読切小説
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にほひ

「あにじゃーぁ」

 ソファで本を読んでいると、うちのバフォさん、フィオネがもそもそと膝の上に乗ってきた。

「兄者……」

 そして胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。目の前でぶんぶんと振られる角が怖い。

「な、なに? どしたの?」
「うーん……」

 ぐぐっと胸板に顔を押し付けて、

「すんすん……すんすん」

 匂いを嗅がれた。

「待てい」
「兄者はじっとしておるのじゃ」

 ふんふんすんすんと匂いを嗅がれまくる。何なんだ。
 胸や首ならともかくとして、腋に頭を突っ込まれた時は流石に引きはがした。

「やめんかい!」
「うーん」

 何やら不満げな表情。

「なに? 何なの?」
「兄者から何の匂いもせんのは何故じゃ?」
「におい?」

 話を聞けば、サバトの魔女たちとの話で『お兄ちゃんの匂い』が話題に上がったと。彼女らは、にまにまと兄たちの匂いの感想を述べていたが、そう言えば自分は兄者(俺のことだ)の匂いを覚えていない。
 ということだったらしい。

「いやまあ……匂いには気を使ってるから」
「良い匂いがするならともかく、全くの無臭じゃぞ?」
「いやうん、無臭になるように気を使ってるから」
「なんでじゃ!? せっかくの匂いを消すなど言語道断じゃぞ!」

 怒られた。ぽかぽかと胸を叩かれ、シャツをぎゅっと握られる。

「ワシだって兄者のシャツで『えへへ……お兄ちゃんの匂い……』とか『お兄ちゃんに包まれてるみたい……』とか『お兄ちゃんの匂いで我慢できないよぉ……!』とかやりたい!」
「やめてください」

 アンモニアでその鼻潰してやろうか。

「ええとね、残念ながら体臭には敏感だから出ないようにしてるんだよ。臭いのしにくい体質でもあるし」
「どう気を付けたら全く体臭がしなくなるんじゃ……」

 いろいろと方法はあるのです。
 膝の上のフィオネを、正面からがばと抱き締める。

「あ、兄者?」

 急な抱擁にちょっと戸惑うフィオネ。彼女の耳元で、囁くように言う。

「じゃあフィオネはどんな匂いがするんだろうね」
「ふぁっ!?」

 首筋に顔を埋め、大きく息を吸い込む。

「ミルクみたいな甘い匂いがするな」
「あ、や、だめじゃ……恥ずかしい……」
「フィオネだって散々こっちの匂いを嗅ぎまわったんだから、お返しだ」
「あ、あにじゃ……」

 そのまま日が暮れるまでいちゃいちゃしていたのだった。

  +  +  +

 あくる日。

「ただいまなのじゃー」
「おかえりー」

 帰宅したフィオネを出迎えて、先手を取って抱き締める。

「わ、わ、なんじゃ兄者?」
「いや、ちょっと」

 滅多にやらない事なので、フィオネが不思議そうにこちらを見上げる。
 と、こちらの仕掛けに気づいたらしく、胸に顔を埋めて、くんくんと匂いを嗅いできた。

「……甘いにおいがする……」
「ああ、クッキーを焼いたからな」

 ひょいと彼女を抱きあげて、そのままリビングへ。

「体臭を消すのは譲れないけど、まあ、これくらいなら」
「あ、あにじゃああ! 好きじゃああああ!!」

 これからしばらく、彼女は外でこの話しかしなかったらしい。
20/08/15 17:29更新 / お茶くみ魔人

■作者メッセージ
じんぶつしょうかい
フィオネ:バフォメット。サバトの支部長をしている。つよい。すごい。かわいい。
「兄者の匂いが無いなら儂の匂いをつければいい事に気がついた」
「おおっとその発想は無かった」

兄者:フィオネのお兄ちゃん。多芸多才の万能お兄ちゃん。秘密も多い。
「具体的にどうやって匂いを消してるんじゃ?」
「消臭剤を素肌に擦りこむとかそんなん」
「!?」

 匂いフェチ推進。小さい女の子にしがみつかれてすんすんされるとか興奮する。

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