蜥蜴娘と蛇娘
ガネットを出発して2日。
俺達はカナン街道を道なりに進み、カラタ樹海にさしかかろうとしていた。
このカラタ樹海とは長く深い樹海で、たくさんの魔物が出ることで有名な難所である。
「なあ、ティタン。そろそろ降りて、自分で歩いてくれないか。」
「嫌よ〜。だって、貴方に巻き付いてるととっても落ち着くんですもの。お願い、もう少しだけ。ね?」
さっきからティタンは俺の背中に巻き付いて、降りようとしない。
おかげで俺はずっと彼女をおんぶする体勢になっている。
ティタンの下半身はヘビだが、彼女の意思で人間とおなじ二足歩行ができる。
なのに彼女はそれをしようとしない。
「ティタン、そろそろ自分で歩いたらどうだ?」
「あら、私にヤキモチ?リザードマンのあなたじゃ、ダーリンにおぶってもらえないからかしら?ホント中途半端な種族よね。」
「な、なんだと!?」
「落ち着け二人とも。ティタンも挑発するのをやめろ。」
ティタンとエフィはいつもこうだ。
性格的にあわないらしく、二人の言い争いは止まる事を知らない。
ティタンが挑発し、エフィがそれに乗る。
これがすでにパターン化していた。
「お、お兄さん方。もしかして樹海を通ろうとしてるのかい?」
前から歩いてきた一人の行商人が俺に話しかける。
「そうだけど・・・。」
「悪い事は言わん。やめておきなさい。」
「どういう事ですか?」
「今、樹海には『男狩り』と名乗る魔物達が出とる。下手をすると一生帰ってこられないよ。今月はもう3人もやられた。お兄さん達、ここを通るっていうことはおそらくサマデントかフォルヘストに用事があるんだろ?なら、ケルーク湖を、迂回していきなさい。」
「ご忠告感謝します。しかし、俺達はこのまま先に進みます。」
「大丈夫ですよ。アタイはともかくこの三人は強いですから。そこらの魔物には負けません。」
「そうか。そう思うなら先に進みなさい。でも、後悔だけはしないようにな。」
そう言って、行商人は俺達が進んできた方向へ去っていく。
俺達は行商人にお礼の意味を込めて、手を振った。
彼の姿が見えなくなり、俺達は樹海へと入っていく。
『男狩り』ってどんな魔物なのだろうか。
俺は『男狩り』の話を聞いてますます樹海を進みたくなった。
理由は一つ。
その魔物達と戦いたいからだ。
どちらかと言うと俺は好戦的ではないと自分で思っているが、前のティタンとの戦いで俺の実力不足を痛感した。
もしかするとそれまでの自分は己の力を過信していたのかもしれない。
まだまだ俺は弱いのである。
だから強い相手と戦って、腕を上げなければならない。
これがわかっただけでも、この旅をさせてくれた師匠に感謝しないとな。
そう思いながら根が張り巡らされた樹海の道の奥へと進んでいった。
「なんにも出てこないわねぇ・・・。」
ティタンが退屈そうにそう言う。
樹海の道を進んでいくが『男狩り』どころか、他の魔物すら出てこない。
普通スライムとかゴブリンとかはいるだろう。
でも、そいつらでさえ出てこない。
いるのはただの昆虫。
俺達の進んでいる道は街道を歩くより安全なものだった。
「もしかしてワタクシ達に恐れを抱いているとか。」
「いや、ワタシ達がただ遭遇していないだけかもしれないぞ。こんなに広い樹海だからな。」
「でも、行商人さんは魔物達Wって言ってましたよね?複数もいるのに会わないなんてことあるんでしょうか?」
「おそらく『男狩り』という奴等は複数で行動する、いわばグループで襲い掛かってくるのだろう。だから、腕の立つ冒険者が三人もやられたんだ。」
なるほど、理にかなっている。
戦闘に関して言えば、リザードマン種はプロフェッショナルだ。
彼女達は個人戦闘の技術だけでなく、集団戦闘の要領も心得ている。
だからリザードマンは戦闘種族として名を馳せていた。
「さすがリザードマンよね。蛮族の考えることはすぐわかるみたい。」
「ば、蛮族!?」
「だって、そうじゃない。戦闘ばかりを追い求めるなんて野蛮な者達がすることでしょ?リザードマンは魔法が使えないから、力に頼るしかないものね。」
「言わせておけば!!」
「こらこら、こんな所で喧嘩してる場合じゃな・・・、うわっ!!」
何かが足に巻きついた。
俺はそれにひっぱられ樹海の奥へ連れて行かれる。
「うわぁぁぁっ!!??」
「ダーリン!?」
「カイっ!?」
「カイさん!?」
すごいスピードで俺の身体が引きずられている。
途中、そのスピードのまま何度も木にぶつかった。
運ぶなら運ぶでもう少し丁寧に運べないか。
おかげで何もしていないのに服がボロボロである。
やがて樹海の木々が少しひらけたところに行き着いた。
「あらあら結構な上玉じゃない。クンクン・・。臭いもいいわ。」
俺の身体に近づき、臭いをかぐ魔物。
足に巻きついた粘着質な蜘蛛の糸から、ある魔物の予感はしていた。
結果は予想を裏切らずアラクネが立っている。
他にもデビルバグ、ワーキャット、そして空からハーピーが降りてきた。
「空からの監視ご苦労様。あなたのおかげよ。」
ハーピーに向かってそう言うアラクネ。
どうやらこいつも仲間の一人らしい。
こいつ等が『男狩り』・・・。
「でもリーダー。どうです、上物でしょう?」
「ええ、今までのむさっ苦しい男とは大違いだわ。こんな美青年を犯せるなんて、考えただけでゾクゾクしちゃう。」
「じゅるっ・・・、おいしそう。リーダー、私達にもちゃんとニャンニャンさせてくださいね。」
「デビルバグってどうしても男が寄り付かないから大変なの。でもこれで溜まっていたものを発散できるわぁ。」
口ぶりからするにアラクネがリーダーで、他の魔物はその仲間のようだ。
なんか全員が一筋縄ではいかないって感じがする。
どっかの盗賊団とは大違いだ。
「でも、リーダー。こいつには他に・・・ひぃっ!!??」
とてつもない大きさの火球が飛んでくる。
魔物達は間一髪でかわした。
あぶね、俺が焼けるっ!!
俺の前髪スレスレをかすめていき、慌てて顎を引く。
「ちょっとワタクシのダーリンをどこへ連れて行くつもりなの?」
「カイを返してもらおうか。もし拒否するなら・・・、わかるな?」
エフィとティタンがこの世のものとは思えない形相で立っている。
関係ない俺まで怯えてしまった。
うう・・・、本当に怖い・・・。
そんな二人の後ろから、苦笑の表情を浮かべたテテスがやって来る。
「エフィもティタンも早すぎですぅ。二人とも目の色変えすぎですよぉ。」
「当たり前よ!!ワタクシのダーリンを誘拐するなんて絶・対・厳・禁!!万死に値するわ!!」
「まったくだ。剣で八つ裂きにしないと、ワタシの気が済まない。」
さらりと物騒なことをいうエフィとティタン。
おお・・・、二人の背中から真っ黒な炎が・・・。
その二人の様子を見て魔物達も怯えている。
「あ・・・、あれ・・・。リザードマンでしょ。私ずっと前にリザードマンにボコボコにされたことあるの・・・。」
「空から見るとわからなかったけど、あれエキドナよね?どうしてあんな上位種がこんな所に・・・。」
「ど、どうしますぅ、リーダー?私達を八つ裂きにするっていってますけどぉ・・・。」
「大丈夫よ、ここは私達のテリトリー!!万に一つもあいつ等に勝ち目なんてないんだからっ!!そうでしょ!?」
アラクネは自分の仲間達を鼓舞する。
魔物達も自分達のテリトリーという言葉を聞き、威勢を取り戻した。
「じゃ、いつものでいくわよ!!」
「「「はいっ!!」」」
アラクネの掛け声とともにすばやく動き始める魔物達。
その戦術はスピードを生かした撹乱戦法である。
スピードなら昆虫族最速のデビルバグ、軽い身のこなしのワーキャット、縦横無尽に空中から襲い掛かってくるハーピー。
そういう意味でこの魔物の編成は最高とも言えた。
何故ここにアラクネがいるんだ・・・?
「これじゃ魔法は当たらないわ・・・。」
「こちらも剣でガードするしかできな・・・、うっ!!??」
エフィの背中から服を裂いて血が噴き出る。
どうやらデビルバグが手に持っているナイフで彼女を斬ったらしい。
一体に集中すると、もう一体に攻撃される。
三位一体とはこのことだ。
次々に攻撃を当てては逃げて、当てては逃げてを繰り返す。
二人は防戦一方になっていた。
俺の横で優雅にたたずむアラクネは余裕そうに口を開く。
「あら、リザードマンもエキドナもたいした事ないわねぇ。」
エフィとティタンのカチンという音が聞こえてくるようだった。
これはまずい。
今まで聞いたことのないほど恐ろしい声で二人は会話する。
「ねえ、ティタン。ワタシに一つ作戦があるの、聞いてくれる?」
「ええ、奇遇ですわね。ワタクシも同じことを考えましたわ。」
「共闘しよう!!」
「共闘しますわよ!!」
見事に声が重なった。
それからは二人は必死で息を合わせようとしながら戦い始める。
・・・がしかし、コンビネーションはあちらの方が上。
付け焼刃程度では全く通用しない。
次第に苛立ち始めるエフィとティタン。
ついにそのコンビネーションに亀裂が入った。
「ちょっと、ワタクシをしっかり守ってくれない!?さっきから攻撃が当たっているのよ!!」
「そっちだってしっかり魔法を当てなさいよ!!」
喧嘩を始める二人。
今にも掴みかからんとするその喧嘩はいつものそれと同じだった。
こんなときにあいつ等は何を考えているんだ!?
俺が叫ぼうとしたその時・・・。
「今は喧嘩している場合じゃないですよ!!今、アタイ達に何が重要かを思い出してください!!」
俺より先にテテスが大きな声で二人を怒った。
エフィとティタンは意外な人物からの叱責に言葉を失う。
テテスが怒るなんて今までになかったことだ。
怒鳴りあうのも忘れ、ぽかんと立ち尽くしている。
「あらら、仲間割れみたいねぇ・・・クスクス。でもね、もう遅いの。もう私の手の中よ。」
アラクネがクイッと手を空にかかげた。
すると蜘蛛の糸が網のようにエフィ達を包み、そして捕らえる。
一瞬、何が起こったかわからない。
その様子を見て、愉快そうにアラクネは網へと近づいた。
「私達がさっきまでスピードに任せて戦っているとでも思った?私達はずっと罠の準備をしていたのよ。でも、お生憎様。もう遅いわ。」
そうか。
さっきまで魔物達が色んなところを駆け回っていたのは、エフィ達を撹乱するためだけじゃない。
全てはこの罠への布石だったのだ。
「ちょっと耳を貸して。」
「何よ?また皮肉でも言うつもり?」
「いいから!!」
エフィとティタンが網の中で何やら話し合っている。
何を話しているのだろうか、そう思った直後。
「行きますわよ、エフィ!!準備はいい!?」
「ええ!!いつでもOKよ!!」
叫んだと同時にティタンの火球で蜘蛛の糸を切る。
炎の中からエフィが網から飛び出した。
彼女は剣を構えている。
「やあああああああっ!!!」
「しまった!?皆、取り押さえて!!」
「遅い!!えいっっっ!!」
剣を槍投げの要領で投げるエフィ。
彼女の剣はアラクネの頬をかすめていった。
頬から鮮血が流れている。
エフィはそのまま魔物達に取り押さえられる。
アラクネは彼女を見下ろして嘲笑った。
「あっはははははは!!最後の望みも絶たれたわよ、ご愁傷様!!」
「そいつはどうかな?俺がまだいるぜ。」
アラクネの言葉にそう言う。
俺は彼女の背後から剣を振り下ろした。
そう、エフィはアラクネに剣を当てようとしたのではない。
最初から俺を縛っている糸を断ち切るために剣を投げたのだ。
アラクネは驚愕しながらも、俺の剣を避ける。
「相手は一人よ!!皆やっておしまい!!」
「「「はいっ!!!」」」
襲い掛かってくる魔物達。
もうすでに俺は秘剣を出す準備はできていた。
剣先に全ての気力を注ぎ込む。
「秘剣弐式 飛(とぶ)ッッッ!!!!」
台風が来たかのような風に魔物達の身体は軽く吹っ飛んだ。
木や岩など色々な所に叩きつけられ、魔物達は気を失ってしまう。
全員ノックアウト。
アラクネは目を丸くして、地面にへたりこんだ。
「嘘・・・。私達が一撃・・・?」
「どうだ、まだやるか?」
ブンブン首を振るアラクネ。
完全に戦意を消失した彼女は泣きそうな目でこちらを見る。
俺は彼女に逃げるよう命じると、仲間たちを起こして一目散に逃げ出した。
他の魔物達もアラクネについていく。
残されたのは俺達だけになった。
「エフィ、なかなかやるじゃないの。」
「ああ。ティタンもな。」
エフィとティタンがガッシリと握手を交わす。
やれやれというため息が自然と漏れでた。
この光景を心待ちにしていたのは俺だけじゃなく、テテスもだったようである。
彼女も心なしか安心した表情を見せた。
やっとこれで・・・。
「それで、エフィ。」
「ん?」
「あの時はよくもワタクシの邪魔ばっかりしてくれましたわね!!」
「そっちこそワタシの邪魔しかしなかったじゃない!!」
「何ですって!?」
「何よ!?」
またいつもの喧嘩を始める。
俺は苦笑いを禁じえない。
テテスが慌てて二人の仲裁に入った。
どうやらテテスも気付いていないみたいである。
確実に二人の仲が良くなっている事に。
ティタンがエフィのことを今日はじめて名前で呼んでいることに、俺は笑みをこぼしていた。
俺達はカナン街道を道なりに進み、カラタ樹海にさしかかろうとしていた。
このカラタ樹海とは長く深い樹海で、たくさんの魔物が出ることで有名な難所である。
「なあ、ティタン。そろそろ降りて、自分で歩いてくれないか。」
「嫌よ〜。だって、貴方に巻き付いてるととっても落ち着くんですもの。お願い、もう少しだけ。ね?」
さっきからティタンは俺の背中に巻き付いて、降りようとしない。
おかげで俺はずっと彼女をおんぶする体勢になっている。
ティタンの下半身はヘビだが、彼女の意思で人間とおなじ二足歩行ができる。
なのに彼女はそれをしようとしない。
「ティタン、そろそろ自分で歩いたらどうだ?」
「あら、私にヤキモチ?リザードマンのあなたじゃ、ダーリンにおぶってもらえないからかしら?ホント中途半端な種族よね。」
「な、なんだと!?」
「落ち着け二人とも。ティタンも挑発するのをやめろ。」
ティタンとエフィはいつもこうだ。
性格的にあわないらしく、二人の言い争いは止まる事を知らない。
ティタンが挑発し、エフィがそれに乗る。
これがすでにパターン化していた。
「お、お兄さん方。もしかして樹海を通ろうとしてるのかい?」
前から歩いてきた一人の行商人が俺に話しかける。
「そうだけど・・・。」
「悪い事は言わん。やめておきなさい。」
「どういう事ですか?」
「今、樹海には『男狩り』と名乗る魔物達が出とる。下手をすると一生帰ってこられないよ。今月はもう3人もやられた。お兄さん達、ここを通るっていうことはおそらくサマデントかフォルヘストに用事があるんだろ?なら、ケルーク湖を、迂回していきなさい。」
「ご忠告感謝します。しかし、俺達はこのまま先に進みます。」
「大丈夫ですよ。アタイはともかくこの三人は強いですから。そこらの魔物には負けません。」
「そうか。そう思うなら先に進みなさい。でも、後悔だけはしないようにな。」
そう言って、行商人は俺達が進んできた方向へ去っていく。
俺達は行商人にお礼の意味を込めて、手を振った。
彼の姿が見えなくなり、俺達は樹海へと入っていく。
『男狩り』ってどんな魔物なのだろうか。
俺は『男狩り』の話を聞いてますます樹海を進みたくなった。
理由は一つ。
その魔物達と戦いたいからだ。
どちらかと言うと俺は好戦的ではないと自分で思っているが、前のティタンとの戦いで俺の実力不足を痛感した。
もしかするとそれまでの自分は己の力を過信していたのかもしれない。
まだまだ俺は弱いのである。
だから強い相手と戦って、腕を上げなければならない。
これがわかっただけでも、この旅をさせてくれた師匠に感謝しないとな。
そう思いながら根が張り巡らされた樹海の道の奥へと進んでいった。
「なんにも出てこないわねぇ・・・。」
ティタンが退屈そうにそう言う。
樹海の道を進んでいくが『男狩り』どころか、他の魔物すら出てこない。
普通スライムとかゴブリンとかはいるだろう。
でも、そいつらでさえ出てこない。
いるのはただの昆虫。
俺達の進んでいる道は街道を歩くより安全なものだった。
「もしかしてワタクシ達に恐れを抱いているとか。」
「いや、ワタシ達がただ遭遇していないだけかもしれないぞ。こんなに広い樹海だからな。」
「でも、行商人さんは魔物達Wって言ってましたよね?複数もいるのに会わないなんてことあるんでしょうか?」
「おそらく『男狩り』という奴等は複数で行動する、いわばグループで襲い掛かってくるのだろう。だから、腕の立つ冒険者が三人もやられたんだ。」
なるほど、理にかなっている。
戦闘に関して言えば、リザードマン種はプロフェッショナルだ。
彼女達は個人戦闘の技術だけでなく、集団戦闘の要領も心得ている。
だからリザードマンは戦闘種族として名を馳せていた。
「さすがリザードマンよね。蛮族の考えることはすぐわかるみたい。」
「ば、蛮族!?」
「だって、そうじゃない。戦闘ばかりを追い求めるなんて野蛮な者達がすることでしょ?リザードマンは魔法が使えないから、力に頼るしかないものね。」
「言わせておけば!!」
「こらこら、こんな所で喧嘩してる場合じゃな・・・、うわっ!!」
何かが足に巻きついた。
俺はそれにひっぱられ樹海の奥へ連れて行かれる。
「うわぁぁぁっ!!??」
「ダーリン!?」
「カイっ!?」
「カイさん!?」
すごいスピードで俺の身体が引きずられている。
途中、そのスピードのまま何度も木にぶつかった。
運ぶなら運ぶでもう少し丁寧に運べないか。
おかげで何もしていないのに服がボロボロである。
やがて樹海の木々が少しひらけたところに行き着いた。
「あらあら結構な上玉じゃない。クンクン・・。臭いもいいわ。」
俺の身体に近づき、臭いをかぐ魔物。
足に巻きついた粘着質な蜘蛛の糸から、ある魔物の予感はしていた。
結果は予想を裏切らずアラクネが立っている。
他にもデビルバグ、ワーキャット、そして空からハーピーが降りてきた。
「空からの監視ご苦労様。あなたのおかげよ。」
ハーピーに向かってそう言うアラクネ。
どうやらこいつも仲間の一人らしい。
こいつ等が『男狩り』・・・。
「でもリーダー。どうです、上物でしょう?」
「ええ、今までのむさっ苦しい男とは大違いだわ。こんな美青年を犯せるなんて、考えただけでゾクゾクしちゃう。」
「じゅるっ・・・、おいしそう。リーダー、私達にもちゃんとニャンニャンさせてくださいね。」
「デビルバグってどうしても男が寄り付かないから大変なの。でもこれで溜まっていたものを発散できるわぁ。」
口ぶりからするにアラクネがリーダーで、他の魔物はその仲間のようだ。
なんか全員が一筋縄ではいかないって感じがする。
どっかの盗賊団とは大違いだ。
「でも、リーダー。こいつには他に・・・ひぃっ!!??」
とてつもない大きさの火球が飛んでくる。
魔物達は間一髪でかわした。
あぶね、俺が焼けるっ!!
俺の前髪スレスレをかすめていき、慌てて顎を引く。
「ちょっとワタクシのダーリンをどこへ連れて行くつもりなの?」
「カイを返してもらおうか。もし拒否するなら・・・、わかるな?」
エフィとティタンがこの世のものとは思えない形相で立っている。
関係ない俺まで怯えてしまった。
うう・・・、本当に怖い・・・。
そんな二人の後ろから、苦笑の表情を浮かべたテテスがやって来る。
「エフィもティタンも早すぎですぅ。二人とも目の色変えすぎですよぉ。」
「当たり前よ!!ワタクシのダーリンを誘拐するなんて絶・対・厳・禁!!万死に値するわ!!」
「まったくだ。剣で八つ裂きにしないと、ワタシの気が済まない。」
さらりと物騒なことをいうエフィとティタン。
おお・・・、二人の背中から真っ黒な炎が・・・。
その二人の様子を見て魔物達も怯えている。
「あ・・・、あれ・・・。リザードマンでしょ。私ずっと前にリザードマンにボコボコにされたことあるの・・・。」
「空から見るとわからなかったけど、あれエキドナよね?どうしてあんな上位種がこんな所に・・・。」
「ど、どうしますぅ、リーダー?私達を八つ裂きにするっていってますけどぉ・・・。」
「大丈夫よ、ここは私達のテリトリー!!万に一つもあいつ等に勝ち目なんてないんだからっ!!そうでしょ!?」
アラクネは自分の仲間達を鼓舞する。
魔物達も自分達のテリトリーという言葉を聞き、威勢を取り戻した。
「じゃ、いつものでいくわよ!!」
「「「はいっ!!」」」
アラクネの掛け声とともにすばやく動き始める魔物達。
その戦術はスピードを生かした撹乱戦法である。
スピードなら昆虫族最速のデビルバグ、軽い身のこなしのワーキャット、縦横無尽に空中から襲い掛かってくるハーピー。
そういう意味でこの魔物の編成は最高とも言えた。
何故ここにアラクネがいるんだ・・・?
「これじゃ魔法は当たらないわ・・・。」
「こちらも剣でガードするしかできな・・・、うっ!!??」
エフィの背中から服を裂いて血が噴き出る。
どうやらデビルバグが手に持っているナイフで彼女を斬ったらしい。
一体に集中すると、もう一体に攻撃される。
三位一体とはこのことだ。
次々に攻撃を当てては逃げて、当てては逃げてを繰り返す。
二人は防戦一方になっていた。
俺の横で優雅にたたずむアラクネは余裕そうに口を開く。
「あら、リザードマンもエキドナもたいした事ないわねぇ。」
エフィとティタンのカチンという音が聞こえてくるようだった。
これはまずい。
今まで聞いたことのないほど恐ろしい声で二人は会話する。
「ねえ、ティタン。ワタシに一つ作戦があるの、聞いてくれる?」
「ええ、奇遇ですわね。ワタクシも同じことを考えましたわ。」
「共闘しよう!!」
「共闘しますわよ!!」
見事に声が重なった。
それからは二人は必死で息を合わせようとしながら戦い始める。
・・・がしかし、コンビネーションはあちらの方が上。
付け焼刃程度では全く通用しない。
次第に苛立ち始めるエフィとティタン。
ついにそのコンビネーションに亀裂が入った。
「ちょっと、ワタクシをしっかり守ってくれない!?さっきから攻撃が当たっているのよ!!」
「そっちだってしっかり魔法を当てなさいよ!!」
喧嘩を始める二人。
今にも掴みかからんとするその喧嘩はいつものそれと同じだった。
こんなときにあいつ等は何を考えているんだ!?
俺が叫ぼうとしたその時・・・。
「今は喧嘩している場合じゃないですよ!!今、アタイ達に何が重要かを思い出してください!!」
俺より先にテテスが大きな声で二人を怒った。
エフィとティタンは意外な人物からの叱責に言葉を失う。
テテスが怒るなんて今までになかったことだ。
怒鳴りあうのも忘れ、ぽかんと立ち尽くしている。
「あらら、仲間割れみたいねぇ・・・クスクス。でもね、もう遅いの。もう私の手の中よ。」
アラクネがクイッと手を空にかかげた。
すると蜘蛛の糸が網のようにエフィ達を包み、そして捕らえる。
一瞬、何が起こったかわからない。
その様子を見て、愉快そうにアラクネは網へと近づいた。
「私達がさっきまでスピードに任せて戦っているとでも思った?私達はずっと罠の準備をしていたのよ。でも、お生憎様。もう遅いわ。」
そうか。
さっきまで魔物達が色んなところを駆け回っていたのは、エフィ達を撹乱するためだけじゃない。
全てはこの罠への布石だったのだ。
「ちょっと耳を貸して。」
「何よ?また皮肉でも言うつもり?」
「いいから!!」
エフィとティタンが網の中で何やら話し合っている。
何を話しているのだろうか、そう思った直後。
「行きますわよ、エフィ!!準備はいい!?」
「ええ!!いつでもOKよ!!」
叫んだと同時にティタンの火球で蜘蛛の糸を切る。
炎の中からエフィが網から飛び出した。
彼女は剣を構えている。
「やあああああああっ!!!」
「しまった!?皆、取り押さえて!!」
「遅い!!えいっっっ!!」
剣を槍投げの要領で投げるエフィ。
彼女の剣はアラクネの頬をかすめていった。
頬から鮮血が流れている。
エフィはそのまま魔物達に取り押さえられる。
アラクネは彼女を見下ろして嘲笑った。
「あっはははははは!!最後の望みも絶たれたわよ、ご愁傷様!!」
「そいつはどうかな?俺がまだいるぜ。」
アラクネの言葉にそう言う。
俺は彼女の背後から剣を振り下ろした。
そう、エフィはアラクネに剣を当てようとしたのではない。
最初から俺を縛っている糸を断ち切るために剣を投げたのだ。
アラクネは驚愕しながらも、俺の剣を避ける。
「相手は一人よ!!皆やっておしまい!!」
「「「はいっ!!!」」」
襲い掛かってくる魔物達。
もうすでに俺は秘剣を出す準備はできていた。
剣先に全ての気力を注ぎ込む。
「秘剣弐式 飛(とぶ)ッッッ!!!!」
台風が来たかのような風に魔物達の身体は軽く吹っ飛んだ。
木や岩など色々な所に叩きつけられ、魔物達は気を失ってしまう。
全員ノックアウト。
アラクネは目を丸くして、地面にへたりこんだ。
「嘘・・・。私達が一撃・・・?」
「どうだ、まだやるか?」
ブンブン首を振るアラクネ。
完全に戦意を消失した彼女は泣きそうな目でこちらを見る。
俺は彼女に逃げるよう命じると、仲間たちを起こして一目散に逃げ出した。
他の魔物達もアラクネについていく。
残されたのは俺達だけになった。
「エフィ、なかなかやるじゃないの。」
「ああ。ティタンもな。」
エフィとティタンがガッシリと握手を交わす。
やれやれというため息が自然と漏れでた。
この光景を心待ちにしていたのは俺だけじゃなく、テテスもだったようである。
彼女も心なしか安心した表情を見せた。
やっとこれで・・・。
「それで、エフィ。」
「ん?」
「あの時はよくもワタクシの邪魔ばっかりしてくれましたわね!!」
「そっちこそワタシの邪魔しかしなかったじゃない!!」
「何ですって!?」
「何よ!?」
またいつもの喧嘩を始める。
俺は苦笑いを禁じえない。
テテスが慌てて二人の仲裁に入った。
どうやらテテスも気付いていないみたいである。
確実に二人の仲が良くなっている事に。
ティタンがエフィのことを今日はじめて名前で呼んでいることに、俺は笑みをこぼしていた。
10/06/22 13:34更新 / アカフネ
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