読切小説
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ワイバーンとイチャイチャ
「ふぅ・・。」
磨き終わった小手を置きながら息を吐く。
武具の手入れはなかなかに時間のかかるものだ。
面倒な膝当てや鎧は磨き終わったので、
後はそれほど時間もかからないだろう。
残るは愛用の槍のみ、とそこで俺はふと窓の外を見た。
日が少し昇っている、今は朝方をちょっと過ぎたぐらいだろう。
さっさと槍も研ぎきってしまおうと砥石を滑らせる。
魔界銀で出来ているので怪我をする心配はないが、
自分がそれに命を預けるため、自然と手つきは丁寧になる。
持ち柄をしっかりと握り、輝く穂先を研いでいく。
程なくしてそれが終わり布を巻いてそれを戸棚に立てかける。
これで、手入れは全て終了だ。
外を見ると、太陽がさっきより少しだけ高くなっていた。

「よし・・いつもよりは、早めに終わったな。」
一人呟く。
今日はとある用事のため、いつもより早めに起きておいたのだ。
後は、その相手を待つだけである。
いつもならば手入れ中にくるその相手とは、
後少しすれば現れるだろうワイバーンだ。
それにしても待っている時というのは時間の流れが数倍に感じられる。
その相手が来て欲しいと思う相手ならば尚更だ。
感覚的には凄く長い時間を経て、やっとその相手は来た。
ドッドッという彼女の種族特有の力強い足音が近づいてくる。
それは扉の前で止み、代わりにコンコンというノックの音が部屋に響いた。
「入っても大丈夫だよ。」
短く答えた瞬間勢いよく扉が開け放たれ、彼女は突っ込んでくる。
衝撃に息が詰まりそうになりながら、
俺は角が生えたその頭を撫でてやった。
すると彼女はほっぺを俺の胸に擦りつけ息を漏らす。

「んう・・えへへ。」
その幸せそうな顔にこちらの頬も緩むのを感じながら、
彼女の体をギュッと抱きしめた。
顔に当たる鱗の感触が心地よい。
ひとしきりそうやって抱き合った後、彼女は顔を上げた。
正面から見つめ合い、俺達は挨拶を交わす。
「おはようヒューネ。」「うん、おはようグラン。」
言い終わるが早いか、俺の背中に彼女の尻尾が引っ付くように回ってきた。
しかし、さっと離れると彼女は思い出したように謝る。
「あ・・ごめんね、まだ道具の手入れの途中なんだよね。」
どうやらヒューネは、自分の足音が聞こえたから、
俺が道具をいったん片づけて抱いてくれたと思ったらしい。
実際、いつもはその通りなのだが今日は違う。
どんなに嬉しそうな顔をするだろうかと楽しみにしつつ、
俺は申し訳なさそうにしている彼女に笑って言った。
「今日はいつもよりちょっと早起きして、
もう手入れを終わらせておいたから大丈夫だ。」
告げると彼女は期待と驚きの入り交じった顔で、
「・・本当に?」と確認してくる。
俺が彼女を気を遣って嘘をついていると思ったのだろうか。
嘘はあまり得意な方ではないのだが。

これは言葉で言うよりも見せた方が早いか、と
俺は戸棚に近づき、かけておいた槍を取った。
俺はいつも槍を最後に研ぐ、ヒューネもそれを知っているからだ。
結び目を解き布を剥がし、
自分でもよく研げたと思うそれをヒューネに差し出す。
彼女は受け取りその輝きをしばらく注視した後、
うんうんと頷きにこっと笑って返してきた。
どうやら信じてもらえたらしい。
返されたその槍を布に巻きながら、俺は彼女に尋ねる。

「・・で、今日はどこか行きたいところがあるんだろ?」
おまえがそう言ったから早起きしといた、とは言わない。
彼女は結構気を遣う方なのだ。
言えばまたこの笑顔が多少なりとも曇ってしまうかもしれない。
それくらいの努力は構わないのにな。
「ええとね、そんなに大した所じゃないんだけど・・
街に行きたいんだ、良いかな?」
本当に大した所じゃないな、と思ったのは秘密。
にしても街か・・てっきり山や河で水浴びかと思っていたので意外だ。
「良いぞ、けど何でだ?」
言ってからしまったと思った。
折角彼女の笑顔を曇らせないようにしたというのに。
彼女と行けるというのなら、俺にとって理由などどうでもいいのに。
しかし予想に反して彼女は「えっと・・」と微笑みつつ考えている。
「山とか河とかも考えたんだけど・・
それって私にとっては何か普通だなって思ったんだ。
折角グランと行けるんだったら、普通のデートとかしてみたい。」
「そうか・・じゃあ行こうか。」
ダメかな、と苦笑する彼女に即答し手を引く。
ヒューネがそこまで考えていたとは思ってなかったのは秘密だ。



そして、ちょっと歩いて街に着く。
どうして飛ばなかったのかと訊くと彼女は、
「今日はちょっと、私がワイバーンとかグランが竜騎士とか、
そういうの考えないようにしたいんだ。」
と腕をこちらの腕に絡めながらそう言った。
「よく分からないが・・普通のデートがしたいってことか?
他の奴がするような感じの奴を。」
「うん!・・ほんとは、ケンタウロスとかエキドナさんとかを見て、
ちょっと良いなって思っただけなんだけどね。
だから、面倒になったら飛んじゃうかも。」
えへへ、とそう言うヒューネを、こいつめ、と笑い頭を撫でる。
何のことはない、要するにただの思いつき。
たまにはそれに付き合ってやるのも悪くはない。
そんなふうにしながら歩いていると、いろんなものが目に入ってくる。
美しいアクセサリー、意匠の凝らされた武具など挙げればきりがない。

そんな中でも、あるものにちらちらと目が行ってしまう。
「ねえ、グラン・・そんなに牛乳が飲みたいの?
さっきからずっと牛乳屋さんに目が行ってたけど・・。」
通り過ぎてからそう言った彼女に、
そう言う訳じゃ、と言おうとした瞬間背中をペチと軽く尻尾に叩かれた。
「・・店主さんのおっぱいに目が行ってたよね。
私だって、大きいよ?そりゃああの人には負けるけど・・。
むう〜納得行かないなぁ・・私とまだキスもしてないのに
そんな内から浮気しちゃうの?グランは。」
・・バレてしまったらしい。
彼女の顔を見る限り本気で怒ってはいないようだが、
怒っているのは事実だ。
「悪かった。
つい目が行ってしまうとはいえ、我慢すべきだったよ。」
自分に非があるのは明らかなので素直に謝る。
すると「・・じゃあさ、悪いって思うなら目を閉じて?」と言われた。
目を閉じろ、とはどういうことだろうか。
言われたとおりにしながら、俺は考えていた。
普通目を閉じろと言われたらキスをしてくるが
この流れでそれを期待できるほど、俺はお気楽ではない。
となると、叩いてくると言うのが選択肢としては妥当だ。
後は、気になって目を開けてみれば怒って帰ってしまって
置き去りにされるというのもあるか。
その場合部屋に戻ってみれば怒った彼女というオマケ付きだ。
さてどれがくる・・と考えていると、俺の後頭部を彼女の腕が掴んだ。
ああ、握られる痛みを味わうというのもあったか。
はたしてどれほどの痛みが襲いかかってくる?と身を堅くしていると、
突如体を持って行かれ何か柔らかいものに俺の頭が包まれる。
何事かと思って目を開けると、俺は彼女の胸の谷間にいた。
「ヒュ、ヒューネ!?おま、なにをっ・・!」
疑問を並び立てようとするも、
再度俺の頭は柔らかいそれへ押しつけられた。
頬のあたりの感触が心地良いので、自然と抵抗が緩んでしまう。
そうやって大人しくなったあたりで、やっと彼女は俺を解放した。
離れていった暖かさを名残惜しく思っていると、
少しだけ照れくさそうに彼女は「反省した?」と訊いてくる。
対して俺は、頬を撫でながら「・・ああ。」としか言えなかった。

何とも言えない、しかし決して嫌ではない雰囲気のまま
俺の部屋まで俺達は戻ってきた。
俺は机に、彼女は床に敷いたカーペットの上に座り、
何故か、正面から見つめ合えないでいる。
・・これはデートというにはあまりに粗末だったのではないだろうか。
俺がそんなことを考え始めたちょうどその時、
ヒューネは、堪えきれないと言った風でいきなり笑い始めた。
「っふふ・・グラン、ごめんね。
私ね、わざとあの牛乳屋さんの前を通ったんだ。」
そして俺に向かって彼女はそう言った。
どうして、と訊く間もなく彼女は続ける。
「あのね、一回やってみたかったんだ。
やっぱりおっきい人の方が良いの?ってやつ。
でも、私も結構おっぱいは大きいから出来なくって。
だから、あの牛乳屋さんの前をデートコースに選んだの。
・・実はね、山や河にしなかったのは、
あの店主さんに事前に連絡をしといたからなんだ。」
まるでいたずらが成功した子供のように、
それはそれは嬉しそうにヒューネは笑っていた。
いや、実際に成功させたのかこの場合は。
それにしても、誘導されて計画通りに怒られた、というのは何だかな。
だからちょっとした仕返しをしてみる。

「・・騙されてたってことか?」
さも不満に思っているかのように彼女に訊く。
「う・・ごめん、怒った?
でも、グランだって胸に目が行ってたじゃん・・。」
「そこまで計算してたんだろ?」
足掻こうとする彼女の言葉にすぐさま差し込む。
すると彼女は、しゅん、となってしまった。
参ったな・・ここまでするつもりはなかったんだが。
何とか出来ないだろうかと考えていると、ある方法が思いついた。
「反省してるか?ヒューネ。」
まずは怒ったような素振りを見せる。
彼女は「はい・・」と予想通りの落ち込みようだ。
「じゃあ、何をされても文句は言えないよな?」
ちょっと心が痛むが、そこからさらに訊く。
そっち方面を期待させないように、厳しい口調を保ちながらだ。
「は、はい・・文句は言えない、です・・。」
言ってもいないのに正座をしてそう言うヒューネに、
俺は立ち上がると同時に第一の命令を下した。
「よし、じゃあまずは目を閉じろ。」
これを一つ目にしたのは、あくまで目的が仕返しだからだ。
素直すぎるくらいに目を閉じるヒューネ。
目を閉じたことで恐怖が増しているのか、
近づいていく一歩ごとに彼女の体が小さくビクつく。
彼女の目の前まで来ると、俺は第二の命令を下した。
「よしじゃあ上を向け。
それと、良いって言うまで目を開けるな。」
心は楽しくって仕方が無かったが、
それを悟られてしまったらここまでの行動が水の泡だ。
だから、声の調子は依然厳しいままに保つ。
彼女は恐る恐る上を、すなわち俺の顔の方を向いた。
「ね、ねえ・・一体何をするの・・?」
目を閉じたまま怯えたように訊いてくるヒューネ。
ちょっとやり過ぎてしまっただろうか、
俺は自分でやっておきながらそう思った。
「秘密だ、内容を教えてしまったら覚悟が出来てしまうだろ?」
だが、ここまでやった以上妥協はしない。
俺が答えるとヒューネは「う・・そうだよね・・」と呟いた。
どうやら完全に俺が何か痛い事をすると思っているようだ。
・・痛いと言うよりクサいことなんだがな。

「よし・・じゃあ、行くぞ。」
そう言って、彼女に自分の顔を近づける。
自分で計画しておきながら恥ずかしかったが、覚悟を決めた。
彼女の唇に自分のそれを重ねてそのまま奪い、少しして離す。
「む、んふぇっ!?グラン、えっと、え!?」
余程驚いたのか、途中から彼女の目は開いていた。
やる前に「よし」と言ってしまっているのだし、まあ良いか。
「何を驚いてるんだヒューネ?」
「え、や、だって、あの・・グランは怒ってたんじゃ」
「ああ、怒ってたぞ?
怒ってた分の仕返しを今させてもらっただろ?」
相当混乱しているのだろうヒューネを可愛らしく思いながら、
何でもないような顔でそう言ってみせる。
実際のところ、かなり勇気が要った。
「仕返し・・?でも、私は・・。」
「騙されてたから騙したし、不意討ちされたから不意討ちした。
ほら、しっかりと仕返しになってるぞ。」
丁寧に説明してやると、ヒューネはやっと理解したようだ。
安心したように俺に抱きつき、胸に頭を擦りつけてきた。
「う〜・・良かったぁ・・
私、グランに本気で嫌われたかと思ったよぉ・・。」
「おいおい、何であのくらいで嫌わなきゃいけないんだよ。」
「だって・・あんなに怖い話し方のグラン初めてだったんだもん。」
「そりゃあ、な。
お前に俺からキスするために、わざわざあんな言い方したんだし。」
そう言うと、ヒューネは頬を膨らまし俺を見上げてくる。
その可愛さに胸が高鳴るのを感じていると、彼女はこう言った。
「・・意地悪だよ、グランは。
ねえ、こんなことされたんだから私もしても良いよね?」
何を、と訊こうとしたときには、もう至近距離に彼女の顔が迫っていた。
一瞬の間を挟んで俺の口の中に彼女の舌が入り込んできた。
「む、は、むぅ・・ん・・」
そのまま舌を動かし、好き勝手に俺の口の中を舐めたかと思うと、
さっとそれを抜き去り「はぁ・・」と満足そうにため息をついている。
「ふふ、やっとキスしたね!」
さらにはこんな事を言って抱きついてきた。
尻尾まで背中に回してくるとは本当にどこまでも甘えん坊だ。
「ああ、そうだな・・どんだけ遅いんだって話だがな。」
まあ、負けじと背中に腕を回した俺が言える事ではないか。
「良いんだよ、遅くっても。
私は自分達のペースでゆっくりとイチャイチャすれば良いの。
エッチだって、私は急ぐ気無いもん。
・・まぁ、何だかムラムラして突然押し倒すかもしれないけどね。」
笑う彼女に対して、俺は頭を撫でてやりながら答える。
「構わないよ、いつ来たって。
お前がしたいようにすればいいさ。」
そう言うと彼女は「それじゃだめだよ」と言った。
一体何がだめなのだろうか、と本気で分からずにいると彼女は続ける。

「私だけがしたいようにするんじゃだめ。
両方ともしたいようにして、お互いに気遣うのが良いな。」
成る程、そういうことかと納得する。
「そうだな・・その方が楽しい、か。」
そう言って俺はカーペットに横になった。
やることがないので、少し早いが一眠りしようと思ったのだ。
彼女はそれを感じ取ったのか、はたまた同じ考えだったのか
俺の体に翼を被せるようにして隣にうつ伏せになった。
「なんだ、ヒューネ・・お前も眠いのか?」
「ううん、グランが眠るんだったら風邪引かないように
私がお布団代わりになろうと思って。」
「・・お前は風邪を引いちゃったりしないのか?」
「んー・・偶にひいちゃうけど、
グランが抱き枕にしてくれたらひかないかなぁ・・。」
なんとも露骨なおねだりだ。
しかし俺にとっても魅力的なおねだりだったので、
素直に思惑通り抱きついてやる。
すると彼女は幸せそうに顔をにやつかせ、
翼で俺を抱きしめ返してきた。
彼女の爪が少しだけ食い込んでくる感覚が心地良い。
そのままうとうとと眠りに入りかけたところで、
ヒューネが「ねえ」と声をかけてくる。
軽く欠伸をしながら彼女の方を向くと、
その欠伸は彼女の口によって塞がれた。
「ふぁむ、ん・・れぅ・・む・・」
驚きはしたが、今度は俺も舌を動かし彼女の口を舐めた。
舌先から柔らかい感触が伝わって、鼻からは彼女の匂いが入ってくる。
無意識にヒューネに抱きつく力が強まっていく。
彼女もそれは同じようで、翼はさっきより強く俺を包んでいた。
「む、むぅ・・ん、はぁ・・っ・・」
たっぷりと彼女の匂いと味を感じた後で、やっと舌を抜き息を吐く。
「ごめんね、寝ちゃう前にどうしても一回したくって・・。」
今にも眠りそうな顔でそう言う彼女に、
俺も落ちかけている意識をつなぎ止めながら返した。
「良いぞ別に、俺も・・同じだったから・・。」
そう言って彼女に抱きついて目を閉じた。
額に何か柔らかいものが当たったような気がするが、
それもこの最高級の抱き枕の機能なんだろう。
落ちていく意識の中で俺はそう思った。

ちなみに、皆が集う夕食時には起きるつもりだったのに、
あまりの気持ちよさにぐっすりと寝入っていて、
厳しいがお節介焼きの騎士団長に、
「何度起こしても起きないもんだから、
このまま寝かしとこうかと思ったくらいだ。」
と言われてしまうのだが、それはまた別の話である。
14/03/20 21:35更新 / GARU

■作者メッセージ
可愛い口調のワイバーンに挑戦してみました。

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