連載小説
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1.バカ、来訪
「事実は小説より奇なり」なんて言葉がある。人が頭の中で考えた虚構より、現実に起きることの方が余程不思議だ、ということだ。
とはいえ普段暮らしていて、そんな出来事に出くわすなんてことは滅多にない。なべて世はこともなし、たまに変わったことがあったとしても精々買い物しようと街まで出かけて財布を忘れるとかお魚くわえたドラ猫を裸足で追いかけるとか、その程度だ。
女の子を迎えるのは白馬に乗った王子様じゃなくて自転車に乗ったチャラ夫だし、子供はクリスマスの夜にお父さんが枕元にやってくる姿を見て一つ大人になる。
大抵の場合、やっぱり小説の方が現実より奇なのだ。ビバ妄想。ハイル創作。
だから私は平凡に暮らす。特にこれといって刺激もない代わり映えのない日常の中で暮らす。
なのでたまに小説の中の登場人物が羨ましい。異世界を冒険するとか正義の味方になって人を守るとか、そういう生き方もしてみたい。
逆に殺人事件に巻き込まれるとかしてみたい。「殺人犯と一緒になんか寝られるか!私は自分の部屋で寝る!」とか宣言してみたい。
残念ながら現実には奇跡も魔法もないし、いるだけで事件が起きる名探偵なんかも存在しないのでそんなこと出来ないけど。
なんでもいいから、非現実的な事起きないかな。その方が楽しいのに。










……そんな風に思っていた時期が、私にもありました。










私の名前は坂上歩美。心に傷を負った女子大生でモテカワスリムで恋愛体質の愛されガール……なんてことはない。援助交際をやってたり学校にナイショでキャバクラで働いてたり訳あって不良グループの一員になってたりする友達もいない。もしかしたらいるのかもしれないけど仮にいたとしてもそういう事実は確認していない。ない。ないったらない。
ごく普通に高校を卒業してごく普通に大学に進学し、ごく普通に下宿生活を送り、ごく普通のサークルでごく普通の友達を作りごく普通のキャンパスライフを過ごしている。ごく普通体質のごく普通ガールである。
心に傷ならちょっとは負っているが、それも小さい頃に読んだホラー漫画が怖かったとかその程度である。最近実家で読み返してみたら全然怖くなかった。
そんなごく普通の私があるごく普通の夜ごく普通に寝苦しくなってごく普通に目を覚ましてみると、見慣れた天井からごく普通に足が四本ぶら下がっていた。




「……は?」



意味不明の現状に目が点になる。あまりにごく普通ではなさすぎて、驚きのあまりわけのわからないモノローグに紛らせてスルーしてしまうところだった。
布団から見上げる天井には脚が四本。二本は長くて二本は短い……というか小さい。両方ともやけに肌がきれいで、しかもなんだかすらっとしている。言ってしまえば美脚である。グンバツである。
多分男が見れば誰でも一発でメロメロになってしまうだろうし、女が見れば誰でも嫉妬してしまうだろう。天井から生えていなければ。
……まあ、脚がグンバツか否かということはこの際どうでもいい。たとえ生えているのがマリリンモンローの脚だろうと川越シェフの脚だろうとガンダムの脚だろうとそんなことは問題ではない。ジムの脚は結構艶かしいと思うがそれも別に問題ではない。
今問題なのは、何故か私の部屋の天井から脚が生えているという事態そのものである。

「……えっと、うわ、何これ気色悪ッ」

状況が理解できなさすぎてこんなリアクションしか取れない。でも事実キモいものはキモいのだから仕方がない。
ついでに言うと、それがだんだん下に下がって来てる気がする。いや、気がするんじゃなくて、実際に下に降りてきてる。事実ちょっとずつ腰のあたりが見えてきた。ますますキモい。

「えーっと……」

絶句する私を尻目に、天井からぶら下がっている妙なモノ(もう脚以外のものまで見えてきたので)はどんどんずり下がってくる。
腰が見え胴が見え胸が見え、最終的に首なし死体が二つ並んで天井からぶら下がっているような状態になった。
どういうわけか二つともやけに露出の多い格好をして、ついでに腰のあたりから悪魔みたいな翼と尻尾が生えている。コスプレだろうか。

(……こんなの絶対おかしいよ!)

寝起きと混乱でぐちゃぐちゃになっている頭でそんなことを考えながら、身動きも取れずに状況を見守っていると。
ずるん、と音を立て、

「さあ到ちゃ……のわぁぁぁ!」
「大丈夫なんですか、やけに転送に時間掛かって……えええっ!?」

天井から生えていたもの……いや、人が、布団にくるまっている私の真上に落ちてきた。
二人がさっきまでいたのは私の真上。必然的に、私は下敷きにされてしまうことになる。
このままではいけない。私は布団を翻し華麗に回避……

「ぬふぅ」

できなかった。
人二人分の重みに耐えきれず、私の意識は遠のいていく。
気を失う直前の思考は、「事件に巻き込まれたいとか思ってすいませんでした」だった。



















「……はっ」
しばらくして目が覚める。布団を跳ねあげて、あたりを見回す。
もう天井からぶら下がっているものはない。いつも通りの、ごく普通の私の部屋だ。
何だやっぱり夢オチか。ビビって損した。

「へえ、ここがチーキュの一般市民の家なのね。なんだかみすぼらしいわ」

部屋の隅で変なコスプレ女が何か言っている気がするがきっと気のせいだ。寝ぼけて幻覚を見ているに違いない。

「踏んづけた人に向かって何失礼にもほどがあること言ってるんですか。っていうかもうちょっと転送先選べなかったんですか?」

その隣にやっぱりコスプレした女の子がいるような気がするがこれもきっと気のせいだ。まだ夢の記憶が残ってるだけだろう。

「極地の海とか溶岩の真上とかに転送されるよりはマシかなって……」
「マシの基準が低すぎます。せめてこういう時くらいは人に迷惑かけないようにやってください」
「迷惑をかけることを……強いられているんだ!」
「誰が強いてるって言うんですかそんなの。単にエリス様がやりたかったからやっただけでしょ?」
「私の迷惑行為は誰にも止められることはない……!」
「そんな誇らしげに言うセリフじゃありませんよね?」

コスプレ同士が何か言い合っている気がするが気のせいだ。これは幻覚だ。自他ともに認める一般ピープルである私の部屋にこんなのがいるわけがない。いてはいけない。

「そんなことよりエミー、あの一般市民なんか現実逃避してるわよ」
「そりゃそうですよ。天井から見たこともない魔物が降ってきたら私だってああなります」

コスプレ女がこっちに興味を向けたのもやっぱり気のせいだ。しつこい幻覚め、いい加減消えろ。

「よーし、じゃあ王女様向こうが気にしてないうちに好き勝手しちゃうぞー」
「どういう流れでそうなったんですか一体」
「うるせえ。私は脊髄まかせに行動する主義よ」
「それは自分で言うことじゃないと思います。っていうか人に迷惑かけるなってさっき言ったとこじゃないですか」

コスプレ女が突然部屋を物色しはじめたのも気のせいだ。

「あら、何かしらこの箱。うちの世界じゃ見たことな……うわっ寒っ!」

コスプレ女が冷蔵庫にビビっているのも気のせいだ。

「なにこれこわい……雪女の200m圏内より寒いわ……」
「それはもう冷気の届く範囲を大幅にオーバーしてると思います」
「でも中になんかいっぱい入ってるわ。野菜とか野菜とか肉とか野菜とか」

冷蔵庫の中身にケチをつけられてる気がするのも気のせいだ。うるせえ。うちの冷蔵庫の中身はそんな野菜ばっかじゃない。

「あら、何かしらこれ。プッチン……プリン?なんか変なの」

コスプレ女が冷蔵庫の中に入っていた私の最後のプッチンプリンに手を出したのも気のせいだ。

「これがどうも蓋みたいね。なんかおいしそう……」

そのままコスプレ女がプリンの蓋を開けようとしたのも……



「……何人のプリン食べようとしてんだお前!」
「ぎゃばぁっ!?」
「言わんこっちゃない!」

……看過できなかった。
仕方ないじゃない。だってプリンだもの。

















「……で、そういうことであなたはうちの天井からぶら下がった挙句私の真上に落ちてきたと」
「ま、そういうことね」

プリンの件で彼女たちが幻覚ではないと認めざるを得なくなったので、とりあえず二人を正座させて色々と聞き出すことにした。
二人が言うことには、何でも彼女たちは別の世界に住んでいる「魔物」なる生き物らしく、魔法陣に送られてこの世界にやって来たのだとか。
で、このあまり頭のよろしく無さそうな白髪緋眼の美女……エリスはこんなでもその世界の王女の一人らしく、横でその発言にいちいちツッコミを入れている苦労性っぽい女の子……エミーは、その使い走りみたいなものらしい。

……お前は何を言っているんだ、と最初は思った。コスプレ好きが行きすぎて現実と妄想の区別がつかなくなった可哀そうな人かなぁ、とかも思った。
でも、腰から生えている尻尾やら羽やらを実際にこの手で触れさせられて、さらにそれが目の前で動くのを見て、流石に認識を改めざるを得なくなった。
確かにこいつらは、人間じゃない。

「納得してくれたみたいで何よりだわ。何より☆だわ!」
「意味もなく語尾を繰り返さないでください」

……まあ、人間だろうとなかろうとこのエリスとかいう白髪女がバカであるという事実だけは絶対的っぽいけど。

「そう、私は魔界の王女様。お母様は魔界で一番偉い人。つまり私も偉い人!オウイエースアイムベリーベリーハッピー!」

使い魔のエミーちゃんに冷めた眼で見られながら、魔界の王女様は締まらない笑顔で小躍りする。子供がやるなら微笑ましいが、騒いでるのはいい歳した大人だ。なまじ美人なので余計情けない。というかこんなのが王女で大丈夫なのか魔界とやら。

……さて、ここからが本題だ。

「で、結局あんた達は何しにこの世界に来たの?」

単刀直入に、一番気になっていたことを問う。とりあえずこいつらが私の部屋に降ってきたという事実はともかく、そうなった経緯が知りたい。わざわざ世界を越えてやってくるのに、まさか観光のためとかそんなことはないだろう。
……いや、こいつの場合それがあり得そうなのが怖いところだけど。

「ああ、それね。それなんだけど」

私の質問に、エリスはあっさりと口を開く。そして次の瞬間。

「ちょっとあなた、人間辞めてくれない?」

私は、絶対にしてはいけない質問をしてしまったことに気づいた。

「……な、あ……!」

さっきまでバカ面を晒していたエリスの体から、何やら凄まじい力が吹き上がる。緩み切っていた部屋中の空気が一変し、異常な緊迫感に包まれる。
全身が警告を発している。目の前にいるナニカから逃げろと叫んでいる。でも、足は動かない。恐ろしすぎて、動かすこと自体ができない。

「教えてあげるわね、私の目的」

隣にいた使い魔が、顔を真っ青にしてガクガク震えている。さっきまで微塵も持っていなかった畏怖の感情を、表情にありありと浮かべている。
声が出ない。逃げられない。何もできない。

「私はこの世界を、魔物の楽園に変えるの。誰もがただ快楽を求める、淫らな楽園に。それが私の望みであり、お母様の望み」

エリスの瞳が私を覗き込む。真っ赤な瞳が、私の心の内に入り込んでくる。
体が熱い。恐怖が全て歓喜に変換され心が打ち震える。目の前の存在に、全てを捧げ委ねたくなってしまう。

「……あ、はぁ……えりす、さま……」

知らず私は、彼女のことを様付けで呼んでいた。この方は私の主になるお方だと、本能が言っている。
動かなかった足が動きだし、私はエリス様に体を預ける。

「ふふ、いい子ね。たっぷり可愛がって、生まれ変わらせてあげる」

秘所から蜜がとめどなく溢れ出す。体全てがエリス様を望んでいる。
抗いようのない誘惑に、私はただ身を委ねるしかなかった。



















「ひ、っ、ぁぁぁぁぁぁっ♪やぁぁぁぁぁっ♪」
「うふふ、どう?触られるだけでも気持ちいいでしょ?」

電灯が消え、月明かりさえ差し込まない真っ暗な部屋の中。私の体は、ただエリス様に蹂躙されていた。
露わにされた素肌を、たおやかな手がすっと撫でていく。ただそれだけ。胸にも秘部にも、その手が伸びることはない。ただ胴や肩、そして顔。そんな性感帯とはかけ離れた部分を、延々と刺激されている。
それだけなのに、私の体は気の狂いそうな程の快楽を感じていた。ひと撫でされるたびに体が跳ね、喘ぎ声が上がる。

「やらぁっ、なんれ、こんなの、こんにゃのぉぉっ♪」
「魔界の王女をおなめでないわよ、ってことよ。こんなのそうそう味わえるものじゃないんだから今のうちに楽しんでおきなさい」

エリス様の表情は嗜虐性がありありと表れた凄艶とさえ呼べるもので、さっきまでのいかにも大うつけと言った風情のそれとは似ても似つかない。それが一種の仮面だったのか、それとも両方がエリス様の素なのか。
だが、そんなことは今の私にとっては全てどうでもいい。ただエリス様の慰み者にされているという歓喜と、身を焦がすような快楽だけが私の思考を埋め尽くしている。

「えりすさま、えりすしゃまぁっ♪きもちいいの♪もっと、もっときもひよくしてくらさいっ♪」

それでも、まだ体は満足しきらない。異常な程の快感はさらなる欲望の火種になるばかりだ。そして燃え上がった欲望のままに、私はエリス様に快楽をねだる。

「素直な子は好きよ。それじゃ、本格的に壊してあげましょうか」

私の求めに応じ、エリス様がそう宣言した瞬間。私の全身を、凄まじい程の快楽の電流が駆け巡った。

「あ、やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
「あらあら、大きな声上げちゃって。そんなにいいの?」

快感にかき乱される意識の中、私はエリス様の指が放っておかれていた秘所に挿し込まれていることに気づいた。細い指先が、全身のどこより敏感な淫肉をくちゅくちゅとかき回していく。
その度に、さっきまでの愛撫とは比べ物にならないほど強烈な快感が襲いかかる。

「とけるっ♪とけりゅ♪おまんことけりゅぅっ♪とけてはじけてめちゃくちゃになっちゃうぅぅっ♪」

恥も外聞もなく、私は浅ましい絶叫を上げる。あまりに快感が強すぎて、そうでもしないと気が狂ってしまいそうなのだ。
快感が全てを支配していく。もう、何も考えられない。
そうして溜まりに溜まった快感が臨界点に達し、いよいよ絶頂という段になって。

「随分可愛い声を出してくれるのね。でも、ここで一旦終わりよ」

エリス様は、突然指を秘所から引き抜いた。同時に、続けられていた愛撫も全て止まる。

「……え?」

口から、情けない声が漏れる。

「え、えあ、ああああ!なんれれすかっ!なんれやめひゃうんれすかぁっ?!」

全身に与えられていた快楽が一瞬にして全て失われ、その喪失感に任せて私は叫ぶ。
絶頂寸前で放りだされた体がひどく疼く。なんでもいいから、早く、早く気持ち良くなりたいと騒ぎ続ける。
そんな私を、エリス様はただ見つめるばかりだ。

「くらさい、きもひいいのもっと!たりにゃいの、まだ、まだぁぁっ!」
「……そうしてあげたいのは山々だけどねえ。これ以上は、代償が必要なのよ」

耐えられずおねだりを続ける私に向かって、エリス様はにやけ笑いを浮かべながら何かを言い始める。

「これ以上気持ち良くなりたかったら、私たちと同じ魔物にならなくちゃいけないわ。貴女の身体にはもうすっかり私の魔力が染み込んでるし、そうじゃなくてもどうせその時には魔力注ぎ込んじゃうしね。で、それを踏まえて、どうしたい?」
「……え……」

一瞬、私の思考が冷静さを取り戻す。
人間を辞めさせられる。
それだけは、越えてはいけない一線のような気がする。一時の快楽のためにそれを越えてしまっていいのか。
頭の中で、そんな警告が鳴り響く。
しかし。

「……ま、魔物になるのはすっごく気持ちいいけどね?さっきまでのが、子供の遊びみたいに思えるくらい……」
「!!!!!!!!」

さっきまでの、身を焼き心を壊すような凄まじい快楽。それをはるかに凌ぐ楽園が、その先に待っている。
その言葉を理解した瞬間、私の理性は完膚なきまでに吹き飛ばされた。

「あ、あああああああ!!やめる!やめましゅ、わらひにんげんやめましゅぅぅぅぅっ!」

次の瞬間、私は自分でも信じられないほどの大声でそう宣言していた。
もう、人間でいるかいないかなんて関係ない。ただ、快楽だけが欲しい。

「……よく言えました。それじゃ……」

その宣言に応じ、エリス様の尻尾が鎌首をもたげる。その先端に、真っ黒な粘体のような何かを凝集させて。
……それが私を楽園へと連れていってくれるものだと、私は本能的に理解した。

「ああああっ、く、くらさいっ!はやく、それ、はやくぅぅぅぅっ!」

堪えきれず、私の口から懇願の言葉が飛び出す。

「ふふ、慌てなくても、今あげる……わっ♪」

そして次の瞬間、それが私の膣内に一気に叩き込まれた。

「……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

声が出ない。全身がめちゃくちゃに跳ね回る。目の前が全て真っ白に染まる。
破滅的とさえ言えるほどの快感が、私の全身を貫いた。

「どうかしら?壊れちゃうくらい気持ちいいでしょ?」
「あひゃ、あぁぁぁぁぁぁァァァっ♪こわれ、こわれあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「それでいいのよ。そのまま壊れて、魂まで私の眷属になりなさい」

「私」が、内側から壊されていく。
胎内に打ち込まれたナニカが燃え狂い、全身に染み渡って、身体から心に至るまで全てを変質させていく。
理性が叩き割られ、その内側に隠されていた欲望が剥き出しになる。細胞の一つ一つが、人ではないもののそれに置き換わる。
……私は、人間をやめようとしているのだ。

「あぁぁ、かわる、かわるぅぅぅぅぅっ♪」

人間ではなくなっているのに、得体の知れない何かに自分が変わろうとしているのに、私の心は何一つとして恐怖を感じていない。それどころか、溢れんばかりの歓喜と悦楽だけが胸の内にある。
そして、その凄まじい幸福感の中。

「ひっ!?」

どくん、と、身体の中で何かが脈打った。それに続いて、全身の皮膚にむずむずするような感覚が走る。

「ひあ、あ、やぁ、ぁぁぁっ♪むずむず、むずむずするぅっ♪」
「始まったみたいね。その感覚に身を任せるのよ」

それからほどなくして、手足の先や胴、胸を覆い隠すように桃色の滑らかな産毛が生えてくる。いよいよ本格的な変化が起き始めたのだ。

「あ、いああっ♪あたまっ、おしりぃっ♪」

一通り毛が生え揃うと、今度は快感が頭とお尻に集中してくる。その皮膚の下で、それまで存在していなかった何かが暴れ出すのを感じる。
そして、次の瞬間。

「やぁ、くる、なにかはえ……るぅぅぅぅぅっ!!!」

ずるりと音を立て、頭とお尻から粘液に塗れた何かが生え出した。
肉を割られ、皮膚を突き破られる。本来であれば激痛を伴うはずのそれは、どういうわけか私に身悶えするような快感を齎した。

「あ、ぁぁぁ……ひあ、ぁ……あへ。」

全てのものが生え揃うと、絶え間なく全身を襲っていた快楽も失われた。ぬるま湯に浸っているような心地よい倦怠感に包まれながら、私はくてりと脱力する。
口から、気の抜けた声が漏れた。

「完全に変わったみたいね。ご気分はいかが?」
「あひ、きもひ、いい……きもひいい、れす……さいこう、れすぅ……」

余韻に浸る私に、エリス様が優しくお声をかけて下さる。
その問いかけに、私は素直に返した。
抱えていた悩みやしがらみは、快楽に全て吹き飛ばされた。
全身に不思議な力が流れている。今の私なら、どんなことだってできる気がする。
本当に、最高の気分。何もかもが満たされているようだった。

「さ、見てみなさい。これが今の貴女の姿よ」

エリス様の片手に、小さな鏡のようなものが浮かび上がる。そこに映し出される私の姿は、以前とは何もかもが違っていた。

「わぁ……」

前よりも豊かな、十分ナイスバディと呼べる身体。気になっていたしみやにきび跡が消えて、前よりも綺麗になった顔。
身体を覆う、柔らかい桃色の産毛。そして頭についた小さな角と、腰から伸び出している、ぬらぬらと体液に濡れた細い尻尾と薄い羽。
まるで漫画やゲームに出てくる、悪魔みたいな姿。
私はエリス様と同じ、魔物になっていた。

「すてき……」

思わず、私はそう呟いていた。
以前の私ならきっと、この姿に嫌悪感を抱いていたに違いない。こんな恥ずかしい格好なんて嫌だとか何とか。
でも、今の私にはこの姿がこれ以上ないほど素敵なものに見えていた。人間を超えた存在になれたことに、ある種の感動さえ覚えていた。

「おめでとう。貴女がこの世界の魔物第一号よ」
「あはぁ……ありがとうございます、エリス様ぁ……」

淫靡に微笑むエリス様に、私は心からの感謝の言葉を捧げる。
私を新たな世界に導いて下さった、何より敬愛すべきお方。
彼女のために身を捧げなければならぬと、私の本能が叫んでいた。

「……そういえば、貴女の名前を聞いていなかったわね。何と言うのかしら?」
「アユミ……坂上、歩美です……」
「ふぅん。じゃあアユミ、貴女にはこれからこの世界を魔界にするために働いてもらうからね。いい?」
「はいぃ……私は、エリス様の望むままに……♪」

エリス様の前に跪き、私は忠誠を誓う。言うなれば、エリス様は私の主だ。主の命には従わなくてはならないし、それにこの幸福を他の人々にも伝えてあげたい。

「いい子ね。それじゃあ、最初の命令を与えるわ」
「はい、なんなりと……」

余裕の笑みを浮かべて、エリス様が命を下そうとする。
どんな命令だろうと、絶対にこなしてみせる。そう意気込んだ次の瞬間。







「……居候させてくださいお願いします」
「……は?」

主は、あろうことか私に向かって土下座した。

「え、いや、ちょっと待って下さいエリス様。なんで土下座とか……っていうか居候って……?」
「いやー、実はこっちの世界に来る時何一つとして準備とかしてなかったのよねえ。一言で言うと、なんて言うか、スッカラカン?」
「……えー」

突然ゆるくなる部屋の雰囲気。締まりのないにやけ笑いでとんでもないことをのたまうエリス様。何もかもが台無しすぎる。
っていうか居候って。下僕の家に居候する主って。

「なので私にはお金ない。住むとこない。食べ物ない。ないない尽くし。なので貴女のうちに住ませて欲しい。ドゥーユーアンダースタン?」
「イエース、アイシーアイシー。だが断る!」
「ちょ!?」

当初のわけのわからないテンションで事情を語るエリス様に、私は思いっきり拒絶の言葉を叩きつけた。

「なんで!?さっき貴女私の望むままにって言ったじゃない!」
「無茶言わないで下さい!こちとら一人暮らしの大学生ですよ!?既に家計カツカツなのにどうやってエリス様まで養えって言うんですか!?」
「何言ってるのよ。エミー込みでに決まってるじゃない」
「ますます無理です!っていうか魔法陣で世界行き来できるんなら一度自分の世界に帰ればいいじゃないですか!」
「……無理なのよねーそれ。今回使ったのが『一度送り込んだら意地でも1年間は元の世界に帰れなくなる転移魔法陣』だから」
「なんでそんな意味わかんないもの使ったんですか!?」
「計画成功させるぞ!っていう意思表示に……」

何か言う度に返って来るトンチンカンな答えに頭痛ばかりが増してくる。さっきまでのカリスマが嘘のようだ。
……あのエミーちゃんって子、こんなのに何年耐えてきたんだろう。私なら1ヶ月で耐えられなくなる自信がある。

「……ってエリス様!わたしそんなの聞いてませんよ!?」

なんて考えていると、タイムリーにエミーちゃんが姿を現した。

「あらエミー、どこに行ってたの?」
「スイッチ入ったエリス様の近くにいたら何されるかわかったものじゃありませんから。それよりエリス様、一年間は意地でも帰れないって本当なんですか?」
「ええ、本当よ」
「何してくれてるんですか本気で!自分で勝手に困るのはいいですけど私とか無関係な人とか巻き込むのはやめて下さいよ本当に!」
「やっちゃったぜ☆」
「無理にカッコ良く言わないで下さい!っていうかそもそもそんなにカッコ良くもないし!」
「うるせえ!いいから!」
「困ったら『うるせえ』で解決しようとするのやめてください!あーもうやだこんな主!」

……目の前で繰り広げられる意味不明な言い争いを、私には止める術がない。
横から聞いてるだけで頭が煮えてしまいそうだ。というかこっちが馬鹿になりそうだ。

そして、私は多分エリス様の頼みを断り切れない。仮にこの調子で延々と迫られ続けたら、多分私の精神のほうがもたない。きっとなんやかんやで押し切られて、エリス様たちをここに住まわせることになるだろう。

(……もう、どうにでもして……)

部屋の床に座り込んだまま、私はがっくりとうなだれた。
12/01/04 15:54更新 / 早井宿借
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■作者メッセージ
自分でももう何書いてるのかよくわからない!

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