連載小説
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7 ディアナとこれから

「はー……終わった終わった」

 とりあえずマージェスの家に戻った俺たち。
 ソファにどすんと腰を下ろすと、ディアナがコーヒーを入れてくれた。

「お疲れ様でした」
「ありがと。昼飯食ったら帰るつもりだったのが、もう夜だぜ」
「大変でしたね……」

 マートも隣に座り、二人してぐったりと息を吐く。

「……それはそれとして」

 ちら、と視線をやる。

「……なに」

 同じく、別のソファで寛いでいたイェルマが不快そうに眉をひそめた。

「いや……帰らなくて大丈夫なのかなって」
「……マージェがいいって言ったもん……」
「いいのか?」
「久々に三人そろったし、夕飯くらいなら別にいいかなって」
「えへへ」

 イェルマは嬉しそうだが、それ多分友達対応だぞ。恋人対応とかじゃないぞ。

「あーそうだ」

 マージェスが声を上げて、部屋を出た。すぐに戻ってきた。

「忘れないうちに返しておこう。はい」
「おう」

 渡されたのは、ディアナと一緒に見つけたノート。

「読んだのか?」
「いや。暇なかったし。コピーは取ったから、あとで読む」
「そうか」

 受け取ったノートを、もう一度だけ目を通して。

「ディアナ」
「はい、何でしょう」
「これは君のだ」
「……これ、は……」
「君と一緒に見つけたものだ。君の製作者が何を思って一緒に置いていたのかは分からないが。大切なものだろう?」
「……ありがとうございます」

 ディアナは、ノートを胸に抱きしめた。

「……そういえば、情報ディスクって、どうなったんですか?」
「う」「ぬ」

 マートが余計なことを言う。
 そういえばそんなものもあったね、と言いたくなる気分。
 俺には読み取れなくてもマージェスなら何とかなるかな、とも思ったが、結局マージェスにもできなかったのだ。

「ディスクですか?」
「ノートに挟まってたものだ。ディアナなら読み取れるか?」
「貸していただけますか」

 情報ディスクを渡す。ディアナはその両面をじっくりと睨む。

「これが、このノートと一緒に?」
「そうだ」
「……これは……」
「どうかしたか」
「……いえ。これは映像記録です。再生しますか?」
「頼む」
「では再生します。『movie player』起動」

 ディアナが何かの魔術を発動させると、パッと空中に映像が浮かび上がる。
 映っていたのは、4人の男女だった。

「――――ドクター」

 ディアナが小さく息を飲んだのが聞こえた。
 俺たちは黙って映像に目と耳を傾けた。

   +   +   +

 おはよう、ディアナ。無事に目が覚めたようで本当に良かった。
 いろいろ言わなきゃいけないことがあるんだけど……そうだな、君の生い立ちから話そうかと思う。

 君には6人の姉がいたんだ。僕たちが、祖国にいた時に手掛けた6体のオートマトン。
 『Fortuna』シリーズ……女神の名前を付けた彼女たちは、僕らの国のために、人のために作られ、働くはずだった。
 国の軍部が、彼女らを勝手に徴用し、武装させ、戦争に送り出した。
 ……結果、彼女らは帰ってこなかった。
 僕らは当然怒って、軍部にいろいろ文句も言ったんだけど、彼女らが帰ってくるわけでもなし。結果として僕らは国を離れた。色々暗殺されかけたりもしたけど。
 最後に僕らがたどり着いたのが、あのセーフハウス。君が生まれたあの研究所だ。

 正直に言わせてもらうと、僕ははじめ、あそこで何かをするつもりはなかったんだ。あそこでゆっくりと残りの時間を過ごすつもりだった。
 それが……最初に言い始めたのは誰だっけ? ミナノマだっけ?
 ミナノマが、暇だからオートマトンを作ろうって言い始めて。
 だから、平和に過ごすことのできる末妹を作ろうってことになって。
 そうして生まれたのが、君だ。

 ……君に外を見せてあげることが出来なかったのは、僕の最大の後悔だ。
 軍部に見つかることを恐れるあまり、外の世界を見せてあげることができなかった。
 結局、僕らは軍に見つかってしまったわけだけど。
 君を休眠させた理由は、軍から君を隠すためだ。
 君が軍に見つかったら、必ずまた戦争の道具にされてしまう。
 それは避けたかった。それだけは、どうしても。
 君に理由を話さなかったのは、心配させたくなかったからだ。

 ……君が今、これを見ているのであれば、まあ悪い結果になったということで。

 あーっと……何を話そうとしたのか忘れちゃったな。
 なんだよ、うっさいな。泣いてないよ。

 ……僕らは、君に世界を見せてあげることができなかったけど。
 生き延びた先の未来で、どうか平和な世界を見てほしい。
 空の青さを、夜空の黒を、夕焼けの赤を、朝焼けの白を。
 海の広さを、森の深さを、山の高さを。
 無垢な色を、美しい世界を、見てほしい。
 色々なことを知って。学んで。
 僕らが作った、まだ未熟なその心を、大いに震わせてほしい。
 どうか、幸せになってください。僕からは、これだけです。

 ……ほら、君らもなんか言ったら?

 いえーい元凶でーす。ピースピース。
 俺からいうことは特にない。強く生きろ。それだけだ。
 あ、皮膚とか筋肉とかは傷ついても時間が経てば治るけど、骨格は損傷したらもう治せる奴いないからな。気をつけろよ。
 スズは戦わせたくないとか言ってたけど、ちゃんと戦える装備つけてるからな。自分の身は自分で守れよ。
 ほい次。

 死ぬな。強く生きろ。骨格と同じで駆動炉が壊れたら治せないぞ。気をつけろ。
 スーさんはああ言ってたが、戦うための魔法も使えるからな。
 はいオチ担当。

 なんで私がオチ担当何ですか。違いますから。
 ええと……早く言わないと二人に邪魔されてしまいますね。
 これから先、いろいろな経験をすると思います。
 楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、辛いこと。怒ることだってあると思います。
 でも。それらすべてが貴女を成長させるはずです。それらすべてが、貴女になるんです。
 たくさん経験をして、いろいろなことを知ってください。
 私からは以上です。

 ……というわけで。僕たちはディアナの幸せを願っています。
 どうか、元気で過ごしてください。
 ……さようなら。

   +   +   +

 映像はそれで終わった。

「……ドクター……」

 しんみりしているディアナと、

「……なんだか泣けてきちゃいました……」
「……ぐすっ」

 涙を浮かべるマートとイェルマ。
 そして。

「すんませんでしたーーーー」
「ごめんなさいでしたーーーー」

 消えてしまった映像に向けて土下座する俺とマージェス。

「ど、どうしたんですか先生!」
「いきなり戦闘させてすみませんでしたーーーーっ!!」
「思い切り人間撃たせましたすみませんでしたーーーーー!」

 バッチリやらかしてました。いえーい。

「……顔を上げてください、お二人とも」

 ディアナに言われ、頭を上げる。

「なんつーか、本当に申し訳ない」
「いいんです。ドクターたちも、自分の身は自分で守れと言っていました。あれは私を渡さないための戦いだったのですよね? ですから、問題ありません」
「そういってもらえると助かる……」

 やれやれどっこいしょ、と椅子に座りなおす。

「……さて、ディアナさんや」
「……? 何でしょう、改まって」
「今日の昼に、君のこれからについての話をしたな」
「はい。マスターのお世話をする、という話になりました」
「そう。マスター認証しちゃったから、ちょっと考えにくいかもしれないが、とりあえずマートのことは置いておいて」
「はぁ……」

「さっきの君のドクターの話を聞いて。……君はこれからどうしたい?」
「マスターのお世話……ではなく?」
「それを決めたのは俺だ。ディアナの希望じゃない。ディアナが、どうしたいか、だ」
「私が……どうしたいか……」

 ディアナはちらとマートの顔を窺う。マートは笑顔で頷いて見せた。

「私は……世界が見てみたいです」
「それは、ドクターが言ったからではなく?」
「ドクターが言ったこともありますが、まだ見たことのない世界を見たいと思います」
「そうか。じゃあ俺は、ディアナのその希望を叶えて上げたいと思う」
「……いいのですか?」
「もちろん。マートもそれでいいな?」
「はい」
「え。そ、それは……」
「ん?」

 なぜかディアナが絶望的な表情でプルプル震えている。

「わたしひとりで……ということでしょうか」
「もちろん」
「先生!」

 思い切りマートに叩かれた。

「てめー師匠に向かっていい度胸だコラ」
「そのボケは今じゃないでしょう! 今じゃないでしょう!! ほら見てくださいディアナさん固まってるじゃないですか!」
「ケミィってほんとクソ野郎だよね」
「マージェ、こいつ埋めよう。私も手伝う」

 ボロカスである。
 ディアナは……あ、目の焦点合ってない。やばいやばい。

「もちろん、マートと一緒に、だ。ディアナ?」
「……冗談がすぎます」

 よかった、帰ってきた。
 気を取り直して、先の話をする。

「とはいえ、しばらくはうちでこの世界の勉強だな。マートもまだまだ半人前だし。そのあと、マートと一緒に世界を旅して見分を広げる。マートは魔法の修行も兼ねて」
「はい」
「はい!」

 いい返事。

「あーこれでこれから先のことも決まったし。飯食って帰ろう!」
「はい、すぐに用意をします。マージェス様、キッチンをお借りします」
「よろしくー」


 ………………

 ……これで、この話はおしまい。
 飯を食ったら、マージェスがイェルマを送り飛ばして、俺らは普通に空間転移で帰った。

 マージェスとイェルマのこれからには、さして興味はないし、俺かあっちに用事があれば、お互いに連絡を取るだろう。

 マートとディアナの旅立ちには、まだ時間がかかりそう。
 ディアナにはいろいろお使いを頼んで、この世界でのことをいろいろ学んでもらおう。
 マートはもっと魔術士としての練度を上げてもらわないと、この先ディアナを守るのは大変だぞ、と発破をかけておいた。遺跡で集めたゴーレムの残骸も、マートに再生させようと思ってたけど結局させる暇なかったし。
 それに、マートはあくまで弟子であって、いずれは独り立ちして貰わなければならないわけだし。
 ……多少未熟でも外に出していいかな。


『ご主人様ー? どしましたー?』
「ん? 考え事だ」

 自宅地下にある研究室。
 一体のゴーレムのボディと、その起動式とにらめっこ。

『わたしの完成はまだかかりそうですかねー?』
「オートマトンなんか見せられちゃうとなー。もっと上が目指せるだろーって思うわけよ」
『わたしははやくご主人様とらぶらぶしたいでーす』
「気持ちはわかる。わかるがもうちょい辛抱してくれ」
『なんねん辛抱すればいいんでしょうかねー?』
「うぬぬ……」

 うちの嫁の完成には、まだまだ時間がかかりそう。


 おわり
17/04/19 21:16更新 / お茶くみ魔人
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■作者メッセージ
あとがき
 くぅ疲これ完! 書き始めから完結に3か月かかってた。
 完結してから掲載初めてよかった。
 後半になるにつれて話が雑になってくのがヤバい。長いの書くのって得意じゃない。
 特に終わり方がヒドイ。ひどーい!
 旧文明の話とかちょっとだけしたけど、具体的にどういう設定になっているのか分からないので深入りはしない方向で。魔王の代替わりの時期とかも同様。

 書くことないのでまた次の作品で。

じんぶつしょうかい
ケミルカ
ゴーレム使いの魔法使い。
もともとゴーレムの研究は嫁作りのために始めたが、今では『究極の一』を作るための研究になった。その素体を嫁にしてしまったため、完成が無限に遠退き続けている。
魔法使いとしてはとても優秀で、空間使いとしての才能があった。
3バカの中では最もスペックが高い。学生時代はそのスペックで散々馬鹿をしていた。
オーダーメイドゴーレムの販売を行っており、その筋では有名人だったりする。

マート
ゴーレム使いの魔術師。
魔術師としてもゴーレム使いとしても未熟の一言で、あんまり才能は無いらしい。
物腰柔らかく温厚で、直向きな努力家であるため、人から好かれやすい。
ゴーレム研究に情熱を注いでいたが、今回の件でゴーレム作りから遠のきそうな気がして仕方がない。
元は人形師で、たまたま目にしたケミルカ製のゴーレムの精巧さに心惹かれ、ケミルカのもとに押し掛けた。

ディアナ
汎用人型魔導機『Fortuna』シリーズの末妹。
オートマトン研究者スズハラ博士とその研究チームが手掛けた最後のオートマトン。
6機の姉たちとは作られた環境やらなんやらがすべて異なっているため、姉たちとは性能が全然違う。もちろん向上している。
旧時代では、仮運用2年、実働1年の3歳。研究所から出ることなく、博士たちの世話をして過ごした。外を見ることはできなかったが、充実した生活ではあったらしい。
生まれたばかりの未熟な心だが、魔物化の影響で急速に発達しつつある。
初めて抱いた恋心をどう向ければいいのかまだわかっていない。

マージェス
解析系魔法使い。
正統派魔法使いというとあちこちから「は?」とか言われるので解析系を名乗っている。
世界の読み解きは正統派魔法使いなのに……。もちろんその研究に終わりは来ない。
魔物の魔力の解析も行っており、魔物化の予防や、魔物の魔力除けなどもできる。
本人にそのつもりはないが気性が荒く、身に降りかかる火の粉は焼き尽くす主義。
解析で得られた結果をマジックアイテムに起こすのが趣味で、収入源でもある。

イェルマ
リッチ。昔は調合・栽培を専門としていた。現在そのノウハウは媚薬精製と触手栽培に活かされまくっている。
マージェス大好き。一目ぼれらしい。
昔は恥ずかしがってケミルカを盾にしていたため、マージェスに「ケミルカのことが好きなのかな?」と致命的な勘違いをされてしまったことが失恋の原因だったりする。彼女はその事実を知らない。
リッチはアンデッドを従えるもの、とは彼女の言だが、手当たり次第にアンデッド化させているわけではないらしい。みんな悩みを抱えているとかなんとか。
今回の件でたくさん寿退職したので、内心よかったと思っている。
その気になれば、その辺の動物の死体をアンデッド化からの魔物化とかいうコンボで、いくらでも眷属を増やせるらしい。

クローネ
ケミルカによって作られたゴーレム。
ケミルカが初めて作った使い捨てでないゴーレムであり、ケミルカの嫁。
魔王の代替わりによる魔物化の影響で、当初の魔術式が大幅に書き換わってしまった。
結局嫁なので別にいいのでは? とクローネ本人は思っていたりする。
ケミルカの研究目的が変わってしまったせいで、本体ボディでイチャイチャできないのが不満。

ドクター
ディアナを作った4人の博士。祖国の軍部と色々あったらしい。
1人目:スズハラ博士:スズ:スーさん 研究責任者。ディアナの心を作った。
2人目:ミナノマ博士:元凶 ディアナのボディを作った。
3人目:イシハ博士 ディアナの魔術式を書いた。
4人目:ニーザ博士:オチ担当 ディアナの機械記述を書いた。紅一点。

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