お月さま
夜・・静かなその時間。
空には三日月。
その明かりは太陽に比べればはるかに暗いが、
俺はそのうっすらとした明かりと、それが映し出す暗い景色が大好きだ。
俺は、早瀬啓一（はやせ けいいち）歳は十七。
学校から帰って、夜になるとこうやって物干し台から空を眺めるのが好きだ。
星座がどうとかははっきり言って良く分からないし、興味もない。
俺は本当に、ただ単にこの景色が好きなのだ。
そんな風に、いつも通り景色を眺めていると、
この俺の世界に、俺が心の底から入る事を認めた者が来た。
「啓くん、本当にこの景色が好きなんだね。
昨日もこうやって空を見てたでしょ？」
客人の名は、藤堂麗華（とうどう れいか）。
歳は十九、俺の通う学校の先輩。
先輩と言っても、学校が終われば友達のような付き合いだ。
今は・・親が二人とも出張とか色々で居候みたいになっている。
「・・麗華先輩、態々俺が見てるかどうか確認してから来たでしょう。
ちらっと尻尾が見えましたよ。」
「あれ？見えないように隠した筈なんだけどな・・。」
「・・やっぱり見てたんですね、先輩。」
首だけで振り向いてそう言うと、先輩の顔がぷぅーと膨らんだ。
「むぅ・・駄目だよ啓くん、先輩をからかったりしちゃ。」
同時に、見えないようにしていた四本の尻尾が現れる。
もう分かっているかもしれないが、先輩は稲荷だ。
「ふふ、すいません先輩。
先輩って、結構意地悪したくなるんですよ。」
後ろを向いたまま答える。
「酷いなぁ、啓くんは。」
だったら・・と先輩は呟く。
一体何をしようというのだろうと、思っていると。
「えいっ・・えへへ、これならどうかな？」
「ちょ、先輩！？」
何と先輩は後ろから抱き付いてきた。
同時にふわっとした感触が俺の体を包む。
ふさふさの尻尾まで俺の体に回してくれたようだ。
「啓くんなら、こうした方が喜ぶかなって。
啓くんはいっつも私の尻尾を見てるもん。」
「・・まぁ、気持ち良いのは否定しませんけど・・。」
というかすっごく気持ち良い。
どんぐらい気持ち良いかって言うと、このまま寝ちゃいたいくらい。
「あれぇ・・？啓くん、全然抵抗しないね。」
「そりゃそうですよ、こんなに気持ちいいのになんで抵抗するんです。」
先輩は嬉しそうに顔を擦りつけてくる。
「それじゃあ、今日は隠し玉を出しちゃおうかな。」
「隠し玉？うっ！？」
顔にもう一本尻尾がぶつかった。
突然の事に面食らったが、何とかそれを押しのけて先輩の方を振り返る。
「先輩って五尾でしたっけ？さっきまで四尾でしたよね？」
すると先輩は、まるでドッキリのネタばらしをするような感じで告げた。
「四尾でも五尾でも無いよ。
今まで隠してたけどね・・私、実は・・」
先輩が言葉を続ける中、先輩の体から少々の圧迫感のようなものを感じる。
いや、圧迫感というよりは・・威厳、みたいなものか。
その感覚がスッと止まったかと思うと、次は先輩の尻尾が倍くらいに増えた。
驚きのあまり、声が出ない俺を見て満足気に微笑み言う。
「実はね、九尾なんだ。
血筋が、とっても凄い狐さんで十年に一度はこうなるんだって。」
しかし、その後ちょっとだけ表情が曇った。
不思議に思っていると、先輩は語り始めた。
「でも、啓くんが怖がらないかなって思って。
啓くんは、強すぎる力があると怖くなるタイプなんじゃないかって。
だから隠してたんだけど・・。」
そこまで言って、全く雰囲気の変わった先輩は真っ直ぐ瞳を射抜いてくる。
真剣そのものといった表情だ。
「・・先輩、嘘つく時とか冗談言う時って、無意識に耳動きますよね。」
だが、俺はこの場に似つかわしくない言葉を差し込む。
それなりに長い付き合いなのだ、先輩がどんな気持ちかくらい分かる。
「・・啓くん、こういう時は分かっても乗ってあげるのが優しい後輩ってものだよ。」
さっきの雰囲気はどこへやら、ちょっと怒ったような感じで頬をつついてくる先輩。
瞳も優しげな色を浮かべている。
「生憎と、俺はそこまで優しい後輩じゃありません。
それに先輩が演劇部のエースなの知ってますから。
というか、よくあそこまでガラッと雰囲気変えられるもんですよね。
俺、最初本当に騙されかけましたよ。
・・で、先輩？結局のところ隠してた理由はなんです？」
先輩の手はすべすべで気持ち良いのでその指を止めることはせず、先輩に訊く。
すると先輩は、悪戯の内容を恥ずかしそうに告白した。
「こうやったら、啓くんは驚くかな〜って、出来心です・・。
・・でも、さっきのだって全くの嘘でもないんだよ？
別に、啓くんを信じてないって訳じゃないんだけど・・」
耳が動いてない所を見ると今度は、心の底からの心配らしい。
対して俺は、即答する。
「そんなの、嬉しいに決まってますよ。
確かに喧嘩とかした時は怖いですけど、
尻尾が増えるなんて俺にとってはただの天国ですから。
・・あ、もしかしてこれさっきのノリの中で言えば良かったですか？」
正直、乗ってやればよかったと少し後悔する。
「・・啓くんってわざとの時もあれば天然の時もあるよね。
演技って言うのは、興が削がれると駄目なものなんだよ。
まぁ・・嬉しかったけどさ？」
先輩は口を尖らせながらも、やはり嬉しそうだ。
その後俺達は、水を汲んで来て夜の風景を楽しんでいたのだが、
先輩がいきなりこんな事を言いだした。
「ねえ、啓くん。
そろそろ・・友達から上に行っても良いんじゃないかな？」
いきなりの発言に、水を噴き出しそうになりつつも堪える。
先輩の眼は、マジだ。
「・・何だっていきなりそんな事を言うんですか。」
ならば俺もマジにならねばなるまい。
先輩は続ける。
「啓くんはさ、魔物娘である私がなんで寝込みを襲わなかったか分かる？」
「え、勇気が出なかったからじゃないんですか？」
「・・・・」「せ、先輩？」
先輩の顔を見ると、分かりやすく赤く染まっていた。
そのままじーっと見続けていると、急に俯いてギリ聞こえるくらいの声でぼそぼそと喋り始める。
「・・啓くぅん・・意地悪だよぉ・・。
なんでいつもいつも私の話すことを当てちゃうの・・？」
「いやいや、意地悪も何も・・先輩って分かりやすいんですってば。」
「うう・・」
ヤバい・・先輩超可愛い。
こう・・年上の弱った姿って、クルよね！
・・じゃなくって。
「でもそうですね・・本当にそろそろ、友達卒業します？」
「ふぇ・・？」
俺の言った事が信じられなかったのか、驚いた顔で見上げてくる先輩。
俺は聞き間違いのないように、もう一度言う。
「だ、か、ら。
友達の上の・・恋人になっちゃいますかって訊いてるんですよ。」
「・・・・」
再度俯く先輩。
俺はただじっと、待った。
しばらくの後先輩は、急に俺に抱き付いて来る。
「せ、先輩？」
受け止めつつ先輩の顔を見ていると、いきなりキスをされる。
驚きのあまり動けないでいる内に、先輩は再び俺の胸に顔を埋め満足そうに微笑んだ。
「えへへ・・流石の啓くんもこれは予測できなかったかな？」
その微笑みはどことなく勝ち誇っているように見える。
偶には先輩に勝たせてあげるのも良いかな、と思い俺は口を開いた。
「そうですね・・予想外です。」
そこまで言い恥ずかしくなって、目をそらす。
だが先輩は、鼻先が触れ合いそうな距離まで顔を近づけそれを許さなかった。
先輩の目には楽しそうな色が浮かんでいる。
ここまで来てやっと俺は、先輩にいじられている事に気付き、反撃に出た。
まずは先輩の鼻先を指で優しく押さえ微笑み、正面から向き合う。
「・・先輩、昔の人が愛していると言う時になんて言ったか知ってます？」
「月が綺麗ですね、でしょ。
ふふん、そのくらいじゃ私に対する愛の言葉には出来ないよ？」
挑発するように見上げてくる先輩。
確かにそういう言い方では先輩に対する愛の言葉とはならないだろう。
何故なら、俺にとってのお月さまは先輩だから。
「分かってますよ先輩。
でもですね、先輩・・俺は先輩の事をお月さまだと思ってますから。
そう言う意味で考えたら、さっきの言葉は俺だけのものです。
だけど・・あれだけじゃ確かに足りません。」
「？どう言う事？」
首を傾げる先輩。
「ちょっとくさい言い方になりますけど・・先輩を形容するには、
俺の先輩を形容する為には綺麗どころじゃ足りないってことですよ。
可愛い所とか、見た目しっかり者なのに意外とドジな所とか、
その気になれば俺なんて、一発でメロメロに出来るのにそうしない所とか。
まぁ、最後のは現在進行形でメロメロなんで怪しいですけど・・
そういうの全部ひっくるめて先輩の事が好きってことです。」
言い終わって、あまりの恥ずかしさに先輩の顔を直視できなくなる。
「そう・・ありがとう啓くん。
何だか恥ずかしいけど・・啓くんが私を良く見てくれてるのが分かって嬉しかったよ。」
でも先輩は、即座に答えた。
こういう時の先輩には敵わないのだ。
どんなに恥ずかしい事を言って見せようと、素直に喜びその上・・
「でもね啓くん。
それを言われちゃったら私だって言っちゃうよ？
私だって啓くんのいろんな所が好きなんだよ。
静かな雰囲気の中、夜空を見上げるのが好きなセンチメンタルなとことか、
意地悪で恥ずかしがりやな癖に、さっきみたいな台詞を言っちゃうとことか、
真正面から迫って来られると、意外に弱い所とか。
あとね、それから・・」
こんな風に、凄い勢いで反撃をされてしまうのだ。
「せ、先輩・・俺水汲んできますね。
先輩も水入ってないですから、喉乾いたでしょうし。」
ともかくこうなった先輩は止め様がないので、俺は逃げる事にした。
「あー！逃げないでよ啓くん！
・・汲んできたら、また続き聞いて貰うからね！」
「あーはいはい、眠気に負けないうちは聞き続けますよ。」
「・・何だかんだで、切っ掛け作れなかっただけなんだよな。」
蛇口を捻り、コップへ水を注ぎながらふと考えていた。
ああ、水道水って言っても龍とかウンディーネさんの住んでる地域だから結構おいしいよ？
「先輩って、なんであんなにオロオロすると可愛いんだろうなぁ・・。
ああ、だから先輩の事いじるの止められないのか。」
ついでに、何か食べれそうなものを探す。
するめにしようか・・それともやっぱり油揚げだろうか。
いや、夜に油揚げってのは流石にちょっとあれか。
・・やっぱ何も持ってかなくていいや。
「ま、これからは恋人同士なわけだし・・。
あ、学校でなんて言おう、先輩絶対言い触らすよな・・。」
学校での事を考え、一人で赤面する。
先輩は自分が嫌な事は人にもしないが・・それは裏を返せば
自分が恥ずかしくなければ、してしまうという事でもあった。
「・・どの道ばれるんだ、早い方が良いか。」
友達からの視線は厳しくなるだろうけど。
そこまで考えた所で、準備は終わった。
物干し台に戻れば、また先輩の愛の言葉を聞き続ける事になるだろう。
「・・ま、それも良いか。
俺だって、先輩にそういう事一回くらいは言えるだろうし。」
「あ、戻ってきた。
細かい気配りが出来てる所も良い所だね！」
戻ってみると、開口一番にこの言葉。
本当に先輩は・・容赦がない。
なら、俺も気取ってみる事にした。
先輩ほどではないにしろ、俺とて演技は得意なのだから。
「お褒めに預かり光栄です、先輩。」
「お、そういうキャラで行く事にしたんだね？
ふふ・・啓くんはほんと飽きないなあ・・一緒にいて楽しくなるよ！」
「そこまで愛を語られた事は素直に嬉しいですよ。
だけど先輩、俺にも偶には愛を語らせて下さいね？
愛って言うのは、一方通行じゃいけないって俺は思ってますから。」
「うん！私も啓くんの愛を楽しみにしてるよ。」
それから俺達は、互いに愛を語り合って過ごしていた。
途中眠気に負けて、体を預けた先輩の体は尻尾より気持ち良かったと思う。
空には三日月。
その明かりは太陽に比べればはるかに暗いが、
俺はそのうっすらとした明かりと、それが映し出す暗い景色が大好きだ。
俺は、早瀬啓一（はやせ けいいち）歳は十七。
学校から帰って、夜になるとこうやって物干し台から空を眺めるのが好きだ。
星座がどうとかははっきり言って良く分からないし、興味もない。
俺は本当に、ただ単にこの景色が好きなのだ。
そんな風に、いつも通り景色を眺めていると、
この俺の世界に、俺が心の底から入る事を認めた者が来た。
「啓くん、本当にこの景色が好きなんだね。
昨日もこうやって空を見てたでしょ？」
客人の名は、藤堂麗華（とうどう れいか）。
歳は十九、俺の通う学校の先輩。
先輩と言っても、学校が終われば友達のような付き合いだ。
今は・・親が二人とも出張とか色々で居候みたいになっている。
「・・麗華先輩、態々俺が見てるかどうか確認してから来たでしょう。
ちらっと尻尾が見えましたよ。」
「あれ？見えないように隠した筈なんだけどな・・。」
「・・やっぱり見てたんですね、先輩。」
首だけで振り向いてそう言うと、先輩の顔がぷぅーと膨らんだ。
「むぅ・・駄目だよ啓くん、先輩をからかったりしちゃ。」
同時に、見えないようにしていた四本の尻尾が現れる。
もう分かっているかもしれないが、先輩は稲荷だ。
「ふふ、すいません先輩。
先輩って、結構意地悪したくなるんですよ。」
後ろを向いたまま答える。
「酷いなぁ、啓くんは。」
だったら・・と先輩は呟く。
一体何をしようというのだろうと、思っていると。
「えいっ・・えへへ、これならどうかな？」
「ちょ、先輩！？」
何と先輩は後ろから抱き付いてきた。
同時にふわっとした感触が俺の体を包む。
ふさふさの尻尾まで俺の体に回してくれたようだ。
「啓くんなら、こうした方が喜ぶかなって。
啓くんはいっつも私の尻尾を見てるもん。」
「・・まぁ、気持ち良いのは否定しませんけど・・。」
というかすっごく気持ち良い。
どんぐらい気持ち良いかって言うと、このまま寝ちゃいたいくらい。
「あれぇ・・？啓くん、全然抵抗しないね。」
「そりゃそうですよ、こんなに気持ちいいのになんで抵抗するんです。」
先輩は嬉しそうに顔を擦りつけてくる。
「それじゃあ、今日は隠し玉を出しちゃおうかな。」
「隠し玉？うっ！？」
顔にもう一本尻尾がぶつかった。
突然の事に面食らったが、何とかそれを押しのけて先輩の方を振り返る。
「先輩って五尾でしたっけ？さっきまで四尾でしたよね？」
すると先輩は、まるでドッキリのネタばらしをするような感じで告げた。
「四尾でも五尾でも無いよ。
今まで隠してたけどね・・私、実は・・」
先輩が言葉を続ける中、先輩の体から少々の圧迫感のようなものを感じる。
いや、圧迫感というよりは・・威厳、みたいなものか。
その感覚がスッと止まったかと思うと、次は先輩の尻尾が倍くらいに増えた。
驚きのあまり、声が出ない俺を見て満足気に微笑み言う。
「実はね、九尾なんだ。
血筋が、とっても凄い狐さんで十年に一度はこうなるんだって。」
しかし、その後ちょっとだけ表情が曇った。
不思議に思っていると、先輩は語り始めた。
「でも、啓くんが怖がらないかなって思って。
啓くんは、強すぎる力があると怖くなるタイプなんじゃないかって。
だから隠してたんだけど・・。」
そこまで言って、全く雰囲気の変わった先輩は真っ直ぐ瞳を射抜いてくる。
真剣そのものといった表情だ。
「・・先輩、嘘つく時とか冗談言う時って、無意識に耳動きますよね。」
だが、俺はこの場に似つかわしくない言葉を差し込む。
それなりに長い付き合いなのだ、先輩がどんな気持ちかくらい分かる。
「・・啓くん、こういう時は分かっても乗ってあげるのが優しい後輩ってものだよ。」
さっきの雰囲気はどこへやら、ちょっと怒ったような感じで頬をつついてくる先輩。
瞳も優しげな色を浮かべている。
「生憎と、俺はそこまで優しい後輩じゃありません。
それに先輩が演劇部のエースなの知ってますから。
というか、よくあそこまでガラッと雰囲気変えられるもんですよね。
俺、最初本当に騙されかけましたよ。
・・で、先輩？結局のところ隠してた理由はなんです？」
先輩の手はすべすべで気持ち良いのでその指を止めることはせず、先輩に訊く。
すると先輩は、悪戯の内容を恥ずかしそうに告白した。
「こうやったら、啓くんは驚くかな〜って、出来心です・・。
・・でも、さっきのだって全くの嘘でもないんだよ？
別に、啓くんを信じてないって訳じゃないんだけど・・」
耳が動いてない所を見ると今度は、心の底からの心配らしい。
対して俺は、即答する。
「そんなの、嬉しいに決まってますよ。
確かに喧嘩とかした時は怖いですけど、
尻尾が増えるなんて俺にとってはただの天国ですから。
・・あ、もしかしてこれさっきのノリの中で言えば良かったですか？」
正直、乗ってやればよかったと少し後悔する。
「・・啓くんってわざとの時もあれば天然の時もあるよね。
演技って言うのは、興が削がれると駄目なものなんだよ。
まぁ・・嬉しかったけどさ？」
先輩は口を尖らせながらも、やはり嬉しそうだ。
その後俺達は、水を汲んで来て夜の風景を楽しんでいたのだが、
先輩がいきなりこんな事を言いだした。
「ねえ、啓くん。
そろそろ・・友達から上に行っても良いんじゃないかな？」
いきなりの発言に、水を噴き出しそうになりつつも堪える。
先輩の眼は、マジだ。
「・・何だっていきなりそんな事を言うんですか。」
ならば俺もマジにならねばなるまい。
先輩は続ける。
「啓くんはさ、魔物娘である私がなんで寝込みを襲わなかったか分かる？」
「え、勇気が出なかったからじゃないんですか？」
「・・・・」「せ、先輩？」
先輩の顔を見ると、分かりやすく赤く染まっていた。
そのままじーっと見続けていると、急に俯いてギリ聞こえるくらいの声でぼそぼそと喋り始める。
「・・啓くぅん・・意地悪だよぉ・・。
なんでいつもいつも私の話すことを当てちゃうの・・？」
「いやいや、意地悪も何も・・先輩って分かりやすいんですってば。」
「うう・・」
ヤバい・・先輩超可愛い。
こう・・年上の弱った姿って、クルよね！
・・じゃなくって。
「でもそうですね・・本当にそろそろ、友達卒業します？」
「ふぇ・・？」
俺の言った事が信じられなかったのか、驚いた顔で見上げてくる先輩。
俺は聞き間違いのないように、もう一度言う。
「だ、か、ら。
友達の上の・・恋人になっちゃいますかって訊いてるんですよ。」
「・・・・」
再度俯く先輩。
俺はただじっと、待った。
しばらくの後先輩は、急に俺に抱き付いて来る。
「せ、先輩？」
受け止めつつ先輩の顔を見ていると、いきなりキスをされる。
驚きのあまり動けないでいる内に、先輩は再び俺の胸に顔を埋め満足そうに微笑んだ。
「えへへ・・流石の啓くんもこれは予測できなかったかな？」
その微笑みはどことなく勝ち誇っているように見える。
偶には先輩に勝たせてあげるのも良いかな、と思い俺は口を開いた。
「そうですね・・予想外です。」
そこまで言い恥ずかしくなって、目をそらす。
だが先輩は、鼻先が触れ合いそうな距離まで顔を近づけそれを許さなかった。
先輩の目には楽しそうな色が浮かんでいる。
ここまで来てやっと俺は、先輩にいじられている事に気付き、反撃に出た。
まずは先輩の鼻先を指で優しく押さえ微笑み、正面から向き合う。
「・・先輩、昔の人が愛していると言う時になんて言ったか知ってます？」
「月が綺麗ですね、でしょ。
ふふん、そのくらいじゃ私に対する愛の言葉には出来ないよ？」
挑発するように見上げてくる先輩。
確かにそういう言い方では先輩に対する愛の言葉とはならないだろう。
何故なら、俺にとってのお月さまは先輩だから。
「分かってますよ先輩。
でもですね、先輩・・俺は先輩の事をお月さまだと思ってますから。
そう言う意味で考えたら、さっきの言葉は俺だけのものです。
だけど・・あれだけじゃ確かに足りません。」
「？どう言う事？」
首を傾げる先輩。
「ちょっとくさい言い方になりますけど・・先輩を形容するには、
俺の先輩を形容する為には綺麗どころじゃ足りないってことですよ。
可愛い所とか、見た目しっかり者なのに意外とドジな所とか、
その気になれば俺なんて、一発でメロメロに出来るのにそうしない所とか。
まぁ、最後のは現在進行形でメロメロなんで怪しいですけど・・
そういうの全部ひっくるめて先輩の事が好きってことです。」
言い終わって、あまりの恥ずかしさに先輩の顔を直視できなくなる。
「そう・・ありがとう啓くん。
何だか恥ずかしいけど・・啓くんが私を良く見てくれてるのが分かって嬉しかったよ。」
でも先輩は、即座に答えた。
こういう時の先輩には敵わないのだ。
どんなに恥ずかしい事を言って見せようと、素直に喜びその上・・
「でもね啓くん。
それを言われちゃったら私だって言っちゃうよ？
私だって啓くんのいろんな所が好きなんだよ。
静かな雰囲気の中、夜空を見上げるのが好きなセンチメンタルなとことか、
意地悪で恥ずかしがりやな癖に、さっきみたいな台詞を言っちゃうとことか、
真正面から迫って来られると、意外に弱い所とか。
あとね、それから・・」
こんな風に、凄い勢いで反撃をされてしまうのだ。
「せ、先輩・・俺水汲んできますね。
先輩も水入ってないですから、喉乾いたでしょうし。」
ともかくこうなった先輩は止め様がないので、俺は逃げる事にした。
「あー！逃げないでよ啓くん！
・・汲んできたら、また続き聞いて貰うからね！」
「あーはいはい、眠気に負けないうちは聞き続けますよ。」
「・・何だかんだで、切っ掛け作れなかっただけなんだよな。」
蛇口を捻り、コップへ水を注ぎながらふと考えていた。
ああ、水道水って言っても龍とかウンディーネさんの住んでる地域だから結構おいしいよ？
「先輩って、なんであんなにオロオロすると可愛いんだろうなぁ・・。
ああ、だから先輩の事いじるの止められないのか。」
ついでに、何か食べれそうなものを探す。
するめにしようか・・それともやっぱり油揚げだろうか。
いや、夜に油揚げってのは流石にちょっとあれか。
・・やっぱ何も持ってかなくていいや。
「ま、これからは恋人同士なわけだし・・。
あ、学校でなんて言おう、先輩絶対言い触らすよな・・。」
学校での事を考え、一人で赤面する。
先輩は自分が嫌な事は人にもしないが・・それは裏を返せば
自分が恥ずかしくなければ、してしまうという事でもあった。
「・・どの道ばれるんだ、早い方が良いか。」
友達からの視線は厳しくなるだろうけど。
そこまで考えた所で、準備は終わった。
物干し台に戻れば、また先輩の愛の言葉を聞き続ける事になるだろう。
「・・ま、それも良いか。
俺だって、先輩にそういう事一回くらいは言えるだろうし。」
「あ、戻ってきた。
細かい気配りが出来てる所も良い所だね！」
戻ってみると、開口一番にこの言葉。
本当に先輩は・・容赦がない。
なら、俺も気取ってみる事にした。
先輩ほどではないにしろ、俺とて演技は得意なのだから。
「お褒めに預かり光栄です、先輩。」
「お、そういうキャラで行く事にしたんだね？
ふふ・・啓くんはほんと飽きないなあ・・一緒にいて楽しくなるよ！」
「そこまで愛を語られた事は素直に嬉しいですよ。
だけど先輩、俺にも偶には愛を語らせて下さいね？
愛って言うのは、一方通行じゃいけないって俺は思ってますから。」
「うん！私も啓くんの愛を楽しみにしてるよ。」
それから俺達は、互いに愛を語り合って過ごしていた。
途中眠気に負けて、体を預けた先輩の体は尻尾より気持ち良かったと思う。
14/03/11 10:33更新 / GARU