連載小説
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着せ替え人形1 イレット視点
 お兄様と出会ってから一か月。
 お兄様は目に見えて変わった。
 もともとお兄様は、どちらかというとドライで、情が薄い人だと思う。いや、情が薄いわけじゃなくて……現実主義? ってやつ?
 だけど最近は、わたしに優しく、甘くなった。頭を撫でてって頼んだら撫でてくれるし、ちゅーしてっていったらしてくれる。ご飯もおいしいのを用意してくれる。
 でも、まだまだ足りない。

 わたしは、いままでたくさん、他のリビングドールが男達を籠絡するところを見てきた。そのいずれも、数時間のうちに男の目が漫画みたいにハートマークになって、性衝動に身を任せ、男はリビングドールを貪り、愛した。リビングドールの魔力と魅力は、それほどまでに強力なのだ。感情で抑え切れるレベルではない。薬のようなものだ。
 なのにお兄様は、一か月たっても正気を保ってる。そりゃ、セックスを迫れば断らないけど、どこか、わたしとの間に一線引いている節がある。
 そんなのおかしいわ。

 今日だって、大学に行くだなんて言って……。休めばいいじゃない。


「……ムカついてきたわ」

 家に一人取り残され、やることもなくイライラしながら、リビングをうろうろする。わたしの足は、それはもう床を踏み抜かんとするくらいドンドンと大きな足音を立てていた。

「……そりゃ、大事にはしてもらってるけど……」

 お兄様と初めて出会った日、お兄様はわたしを思いやって、洋館からこちらの家に来るように言ってくれた。あの時は、わたしに惚れてくれたと思った。他にも、デザートを買ってきてくれたり、本やゲームを自由に使わせてくれたり、しきりに何か必要なものはないか訊いてきたり、とにかくわたしが不自由しないようにと、気遣ってくれた。
 でもそれらは、わたしに対する愛からの行為ではなかった。
 ただ、お兄様の善意と常識がそうさせただけ。
 思い上がった、わたしが馬鹿だった。

「……お兄様の癖に……お兄様の癖に……お兄様の癖に……」

 親指を噛んで、呪詛のようにお兄様を呼ぶ。
 お兄様の癖に、わたしにこんな寂しい思いをさせて……許されると思ってるのかしら。

「お兄様の馬鹿! アホ! 早漏!」

 なんて言ってみても、誰も聞いてくれない。っていうか、別に早漏じゃないけど……。
 お兄様は今日は、授業とやらがたくさんある日で、それどころか飲み会まであるから夜まで帰れないとか……ふざけんじゃないわよ。
 ……もしかして、他の女にうつつを抜かしてるんじゃないか。
 ……いまも何処かで、誰かがお兄様に色目を使っているかも。
 そう思うと、いてもたってもいられない。

「はあ……」

 ため息が出た。
 浮気の心配だなんて、リビングドールの名折れだ。
 
 暇だなあ……
 ゲームも本も飽きたし……
 お兄様に会いたい……
 
「……あ、そうだ、まだやってないことがあったわ」

 凄く大事なことを忘れていた。どうしていままで忘れていたんだろう?
 わたしは走ってリビングを出て、階段を駆け上がった。





「ってわけで、お兄様の部屋にとうちゃーく」

 特別お洒落なわけでも、簡素なわけでもない、フツーの部屋。広さは六畳くらい。
 もちろん、やることは一つ。

「物色、物色……ふふっ」

 ニヤニヤしながら、両手をわきわきする。
 探すのはもちろん、えっちなグッズだ。エロ本とか。
 お兄様の部屋に入るのは初めてじゃないけど、思えば物色はしたことがなかった。

「どうして今まで忘れてたのかしら」

 何か、お兄様を揺すれるネタが手に入るかも。
 そしたらそれを盾に脅しをかけて……ふふっ、今から楽しみだわ。

「さーてまずは、まあ、ベッドの下よね」

 定番だ。お兄様の漫画にもそう書いてあった。
 屈んで、覗き込む。

「……何もないわ」

 埃くらいしかない。
 まあ、お兄様の性格を考えると、ベッドの下にエロ本は安直すぎたかもしれない。もっとこう、陰湿なカモフラージュをしているはず。
 ってわけで、部屋をくまなく探す。
 その所為で、部屋が散らかっていく。でも知ったことか。わたしに寂しい思いをさせた罰だ。怒られそうになったら、えっちな手を使ってセックスに持ち込んでうやむやにすればいい。
 我ながら、酷い女ね。
 それにしても……

「おかしいわ……。何にもないじゃない」

 エロ本の一冊も見つからない。
 
「あ、そっか」

 デスクトップのパソコンを発見。迷いなく電源をつけた。
 これに違いない。時代はデジタルなのだ。
 きっとここに、えっちな何かがあるはず。
 こう、お兄様の性癖が分かるような……

「……しまった。パスワードが分からないわ」

 電源をつけたら、ログイン画面が表示された。
 お兄様がパソコンをしている時、よく横で一緒に見てるけど、パスワードにまでは気を払えていなかった。

「……むむ。適当に、入力してみましょ」

 パソコンは不慣れだけど、昔少し使っていたことがあったので、入力くらいはできる。
 カタカタカタ……

『イレット』
『イレット愛してる』
『イレット様万歳』
『イレット様踏んでください』

 完璧な推理によって導きだされたパスワード。しかし、ヒットしない。

「なんでよおかしいわこのパソコン! 壊れてる!」

 無機質に『パスワードが間違っています』と表示し続ける無情なパソコンが、わたしの神経を逆なでする。

「機械の癖に、イレット様に逆らってんじゃないわよ!」

 ムカついてパソコンを蹴とばそうとして、パソコンラックに足の小指をぶつけた。

「――ッ!」

 ぐうう、痛い痛い痛い! 
 激痛が走り、床に横たわって身もだえする

「……うぅぅぅぅ……あーもうなんなのよ! なんで!? パソコンの馬鹿! アホ! 早漏!」

 なんて叫んでみても、目の前にはただ、『パスワードが間違っています』の文字。
 ……疲れた。
 ……もういや。
 泣きたくなってくる。
 っていうかもう、半分泣いてる。

「お兄様ぁ……」

 なんとかしてよ……。
 ああ、お兄様に会いたい。
 掛け時計を見ると、まだ十二時。あと何時間待てば、お兄様に会えるの?

「会いたい……お兄様……お兄様……」

 這うようにして、ベッドに移動し、うつぶせで、子供みたいに手足をジタバタさせた。

「馬鹿馬鹿馬鹿!」

 お兄様に会いたい。
 早く、えっちなことがしたい。
 お腹がすいて死んじゃう。
 
「……この布団、お兄様の匂いがするわ」

 今は夏で、汗がべったり染み込んだ布団から、お兄様の匂いがした。
 酸っぱくて、でも暖かくて、安心する、匂いが……
 
「やだ、身体が……」

 身体の芯が疼き始める。
 脳裏に、お兄様の顔が……笑ったり、呆れたり……情けない顔をしたり、イキそうなのを堪えてる……お兄様の顔……。
 わたしに優しく笑いかけてくれる、あの顔……。

「……はあ……はあ、はあ」

 息が荒くなってくる。
 布団に顔を押し付けて、たくさん息を吸った。世界で一番落ち着いて、興奮する匂い……。
 寂しくて、切なくて、渇いて……もっと、もっと……

「……シャツ」

 脱ぎ散らかされた、お兄様の服がある。
 お兄様が寝巻にしているTシャツと、半ズボン。
 遅刻寸前だからって、脱ぎ散らかしたまま出て行ったんだっけ? いや、そんなことどうでもいい。
 それより、あのTシャツと半ズボン。
 きっと、布団なんかより、もっとたっぷりお兄様の匂いが染みついてる……。
 もう、自分を抑えることなんてできなかった。
 
「ああ……お兄様の良い匂い……はあ、はあ……」

 Tシャツとズボンを顔に押し付けて、すーはーすーはー息を吸った。強烈なお兄様の匂いに、頭がクラクラする。

「ドレスが、邪魔ね……」

 ドレスを消して、下着だけになった。
 右手を、パンツの中に滑りこませて、性器に指を添えた。割れ目から汁が漏れ出ていて、パンツも濡れている。

「もうぐちょぐちょ……わたし……」

 わたしって、変態なのかしら?
 きっといま、わたしはとっても、イケないことをしている。
 普段はワガママなわたしでも、罪悪感を感じてしまう。
 わたしはいま、悪い事をしている。
 ……こんな姿を見たら、お兄様はどう思うだろう?
 ……幻滅するんじゃないか?

 そう思うと……もっと興奮してしまう。


「お兄様が悪いの、学校なんていっちゃうから……わたしは悪くない、わたしは……ああっ♥」

 わたしの指が、気持ちいいところに触れて、身体が震えた。
 いや違う。わたしの指じゃない。

「お兄様の指……」

 お兄様がどんなふうにわたしを苛めてたか、一生懸命思い出して、それをなぞるように指を動かした。
 初めはゆっくり、でも徐々に激しくなる、焦らすような、意地悪でえっちな手つき。

 この指は、わたしの指じゃない。
 この指は、お兄様の指。
 そう思い込んで、指を動かすと、身体が熱くて熱くてたまらない。

「はあ、はあ、……お兄様ぁ、あ、んっ、あっ、ああっ!」

 身体が震える。もう罪悪感なんてこれっぽっちも残ってない。
 だから、下着を脱いで全裸になった。

「お兄様ぁ……大好き……んっ、あぁっ、いやっ、んんっ!」

 ただ、お兄様のことを一生懸命思い出して、指を動かす。クリを撫でたり、穴に指を入れたり。
 穴の中で蠢くお兄様の指が、わたしの心をかき乱す。気持ち良くて、身体が震える。

「はあ、はあ……クリももっと……っ! んっ、ぁっ!」

 ちょっと強めに、クリトリスを指で刺激する。
 愛液が服や布団につくのも気にせず、ただ指を動かす。乳首を撫でて、つまんだりする。

「乳首も……あっ、んんっ、気持ち、いいっ!」

 左手で、右の乳首と左の乳首を交互に触る。
 右手は、ぐちょぐちょの割れ目をかき乱す。

「お兄様、大好き……ん、んんっ……も、もっとわたしを苛めて、わたしに苛められて……愛して、愛されて……ああっ♥」

 固くなったクリトリスを、指できゅっと挟んだ。
 快感が身体を突き抜けて、頭が白くなる。

「あああっ♥ はあっ、んんっ、お兄様の指が、動いて……ああっ、も、もうっ、ダメっ」

 これだけは、手を出すまいとしていた、お兄様のパンツを掴んで、顔にもっていった。匂いを嗅ぐと、お兄様のおちんちんの匂いがする。生臭くてえっちな匂い。
 中に入れてもらったときのことを思いだして、もっともっとえっちな気持ちになる。

 太くてかたい、お兄様のが、わたしを突き上げるときの……
 あの、満たされる快感が……
 お兄様で、わたしがいっぱいになるあの、満たされる快感が……

「あ、はあ、んんっ、……ああっ♥ もうっ、くるっ!」

 絶頂が、すぐそこに迫っている。
 指が速くなる。
 ぐちょぐちょってえっちな音がする。

「んっ、あ、ああああっ!」

 絶頂し、身体がビクビク震えた。その間も、お兄様のパンツとシャツを鼻に押し付けて、お兄様の匂いを一心不乱に嗅ぎ続けた。お兄様に抱きしめられてるって、そう思い込んだ。

「はあ、はあ……」

 気持ち良かった。今までの自慰で、一番気持ち良かった。
 次はもっと、お兄様の匂いがたくさんするものを、用意しておこう……。
 反省なんて微塵もせず、わたしは笑った。ベッドの上でお兄様の匂いに包まれて、しばらく休憩した。





 身体の疼きがおさまり、それからまた暇な時間が出来たので、洋館を探索してみることにした。
 埃臭くて、かび臭い洋館。歩くと、こつこつと空しい足音が、広い洋館に響く。窓は少なく、光はあまり差し込まない、暗い洋館。夜訪れたら幽霊が出そうだ。廊下には絵画がかけてある。たくさんある部屋には、すごく大きな壺や、古びた本や、宝石がふんだんにあしらわれたネックレスや、何の価値があるか分からない石ころが、一見無造作な並びで、でも大事そうに並べてある。
 ガラスケースに入れてあるものも少なくない。それどころか、厳重に金庫に入れてあって、外からは中が見えないものまで。

「変な人よね、今更だけど」

 わたしをここに連れてきた人のことを思いだす。
 お兄様の父親。
 現実主義なお兄様とは正反対な、風変わりな人だった。
 でも、あの人がいなかったら、わたしはお兄様に出会えてなかった。
 もともとあの人は、わたしをお兄様に引き合わせるために、ここに連れてきた。息子の相手をしてやって欲しい、きっと気に入るから、とわたしに言い、わたしはちょうどそのころパートナーを探していたので、まあ話半分で、その人に着いて行くことにした。
 賭けまでした。わたしがお兄様を気に入らなかったら、お父様はわたしに頭を踏まれる。気に入ったら、特になにもなし。
 結局、賭けには負けた。
 
「なんかちょっと、ムカつくわね……」

 見透かされてたみたいでムカつく。あとお兄様が帰ってこないからイライラする。
 あと、何にも面白いものがない。こんなガラクタ集めて何が楽しいのかしら?
 
「……ん?」

 洋服ダンスを見つけた。開くと、
 とっっっっても良い物があった。

「これ……ふふっ」

 取り出して、矯めつ眇めつする。
 凄く良い服。きっとお兄様も喜ぶわ。外出用の服がないって言ってたし、ちょうど良い。
 どんな顔をするかしら?
 想像して、ひとりほくそ笑んだ。
14/10/28 18:31更新 / おじゃま姫
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■作者メッセージ
 好きな人の服の匂いを嗅ぐ……誰でも経験することだと思います。皆さんもやりますよね? そうですかやるんですか、変態ですね。
 もちろんぼくはやったことないです。
 何故かというと好きな人が画面の中にいるから。……はあ。

 それはともかく、読んでいただいてありがとうございました。サブタイトルに着せ替え人形なんてつけておきながらまったく違うことをしていて、拍子抜けした方もおられたかもしれませんが、次こそは絶対着せ替え(つまりコスプレ)させますので、続きもよろしくお願いします。

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