読切小説
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深海からの日誌
私の叔父が書いたと思われる日誌が書斎から出てきた時、私は目を疑った。
行商人である叔父は去年、ジパングへ向かう途中で不幸にも船が転覆し、海中へと引きずり込まれ、二度と海上に姿を表すことなく地上から消えてしまったのだから。
私が知る限り、この日誌はその直前まで持っていたはずである。
そんな叔父の日誌が何故私の書斎にあるのだろう。

好奇心か何なのか分からないが、その日誌を手に取ってしまう。




『今日からジパングへと向かう。偶々船を借りられるとのことで本当に良かった。』

……日付を書いてない。
そしてかなりいい加減な書き方である。
今日日、子どもでももっとマシな文章を書くだろう。
あと、行商人としてその計画性のなさは如何なものかと。

『出発当日、船に乗り込み荷物を降ろす。どうやら私の部屋は最下層のようだ。小さくつけられた窓から海の中の様子が見える。海の碧さはどんな宝石よりも美しい。』

彼は旅立ちの日、ジパングへの期待に溢れていたようだ。
彼が行商人となったのもジパングからの品、真珠の首飾りを見て、その見事な意匠に心を奪われたからに他ならない。
憧れの地へ行く機会が訪れた時の彼の気持ちは一体どんなものだっただろう。

『ジパングへの道のりはそれなりに長く、かなりの日数がかかるそうだ。
長い船旅になりそうである。
ジパングがまだかまだかと経過する日を指折り数えるのもまた一興。
心が踊る。
クリスマスにプレゼントを待ち望む子どものようだ。』

まさかその船がジパングにつくことなく沈むなんて思いもしなかっただろう。





暫く慣れない船での生活が綴られていた。
船長と酒を酌み交わした翌日、二日酔いと船酔いが合わさり地獄を見た気分になった、とか海の上での月の美しさに感動した、など、他愛ない日々の喜びが書かれていた。

『ジパングまで順調に航行しておよそ3日の処まできているというのに困ったことが起きてしまった。
突如出現した嵐により海が荒れに荒れ、進めないどころか沈まないようにするのが精一杯らしい。
水夫からは危ないから船室に戻れと言われてしまった。
最下層の私の部屋は揺れが大分マシなようで、快適とまでは言わずも普通に過ごすことができる。
ただ、海の様子を見ることが出来た小窓からの景色が、ほの暗く濁っていて数b先も見れないのは残念であった。』

『一夜明けても豪雨と大風が止まず、まったく進めないようだ。食糧が尽きなければ良いが。』

『もう何日たったのか分からない。寝ても覚めても嵐で、ずっと真っ暗な空である。今が昼なのか夜なのか分からない。』

『近くでズルズルと何かを引きずるような音がする。
最下層の部屋は一部屋だけで私以外いないはずなのにだ。
この音は外から聞こえてくるものなのか?
湧いてでた疑問を確かめるため小窓から外を見ても、そこには闇があるだけで怪しい物など見えなかった。見るのを止め、目をそらした瞬間、確かに私は見たのだ!私の脚よりも太く、長い不気味に蠢く触手のようなものが船に張り付いたのを!』

『昨日は恐ろしくてそのまま布団にくるまって時を過ごした。
というより、今も布団の中である。どこからか知らないが部屋の中で視線を感じたからだ。
いや、本当はどこからの視線か予想はついている。
それが正しいのだと分かれば恐怖で私がとち狂ってしまいそうだ。
おそらく、他人から見れば私の考えはおよそ常識的ではなくなってきているのだろう。船員には狂者の戯言と切り捨られた。
窓から視線を感じるなんて、誰も信じてはくれないのだ。
だが、それでも私は窓から視線を感じる。そしてその視線が昨日見た名状しがたい物体のものだと確信している。
もう私は長くないだろう。
願わくは私の死後これを読んだ人が私の無念を少しでも汲み取ってくれれば幸いだ。』

『あれから何日が経ったであろうか。
不思議なことに、視線がいつの間にか消えているではないか。それだけでなく、永久に続くのでは無いかと思われた嵐が嘘のように消え去り、雲1つない青空だと言うではないか。
あれほど絶望に染められた心さえ、朝日を浴びたせいか晴れ晴れとした気分だ。
ジパングまではあとどれ程の距離だろうか。待ち遠しくて仕方がない。』

『航海順調。あと一日もすれば着くらしい。明日からのことを考えると心が踊るようだ。私が商人を目指したきっかけであるジパング。そこにはきっと素晴らしい出会いがあるに違いない。楽しみで寝付ける気がしない。』

『船の上での最後の晩である。夜が明けたらジパングは目と鼻の先だそうだ。中々寝付けない上に、寝てもすぐに目が覚めてしまう。
半ば予想通りである。
仕方がないのでに出ることにする。』




『私が甲板で佇んでいると突然船が傾いた。波は立たず風もない、凪だというのにだ。急いで部屋に戻ってきたはいいが、どうすればいいのだろう。こんなにも船が傾いているというのに船員はおろか、私の仲間の商人ですら誰一人として姿を見せなかったのだ。いくら深夜で皆床についているとはいえ、突然の急な揺れで寝ていられる筈がないのにだ。
また視線を感じる。ズルズル、と何かつるつるしたものが壁を這い回る音がする。あの大嵐が再来したのかのように私の心に暗雲が立ち込めてくる。クスクスと女の笑い声が聴こえる。いや、聴こえる気がするだけだ。海の中から声が聴こえる訳がない。窓から見えるのはあの他の何にも例えようがない触手が、いや、あの手はなんだ!ああ、窓に!窓に!』






























プルルルルル ガチャ
「もしもし、叔父さん。なんですかこれ?」

「面白かったか?俺の冒険日誌」
そう言って叔父は豪快に笑った。わざわざ魔法で書斎に入れるとは手の込んだことだ。
「日付がない上に、後から余計なもの書き足したらそれは日誌じゃないんだよ?」

「余計とはなんだ、その時に思ったことをそのまま書いただけだぞ」

「今の奥さんにこれ読ませたらどう思うだろうね。スキュラを邪神と同じ扱いしてるなんて知れたら何されるかなぁ」

「まっ、待ってくれ。また三日三晩繋がりっぱなしになってしまう」

「本当はそれ好きなんでしょ?」

「な、な、何を言うか!私がそんな、た、爛れたことを好むとでも!?」
「好きなんでしょ?」

「………うん「あら、嬉しいわねぇ。貴方がそんなこと言ってくれるなんて」え?ちょっと待て、いま電話中「じゃあちょっとはホラーっぽく下のお口で食べてあげる♥」それいつもじゃないk」プッ



叔父はあの夜スキュラと結ばれ、ジパングへは泳いでいったそうだ。叔父の妻となったスキュラの首には真珠のネックレスが輝いているらしい。
15/01/22 19:05更新 / BYDELIOS

■作者メッセージ
あ、ありのまま起こったことを話すぜ。俺はドラゴンSSを書いていると思ったらいつの間にかスキュラSSを書いていた。な、何が起こったのか(ry


どうもBYDELIOSです。
行き詰まった時に某ホラー小説は読むべきではないのかなと思いました。相変わらず一作の内ですらシリアスが続かないみたいです。

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