読切小説
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ヘタレ奮闘記

好きなひとが出来ました。


わたしは最近、1人の人間さんが好きになりました。
かっこよくて、強くて、でも誰にでも優しい、そんな素敵な人です。
遠目でみたことしかないのに、最近その人のお嫁さんになることばかり考えてます。
だけどわたしはコカトリス。告白どころか近づくのも怖くて、全然仲良くなれません。
多分、向こうは私のことさえ知らないと思います。
それに、困ったことがもう一つ。
その人には、もう恋人さんがいるみたいなのです。
同じところに住んでいて、あんまり年が変わらなくて、仲のよさそうな女の人が。
ふたりはとても楽しそうに暮らしています。
そんな姿を見ているとなんだか羨ましくなってきて、わたしは時々おうちでしくしく泣きます。
自分の情けなさが悲しくて、わたしは泣いていたのでした。


そんなある日のこと。
「あら、ヘレンじゃない。どうしたのよこんな所で木陰なんかに隠れて」
「ひぅ!?……あ、メイさん、こんにちはです」
いつものようにわたしが木の後ろからあの人を見つめていると、知り合いのメドゥーサのメイさんが声をかけてきました。
メイさんはわたしと初めて友達になってくれた人です。いつも強気でツンツンしているので誤解されがちですが、本当はとても優しくて親切な人で、あんまり頭がよくないわたしの相談によく乗ってくれます。
「んぅ、実は……」
わたしはあの人間さんに片想いをしていることと、あの人にもう恋人さんがいることををメイさんに素直に教えました。もしかしたら、強気なメイさんにならいいアドバイスがもらえるかもしれないと思ったのです。

「なぁんだ、そんなの簡単じゃない」
わたしが話し終わると、メイさんはあっさりそう言いました。
「えっ、ど、どうすればいいんですか?!」
「うふふ、簡単なことよ。邪魔者を始末しちゃえばいいのよ」
……じゃまもの?しまつ?
いきなり出てきた物騒な言葉に、わたしは目を丸くしました。
メイさんはそんなこと気にしないかのようにしゃべりはじめます。
「その女の人が邪魔だからあなたはその人と結ばれないんでしょ?だから、その女の人がいなくなればいいのよ。そう、じゃまものはいなくなればいいの。わたしとじゃっくのじゃまするやつなんてきえちゃえばいいのよ。みんな、みんなみんなみんな」
「……あ、あの、メイさん?何かあったんですか?」
「おしおきしてきたのよ。ずるっこにおしおきしてきたの。ばちをあててきたのよ。ばらばらに、こなごなにして、あはは、あははははははっ」
なんだか今日のメイさんは怖かったので、わたしはおうちへ逃げ帰りました。


でもおうちに帰って少し考えると、メイさんの言ってたことも結構当たってるような気もします。
……あの恋人さんがいなくなれば、人間さんはわたしを見てくれるかもしれない。
なるほど、いい考えかもしれないです。
そう思ったわたしはさっそく準備を始めました。
恋する女の子は、なんだってできるんです。




次の日。
わたしはおうちにあった包丁を一本羽の中に隠して、がんばってあの人のおうちの近くの道までやってきました。
このあたりの人は魔物をこわがらないので、普通に立っているくらいなら何も言われません。
そしてこの道は、いつもあの恋人さんが買い物のために通っている道です。
草むらに隠れて、やってきたら後ろからこっそり近づいて、この包丁で……
「うふ、うふふふふふふ……」
想像していると、なんだか勝手に笑いがこみ上げてきます。
そうです。あの人がいなくなれば、人間さんはわたしのものになってくれるはずなんです。
きっとわたしを見てくれるんです。
……と、そうこうしているうちに、恋人さんがやってきました。
(楽しそうに鼻歌なんか歌っちゃって。そうしてられるのも今だけなんだから)
そう思いながら、わたしは息をひそめて待ちます。
しばらくして恋人さんはわたしが隠れている茂みを通り過ぎました。
今がチャンスです。
わたしは茂みから飛び出し、包丁をかまえて恋人さんの背中に向かって走りました。
ところが。
「……あなたさえ、あなたさえいなければ……」
「……ん?」
「ひっ!?」
今にもわたしがぶつかろうとした瞬間、恋人さんが突然後ろを振り向きました。
わたしはあんまりびっくりして−−
「きゃーーーーーーーーっ!」
……大あわてで逃げ出してしまいました。





「ひぃ……ひぃ……こわかったぁ、しっぱいですぅ……」
わたしは結局そのままおうちへ帰りました。
恋人さんをやっつけることはできなかったです。
……冷静になって考えてみると、ちょっとやり方がまずかった気がします。
それにいくらなんでも人を殺してしまうのはよくない気がするし、恋人さんがいなくなったからってあの人が見も知らないわたしを好きになるわけがないのです。
「……メイさんもたまには間違えるんですねー」
わたしはそう思って、また別のやり方であの人のお嫁さんになろうと決意しました。
……でもその日は思いつかなかったので、結局木陰からあの人を見つめるだけで終わりました。






それからまた別の日。
「あ、ヘレンさん。こんな所で何をなさっているのです?」
「ひゃ!?……あ、エルデさん。こんにちは」
いつものようにわたしが木の後ろからあの人を見つめていると、知り合いのゴーレムのエルデさんが声をかけてきました。
エルデさんはこのあたりに住んでいる魔導師さんにおつかえしているゴーレムで、このあたりにはよく研究材料を魔導師さんの代わりにとりにきます。昔は機械的に仕事をしていただけだったんですが、最近になってわたしに話しかけてくるようになりました。気難しそうに見えて、実は意外と気さくで話しやすい人です。
「んぅ、実は……」
わたしはあの人間さんに片想いをしていることと、あの人にもう恋人さんがいることををエルデさんに素直に教えました。もしかしたら、物知りなエルデさんにならいいアドバイスがもらえるかもしれないと思ったのです。

「そんなことですか。簡単ですよ」
わたしが話し終わると、エルデさんはあっさりそう言いました。
「えっ、ど、どうすればいいんですか?!」
「その方をあなたから離れられないようにすればいいのです」
……どういうこと?
よくわかっていないわたしを尻目に、エルデさんはしゃべりはじめます。
「その方を動けなくして、ヘレンさんがずっとその方のおそばでお世話をしてさしあげれば良いのです。縄でも鎖でも手錠でもなんでもいいから、その方をあなたが縛って閉じ込めて差し上げれば良いのです。そうすればその方はあなたを見てくれるようになるはずなのです。主は私を見てくださるはずなのです」
「……あ、あの、エルデさん?目つきがこわいよ?」
「あぁ主主主、私の愛しい主。私だけの主。私はあの女の代用品でしかないというのですか。何故私ではなくあの女を見ているのですか。私はこんなにもあなたをお慕いしているというのに、あぁ、愛していますあいしていますアイシテイマス……」
なんだか今日のエルデさんは怖かったので、わたしはおうちへ逃げ帰りました。


でもおうちに帰って少し考えると、エルデさんの言ってたことももっともな気もします。
……人間さんを、わたしが捕まえてしまえば……
なるほど、いい考えかもしれないです。
そう思ったわたしはさっそく準備を始めました。
恋する女の子は、なんだってできるんです。




「……よし、できましたです」
一週間後、わたしは人間さんが作る罠をお手本にして、あの人を捕まえるための罠を作ってみました。
材料は、
・とても大きなざる
・糸
・棒きれ
・「けーき」(おいしい食べ物。わたしも大好きです)
の四つでした。
作り方は簡単。
棒とけーきを糸でくくりつけて、その棒にざるを立てかけておくだけです。
人間さんが入る大きさのざるは探しても見つからなかったので、知り合いのドワーフさんに作ってもらいました。
「これをあの道に仕掛けておけば……」
人間さんがおいしそうなけーきに手を伸ばして、棒が倒れて、ざるに閉じ込められて……
あとは、わたしが手足を固めてしまえば、あの人間さんはわたしのものにできるのです。
「うふふふ、楽しみですねぇ……」
そう考えながら、わたしは罠を仕掛けに行きました。



そして次の日、罠を見に行ってみると、掛かっていました。
「な、何なのじゃこれは!閉じ込められたのじゃ!誰か、だれかたすけてほしいのじゃー!」
……人間さんじゃなくて、バフォメット様が。
「ば、バフォメット様!?」
「こ、こりゃ!こんな罠を仕掛けたのはお主か!?」
「ごめんなさいですぅーっ!」
わたしは大急ぎでざるを持ち上げ、バフォメット様を助け出しました。
バフォメット様は中から出てくると、泣きそうに歪んでいた顔を大急ぎで威厳ある表情に変え、私に向かってこういいました。
「……今回のことは他言無用。それからこんな罠は今後一切作ってはならん。守らなかったら……わかっておるな?」
「は……はいぃ!すみませんでしたですぅぅ!」
ちっちゃくてもバフォメット様はとても強い方です。怒らせたら大変なことになってしまいます。
わたしはもうすごい勢いでぺこぺこ謝ると、罠をかかえて大急ぎで逃げました。
……でも、口の横にちょっとクリームがついているバフォメット様は可愛かったです。





「ひぃ……ひぃ……また、しっぱいですぅ……」
わたしは結局そのままおうちへ帰りました。
あの人は罠にかかってくれませんでした。
……冷静になって考えてみると、ちょっとやり方がまずかった気がします。
それにいくらなんでも勝手に閉じ込めてしまったら、好きになる前にあの人も怒っちゃうんじゃないでしょうか。
「……エルデさんもたまには間違えるんですねー」
わたしはそう思って、このやり方であの人のお嫁さんになるのは諦めることにしました。

わたしの恋は前途多難です。
わたしはあの人に声をかけられないし、あの人にはもう恋人がいます。
恋人さんをやっつけるのも、あの人を閉じ込めてしまうのも、私にはできませんでした。
……でも、わたしはまだ諦めません。
絶対にあの人のお嫁さんになってみせるんです。


恋する女の子は、なんだって出来るんです。
11/02/03 00:21更新 / 早井宿借

■作者メッセージ
「最近私に知らないコカトリスさんがついてきたのよ。私のファンだったのかしら」
「それはないと思うよ、姉さん」

「バフォメット様、どうしてあんな罠に引っかかられたのです?」
「ほう、見ておったのかお主。まあよい。あれは一種の作戦じゃ。ああやって儂の幼さをあぴーるする事で、世の兄上達に幼体の魅力を伝えておるのじゃ」
「なるほど……流石です!自らを犠牲にしてサバトの教えを世に広めようとなさるとは!」
「……でもあの時、他に誰か見る人がいるような時間じゃなかったですよね?」
「……制裁っ……今気づいてはいけない事に気づいてしまったお前……制裁っ……!」
「……え、なんでみんな黒服着て……ちょっ、まって!どこに連れてくの!?まって、まってぇ〜……」

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