連載小説
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ゲーミング・ワイバーンガール
 「ふう、ごちそうさまでした!」
 「ごちそうさまでした」

 レストランを2人で連れ立つ。
 その頃にはわだかまりなどすっかり立ち消え、俺達は会話できる程になっていた。

 「あ、そうだ。さっきから気になってたんですけど」

 「そのゲーム、好きなんですか?」

 となれば話題は自ずとそうだろう。
 遠因とはいえ食事に行く理由となった作品だが、もしや彼女は対人系を主とするタイプのプレイヤーなのだろうか?
 
 「え。ああ、まあ」

 と、思いはしても言葉はつたない。
 こういう話題は、趣味人にとってはデリケートなのが実のところだったからだ。

 「おおー!……あー!その。もしかしてゲーム全般、好き、だったり……」

 「あぁ。ううん……」
 
 で、あるからしてだ。
 俺は、開口しては閉じての微妙な繰り返しをしてしまう。

 ゲーム全般、好き。

 かなり、結構、大分……自分のような人間には、シビアな質問である。
 果たしてどれくらいを想定しての発言なのか。
 深く考えて押し黙ってしまうのは当然のことだった。
 俺だけのことを考えても、確かに、興味のあるキャラクターの操作についてメモを重ねる程には好きではあるが、一方で全く興味の湧かないジャンルもあるにはある。
 迂闊に口には出来たものではない。
 とはいえ不自然な沈黙は、気を遣わせてしまうだろうか。

 「あ、いえ、大丈夫です。なんとなく分かりました。……じゃ、じゃあ!ジャンルはどうです?」

 幸い彼女にはあまり気にした様子が無かった。
 しかし次の質問は、それはそれで鋭さを伴うものだ。
 辿ってきた作品を頭の中で整理する。
 例えばアクションは好きな方だが、それは好きなゲームがアクションを含む物だっただけで、それ以外の共通項を洗い出すと……

 「RPG、ですかね……」

 「RPG?」

 「基本は。あー、あんまり一緒にやる人もいないもんですから」

 「……でもそれって」
 
 彼女が、俺の持つゲームをそれとなく示す。
 手の中にあるのは対人タイプのゲームのパッケージ、当然の疑問だ。
 だがこれは、俺が始めたきっかけを伝えれば説明はつくだろう。

 「ああ……最初は友達付き合いで始めて。今じゃ俺の方がハマってますけど」

 「友達……」
 
 高嶺さんはそうつぶやくと、神妙そうな顔で考え込みはじめた。
 返ってくる言葉を思うに、お互い探り探りの状態らしい。
 しかしそんな状態にも、俺は次第に安心感を覚え始めていた。
 こういう言い方も良くはないのだが、造詣の深くない者ほど、こういった話は不用意に踏み込んでしまうものなのである。
 その点高嶺さんは慎重に、こちらとの間合いを計っているように思えた。
 ある種対戦ゲームの読み合いにも似た、微かな心地よさを伴う緊張感。

 「あ、そういえば。それ、持ちキャラはどれなんです?」
 
 「え?ああ、そうですね……」

 なのだが、どうしたものかと詰まってしまう。
 答えざるべきか逡巡をしているわけではない。
 持ちキャラ、という表現から察するにもはや高嶺さんが、やり手、だと疑いようがなかったからだ。
 では何がどう迷うのか、というと。

 「主に、環境キャラを……まあ、負けたくはないので……」

 「強キャラ!いいじゃないですか、というと、特に?」 

 「え、あー……」

 興味津々に小首を傾げ覗き込んでくる高嶺さんに、しかしどうにもまごついてしまう。
 それは、さらりと流れた黒髪の艶やかさに似合わない彼女のあどけなさ混じりの顔にドキッとしたのもあるが、それだけではない。

 「……。いくらか居るんですけど」

 言葉を濁す。
 強キャラ、と言われる類のものについてはいくらかある。
 その中でもオーソドックスなのが、いわゆる万能系のキャラクターだ。
 基本的なスキルでの行動が強みを多く持つ、といえば分かりやすいだろう。
 もちろん、後学の為に触る、つまりコマンドや攻撃の性質を理解してみたことはある。
 だから、いくらか、というのも嘘ではなかった。
 しかし主戦場に持ち込むと表すには違和感がある。

 ……では、俺が真に、主に使い込んだキャラクターとは何者なのか。
 それは、遠距離攻撃こそ一切持たないものの、得意距離の牽制から一瞬で近づき高いダメージを叩き込む。
 一度近づけば攻め手苛烈、逃げようにも食らいつけばもう逃がさない、そんな性能のキャラクターだった。 
 つまりは、ハメキャラ。
 一定の距離で強烈な威圧感を放つタイプのそのキャラは、あまり好かれない。

 「そうですね……誰を挙げるのが良いかな……」
 
 口ごもりつつ、俺は言葉を落としどころを探り続ける。
 どうしても、そのままを出すには遠慮がちにならざるを得なかった。

 当然と言えば当然だろう、起き上がろうが反撃しようが逃げ去ろうが、一つ間違えれば相手に被弾を強いる。
 そんなキャラは、使う側からさえ理不尽極まりないと感じることも多々あった。
 有利に運んでいた盤面のワンミスにかじりついてひっくり返し、そのまま押込み勝利。
 そういう勝ち方は、コンピューター相手ならそれでいいだろうが、対人、となると。

 だが正直、強いキャラクターを探した中で、一番楽しく勝利を掴めるから好きだし、シリーズでも性能の傾向は変わらないからでもあるのだが、それはそれとして、ちょっと、アレである。
 

 「……もしかして、このキャラですね?」

 「……なんでわかったんです?」
 
 などと考えていたから、スマホの画面を見せられた時は開いた口が塞がらなかった。
 視線をさまよわせながら、疑問を体の硬直が表現しているうちにも高嶺さんが、はにかみ混じりに口を開く。
 
 「だって、わたしも好きですもん。特に……ハメてる時とか」

 「……」

 「なーんて、へへ。でもこっちが有利な読み合いって、楽しいじゃないですか。主導権を握るのは誰でも楽しいでしょう?」

 「あ、ああー……」

 「ふふ……」

 何故だろうか。
 ハメてる時、主導権を握る。
 彼女がそう口にした瞬間、何か寒気のようなものが背筋を駆け巡った。
 ハメる、この会話の流れでその言葉が意味するところなど一つしかないというのに。
 だというのにまるで自分自身が、冷ややかながら熱の籠った遠回しの誘惑をされたような、言うも言われぬ奇妙な感覚があった。
 例えるならば、寝転がっている時に肉食獣を目にしたような。
 奇妙な共通点だが、まさにその自分の得意なキャラクターに詰め寄られた側の感覚に近い。

 「あ、そうだ!」

 と、高嶺さんがぽん、と柔らかく手を叩いた。
 見やれば彼女はにっこりと微笑み、ご機嫌な様子からはあの気配は微塵も感じられない。
 やはり気のせいか。
 無意識の緊張から一息を吐く。
 となると、何がそんなに上機嫌なのかが気にかかる。

 「今度、一緒に遊びませんか?」
 
 「……え?」

 「ふふ。だって、お互い趣味も同じなら、簡単なことじゃないですか。折角友達になったんですし、一緒に遊びたいんです」

 「あー……んー……」

 これはさすがに急展開だった。
 どうやら高嶺さんは、随分とフレンドリーというか、距離の詰め方が早いらしい。
 正直困惑する。
 ある意味では、先程話のネタになっていたキャラクター使いらしいといえばそうなのだが、それにしたって急接近が過ぎた。
 こういうのはもっとこう、親しくなってから……そういう思いから、俺はやや守りに入る。

 「むぅー……ダメです?」

 「う……」

 のだが。
 キリリと構えれば麗しくさえ感じる視線と眉が下がり、見るからにしょんぼりされてしまうと、それはそれで胸の中が大きく揺らぐ。
 美人で背の高い、それもゲームの好きな、そして自分だけが正体を知っている、タダモノではない女性。
 そんな高嶺さんがここまでしょんぼりするというのだから、一回くらい遊んだってよいのではないか。
 自分が言うのもなんだが、たかがゲームの一回である。
 そこまでこだわって、遊ばない方向に行こうとする理由はあるのか。
 仲直りという意味でもそうだが、女っ気など何もない自分が一緒に遊ぶというのは役得と言っていい。
 などという下心にほんの少し自己嫌悪はするものの、ともあれ責められることでもないだろう。
 
 「…わかりました。じゃあ一回」

 「本当ですかっ!」

 などと鎌首をもたげた俺の欲望は、実のところ罠にかけられてしまってしまったかもしれない。
 弾けるような明るい表情でこちらの手を握ってくる高嶺さんを見て、どことなくそう思った。
 なんというか高嶺さんは、バカっぽさにも似た明るさの中に恐ろしい計算を潜ませているように思えてならないのだ。
 あのレストランでのこともだが、気づけば思い通りにさせられているというか。

 「…………」
 「え、っと……」

 その高嶺さんの視線が突き刺さっていることに、俺は気がつく。
 その瞳自体をまじまじと見つめるのは、初めてだったかもしれない。
 いつも通りの柔和そうな、しかし今はどこか押しが強く感じられる、真っ直ぐな瞳だった。
 そこから俺が読み取った感情は、一言でいえばウキウキ。
 だのに少し視線を逸らして再び合わせば、こちらを狙っているかのような一抹の鋭ささえ感じられる。
 しかし気まずさにせよ目線の圧に負けたにせよ、差し挟めるような二言は、会話の中にはもう、なかった。

 「……場所と時間。どこにします?」
 
 もういい。
 俺は、思考に決着をつけ肝心なことを口にする。
 すると高嶺さんは思った以上にその笑顔を輝かせた。
 
 「やった!ええっと、じゃあ…………私の家で、来週の土曜とか!」
 「土曜か……」

 応えて、俺は視線を落とす。
 問題は…………無かった。
 誰かの家に遊びに行くなど小学生の時以来ではあるが、ゲーセンなどの延長上と捉えるなら気にはなるまい。
 
 「じゃあそれで。コントローラーの持ち込みとかは?」
  
 「ううん。スペアがあるから、それを使えばいいと思う!」

 「ん、分かりました」

 「後ね!後、ね…………」

 と、高嶺さんの動きが止まった。
 かと思えば潤滑油のさし忘れた機械のようにぎこちない動き、激しくなったり穏やかになったり、起伏の激しい人だ。
 そう観察しているとおもむろに彼女が口を開く。  

 「あ、いやその。口調……」

 「あい?」

 「だって、子供みたいだったじゃないですか……敬語も使わなかったし……」

 どうしたんです?と聞けば納得する答えだ。
 確かに今、高嶺さんは敬語を使っていなかった。
 とはいえ誰だってテンションが上がればそうもなろうし、レストランで見せたあのふわっとした笑顔もある。
 あれらが気分が盛り上がって出るのなら、高嶺さんの中にそういう面があるという事だろう。
 むしろ計算高さを察せられた俺からすると、素、というものは安心さえする。
 とはいえ彼女にとっては恥ずかしさのある行為らしい。
 微笑みながら、ほんのり、というには少しばかり高嶺さんの顔は赤い。

 「ああ。あー……いや、でも」

 ならば今度は、こちらがなけなしの男ぶりを振りしぼる番だろう。
 例えそれが、彼女がそうなるように仕組んだのかもしれないという可能性を孕んでいたとしても。
 駆け引きは不得手、ならばせめて選べるタイミングに飛び込む。
 なによりこちらは喋り出すのが苦手、となれば無言が続くのはつらい。

 「別に。……友達ですよね」

 「えっ?ええ、え?」

 とはいったものの、決意こそ格好をつけていながら、俺は目が泳いでいた。 
 言葉も変だ。
 友達ですよね、とは奇妙なくせ、どうもありきたりな雰囲気さえ漂う。
 そんなザマだからか、高嶺さんも言葉が疑問系になっていた。
 だがここで引けはしない、首を傾げる彼女に言葉を続ける。

 「……。で、来週一緒に遊ぶ」

 「はい。……!」

 答えてその僅かに後だ。
 明らかに、高嶺さんは瞳を大きく開き、ちらりとこちらを覗いてきた。
 短いとはいえ少なくはない彼女との付き合い、何を期待しているかはすぐにわかる。
 むしろこういう愛嬌にしてやられて来たのだから、乗るとなれば楽なものだった。

 「えー……だからその。なのに改まった話し方、というのも」

 「……!」

 狙い通り、或いは狙われた通り彼女の目が輝き、くにゃりと弧を描く。
 何を言いたいかは、もう十分伝わっただろう。
 
 「そ、それで……?」

 しかし敢えて、か。
 待ち遠しいとばかりに高嶺さんが続きを促してくる。
 自分の口で言えと、ねだるようにニヤけたほほえみを隠さず問うてくる。
 まるで笑顔の導火線だ。
 
 「よろしくお願いします……?」

 ……我ながら無様な返事。

 「はい!あっ……うん!」

 しかし高嶺さんはとうとう喜色満面。
 ここまでくるともはや愛らしかった。
 どれほど計算をしていても、思うように事が運べば嬉しいといったところか。
 ズルい人だ、だが気分は不思議と悪くなかった。
 仲直りというほど深い仲でもなかったが、悪いよりは良い関係がやはり好ましい。
 もちろん、こんな美人だからというのもあるが……うん?

 「……ところで。高嶺さんの家ってどこなんです?」
 
 「え?あっ」

 危なかった。
 肝心な部分である。
 知りもしない場所へ行けとは、流石に無理がある。
 と、高嶺さんは弾かれたようにスマホを取り出した。
 地図でも見せてくれるのだろうか。
 俺が首を傾げていると、彼女はいきなり耳元へ顔を寄せてくる。
 
 「うっ!?」

 ふわり。
 カンキツ系?アロマ系?
 詳細は知りもしないが、どことない甘い心地良さが鼻をくすぐってきた。
 それに首元を撫でてくる長い髪は、ほんのわずかに触れただけなのに随分とじっとりとした湿気を感じるほどの存在感だった。

 「まほう……魔法で行っても良いよ、ふふ。どうする?」
 「……」

 彼女が言う。
 回らない頭で、俺は考えていた。
 それは、何か良くないだろう。
 ぼんやり思ったのはそれだけだった。
 帰り道に迷うかもしれないのもあるが、無暗なそういうのは、もし見られたら彼女も困る気がしたからである。
 
 「……と、徒歩で」

 何よりこの密着状態、本能的に誘惑のような何かを感じて危機管理で、というのは言わないが。
 何はなくとも、徒歩で行く方が良いだろう。
 
 「……ふふ。はーい。じゃああのレストランで待ち合わせで!」

 「あ、おう……」

 聞くと、高嶺さんは離れる。
 あの爽やかながらどこか絡みつくような心地よさも、既に残り香を漂わせるのみだ。
 妙な感覚は考えすぎの錯覚、そう思える程、いっそ鮮やかに押され引かれた気さえしていた。
 つかず離れずの距離感、ややもすればこちらから追いかけてしまいそうになる。
 それは、好意にも執着にも似た奇妙な感覚だった。
 俺には未知の感情だ。
 少し、困ってしまう。

 「じゃあ後は……あっ、ふふ」

 そんな自分とは対照的に、高嶺さんはどこまでも上機嫌だった。
 何かを思いついた、とでも言いたげにスマホの画面を見せたかと思うと、彼女は自分の顔を横に並べてにっこりと笑う。

 「連絡先、交換しましょ!……こういうの、言ってみたかったんだよね、アリがちだけど」 
 「……ふ」

 憧れのシチュエーション、といったところだろうか。
 そんな笑顔は、もはやいっそ爽やかにさえ感じられた。
 青春とはこういうものか。
 つまり、俺も浮かされたのだろう。
 なんだか微笑ましくなり、つられるようにスマホを取り出す。
 
 「……よし!じゃあ、また今度!」

 メッセージアプリと、電話番号。
 それぞれの交換を終えた俺達は、一旦別れる事となった。
 手を振る高嶺さんを見送った後、俺はほっと息を吐く。

 「ふぅ」

 自分だけが正体を知っている、謎の存在、高嶺さん。
 たとえそうだとしても、仲直り以上になれたのは、正直嬉しかった。
 
 「ん?」

 そんなことを考えていると、スマホに通知が響く。
 メッセージアプリだ、通知名には高嶺さん。
 そして送られてきた内容はというと、いわゆるスタンプ機能だった。
 
 「……。ふっ、そんなことするか?」

 つい、笑ってしまう。
 喜びをあらわにするワイバーンのスタンプ。
 どこのゲームかアニメかは知らないが、上機嫌そうに小躍りするその姿は、まるで高嶺さんが宿ったかのようだ。
 しかしながら、まあ困ってしまう。
 あまりそういうやり取りをしたことがない経験上、スタンプの類はそう持ち合わせていないのが現状だった。
 
 「これでいいか」

 とはいえ既読スルーも良くない。
 親指を立てるスタンプ、つまりグッドのスタンプで応えてみる。
 すると返ってきたのは微笑み背中を見せるワイバーンの、尻尾が丸まってハートを描く、そんなスタンプである。
 随分とバリエーション豊か、まるで高嶺さんの表情のようだ。

 「……よくもまあ、あるもんだな」

 今度教えてもらおうか。
 そんなことを思いながら、胸中の軽さと温かさに、俺は心地よさを感じていたのだった。
25/05/01 23:28更新 / GARU
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