読切小説
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風邪の日
ーーーーー


「っホッ、ごほっ」

 ……軽く、風邪を引いたな。
 咳をする度熱くなる顔と喉にぼんやりと思う。 
 そうしておきながら俺はまた、大学に行っている時に不調無しのくせ春休みに入った途端これか、と横たわったソファの上で呆れてもみるのだった。
 こんな事をしていないで休んだ方がいいというのはもちろん分かっている。
 だが計っても微熱で昼ご飯をしっかり食べる食欲もある、となればスマホやらゲームやらでいつも通りにだらだら過ごしたくもなってしまうというものだろう。
 実際にもそのつもりではあったのだが、ただ、問題は。


「あの、やはりベッドに行った方がいいんじゃ」

  
 声がした方を向く。
 見えるのはカーペットの上、正座をして座る人型。
 しかしながら、犬特有のマズルのある顔や緑のタンクトップの外れから見えるふさふさした薄緑の毛等、まるで人間とは思えない人型だった。
 むしろ狼男、いやこの場合狼女か、ともあれそう言った方が誤解が少ない。
 というよりそれが正解で、彼女はその種族をクー・シーという。
 頭が俺の胸程まで届くかどうかという可愛らしい背丈だがその実、精神的には大人以上である。
 曰くちょっと御主人様愛が深い犬娘とでも考えてということらしいが、どう考えてもそれだけには収まらないだろう。
 
 
「あー……まぁ、ねぇ……」

 
 等々考えながら顔を持ち上げ彼女に返す。
 ここで大丈夫だとは言えないのが少し申し訳なく、そして情けない。
 ともあれ、と再び顔を降ろして箸置きのような形をしたミニ枕を耳で感じる。
 痛くならない程度に沈み込みかつ柔らかさも感じる触り心地は、まぁとても良かった。
 時間もいいしこれで体調さえ万全なら……とぼやきそうになるもののそれはそれとして、先程思ったことを再び巡らせていく。

 ーーーーまぁ、御主人様愛が深いというのも本当のことだった。
 怠惰であれば戒め、寂しく思えば傍に寄ってくれ、しかして喜ぶ時は些細であっても一緒に喜びを示してくれる。
 勿体ないくらいに慕ってくれて、およそ俺の身分には似つかわしくない表現をするとすれば忠臣とでも言いたくなるような程に、深い。

「ぅー……」

 
 現に今も、彼女の不満そうで不安そうな声が耳に入ってくる。
 ちらりと見ればその耳はしゅん、と下がっていたし、目元はとても心配そうで何だか忍びない気持ちになってしまう。
 ……これだ。
 これのおかげで、どうにもこちらも気が引ける。
 普段ならこの程度の熱は我慢出来るし今も携帯ゲームをしようかなと思うくらいではあるのだが、そんなことをもしすれば。

(あの、そういうのはちゃんと治してからにしたほうが……)


 間違いなくこうなるだろう。
 力ずくというのは気が引けるらしく遠慮がちに伸ばされる手も傷つけてはいけないと言葉を選んで弱くなる口調も、垂れ下がる耳や尻尾さえまるで動画のように浮かび上がってくる。
 ……いや、もしかすると。

(そんなことをしている場合ではないでしょう、しっかりと休む!ちゃんとしてれば早めに直りますから、ね?)


「っ、ふふ」


 意外と気丈に怒るのかもしれない。
 そう考えた途端、堪えきれずに笑みがこぼれてしまった。
 だが、笑っておきながらどうしてかはわからない。
 本当に、なぜだろうか?
 彼女が怒っている姿が想像できないからか、いや……

「あの、どうしたんです?」

 
 そんな風に考え始めたまさにそのとき。
 彼女が、そう言って上から覗き込んできた。
 正面から見つめてくる顔の両目は、瞬きを繰り返している。
 眉が寄せられた不思議そうな表情を言葉と合わせれば、俺の何かが気になったんだろう事は分かるものの。

「……何が?」

 
 肝心のそれが分からないので、訊いてみた。
 いつもなら考えていただろうが、今日はどうにも億劫になってしまっていた。
 というよりも、これは今まさに気づいた事なのだが、考えようとすると頭が重くなったような感じがしてそれ以上動きたくなくなってしまうのである。
 
「えっと、笑ったじゃないですか。急だったからびっくりしてしまって」
「ぁー……」
 

 と、彼女が答える。
 その答えについ声が漏れ出してしまった。
 ……気になって当然、少し考えたら分かっただろうに、と。
 二人きりで片方が何もないのにいきなり笑えばそれはまぁ驚くというもの。
 自分だって彼女がいきなりふふっと笑ったなら、その意味を聞くかはさておくとしても気になるくらいはする筈だ。 
 そこまで考えてから内心頭を抱える。

「っ」

 が、動作で言えば眉根を寄せたともいうそれをした瞬間。
 意識の横の方が、ズゥンと小さく低く痛んだ。
 どうやら力を入れすぎたらしい……そんな事をぼんやりと思い始め、しかし俺はそこで首を振る。
 さっきの単純な理由二つさえ分からなくなっている今は、これすらもが何かの前触れのようにと思えたからだった。
 いや医療関係なんて特には手洗いうがいをきちんとしましょうくらいしか知らないが、とにかく彼女の言う通りしっかり寝て休むことにしよう。
 そう結論を出して、ソファーに背を押し付けるように上半身を持ち上げる。

「っぉ」

 すると、反動のように訪れるのは重心と共に頭までもが揺れる感覚。
 例えるなら湯船から急に上がった時と同じちょっとした、まぁこれは問題ないだろう。

 ……ん?


 等と自分の状態を分析しながらゆっくりと顔を上げた時、視線を向けてくる彼女に気づく。
 顔に浮かぶのは再びの不思議そうな色だった。
 
 あぁ、そうか。 


 それを見て、心のどこかが小さくため息を吐く。
 考えてみればさっきの動きは少し危うく思えるものだったような気もする。
 といっても細かい違和感なのだが、しかしいつも通りに動いたつもりでも彼女には分かるのだろう。
 ……やはり休むか。
 これ以上彼女を心配させるのも悪い。
 そう思った俺は、せめて彼女が心配を言葉にする前にと口を開く。
 
「わがままで悪いんだけど、やっぱりベッドに行く……」

 
「ぁ……!はい、分かりました!では……はい、どうぞ?」

 
 一方、それを聞いた彼女の行動は、優しかった。
 嬉しそうに言った後もふもふの腕をこちらの背中に回し、立ち上がるのをサポートするように動いてくれたのである。
 実は別にそこまではしてくれなくても大丈夫なのだが、今は言葉にしない。
 折角手を貸してくれたのに文句を言うのもおかしいしそれに。
 
「……ふっ、うん、じゃあお願いする」

 第一に。
 輝くようなあの一瞬の笑顔を見せられては、野暮な言葉など言う気にはなれないというものだった。
 





 そして、その後。
 俺は彼女に付き添われて寝室まで何事もなく辿り着き、布団に入っていた。
 冷気を存分に吸ったベッドが普段よりやや熱い体に心地よい。
 その感覚を味わいながら、体が楽になっていくのを感じていると。

「では、ごゆっくりお休みくださいね?」


 ベッドの傍に立った彼女が小首をかしげて言う。
 それに頷いて答えながら、俺は同時に、強いなぁとも考え始めていた。
 寝室の木の床はお世辞にも温かくないだろうに堪えた様子もないのだから、こういうところは本当に強い、と。
 ……だが、それとは裏腹に。
 彼女の高くない身長のせいか、寝そべったまま見てもやはり体は小柄だなぁとも考えていた。
 その実芯が強いのも知ってはいる、が、これではまるで。

「……あの、ご主人様」


「な、あぁ、どうしたの?」

 
 等と考えていると彼女が覗き込んできた。
 いや、別にそれ自体は別にどうということはないだろう。
 ただ何というか、思考独特の集中に割って入られたのでどうにも過敏な反応が、というやつだった。
 ともあれ俺は続きを促す、すると彼女はなぜか赤くなり視線をさまよわせる。
 かと思うとピタリと止まり、どんどんと顔をこちらに近づけてきた。


「あの、本当にどうしたよ?」

 
 今度こそ突然過ぎるその行動に、俺の口から問いが漏れる。
 しかし彼女は答えず、赤いままの顔を更に動かして鼻と鼻がくっつくくらいにまで近づけると心配そうに表情を歪めて。

「やはり冷えてます……」


 そう、言ったのだった。 
 
「……」


 その言葉を聞いた瞬間、心がキュッと絞められるような感覚に囚われる。
 なぜだろうか。
 心配してくれている、それもまた一つなのだろう。
 だが一番は裏に隠れた感情に触れたからだった。
 口にはしていなくても、どことなく濡れて見えるその目からしっかりと受け取れるその言葉が。
 

 
 あの、よければ私が温めましょうか?



「……あのさ」


 それにはっきり思い至った瞬間、俺の手は彼女の肉球を握っていた。
 理由など考えるまでもない。

 
「っえ、あ、ふふっ」

 
 対する彼女はというと、一瞬だけ驚いたような顔をしたものの直後、優しく笑うと。

 
「では、お邪魔しますね……」
  
  
 ゆっくりと俺の胸元の辺りに体を入れ込んできてくれるのだった。
 しかも。

「ふふ、ご主人様ぁ、これならキスも、できますよ……♥」

 
 しかも……面と向かって、俺の胸に両手を押し付けるような体勢でだ。
 その見上げてくる目は先程よりもだらしなくとろけて見える。
 いや、それだけではなく、今にも開きそうになっている口の隙間からは白い息が情欲を示すように漏れてもいるし、触れている体もいつも以上に暖かかった。


 あぁこれは、と自覚する。


 どうやら、求められたと彼女の体が思ってしまったらしかった。 
 誠実で従順でしっかり者のクー・シーは、しかしその実野性的な焔を心の中に滾らせる。
 何度か彼女から聞いた言葉を思い出して一瞬、しまったな、と思ったが。
 
「……ん、そう……」


 そういう顔をされてはこちらもその気になってしまう。
 こちらを押し倒せる力を持つだろうに絶対にしない可愛らしく従順な唇を、自分だけのものにしてしまいたくなる。
 甘く柔らかな感触を味わった後熱く淫らに濡れそぼるくねりを絡め合い、喘ぎのままに貪り合う犬になりたくなってくる。


「ふぅ、む、ん……ぅゅ」


 それは彼女も同じだったようで、どちらからともなく口を開けて俺達は求め合っていた。 
 唇で感じる彼女は暖かくやはり甘い。
 花が匂わすような、雄を誘う蜜の香りがする。

「ん、むぁ……ん、むぅ、ん……」

 
 一回、また一回と互いの口にその匂いを擦り付け合う。
 言うなればそれはマーキングのように、自分の体はあなたのものだと、その事実を刻み込むように。

 ……だがそんなことはとうに知っている!


「ふぁ、んむ、れぁっ……ん、ゅ……」
「んぁっ!…………ん……」


 耐えきれなくなったのは、こちらが先だった。
 この体を抱き寄せて、半ば強引に朱い扉をこじ開けて、ぬめったお目当てを舌だけで探り当てると、欲をそこへ塗りたくる。
 受ける彼女はというと腕に力が入り過ぎたか驚いたような風に一回だけ目を開けたが、それもすぐに元のとろけた視線に変わると欲の使いをくねらせてきた。
 
「ん、ゅ……んっあ、ぇぁおぁおあぅ……」
「ぁっ、ぁむ、んっんっ、んぅ」

 
 上に行けば上へ、下へ行けば下へ、左も右も斜めも同じく、求めれば求める程、苦しくないように愉しいように。
 獣の性に任せて欲しがり尽くしているというのに、その受け手はまるでダンスのステップを踏むかのようなしなやかさで応えてくれる。
 それが嬉しくて甘えてしまいそうになって、しかしながら……


「っ、んゅ、じゅずずずずずずっ……!」
「んっ、んむっうっ……んっ……んんぅっ……っ……!」


 少しだけ、気に入らなくて。
 乱暴に、奪えるだけ奪ってみたくなったから。
 更なる力でもってして彼女を抱き寄せ、なめくじのように動かしていた舌先を彼女の付け根めがけて絡みつかせると思いっきり吸って吸ってそして、吸う。
 すると彼女は、苦しさから来るものではない喘ぎを鼻から漏らして体をヒクヒクとわななかせた。
 その目からはすっかり覇気が消え失せ、俺の胸に当てられる両手は既に添えているといっても過言ではなくなっている。
 悪い、とはほんの少しだけ思った。
 だがそれ以上に、心の中を彼女が満たしていく。
 何より目が、瞳が、力なく震える彼女の中の光が雄弁に輝いて告げていた。

 
 もっと、してください。


「っ!」


 股間が、痛くなる。
 既に限界などとうに越えていたのだろう。


 …………犯す、犯してやろう。


 俺の中で鋭い牙が煌めくのを感じた。
 
「んっ……んぁ……っ!」

 
 直後、息も荒々しく舌を引き抜く。
 だがその動き自体は優しく緩やかに。
 彼女を滅茶苦茶に乱れさせたいのは確かだが、苦しめたいわけでは決してないのだから。

「んぁ……ご主人、様……風邪……悪くなりますよ……ぉ……?」


 と、彼女が制止の言葉を口にする。
 ……よくもまぁ。
 まだ押し倒してもいないというのに何をされるかを感じ取った、感じ取れた隠れスケベ犬が言うかな。
 第一欲しがったのはそっちだろうに。


「知らん……一日くらい、構うもんかよ……!」


 そう思って口頭でその意見を撥ね退けると、俺はズボンをパンツごと脱ぎ去った。
 股間からは既にそれがそそり立っているのが分かる。
 抑えきれない火照りをそのまま形にしたかのような硬さと熱さは、先から汁が垂れていくのが分かる程に敏感になっていた。
 これで彼女の中を味わい切る事が出来ると考えると、どうにも思考が乱暴になっていく。
 
「っ、ぁあっ♥」


 だが止める気ももはや起きないので彼女を掴むようにして抱き寄せる。
 喘ぐ彼女はしかし、止めてくださいとは言わない。
 むしろそれを望むように、四肢全てをこちらの背中側に回すような動きを見せた。
 ……たまらない。
 たまらなく心が湧き踊り、笑みがこぼれる。


 真面目で、従順で、気遣い上手でしっかりもので優しくて少しだけ照れ屋でしかしながら実情は獣である彼女が俺を求めるように動いた!


 初めてではない、あぁ初めてではない。
 これまでも体は重ねた。
 その時も、風邪こそ引いていなかったが同じような感じではあった。
 だがこれは何度繰り返して味わっても……いい。
 実に………………ッ!

「っ、いくぞっ!」
 

 プチ、と何かが切れた。
 欲しい欲しい欲しい!彼女が欲しい!
 
「は、はあっ、はい、んぁぁあああぁぁあぁあぁああっ!!」


 彼女が返事をした。
 だが聞くまで果たして待ったのかどうかは、分からない。
 俺は既に熱くとろけたマグマのような感覚を、股間を最初として体全体で味わっていたからだ。

「っぐぅうっ……ンぁ……あぁっ……」

 
 震える。
 灼熱と言っていい彼女の獣欲が、雄の象徴にむしゃぶりついてくる。
 体全てが求めることを忘れて浸りたくなるには十分すぎる天国じみた悦楽を、たった一つ蠢いただけで味わわせてくる!
 
「んぁっ、ごしゅじっ、ごっ、ごしゅぃんさまぁあぁ……っ!」


 彼女が、語り掛けてくる。
 語るというにはあまりにも短く拙く発音すらままならない単語の羅列。
 ……しかし十分でもあった。
 奥へ奥へと引き込もうとする熱沼の脈動を他ならない自分自身で感じているのだから。


 やめないでください、もっとください、もっと、もっともっときもちよくなりましょうよぅ、ごしゅじんさま……


「っ」

 
 筋肉全てを硬直しそうな程に張り詰めさせて、耐える。
 あんまりにもいじらしい彼女の願い、叶えてやらなくて何がご主人様か!
 その一念で、暴れ狂う爆発寸前の肉棒を更に更にと押し込んでいく。
 彼女が求めている、彼女に求められている、なら、ならば、彼女が一番望む場所で……!
 それだけを望んでこちらも腰を押しつけていく。

「っ、くぁ……ぁぁあ……あぁっ……!」
「んぅわっぁっ、わぉあぁぅっ……!」


 それでも時折堪え切れずに小刻みに揺れる度に、しかし彼女もまた悦に入った声を漏らす。
 頭がグラグラグツグツと煮えたぎり、今か今かと噴き出そうとする欲望にもういいだろうと囁いてくる。
 
「っ、っ、っ、ぅ……っ……んっ!」


 でも、駄目だ。
 そう堪える。
 まだいける、まだ耐え切れ……


「キャぃッ……ッ!?」


 その時だった。
 彼女が、犬のような高音で鳴いたのだ。
 証拠だった。
 至った。
 出せる。
 彼女を一番喜ばせられる!

 
「ハッ、ハッ、はっ、はっ、はぁっ!」

 
 もう頭は一杯だった。
 喜んでほしい、欲しい、鳴いてほしい、俺の、俺の精液で彼女を満たしたい!
 息が苦しくなるほど鼓動が脈打つのも構わずに子宮が亀頭に吸いつくままに、膣内をかき回す事だけが今はすべてだ!

「んぁっ、きゃいぅぅ、んゃっ、わ、あぉっ、あっ、わふぁぁあっ!」


 彼女が喘ぐ。
 先が、膣が、きゅうぅうっと搾るように力を強めていく。

 
「はっ、はっ、はっは……ぁっ……っ?」



 目が、合った。
 もう何を考えているかなんて、とっくに分からない。
 あ……口を開いた。
 そうか、キスしたいんだ。
 イクときに一緒にキスしたままイきたいんだ、あぁわかるさ。
 だって俺も……


「あっっむっ!」
「んっむ……っ!」


 瞬間だった。



「んむぁっ!?っくっうううっうあぁあああぁぁあぁぁあぁあああぁぁぁぁあぁっぁぁぁあぁぁっぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁあ…………っ♥…………ぐぅっ……♥」
「んぇぁっふきゃぁぁあぁぁぁぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁあっぁああああぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁおぁおああああぉおおおおおおぉぉおんっ♥♥♥」




 爆ぜる。

 爆ぜた。

 彼女の中に、限界のそのまた限界まで溜めたねっとりとしたべたつく白い液が、暴れ狂う本能のままにどくどくと注ぎ込まれていくのを感じる。

 その勢いのような猛りでもって跳ね回ろうとする雄の棒が彼女の貪欲な雌の肉に食らいつかれて、身動きできないままに注がされているのもまた、だった。



「っ…………ぁ…………♥」
「はぁっ、へぁぅっ……きゃうぅ……♥」


 動けないといえば、俺達も同じだった。 
 抱き合ったまま体の震えも互いに伝え、どこかへ二人で旅立ってしまった意志が帰って来るまでの間を、ただただ味わう。


「っぅぁ……♥」
「はぁ……っ♥」


 感覚は、ある。 
 十分だった。
 彼女の体温を、蠢く肉欲を、共に至った忘我の悦楽の余韻を感じられるのであればそれで十分だった。
 



「はぁ……はぁ……」


 が、残念なことに。
 頭が、少しまた少しと冷静さを取り戻して軋み始める。
 調子悪いのに無理な事をしたからだ馬鹿野郎と叱りつけるような痛みだった。
 全くもってうるさい。


「……っぁ……もぉ……ご主人様ったらぁ……風邪……治りませんよぅ……?」


 等と悪態をついていると、彼女からも同じような事を言われてしまう。
 とろけた顔で舌をハァハァと揺らしながら涎が垂れそうな顔で怒られても、正直全然怖くはなかったのだけれども。
 
「……ごめん、悪かったよ……」


 彼女には、素直に謝罪を告げられた。
 やる事を一回やり切ったからといえばそれまでかもしれなかったが、それは違うと思う。
 元より奥底では彼女に素直でいたいと望んでいるのだから。
 
「……んっ……もぅ……えぅ……」

 
 と、口を再び寄せてくる彼女。
 応えようと考えるまでもなく俺は自分のそれを重ね合わせた。

「んっ……」


 やはり柔らかい。
 その変わらない柔らかさを、しかし今度は労わるように優しく揉むように唇を動かしていく。 
 彼女も同じような感じだった。
 舌は突っ込まず、互いを癒すように触れ合わせていく。
 
「ふぁ…………ふぅぁぁあぁ……ぁあっ……」


 それはまさしく癒しで。
 口を離して一番に俺は、欠伸を一つしてしまう。
 
「ん……んぁ、あぁあ……っ……ぅぁふぅ……ふふっ」


 と、彼女もまた一つ。
 そして終わると、穏やかに笑いかけてくれた。

「……はは……っ」


 こちらからも微笑み返す。
 恐らくはきっと、同じことを思っているのだろうなと思いながら。
 
「ねえ……ご主人様……まだ、夕方になったばかりみたいですから……」

「んー……?」

 
 抱き着く腕を彼女が強めてくる。
 ちらと窓の方を見ていたとろんとしているその目からは、休息を欲しがっているのがすぐにわかった。
 で、夕方になったばかり。 
 つまり、それなりに暇な時間はあるということになる。

「ん……そうだな……おやすみ……」


 だから俺は、それに許しを出す。
 というよりも正直なところ彼女と同意見だった。
 そういうことをして、キスをして、眠くなって二人で抱き合って暖かいとなればそうなるだろう。

「ん……おやすみなさい」

 
 彼女が、微笑んで胸元に頭を置いてくれる。
 それが嬉しかったから、さっき一回言ったという事は構わずに口を開き。

「あぁ……おやすみなさい……」


 そしてお返しにと彼女を包み込むように体を丸め俺は、目を閉じたのだった。

17/02/20 21:44更新 / GARU

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