出発前夜
ああ、なんて憂鬱なんだろう。
明日から始まる2泊3日の修学旅行、その準備を自室でしていて俺は、同学年の奴らとは比べものにならない程に、落ち込んでいた。
どうして楽しいイベントの前のはずなのにここまでブルーな気分にならなきゃいけないのか?
それには理由がある、たった一つの簡単な理由が。
捨て子だった俺を拾い育ててくれた養母であり、剣の師匠であり、彼女でもある巴さんの存在だ。
一緒に行けば何の問題もないな、だと?
学校行事をぶち壊してどうする、聖域なき構造改革にも程があるわ。
その分、同学年で結ばれた奴らは幸せだ。
宿泊先の部屋は優先的に割り当てられ、部屋内での行動は自由。
結ばれてない奴らもその次ぐらいに幸せだ。
女子勢の願いにより結ばれていない男子と相部屋、もちろん部屋内での行動は自由。
残った結ばれてはいるけど相手が学外者の奴らは地獄だ。
一緒に居たくもない男女同士で相部屋、これを修羅場と呼ばずして何と呼ぶ。
そんな地獄のような3日間を去年はどうやってやり過ごしたか?
実に簡単、行かなければ良い。
その代わり、地元のやくざと教団との争いに巻き込まれて真剣で斬り合う羽目になったけど。
そっちの方がましと思える俺の価値観って一体何なんだろう?
教師監修、生徒製作の『修学旅行のしおり』をもとに一通りの荷物を詰め終えると剣の修練の為に自宅に併設されている道場へと向かった。
11月下旬、夜間にもなると板間の道場は素足で乗り込むとしもやけが出来るくらいに寒い。
既に電気がついてるという事は巴さんが居るはずなんだけど…居た。
道場の隅にある巨大なハロゲンヒータの前で上半身を胴着に着替え身体をガタガタ言わせている白蛇が。
それが普段の様子とかけ離れあんまりに微笑ましかったので、床に手を当てて冷やし、背後から気づかれないようにゆっくりと近づいて、冷え切った両手で彼女の頬を挟む。
「ひゃあ!」
寒さの追い打ちを食らった彼女は一度大きく身を震わせると、勢いよく俺の方へと振り返る。
その途中で彼女の長い尻尾がハロゲンヒータをなぎ倒し停止させてしまったが大丈夫だろうか?
いや、…大丈夫ではなかったようだ。
その証拠に巴さんは不意打ちを仕掛けたのが俺だと分かると、まず最初にハロゲンヒータを立て直し、スイッチを入れて正常に動作するのを確認してから、俺に背を向けたまま話し始める。
「龍、お姉ちゃんは言ったはずです。それはもう龍の耳にタコができるくらい、私の口が酸っぱくなる程に、そのおかげで龍の耳にできたタコが酢蛸になるまで言ったはずです、私は寒いのが苦手だと。」
まずいな、巴さんを不機嫌にさせてしまったようだ。
厳しくなるであろう今日の修練に対する覚悟を決める。
「まずは運足、それから素振り、後は一通り型をなぞって身体が温まったらもう一度声を掛けなさい。」
「師匠は?」
道場にいる時だけ、巴さんの呼び方は師匠へと変化する。
いつも通りの呼び方をして何度酷い目に遭った事か。
「私はその間ここで暖まってます、準備運動なんかしなくてもまだまだ龍には負けません。」
「…はい。」
何かこう、釈然としない気持ちを抱えながらも俺は与えられたメニューをこなしていく。
しょうがないだろ、逆らっても勝てる相手じゃないんだから。
毎日筋トレをしてる、それでも押し負ける。
言われた以上に技の練習もする、それでも一本も取れない。
魔物と人間との差は到底努力でどうにかなる話ではなさそうだ。
だけど俺は諦める訳にはいかないんだ。
もう二度と、あの日みたいに巴さんに辛い思いをさせたくないから。
「師匠、お願いします。」
そしてまた今日も、悪夢のような修練が始まる。
道場の中央に視線をぶつけ合い、相対し、構える。
この肌に刺さるような緊張感のある空気が俺は好きだ、ひょっとしたら前世は武士か何かだったのかも知れない。
俺の得物は竹刀、
半身になり、切っ先を相手の喉に向けて構える。
対する師匠は薙刀、
蛇身のまま、中段に構える。
剣術を習い始めた最初の頃は、わざわざ人型に化けてまで丁寧に教えてくれた。
一通り型を覚えて動きが様になってくると今度は、そのままの姿で相手をしてくれるようになった。
「やっぱり本来の姿の方が戦いやすいですから。」
その時の師匠が何処か悲しげだったのを俺は未だに覚えている。
一歩差し込む、
その一動で道場は戦場へと変化する。
蛇の身体は武道において反則的な強さを誇る。
普段から這って移動する彼女達は人間が常にすり足で移動してるような物、修練に当てる時間の差はそのまま技量の差となって現れる。
移動距離は人間のそれより長く、
足捌きとは関係なく移動する上体は的を絞らせず、
長い身体を存分に使った攻撃はリーチ、破壊力共に恐怖に値する。
一見して邪魔に思われる尻尾も、武器として振るわれるからたまった物じゃない。
結果?
いちいち聞くなよ、見りゃ分かるじゃねえか。
全身は当て止めによって赤く腫れ上がり、体力は尽き果て、凍えるような床の上に仰向けになって転がっているのに、起き上がる気力すら湧いてこない。
惨敗、惨敗、大惨敗。
いつまで経ってもこうだ、悔しい。
けど、悔しいからこそまた頑張ろうという気持ちになる。
「さ、冷えないうちにお風呂に入りましょうか。お姉ちゃんと一緒に。」
その言葉と共に、シュルシュルと尻尾を巻き付けてくる。
全身赤く腫れ上がっているというのに触られてもちっとも痛みを感じないというのは凄く奇妙だ。
何か不思議な力でも働いているのだろうか?
そうして俺は半ば連行されるような情けない格好で、風呂場へと連れて行かれた。
凄くどうでもいい自慢をしよう、自宅の風呂場は広い、なまら広い。
どのくらい広いか?
そうだな、白蛇である巴さんが身体を真っ直ぐ伸ばして肩まで湯船につかれるくらいに広い。
俺が浴槽の壁を蹴ってけのび出来るくらいに広い。
毎月の水道代?
それは家計を管理してる巴さんに聞いてくれ、俺には分からん。
どうして折角のサービスシーンを俺のモノローグで流そうとしているのか?
こんな恥ずかしい所を他人様に見られたら俺のプライドが死んでしまう。
「残念ですが、その努力は無駄、無駄、無駄です。」
何故だ、モノローグで流したはずなのにさっきから時間が経過した気がしない!
「当然です、私のスタンド能力で時を止めておきましたから。」
「巴さん、奇妙なサブカルチャーに詳しいね。」
「夫の趣味思考を熟知しておくのは良妻として当然の事!夫という大黒柱を支える為に、縁の下の力持ちとなるべく、掃除、炊事、衣類の洗濯、その他もろもろの家事一般に至るまで!ここまで献身的に尽くしているというのに、先日私は見てはいけない物を見つけてしまいました。」
だんだん、話の雲行きが怪しくなってきた。
何かとんでもなくやばい気がする。
例えば、ベッドの下の隙間とか。
押し入れの一番奥に置いた物の裏側とか。
「え、えーと、何の事かな?」
「龍、お姉ちゃんは悲しいです。龍はもっと聡明な子だと思っていました。夫婦の契りを交わして間もないというのにもう他の女に目が行くなんて、お姉ちゃんは凄く悲しいです。」
「えーと、あれは、そ、その、違うんだ!ダチに無理矢理押しつけられて仕方なく置いておくしかなかったんだ。」
「何度も言ったはずですよ、嘘をつく事は嫌いだと。ちゃんと見ていましたよ、龍がその本を見ながら自慰行為に励んでいる所を。さあ、白状なさい。」
背後からものすごいプレッシャーを感じる。
やばい、めっさやばい。密室と化した浴場に逃げ場なんかどこにもない。
「…ごめんなさい。」
「素直でよろしい。でも、相応の罰は与えねばなりません。そうですね…何にしましょうか?ああ、身体を洗って差し上げましょう。」
「へ?それが…罰?」
一瞬にして拍子抜けした。
「もちろん、ただ洗うだけでは罰になりません。それなりに細工を、龍、こっちを向きなさい。」
身体をギチギチと言わせながらゆっくりと振り返るとそこには、
右手に青白い炎を抱えにこやかに笑う巴さんが居た。
まずい、俺、死ぬかも知れない。
あの炎の怖さはよく分かってる、ていうか一度経験したら忘れられる物じゃない。
まず性欲が跳ね上がり、
次に頭の中が巴さんの事でいっぱいになり、
最後に、彼女の許可が下りるまで射精が出来なくなる。
寒くもないのに身体が震えてきた。
恐怖、そう恐怖だ。
理性が何処かへ吹き飛んでもう戻って来られなくなるんじゃないかという恐怖だ。
下手をすれば俺という人格が消えてしまうのではないかという恐怖だ。
青白い炎を手にした右手が俺の胸へとゆっくりと近づいてくる。
怖い、がばい怖い。
巴さんの綺麗な白い手が、俺の胸に触れるや否やその炎がスーッと身体の中に入っていくようにして消えていく。
ドクンッ!
心臓が強く脈打つ、それは呪いに掛かった証拠。
瞬間的に思考が淫猥な物で埋め尽くされる。
犯したい、犯されたい。
目の前に居る巴とエッチな事をしたくてたまらない。
押し倒しても良い、押し倒されても良い。
今すぐこの欲求を満たしたい。
でなければ、狂ってしまいそうだ。
だが、その欲求が満たされる事はない、これはお仕置きだから。
「駄目ですよ、やらしい事ばかり考えてちゃ。お友達に嫌われちゃいますよ?さ、お身体洗いましょうね。」
俺の目の前に居る彼女は努めて優しく振る舞う。
その優しさが俺の理性を強く強く叩いて崩壊へと導いていく。
彼女が白いボディソープを手に取る。
白くて粘性のある液体を見るだけで、脳が自然にあれを連想してしまう。
ボディソープを軽く泡立てると、そのまま身体に手を伸ばしてくる。
素手で、スポンジも何も使わず素肌と素肌がぬるぬるとした泡を間に挟んで触れあう。
やばい、気持ちいい。
彼女の両手が全身を這い回る度、俺の身体に快感が駆け巡る。
駆け巡る快感はどこへ向かうか、無論あそこ。
あそこという名の俺の象徴。
快感が集まる、どんどん集まる、耐えきれなくて爆発しそうになる。
ふと、頭の中の理性が俺を叱咤する。
『落ち着け、落ち着くんだ、冷静になるんだ俺。今ここで良いようにされたら彼女の思うつぼだ、意識を沈めて、じっと耐えて反撃のチャンスを待つんだ。そう、円周率でも数えて落ち着くんだ。』
3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974943 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679…
「60桁目、間違っていますよ。正しくは4です。」
何故ばれたし。
「そういえば、円周率を示す記号はπでしたね。π、ぱい、おっぱい、ひょっとして、手で洗うよりこっちで洗って欲しかったのですか?ふふ、夫の願いを聞き入れるのも妻の役目、良いですよ、洗って差し上げましょう。」
そして、彼女の手は一旦俺の身体から離れる。
その泡にまみれた手を自身の胸に近づけると、さながら自慰行為をする時のような手つきで両手に付いた泡をたわわに実った胸へと塗りつけていく。
「はぁ…あぁっ、んっ」
嬌声が浴場に反響していつにも増して淫らに聞こえる。
その声は耳から、鼓膜から侵入して一旦落ち着きを取り戻したはずの思考をむしばんでいく。
「あら、私とした事が殿方の一番大事な部分を洗い忘れていましたね。今からこのおっぱいで綺麗に、丁寧に、優しく、洗って差し上げますね。」
豊満な乳房が近づいてくる。
泡にまみれ、ぬるぬるとして普段なら『あれで挟まれたらどんなに気持ちいいだろう』と思う光景も今の状況では恐怖の対象でしかない。
どこぞの深夜ラジオで聞いた「おっぱいやめて」を連呼するジングルが脳裏によぎる。
ああ、まさに今の俺の状況だ。
柔らかく肉付きの良いおっぱいが俺の肉棒を挟み込む。
今まで全身を愛撫されていただけで堅く大きく反り返った一物を柔らかで触り心地の良い双丘に挟み込まれたらどうなるか。
耐えきれるはずなどない。
既に俺の象徴は血管が浮かび上がりビクビクと震えだしている。
「もう逝ってしまうのですか?良いですよ、好きな時に好きなだけ逝って下さい。ただし、射精は出来ませんけどね。」
胸が、動き出す。
硬くなった肉を、軟らかい肉が包み込み、上下に動く。
皮を剥いて、戻して、また剥いて、更に戻して、
豊満な肉感はそのまま快感へと変わり、
与えられる快感はことごとく快楽へと変わる、
頭が、
脳が、
理性が、
思考が、
意識が、
精神が、
全身が快楽に沈められていく。
やめろ、やめてくれ。
押しつけられる快楽は、もはや拷問以外の何物でもなく。
「ほら、逝って下さい。逝ってしまいなさい。私以外の女に手を出せばどうなるか、身をもって味わいなさい。」
更に、おっぱいの動きが速くなる。
荒れ狂う乳は津波のような快楽となって押し寄せる。
理性はもはや存在せず、
意識は既に飛びかけていて、
思考は完全にその機能を停止している。
身体が大きく震える、
視界が急に真っ白になる、
逝った。
だが、そこで止めてしまってはお仕置きにならない。
逝ってる最中も、その後の余韻に浸る時間も、その直前と変わらぬハイペースで責め続ける。
逝き狂わせるとはこのことか。
「ガクガク腰振るわせちゃって、苦しいでしょう?射精できなくて辛いでしょう?射精したい?だめよ、許さないんだから。あなたがッ!失神するまで!責めるのをやめないッ!」
必死の抵抗を見せる意識は桃色の濁流に呑まれて消えていった。
「あら、気をやってしまいましたか。この程度で音を上げるとは残念ですね、本当は精が欲しい所ですがお仕置きですから我慢我慢、私だけを愛するようになるまで出させませんからね。」
失神した龍についた泡を洗い流すと、一度浴場から外に出て彼に寝間着を着せた後、ベッドに寝かせ布団を掛ける。
「お休みなさい、私の可愛い旦那様。」
再び浴場に戻り、湯船につかろうと手を入れて温度を確かめると。
「冷え切ってますね、もう一回暖めないと。ああ寒い。」
翌朝、
「…う、…龍、早く起きて下さい。」
身体が揺すられる。
何だよ、今日はなぜか疲れてるんだしゆっくり寝かせてくれよ。
「早く起きないと、…留年しますよ?」
高校生が聞くにはまだ早い単語が聞こえた気がする。
飛び起きて枕元にある時計に目をやると、
「まだ、5時半じゃないか。」
「さて、お寝坊さんな龍君に質問です。今日は何の日でしょう?」
今日?今日は何か…あった。
「ちょっ、えっ、嘘!」
今から全速力で駅に向かっても集合時間に間に合うかどうか、
そこから先は電光石火の勢いで、
ベッドの上で身体を丸め跳ね起き、
あらかじめ用意しておいた衣服に着替え、
昨日のうちに準備したバッグをひっつかみ、
駆け足で外へ出る。
「龍君!飲み物です!」
声に反応して振り返ると、さながらパンで出来たヒーローの頭が空を飛ぶがごとき速度で、350ml入りのペットボトルがこちらへ向かって飛翔する。
…当たり所が悪けりゃ死ぬんじゃ無いか?あれ。
そんな凶器まがいの飛翔物をキャッチすると、
「ありがとう巴さん!行ってきます!」
家を出てすぐの所にある石段を駆け下りながら、礼を言う。
ちなみに俺の家は、神社だ。
ついでに言うとここで奉られてる神様は、巴さんだ。
そういえば昨日、巴さんに苛められる夢を見た気がする。
う〜ん、何だったんだろうか?
愛する彼を見送った後、境内に残された巴は一人つぶやく。
「ふふ、上手くいったようですね。龍君の帰りが待ち遠しいです。」
そして俺の生涯最低の修学旅行が幕を開けた。
明日から始まる2泊3日の修学旅行、その準備を自室でしていて俺は、同学年の奴らとは比べものにならない程に、落ち込んでいた。
どうして楽しいイベントの前のはずなのにここまでブルーな気分にならなきゃいけないのか?
それには理由がある、たった一つの簡単な理由が。
捨て子だった俺を拾い育ててくれた養母であり、剣の師匠であり、彼女でもある巴さんの存在だ。
一緒に行けば何の問題もないな、だと?
学校行事をぶち壊してどうする、聖域なき構造改革にも程があるわ。
その分、同学年で結ばれた奴らは幸せだ。
宿泊先の部屋は優先的に割り当てられ、部屋内での行動は自由。
結ばれてない奴らもその次ぐらいに幸せだ。
女子勢の願いにより結ばれていない男子と相部屋、もちろん部屋内での行動は自由。
残った結ばれてはいるけど相手が学外者の奴らは地獄だ。
一緒に居たくもない男女同士で相部屋、これを修羅場と呼ばずして何と呼ぶ。
そんな地獄のような3日間を去年はどうやってやり過ごしたか?
実に簡単、行かなければ良い。
その代わり、地元のやくざと教団との争いに巻き込まれて真剣で斬り合う羽目になったけど。
そっちの方がましと思える俺の価値観って一体何なんだろう?
教師監修、生徒製作の『修学旅行のしおり』をもとに一通りの荷物を詰め終えると剣の修練の為に自宅に併設されている道場へと向かった。
11月下旬、夜間にもなると板間の道場は素足で乗り込むとしもやけが出来るくらいに寒い。
既に電気がついてるという事は巴さんが居るはずなんだけど…居た。
道場の隅にある巨大なハロゲンヒータの前で上半身を胴着に着替え身体をガタガタ言わせている白蛇が。
それが普段の様子とかけ離れあんまりに微笑ましかったので、床に手を当てて冷やし、背後から気づかれないようにゆっくりと近づいて、冷え切った両手で彼女の頬を挟む。
「ひゃあ!」
寒さの追い打ちを食らった彼女は一度大きく身を震わせると、勢いよく俺の方へと振り返る。
その途中で彼女の長い尻尾がハロゲンヒータをなぎ倒し停止させてしまったが大丈夫だろうか?
いや、…大丈夫ではなかったようだ。
その証拠に巴さんは不意打ちを仕掛けたのが俺だと分かると、まず最初にハロゲンヒータを立て直し、スイッチを入れて正常に動作するのを確認してから、俺に背を向けたまま話し始める。
「龍、お姉ちゃんは言ったはずです。それはもう龍の耳にタコができるくらい、私の口が酸っぱくなる程に、そのおかげで龍の耳にできたタコが酢蛸になるまで言ったはずです、私は寒いのが苦手だと。」
まずいな、巴さんを不機嫌にさせてしまったようだ。
厳しくなるであろう今日の修練に対する覚悟を決める。
「まずは運足、それから素振り、後は一通り型をなぞって身体が温まったらもう一度声を掛けなさい。」
「師匠は?」
道場にいる時だけ、巴さんの呼び方は師匠へと変化する。
いつも通りの呼び方をして何度酷い目に遭った事か。
「私はその間ここで暖まってます、準備運動なんかしなくてもまだまだ龍には負けません。」
「…はい。」
何かこう、釈然としない気持ちを抱えながらも俺は与えられたメニューをこなしていく。
しょうがないだろ、逆らっても勝てる相手じゃないんだから。
毎日筋トレをしてる、それでも押し負ける。
言われた以上に技の練習もする、それでも一本も取れない。
魔物と人間との差は到底努力でどうにかなる話ではなさそうだ。
だけど俺は諦める訳にはいかないんだ。
もう二度と、あの日みたいに巴さんに辛い思いをさせたくないから。
「師匠、お願いします。」
そしてまた今日も、悪夢のような修練が始まる。
道場の中央に視線をぶつけ合い、相対し、構える。
この肌に刺さるような緊張感のある空気が俺は好きだ、ひょっとしたら前世は武士か何かだったのかも知れない。
俺の得物は竹刀、
半身になり、切っ先を相手の喉に向けて構える。
対する師匠は薙刀、
蛇身のまま、中段に構える。
剣術を習い始めた最初の頃は、わざわざ人型に化けてまで丁寧に教えてくれた。
一通り型を覚えて動きが様になってくると今度は、そのままの姿で相手をしてくれるようになった。
「やっぱり本来の姿の方が戦いやすいですから。」
その時の師匠が何処か悲しげだったのを俺は未だに覚えている。
一歩差し込む、
その一動で道場は戦場へと変化する。
蛇の身体は武道において反則的な強さを誇る。
普段から這って移動する彼女達は人間が常にすり足で移動してるような物、修練に当てる時間の差はそのまま技量の差となって現れる。
移動距離は人間のそれより長く、
足捌きとは関係なく移動する上体は的を絞らせず、
長い身体を存分に使った攻撃はリーチ、破壊力共に恐怖に値する。
一見して邪魔に思われる尻尾も、武器として振るわれるからたまった物じゃない。
結果?
いちいち聞くなよ、見りゃ分かるじゃねえか。
全身は当て止めによって赤く腫れ上がり、体力は尽き果て、凍えるような床の上に仰向けになって転がっているのに、起き上がる気力すら湧いてこない。
惨敗、惨敗、大惨敗。
いつまで経ってもこうだ、悔しい。
けど、悔しいからこそまた頑張ろうという気持ちになる。
「さ、冷えないうちにお風呂に入りましょうか。お姉ちゃんと一緒に。」
その言葉と共に、シュルシュルと尻尾を巻き付けてくる。
全身赤く腫れ上がっているというのに触られてもちっとも痛みを感じないというのは凄く奇妙だ。
何か不思議な力でも働いているのだろうか?
そうして俺は半ば連行されるような情けない格好で、風呂場へと連れて行かれた。
凄くどうでもいい自慢をしよう、自宅の風呂場は広い、なまら広い。
どのくらい広いか?
そうだな、白蛇である巴さんが身体を真っ直ぐ伸ばして肩まで湯船につかれるくらいに広い。
俺が浴槽の壁を蹴ってけのび出来るくらいに広い。
毎月の水道代?
それは家計を管理してる巴さんに聞いてくれ、俺には分からん。
どうして折角のサービスシーンを俺のモノローグで流そうとしているのか?
こんな恥ずかしい所を他人様に見られたら俺のプライドが死んでしまう。
「残念ですが、その努力は無駄、無駄、無駄です。」
何故だ、モノローグで流したはずなのにさっきから時間が経過した気がしない!
「当然です、私のスタンド能力で時を止めておきましたから。」
「巴さん、奇妙なサブカルチャーに詳しいね。」
「夫の趣味思考を熟知しておくのは良妻として当然の事!夫という大黒柱を支える為に、縁の下の力持ちとなるべく、掃除、炊事、衣類の洗濯、その他もろもろの家事一般に至るまで!ここまで献身的に尽くしているというのに、先日私は見てはいけない物を見つけてしまいました。」
だんだん、話の雲行きが怪しくなってきた。
何かとんでもなくやばい気がする。
例えば、ベッドの下の隙間とか。
押し入れの一番奥に置いた物の裏側とか。
「え、えーと、何の事かな?」
「龍、お姉ちゃんは悲しいです。龍はもっと聡明な子だと思っていました。夫婦の契りを交わして間もないというのにもう他の女に目が行くなんて、お姉ちゃんは凄く悲しいです。」
「えーと、あれは、そ、その、違うんだ!ダチに無理矢理押しつけられて仕方なく置いておくしかなかったんだ。」
「何度も言ったはずですよ、嘘をつく事は嫌いだと。ちゃんと見ていましたよ、龍がその本を見ながら自慰行為に励んでいる所を。さあ、白状なさい。」
背後からものすごいプレッシャーを感じる。
やばい、めっさやばい。密室と化した浴場に逃げ場なんかどこにもない。
「…ごめんなさい。」
「素直でよろしい。でも、相応の罰は与えねばなりません。そうですね…何にしましょうか?ああ、身体を洗って差し上げましょう。」
「へ?それが…罰?」
一瞬にして拍子抜けした。
「もちろん、ただ洗うだけでは罰になりません。それなりに細工を、龍、こっちを向きなさい。」
身体をギチギチと言わせながらゆっくりと振り返るとそこには、
右手に青白い炎を抱えにこやかに笑う巴さんが居た。
まずい、俺、死ぬかも知れない。
あの炎の怖さはよく分かってる、ていうか一度経験したら忘れられる物じゃない。
まず性欲が跳ね上がり、
次に頭の中が巴さんの事でいっぱいになり、
最後に、彼女の許可が下りるまで射精が出来なくなる。
寒くもないのに身体が震えてきた。
恐怖、そう恐怖だ。
理性が何処かへ吹き飛んでもう戻って来られなくなるんじゃないかという恐怖だ。
下手をすれば俺という人格が消えてしまうのではないかという恐怖だ。
青白い炎を手にした右手が俺の胸へとゆっくりと近づいてくる。
怖い、がばい怖い。
巴さんの綺麗な白い手が、俺の胸に触れるや否やその炎がスーッと身体の中に入っていくようにして消えていく。
ドクンッ!
心臓が強く脈打つ、それは呪いに掛かった証拠。
瞬間的に思考が淫猥な物で埋め尽くされる。
犯したい、犯されたい。
目の前に居る巴とエッチな事をしたくてたまらない。
押し倒しても良い、押し倒されても良い。
今すぐこの欲求を満たしたい。
でなければ、狂ってしまいそうだ。
だが、その欲求が満たされる事はない、これはお仕置きだから。
「駄目ですよ、やらしい事ばかり考えてちゃ。お友達に嫌われちゃいますよ?さ、お身体洗いましょうね。」
俺の目の前に居る彼女は努めて優しく振る舞う。
その優しさが俺の理性を強く強く叩いて崩壊へと導いていく。
彼女が白いボディソープを手に取る。
白くて粘性のある液体を見るだけで、脳が自然にあれを連想してしまう。
ボディソープを軽く泡立てると、そのまま身体に手を伸ばしてくる。
素手で、スポンジも何も使わず素肌と素肌がぬるぬるとした泡を間に挟んで触れあう。
やばい、気持ちいい。
彼女の両手が全身を這い回る度、俺の身体に快感が駆け巡る。
駆け巡る快感はどこへ向かうか、無論あそこ。
あそこという名の俺の象徴。
快感が集まる、どんどん集まる、耐えきれなくて爆発しそうになる。
ふと、頭の中の理性が俺を叱咤する。
『落ち着け、落ち着くんだ、冷静になるんだ俺。今ここで良いようにされたら彼女の思うつぼだ、意識を沈めて、じっと耐えて反撃のチャンスを待つんだ。そう、円周率でも数えて落ち着くんだ。』
3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974943 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679…
「60桁目、間違っていますよ。正しくは4です。」
何故ばれたし。
「そういえば、円周率を示す記号はπでしたね。π、ぱい、おっぱい、ひょっとして、手で洗うよりこっちで洗って欲しかったのですか?ふふ、夫の願いを聞き入れるのも妻の役目、良いですよ、洗って差し上げましょう。」
そして、彼女の手は一旦俺の身体から離れる。
その泡にまみれた手を自身の胸に近づけると、さながら自慰行為をする時のような手つきで両手に付いた泡をたわわに実った胸へと塗りつけていく。
「はぁ…あぁっ、んっ」
嬌声が浴場に反響していつにも増して淫らに聞こえる。
その声は耳から、鼓膜から侵入して一旦落ち着きを取り戻したはずの思考をむしばんでいく。
「あら、私とした事が殿方の一番大事な部分を洗い忘れていましたね。今からこのおっぱいで綺麗に、丁寧に、優しく、洗って差し上げますね。」
豊満な乳房が近づいてくる。
泡にまみれ、ぬるぬるとして普段なら『あれで挟まれたらどんなに気持ちいいだろう』と思う光景も今の状況では恐怖の対象でしかない。
どこぞの深夜ラジオで聞いた「おっぱいやめて」を連呼するジングルが脳裏によぎる。
ああ、まさに今の俺の状況だ。
柔らかく肉付きの良いおっぱいが俺の肉棒を挟み込む。
今まで全身を愛撫されていただけで堅く大きく反り返った一物を柔らかで触り心地の良い双丘に挟み込まれたらどうなるか。
耐えきれるはずなどない。
既に俺の象徴は血管が浮かび上がりビクビクと震えだしている。
「もう逝ってしまうのですか?良いですよ、好きな時に好きなだけ逝って下さい。ただし、射精は出来ませんけどね。」
胸が、動き出す。
硬くなった肉を、軟らかい肉が包み込み、上下に動く。
皮を剥いて、戻して、また剥いて、更に戻して、
豊満な肉感はそのまま快感へと変わり、
与えられる快感はことごとく快楽へと変わる、
頭が、
脳が、
理性が、
思考が、
意識が、
精神が、
全身が快楽に沈められていく。
やめろ、やめてくれ。
押しつけられる快楽は、もはや拷問以外の何物でもなく。
「ほら、逝って下さい。逝ってしまいなさい。私以外の女に手を出せばどうなるか、身をもって味わいなさい。」
更に、おっぱいの動きが速くなる。
荒れ狂う乳は津波のような快楽となって押し寄せる。
理性はもはや存在せず、
意識は既に飛びかけていて、
思考は完全にその機能を停止している。
身体が大きく震える、
視界が急に真っ白になる、
逝った。
だが、そこで止めてしまってはお仕置きにならない。
逝ってる最中も、その後の余韻に浸る時間も、その直前と変わらぬハイペースで責め続ける。
逝き狂わせるとはこのことか。
「ガクガク腰振るわせちゃって、苦しいでしょう?射精できなくて辛いでしょう?射精したい?だめよ、許さないんだから。あなたがッ!失神するまで!責めるのをやめないッ!」
必死の抵抗を見せる意識は桃色の濁流に呑まれて消えていった。
「あら、気をやってしまいましたか。この程度で音を上げるとは残念ですね、本当は精が欲しい所ですがお仕置きですから我慢我慢、私だけを愛するようになるまで出させませんからね。」
失神した龍についた泡を洗い流すと、一度浴場から外に出て彼に寝間着を着せた後、ベッドに寝かせ布団を掛ける。
「お休みなさい、私の可愛い旦那様。」
再び浴場に戻り、湯船につかろうと手を入れて温度を確かめると。
「冷え切ってますね、もう一回暖めないと。ああ寒い。」
翌朝、
「…う、…龍、早く起きて下さい。」
身体が揺すられる。
何だよ、今日はなぜか疲れてるんだしゆっくり寝かせてくれよ。
「早く起きないと、…留年しますよ?」
高校生が聞くにはまだ早い単語が聞こえた気がする。
飛び起きて枕元にある時計に目をやると、
「まだ、5時半じゃないか。」
「さて、お寝坊さんな龍君に質問です。今日は何の日でしょう?」
今日?今日は何か…あった。
「ちょっ、えっ、嘘!」
今から全速力で駅に向かっても集合時間に間に合うかどうか、
そこから先は電光石火の勢いで、
ベッドの上で身体を丸め跳ね起き、
あらかじめ用意しておいた衣服に着替え、
昨日のうちに準備したバッグをひっつかみ、
駆け足で外へ出る。
「龍君!飲み物です!」
声に反応して振り返ると、さながらパンで出来たヒーローの頭が空を飛ぶがごとき速度で、350ml入りのペットボトルがこちらへ向かって飛翔する。
…当たり所が悪けりゃ死ぬんじゃ無いか?あれ。
そんな凶器まがいの飛翔物をキャッチすると、
「ありがとう巴さん!行ってきます!」
家を出てすぐの所にある石段を駆け下りながら、礼を言う。
ちなみに俺の家は、神社だ。
ついでに言うとここで奉られてる神様は、巴さんだ。
そういえば昨日、巴さんに苛められる夢を見た気がする。
う〜ん、何だったんだろうか?
愛する彼を見送った後、境内に残された巴は一人つぶやく。
「ふふ、上手くいったようですね。龍君の帰りが待ち遠しいです。」
そして俺の生涯最低の修学旅行が幕を開けた。
11/12/22 00:36更新 / おいちゃん
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