Revenge does not make anything.
母の元を立った私はどこへ向かったか?
教団に向かったよ、復讐の為だけに。
何を馬鹿な事を、そう思うかもしれない。
もっと楽な生き方があったろうに、そう言うかもしれない。
辛い事なんか忘れて楽しく生きれば良いじゃない、そう言ってきた魔物もいた。
それを言ったのは後に私の姐さんになる人だったんだけどね。
とは言っても、手当たり次第、教団に刃向かっていったわけじゃない。
そんな真似をする程私は馬鹿じゃないさ。まあ、若干力押しに頼る事はないとも言えないが・・・。
さて、復讐をすると言ってもだ。当時の私はその男について教団の人間で、そこそこの地位に就いている、そのぐらいの知識しか持っていなかったわけだ。顔と、声、右腕が落ちている事程度の情報で偶然の出会いに頼るのはあまりに無謀すぎる。
君達ならどうするかな?無論、私みたいな境遇に陥らないのが幸せなことに違いないが。
まずは、情報が必要だ。
情報はどこに集まるか?金と権力がある所に集まるな。
それはどこか?大都市だ。
それもなるべく大きな反魔物国家で教団が実権を握っている所がいい。
何となく予想がついてきただろう?そう、レスカティエ教国だ。
なに?レスカティエは魔界じゃないかって?何を言い出すんだ、私が人間だった頃はまだ・・・ちょっと待て!今のなし!今の発言は聞かなかった事に・・・何をニヤついて、まさか!?やめろ!やめてくれ!仕方ない、傷つけたくはないが・・・、ちぇすとー!
只今、放送事故が発生いたしました。ご迷惑をおかけしますが、そのまま潔くお待ち下さい。
ふう、いいか、君達は『何も聞かなかった。』
プリーズ・リピート・アフター・ミー『何も聞かなかった。』
いい返事だ、それじゃあ続きを話そうか。
その頃、私の知る限りで一番巨大だった反魔物国家-レスカティエ教国-に私は向かった。
しかし、旅の人間が来て早々に「教団の戦闘記録を見せて下さい」などと言えば目をつけられるのは分かりきった事だ。
頭が良く口の回る人ならば、その辺りを上手くやる事も出来たのだろうけれどあいにく私は戦う事しか知らなくてね、その方法は早々に断念する事にしたんだ。
残された道は一つ、割と危険ではあるが確実な方法、教団の兵士として志願する事だ。
それでも、目をつけられた事に変わりはなかったけれどね。
出自も分からず、剣を一本だけ携えて「教団の兵士にして下さい」と、まだ若い女性が乗り込んでくる訳だ。疑われない方がどうかしてる。
『シルヴィア・アージェンタイト』
自身の名前を聞かれて戸惑った私はその時持っていた剣を見てとっさにそう答えた。
本名を名乗れば、正体が割れてしまうから。
教団に入ったのは、師匠が望まないだろう彼女自身の弔いだから。
そして、私の心の奥底にある暗い憎悪を忘れない為に。
戦闘技能を調べる、そう言われてやらしい目つきをした男の教団兵十人程を即座に再起不能に追い込むと、私は晴れて勇者・英雄部隊へと配属された。
そこにいた少女、名を確かウィルマリナと言ったはずだ。
すまない、なにぶん昔の事なので良く覚えていなくてね。
彼女とはなぜだか妙に気があった、私がそう思っていただけなのかもしれないが。
きっと彼女も周りには言えない悩みを抱えていたんだろう。
年頃の女子としての感情をひた隠しにして、勇者を演じる彼女を見て私はなんとも言えない気分になった。
義母がいなければ、そこに立っていたのは私かもしれない。
彼女は強かったよ、ちょうどその頃全盛期だった私が奥の手を使わなければ勝てない程に。
今は魔物になって強くなったのでは?そう聞かれる事もあったが、私の場合は若干例外的でね。
魔力の総量は確かに上がったが、バランスを欠いてしまってね。
その頃使えていた奥の手も今では使う事が出来ない。
彼女は今、どうしているだろうか?
魔界になった後、レスカティエの情報は一切入ってきてなくてね。
何を今更、そう言われるのも当然だろうけれど、時折、彼女の安否が気になる事がある。
驚いた事に、教団に入った私には自由行動が与えられた。
流石の教団も出自の分からない私を宣教活動に使うのは不利だと判断したらしい。
それは、私の目的を果たす上で大きな利点となった。
古い記録、例えば十年前に村を滅ぼした記録すらも探し出す事が出来るのだから。
私の求めていた情報は割とすぐに見つかった。
ただ、嘘にまみれていた資料を怒りにまかせて破り捨てたのはやり過ぎたと思ったが。
なんて書かれていたと思う?私の覚えている範囲ではこう書かれていた。
XX年YY月
目的:
魔物に捕らわれている“英雄の卵”の奪還
戦果:
“英雄の卵”、魔物の最後の抵抗により死亡。
村に被害を与えていた魔物の駆逐に成功。
汚れていた村の浄化に成功。
魔騎士:セレスティア・アージェンタイトの討伐。
主な被害:
教団兵三百余人が魔物の抵抗に遭い死亡。
指揮官、右腕を戦闘中に損傷。
“英雄”:大神 瞬影、ドラゴンの奇襲に遭い死亡。
呆れを通り越して、乾いた笑いしか漏れ出してこなかった。
私はあの時死んでいた事になっていたんだ。
まあ、恨みを晴らすべき相手が分かっただけ良しとしておこう。
その男の情報を聞き出す度、私は笑いを堪えるのに必死だった。
教団の本部には嘘の報告しかしていなかったのだから。
あの男は未だに、『千の魔物を切り、万の民を救った英雄』として語り継がれているが、実際の所は違う。『千の魔物から逃げ出し、万の民を殺した外道』その方が正しいだろうな。
ただ、一つだけ問題が生じた。
その男が既に生死不明として扱われていた事だ。
どうやら私が教団に入る数年前の戦闘で敗北し、その土地は魔界になっているとの事だった。
恐らくその男はその場所にいる、実に厄介な出来事だ。
別に魔物になる事を嫌悪していた訳ではない、そうなれば目的を果たしづらくなる事の方が私には不安だった。
義母のように尋常ならざる魔力を持って魔王の定めたルールに逆らえるのならば話は別だが、魔物化してすぐそんな真似が出来るとも思えない。
だから、覚悟を決めて。
二度とここに戻らない事を決意して。
一片たりとも心残りを持たないように、かの少女に言づてを頼み、私は教団を後にした。
月の出ない晩に、夜遅く。
「ウィルマリナ、起きているか?」
彼女の部屋の前に立って、扉越しに私は話しかける。
「今から私は--------に向かう。」
部屋の中で物音がした。
「怨人を助ける為に、もうここには戻ってこれないだろうから、それだけ上の方に伝えておいてくれ。」
彼女の声がする、どうしてそんな真似をするのかと。
「君には、思い人がいるだろう?私の大切な人は手の届かない所へ逝ってしまった。君には、帰れる所があるだろう?私の帰る場所は既にない。だから、君自身の手で君の未来を選んでくれ。楽しかった過去は既になく、望んでいた未来は絶たれ、現在を生きているかどうかも怪しい。そんな私の、最後の願いだ。」
そして私は、彼女の元を去り、教団を後にした。
厩舎で私を一心に見つめてきた馬、スレイプニルを駆り立てて。
実を言うと、途中で彼女を乗り潰してしまってね。
酷い事をしたと今でも後悔しているよ。
だから、私の喚ぶ首のない馬には彼女の名前をつけた、彼女への思いを込めて。
目的の場所に向かう途中で、始めて後に私の姐さんになるリリムに出会った。
リリィ・レズビアン・ユリガスキー、魔王の娘、一千二十四女と言っていたが、本当だろうか?
何故そんなに笑いを堪えている?私は姐さんの名前を言っただけだぞ?
まあ、いいか。
馬を乗り潰してなお目的地に向けて歩いていると、突然、目の前の空間が歪んだ。
何度か見た事がある、高位の魔物が使う空間移動時に生じる歪みだ。
とっさに剣を構える。
そこから出て来たのが、白銀の髪に真紅の瞳を持つリリィ姐さんだった。
「ごきげんよう、あなたがシルヴィア・アージェンタイトね?」
「どうして、私の名前を知っている?」
剣を握り直す。
「どうしても何も、お母様に頼まれたのよ。あなたの苦しみを取り除くようにって。」
「断る。今はまだ、その時じゃない。」
剣を鞘に収め、通り過ぎようとする私の肩を彼女は片手で掴んで止める。
「ちょっと、ちょっと待ってよ。ここでフラれちゃうと私、母様にお説教されるんだから。お願いだから話だけでも聞いて下さい、オネガイシマス。」
膝を折り、頭を地面につけ懇願してくる彼女に根負けして、私は話を聞く事にした。
「とまあ、軽く説明するとこんな感じ。」
魔王の娘の威厳はどこへ消えた、正直そんな感想しか浮かばなかったよ。
機会があれば今度あわせてあげよう、皆も驚くはずだ。
魔王様の意志が理解できない訳ではない。
それでも、辛い事や、苦しい事、嫌な記憶から逃げ出して幸せになれるとは思えない。
私は、過去と決別する為に、今を選び、未来を彼女に預けた。
「だから、全てが終わったその時は君の好きにしてくれて構わない。」
私の言葉に、彼女は渋々納得してくれたよ。
「愛と平和より自由を選ぶ、か。分かったわ、母様にはそう伝えとく。また、お仕置きを貰いそうだけどね。それじゃあ、また今度。」
そう言って彼女は来た時と同じように空間を歪ませて、帰って行った。
今思えば、ここで姐さんの誘いに乗るべきだったのかもしれない。
そうすれば、あそこまで辛い思いはしなかった。
ただ、私の中にある理性という名の意地がその道を選ばなかった原因なのだろう。
一月程掛けて、ようやく私は目的としていた場所に着いた。
魔界を覆う魔力に浸食されなかったのは、義母から受け継いだ血のおかげだと思う。
町人、人と言ってもインキュバスと魔物しかいないのだが、彼らに私が探している男の事を聞くと快く教えてくれたよ。
ただ、悲しくなったのはここでも奴が嘘をついていた事だ。
奴が住んでいる家で私を出迎えたのは、奴の妻だと名乗るサキュバスだった。
しかも、娘まで居た。
その瞬間、全てに絶望したよ。
人間も、
魔物も、
過去も、
現在も、
未来も、
神も、
魔王も、
世界すら、
私には信じる事が出来なかった。
何故私が、辛い思いを抱えて生きているのか?
何故奴が、全てを忘れ去り幸せを満喫しているのか?
唐突に、私の中にドス黒い感情が芽生えた。
あの男を、私の過去から全てを奪い去ったあの男を、彼女には悪いが、その過去を全て暴いた上で殺してやろう。
そのためなら、私は貴様と同じ外道になる。
その思いを作り笑いの仮面で蓋をして、私は彼の家に入っていった。
「あなた〜、お客さんよ〜。」
甘ったるい声が部屋に響く、その蜜のような声に引き寄せられ出て来た男を一目見た時、私の頭にあの時の記憶がよみがえる。
「君は、誰だい?」
奴は、私を覚えていないようだった。
その方が好都合だ。
貴様が忘れ去った過去から這い寄る恐怖におびえる姿が見たい。
「教団の方ですって、あなたの話が聞きたくてわざわざここまで来てくれたみたい。」
「私の話を!それは嬉しいですね。ところで、君は私のどの話を聞きに来てくれたのかな?ここまで来てくれた君の為に、好きな話をしてあげよう。」
「あなたの昔話がまた聞けるなんて!私、これが好きで彼と結婚したのよ。」
その昔話が虚構だと知らせるのは、心苦しかった。
「差し支えなければ、その右腕を失った時の話を拝聴したいのですが。」
「そんなに恐れなくてもいいよ、これは私の名誉の証みたいなものだから。」
奴は、残った左腕で右の肩口をとんっとんっ、と叩く。
そして奴はその二枚舌を器用に動かし、虚構の物語を紡ぐ。
あれは、十年前の事だった。
その時私はまだ教団に所属していてね、ある任務を受けたんだ。
とある村にいる英雄の子を助けてくれという任務だ。
未だにとある村では勇者や英雄の子供を迫害する傾向があってね、情報を聞いた私はいてもたってもいられず、単身でその村に乗り込んだ!
それはもう想像を絶する過酷さだよ、私を全力で殺そうとする村人を殺さないように、なるべく傷つけないようにしながら村の奥にあるその子が監禁されている場所へと向かった。
そこで見たものに私は強い憤りを覚えた、これが人のする所行かと。
鎖につながれ酷く衰弱しきった少女を見て、私はすぐにその鎖を断ち切り、その娘を抱えて村の外へ向けて走り出した!
その娘もろとも私を殺そうとする住人の攻撃!
私の行く手を阻む用心棒の剣!
全ての攻撃から彼女を守りつつ、全身に傷を覆いながらもやっとの思いで村を脱出した時!
私はうかつにも油断してしまった、彼女を始末せんと迫り来る凶刃!
間に合わない!
そう判断した私はとっさに右腕を突き出した!
あと少し遅れていたら彼女の命はなかっただろう、代わりに私は剣を振るう利き手の腕をなくしてしまったがそんなものはどうでもいい。
一人の少女の命が助かったんだから。
確かに、奴の話は上手だった。
それこそ、何も知らない奴の妻が聞いたら惚れ込むくらいに。
だから、余計に腹が立った。
「・・・もういい。」
「「え?」」
二人とも硬直した表情で私を見つめている。それもそのはず、私が聞きたいといった話を私が止めたのだから。
「貴様の話には嘘が多すぎる。だから、もういいと言った。」
「君は一体何を・・・?」
困惑する奴の話を遮り、私は尋問を開始する。
「一度だけ聞く、貴様は私の顔に見覚えがあるか?」
「あるはずがない、今日が初対面だ。」
そうだろうな、自らの意志を持たず、教団の犬だった貴様に記憶などあるはずがない。
「貴様の腕を切り落としたのは誰だ?」
「覚えていない、あの時は無我夢中だった。」
答えられるはずがない、貴様の話に出てくる貴様が助けたと言い張る少女に切られたのだから。
「貴様が助けた少女はその後どうなった?」
「知らない、きっと何処かで幸せに暮らしているはずだ。」
知るはずがない、貴様はあの場所から逃げ出したのだから。
「ちょっとあんた何様のつもりなの!いきなりやってきて何をするつもりなの!?」
横から、奴の妻が奴をかばうように立ちふさがる。
退いてくれ、私は君を傷つけるつもりはないんだから。
「お、お、お前・・・まさか?」
過去の記憶に怯え、恐怖で膝が笑い、尻餅をつき、なおもガタガタと震えながら後退する奴を、私はゆっくりと追い詰める。
そして、実に醜い笑顔を浮かべながら私は・・・、
「ああ、そのまさかだ。貴様の話に出てくる貴様が助けた少女であり、貴様の腕を切り落とした凶刃を振るった者であり、きっと何処かで幸せに暮らしているはずのシルヴィアだ。十年前に受けた怨を、返しに来たぞ!」
剣を抜き放ち、奴の首に突き刺す。
たったそれだけ、それだけで私の復讐は終わりを遂げた。
その場に残ったのは、放心した状態で座り込む奴の妻と、私を殺意のこもった目で見つめるその娘だった。
その後の私は、酷かった。
雨の強い日があったかもしれない
風の強い日があったかもしれない
雪が降った日も、酷く暑かった日もあったかもしれない
ただ丈夫なだけの身体で
何一つ希望を持たず
何一つ感情を持たず
いつも静かに笑っていた
その時何を食べていたのかも分からない
自分が傷つく事など構わず
助けを求める民の声に突き動かされ
東に逃げ惑う教団の信者がいれば
行ってその盾となり
西に抵抗する魔物がいれば
行ってその剣となり
みんなに化け物と呼ばれ
褒められもせず
ただ嫌われ
そういうものに
わたしは
なっていた
何一つ人らしさを持たず、鎧を着た空っぽの人間が動いているようだった。
その姿はまさしく古い時代のデュラハンのようだと、その時の私を見た姐さんは後で語ってくれた。
実を言うと、こんな状態だったから私が魔物化したときのことを私は覚えていなくてね。
私の口からは話せないから、姐さんに頼み込んでその時の様子を再現して貰ったんだ。
私は、・・・少し恥ずかしいから外で待っているよ。
それじゃあ、また今度。
教団に向かったよ、復讐の為だけに。
何を馬鹿な事を、そう思うかもしれない。
もっと楽な生き方があったろうに、そう言うかもしれない。
辛い事なんか忘れて楽しく生きれば良いじゃない、そう言ってきた魔物もいた。
それを言ったのは後に私の姐さんになる人だったんだけどね。
とは言っても、手当たり次第、教団に刃向かっていったわけじゃない。
そんな真似をする程私は馬鹿じゃないさ。まあ、若干力押しに頼る事はないとも言えないが・・・。
さて、復讐をすると言ってもだ。当時の私はその男について教団の人間で、そこそこの地位に就いている、そのぐらいの知識しか持っていなかったわけだ。顔と、声、右腕が落ちている事程度の情報で偶然の出会いに頼るのはあまりに無謀すぎる。
君達ならどうするかな?無論、私みたいな境遇に陥らないのが幸せなことに違いないが。
まずは、情報が必要だ。
情報はどこに集まるか?金と権力がある所に集まるな。
それはどこか?大都市だ。
それもなるべく大きな反魔物国家で教団が実権を握っている所がいい。
何となく予想がついてきただろう?そう、レスカティエ教国だ。
なに?レスカティエは魔界じゃないかって?何を言い出すんだ、私が人間だった頃はまだ・・・ちょっと待て!今のなし!今の発言は聞かなかった事に・・・何をニヤついて、まさか!?やめろ!やめてくれ!仕方ない、傷つけたくはないが・・・、ちぇすとー!
只今、放送事故が発生いたしました。ご迷惑をおかけしますが、そのまま潔くお待ち下さい。
ふう、いいか、君達は『何も聞かなかった。』
プリーズ・リピート・アフター・ミー『何も聞かなかった。』
いい返事だ、それじゃあ続きを話そうか。
その頃、私の知る限りで一番巨大だった反魔物国家-レスカティエ教国-に私は向かった。
しかし、旅の人間が来て早々に「教団の戦闘記録を見せて下さい」などと言えば目をつけられるのは分かりきった事だ。
頭が良く口の回る人ならば、その辺りを上手くやる事も出来たのだろうけれどあいにく私は戦う事しか知らなくてね、その方法は早々に断念する事にしたんだ。
残された道は一つ、割と危険ではあるが確実な方法、教団の兵士として志願する事だ。
それでも、目をつけられた事に変わりはなかったけれどね。
出自も分からず、剣を一本だけ携えて「教団の兵士にして下さい」と、まだ若い女性が乗り込んでくる訳だ。疑われない方がどうかしてる。
『シルヴィア・アージェンタイト』
自身の名前を聞かれて戸惑った私はその時持っていた剣を見てとっさにそう答えた。
本名を名乗れば、正体が割れてしまうから。
教団に入ったのは、師匠が望まないだろう彼女自身の弔いだから。
そして、私の心の奥底にある暗い憎悪を忘れない為に。
戦闘技能を調べる、そう言われてやらしい目つきをした男の教団兵十人程を即座に再起不能に追い込むと、私は晴れて勇者・英雄部隊へと配属された。
そこにいた少女、名を確かウィルマリナと言ったはずだ。
すまない、なにぶん昔の事なので良く覚えていなくてね。
彼女とはなぜだか妙に気があった、私がそう思っていただけなのかもしれないが。
きっと彼女も周りには言えない悩みを抱えていたんだろう。
年頃の女子としての感情をひた隠しにして、勇者を演じる彼女を見て私はなんとも言えない気分になった。
義母がいなければ、そこに立っていたのは私かもしれない。
彼女は強かったよ、ちょうどその頃全盛期だった私が奥の手を使わなければ勝てない程に。
今は魔物になって強くなったのでは?そう聞かれる事もあったが、私の場合は若干例外的でね。
魔力の総量は確かに上がったが、バランスを欠いてしまってね。
その頃使えていた奥の手も今では使う事が出来ない。
彼女は今、どうしているだろうか?
魔界になった後、レスカティエの情報は一切入ってきてなくてね。
何を今更、そう言われるのも当然だろうけれど、時折、彼女の安否が気になる事がある。
驚いた事に、教団に入った私には自由行動が与えられた。
流石の教団も出自の分からない私を宣教活動に使うのは不利だと判断したらしい。
それは、私の目的を果たす上で大きな利点となった。
古い記録、例えば十年前に村を滅ぼした記録すらも探し出す事が出来るのだから。
私の求めていた情報は割とすぐに見つかった。
ただ、嘘にまみれていた資料を怒りにまかせて破り捨てたのはやり過ぎたと思ったが。
なんて書かれていたと思う?私の覚えている範囲ではこう書かれていた。
XX年YY月
目的:
魔物に捕らわれている“英雄の卵”の奪還
戦果:
“英雄の卵”、魔物の最後の抵抗により死亡。
村に被害を与えていた魔物の駆逐に成功。
汚れていた村の浄化に成功。
魔騎士:セレスティア・アージェンタイトの討伐。
主な被害:
教団兵三百余人が魔物の抵抗に遭い死亡。
指揮官、右腕を戦闘中に損傷。
“英雄”:大神 瞬影、ドラゴンの奇襲に遭い死亡。
呆れを通り越して、乾いた笑いしか漏れ出してこなかった。
私はあの時死んでいた事になっていたんだ。
まあ、恨みを晴らすべき相手が分かっただけ良しとしておこう。
その男の情報を聞き出す度、私は笑いを堪えるのに必死だった。
教団の本部には嘘の報告しかしていなかったのだから。
あの男は未だに、『千の魔物を切り、万の民を救った英雄』として語り継がれているが、実際の所は違う。『千の魔物から逃げ出し、万の民を殺した外道』その方が正しいだろうな。
ただ、一つだけ問題が生じた。
その男が既に生死不明として扱われていた事だ。
どうやら私が教団に入る数年前の戦闘で敗北し、その土地は魔界になっているとの事だった。
恐らくその男はその場所にいる、実に厄介な出来事だ。
別に魔物になる事を嫌悪していた訳ではない、そうなれば目的を果たしづらくなる事の方が私には不安だった。
義母のように尋常ならざる魔力を持って魔王の定めたルールに逆らえるのならば話は別だが、魔物化してすぐそんな真似が出来るとも思えない。
だから、覚悟を決めて。
二度とここに戻らない事を決意して。
一片たりとも心残りを持たないように、かの少女に言づてを頼み、私は教団を後にした。
月の出ない晩に、夜遅く。
「ウィルマリナ、起きているか?」
彼女の部屋の前に立って、扉越しに私は話しかける。
「今から私は--------に向かう。」
部屋の中で物音がした。
「怨人を助ける為に、もうここには戻ってこれないだろうから、それだけ上の方に伝えておいてくれ。」
彼女の声がする、どうしてそんな真似をするのかと。
「君には、思い人がいるだろう?私の大切な人は手の届かない所へ逝ってしまった。君には、帰れる所があるだろう?私の帰る場所は既にない。だから、君自身の手で君の未来を選んでくれ。楽しかった過去は既になく、望んでいた未来は絶たれ、現在を生きているかどうかも怪しい。そんな私の、最後の願いだ。」
そして私は、彼女の元を去り、教団を後にした。
厩舎で私を一心に見つめてきた馬、スレイプニルを駆り立てて。
実を言うと、途中で彼女を乗り潰してしまってね。
酷い事をしたと今でも後悔しているよ。
だから、私の喚ぶ首のない馬には彼女の名前をつけた、彼女への思いを込めて。
目的の場所に向かう途中で、始めて後に私の姐さんになるリリムに出会った。
リリィ・レズビアン・ユリガスキー、魔王の娘、一千二十四女と言っていたが、本当だろうか?
何故そんなに笑いを堪えている?私は姐さんの名前を言っただけだぞ?
まあ、いいか。
馬を乗り潰してなお目的地に向けて歩いていると、突然、目の前の空間が歪んだ。
何度か見た事がある、高位の魔物が使う空間移動時に生じる歪みだ。
とっさに剣を構える。
そこから出て来たのが、白銀の髪に真紅の瞳を持つリリィ姐さんだった。
「ごきげんよう、あなたがシルヴィア・アージェンタイトね?」
「どうして、私の名前を知っている?」
剣を握り直す。
「どうしても何も、お母様に頼まれたのよ。あなたの苦しみを取り除くようにって。」
「断る。今はまだ、その時じゃない。」
剣を鞘に収め、通り過ぎようとする私の肩を彼女は片手で掴んで止める。
「ちょっと、ちょっと待ってよ。ここでフラれちゃうと私、母様にお説教されるんだから。お願いだから話だけでも聞いて下さい、オネガイシマス。」
膝を折り、頭を地面につけ懇願してくる彼女に根負けして、私は話を聞く事にした。
「とまあ、軽く説明するとこんな感じ。」
魔王の娘の威厳はどこへ消えた、正直そんな感想しか浮かばなかったよ。
機会があれば今度あわせてあげよう、皆も驚くはずだ。
魔王様の意志が理解できない訳ではない。
それでも、辛い事や、苦しい事、嫌な記憶から逃げ出して幸せになれるとは思えない。
私は、過去と決別する為に、今を選び、未来を彼女に預けた。
「だから、全てが終わったその時は君の好きにしてくれて構わない。」
私の言葉に、彼女は渋々納得してくれたよ。
「愛と平和より自由を選ぶ、か。分かったわ、母様にはそう伝えとく。また、お仕置きを貰いそうだけどね。それじゃあ、また今度。」
そう言って彼女は来た時と同じように空間を歪ませて、帰って行った。
今思えば、ここで姐さんの誘いに乗るべきだったのかもしれない。
そうすれば、あそこまで辛い思いはしなかった。
ただ、私の中にある理性という名の意地がその道を選ばなかった原因なのだろう。
一月程掛けて、ようやく私は目的としていた場所に着いた。
魔界を覆う魔力に浸食されなかったのは、義母から受け継いだ血のおかげだと思う。
町人、人と言ってもインキュバスと魔物しかいないのだが、彼らに私が探している男の事を聞くと快く教えてくれたよ。
ただ、悲しくなったのはここでも奴が嘘をついていた事だ。
奴が住んでいる家で私を出迎えたのは、奴の妻だと名乗るサキュバスだった。
しかも、娘まで居た。
その瞬間、全てに絶望したよ。
人間も、
魔物も、
過去も、
現在も、
未来も、
神も、
魔王も、
世界すら、
私には信じる事が出来なかった。
何故私が、辛い思いを抱えて生きているのか?
何故奴が、全てを忘れ去り幸せを満喫しているのか?
唐突に、私の中にドス黒い感情が芽生えた。
あの男を、私の過去から全てを奪い去ったあの男を、彼女には悪いが、その過去を全て暴いた上で殺してやろう。
そのためなら、私は貴様と同じ外道になる。
その思いを作り笑いの仮面で蓋をして、私は彼の家に入っていった。
「あなた〜、お客さんよ〜。」
甘ったるい声が部屋に響く、その蜜のような声に引き寄せられ出て来た男を一目見た時、私の頭にあの時の記憶がよみがえる。
「君は、誰だい?」
奴は、私を覚えていないようだった。
その方が好都合だ。
貴様が忘れ去った過去から這い寄る恐怖におびえる姿が見たい。
「教団の方ですって、あなたの話が聞きたくてわざわざここまで来てくれたみたい。」
「私の話を!それは嬉しいですね。ところで、君は私のどの話を聞きに来てくれたのかな?ここまで来てくれた君の為に、好きな話をしてあげよう。」
「あなたの昔話がまた聞けるなんて!私、これが好きで彼と結婚したのよ。」
その昔話が虚構だと知らせるのは、心苦しかった。
「差し支えなければ、その右腕を失った時の話を拝聴したいのですが。」
「そんなに恐れなくてもいいよ、これは私の名誉の証みたいなものだから。」
奴は、残った左腕で右の肩口をとんっとんっ、と叩く。
そして奴はその二枚舌を器用に動かし、虚構の物語を紡ぐ。
あれは、十年前の事だった。
その時私はまだ教団に所属していてね、ある任務を受けたんだ。
とある村にいる英雄の子を助けてくれという任務だ。
未だにとある村では勇者や英雄の子供を迫害する傾向があってね、情報を聞いた私はいてもたってもいられず、単身でその村に乗り込んだ!
それはもう想像を絶する過酷さだよ、私を全力で殺そうとする村人を殺さないように、なるべく傷つけないようにしながら村の奥にあるその子が監禁されている場所へと向かった。
そこで見たものに私は強い憤りを覚えた、これが人のする所行かと。
鎖につながれ酷く衰弱しきった少女を見て、私はすぐにその鎖を断ち切り、その娘を抱えて村の外へ向けて走り出した!
その娘もろとも私を殺そうとする住人の攻撃!
私の行く手を阻む用心棒の剣!
全ての攻撃から彼女を守りつつ、全身に傷を覆いながらもやっとの思いで村を脱出した時!
私はうかつにも油断してしまった、彼女を始末せんと迫り来る凶刃!
間に合わない!
そう判断した私はとっさに右腕を突き出した!
あと少し遅れていたら彼女の命はなかっただろう、代わりに私は剣を振るう利き手の腕をなくしてしまったがそんなものはどうでもいい。
一人の少女の命が助かったんだから。
確かに、奴の話は上手だった。
それこそ、何も知らない奴の妻が聞いたら惚れ込むくらいに。
だから、余計に腹が立った。
「・・・もういい。」
「「え?」」
二人とも硬直した表情で私を見つめている。それもそのはず、私が聞きたいといった話を私が止めたのだから。
「貴様の話には嘘が多すぎる。だから、もういいと言った。」
「君は一体何を・・・?」
困惑する奴の話を遮り、私は尋問を開始する。
「一度だけ聞く、貴様は私の顔に見覚えがあるか?」
「あるはずがない、今日が初対面だ。」
そうだろうな、自らの意志を持たず、教団の犬だった貴様に記憶などあるはずがない。
「貴様の腕を切り落としたのは誰だ?」
「覚えていない、あの時は無我夢中だった。」
答えられるはずがない、貴様の話に出てくる貴様が助けたと言い張る少女に切られたのだから。
「貴様が助けた少女はその後どうなった?」
「知らない、きっと何処かで幸せに暮らしているはずだ。」
知るはずがない、貴様はあの場所から逃げ出したのだから。
「ちょっとあんた何様のつもりなの!いきなりやってきて何をするつもりなの!?」
横から、奴の妻が奴をかばうように立ちふさがる。
退いてくれ、私は君を傷つけるつもりはないんだから。
「お、お、お前・・・まさか?」
過去の記憶に怯え、恐怖で膝が笑い、尻餅をつき、なおもガタガタと震えながら後退する奴を、私はゆっくりと追い詰める。
そして、実に醜い笑顔を浮かべながら私は・・・、
「ああ、そのまさかだ。貴様の話に出てくる貴様が助けた少女であり、貴様の腕を切り落とした凶刃を振るった者であり、きっと何処かで幸せに暮らしているはずのシルヴィアだ。十年前に受けた怨を、返しに来たぞ!」
剣を抜き放ち、奴の首に突き刺す。
たったそれだけ、それだけで私の復讐は終わりを遂げた。
その場に残ったのは、放心した状態で座り込む奴の妻と、私を殺意のこもった目で見つめるその娘だった。
その後の私は、酷かった。
雨の強い日があったかもしれない
風の強い日があったかもしれない
雪が降った日も、酷く暑かった日もあったかもしれない
ただ丈夫なだけの身体で
何一つ希望を持たず
何一つ感情を持たず
いつも静かに笑っていた
その時何を食べていたのかも分からない
自分が傷つく事など構わず
助けを求める民の声に突き動かされ
東に逃げ惑う教団の信者がいれば
行ってその盾となり
西に抵抗する魔物がいれば
行ってその剣となり
みんなに化け物と呼ばれ
褒められもせず
ただ嫌われ
そういうものに
わたしは
なっていた
何一つ人らしさを持たず、鎧を着た空っぽの人間が動いているようだった。
その姿はまさしく古い時代のデュラハンのようだと、その時の私を見た姐さんは後で語ってくれた。
実を言うと、こんな状態だったから私が魔物化したときのことを私は覚えていなくてね。
私の口からは話せないから、姐さんに頼み込んでその時の様子を再現して貰ったんだ。
私は、・・・少し恥ずかしいから外で待っているよ。
それじゃあ、また今度。
11/11/25 23:28更新 / おいちゃん
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