暗がりの中で。
「ん……」
ふと、目が覚める。
確か明日は休み、その休みをとくと堪能したいということで早めに眠り、念入りにアラームまで設定しておいたはずだったが……
外を、見てみる。
未だに暗く太陽などどこへやらだった。
……これは、やはりか。
一人頭の中でぶつぶつと呟きながら俺は、読むと安心するという理由で置いてある爬虫類の解説付き写真集の隣にある枕元のそれ、充電器に繋いでおいたスマートフォンに手を伸ばす。
そして本体横のスイッチに手を伸ばし電気をつければ、画面には75%の裏に電気のマーク。
だが見たかったのは……あぁそう、そうかい、そうだろうな。
「……」
心の中でため息をつく。
4:00。
映されたのはそんな数字。
どうやらも何も、完全な早寝のし過ぎだった。
起きてしまった以上、どうするもない訳ではあるが……とりあえず小便はしたいな。
「っ、ふ」
そう思い腹に力を込め、横たえていた身を起こす。
と、右腕に何かが触れた。
さらさらしていて、まるで絹のような肌触りの細い毛先の感触。
「……んー」
あぁ、そういえば。
目を閉じ顔をしかめ息を吐く。
こいつがいたから妙に体が冴えてしまったのか、と。
「んー……ん、だめ……」
と、背の高いそいつが俺の右腕に抱きついてきた。
言葉と崩れた姿勢は完全に寝ぼけてのものだが、そうとは思えないほどに力は強い。
こんな情けない様子でもやはり魔物娘は魔物ということらしかった。
それもワイバーンなのだから……ドラゴンというカテゴリーの中では非力な方らしいが、翼爪でこちらを引っ張る力は片腕で俺の両手全力を軽く越えていくのだから大したものである。
そんなことを思いながら息を吐く。
……こいつが来てから、ため息をいつもより多く吐いている気がするな。
「ダメも何もあるか。少しの間だけだから、なぁ?」
ともあれこいつに捕まっているといつまでもトイレには行けない。
当然漏らすわけにもいかないが、だからといってこいつの機嫌を損ねればそれは……そう、なんとも気分が悪くなってしまうから、俺は渋々布団の中に半身を入れ彼女に言い聞かせる。
すると彼女は、やや不服そうにうめき声を上げると。
「…………一分」
短くそう言ったのだった。
「……」
答えるように鼻から一つ息を吐く。
意味は、聞くまでもない。
それに俺は大は長いが小は短い方、手洗いに喉の渇きを軽く癒すまで入れても余裕があった。
だがこの分ではトイレでスマホをいじるのは無理か、と片隅で考え特に悩むこともなくベッドにそれを手放した後。
「分かった、一分な」
そう言って俺は部屋を出た。
…………しかし、まぁ。
「っ、んくっ、ん……」
小を済まし、石鹸で手を洗い、軽く喉を潤して。
使っていた風呂場前の蛇口を閉めて水を止めた俺は、寝室へと向かう廊下を歩きながらふと考えていた。
といっても足を十回動かせば寝室の扉を開けられる距離なのだから、考えるではなくぼんやりと思っていたの方が正しいか?
「っ、ち、あー……」
と、そんなことをまさに思っていたものだから何を思っていたのかを忘れてしまう。
唸ってはみるが、思い出せるわけもなく。
……ならどうでも良かったことってところかね。
結局俺は彼女の言う、深く考えない精神とやらに頼ることにしたのだった。
しかし、まぁ。
影響されたものだな俺も……いや、もしかして元からそうなのか……?
等と、考えていたのがいけなかったのだろう。
「……七秒、遅れた」
布団に半ば引きずり込まれるように入ると、開口一番に飛び出たのはそんな言葉。
はぁ、良く数えるなお前も……
数秒程度ならばと思っていたわけではなかったが正確に数えているとも思っていなかったので、ついそんな感情が表に出て顔がひきつってしまう。
「だから、お仕置き」
と、そんなものは目に入っていないのだろう彼女が、俺を藍色の翼でもって胸元に引き寄せる。
当然、顔に当たってくるのは暖かい二つの温もり。
……あぁ、なるほどな。
男であるならば激しく興奮するシチュエーション。
いや、俺も興奮してはいるのだろうが、どこか冷めている部分が状況に一つ息を吐いていた。
「……悪かったな」
そしてその鋼のような思考は、熱くなる顔とは全く関係ないといった風に俺を謝らせる。
ぶっきらぼう極まりない謝り方。
経験上こういう時は嫌なパターンだ、それも妙にこじれて長続きする。
こちらには悪意がない分……しかしながらこちらが悪いとはわかっている分……本当にやりきれない。
「……ん」
しかし予想とは違って彼女は、俺を抱きしめる翼に力を込める。
怒るでも怯むでもなくただ微かに身を動かし、ゆっくり、しっかり、包み込むように。
どうやら今回ばかりは、違ったようだった。
だがこれではまるで……
「……んぅ」
俗に言う母のよう、という表現がよぎったところで鼻から息を吐く。
それは気を紛らわせる為だったが、そのせいで胸元に鼻先があるせいでどうにも甘く優しい香りが返ってきてしまい、俺は眉をひそめた。
いや、気持ちが悪いわけではない。
ただ……どうにも……こういうのは……
「ぅー……」
本当に。
不快ではない。
嫌がることは実の所しない彼女もそれは分かっているのだろう、だからこそ、息苦しくない程度に抱きしめてくれている。
だからこそというべきなのか、これは……
「……」
闇の中続くのは、無言と密やかな吐息。
決して離れたいわけではないそれは、しかし、慣れないものではあるものの、つい、手が動いてしまう。
それまで布団の中にありながら空気を掴んでいた指が、少しずつ柔肌を求めて正面にあるものの背中側へ向かっていく。
それは恥ずべきものではなく、むしろ求められている以上求め返すのは至極真っ当だ、と俺にそうさせたこいつならば言うのだろうものであるのだけれども。
「ひ、ぅっ」
柔肌に人差し指と中指と薬指が。
そして至近、鱗のざらつきに手のひらが触れる。
その瞬間俺は、自分が触れられている訳でもないのに素っ頓狂な声を上げてしまった。
驚いた訳ではないだろう、意識はしていたし予想も出来た。
初めてというわけでもない、流れでこうなったことは既に数えられない。
なのに……
「ふふ、大丈夫……大好きぃ……」
「っ……」
だが。
直後の言葉に、思考の全てが吹き飛ばされる。
体全体の感覚の全てに、考えるという行為そのものがショートさせられたかのような気分だった。
これも、初めてではない、はず…………なの、だが。
「っーーーーっ!」
……いや、もはや知ったことではない。
格好悪いからとひた隠していた何かが自分の中でゆっくりと鎌首をもたげ始めるのを感じて、俺は強すぎると自負している理性をばっさりと叩き斬ると。
指、腕、いやこの際だからと足までを彼女に絡みつかせるように動かした。
「ん、んふ、ぁ、ぇへ……」
受けて、彼女が身じろぐ。
我慢ならないくすぐったさを感じてのものだろうが逆に、おかげで残っていた微かな羞恥心すらもがこそぎ落とされてくれる。
……あぁ、やってやろうとも。
そんな決心すら今は要らなかった。
「っ、なぁ」
顔を至福の空間から持ち上げて、彼女と向き合う。
見えるのはなぁに?と閉じかけになっている目、そして半開きの無防備な唇だった。
……隙だらけだ、味わわせてもらう。
「んっ……」
躊躇い無く布団の中で体を上げて、それを奪う。
柔らかな感触は、それが楽園のものであると言われても信じてしまう程のもので、そして同時にいつまでも感じていたいと思うものだった。
「んふぁ、うぇれぅ……」
「っ、ふぁ、あっ、ぁ……ぇぅぁあ……」
と、そこで止まってしまったのがいけなかった。
それだけでは満足できない彼女にぬめった舌を突き込まれ、主導権を一瞬にして奪われてしまったのだ。
「んぁ、ぇぅ、え、っ、んっ、じゅ、ぇぅ、んっ、るぇろぇろえろぉ……」
好き放題に、口の中が荒らされ尽くす。
なのに、頭が焼け付くような快感を浴びせられてしまう。
もちろん初めてではない、が、これに関しては初めての時の方がまだたえられたような……
「ぅぇろぉえぉえろぉおおっ…………ん、はぁ……」
と、舌が抜かれる。
実際の時間にすれば、数十秒に届くかどうかなのだろうが……
「っ、はぁ……はぁ……んぅ……」
彼女の胸元に、今度は自分から頭を預けにいってしまう。
俺が感じたのはその何倍をもを濃縮してぶつけられたようなもの。
如何なる冷静な思考回路ですら従順な甘えん坊に変えてしまうには十分過ぎた。
「ん……んー……」
そんな俺を、彼女は優しく揺らしてくれる。
吐息の音から伺える感情は、とても嬉しそうだった。
俺が素直になったからだろうか、それとも、単純に甘えたからだろうか……
「……ん」
と考えはじめたところで、俺は目を閉じて断ち切る。
そんなことはどうでもいいからだ。
いつか彼女の言っていた、世の中には考えなくてもいいこともある、というやつである。
ついでに付け加えられていた、気持ちがよければそれでいいって考えてみることも大事、というやつでもあったかな……
「……」
と、意識がぼんやりしてきた。
安心できる暖かさに抱きつき包まれてもいる、そしてそれが彼女であるということが……
「……おやすみ……」
……いや、いい、考えるまい……
彼女と一緒に眠るのが気持ちいい……それで十分だ……
心のすべてをそれで納得させると俺は意識を彼女に預け、手放した。
17/07/23 23:56更新 / GARU