連載小説
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出会い
 親魔物領、コトレーク。
 数々のギルドーー基本的には仕事仲間の繋がりのことを指すーーがある大きな街。
 そんな街の、それも酒場の夕暮れ時と聞けば、大変な賑わいが想像されるのは当然だろう。
 実際、酔いが回り歌い出すものに乱闘騒ぎを起こすもの、それを諫めて、という体であわよくばを狙う猛者だったりと酒の肴には事欠かない。



 そんな様々な種類の喧噪の中、カウンターの近くのテーブルに彼は座っていた。
 長い、そして海のように深い青色をまっすぐに降ろす青年。
 ……ファルフ。
 この街の中でも有名なギルドの一つ、シルフの寝癖の一員だ。
 ところでシルフの寝癖だが、この妙な名前のギルド。
 名の表す通り風の如く運送業や様々な手伝いを仕事とする正当なギルドで、原則一人で仕事に行くという特徴があった。
 かつ、だというのに失敗をすることが少ないと評判であり、失敗したとしても後々の面倒を見てくれる。
 その「事」というのは、家事炊事を手伝ったりと様々で、その結果永久就職をした者もいるらしい。

「ファルフよぅ。
わざわざそんなところなんてお前、本当に一人が好きだねぇ」

その髭の生えた顔、白髪で右目近くに傷のある男が
近くのカウンター席の端、他と離れて座る男へ声をかけた。
「うるせえっての、お前らと一緒だと静かになれないんだよ。
お前こそ一回一人で飲んでみたらどうだ、ガリア?」
ファルフと呼ばれた男は、半身を振り返らせそれに答える。
互いに煽るような言い方だが、
この男もまたシルフの寝癖のメンバーで、それなりに親密な仲だ。
「へっ、一人で飲んだことぐらいあらあな。
けどよお、今となっちゃ一人で飲んだら怒られんのよ。」
「ハッ、また愚痴から始まる嫁自慢か?
流石オーガを惚れさせた男はふてぶてしいな。」
「止せやい、褒めたって何も出ねえよ。」
少々荒い口調で会話を交わす二人。
彼らを知るものはこれが普通であると知っていた。

二人はシルフの寝癖の中で、頭領のシルフとその夫を除けば最強と言われている。
二人のうち、ガリアはオーガを嫁に持つ背高で精悍な男で、
大斧を使わせれば右に出るものはいない。
歳は56、ファルフは彼の事を年を取らねえジジイと呼んでいた。
「褒めてねえっての。
歯ごたえのないもんばっか食ってついにボケたか?」
ファルフは嫁はおらず、戦法としては軽い身のこなしと、
曲芸じみた剣さばきを持ち味としている。
歳は21、ガリア曰く「肝の据わった口の減らねえガキ」。

そんなファルフの挑発するような言い方にも、
ガリアは目を優しく細めて答えた。
「言ってくれるじゃねえか。
竜殺しなんて大層な異名をもらって調子に乗ったか?」
すると、今度はファルフが肩を竦める。
「ジジイ、それは噂に尾ひれが付きまくった結果だっての。」
その様子が気に入ったのか、ガリアはさらに目元に皺を寄せ
楽しそうに話し続ける。
「だがよお、火のないところに煙は立たぬって言うぜ?
何か心当たりあるだろうが。」
「さぁな。
・・いや待てよ、竜って言えば・・。」
思い当たることがあるのか、顎に手を当てて考え込むファルフ。
ガリアは手元にある酒をグビリと飲みつつ、見守っている。
しばらくしてファルフはハッと顔を上げた。
「あ!そういや、この間依頼で・・う・・」
続きを言おうとした彼だったが、
入り口の方を見て微妙な表情を浮かべ言葉を止めた。
ガリアも訝しく思いその方を見ると。
鱗を身にまとった威圧感バリバリの魔物、
「やっと・・やっっとだ・・」
まあつまるところドラゴンなのだが、
「見つけたぞ・・!」
それがファルフに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
いや歩み寄ると言うよりは
じわじわと距離を詰めたと言った方があっている。
「ファルフ・ヴーニル・・!」
彼女はファルフの近くまで来るといきなりフルネームで
彼の名前を呼んだ。
その顔は、親の仇にあったような、そんな一方で
長年音信不通だった恋人に再会したような感じでもある。
「心当たりってのは、コイツのことか?」
事情が分からず首を傾げるガリアに、
ファルフは一つため息をついてから先程の続きを語った。
心底、面倒くさそうに。
「・・ああ、そうだ。
こいつが多分異名の原因だろうよ。」
「どういうこった?
そもそもてめえは竜を殺しちゃいねえだろうが。」
不思議そうに訊いてくるガリアに答えたのは、先程のドラゴンだった。

「あ・・恐らく我に非がある。
一昨日から昨日にかけて色々な者に訊いて回ったのだが
あんまり必死だったのでな、いつの間にか
親の仇か何かを探しているとなってしまったようだ。
それについては謝る、ヴーニル、すまなかった。」
そういって、少しだけ頭を下げるドラゴン。
ガリアはその光景に少なからず驚いていた。
56という人間の感覚でそれなりに長い年月を生きてきた彼だが、
ドラゴンが頭を下げるのをみたのは、
片手で数えられるほどしかなかったからだ。
まあ最も彼が驚いたのは、
それを額を押さえつつ聞くファルフの落ち着いた態度だったが。
(ったく・・相変わらず肝が据わってやがる。)
しかし、目の前の状況は彼をそのまま落ち着かせてはくれなかった。
「と、言うわけでだ。
お詫びと言っては何だが我がものとなる権利をやろう!
なに、遠慮することはない、我がやると言っているのだ!」
何とも身勝手で傲慢な言い方だが、考えてみると告白だ。
このドラゴンは、自分と結婚してくれと
そんな事を言っているのだ。
それを理解した瞬間、彼は更なる混乱に見舞われた。
(っ、ど、どういうこった・・こいつは?!)
彼の認識ではドラゴンというのは、
その絶対的な力から来る高いプライドと、
自分こそ頂点というような考え方を持つ魔物だ。
俗に言うツンデレとやらに入る方だと彼は思っている。
告白にしても、人間の方からする事があっても
彼女たちの方からすることは滅多にない。
その認識は間違っている訳では無いはずなのだが、
目の前のドラゴンに関しては違ったようだ。
そしてガリアは、次に繰り広げられる二人の会話に
心の中で叫び続けることとなる。

「権利って事は、使わなくてもいいんだよな?
っていうか、何だって俺なんだよ。」
(んあ、断るのかファルフの奴・・まあらしいがよ。)
「ヴーニル貴様!我の家に押し入って寝顔を見ておきながら何を!」
(は!?このガキ、そんなことをしたのか!)
「あれはただ通り道にお前の巣があって、
通ろうとしたら枝を踏んで、そしたらお前が目を覚まして
寝顔を見られただのと追いかけて来ただけだろ!」
(・・ああそうか、家っつっても山か)
「お前お前と呼ぶな!我が名はエルダ・フェイムだ!
貴様が逃げ切ってからというもの、頭の中に、
いや我の夢にまで貴様が出てくるのだ!
それどころか心臓まで苦しくなる始末・・」
(・・え、そいつはもしかしてよ・・)
「何らかの魔術であろうかと、バフォメットに聞けば
その男・・つまり貴様を手に入れよと言われたのだ。
・・ふむ、不思議だな・・
貴様と話していると確かにこの心臓の痛みは和らぐぞ?」
(要するに、一目惚れか・・!?)
「ああそうかよ、良かったな。
それで?俺に薬の代わりでもしろってのか?」
(気付けよ、ファルフ!鈍いってレベルじゃねえぞ!)
「薬だなどとは思ってはおらぬ!
ただ貴様が近くに居ないと苦しいだけであってだな!」
(お前ら恋慕って言葉知らねえのか?!)
「だから・・」「いやいや・・」(おい・・)

そしてガリアの心の声も枯れそうになった頃。
「ああもう良いって。
俺、今日は帰るわ・・じゃあなガリア。」
「お、おう・・じゃあな・・。」
そのまま帰ろうとするファルフにエルダが食らいつく。
「待て!ならば貴様の家の近くに住むぞ、我は。」
「ああそれで構わねえよ、もう。」
面倒だという風にため息をつくファルフ。
一見、エルダの粘り勝ちに見えたが次の瞬間ファルフは
エルダにとっての、衝撃の一言を放った。
「あー・・でも家の近くにワイバーンのリーヴェと
ワームのムウってのが居るからよ。
もし近くに住むってんならあいつらと仲良くしてくれよ。」
「・・は?」
ポカンとするエルダを気にも留めずに、そのままファルフは歩き去っていく。
ファルフが酒場のドアをくぐろうかという所で、エルダはまた叫びながら走り出した。
「・・待て!ファルフ、貴様、他にも女がいるのか!?
いや、魔力はあまり感じぬから交わってはいないようだが・・
く・・流石は我が認めた男よ・・!」
そして、エルダも居なくなり。
完全に取り残される形となったガリアは、目の前で繰り広げられていた出来事を整理し
自らの嫁べルガを待ちながら、やっと冷静になった頭で考えていた。
(・・おかしい話だな。
あいつが竜殺しって呼ばれるようになったのは
昨日今日じゃねえ筈だが・・。)
そこで彼は、ファルフの先程の言葉を思い出す。
ファルフの話ではワイバーンとワームもいるという。
そして彼の性格上、訊かれたら隠しはしないだろう。
隠さなければ、噂が広がるのは当然のことだ。
ワイバーン、ワーム、ドラゴン、この三人は全て竜と呼ばれる種族。
そこまで考えてガリアはやっと理解する。
ファルフの持つ異名の真の意味を。
「・・竜殺しの殺しって・・女殺しの殺しかよ・・」


街から歩いて三十分程。
わりと長い森を抜けたそこに、ファルフの家はあった。
滝が近くに流れ、家の近くには山と谷があるという、なんとも大自然な環境だ。
そんな環境に家があるお陰で、魔物の友達には恵まれていた。
「おいヴーニル、貴様!聞いているのか!」
「聞いてるよ・・」
帰ってきたファルフは、共に過ごすこととなったエルダに詰問されていた。
内容はもちろん、魔物との交友関係だ。
「大体、貴様は竜たらしにもほどがあるぞ!
何故ワイバーンやワームが貴様の家にいる!」
それに答えたのは、少々不機嫌そうな顔のワイバーン、リーヴェ・クシナだ。
「それはこちらの台詞だよ。
むしろいきなり押し入ってその態度の分、
私達よりも性質が悪いんじゃないか?」
挑戦するような言い方。
恐らくはドラゴンのプライドを刺激しようとしているのだろう。
その目論見通り、エルダは腰を浮かし「何だと?」と
恐ろしいオーラを振りまき始めた。
だが相対するリーヴェは怯むどころか、
「聞こえなかったのか?意外に耳が遠いんだな。」
と更に挑発を重ねる。
「エルダさんもリーヴェも仲良くしてよ!
ファルフ困ってるよ!」
そのピリピリした雰囲気を子供っぽい喋り方で和らげたのは、
ワームの、ムウ・フェンサだった。
彼女は、その大きな体をくねらせ二人の間に割って入る。
ワームには単純な力では敵わないと思った為か、
はたまたその話し方に毒気を抜かれたのか、
ひとまず二人の喧嘩は止まった。
それを待っていたかのように、ファルフは話し始める。

「えーっと・・一応紹介するけどこいつはエルダ。
馴れ初め、っていうか会ったのはこの前の仕事ん時な。
・・あと一応突っ込んでおくが、
お前らもこの家の住人じゃねえからな?」
そう、先程まるで同居人のように振る舞っていた
リーヴェとムウだが彼女らも押し掛け女房である。
「分かってるよ、ファルフ。
ここには私が勝手に入り込んでるだけだもん。」
ムウの開き直った言い方に、ファルフは
横目で彼女を見ながらため息をついた。
「・・なおさら性質が悪いって突っ込んで欲しいのか?」
「突っ込む?突っ込むんだったら、私の」
「ああはいはい、分かった分かった。」
「う〜・・ファルフは私を子供扱いしてない?」
実際子供だろうが、と心の中で呟きつつ
彼は未だに少々ピリピリしているエルダとリーヴェに向き直った。
「・・で、お前らはいつまで睨み合ってる気だ?」
「「別に睨んでいるわけではない。」」
息ぴったりに互いに目を逸らしそう言う二人。
いや絶対睨んでただろ、とファルフは思ったが
あえて言わずに背を向けて話し続ける。
「ちょっと飲み過ぎちまったから俺はもう寝るが・・」
そこまで言って外に出るドアに顔を向けた。
飲み過ぎたというのは、この雰囲気から逃れるための嘘だ。
「遅くならねえ内に帰ってくれよ。
特にムウ、俺のベッドに夜這い仕掛けんなよ。」
「分かってるよ、しないよ。」
にっこりと笑うムウに苦笑しながらファルフは、
自分の部屋に「お休み」と言って入っていった。

三人の内、一番早く帰ったのはリーヴェだった。
エルダが理由を訊いてみたところ、
「ん?家主がそうしろって言うんだから、当然だ。」
とだけ答えて飛び去った。
二人きりになったので自分もそろそろ帰ろうか、
とエルダは思い立ち上がったのだが、そこでムウから思いがけないことを訊かれた。
「ねえ、エルダさんってファルフのこと好きなの?」
「なっ!?」
その質問があまりにストレートであったため狼狽する彼女。
ムウはそれを肯定と受け取ったようだ。
「やっぱり!私もファルフのこと好きなんだ!」
「い、いやムウ待て、我は、その、ヴーニルのことは・・。」
らしくなくあたふたする彼女にムウはとどめの一言を放つ。
「だって、そうじゃなきゃわざわざ近くに住もうなんて考えないもん!
私やリーヴェもそうなんだよ。」
堂々と言うだけいうと、彼女は
床にある「ムウ用」と書かれた木造の大きな蓋を開け、そこから地中へ入っていく。
のぞき込むと、「あ、言い忘れてた、お休み!」
と元気な声が響いてきた。
それに対し、
「あ、ああ・・お休み・・。」
と聞こえているか分からないが一応、別れの挨拶を返し蓋を閉めるエルダ。
その後彼女も山の住処を探すべくドアに手をかけた。
「リーヴェ、ムウか・・楽しくなるな。」
と、その顔をこれからの生活への期待で微かに綻ばせながら。




同時刻、酒場。
ガリアは、ベルガと共に一つの噂について話し合っていた。
「ファルフが、リザードマンの姉貴を殺したって。」
「そんなことあるわきゃねえんだがなぁ・・。」
首を傾げるガリアにベルガが続ける。
「そのリザードマン、この街に今日泊まってんだってよ。」
そう聞いた途端、ガリアは急にカッカッ、と笑った。
「ってこたあファルフとそいつとが斬り結ぶ姿が見られるわけか!
ちょいとこいつは面白そうだな。」
「だろう?けどよ、教団がそいつに情報を流したって噂もあるみてえだ。
するってえと、ちょっとした戦いになるかもよ!」
本当に嬉しそうに笑う自らの伴侶に、
少しだけ真剣味を含めて、しかしやはり嬉しそうにそう告げるベルガ。
二人とも戦闘狂じみているため、こういう「刺激」は楽しみで仕方ないのだ。
そんな、ちょっと危険な予感を漂わせながらコトレークの夜は更けていく。


17/09/25 00:14更新 / GARU
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■作者メッセージ
何故、思いついたし、俺よ。

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