雨の日には傘を畳んで
ざあざあと音を立てて、夜の街に大粒の雨が降っている。
降り始めてからずいぶん経ったせいもあって、足元のアスファルトはすっかり濡れて、所々には水たまりやちょっとした流れもできている。
道沿いの建物からは、屋根から垂れ落ちた雨水がびちょびちょと跳ねる音も聞こえてくる。
そんなやや激しい雨の中、僕は下宿に向かって一人自転車を走らせていた。
「……やだなぁ、もう」
そんな愚痴がついこぼれてしまう。
傘はさしているけれど、この勢いの雨の中じゃあ焼け石に水だ。
ズボンの膝から下はもうぐっしょりと水が染み込んでしまって、ペダルを漕ぐ度に纏わりついてきて気持ち悪いし鬱陶しい。
濡れた髪の毛からも雨水が垂れ下がってきて、目や口に入ってきたりもする。しかも傘で片手が塞がって運転しにくい。
サークルに出席してへとへとになった後にこれだ。僕が何か悪いことでもしたか、と文句の一つも言いたくなってくる。
無論そんなことを言ったって雨が止むわけでもない。むしろ自転車をこいでいる間にも段々雨脚は強くなってきている。
とにかくさっさと下宿に帰り着きたい。帰れば着替えもタオルもあるし、何よりこれ以上濡れたくない。
だるい体を押して、僕は帰り道をただ急いでいる、はずだった。
が、その途中、僕は一つの人影に気づいた。
妙に存在感のあったその人影に、ついペダルをこぐ足が止まる。
さっきまで散々急いでいたのに、どうして人影くらいで止まろうとしたのか、僕にもよくわからなかった。
もしかしたら、これが俗に言う運命とか、そんなものだったのかもしれない。
僕が立ち止まって目を向けた先には、一人の女の人がいた。
身の丈は普通より少し高いくらいで、すらっとした体つき。綺麗で長い、ちょっと青みがかった黒髪をしている。下世話な話だけれど、胸も結構大きい。
着ているものは紺色の和服。落ち着いた雰囲気がとてもよく似合っている。
……とまあ、顔は俯き気味でよく見えないけれど、そこに立っていた女の人は随分綺麗だった。
でも綺麗というばかりじゃなくて、少し、いや、かなり変なところが一つ。
その人は、傘をさしていなかった。
雨が止むどころかかえってどんどん強くなっているような状況なのに、ただ雨の中に突っ立っている。
傘を忘れたにしては雨宿りをしようともしていないし、なんともよくわからない。
服も髪の毛もびっしょりと濡れていて、ぽたぽたと水滴を垂れ落としたり、肌に貼り付いたりしている。
それがなんとなく不気味にも見えるし、ちょっと色っぽくも見える。
人気のない夜の通りに、一人ぽつんと立っているびしょ濡れの和服美人。
なんとも奇妙で少し魅力的なその光景に、僕はさっきまで帰り道を急いでいたのも忘れて見入っていた。
すると。
「……」
見られていることに気づいたのか、さっきまで俯いていた彼女の顔が、僕の方に向き、目線があった。
そうしてはっきりと見えた彼女の素顔も、やっぱり綺麗だった。
薄い唇に、血の気の感じられないくらい白い肌。目は大きいけれど少し垂れ目気味で、なんとなくぼんやりした印象を受ける。
その顔が、僕の瞳を見つめながら、にこりと微笑みを浮かべた。
(……どうしたらいいんだろ)
思いがけず相手側から意識を向けられて、僕は少し困惑する。普通ならべつに困るようなことでもないけれど、僕はあまり女の人に免疫がある方ではない。わけもなくどぎまぎしてしまって、頭がちゃんと働いてくれなかった。
その間も彼女は微笑みを変わらず僕に投げかけてくる。
「……ど、どうも」
困りに困った挙句、僕は同じように軽く笑顔を浮かべながら会釈をした。
少し表情が引きつっていた気もするけど、まあ仕方がない。
すると彼女はすこし恥ずかしげな顔をしながらゆっくりと僕に近づき、こう言った。
「……みなも、と、もうします」
「……は？」
よくわからない流れに、つい間の抜けた声が出てしまう。申します、ってことは、きっと今のが自己紹介か何かなんだろう。でも、なんでこんな時に？
……ますます混乱する僕に、彼女はもっと訳のわからない事を言った。
「どうか、これから、すえながく、よろしく、おねがいいたします。だんなさま」
「……え、ええ？旦那、様？僕が？」
「そうでございます、だんなさま」
たどたどしい口調で、彼女は平然とそう言い放った。
どうも今のやりとりで、僕は彼女の夫だか主人だかと認識されてしまったようだ。
……なんだか、予想以上に彼女は変な人だったらしい。
流石に色々とまずいと思ったので、説得をしてみる。
「えーっと、何というかさ」
「あいしております、だんなさま」
「僕とあなたは今目があっただけだし」
「あいしております、だんなさま」
「こういうのは、もっとちゃんとお互いの事を知ってから」
「あいしております、だんなさま」
「大体僕なんかより、もっと素敵な人が」
「あいしております、だんなさま」
……暖簾に腕押しってレベルじゃない。
なんだか壊れたラジオとか昔流行ったファービー人形とか、そういうのを相手にしてる気分だ。
しかも有無を言わせないためにやってるというよりは、どちらかと言うと他に言葉を知らないからずっと繰り返してるような感じだ。
ちょっと不気味になった僕は自転車のスタンドを外し、一歩前に進む。
すると彼女も一歩進む。僕が進んだのと同じだけ、彼女も進む。
ぴったりくっついている訳ではなくて、ほんの少しだけ距離感がある。試しに一歩戻ってみたら、今度は彼女も一歩戻った。
「……なんでついてくるのさ」
「わたしはあなたのつまだからです、だんなさま」
「この妙な距離感は一体なんなの？」
「だんなさまのさんぽうしろをついていくのです、だんなさま」
あぁ、夫の三歩後ろに付き従うのが大和撫子だって言うよねハハハやってられるか。
冗談にしてもそろそろ付いていけない。僕はまた自転車に跨って、下宿に向かって全速力で走った。
「はあ、やっと着いた」
それから十分ほど走って、やっと下宿まで帰ってきた。
あのみなもさんとかいう変な人に見とれたり話にならない話をしたりしているうちに、僕自身もすっかりびしょ濡れになってしまっていた。
「まったくもう、あんな事にならなきゃここまで濡れたりしなかったのに……」
いや、まああそこで彼女に見惚れてしまった僕が悪いといえば悪いんだけど。
まあ、ぐちぐち言っても仕方がない。とにかくうちに上がって着替えないと。
そう思って鍵を開け、中に入る。
「ただいまー」
いつもの通り、誰も返事する相手はいない挨拶をした……はずだったんだけど。
「おかえりなさいませ、だんなさま」
……あり得ない返事が返ってきた。
しかも、聞き覚えのある声で。
「おゆがわいていますから、おはいりくださいね、だんなさま」
目の前に、あの時の微笑みを一切崩さずに、相変わらずびしょ濡れのまま僕を待ち構えていたみなもさんの姿。
……完全に思考が止まった。
鍵はかけたはずだし、実際かかってたし、でも中にいたし、大体場所なんか教えてもいないはずだし、そもそも何故か自転車に乗ってたはずの僕が追い抜かれてるし……
散々混乱した結果、僕は考えるのをやめた。
「……出ました」
「おゆかげんはどうでしたか、だんなさま」
「……良かったよ、ありがとう」
考えるのをやめた結果、とりあえずみなもさんの好きなようにやらせてみる事にした。
やらせておけば多分そのうちに気も変わるだろうし、言っていることはめちゃくちゃでも綺麗な女の人に一緒にいてもらって悪い気はしない。
「おゆはんができあがりましたよ、だんなさま」
風呂上がりの僕を出迎えたのはお味噌汁のいいにおいと、割烹着姿のみなもさん。
馬子にも衣装とはいうけれど、美人の場合は逆だなぁと思う。本物の美人は割烹着だって映えるのだ。
……でも、その割烹着がやっぱりびしょ濡れなのは突っ込んじゃいけないかな。
「どうぞめしあがれ、だんなさま」
にっこりと微笑みながら出してくれたのは炊きたてのご飯に味噌汁、それと豚の生姜焼き。どれもこれもたまらなくいい匂いがする。
もっと手間をかけず適当に調理するつもりだったものがご馳走に化けてしまった。
「……いいの？こんなにしてもらって」
「なにをおっしゃるんです、だんなさま。つまとしてとうぜんのことです」
さすがにちょっと悪い気になって聞いてみると、彼女はやっぱりにこりと笑ってそう返した。
多分これ以上言っても、やっぱり聞いてくれないんだろうな。
そんな諦めと、ほんの少しの妙な安心感を胸に、僕はその料理を口に運んでみた。
「……うまい」
ちょっと感動した。この世にこんなに美味しい夕食があるのかと思うくらい、それは美味しかった。
まずご飯。実家から差し入れられた単なる古米のはずなのに、炊き上がりはツヤツヤしてピンと粒が立って、まるで新米のそれみたいだ。
それから味噌汁。出汁と塩味の加減がぴったりで、しかも味噌のいい香りがきっちり残っている。
生姜焼き。味付けはちょっと辛めでご飯が進む。なんというか好物が増えた感じだ。
「おいしいですか、だんなさま」
夢中になって料理を食べる僕を、みなもさんが嬉しそうに笑って見つめている。
その笑顔はなんというか魅力的で。
……このまま本当のお嫁になってくれないかなぁ、なんてちょっとだけ思ってしまった。
「……ふぅ」
食事を終えてしばらく、もう夜も更けてきた頃。僕は歯を磨いて、寝る準備に取り掛かっていた。
みなもさんはあの後、食器洗いから洗濯までてきぱきと済ませてしまって、今は僕の布団を敷いてくれている。
……なんだかんだでみなもさんにすっかりお世話になってしまった。
こんなので本当にいいのか否か。僕とみなもさんが出会ったのはたかだか3〜4時間前。その間にどういうわけか旦那さま認定されて、色々としてもらっている訳だ。
とはいえ、とびきりの美人さんにこうまで尽くしてもらうのは悪い気はしないし、それに応えないのも如何なものかなんて考えも浮かぶ。といってもこれはなんとも自分本位な思考なので、あまり真っ当なものとはいえないけれど。
「しゅこしゅこ……ん、ぐちゅぐちゅ、ぺっ……よし」
と、まあ取り留めもなくそんな事を考えているうちに歯磨きが終わった。口の中がさっぱりした所で、後は寝るだけだ。
……とりあえず、細かい事は明日考えよう。随分彼女には振り回されたんだ、それくらい甘受したって罰はあたらないだろう。
そんな相変わらず自分本位極まりないことを思いながら、僕は四畳半へと戻った。
……が、そこで僕を待っていたのは。
「おまちしておりました、だんなさま……」
出会った時に着ていたものと同じ、ぐっしょりと濡れた藍色の和服を肩のあたりまではだけて、布団の横に座っているみなもさんだった。
「……へ？」
今度の今度こそ、僕は呆然とした。一体何がどうなっているというのか。
……みなもさんの言わんとせん所はよく分かる。とてもよく分かる。非常によく分かる。分からなければ男じゃないと思う。
……でも、言いたい事が分かるからこそ、余計に意味がわからない。
彼女はこうも気が早いのか。いや、そもそも嫁だ旦那だという時点でおかしいんだけれど、それにしたってほんのさっき出会ったばかりの僕を誘ったりしてどうしようというのか。新手の美人局？でもそれにしては何も考えていなさそうだし。
「ねぇ、だんなさま……」
みなもさんが僕を呼ぶ。さっきまでの抜けた感じの声とはまた違った、やけに甘くて色っぽい声だ。
それに乗せられて目に映るみなもさんも……やっぱり、素敵だ。
濡れて素肌に張り付いた和服が、ぽたぽたと雫を垂らす髪の毛が。雨の下だと奇妙な印象を与えるだけだったそれが、今はむしろ艶っぽく、魅力的に見える。
そこに映える白い肌に、やけに熱いこちらを向く視線。……準備は万端、とでもいいたげな様子だ。
ごくり、と僕の喉が鳴る。
……据え膳食わぬはなんとやら、という古い言葉がある。多分これがいわゆる「据え膳」なんだろう。でもこの据え膳は食べてしまってもいいものなのか。
心臓がどきどきと高鳴る。本能的にはもうむしゃぶりついてしまいたいくらいだ。でも、ほんの少しの理性と大多数の不安感がそれを止める。
「ごふあんなのですか、だんなさま」
動けない僕に、みなもさんが問う。
少し間をおいて、僕はゆっくりと頷いた。男として恥ずかしくないのかと言われそうだけれど。
「それでは、わたしがてほどきをしてさしあげますね、だんなさま」
……瞬間、みなもさんの体がにょんと伸び上がって、僕を布団の上に押し倒した。
「……！？」
目の前には僕に押しかかったみなもさんの姿。相変わらず何かに期待しているような濡れた瞳がこっちをじっと見ている。
ぴちゃりと張り付く濡れた着物の感触、直に伝わってくる息遣い、仕草や表情。
僕の思考は興奮でほとんどオーバーヒートしていて、ほんのさっき見せられた人間にはあり得ない動きの事も、すっかり頭の中から吹き飛んでしまった。
「……んむ」
「……ん！？」
そんな姿をじっと見ていたみなもさんが、突然僕の唇を奪う。
みなもさんの唇はぷにゅっとした弾力があって……まるで血が通っていないみたいにひやりとしていた。
「ん、む……れろ……」
奇妙な感触のキスにあっけにとられた僕の口の中に、みなもさんの舌が入ってくる。唇と同じく冷たいその舌は、自在にうねって口内を隈なく刺激していく。
「……ん、むぐ……ちゅる、る……」
「ふう、ちゅぷ、れろ……」
されっぱなしなのもどうかと思って、わからないなりに自分からも舌を伸ばしてみる。
するとみなもさんは少し嬉しそうに笑って、さらに舌を絡め合わせてくれた。
ひやりとした舌の冷たさが心地よくて、頭の芯がぼうっとしてくる。気付いてみれば、僕はすっかり彼女のキスの虜になって、夢中その行為を貪ってしまっていた。
「……ぷはっ」
それがしばらく続いた後、どちらからともなく唇を離す。それを惜しむかのように、唾液が一本の糸の橋となって僕と彼女の間にかかる。
思考がぼやけている。今のキス一つだけで、僕はすっかり骨抜きになっていた。
……そんな風にキスの余韻に心地よく浸っていると、みなもさんはまたにこりと淫靡に微笑んで、僕にこう言った。
「きもちよかったですか、だんなさま」
「……うん、すごく、よかった」
「ありがとうございます。それでは、こんどはこちらをいただきますわ、だんなさま」
やりとりもそこそこに、みなもさんが僕のズボンと下着を下げさせていく。あっさりと露わになったモノは、まだ触れられてもいないのに、興奮にあてられて痛いほどに硬く大きく反り立っていた。
それを見て、また彼女は微笑む。
「うふ、こんなにしてしまわれて……すぐにきもちよくしてさしあげますね、だんなさま」
「うっ、あ……」
その一言とともに、みなもさんの青白い手が僕のモノにさわりと触れる。その手もやはりひやりと冷たくて、触れられるだけでも吐息が漏れるほど気持ちいい。
すぐに、手が僕のモノを扱き始めた。
「たくさんきもちよくなってください、だんなさま」
「……っ、うぅ……あ、ふぅ……」
使っているものは同じ手のはずなのに、みなもさんにしてもらうそれは自分でするのの何倍も気持ちよかった。彼女の手はリズミカルに上下に動き、時折緩急をつけながら僕のモノを刺激していく。その技術に加えて、独特の冷たさが与えられる快感をいや増していく。
「きもちいいですか、だんなさま」
しばらく手による責めが続いている中、みなもさんは急に僕の顔を覗き込んでそんな言葉をかけてきた。
快感に流されてうまく働かない頭のまま、僕はただ頭を縦に振る。
……その瞬間、股間に走る快感が様変わりした。
「……！？っ、あっ！あぁぁぁっ！」
「ありがとうございます、だんなさま。それではもっと、きもちよくしてさしあげますね」
さっきまで僕のモノを握り込んでしごいていたはずの手。それがとろりと融けて、僕のモノに被さっていた。
融けた手のひらが意思をもった水飴のようにぐちゅぐちゅと絡みついてくる。根元から先端まで、スライム状のそれが蠢き、吸い付き、撫で回していく。
……今更になって、僕は彼女が人間ではないことに気づいた。
この日本……かつてはジパングと呼ばれていた場所で、人々の中に溶け込んで暮らしている妖怪たち。
彼女はきっと、その中の一人なんだろう。
「きもちいいですか、だんなさま。だんなさまがきもちいいのは、わたしもうれしいですよ」
「うううぅ……くっ、あぁっ！」
しかし、今更そうであることが分かっても何が変わるだろうか。腰がびくびくと震えて、口からは堪えきれず声が出る。容赦なく与えられる快感に、ただ僕は翻弄されることしか出来ない。
その間もみなもさんは僕に声をかけてくる。ただ純粋に僕の事を考えてくれているのが伝わってくるような、優しい声色だ。
僕にはもうわけがわからなかった。みなもさんにいいようにされているのに、同時に彼女に自分がどこまでも尽くされているような、そんな奇妙な感覚がひたすら続いている。
そしてそれにも限界が近づいてきた。腰の奥から、何か熱いものがぐつぐつと湧き上がってくるのが感じられる。予兆のように、モノがぶるりと震えた。
「うふ、そろそろのようですね。たくさんください……だんなさま」
みなもさんもそれに気付いたのか、にこりと笑って……じゅるん、とひときわねちっこく、融けた右手で張り詰めたモノを撫で上げた。
それが、とどめだった。
「っあぁぁぁぁぁぁっ！」
咆哮とともに、大量の精液が溢れ出す。勢いよく飛び出したそれは手だけに収まらず、みなもさんの全身に降り注いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は完全に虚脱してしまっていた。快感のあまり息は上がり、体に力は入らず、頭も一向に働かない。それでも、みなもさんの姿だけははっきりと見えていた。
「んふ、たくさんだしてくださいましたね。おいしいです、だんなさま」
濃い藍色の着物を白く汚して、ぺろりと舌を出して顔にかかった精液を軽く舐めとると、彼女は笑顔のままそう言った。その姿に、出したばかりの肉棒が時を待たず硬さを取り戻していく。
「まだたりなかったのですね、だんなさま。それでは……いたしましょうか」
みなもさんが体を持ち上げて、ちょうど僕に馬乗りになるような姿勢をとる。
それからゆっくりと腰をおろして……しばらくすると、僕のモノの先端に何かが触れた。
「ひぅ……」
「んっ……」
僕とみなもさんの声が重なる。濡れた和服の下、影になってよく見えないけれど……きっと、大事な部分同士で触れ合っているのだろう。
もう少しみなもさんが腰を落とせば入ってしまう。そんなぎりぎりの状態に、僕の胸は激しく高鳴った。
そしてその高鳴りが頂点に達した時。
「いきます、だんなさ……まぁっ！」
「っ、あぁっ！」
みなもさんは、腰をすとんと落として一気に挿入させてしまった。
みなもさんの中は、凄まじく気持ちよかった。なんというか、「半分融けたような」感じなのだ。
さっき手でしてもらった時と違って、元々の形はまだ残っている。けれど、それは適度に形を保ったまま自由自在にうねり、中に突き入れられたモノを舐めくすぐっていく。
「んぅ、それではうごかしますね、だんなさま」
その上に、さらに腰の動きが加えられていく。激しく上下運動が起こり、モノが抜き差しされる度に、接合部からじゅっぷじゅっぷと大きな水音が立つ。
まるで脳を直接揺すぶられているかのような強烈な快感に、僕はただ悶えた。
「あんっ、だんなさま、だんなさまぁ……きもちいいです、わたしもきもちいいですう……」
どうやら今度はみなもさん自身も快楽を得ているらしく、表情を蕩けさせ、息を弾ませながら貪欲に腰を振っている。その勢いはお互いの高まりに合わせてより激しくなっているようだ。
「っぅぅぅぅ♪だんなさま、だんなさまぁぁぁ……♪」
「くぅ、みなもさん、みなもさん……！」
高まっていくのに合わせ、次第に目の前のみなもさんがどうしようもなく愛おしく感じられてくる。それはみなもさんも同じようで、僕たちは気付けば指を絡めあい、互いの名を呼び合っていた。
そんな交わりもとうとう終わりが近づいてきた。僕の腰は前後に軽くびくびくと震えて、限界が近い事を示している。
同じように、みなもさんとつないだ手から軽い震えが伝わってきている。きっと彼女も、そろそろ達するのだろう。
「みなもさんっ、ごめん、僕っ、もうっ……！」
「だんなさまぁっ♪だしてくださいっ♪わたしのなかにたくさんたくさんだしてくださいぃぃっ♪」
お互いに考えている事は同じだったらしい。
僕が最後の最後、下側から突然腰を突き上げる……のと同時に、中の半分融けた肉がじゅるりと蠢いた。
「っ、うあぁぁぁぁぁぁっ！！」
「あはぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
咆哮と嬌声が重なる。
それに合わせて、僕のモノはさっき出したばかりとは思えないほどの勢いで、みなもさんの中に欲望をぶちまけた。
中が蠢いて、彼女が貪欲にその精を取り込んでいる事がよくわかる。その感触もやはり冷たくて、まるで熱ごと精液を吸い取られているような感覚だ。
「っ、ふぅ、ぅ……」
「くぅ、ぁ……だんな、さまぁ……」
長い射精が終わると、みなもさんは僕の方に向かってくてりと倒れこんだ。ひんやりとした体が火照った僕の体を冷やしてくれて心地良い。
僕は今度こそ完全に虚脱してしまった。意識がゆっくりと遠のいて、眠りへ向かっていく。
……そこに聞こえてきた声が一つ。
「だんな、さま……おしたいして、います……」
みなもさんの、愛の言葉。
意識を失う寸前、僕はみなもさんの背中に手を回し、抱きしめた。心の底から愛おしいと、今度こそ思えた。
その日以来、僕はみなもさんと一緒に暮らすようになった。
共にする時間が長くなっても、相変わらずみなもさんは何を考えているかよくわからない。
家事をする時と、僕と「する」時以外はただぼーっとしているか、にこにこしているかのどちらかだ。
みなもさんは僕の事を思って、尽くしてくれる。なのに僕が彼女を理解出来ないのはまずいかも知れない。
……そこで、僕は少し変な事を始めた。
「……お、雨か」
ある休日の午後、みなもさんが淹れてくれたお茶で一服していると、外からぽつぽつと雨の音が聞こえてきた。
その音はだんだん大きくなり、そのうちにあたり一面を濡らしはじめた。
「行こうか、みなもさん」
「ええ、だんなさま」
どちらからともなく席をたち、家から出る。玄関口に差してある傘には目もくれず、二人で雨の中へと繰り出した。
雨が僕とみなもさんの体を濡らしていく。みなもさんは始めから濡れているけれど、こうなればみんな同じだ。
僕は雨の中をゆっくりと歩いていく。服がまとわりつくのも、髪から水が垂れるのも気にせずに。
みなもさんがそれについてくる。やっぱり、三歩遅れてだ。
……これが僕の、雨の日の新しい日課。
みなもさんと一緒に雨の中で散歩をして、濡れて帰ってくるのだ。
雨に濡れるのが鬱陶しいとは思わなくなった。周りから変な目で見られるのも、怖くない。
そんな事より、今僕の三歩後ろをついてきているみなもさん。彼女とほんの少しでも気持ちを共有できる事、それが何よりの楽しみなのだ。
「ねえ、みなもさん」
「なんでしょうか、だんなさま」
「僕達が初めて会ったのって、こんな雨の日だったよね」
「そうですね、だんなさま」
「……本当に、僕なんかで良かったのかい」
「……もちろんです、だんなさま」
僕が質問して、みなもさんが答える。そんないつもの、要領を得ないやりとり。
でも、この雨の下で、二人濡れながらだと、いつもより心が通じ合う。そんな気がした。
雨の日には、傘を畳んで。
大切な人と出かけよう。
降り始めてからずいぶん経ったせいもあって、足元のアスファルトはすっかり濡れて、所々には水たまりやちょっとした流れもできている。
道沿いの建物からは、屋根から垂れ落ちた雨水がびちょびちょと跳ねる音も聞こえてくる。
そんなやや激しい雨の中、僕は下宿に向かって一人自転車を走らせていた。
「……やだなぁ、もう」
そんな愚痴がついこぼれてしまう。
傘はさしているけれど、この勢いの雨の中じゃあ焼け石に水だ。
ズボンの膝から下はもうぐっしょりと水が染み込んでしまって、ペダルを漕ぐ度に纏わりついてきて気持ち悪いし鬱陶しい。
濡れた髪の毛からも雨水が垂れ下がってきて、目や口に入ってきたりもする。しかも傘で片手が塞がって運転しにくい。
サークルに出席してへとへとになった後にこれだ。僕が何か悪いことでもしたか、と文句の一つも言いたくなってくる。
無論そんなことを言ったって雨が止むわけでもない。むしろ自転車をこいでいる間にも段々雨脚は強くなってきている。
とにかくさっさと下宿に帰り着きたい。帰れば着替えもタオルもあるし、何よりこれ以上濡れたくない。
だるい体を押して、僕は帰り道をただ急いでいる、はずだった。
が、その途中、僕は一つの人影に気づいた。
妙に存在感のあったその人影に、ついペダルをこぐ足が止まる。
さっきまで散々急いでいたのに、どうして人影くらいで止まろうとしたのか、僕にもよくわからなかった。
もしかしたら、これが俗に言う運命とか、そんなものだったのかもしれない。
僕が立ち止まって目を向けた先には、一人の女の人がいた。
身の丈は普通より少し高いくらいで、すらっとした体つき。綺麗で長い、ちょっと青みがかった黒髪をしている。下世話な話だけれど、胸も結構大きい。
着ているものは紺色の和服。落ち着いた雰囲気がとてもよく似合っている。
……とまあ、顔は俯き気味でよく見えないけれど、そこに立っていた女の人は随分綺麗だった。
でも綺麗というばかりじゃなくて、少し、いや、かなり変なところが一つ。
その人は、傘をさしていなかった。
雨が止むどころかかえってどんどん強くなっているような状況なのに、ただ雨の中に突っ立っている。
傘を忘れたにしては雨宿りをしようともしていないし、なんともよくわからない。
服も髪の毛もびっしょりと濡れていて、ぽたぽたと水滴を垂れ落としたり、肌に貼り付いたりしている。
それがなんとなく不気味にも見えるし、ちょっと色っぽくも見える。
人気のない夜の通りに、一人ぽつんと立っているびしょ濡れの和服美人。
なんとも奇妙で少し魅力的なその光景に、僕はさっきまで帰り道を急いでいたのも忘れて見入っていた。
すると。
「……」
見られていることに気づいたのか、さっきまで俯いていた彼女の顔が、僕の方に向き、目線があった。
そうしてはっきりと見えた彼女の素顔も、やっぱり綺麗だった。
薄い唇に、血の気の感じられないくらい白い肌。目は大きいけれど少し垂れ目気味で、なんとなくぼんやりした印象を受ける。
その顔が、僕の瞳を見つめながら、にこりと微笑みを浮かべた。
(……どうしたらいいんだろ)
思いがけず相手側から意識を向けられて、僕は少し困惑する。普通ならべつに困るようなことでもないけれど、僕はあまり女の人に免疫がある方ではない。わけもなくどぎまぎしてしまって、頭がちゃんと働いてくれなかった。
その間も彼女は微笑みを変わらず僕に投げかけてくる。
「……ど、どうも」
困りに困った挙句、僕は同じように軽く笑顔を浮かべながら会釈をした。
少し表情が引きつっていた気もするけど、まあ仕方がない。
すると彼女はすこし恥ずかしげな顔をしながらゆっくりと僕に近づき、こう言った。
「……みなも、と、もうします」
「……は？」
よくわからない流れに、つい間の抜けた声が出てしまう。申します、ってことは、きっと今のが自己紹介か何かなんだろう。でも、なんでこんな時に？
……ますます混乱する僕に、彼女はもっと訳のわからない事を言った。
「どうか、これから、すえながく、よろしく、おねがいいたします。だんなさま」
「……え、ええ？旦那、様？僕が？」
「そうでございます、だんなさま」
たどたどしい口調で、彼女は平然とそう言い放った。
どうも今のやりとりで、僕は彼女の夫だか主人だかと認識されてしまったようだ。
……なんだか、予想以上に彼女は変な人だったらしい。
流石に色々とまずいと思ったので、説得をしてみる。
「えーっと、何というかさ」
「あいしております、だんなさま」
「僕とあなたは今目があっただけだし」
「あいしております、だんなさま」
「こういうのは、もっとちゃんとお互いの事を知ってから」
「あいしております、だんなさま」
「大体僕なんかより、もっと素敵な人が」
「あいしております、だんなさま」
……暖簾に腕押しってレベルじゃない。
なんだか壊れたラジオとか昔流行ったファービー人形とか、そういうのを相手にしてる気分だ。
しかも有無を言わせないためにやってるというよりは、どちらかと言うと他に言葉を知らないからずっと繰り返してるような感じだ。
ちょっと不気味になった僕は自転車のスタンドを外し、一歩前に進む。
すると彼女も一歩進む。僕が進んだのと同じだけ、彼女も進む。
ぴったりくっついている訳ではなくて、ほんの少しだけ距離感がある。試しに一歩戻ってみたら、今度は彼女も一歩戻った。
「……なんでついてくるのさ」
「わたしはあなたのつまだからです、だんなさま」
「この妙な距離感は一体なんなの？」
「だんなさまのさんぽうしろをついていくのです、だんなさま」
あぁ、夫の三歩後ろに付き従うのが大和撫子だって言うよねハハハやってられるか。
冗談にしてもそろそろ付いていけない。僕はまた自転車に跨って、下宿に向かって全速力で走った。
「はあ、やっと着いた」
それから十分ほど走って、やっと下宿まで帰ってきた。
あのみなもさんとかいう変な人に見とれたり話にならない話をしたりしているうちに、僕自身もすっかりびしょ濡れになってしまっていた。
「まったくもう、あんな事にならなきゃここまで濡れたりしなかったのに……」
いや、まああそこで彼女に見惚れてしまった僕が悪いといえば悪いんだけど。
まあ、ぐちぐち言っても仕方がない。とにかくうちに上がって着替えないと。
そう思って鍵を開け、中に入る。
「ただいまー」
いつもの通り、誰も返事する相手はいない挨拶をした……はずだったんだけど。
「おかえりなさいませ、だんなさま」
……あり得ない返事が返ってきた。
しかも、聞き覚えのある声で。
「おゆがわいていますから、おはいりくださいね、だんなさま」
目の前に、あの時の微笑みを一切崩さずに、相変わらずびしょ濡れのまま僕を待ち構えていたみなもさんの姿。
……完全に思考が止まった。
鍵はかけたはずだし、実際かかってたし、でも中にいたし、大体場所なんか教えてもいないはずだし、そもそも何故か自転車に乗ってたはずの僕が追い抜かれてるし……
散々混乱した結果、僕は考えるのをやめた。
「……出ました」
「おゆかげんはどうでしたか、だんなさま」
「……良かったよ、ありがとう」
考えるのをやめた結果、とりあえずみなもさんの好きなようにやらせてみる事にした。
やらせておけば多分そのうちに気も変わるだろうし、言っていることはめちゃくちゃでも綺麗な女の人に一緒にいてもらって悪い気はしない。
「おゆはんができあがりましたよ、だんなさま」
風呂上がりの僕を出迎えたのはお味噌汁のいいにおいと、割烹着姿のみなもさん。
馬子にも衣装とはいうけれど、美人の場合は逆だなぁと思う。本物の美人は割烹着だって映えるのだ。
……でも、その割烹着がやっぱりびしょ濡れなのは突っ込んじゃいけないかな。
「どうぞめしあがれ、だんなさま」
にっこりと微笑みながら出してくれたのは炊きたてのご飯に味噌汁、それと豚の生姜焼き。どれもこれもたまらなくいい匂いがする。
もっと手間をかけず適当に調理するつもりだったものがご馳走に化けてしまった。
「……いいの？こんなにしてもらって」
「なにをおっしゃるんです、だんなさま。つまとしてとうぜんのことです」
さすがにちょっと悪い気になって聞いてみると、彼女はやっぱりにこりと笑ってそう返した。
多分これ以上言っても、やっぱり聞いてくれないんだろうな。
そんな諦めと、ほんの少しの妙な安心感を胸に、僕はその料理を口に運んでみた。
「……うまい」
ちょっと感動した。この世にこんなに美味しい夕食があるのかと思うくらい、それは美味しかった。
まずご飯。実家から差し入れられた単なる古米のはずなのに、炊き上がりはツヤツヤしてピンと粒が立って、まるで新米のそれみたいだ。
それから味噌汁。出汁と塩味の加減がぴったりで、しかも味噌のいい香りがきっちり残っている。
生姜焼き。味付けはちょっと辛めでご飯が進む。なんというか好物が増えた感じだ。
「おいしいですか、だんなさま」
夢中になって料理を食べる僕を、みなもさんが嬉しそうに笑って見つめている。
その笑顔はなんというか魅力的で。
……このまま本当のお嫁になってくれないかなぁ、なんてちょっとだけ思ってしまった。
「……ふぅ」
食事を終えてしばらく、もう夜も更けてきた頃。僕は歯を磨いて、寝る準備に取り掛かっていた。
みなもさんはあの後、食器洗いから洗濯までてきぱきと済ませてしまって、今は僕の布団を敷いてくれている。
……なんだかんだでみなもさんにすっかりお世話になってしまった。
こんなので本当にいいのか否か。僕とみなもさんが出会ったのはたかだか3〜4時間前。その間にどういうわけか旦那さま認定されて、色々としてもらっている訳だ。
とはいえ、とびきりの美人さんにこうまで尽くしてもらうのは悪い気はしないし、それに応えないのも如何なものかなんて考えも浮かぶ。といってもこれはなんとも自分本位な思考なので、あまり真っ当なものとはいえないけれど。
「しゅこしゅこ……ん、ぐちゅぐちゅ、ぺっ……よし」
と、まあ取り留めもなくそんな事を考えているうちに歯磨きが終わった。口の中がさっぱりした所で、後は寝るだけだ。
……とりあえず、細かい事は明日考えよう。随分彼女には振り回されたんだ、それくらい甘受したって罰はあたらないだろう。
そんな相変わらず自分本位極まりないことを思いながら、僕は四畳半へと戻った。
……が、そこで僕を待っていたのは。
「おまちしておりました、だんなさま……」
出会った時に着ていたものと同じ、ぐっしょりと濡れた藍色の和服を肩のあたりまではだけて、布団の横に座っているみなもさんだった。
「……へ？」
今度の今度こそ、僕は呆然とした。一体何がどうなっているというのか。
……みなもさんの言わんとせん所はよく分かる。とてもよく分かる。非常によく分かる。分からなければ男じゃないと思う。
……でも、言いたい事が分かるからこそ、余計に意味がわからない。
彼女はこうも気が早いのか。いや、そもそも嫁だ旦那だという時点でおかしいんだけれど、それにしたってほんのさっき出会ったばかりの僕を誘ったりしてどうしようというのか。新手の美人局？でもそれにしては何も考えていなさそうだし。
「ねぇ、だんなさま……」
みなもさんが僕を呼ぶ。さっきまでの抜けた感じの声とはまた違った、やけに甘くて色っぽい声だ。
それに乗せられて目に映るみなもさんも……やっぱり、素敵だ。
濡れて素肌に張り付いた和服が、ぽたぽたと雫を垂らす髪の毛が。雨の下だと奇妙な印象を与えるだけだったそれが、今はむしろ艶っぽく、魅力的に見える。
そこに映える白い肌に、やけに熱いこちらを向く視線。……準備は万端、とでもいいたげな様子だ。
ごくり、と僕の喉が鳴る。
……据え膳食わぬはなんとやら、という古い言葉がある。多分これがいわゆる「据え膳」なんだろう。でもこの据え膳は食べてしまってもいいものなのか。
心臓がどきどきと高鳴る。本能的にはもうむしゃぶりついてしまいたいくらいだ。でも、ほんの少しの理性と大多数の不安感がそれを止める。
「ごふあんなのですか、だんなさま」
動けない僕に、みなもさんが問う。
少し間をおいて、僕はゆっくりと頷いた。男として恥ずかしくないのかと言われそうだけれど。
「それでは、わたしがてほどきをしてさしあげますね、だんなさま」
……瞬間、みなもさんの体がにょんと伸び上がって、僕を布団の上に押し倒した。
「……！？」
目の前には僕に押しかかったみなもさんの姿。相変わらず何かに期待しているような濡れた瞳がこっちをじっと見ている。
ぴちゃりと張り付く濡れた着物の感触、直に伝わってくる息遣い、仕草や表情。
僕の思考は興奮でほとんどオーバーヒートしていて、ほんのさっき見せられた人間にはあり得ない動きの事も、すっかり頭の中から吹き飛んでしまった。
「……んむ」
「……ん！？」
そんな姿をじっと見ていたみなもさんが、突然僕の唇を奪う。
みなもさんの唇はぷにゅっとした弾力があって……まるで血が通っていないみたいにひやりとしていた。
「ん、む……れろ……」
奇妙な感触のキスにあっけにとられた僕の口の中に、みなもさんの舌が入ってくる。唇と同じく冷たいその舌は、自在にうねって口内を隈なく刺激していく。
「……ん、むぐ……ちゅる、る……」
「ふう、ちゅぷ、れろ……」
されっぱなしなのもどうかと思って、わからないなりに自分からも舌を伸ばしてみる。
するとみなもさんは少し嬉しそうに笑って、さらに舌を絡め合わせてくれた。
ひやりとした舌の冷たさが心地よくて、頭の芯がぼうっとしてくる。気付いてみれば、僕はすっかり彼女のキスの虜になって、夢中その行為を貪ってしまっていた。
「……ぷはっ」
それがしばらく続いた後、どちらからともなく唇を離す。それを惜しむかのように、唾液が一本の糸の橋となって僕と彼女の間にかかる。
思考がぼやけている。今のキス一つだけで、僕はすっかり骨抜きになっていた。
……そんな風にキスの余韻に心地よく浸っていると、みなもさんはまたにこりと淫靡に微笑んで、僕にこう言った。
「きもちよかったですか、だんなさま」
「……うん、すごく、よかった」
「ありがとうございます。それでは、こんどはこちらをいただきますわ、だんなさま」
やりとりもそこそこに、みなもさんが僕のズボンと下着を下げさせていく。あっさりと露わになったモノは、まだ触れられてもいないのに、興奮にあてられて痛いほどに硬く大きく反り立っていた。
それを見て、また彼女は微笑む。
「うふ、こんなにしてしまわれて……すぐにきもちよくしてさしあげますね、だんなさま」
「うっ、あ……」
その一言とともに、みなもさんの青白い手が僕のモノにさわりと触れる。その手もやはりひやりと冷たくて、触れられるだけでも吐息が漏れるほど気持ちいい。
すぐに、手が僕のモノを扱き始めた。
「たくさんきもちよくなってください、だんなさま」
「……っ、うぅ……あ、ふぅ……」
使っているものは同じ手のはずなのに、みなもさんにしてもらうそれは自分でするのの何倍も気持ちよかった。彼女の手はリズミカルに上下に動き、時折緩急をつけながら僕のモノを刺激していく。その技術に加えて、独特の冷たさが与えられる快感をいや増していく。
「きもちいいですか、だんなさま」
しばらく手による責めが続いている中、みなもさんは急に僕の顔を覗き込んでそんな言葉をかけてきた。
快感に流されてうまく働かない頭のまま、僕はただ頭を縦に振る。
……その瞬間、股間に走る快感が様変わりした。
「……！？っ、あっ！あぁぁぁっ！」
「ありがとうございます、だんなさま。それではもっと、きもちよくしてさしあげますね」
さっきまで僕のモノを握り込んでしごいていたはずの手。それがとろりと融けて、僕のモノに被さっていた。
融けた手のひらが意思をもった水飴のようにぐちゅぐちゅと絡みついてくる。根元から先端まで、スライム状のそれが蠢き、吸い付き、撫で回していく。
……今更になって、僕は彼女が人間ではないことに気づいた。
この日本……かつてはジパングと呼ばれていた場所で、人々の中に溶け込んで暮らしている妖怪たち。
彼女はきっと、その中の一人なんだろう。
「きもちいいですか、だんなさま。だんなさまがきもちいいのは、わたしもうれしいですよ」
「うううぅ……くっ、あぁっ！」
しかし、今更そうであることが分かっても何が変わるだろうか。腰がびくびくと震えて、口からは堪えきれず声が出る。容赦なく与えられる快感に、ただ僕は翻弄されることしか出来ない。
その間もみなもさんは僕に声をかけてくる。ただ純粋に僕の事を考えてくれているのが伝わってくるような、優しい声色だ。
僕にはもうわけがわからなかった。みなもさんにいいようにされているのに、同時に彼女に自分がどこまでも尽くされているような、そんな奇妙な感覚がひたすら続いている。
そしてそれにも限界が近づいてきた。腰の奥から、何か熱いものがぐつぐつと湧き上がってくるのが感じられる。予兆のように、モノがぶるりと震えた。
「うふ、そろそろのようですね。たくさんください……だんなさま」
みなもさんもそれに気付いたのか、にこりと笑って……じゅるん、とひときわねちっこく、融けた右手で張り詰めたモノを撫で上げた。
それが、とどめだった。
「っあぁぁぁぁぁぁっ！」
咆哮とともに、大量の精液が溢れ出す。勢いよく飛び出したそれは手だけに収まらず、みなもさんの全身に降り注いだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は完全に虚脱してしまっていた。快感のあまり息は上がり、体に力は入らず、頭も一向に働かない。それでも、みなもさんの姿だけははっきりと見えていた。
「んふ、たくさんだしてくださいましたね。おいしいです、だんなさま」
濃い藍色の着物を白く汚して、ぺろりと舌を出して顔にかかった精液を軽く舐めとると、彼女は笑顔のままそう言った。その姿に、出したばかりの肉棒が時を待たず硬さを取り戻していく。
「まだたりなかったのですね、だんなさま。それでは……いたしましょうか」
みなもさんが体を持ち上げて、ちょうど僕に馬乗りになるような姿勢をとる。
それからゆっくりと腰をおろして……しばらくすると、僕のモノの先端に何かが触れた。
「ひぅ……」
「んっ……」
僕とみなもさんの声が重なる。濡れた和服の下、影になってよく見えないけれど……きっと、大事な部分同士で触れ合っているのだろう。
もう少しみなもさんが腰を落とせば入ってしまう。そんなぎりぎりの状態に、僕の胸は激しく高鳴った。
そしてその高鳴りが頂点に達した時。
「いきます、だんなさ……まぁっ！」
「っ、あぁっ！」
みなもさんは、腰をすとんと落として一気に挿入させてしまった。
みなもさんの中は、凄まじく気持ちよかった。なんというか、「半分融けたような」感じなのだ。
さっき手でしてもらった時と違って、元々の形はまだ残っている。けれど、それは適度に形を保ったまま自由自在にうねり、中に突き入れられたモノを舐めくすぐっていく。
「んぅ、それではうごかしますね、だんなさま」
その上に、さらに腰の動きが加えられていく。激しく上下運動が起こり、モノが抜き差しされる度に、接合部からじゅっぷじゅっぷと大きな水音が立つ。
まるで脳を直接揺すぶられているかのような強烈な快感に、僕はただ悶えた。
「あんっ、だんなさま、だんなさまぁ……きもちいいです、わたしもきもちいいですう……」
どうやら今度はみなもさん自身も快楽を得ているらしく、表情を蕩けさせ、息を弾ませながら貪欲に腰を振っている。その勢いはお互いの高まりに合わせてより激しくなっているようだ。
「っぅぅぅぅ♪だんなさま、だんなさまぁぁぁ……♪」
「くぅ、みなもさん、みなもさん……！」
高まっていくのに合わせ、次第に目の前のみなもさんがどうしようもなく愛おしく感じられてくる。それはみなもさんも同じようで、僕たちは気付けば指を絡めあい、互いの名を呼び合っていた。
そんな交わりもとうとう終わりが近づいてきた。僕の腰は前後に軽くびくびくと震えて、限界が近い事を示している。
同じように、みなもさんとつないだ手から軽い震えが伝わってきている。きっと彼女も、そろそろ達するのだろう。
「みなもさんっ、ごめん、僕っ、もうっ……！」
「だんなさまぁっ♪だしてくださいっ♪わたしのなかにたくさんたくさんだしてくださいぃぃっ♪」
お互いに考えている事は同じだったらしい。
僕が最後の最後、下側から突然腰を突き上げる……のと同時に、中の半分融けた肉がじゅるりと蠢いた。
「っ、うあぁぁぁぁぁぁっ！！」
「あはぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
咆哮と嬌声が重なる。
それに合わせて、僕のモノはさっき出したばかりとは思えないほどの勢いで、みなもさんの中に欲望をぶちまけた。
中が蠢いて、彼女が貪欲にその精を取り込んでいる事がよくわかる。その感触もやはり冷たくて、まるで熱ごと精液を吸い取られているような感覚だ。
「っ、ふぅ、ぅ……」
「くぅ、ぁ……だんな、さまぁ……」
長い射精が終わると、みなもさんは僕の方に向かってくてりと倒れこんだ。ひんやりとした体が火照った僕の体を冷やしてくれて心地良い。
僕は今度こそ完全に虚脱してしまった。意識がゆっくりと遠のいて、眠りへ向かっていく。
……そこに聞こえてきた声が一つ。
「だんな、さま……おしたいして、います……」
みなもさんの、愛の言葉。
意識を失う寸前、僕はみなもさんの背中に手を回し、抱きしめた。心の底から愛おしいと、今度こそ思えた。
その日以来、僕はみなもさんと一緒に暮らすようになった。
共にする時間が長くなっても、相変わらずみなもさんは何を考えているかよくわからない。
家事をする時と、僕と「する」時以外はただぼーっとしているか、にこにこしているかのどちらかだ。
みなもさんは僕の事を思って、尽くしてくれる。なのに僕が彼女を理解出来ないのはまずいかも知れない。
……そこで、僕は少し変な事を始めた。
「……お、雨か」
ある休日の午後、みなもさんが淹れてくれたお茶で一服していると、外からぽつぽつと雨の音が聞こえてきた。
その音はだんだん大きくなり、そのうちにあたり一面を濡らしはじめた。
「行こうか、みなもさん」
「ええ、だんなさま」
どちらからともなく席をたち、家から出る。玄関口に差してある傘には目もくれず、二人で雨の中へと繰り出した。
雨が僕とみなもさんの体を濡らしていく。みなもさんは始めから濡れているけれど、こうなればみんな同じだ。
僕は雨の中をゆっくりと歩いていく。服がまとわりつくのも、髪から水が垂れるのも気にせずに。
みなもさんがそれについてくる。やっぱり、三歩遅れてだ。
……これが僕の、雨の日の新しい日課。
みなもさんと一緒に雨の中で散歩をして、濡れて帰ってくるのだ。
雨に濡れるのが鬱陶しいとは思わなくなった。周りから変な目で見られるのも、怖くない。
そんな事より、今僕の三歩後ろをついてきているみなもさん。彼女とほんの少しでも気持ちを共有できる事、それが何よりの楽しみなのだ。
「ねえ、みなもさん」
「なんでしょうか、だんなさま」
「僕達が初めて会ったのって、こんな雨の日だったよね」
「そうですね、だんなさま」
「……本当に、僕なんかで良かったのかい」
「……もちろんです、だんなさま」
僕が質問して、みなもさんが答える。そんないつもの、要領を得ないやりとり。
でも、この雨の下で、二人濡れながらだと、いつもより心が通じ合う。そんな気がした。
雨の日には、傘を畳んで。
大切な人と出かけよう。
11/05/23 02:42更新 / 早井宿借