四畳半の悪夢
(……カサカサ……)
その日いつもより圧倒的に早く目を覚ました俺は、台所からそんな音が聞こえてくることに気づいた。
この、何というか、聞く人間に原初的な恐怖を与える感じというか、まるで悪魔の足音のような、這い寄る混沌のような……
こんなおぞましい音を立てる奴といえば、もう奴しかいない。
(……ゴキブリ……!)
G。黒い悪魔。大きなお客様。ジョニー。あのあれ。ゴキボール。ヒードラン。ブラックレスター。ダークローチ。呂布。あずにゃん。リグル……エトセトラエトセトラ。
呼び名を挙げれば数限りないであろう「あの」悪魔の息遣いが、台所から扉越しに聞こえてきたのである。
(……うっ……ぐおっ…………!)
存在を感じるだけでもはや恐ろしい。全身に鳥肌が立ち、寝ぼけ半分で夢うつつだった意識が一気に覚醒する。
俺は小学生の頃生足で奴を踏みつけてしまった経験がある。そのせいで俺は未だに人一倍奴のことが苦手なのだ。
(退治、しなくちゃ……)
行動は急を要する。奴がこちらに感づいて姿を消す前に何とかしなければならない。
音を立てないようそろりと布団を抜け出し、部屋の中を静かに物色する。
とりあえず始めに最も対G兵器としてはポピュラーであろう殺虫スプレーを探す。得物としては若干の火力不足だが、周りに体液による被害を与えないという一点では他の追随を許さない。危険は伴うが、最悪の場合着火することで大きな火力も得られる。
……が、俺はここで大きな過ちに気付く。
(……ゴ◯ジェット、台所に置きっぱだ!)
そう、俺は最大の得物を敵陣のど真ん中に置き忘れるという失態を冒してしまったのである。
丸腰のまま奴の本拠地に乗り込むのは無謀としか言い様がない。奴らの機動力は他の害虫共とは一線を画す。こちらに感付けばその瞬間にはもう物影に隠れてしまうし、場合によっては羽まで駆使して決死の特攻を仕掛けてくるのだ。迎撃の準備なしで突っ込むのはまさに自殺行為だ。
となると、俺に残された手段は一つしかない。
(物理攻撃……!)
手近にある新聞紙を丸め、右手に構える。原始的極まりなく、周りに与える被害も大きい手段だ。
(そんな装備で大丈夫か?)
俺の脳内で何かが囁く。しかし俺はこう返す。
(大丈夫だ、問題ない……!)
スプレーという武器が存在しない以上、これが最良の方法なのだ。そうだ。どうしようもない時はレベルを上げて物理で殴ればいい。それが全てなのだ。
ゆっくりと歩み寄り、戸に手をかける。気分は剣を片手に魔王に挑む勇者だ。
(いざ、戦場へ……!)
端から見ればアホ極まりない緊張感を胸に、俺はガラリと戦場へ続く扉を開けた。
……俺はここで気付くべきだった。
普通なら扉越しに奴らの足音が聞こえる訳などないと言うことに。
扉の先には。
「……むしゃむしゃ、がつがつ、ぺちゃぺちゃ……おいひい!これ、おいひい!」
ゴミ箱に頭をつっこんで生ゴミを貪る、巨大なゴキブリの姿があった。
……いや、正しく言えばGではない。
長い触覚に、茶色の甲殻、油でてらてら黒光りする羽。そんないつもの奴らが持っている特徴に加え、所々に見え隠れする生白い肌や、甲殻と同じような色をした髪の毛など、奴らが持っているはずのないものを、そいつは持ち合わせていた。
……要するに、Gのコスプレをした妙な女。
そんな奴が、目の前で俺の出した生ゴミを漁って悦に入っているのだ。
「……は……?」
薄気味が悪いやら意味がわからないやらで、俺はただ間抜けな声を出すことしか出来ない。
「おいひい!おい……ん?」
その声に気づいたのか、そいつはゴミ漁りをやめてこちらを振り向く。
……そして、突然。
「おとこ……おとこだあぁぁ!!」
「ちょっ…………うわっ!」
そいつは信じられないスピードで俺の目の前まで駆け寄ってきて、俺を押し倒した。
「ねっ、交尾しよ交尾しよ!子供、子供いっぱい作ろ!交尾交尾交尾!」
「い、いきなり何言って……あっ、ま、待て!」
「おちんちん!おちんちんほしい!ほしいよ!」
俺の制止も聞かず、そいつは俺のズボンを腰までずり降ろす。あっと言う間に息子があらわになる。
「おちんちん!おちんちん……はむっ」
「うくっ……」
そいつは俺の息子を見るなりくわえこみ、舌で舐め回しはじめる。
嫌悪感と気持ちよさが同時にこみ上げてきて、何か異様な気分になってくる。
「ふぅっ!お、おひんひん、おっひふなっへぅ!」
舌の動きは乱暴なのに何故かやたらと上手く、肉棒はすぐに硬さを増し、俺はあっと言う間に押し上げられた。
「うぐ、あっ、や、め……くあぁっ!」
「れろっ……んぷっ!あうっ、じゅるっ、ず、せーし、せーし!せーしでた!おいひい!せーし、おいひいぃぃ!」
そいつは放たれた精液を床に落ちた分まで全部啜り、飲み下す。明らかに現実離れした光景に、俺はただ放心する。
……って、満足したあいつが、今度は股を開いてる!
「ねっ、今度はこっち!こっちにせーし!子供!子供っ!」
……まずい。非常にまずい。
俺はこのままだと目の前にいるGのコスプレをした痴女に童貞を捧げることになってしまう。流石にそれはごめん被りたい。せめて初めてくらいはもっとロマンチックに迎えたい。童貞の高望み?知ったことか。
……でもどうすれば……と思った矢先、俺はさっき用意した新聞紙ソードをまだ持っていた事に気付く。
「……そぉい!」
「うきゃっ!?」
次の瞬間、俺は半ば無意識のまま奴の頭を新聞紙ではたいていた。
「うきゃ、あああああああっ……きゅう」
すると奴は奇声を上げつつその場でしばしジタバタし……そして気を失った。
……もう何が何だか分からない。俺は夢でも見てるのか?
指で頬をつねって見る。痛い。
……ところがどっこい……夢じゃありません……!
現実でした……!これが現実……!
とりあえず目の前で伸びていた変な女を差し当たり部屋に運んでみた。
ついでに一応手足を縛っておく。何をしでかすか分からんから。
ただ、その最中に一つ妙な事に気付いた。実際に触ってみて分かったのだが、こいつの羽やら触覚やらは、どうもコスプレの類いではなく本当に直に生えているらしい。
……んじゃ、こいつは人間じゃない……?
ますます訳が分からない。何なんだ。俺の遺伝子がどうにかしてGと交配してアレが生まれたとでも言うのか。
「そう言うわけではないのぉ」
「……なっ!?」
そうやって俺が思案していると、いきなり俺の背後から声がした。
振り返って見ると、そこには山羊みたいな角を生やし、全体的にもふもふしてそうなやけに露出の激しい幼女がいた。
……何なんだ本当に今日は。
「だ、誰なんだあんた一体……」
「通りすがりのロリババアじゃ。覚えんでもよい」
「……で、その通りすがりのロリババアさんが一体何を…」
「ババア言うな!」
……なんだこのロリババア、めんどくさい。
「……つまり、目の前で伸びてるこいつはデビルバグって魔物で、こっちの世界のGみたいなものだって事ですね」
「そう言う事じゃ」
このロリバb……バフォメット様なるお方によると、こういう魔物っていう生き物が俺たちの住んでる所とは別のパラレルワールドみたいな所にいて、最近俺たちの世界と繋がってしまったために、そいつらが流れ込んできたり、もともとこっちにいた生物が魔物になったりしてるらしい。まったく迷惑な話だ。
で、ロリb……バフォメット様はそう言う連中に巻き込まれた奴のアフターケアをしているらしい。
……と、まあ事情がひととおり飲み込めた所で。
「んで、結局こいつはどうするんです?」
「心配するでない。儂が責任を持って儂らの世界に送る。お主にはどうも此奴を養う余裕がなさそうじゃしのぉ」
「……まあ、貧乏学生ですから」
「そうでなくとも此奴らは繁殖力までゴキブリ並みじゃからの。お主は娘やら孫にまで襲われる事になるし、ここには天敵もおらんから際限なく増える事になる。大して時間のかからんうちにこの星がデビルバグで埋まるのぉ」
「……うへぇ」
知らない間に意味不明な外来種問題が発生してやがった。ゴキブリ女だらけの地球なんて住む気にならんぞ。
「まあ、そう言う事が起きんように儂がこんな事をしておる訳じゃ。こちらに迷惑をかけるのは儂らの本意ではないしの。では、さらばじゃ」
ロr……バフォメット様はそう言うと、デビルバグと共に姿を消した。
……なんつーか、本当に夢じゃないんだよなこれ。
そう思ってもう一度頬をつねってみた。痛かった。
「……言う事だけ言って帰って行きやがったな、あのロリババア」
冷静に考えると、あんな風に瞬間移動まで出来るような奴がその辺をうろついてる状況ってのは何か間違ってる気もする。
とはいえ、あいつが来なけりゃ俺はあのままデビルバグとめでたくゴールインするハメになってた訳で。
「……まあ、結果オーライか」
ひとまずわが身に降りかかった災難が収まった事を、今は喜ぼうじゃないか。
今はそれでいい。そう思った。
…………が、そこで俺はふと違和感に気付いた。
(……カサカサ……カサカサ……)
……また台所の方から、あの足音がする。
いや、足音だけじゃない。
「……こ!……とこ!」
「こど……!……ども、ふやす……!」
「……び!……び!…………こうび!」
聞き耳を立ててみると、どうもそんな声が聞こえる気がする。
……すると、突然ガラス戸の向こうにシルエットが現れる。
その数は、2つ、3つ、4つ、5つ……沢山。
(……いい、ゴキブリはね、一匹見つけたらあと30匹はいるの。だから一度見つけたらいなくなるまで徹底的にやっつけなくちゃ)
昔、母さんがそんな事を言っていたのを不意に思い出した。
……デビルバグはこの世界で言うゴキブリみたいなもの。つまり、それが一匹見つかったって事は、家にはあと……
俺は絶叫した。
その日いつもより圧倒的に早く目を覚ました俺は、台所からそんな音が聞こえてくることに気づいた。
この、何というか、聞く人間に原初的な恐怖を与える感じというか、まるで悪魔の足音のような、這い寄る混沌のような……
こんなおぞましい音を立てる奴といえば、もう奴しかいない。
(……ゴキブリ……!)
G。黒い悪魔。大きなお客様。ジョニー。あのあれ。ゴキボール。ヒードラン。ブラックレスター。ダークローチ。呂布。あずにゃん。リグル……エトセトラエトセトラ。
呼び名を挙げれば数限りないであろう「あの」悪魔の息遣いが、台所から扉越しに聞こえてきたのである。
(……うっ……ぐおっ…………!)
存在を感じるだけでもはや恐ろしい。全身に鳥肌が立ち、寝ぼけ半分で夢うつつだった意識が一気に覚醒する。
俺は小学生の頃生足で奴を踏みつけてしまった経験がある。そのせいで俺は未だに人一倍奴のことが苦手なのだ。
(退治、しなくちゃ……)
行動は急を要する。奴がこちらに感づいて姿を消す前に何とかしなければならない。
音を立てないようそろりと布団を抜け出し、部屋の中を静かに物色する。
とりあえず始めに最も対G兵器としてはポピュラーであろう殺虫スプレーを探す。得物としては若干の火力不足だが、周りに体液による被害を与えないという一点では他の追随を許さない。危険は伴うが、最悪の場合着火することで大きな火力も得られる。
……が、俺はここで大きな過ちに気付く。
(……ゴ◯ジェット、台所に置きっぱだ!)
そう、俺は最大の得物を敵陣のど真ん中に置き忘れるという失態を冒してしまったのである。
丸腰のまま奴の本拠地に乗り込むのは無謀としか言い様がない。奴らの機動力は他の害虫共とは一線を画す。こちらに感付けばその瞬間にはもう物影に隠れてしまうし、場合によっては羽まで駆使して決死の特攻を仕掛けてくるのだ。迎撃の準備なしで突っ込むのはまさに自殺行為だ。
となると、俺に残された手段は一つしかない。
(物理攻撃……!)
手近にある新聞紙を丸め、右手に構える。原始的極まりなく、周りに与える被害も大きい手段だ。
(そんな装備で大丈夫か?)
俺の脳内で何かが囁く。しかし俺はこう返す。
(大丈夫だ、問題ない……!)
スプレーという武器が存在しない以上、これが最良の方法なのだ。そうだ。どうしようもない時はレベルを上げて物理で殴ればいい。それが全てなのだ。
ゆっくりと歩み寄り、戸に手をかける。気分は剣を片手に魔王に挑む勇者だ。
(いざ、戦場へ……!)
端から見ればアホ極まりない緊張感を胸に、俺はガラリと戦場へ続く扉を開けた。
……俺はここで気付くべきだった。
普通なら扉越しに奴らの足音が聞こえる訳などないと言うことに。
扉の先には。
「……むしゃむしゃ、がつがつ、ぺちゃぺちゃ……おいひい!これ、おいひい!」
ゴミ箱に頭をつっこんで生ゴミを貪る、巨大なゴキブリの姿があった。
……いや、正しく言えばGではない。
長い触覚に、茶色の甲殻、油でてらてら黒光りする羽。そんないつもの奴らが持っている特徴に加え、所々に見え隠れする生白い肌や、甲殻と同じような色をした髪の毛など、奴らが持っているはずのないものを、そいつは持ち合わせていた。
……要するに、Gのコスプレをした妙な女。
そんな奴が、目の前で俺の出した生ゴミを漁って悦に入っているのだ。
「……は……?」
薄気味が悪いやら意味がわからないやらで、俺はただ間抜けな声を出すことしか出来ない。
「おいひい!おい……ん?」
その声に気づいたのか、そいつはゴミ漁りをやめてこちらを振り向く。
……そして、突然。
「おとこ……おとこだあぁぁ!!」
「ちょっ…………うわっ!」
そいつは信じられないスピードで俺の目の前まで駆け寄ってきて、俺を押し倒した。
「ねっ、交尾しよ交尾しよ!子供、子供いっぱい作ろ!交尾交尾交尾!」
「い、いきなり何言って……あっ、ま、待て!」
「おちんちん!おちんちんほしい!ほしいよ!」
俺の制止も聞かず、そいつは俺のズボンを腰までずり降ろす。あっと言う間に息子があらわになる。
「おちんちん!おちんちん……はむっ」
「うくっ……」
そいつは俺の息子を見るなりくわえこみ、舌で舐め回しはじめる。
嫌悪感と気持ちよさが同時にこみ上げてきて、何か異様な気分になってくる。
「ふぅっ!お、おひんひん、おっひふなっへぅ!」
舌の動きは乱暴なのに何故かやたらと上手く、肉棒はすぐに硬さを増し、俺はあっと言う間に押し上げられた。
「うぐ、あっ、や、め……くあぁっ!」
「れろっ……んぷっ!あうっ、じゅるっ、ず、せーし、せーし!せーしでた!おいひい!せーし、おいひいぃぃ!」
そいつは放たれた精液を床に落ちた分まで全部啜り、飲み下す。明らかに現実離れした光景に、俺はただ放心する。
……って、満足したあいつが、今度は股を開いてる!
「ねっ、今度はこっち!こっちにせーし!子供!子供っ!」
……まずい。非常にまずい。
俺はこのままだと目の前にいるGのコスプレをした痴女に童貞を捧げることになってしまう。流石にそれはごめん被りたい。せめて初めてくらいはもっとロマンチックに迎えたい。童貞の高望み?知ったことか。
……でもどうすれば……と思った矢先、俺はさっき用意した新聞紙ソードをまだ持っていた事に気付く。
「……そぉい!」
「うきゃっ!?」
次の瞬間、俺は半ば無意識のまま奴の頭を新聞紙ではたいていた。
「うきゃ、あああああああっ……きゅう」
すると奴は奇声を上げつつその場でしばしジタバタし……そして気を失った。
……もう何が何だか分からない。俺は夢でも見てるのか?
指で頬をつねって見る。痛い。
……ところがどっこい……夢じゃありません……!
現実でした……!これが現実……!
とりあえず目の前で伸びていた変な女を差し当たり部屋に運んでみた。
ついでに一応手足を縛っておく。何をしでかすか分からんから。
ただ、その最中に一つ妙な事に気付いた。実際に触ってみて分かったのだが、こいつの羽やら触覚やらは、どうもコスプレの類いではなく本当に直に生えているらしい。
……んじゃ、こいつは人間じゃない……?
ますます訳が分からない。何なんだ。俺の遺伝子がどうにかしてGと交配してアレが生まれたとでも言うのか。
「そう言うわけではないのぉ」
「……なっ!?」
そうやって俺が思案していると、いきなり俺の背後から声がした。
振り返って見ると、そこには山羊みたいな角を生やし、全体的にもふもふしてそうなやけに露出の激しい幼女がいた。
……何なんだ本当に今日は。
「だ、誰なんだあんた一体……」
「通りすがりのロリババアじゃ。覚えんでもよい」
「……で、その通りすがりのロリババアさんが一体何を…」
「ババア言うな!」
……なんだこのロリババア、めんどくさい。
「……つまり、目の前で伸びてるこいつはデビルバグって魔物で、こっちの世界のGみたいなものだって事ですね」
「そう言う事じゃ」
このロリバb……バフォメット様なるお方によると、こういう魔物っていう生き物が俺たちの住んでる所とは別のパラレルワールドみたいな所にいて、最近俺たちの世界と繋がってしまったために、そいつらが流れ込んできたり、もともとこっちにいた生物が魔物になったりしてるらしい。まったく迷惑な話だ。
で、ロリb……バフォメット様はそう言う連中に巻き込まれた奴のアフターケアをしているらしい。
……と、まあ事情がひととおり飲み込めた所で。
「んで、結局こいつはどうするんです?」
「心配するでない。儂が責任を持って儂らの世界に送る。お主にはどうも此奴を養う余裕がなさそうじゃしのぉ」
「……まあ、貧乏学生ですから」
「そうでなくとも此奴らは繁殖力までゴキブリ並みじゃからの。お主は娘やら孫にまで襲われる事になるし、ここには天敵もおらんから際限なく増える事になる。大して時間のかからんうちにこの星がデビルバグで埋まるのぉ」
「……うへぇ」
知らない間に意味不明な外来種問題が発生してやがった。ゴキブリ女だらけの地球なんて住む気にならんぞ。
「まあ、そう言う事が起きんように儂がこんな事をしておる訳じゃ。こちらに迷惑をかけるのは儂らの本意ではないしの。では、さらばじゃ」
ロr……バフォメット様はそう言うと、デビルバグと共に姿を消した。
……なんつーか、本当に夢じゃないんだよなこれ。
そう思ってもう一度頬をつねってみた。痛かった。
「……言う事だけ言って帰って行きやがったな、あのロリババア」
冷静に考えると、あんな風に瞬間移動まで出来るような奴がその辺をうろついてる状況ってのは何か間違ってる気もする。
とはいえ、あいつが来なけりゃ俺はあのままデビルバグとめでたくゴールインするハメになってた訳で。
「……まあ、結果オーライか」
ひとまずわが身に降りかかった災難が収まった事を、今は喜ぼうじゃないか。
今はそれでいい。そう思った。
…………が、そこで俺はふと違和感に気付いた。
(……カサカサ……カサカサ……)
……また台所の方から、あの足音がする。
いや、足音だけじゃない。
「……こ!……とこ!」
「こど……!……ども、ふやす……!」
「……び!……び!…………こうび!」
聞き耳を立ててみると、どうもそんな声が聞こえる気がする。
……すると、突然ガラス戸の向こうにシルエットが現れる。
その数は、2つ、3つ、4つ、5つ……沢山。
(……いい、ゴキブリはね、一匹見つけたらあと30匹はいるの。だから一度見つけたらいなくなるまで徹底的にやっつけなくちゃ)
昔、母さんがそんな事を言っていたのを不意に思い出した。
……デビルバグはこの世界で言うゴキブリみたいなもの。つまり、それが一匹見つかったって事は、家にはあと……
俺は絶叫した。
10/11/14 21:20更新 / 早井宿借