少女病み易く、マジ度し難し
……面倒なことになった。
僕は胸中で大きくため息を吐いた。
窓のない部屋。手入れはされているようだが、椅子が二つと机が一つ、それとベッド一つしかない、殺風景な部屋。
そこに、僕は閉じ込められていた。
どうしてこうなったんだか。
見知らぬ異世界で、それも来てから十日で、まさか誘拐監禁されるとは思いもしなかった。
誘拐された側ながら、鮮やかというか、見事な手口だったと思う。
突然背後から抱きつかれ、振り返る間もなくテレポート。こんなの防ぎようがない。
……いや、防ごうと思えば防げないことはない。対策の仕様はいくらでもある。
油断をしていたのだ。
だって、まさか街中で、それも往来のど真ん中で誘拐されるなんて。
…………。
大きなため息がこぼれる。
こうなっては仕方がない。とにかくどうにかして逃げ出さなければ――――
コンコン
僕の思考を遮るように、ドアが鳴った。
誘拐犯が来たようだ。そっと息を潜める。
どうしよう。手荷物が全部没収されていて、戦うには準備が無さすぎる。
隠れるにしたって、場所もなければ意味もない。
コンコンコン
考える僕を急かすように、再びノックされる。
どうしようもない。誘拐犯に正面から対峙するほかには。
実を言うと、まだ誘拐犯とは顔を合わせていない。
……誰が犯人なのか、なんとなく予想はついているけれど……。
意を決して、ドアの向こうに声をかける。
「……誰ですか」
「わ、私だ」
誰やねん。
「生憎、『私』、『お前』で分かり合えるような知り合いはいないもので」
「えっ……と、その、入っていいか?」
「ダメです」
「えっ」
「中には入らず、ドアのカギを開けて、僕の荷物を置いて、そのままどっかに消えてください」
「……入るぞ」
僕の嫌味に付き合えないのか、声の主は話を切ってドアを開けた。
「私、だ」
「……やっぱりあなたですか」
顔を出したのは一人の女性。
何度か会話をしたことはあるが、名前も知らない人だ。
彼女は困ったような、呆れたような顔で言った。
「だから言っただろう。こういうことになるぞ、と」
「あなたがやったんでしょーが!!」
+ + +
彼女と出会ったのは……この世界に来て六日目のことだった。
初めに落ちた街で、なんとかこの世界の情報を集めて、仲間を探すために次の街へ向かっている途中。
追剥に絡まれている最中。
「ダメじゃないか。君のような小さな子が一人で街道を歩いては、このような悪漢に襲われるぞ」
紫色を基調とした、ぎょろっとした目の意匠の、悪趣味な鎧を着こんだ、騎士風の女性。
二人の追剥を、手刀一閃で黙らせたのが彼女だった。
「……ああ、ええと、ありがとうございます」
小さな子、というのは僕のこと。生まれつき体が小さく、18歳になった今でも身長が150センチを超えない。ついでとばかりに童顔の女顔だから、やはり小さな子供としか見られない。
それから少しだけ会話をして、最終的にこの話題にたどり着いた。
「君のような小さな子が一人旅をするのは危険だ」
からの――――
「私が一緒に行こう」
……これだ。
「いや、いいです」
即答した。
「えっ」
「それではこれで失礼します。助けていただきありがとうございました」
「お、おい! 待ってくれ!」
追いすがる彼女の声を背に、足の速くなる系の魔法を重ね掛けて、足早に走り去る。
支援魔術士である自分としては、戦闘のできる人の同行はありがたいのだけれど、お節介焼きは非常に面倒くさいのでご免被りたい。
ということで、僕は彼女から逃げ出したのだった。
……で。
それから三日で、二つの街を移動した。
その三日の間に、襲われること襲われること。その数七回。
人間の野盗が二回。魔物に五回襲われた。
たまたま運が悪かっただけかもしれない。そんなこともあるのかもしれない。
ただ一つ、恐ろしいこと……それは。
その七回すべて、彼女に助けられたということ。
彼女は、ずっと僕を追ってきているのだ。
そして、僕が襲われたところに颯爽と現れ、敵を倒し、こう言うのだ。
「子どもの一人旅は危険だろう? だから私が一緒に行こう」
正直コワイ! なんかよくわからないけれど怖い!
僕を追いかけてきているくせにこの時にしか話しかけてこないのも怖い!
この襲撃も彼女の差し金なんじゃないかって気すらしてきて怖い!
初めの二、三回はもう少しまともに話せていたような気はするのだけど、五、六、七回と数を重ねると、もう恐怖しか感じ無なくなってくる。
本気で関わりたくなかったので、もう定型句になってしまった
「いや、いいです」
の一言で、脱兎のごとく逃げ出すようになっていた。
そして、今日。
彼女自身が、『こんなことになる』を実践して見せたのだった……。
+ + +
「まあ、そんなに怒るな。お茶でも飲まないか?」
部屋に入ってきた彼女は、ティーセットを机上に並べながら笑いかけてくる。
僕はその誘いを侮蔑とともに一蹴した。
「誘拐犯と飲むお茶なんかありません。解放してください」
「それはまあ……追い追いに」
言葉を濁す彼女。この人解放するつもり無いな。
「少しでいいから、話をしないか? 私たちは互いに名前も知らないんだ」
「誘拐犯に名乗る名前もありませんよ」
僕の言葉に、彼女は小さく眉を寄せた。
「そんなに邪険にしなくても……」
「あなた、一言喋る毎に好感度が下がっていってるの、わかります? なんで邪険にされてるかわかってます?」
僕は邪険な態度を崩さない。彼女はあきらめたのか、勝手に自己紹介を始めた。
「私はアルテアという。旅の騎士だ」
「はあ、どうも」
それだけ言葉を返した。僕は名乗らない。
彼女――アルテアさんはしばらく僕の言葉を待っていたようだったが、なんの反応もないと悟って次の言葉を口にした。
「もともと、世のため人のためになりたくて世界を旅し、色々な人を救ってきた」
正義の味方願望が、このお節介の入り口だったわけだ。ご立派なことで。
僕は顎をしゃくって彼女に続きを促す。
「そして君と出会った。小さな子が一人で旅をすると言うから、私は心配で……。案の定、追剥や独身の魔物に襲われているし。それなのに、君は頑なに私の同行を拒む。……だから、こうやって実力行使に至ったわけだ」
……歪んでるなぁ。
これはもう妥協するしかないんだろうか。やだなぁ。
でも、ここで妥協しておかないと、たぶん解放されない……。
僕は、今日何度目かの、特大のため息を吐いた。
「……仕方ないですね。あなたには負けました。十分、一人旅の危険さはわかったので……」
「そこで、私はいいことを思いついた」
僕の言葉を遮って、彼女が続けた。
……とても、嫌な予感がする。
「君を危険から守るために、私が、ここで、君を、保護することにした!」
出た。そう来ると思った。ほんとにそう来るとは思わなかった。
頭痛がする思いに、僕は眉間を抑えた。
「あなた、それ本気で言ってます?」
「本気だ」
「これが世のため人のためになると?」
「君のため……つまりは人のためだ」
……これはダメだ。彼女の中で、自分に対する言い訳が完成してしまっている。こちらからの言葉は、彼女にはもう響かないだろう。
こうなってしまっては仕方がない……。装備がないから心もとないけれど。
戦うしかない。
幸いにして、彼女も今は丸腰だ。鎧も着ていない。今なら勝機がある。
小さく息を吐いて、詠唱を破棄するための魔力を集中させる。
彼女の表情が少し強張った。
「魔力を集中させて、どうするつもりだ?」
彼女の問いかけを無視し、魔力の集中、そして術式の構成が完了する。
「……二つ、あなたに言っておくことがあります」
「……なんだ?」
「こう見えて、僕は18歳なんです」
「……えっ?」
彼女に動揺が走り、明らかなスキが出来た。今だ――――
「それと……これでもそれなりの訓練を受けた冒険者なんですよね!
『ハイタイム』!!」
全ステータス上昇・大!
強化された腕力で、机を持ち上げ、横薙ぎに彼女へ叩きつける――!
「――――ちょっ!?」
「オラァ!」
とっさに防がれたものの、彼女の体は壁に叩き付けられて、
ゴトンと、首が落ちた。
「――――っ!?」
何が起きたのかわからなくて、一瞬思考が吹き飛ぶ。
壁にもたれる胴体と、床に落ちた頭を何度も見比べて、
「……っこの! やってくれたな!」
頭の方と目が合った。というか生首しゃべってる。
そこですべての合点がいった。
「あなた魔物だったんですか!?」
「え? あれ、言ってなかったか……」
首なし騎士、デュラハン。丸腰に不意を突く形でなければ、まったく勝算が無かったはずだ。よかった。
たとえデュラハンといえど、頭が落ちてしまえば隙丸出し。これ幸いと、逃げさせてもらうとしよう。
「さよなら!」
僕がドアに駆け寄り、ノブに手をかけた瞬間。
『――――すき』
声が聞こえた。
思わずアルテアさんの頭を見ると、顔を真っ赤にしていた。んん? 自分で言ったにしては変な反応。
『好き』
もう一度聞こえたその声。声の出どころは――
するりと、自分の体に絡みついてきた、うすピンク色の何か。
『私の、私だけの男の子……』
そのピンク色の出どころは、アルテアさんの体からだった。
そして、謎の声も、その体から出ているようだ。
『好き』
『大好き』
『もう私のもの』
『私だけのもの』
『誰にも渡さない』
『どこにも逃がさない』
『ずっと、ここで、二人で、幸せに――――』
ぞぞぞぞぞっと背中を悪寒が走り抜けた。
これってもしかして、彼女の本音……?
もう一度アルテアさんの頭を見ると、やっぱり真っ赤な顔で、目を伏せていた。
大正解!
この人こんなこと考えてたのか!
早く逃げなければ。そう思って、改めてドアに手をかける。
その手を、掴まれた。
まずい、もう復帰してきた!
「こ……のっ!」
慌てて引きはがそうとするものの、簡単にいなされ、羽交い絞めにされてしまった。
いくら身体能力を強化したところで、技能が向上されるわけではない。さすがに肉弾戦で勝ち目はない。
それでも何とか抜け出そうとあがいている僕の目の前に、アルテアさんの頭が浮き上がってきた。
頭だけで飛べるんだ?
「ク……クク……き、聞いてしまったな、私の本当の気持ちを……」
顔が真っ赤(耳まで真っ赤)なのは変わりないが、やや自嘲したような、それでいて興奮しているような笑顔。
そして思い出す、この世界の魔物の特性。
(「この世界の魔物はみーんな、サキュバスみたいな男の精をすする系のエッチな女の子なのさぁー」)
この後、この身に降りかかるであろう惨状を予見して、一気に頭が冷える。
「かくなる上は、わ、私の伴侶として……」
「ふんっ!!」
「ぐわっ!?」
渾身の力を込めた頭突きで彼女の頭を叩き落とし、羽交い絞めしている体の方は……。
「八倍『エレショック』!」
『――――!』
声もなくくずおれる彼女の体。『エレショック』は、弱い電流を流して対象を麻痺させる魔法だ。魔力の高い相手には抵抗されることも多いが、倍加魔法で八倍まで高めてやればそうそう止められることは無い。
今度こそ、自由になった身で、ドアを開けて部屋の外に出た。
「ま、待て!」
「待ちません。八倍『ロック』!」
ドアを閉め、魔法でカギをかける。これでかなり時間が稼げるはずだ。
急いで逃げなければ。
「……っと、荷物を探さなきゃ」
ここがどこだかは知らないが、どこかの家の中。広くはなさそう。荷物の魔力反応を頼りに探し回る。
「ここかな……?」
覗いた部屋の一つ。こざっぱりと片付いていて、家具はベッド一つしか残っていない。
壁紙がうすピンクなのがなんか気になったが、気にしないことにした。
さて、そのベッドの上に、僕の荷物が置かれているようだった。
杖にデイパック、呪符ホルダー、そういえばローブも脱がされていたのか。
手早く再装備をして、ローブを着る暇はちょっと無いかも。とりあえずデイパックに突っ込んで。
杖を手に――うわ、なんかぬるってする。
このぬるぬるの正体を考えるのは怖いので、さっさと拭いてしまおう……。ハンカチ使うのは嫌だから、そこのベッドのシーツで。
「見つけたぞ!」
バァンと部屋のドアがぶち開けられ、アルテアさんが姿を現した。
もう出てきたのか。早い。
しかし、こちらはすでに装備が整った。いくらでもやりようが
「はっ!」
「――っ!」
僕が構える前に、突進してきた彼女に体当たりをされた。何とか無防備な状態で受けることは避けたが、押し倒されてベッドの上。杖を取り落としてしまい、彼女と両手で掴みあって何とか均衡を保っている。
「ぐ……く……っ……この……!」
「ク、クク……! この体勢ならばこっちのものだ……! おとなしくしてもらおうか……!」
「ノー、サン、キュぅぅぅぅ……っ!」
全力であがいてみるものの、体勢が悪すぎるのと、元の筋力が違いすぎて、この膠着状態から脱却できそうにない。
というか、どんどん押されている。
こうなったら、もう一度!
「八倍『エレショック』!」
バチィッ! と、強力な電流が彼女を襲う。しかし――
「残念だったな……対策済みだ!」
はじかれた!
「くっそ……! このぉ……!」
「さあ……諦めて私とめくるめく快楽の世界へ行こうじゃないか……!」
「い! や! だ!」
何がそんなに嫌かって、
「初めてが、好きでもない相手に、こんな逆レイプみたいなのなんて、絶対にいやだーーーーー!!!!」
「……っ」
僕の心からの叫びに、彼女が少しだけたじろぐ。
そうだ、呪符がそろっている今なら……!
「――――『1番』!」
存分に、切り札が切れる!
僕の声に反応して、呪符が魔法を展開する。
『1番』札――『ヴァルキリオン』。効果は、全ステータス上昇、極大!
「でやぁ!」
「むぉっ!?」
超強化した力で、アルテアさんを投げ飛ばす。
自由になった身で、杖を拾い上げ、そしてもう一つ。
「『2番』――――!」
『2番』札――範囲八倍、威力八倍、合計64倍の『ホーリー』!
ホーリーの白い光よりも青白く、彼女の顔から血の気が引くのが見えた。
「ちょ……自分ごと吹き飛ばす気か!?」
「ああ、大丈夫です」
僕は、今日一番の笑顔を彼女に向けた。
「 僕 だ け は 大丈夫なように、細工がしてあるので」
「……ああ、そうか……」
アルテアさんは諦めたように笑顔を浮かべ、
何よりも白い、浄化の光が彼女を滅ぼした――――…………
+ + +
「すみませんでした」
滅びてなかったアルテアさんを縛り上げて、気が付いた彼女の土下座謝罪を見下ろしていた。
「……はあ。一緒にいたいという気持ちがわからないわけではないですが、もう少しやりようはあるでしょう。付きまといに誘拐監禁なんて、好感度を下げる以外の効果はありませんよ」
「……うう……」
軽く彼女に説教をしていたのだが、なんだか彼女はもじもじと体を動かして、落ち着かない様子。
「……何ですか。どうかしたんですか」
「いや……その。この期に及んで、すごく言い辛いのだが……」
もごもごと言葉を濁す彼女に、僕は顎で先を促した。
「ええと。魔物が、人間の精を糧として生きているのは知っているだろう?」
「ええ、まあ、一応」
詳しくは知らないが、そういうものらしいという話は聞いた。その精の摂取の仕方も。
「私たちデュラハンも、その例に漏れず、精を糧に生きているわけなのだが……。さっき、私の頭が落ちただろう?」
「そうですね」
「デュラハンの頭というのは、なんというか、蓋になっていて、頭が取れてしまうと、体の方から、漏れ出してしまうんだ。本当の気持ちと、蓄えてあった精が」
「……それで?」
「私の体は今、精がほとんど枯渇した状態にある。この渇精状態が長く続くと、いずれ理性を失って、見境なく誰かに襲い掛かってしまう……それは嫌だ!」
「…………」
「お願いだ、少しでいい。精を分けてもらえないだろうか。性交渉が必要なわけではない。キス程度でいい。ほっぺにちゅ、くらいの接触でいい。どうか、精を……分けてほしい」
そして彼女は口を閉じる。こちらの様子を窺うように、懇願するように、ちらりとこちらを見上げた。
「…………」
ううん、と僕はうなる。
彼女の切実な、切迫した状況は分かった。そしてそれを解決するのに、大した労力もいらない。
それはわかる。それはわかる。
しかし、あれだけ思い切り拒否した後なので、なんとなく……嫌だ。
「聞いておきたいんですが」
「なんだ?」
「精、というのは、人間の生命力……ということでいいんですか?」
「よく似たものではあるが、厳密には違う。なんというか、もっと、いろいろ混ざっているというか……」
「うーん……」
いくつか術式を組み立てる。ただ単に生命力というだけでなく、なんかいろいろ混ざっている感じに。
うー、術式作成は専門じゃないから得意じゃない……。
「……あ、あの?」
「ちょっと待ってて!」
黙ったまま動かない僕を心配に思ったのか、声をかけてきたアルテアさんを一喝。何とかそれらしい術式を組み上げた。
「……これでどうですか?」
彼女に魔法をかける。
生命力、魔力、体力、その他もろもろを術者から抽出し、対象に割譲する魔法。
「……これは…………ん゛!?」
初めのうちは、不思議そうに体に満ちる感覚を探っていた彼女だったが、すぐに表情を歪めた。
「……ダメそうですか」
「ダメっていうか……なんか……コレじゃない感がすごい……」
「ああ……それは……すみません」
困ったな。どうしよう。分け与えたのはいいけど、ちゃんと抜けるかなぁ……。
「いや、待ってくれ。これは君の力なんだな?」
「はい、そうです」
「それなら……君の精を少し取り込めば、全部変換出来そう……」
「うー……」
やっぱりそうなるのか……。
仕方ない。もう、ごちゃごちゃ言い訳をするのはやめよう。
意を決して、彼女の正面に立つ。
「……き、キスだけ、ですよね?」
「……う、うむ」
……緊張する。
そっと、顔を近づけて、目を閉じる。
「……どうぞ」
「えっ!? ど、どうぞって……ど、どこにすればいい……?」
「お好きにどうぞ!」
ごくりと、彼女が唾をのむ音が聞こえた。
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
その言葉から、少し間が開いて。
ふにゅ、と唇に柔らかい感触がした。
「――――っ」
びくりと、体が震える。その直後、体の芯から、何かが抜け落ちていくような感覚に陥った。
ああ、精を吸われているのか。これが精を吸われる感覚なのか。
言い表しようのない快感に、意識まで彼女に吸い込まれていく。
何も考えられなくなり、なぜ自分が目をつぶっているのかわからなくなり、ふいと目を開いた。
彼女と目が合って、
「――――っっ!」
我に返る。
驚いて、驚いて、慌てて彼女から飛びのいた。
「も、も、もう、十分ですよねっ!?」
「ああ、ありがとう……」
アルテアさんは、余韻を味わっているのか、精の味を堪能しているのか、どこか陶然とした顔で目を閉じた。
僕は、何とか早鐘を打つ心臓を治めようと、明後日を向いて、大きく息を吐くのだった。
+ + +
「……で? どうするんですか?」
あの後。
拘束を解いた彼女と、今後の話をすることにした。
「私は……私は君と一緒にいたい。許されないことをしてしまった私だが……君と一緒にいたいこと、君を守りたいという気持ちは本当だ。……私を、そばに置いてもらえないだろうか」
僕は、また、小さくため息を吐く。
「実は僕、時空迷子なんです」
「え……えっ?」
「僕の他に、三人の仲間がいて……はぐれてしまったんですけど。正直、右も左もわからない状況で仲間を探すって、すごく大変だと思うんですよね」
「…………」
彼女は僕の話を黙って聞いている。
「それと、僕、支援特化の魔術士なんです。ソロができないわけじゃないんですけど、やっぱり前で戦ってくれる人がいると心強いなって」
「……それは、つまり……その?」
「お節介は、ほどほどでお願いしますね」
「……っ!」
僕の言葉の意図することを察し、ぱっと喜色を浮かべる彼女に。僕は右手を差し出す。
「僕は神崎小虎といいます。これからよろしくお願いします」
「改めて。アルテアだ。君に降りかかる万難を、私は必ず排しよう」
彼女の右手を、強く握った。
こうして、ようやく、僕の仲間探しの旅が始まるのだった。
おしまい
20/08/15 18:23更新 / お茶くみ魔人