁解するように手を振る。
「や、別に殺してやりたいって訳じゃないぞ?
考えてみりゃあ、連れ去られただけで殺してないかも知れないしな。
ま、その辺りの事は後で考えるよ。」
「そうか。」
短く答えると、彼女は建物の扉を開き言う。
「・・とりあえず、旅立つ前にここの長に礼を言いに行こう。
私の遠吠えに応えて私達を受け入れてくれたのも
ここの長のワーウルフ、ミラル殿だからな。」
「分かった。」
そう言って俺も後に続く。
「お二人が旅立つというのに見送りも出来ずすみません。」
ミラルさんに礼とこれからの予定を話すと、そう言って頭を下げてきた。
「いえそんな。
こっちこそすいません、いきなり押し掛けて、
しかも教団の人達まで押しつけるような真似をしてしまい・・。」
対してこちらは申し訳なくて仕方がない。
なのでそう言って謝ると彼女は手を横に振った。
「それは迷惑の内には入りませんよ。
・・その、あなたのお父さんのことなんですけど。
名前を教えてはくれませんか?
もしかしたら、知っている名前かもしれませんし。」
言われてハッとする。
そうだ、ミラルさんなら知っているかもしれない。
「えーと、父さんはレイド・シデンって名前です。
いっつも剣を持ち歩いてて、とっても強いんです。」
そう伝えると顎に手を乗せしばらく考えた後、
ミラルさんは残念ながら、と首を振った。
そうですか、と落胆してしまうが、
ミラルさんはそんな俺を励ますように付け加える。
「でも、他の集落の長に聞ける機会があれば聞いておきます。
その集落の方にも出来る限り伝えますから。」
「何から何まで、本当に申し訳ない。
・・それじゃ、お世話になりっぱなしで悪いですけど、いつかまた。」
「はい、それでは。」
俺達は別れを告げミラルさんの家を出て集落の出口に向かった。
集落の出口。
簡素な木造の門の下、そこから広がる草原を俺達は見ていた。
「・・宛のない旅、とは良く言ったものだな。」
自嘲気味に言うハルスに俺はこう返した。
「言い方が悪いんだよ。
適当に楽しんでぶらぶらしつつ気が向いたところに行く、
そんなくらいに考えればいいんじゃないか?」
するとハルスは「そうだな」と言って歩き出した。
「確かに、キスクの言うとおりだ。
お前の父さんを探すにしたって、それこそどこにいるか分からんのだしな。
・・ふふ、新婚旅行くらいに考えておくとするか。」
「恥ずかしいこと言うなよ・・。」
短く答え、軽く走って彼女に追いつきその顔を見る。
・・あの時、死んだり殺したりしてたら
今のこの笑顔は絶対に見る事が出来なかったんだよな。
ふとそんな事を考えてしまう。
「キスク・・また暗いこと考えているだろ。
そうだな、あの時殺してたらこんな楽しくは出来なかったな、辺りか?」
「な・・!!」
図星だった。
俺はこういうのを隠すのが本当に苦手らしい。
視線を逸らす俺に、彼女は自慢げに腕を組み笑いながら続ける。
「ふふん、大当たりって所か。
まぁ確かに、あの時殺されてしまっていたら笑ってはいないな。
だがなキスク・・喜びを噛みしめるのは良いが、
それにしたってもうちょっと明るいことを考えてくれ。
良く言うだろう、そいつが暗い顔をしていると周りまで暗くなると。
だからな、明るい顔をしていてくれ。
それに・・お前は、明るい顔の方が似合うし格好いいぞ。」
最後のは流石に恥ずかしかったようで、
彼女はそう言うと随分と先へと走っていってしまう。
言われた俺も、もちろん恥ずかしかったが。
「・・嬉しいこと言ってくれるよ全く。」
彼女を追いかけつつニヤケが抑えられないのを俺は感じていた。
それから一年の時が過ぎた。
旅を続ける中で、俺達はとある親魔物領の宿に泊まっていた。
一年も旅を続けていると流石に欲が出てくるもので、
今度は砂漠、いや海、などの話をするくらいにはなっていた。
今この瞬間の俺は、特に何をするでもなくベッドに横になっている。
ハルスはちょっとぶらついてくる、と外に出ていった。
結構前の事なので、もうそろそろ帰ってくるだろう。
そう思っていると、廊下からやけにテンポの速い足音が聞こえて来た。
それは俺達の部屋の前で止まると、扉を開ける。
「キスク!」
来ていたのはやはりハルスだった。
だが、その表情は驚いたようなもので、手には新聞を握っている。
「ど、どうしたんだよハルス、そんなに急いで。」
「キスク!この新聞を読んでみてくれ!!」
尋ねるとハルスは俺に急接近して新聞を広げて見せてきた。
「うおっ!?・・えーと何々・・?
平原近くの反魔物領が、ついに親魔物領となった・・!!
なあ、これって俺達が元居たあの、あそこか!?」
驚いてハルスに言うが、
彼女は「驚くのは分かるが、そこじゃない!」と返してくる。
もっと続きを読めと言うことだろうか、そう思い視線を走らせる。
「尚、そのリーダーと思われる者の中には、
元教団の男性も含まれているようだ・・?その名は・・ッ!!?」
そこまで読んだときには俺はもう荷物を纏めにかかっていた。
ハルスはと言うと驚く様子も見せず、
「ここからなら、全力で走れば二日も要らん!」
と嬉しそうに言ってくれていた。
「ああ、分かってるよハルス!!」
荷物を纏め終わり、立ち上がりつつ答える。
幸い、身につけるものと水筒ぐらいしか持っていなかったので
すぐにでも出発でき、しかも全速力で走れる状態だ。
部屋を半ば飛び出すように出て受付に礼を言い、街の門を出て。
俺達はかの地を目指して全力で走り続ける。
俺の脳裏には、あの記事が焼き付いていた。
だから、たとえ全力で走っている途中だったとしても
一言一句違わず何と書いてあったか思い出せる。
そこには、こう書いてあった。
「その元教団の男こそ、
ワーウルフ達との神速の奇襲作戦を成功させたこの一件の立役者、
自身もまたワーウルフを嫁に持つ、レイド・シデンである。」
14/05/10 21:39更新 / GARU