砂漠のメイド喫茶
魔物の集落というものはある欠陥を抱えている。
それは人間と魔物の間に生まれるのは１００％魔物のメスであるということが原因である。
もし魔物の集落だけで閉塞してしまうと、男性不足と女性人口の増加により将来の破綻が避けられない。
そのため外部から人間男性を連れて来なければならないのだが……。
「それでは過疎対策会議、第６６６回を開きます」
独身の魔物が集まった広場。まとめ役のアヌビスがいつものように会議の開催を告げる。
「いままでの経過ですが……」
アヌビスが声の調子を落とす。
「まったく……何の成果も出ていません……」
いつもの事だが場の雰囲気がどんよりと重くなる。
「そうだよニェー。この辺りって男の人を惹きつけるものがニャーんにもニャイんだもん」
スフィンクスが分かり切ったことを口にする。
彼女たちが住んでいる場所は遥か昔に散々盗掘されて金目のものなど何一つ残ってない遺跡。
宝物がないと分かっている魔物の巣にわざわざ挑む冒険者はいない。
「やっぱもう、力づくで男をかっさらうしか！」
グールが近くの街を襲撃して捕まえようと物騒な意見を掲げる。
「だからそれはダメって何度も言ってるでしょ。中立の街をわざわざ敵に回してどうするの。
そもそもあなたはヒャッハーしたいだけじゃない」
グールの意見は個人的欲望に基づくものとして却下された。
その後も散発的に意見が出るが、非現実的だったり効果に乏しそうなものばかり。
そんな中、おずおずと一人の魔物が手をあげる。
「えっと…メイドとかどうですか？」
発言したのはつぼまじん。
「メイドって…あのメイドのこと？」
アヌビスが訊き返す。
するとつぼまじんはこくりと頷いて語った。
「みんな知ってると思いますけど、わたし達つぼまじんは壺を通じてあちこちへ行けます。
最近の事ですけど、いくつもの街で大流行している喫茶店を見たんですね。
そこのメニューは特に珍しい物はないんですけど、ウェイトレスさんが皆メイド服を着ていたんです。
そしてお客さんの事をご主人さまって呼んでいて―――」
つぼまじんからもたらされたメイド喫茶大流行の情報。
メイド服の用意に手間はかかるが現実的な範囲であるとして“メイド喫茶”が採用された。
♂
「はーい！ 街のみなさんご迷惑おかけしまーす！」
街の上を飛び回るハーピー達。
「えー、今度わたし達の村で喫茶店が開業されることになりましたー！」
足にぶら下がったカゴからまき散らされるビラ。
「男性のみなさん、どうかお越しくださーい！」
自分と歩いていた友人がヒラヒラと目の前に舞い降りてきた紙切れを手に取る。
「えーと、なになに……。○月×日メイド喫茶開店…なんだこれ？」
ビラに書かれた開店日。
古い遺跡を利用して作られた店の前に自分はいた。
本当は自分は魔物の多い所にはあまり行きたくないんだが……。
「おお、見ろ。メイドだメイド」
数少ない友人に強引に誘われてしまったのである。
一度でもいいからメイドを見てみたかったとかそんなことはない、たぶん。
まあ店の前にいても仕方ないのでさっさと扉を開いて入る。
するとタッタッタとメイド服を着たスフィンクスがやってきた。
「おかえりニャさいませ、ご主人さ―――うほっ！ いい男…」
客に対する第一声がそれか。
「あ、申し訳ないニャ。２名様でよろしいですかニャ？」
スフィンクスに先導されて友人と席へ向かう。
その途中、使用済みの食器を抱えたアヌビスとすれ違う。
「おかえりなさ―――すごく……男前です……」
通路の真ん中で立ち止まるな。通行の邪魔になるぞ。
案内された席は４人掛けの広いボックス席。友人と向かい合って座る。
「モテモテだな。手でも振ってやったらどーよ？」
冗談でも言うな。自分がやると本気で好意があると思われるんだよ。
席についた今も店のあちこちから視線が突き刺さるのを感じている。
その発生源は１００％魔物からものだ。
いや、男からの視線があったらそれはそれで嫌だけど。
「だったら誰でもいいから魔物とくっ付けばいいじゃねえか。
恋人がいるなら熱心にアプローチしてこないだろうし」
魔物とくっ付くのは嫌なんだよ。自分は人間の女と付き合いたいんだ。
「贅沢者め。魔物のみならず人間の女まで虜にしたいとは……。
今ならお前が喪男に刺されても俺は犯人側の弁護に立つぞ」
友人が半分本気半分冗談といった態度で言う。こいつも女っ気ないからなあ……。
というかそこまで言うならお前が魔物と付き合えよ。
「いいえ、私は遠慮しておきます。
しっかし、俺とお前でルックスにたいして差は無いのに魔物ってのはよく分からないよなぁ……」
そうだよなあ……。
まあ、昔母に聞いた話では魔物は顔より匂いに惹きつけられるらしいけど。
自分がやたら魔物の注目を浴びる理由。
それは独身のインキュバスだからだ。
普通のインキュバスにはパートナーがいてその匂いが染み付く。
だから独身の魔物にもそうちょっかいは出されない。
ところが自分は妊娠中の母が魔物化したせいで胎児の段階でインキュバス化してしまったのだ。
小さい頃は魔物の女の子がやたら仲良くしてくれるなあとしか思っていなかったが、ある程度育ったところで事実を知って冷めた。
魔物たちはインキュバスの匂いに惹かれていただけだから。
普通女が男を好きになるには何らかの理由があるだろう。
幼児ならかけっこが早くてかっこいい。
学生なら学校一の秀才で素敵。
大人なら優しい人だから一緒にいたい。
しかし自分の場合そういった“本人ならでは”の部分を好きになってくれたわけじゃない。
独身のインキュバスでさえあれば、自分じゃなくてもよかったのだろうと思う。
そこに思い至った時、異性としての魔物への好意は霧散してしまった。
自分に寄ってくる魔物は金目当てに権力者にすり寄る売女と同じ……とまでは思わないがあまり良い感じはしない。
「お待たせしましたご主人様。こちらはお冷になります。
ご注文がお決まりになりましたら、鈴をお鳴らしください」
友人と話している間にギルタブリルのウェイトレスが水を持ってきた。
彼女は下半身が大きすぎるためかスカートははいておらずメイド服を着用しているのは上半身だけ。
しかし範囲が狭いせいか逆にガチガチにメイド装備＋アルファで固めている。
伊達メガネかけたギルタブリルなんて初めて見たよ。
「いかがなされましたかご主人様？ わたくしめが何か……」
はっ。ついメイド服を観察していたらギルタブリルに不審がられてしまった。
「もしかして…ナンパでしょうか？ 困りましたわ、今は仕事中ですのに。ですがご主人様がお望みなら……」
勝手にナンパしてる事にされた。
経験上このまま放っておくとナンパされた方が自分を強引に引っ張っていくので、誤解はキッチリ解いておく。
いいえ、メイド服が珍しいので凝視してしまっただけです。
すいませんでした、どうぞお仕事に戻ってください。
「そうでしたか。これはとんだ失礼をいたしました。
ではお詫びと言ってはなんですが、特別室へご招待いたしましょう」
いや悪いのはこっちの方ですから、ホント気にしないでください。
他のお客さんの迷惑になりたくもないので、頼むから早く戻ってください。
「はい…わかりました。失礼いたします。ですが、もし気が変わられたら遠慮せずお呼びくださいませ。
すぐにご案内いたしますので……」
ギルタブリルは食い下がったあげく、残念そうにテーブルを離れて行った。
「……水持ってきただけでこれか。こういうときは面倒だな」
そうだよ、面倒だよ。
「まあいいや、早く注文しようぜ。メイド喫茶のメニューはどんなものかね」
友人がテーブルに二つ備えてあるメニューを渡してくる。
もう昼だし、それなりに重い物を頼むか。
メイド喫茶の相場はいったいどうなっているのか―――って。
開いたメニュー。
そこには料理の絵と名前、そして金額が書かれていた。
値段は良心的な水準だろう。しかし“だいたい銅５”とかなんなんだこの書き方は。
これがメイド喫茶の標準的な表記法なのか？
メニューから顔をあげて友人を見ると、むこうも苦笑いを浮かべていた。
「絵も名前も普通なのに、金額だけファジーとか恐いな。はっきり値段聞いといた方がいいなこれ」
そうだな。興味半分でメイド喫茶に行ってぼったくられたとか笑い話にもならないし。
「俺はもう決めたけど、そっちは？」
こっちも決めた。じゃあ呼ぶか。
テーブルの上にある鈴をチリンチリンと鳴らす。
パタパタと犬耳のアヌビスがやってきた。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
ああ、注文は決まったんだが金額を詳しく教えてもらえないか？
「詳しくとはどういう意味でしょうか？ メニューに書かれた通りの金額となりますが」
だからそのメニューに“だいたい”なんて書かれているから細かい値段を知りたいんだよ。
「だいたいはだいたいです。ご主人様が常識人ならだいたいがわかるはず」
だいたいを早口言葉のように連発されて頭が一瞬混乱した。
いや、だから――。
と、アヌビスに食ってかかろうとした自分を友人が制止した。
そして友人は口元に指を当ててシーッ、静かに！ というジェスチャーをする。
いったい何なんだ？ と疑問に思った自分の耳にある音が入りこむ。
「コーヒー１杯、パスタ１皿で銅６となりまーす」
誰かが入り口で精算したのだろう。チャラチャラと硬貨をいじる音がした。
そして手元のメニューを覗きこむ。
コーヒーとパスタで……種類にもよるがだいたい同じ価格帯か。
どうやら特にぼったくっているわけでもないようだ。
なら注文しても大丈夫か。
「ご注文をよろしいでしょうか」
自分たちの行動に特にリアクションを見せる事もなく、アヌビスが注文を催促してくる。
問題なさそうなので自分たちはすんなりと注文を伝えた。
「はい、たしかに承りました。ところでご主人様がたに抽選を行いたいのですが」
そう言ってアヌビスは紙袋を二つ取り出し自分と友人の前に置いた。
「この中にはクジが入っております。見事アタリを引けば豪華なテイクアウトを贈らせていただきます」
豪華なテイクアウトね……。ロクなもんじゃなさそうだが。
二人してゴソゴソと紙袋の中を漁り一枚引き出す。
友人はさっさと引いてアヌビスに見せる。
「残念ながらハズレです。またの挑戦をお待ちしております」
自分は少しばかりかき混ぜてから取り出す。
「これは…おめでとうございます、ご主人様はアタリを選ばれました。
ペット用の犬一匹をお持ち帰りできます。帰り際にお申し付けください」
いりません。
というかメイド喫茶でテイクアウトするものじゃねーだろ。
そろそろウザくなってきたのでここらではっきり言っておく。
他にも客がいるんだから、そっちをかまってやれよ。
その中には自分よりずっと魔物に好意的な奴もいるだろうから。
アヌビスは黙って聞いていたがやがて口を開いた。
「ご主人様にお聞きしますが、金１００は大金だと思いますか？」
金１００？ 当然だろ。
「金１００００はどうでしょう。大金ですか？」
当たり前だ。それだけあれば一生食べていける。
「では金１００の小切手たちの中に金１００００の小切手が１枚混ざっていたらどうでしょう。
ご主人様は“どちらも大金には違いない”と金１００００を見逃して金１００を選びますか？」
……嫌な例えだ。
「そういうことです……っと、長話が過ぎました。すぐ調理にかかりますので出来上がるまでお待ちください」
話を切り上げてアヌビスは去っていった。
「俺の１００倍の価値だとよ。インキュバス様は」
うるさい黙れバカ。
１５分ほど待っていたら頭に包帯を巻いたマミーが料理を持ってきた。
「おまちどうさま……です。あついので、おきおつけください……」
そう言ってコトリと音を立てテーブルに料理を置いていく。
……アンデッドに料理を運ばせるとか正直どうなんだ？
こう、衛生的に。
マミーは皿の前にフォークやスプーンを置いていくがその動きはぎこちない。
全身包帯の上にメイド服を着てるから感覚が違うのかね。
そして動いてるうちに袖から包帯の端が―――おい！ 料理に入るぞ！
危うく包帯がスープに浸かる所だったので摘まんで避ける。
「あぅ……ごしゅじんさま…すみま、せん」
今回はギリギリで避けられたから良いけど、今度からは気をつけてくれよ。
「はい…もうしわけ、ありません、でした…」
マミーは頭を下げて謝罪する。
まったく誰だよ、こんな注意力散漫な奴に料理を運ばせたのは。
台所で皿洗いでもさせとけ。
そう思いながら料理を並べて行くのを見守った。
……のだが、全ての料理を置いてもマミーはテーブルの横に控えたまま。
どうした？ 配膳は終わったんだからもう行っていいぞ。
「そそうを…いたしました、ので…どうぞ、ばつお、おあたえください……」
そう言うとマミーはスカートの下から短めのムチを取りだした。
「どうぞ…だめめいど、にはぴしぴし、と…」
あいにくと自分はＳでもＭでもないので他人を虐げても面白くない。
仮にそういう趣味があってもこんな場所では絶対やらない。
「そうです、か……。では、おわびに、とくべつしつへ……」
また特別室かよ。自分は絶対行かねーからな。
「ううぅ…むねん……」
しっしっ、と干物脳の魔物を手で追い払う。
友人と他愛もない話をしつつ料理を口へ運ぶ。
その味はなかなかのものだ。街の喫茶店と１味どころか３味は違うだう。
しかし辛い物を頼んだから水の減りが早い早い。
そろそろウェイトレスを呼んで水をもらおうか。
そう考えたら。
「ヒャッハー！ 水だぁー！ ご主人様ぁー！」
なんかグールが奇声をあげてテーブルに水差しを置いた。
ガンッ！ と音を立てて勢いよく置いたので注ぎ口から少し水がこぼれる。
ジャストタイミングで有り難かったが、ヒャッハーと叫ぶのはどうなんだ。
「いやさ、アタシってネコミミみたいなトレードマークないから、言動でキャラ付けしないといけないんだよね」
なんだ、作ってたのかそのキャラ。
「いんや、素」
素かよ。つーか客が食ってる最中のテーブルに腰かけんな。
「こまけえこたぁいいんだよ、ご主人様」
それと言葉使いが悪いのはメイドとして相当のマイナスポイントだと思うが。
「アタシの方向性はモヒカンメイドだからこれで正しいんだ」
なんだよモヒカンメイドって。
「さあ？ モヒカンってなんなんだろね」
知らずに使ってるのかよ。てか、いい加減テーブルから降りろ。
「へーい、降りますよ。でもその前にご主人様のパスタちょっとくんない？」
断る。なんで店員に自分が注文した物を分けてやらねばならんのだ。
っていうかマジなんなのこのメイド。
「なおさらそのパスタを食ってやりたくなったぜ！ ―――のわっ！？」
さすがに行き過ぎと判断したのか、いつの間にかやってきたスフィンクスがグールを引きずり降ろした。
「ご主人様、本当に申し訳ないニャ。この不良メイドはわたし達が後でキッチリ制裁しておくからどうかご容赦くださいニャ」
教育でも指導でもなく制裁か。二度とこんな事がないようにしっかり頼むわ。
「もちろんですニャ。それと、この不始末のお詫びに―――」
そのネタは３度目だからもういいです。
色々あったが水も補給されて、自分も友人も料理を全て食べ終えた。
その後一休みしつつ雑談。そして会話のネタも無くなった。
「……メイドもじゅうぶん見たし、そろそろ帰るか」
そうだな。もういいだろ。
友人が伝票片手に立ち上りレジへ向かう。支払いは向こうが先か。
レジは無人だったので、友人が声をかける。
「すいませーん、精算お願いしまーす」
パタパタと小走りする音がして、スフィンクスがやってきた。
「ハイハーイ、お待たせしましたニャー。えーと、お会計は別でよろしいですかニャ？」
一応確認を取るスフィンクス。
「別でお願いします」
そして注文した物を答える友人。
「ではご主人様のお代は銅６、鉄５となりますニャ」
ちょうど持ち合わせがあったのか友人はピッタリ払って店の外へ出た。
そして今度は自分の番。
銅はあるけど、鉄はあったかな……。まあ釣りをもらえばいいだけだが。
「ご主人様のお代は金９６となりますニャ」
ぼったくりってレベルじゃねーぞ！
相場の１０００倍以上とかいくらなんでも
ありえないだろ！
そんな大金の持ち合わせはないし、あったとしても払う気はない。
そもそもメニューの金額と違うじゃないかと抗議する。
「そう言われてもちゃんと書いてありますニャ。“だいたい銅６、だいたい銅２鉄４”って」
１０００倍はだいたいの範疇じゃないだろ。
「でもメイドに値段を訊いたんですニョね？ 説明済みの印が伝票についてるニャ」
説明って……。
“だいたいはだいたいです。ご主人様が常識人ならだいたいがわかるはず”
アレは説明になってねぇ！
「とにかくこの印が付いてる以上、ご主人様は説明を受けた上で注文したということになるニャ。
よって支払い能力を超えた注文をした責任は全てご主人様にあるニャ」
これは悪徳商法だ。無事に帰れたら訴えてやる。
……無事に、帰れたら。
と、そのとき自分が支払いに手間取っているのを疑問に思ったのか、外で待っていた友人が店の中に戻ってきた。
「ずいぶん時間かかってるけど、どうしたんだ？」
頼む！ 助けてくれ！
冷静に考えればこの場で友人に何ができるというわけでもないが、この瞬間救いの糸はそこにしかないと自分は思った。
が。
「何でもありませんわご主人様。…先ほどお渡ししかねましたが、こちら当店のサービス券でございます。
またの来店とさらなるご贔屓の程をどうかお願いいたします」
ササッとやってきたギルタブリルが友人に紙切れを手渡した。
そのとたん友人の目がカッと見開いた。
いったい何に驚いて……アレは小切手？
おい……まさか……。
友人は小切手を大事そうにしまうと、爽やかな笑顔を向けて言った。
「君は良い友人だったが……貧乏がいけないのだよ」
こいつ売りやがった！
自分は呪いの言葉を吐きつけようとしたが、相手はその前に扉をくぐって外へ去ってしまった。
うぐぐ……どうする？ どうすればいい？
色々考えているうちに、なんとか一つの案が出た。
分かった、払おう。でも今は手持ちが足りないんだ。
また来るからツケといてくれないか。
「申しわけありませんが、当店は分割払い、後払いは認めておりません。
これは“万が一の”債務者の逃亡を防ぐための決まりですので、どうかご了承くださいませご主人様」
ギルタブリルが伊達メガネを外し鋭い視線を向ける。
やっぱり読まれているか。
もう、手は一つしかない。
可能性は低いがそれに全てを賭けるしか……。
あっ！ お客さんが店内でストリップはじめた！
「「えっ！？」」
スフィンクスとギルタブリルが自分の指差した方へ振り向く。
レジから数歩の距離にある扉。
顔を戻すまでの僅かなスキにそのノブに手をかけ―――。
「ヒャッハー！ 食い逃げは（特）別室行きだぁー！」
ズザー！ と店の奥からスライディングで突っ込んできたグールに足を引っ掛けられ転倒。
扉を開いただけで、足は一歩も外に出ず自分の逃走は終わってしまった。
顔を戻した二人が自分の腕を片方ずつ掴んで引き上げる。
「ご主人様、食い逃げは犯罪ですわよ？」
右腕はギルタブリルのハサミにしっかり固定され。
「ご主人様、そんなことしちゃいけないニャー。これはご主人様といえど制裁が必要かニャー？」
左腕はスフィンクスの両手の肉球に挟まれ。
「とくべつ、しつ…おひとりさま、ごあんない……」
マミーが店の最奥にある『特別室』のプレートが付いた扉を開く。
床に踏ん張り抗おうとしても無駄。
床と靴底が擦れるズリズリという音を立てながら自分は魔物二人に引きずられ連行されていく。
ちょっ、勘弁して！ ホントに！ 皿洗いでもなんでもして払うからやめて！
オネガイだから（特別室の）中は、中はいやぁぁぁぁ！
それは人間と魔物の間に生まれるのは１００％魔物のメスであるということが原因である。
もし魔物の集落だけで閉塞してしまうと、男性不足と女性人口の増加により将来の破綻が避けられない。
そのため外部から人間男性を連れて来なければならないのだが……。
「それでは過疎対策会議、第６６６回を開きます」
独身の魔物が集まった広場。まとめ役のアヌビスがいつものように会議の開催を告げる。
「いままでの経過ですが……」
アヌビスが声の調子を落とす。
「まったく……何の成果も出ていません……」
いつもの事だが場の雰囲気がどんよりと重くなる。
「そうだよニェー。この辺りって男の人を惹きつけるものがニャーんにもニャイんだもん」
スフィンクスが分かり切ったことを口にする。
彼女たちが住んでいる場所は遥か昔に散々盗掘されて金目のものなど何一つ残ってない遺跡。
宝物がないと分かっている魔物の巣にわざわざ挑む冒険者はいない。
「やっぱもう、力づくで男をかっさらうしか！」
グールが近くの街を襲撃して捕まえようと物騒な意見を掲げる。
「だからそれはダメって何度も言ってるでしょ。中立の街をわざわざ敵に回してどうするの。
そもそもあなたはヒャッハーしたいだけじゃない」
グールの意見は個人的欲望に基づくものとして却下された。
その後も散発的に意見が出るが、非現実的だったり効果に乏しそうなものばかり。
そんな中、おずおずと一人の魔物が手をあげる。
「えっと…メイドとかどうですか？」
発言したのはつぼまじん。
「メイドって…あのメイドのこと？」
アヌビスが訊き返す。
するとつぼまじんはこくりと頷いて語った。
「みんな知ってると思いますけど、わたし達つぼまじんは壺を通じてあちこちへ行けます。
最近の事ですけど、いくつもの街で大流行している喫茶店を見たんですね。
そこのメニューは特に珍しい物はないんですけど、ウェイトレスさんが皆メイド服を着ていたんです。
そしてお客さんの事をご主人さまって呼んでいて―――」
つぼまじんからもたらされたメイド喫茶大流行の情報。
メイド服の用意に手間はかかるが現実的な範囲であるとして“メイド喫茶”が採用された。
♂
「はーい！ 街のみなさんご迷惑おかけしまーす！」
街の上を飛び回るハーピー達。
「えー、今度わたし達の村で喫茶店が開業されることになりましたー！」
足にぶら下がったカゴからまき散らされるビラ。
「男性のみなさん、どうかお越しくださーい！」
自分と歩いていた友人がヒラヒラと目の前に舞い降りてきた紙切れを手に取る。
「えーと、なになに……。○月×日メイド喫茶開店…なんだこれ？」
ビラに書かれた開店日。
古い遺跡を利用して作られた店の前に自分はいた。
本当は自分は魔物の多い所にはあまり行きたくないんだが……。
「おお、見ろ。メイドだメイド」
数少ない友人に強引に誘われてしまったのである。
一度でもいいからメイドを見てみたかったとかそんなことはない、たぶん。
まあ店の前にいても仕方ないのでさっさと扉を開いて入る。
するとタッタッタとメイド服を着たスフィンクスがやってきた。
「おかえりニャさいませ、ご主人さ―――うほっ！ いい男…」
客に対する第一声がそれか。
「あ、申し訳ないニャ。２名様でよろしいですかニャ？」
スフィンクスに先導されて友人と席へ向かう。
その途中、使用済みの食器を抱えたアヌビスとすれ違う。
「おかえりなさ―――すごく……男前です……」
通路の真ん中で立ち止まるな。通行の邪魔になるぞ。
案内された席は４人掛けの広いボックス席。友人と向かい合って座る。
「モテモテだな。手でも振ってやったらどーよ？」
冗談でも言うな。自分がやると本気で好意があると思われるんだよ。
席についた今も店のあちこちから視線が突き刺さるのを感じている。
その発生源は１００％魔物からものだ。
いや、男からの視線があったらそれはそれで嫌だけど。
「だったら誰でもいいから魔物とくっ付けばいいじゃねえか。
恋人がいるなら熱心にアプローチしてこないだろうし」
魔物とくっ付くのは嫌なんだよ。自分は人間の女と付き合いたいんだ。
「贅沢者め。魔物のみならず人間の女まで虜にしたいとは……。
今ならお前が喪男に刺されても俺は犯人側の弁護に立つぞ」
友人が半分本気半分冗談といった態度で言う。こいつも女っ気ないからなあ……。
というかそこまで言うならお前が魔物と付き合えよ。
「いいえ、私は遠慮しておきます。
しっかし、俺とお前でルックスにたいして差は無いのに魔物ってのはよく分からないよなぁ……」
そうだよなあ……。
まあ、昔母に聞いた話では魔物は顔より匂いに惹きつけられるらしいけど。
自分がやたら魔物の注目を浴びる理由。
それは独身のインキュバスだからだ。
普通のインキュバスにはパートナーがいてその匂いが染み付く。
だから独身の魔物にもそうちょっかいは出されない。
ところが自分は妊娠中の母が魔物化したせいで胎児の段階でインキュバス化してしまったのだ。
小さい頃は魔物の女の子がやたら仲良くしてくれるなあとしか思っていなかったが、ある程度育ったところで事実を知って冷めた。
魔物たちはインキュバスの匂いに惹かれていただけだから。
普通女が男を好きになるには何らかの理由があるだろう。
幼児ならかけっこが早くてかっこいい。
学生なら学校一の秀才で素敵。
大人なら優しい人だから一緒にいたい。
しかし自分の場合そういった“本人ならでは”の部分を好きになってくれたわけじゃない。
独身のインキュバスでさえあれば、自分じゃなくてもよかったのだろうと思う。
そこに思い至った時、異性としての魔物への好意は霧散してしまった。
自分に寄ってくる魔物は金目当てに権力者にすり寄る売女と同じ……とまでは思わないがあまり良い感じはしない。
「お待たせしましたご主人様。こちらはお冷になります。
ご注文がお決まりになりましたら、鈴をお鳴らしください」
友人と話している間にギルタブリルのウェイトレスが水を持ってきた。
彼女は下半身が大きすぎるためかスカートははいておらずメイド服を着用しているのは上半身だけ。
しかし範囲が狭いせいか逆にガチガチにメイド装備＋アルファで固めている。
伊達メガネかけたギルタブリルなんて初めて見たよ。
「いかがなされましたかご主人様？ わたくしめが何か……」
はっ。ついメイド服を観察していたらギルタブリルに不審がられてしまった。
「もしかして…ナンパでしょうか？ 困りましたわ、今は仕事中ですのに。ですがご主人様がお望みなら……」
勝手にナンパしてる事にされた。
経験上このまま放っておくとナンパされた方が自分を強引に引っ張っていくので、誤解はキッチリ解いておく。
いいえ、メイド服が珍しいので凝視してしまっただけです。
すいませんでした、どうぞお仕事に戻ってください。
「そうでしたか。これはとんだ失礼をいたしました。
ではお詫びと言ってはなんですが、特別室へご招待いたしましょう」
いや悪いのはこっちの方ですから、ホント気にしないでください。
他のお客さんの迷惑になりたくもないので、頼むから早く戻ってください。
「はい…わかりました。失礼いたします。ですが、もし気が変わられたら遠慮せずお呼びくださいませ。
すぐにご案内いたしますので……」
ギルタブリルは食い下がったあげく、残念そうにテーブルを離れて行った。
「……水持ってきただけでこれか。こういうときは面倒だな」
そうだよ、面倒だよ。
「まあいいや、早く注文しようぜ。メイド喫茶のメニューはどんなものかね」
友人がテーブルに二つ備えてあるメニューを渡してくる。
もう昼だし、それなりに重い物を頼むか。
メイド喫茶の相場はいったいどうなっているのか―――って。
開いたメニュー。
そこには料理の絵と名前、そして金額が書かれていた。
値段は良心的な水準だろう。しかし“だいたい銅５”とかなんなんだこの書き方は。
これがメイド喫茶の標準的な表記法なのか？
メニューから顔をあげて友人を見ると、むこうも苦笑いを浮かべていた。
「絵も名前も普通なのに、金額だけファジーとか恐いな。はっきり値段聞いといた方がいいなこれ」
そうだな。興味半分でメイド喫茶に行ってぼったくられたとか笑い話にもならないし。
「俺はもう決めたけど、そっちは？」
こっちも決めた。じゃあ呼ぶか。
テーブルの上にある鈴をチリンチリンと鳴らす。
パタパタと犬耳のアヌビスがやってきた。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
ああ、注文は決まったんだが金額を詳しく教えてもらえないか？
「詳しくとはどういう意味でしょうか？ メニューに書かれた通りの金額となりますが」
だからそのメニューに“だいたい”なんて書かれているから細かい値段を知りたいんだよ。
「だいたいはだいたいです。ご主人様が常識人ならだいたいがわかるはず」
だいたいを早口言葉のように連発されて頭が一瞬混乱した。
いや、だから――。
と、アヌビスに食ってかかろうとした自分を友人が制止した。
そして友人は口元に指を当ててシーッ、静かに！ というジェスチャーをする。
いったい何なんだ？ と疑問に思った自分の耳にある音が入りこむ。
「コーヒー１杯、パスタ１皿で銅６となりまーす」
誰かが入り口で精算したのだろう。チャラチャラと硬貨をいじる音がした。
そして手元のメニューを覗きこむ。
コーヒーとパスタで……種類にもよるがだいたい同じ価格帯か。
どうやら特にぼったくっているわけでもないようだ。
なら注文しても大丈夫か。
「ご注文をよろしいでしょうか」
自分たちの行動に特にリアクションを見せる事もなく、アヌビスが注文を催促してくる。
問題なさそうなので自分たちはすんなりと注文を伝えた。
「はい、たしかに承りました。ところでご主人様がたに抽選を行いたいのですが」
そう言ってアヌビスは紙袋を二つ取り出し自分と友人の前に置いた。
「この中にはクジが入っております。見事アタリを引けば豪華なテイクアウトを贈らせていただきます」
豪華なテイクアウトね……。ロクなもんじゃなさそうだが。
二人してゴソゴソと紙袋の中を漁り一枚引き出す。
友人はさっさと引いてアヌビスに見せる。
「残念ながらハズレです。またの挑戦をお待ちしております」
自分は少しばかりかき混ぜてから取り出す。
「これは…おめでとうございます、ご主人様はアタリを選ばれました。
ペット用の犬一匹をお持ち帰りできます。帰り際にお申し付けください」
いりません。
というかメイド喫茶でテイクアウトするものじゃねーだろ。
そろそろウザくなってきたのでここらではっきり言っておく。
他にも客がいるんだから、そっちをかまってやれよ。
その中には自分よりずっと魔物に好意的な奴もいるだろうから。
アヌビスは黙って聞いていたがやがて口を開いた。
「ご主人様にお聞きしますが、金１００は大金だと思いますか？」
金１００？ 当然だろ。
「金１００００はどうでしょう。大金ですか？」
当たり前だ。それだけあれば一生食べていける。
「では金１００の小切手たちの中に金１００００の小切手が１枚混ざっていたらどうでしょう。
ご主人様は“どちらも大金には違いない”と金１００００を見逃して金１００を選びますか？」
……嫌な例えだ。
「そういうことです……っと、長話が過ぎました。すぐ調理にかかりますので出来上がるまでお待ちください」
話を切り上げてアヌビスは去っていった。
「俺の１００倍の価値だとよ。インキュバス様は」
うるさい黙れバカ。
１５分ほど待っていたら頭に包帯を巻いたマミーが料理を持ってきた。
「おまちどうさま……です。あついので、おきおつけください……」
そう言ってコトリと音を立てテーブルに料理を置いていく。
……アンデッドに料理を運ばせるとか正直どうなんだ？
こう、衛生的に。
マミーは皿の前にフォークやスプーンを置いていくがその動きはぎこちない。
全身包帯の上にメイド服を着てるから感覚が違うのかね。
そして動いてるうちに袖から包帯の端が―――おい！ 料理に入るぞ！
危うく包帯がスープに浸かる所だったので摘まんで避ける。
「あぅ……ごしゅじんさま…すみま、せん」
今回はギリギリで避けられたから良いけど、今度からは気をつけてくれよ。
「はい…もうしわけ、ありません、でした…」
マミーは頭を下げて謝罪する。
まったく誰だよ、こんな注意力散漫な奴に料理を運ばせたのは。
台所で皿洗いでもさせとけ。
そう思いながら料理を並べて行くのを見守った。
……のだが、全ての料理を置いてもマミーはテーブルの横に控えたまま。
どうした？ 配膳は終わったんだからもう行っていいぞ。
「そそうを…いたしました、ので…どうぞ、ばつお、おあたえください……」
そう言うとマミーはスカートの下から短めのムチを取りだした。
「どうぞ…だめめいど、にはぴしぴし、と…」
あいにくと自分はＳでもＭでもないので他人を虐げても面白くない。
仮にそういう趣味があってもこんな場所では絶対やらない。
「そうです、か……。では、おわびに、とくべつしつへ……」
また特別室かよ。自分は絶対行かねーからな。
「ううぅ…むねん……」
しっしっ、と干物脳の魔物を手で追い払う。
友人と他愛もない話をしつつ料理を口へ運ぶ。
その味はなかなかのものだ。街の喫茶店と１味どころか３味は違うだう。
しかし辛い物を頼んだから水の減りが早い早い。
そろそろウェイトレスを呼んで水をもらおうか。
そう考えたら。
「ヒャッハー！ 水だぁー！ ご主人様ぁー！」
なんかグールが奇声をあげてテーブルに水差しを置いた。
ガンッ！ と音を立てて勢いよく置いたので注ぎ口から少し水がこぼれる。
ジャストタイミングで有り難かったが、ヒャッハーと叫ぶのはどうなんだ。
「いやさ、アタシってネコミミみたいなトレードマークないから、言動でキャラ付けしないといけないんだよね」
なんだ、作ってたのかそのキャラ。
「いんや、素」
素かよ。つーか客が食ってる最中のテーブルに腰かけんな。
「こまけえこたぁいいんだよ、ご主人様」
それと言葉使いが悪いのはメイドとして相当のマイナスポイントだと思うが。
「アタシの方向性はモヒカンメイドだからこれで正しいんだ」
なんだよモヒカンメイドって。
「さあ？ モヒカンってなんなんだろね」
知らずに使ってるのかよ。てか、いい加減テーブルから降りろ。
「へーい、降りますよ。でもその前にご主人様のパスタちょっとくんない？」
断る。なんで店員に自分が注文した物を分けてやらねばならんのだ。
っていうかマジなんなのこのメイド。
「なおさらそのパスタを食ってやりたくなったぜ！ ―――のわっ！？」
さすがに行き過ぎと判断したのか、いつの間にかやってきたスフィンクスがグールを引きずり降ろした。
「ご主人様、本当に申し訳ないニャ。この不良メイドはわたし達が後でキッチリ制裁しておくからどうかご容赦くださいニャ」
教育でも指導でもなく制裁か。二度とこんな事がないようにしっかり頼むわ。
「もちろんですニャ。それと、この不始末のお詫びに―――」
そのネタは３度目だからもういいです。
色々あったが水も補給されて、自分も友人も料理を全て食べ終えた。
その後一休みしつつ雑談。そして会話のネタも無くなった。
「……メイドもじゅうぶん見たし、そろそろ帰るか」
そうだな。もういいだろ。
友人が伝票片手に立ち上りレジへ向かう。支払いは向こうが先か。
レジは無人だったので、友人が声をかける。
「すいませーん、精算お願いしまーす」
パタパタと小走りする音がして、スフィンクスがやってきた。
「ハイハーイ、お待たせしましたニャー。えーと、お会計は別でよろしいですかニャ？」
一応確認を取るスフィンクス。
「別でお願いします」
そして注文した物を答える友人。
「ではご主人様のお代は銅６、鉄５となりますニャ」
ちょうど持ち合わせがあったのか友人はピッタリ払って店の外へ出た。
そして今度は自分の番。
銅はあるけど、鉄はあったかな……。まあ釣りをもらえばいいだけだが。
「ご主人様のお代は金９６となりますニャ」
ぼったくりってレベルじゃねーぞ！
相場の１０００倍以上とかいくらなんでも
ありえないだろ！
そんな大金の持ち合わせはないし、あったとしても払う気はない。
そもそもメニューの金額と違うじゃないかと抗議する。
「そう言われてもちゃんと書いてありますニャ。“だいたい銅６、だいたい銅２鉄４”って」
１０００倍はだいたいの範疇じゃないだろ。
「でもメイドに値段を訊いたんですニョね？ 説明済みの印が伝票についてるニャ」
説明って……。
“だいたいはだいたいです。ご主人様が常識人ならだいたいがわかるはず”
アレは説明になってねぇ！
「とにかくこの印が付いてる以上、ご主人様は説明を受けた上で注文したということになるニャ。
よって支払い能力を超えた注文をした責任は全てご主人様にあるニャ」
これは悪徳商法だ。無事に帰れたら訴えてやる。
……無事に、帰れたら。
と、そのとき自分が支払いに手間取っているのを疑問に思ったのか、外で待っていた友人が店の中に戻ってきた。
「ずいぶん時間かかってるけど、どうしたんだ？」
頼む！ 助けてくれ！
冷静に考えればこの場で友人に何ができるというわけでもないが、この瞬間救いの糸はそこにしかないと自分は思った。
が。
「何でもありませんわご主人様。…先ほどお渡ししかねましたが、こちら当店のサービス券でございます。
またの来店とさらなるご贔屓の程をどうかお願いいたします」
ササッとやってきたギルタブリルが友人に紙切れを手渡した。
そのとたん友人の目がカッと見開いた。
いったい何に驚いて……アレは小切手？
おい……まさか……。
友人は小切手を大事そうにしまうと、爽やかな笑顔を向けて言った。
「君は良い友人だったが……貧乏がいけないのだよ」
こいつ売りやがった！
自分は呪いの言葉を吐きつけようとしたが、相手はその前に扉をくぐって外へ去ってしまった。
うぐぐ……どうする？ どうすればいい？
色々考えているうちに、なんとか一つの案が出た。
分かった、払おう。でも今は手持ちが足りないんだ。
また来るからツケといてくれないか。
「申しわけありませんが、当店は分割払い、後払いは認めておりません。
これは“万が一の”債務者の逃亡を防ぐための決まりですので、どうかご了承くださいませご主人様」
ギルタブリルが伊達メガネを外し鋭い視線を向ける。
やっぱり読まれているか。
もう、手は一つしかない。
可能性は低いがそれに全てを賭けるしか……。
あっ！ お客さんが店内でストリップはじめた！
「「えっ！？」」
スフィンクスとギルタブリルが自分の指差した方へ振り向く。
レジから数歩の距離にある扉。
顔を戻すまでの僅かなスキにそのノブに手をかけ―――。
「ヒャッハー！ 食い逃げは（特）別室行きだぁー！」
ズザー！ と店の奥からスライディングで突っ込んできたグールに足を引っ掛けられ転倒。
扉を開いただけで、足は一歩も外に出ず自分の逃走は終わってしまった。
顔を戻した二人が自分の腕を片方ずつ掴んで引き上げる。
「ご主人様、食い逃げは犯罪ですわよ？」
右腕はギルタブリルのハサミにしっかり固定され。
「ご主人様、そんなことしちゃいけないニャー。これはご主人様といえど制裁が必要かニャー？」
左腕はスフィンクスの両手の肉球に挟まれ。
「とくべつ、しつ…おひとりさま、ごあんない……」
マミーが店の最奥にある『特別室』のプレートが付いた扉を開く。
床に踏ん張り抗おうとしても無駄。
床と靴底が擦れるズリズリという音を立てながら自分は魔物二人に引きずられ連行されていく。
ちょっ、勘弁して！ ホントに！ 皿洗いでもなんでもして払うからやめて！
オネガイだから（特別室の）中は、中はいやぁぁぁぁ！
12/07/04 17:38更新 / 古い目覚まし