我が家のダメ吸血鬼。
1
今日、友人と一緒に映画を見た。
その映画は妖艶なる夜の王、ヴァンパイアの話だ。
誇り高く広げる黒い翼、射抜くような視線を放つ紅い瞳。
スクリーンに映し出されるその威厳に満ちた姿は観客を全員魅了しただろう。
一緒に見た友人は帰り道に吸血鬼について熱く語っていた。
吸血鬼伝説のルーツである『串刺し公』ヴラド=ツェペシュの伝説、吸血鬼が出てくるマンガのストーリー。
本当に吸血鬼マニアだな、心の底からそう思ってしまう。
そして最後にこう言った。
「あぁ・・・、かっこいいなぁ・・・。もし、現実にいたらきっと映画のになんか負けないぐらいのかっこよさなんだろうなぁ・・・。」
うっとりする友人と別れ、俺は一人黙々と帰路につく。
最後の言葉を頭の中でエコーさせながら・・・。
偉大な夜の王、ねぇ・・・。
まだ6時だというのに秋空はすでに真っ暗だ。
陽が沈んでいる・・・。ということはアイツはもう起きているんだろう。
少し肌寒くなった街道を歩いているとやがて、自分の家が見えた。
カーテンが閉まっていて、その隙間から暖かな明かりがこぼれている。
やっぱり起きているのか・・・。
玄関の前で大きなため息を一度つき、ドアノブに手をかけた。
「・・・ただいま。」
「あ、おかえりワット。どこへ行っていたんだ?」
ダボッとしたスウェットを着た女性がコーヒーを片手に階段を上っていた。
肌は白く、金髪の典型的西洋美人。
寝癖がついているのはおそらく今までずっと布団の中にいたからだろう。
彼女の瞳はみずみずしい鬼灯(ほおずき)のように紅い。
風貌から察する通り、彼女は日本人ではない。
更に言えば、人間ですらない。
「友達と一緒に映画を見て来た。」
「そうだったのか。誰もいないから、少し睡眠をとろうと思ったが・・・。ふぁ、ふあぁ・・・。」
「随分大きいあくびだな。今まで寝てたんじゃなかったのか?」
「いいや、私は昼過ぎからずぅっと部屋でパソコンをやっていた。ふふん、期間限定アイテムフルコンプしたぞ。」
「・・・・・・何をやっているんだお前は。」
「ちょうどいい、夕食がそろそろだったな。じゃあ、リビングに行くとする。」
「おい、まだ食ってなかったのか!?」
「カップ麺もポテチも、昨日の残りでさえもないのだ。・・・それとも血でも冷蔵庫に入れといてくれたのか?」
「んな訳あるかぁっ!!」
俺は彼女の即頭部に手刀を一発、斜め45度の角度で叩き込む。
「ひゃうっ」という小さい悲鳴が聞こえた。
「な、なななな何をする!!痛いではないか!!」
「自分の飯くらい自分で用意しろ!!その調子だと昼も食べていないんだろ!?」
「昼間は太陽が出ているから仕方ないであろう!!」
「材料ぐらいは冷蔵庫に入ってる!!それで作れ!!」
「私には時間がないのだ!!」
「ネトゲーやってる時間を少しは料理にまわせ!!」
おそらく今までの会話で察している方も多いのではないか。
そう・・・、こいつは・・・。
「いい加減にしろ、ダメ吸血鬼!!!」
・・・吸血鬼なのだ。
彼女の名前はリザノール・エルミリア。家族や友人からはリザと呼ばれていたみたいだ。
生まれながらにして身分の高い貴族の名家で育った深窓の御令嬢・・・、らしい。ウチの親父がそう言っていた。
本人も「自分は魔界から来た」というなんともアレな発言をしている。
最初は何の冗談かと思ったさ。
彼女の背中に生えているコウモリの羽根がなければ、到底信じられない。
今はスウェットで隠れているが、背中のほうを見ると羽根の部分だけこんもりとしている。
そもそも何故俺の家に吸血鬼の貴族様がやって来たのかというと・・・。
ウチの親父は外務省の外交官をやっているのだ。
これがまたとんでもない場所の外交官。
親父の担当している国は・・・『魔界』。
信じられないだろう?
だけど事実なんだぜ、しかも国家機密級の。
リザはそこから親善大使として俺の家に派遣されたのだ。
だが、その実態は『偉大な夜の女王(笑)』。
正しい言葉にするならニートと言ったほうが正確かもしれない。
吸血鬼という種族だから、俺が大学へ行っている日中の時間はグースカ寝ている。
それで夜は何をやっているのかというと人のPCを占領し、毎夜ネトゲ三昧。
本人曰く『少しは名の知れたプレイヤー』だそうだ。
「わっ、私のことをダメ呼ばわりしたな!!この愚民が!!」
「愚かさで言えば、ネトゲ中毒の貴族様の足元にも及ばないがなっ!!」
「うるさいっ!!下僕は黙って夕食の準備をすればいいんだ!!」
「誰が下僕だっ!!」
習慣化してしまったレベルの低い罵りあいにため息しか出てこない俺。
ため息をつくと福が逃げるというが、それならば俺なんかもう人生三回分ぐらいの福は逃げている。
「・・・で、夕食は何がいいんだリザ?」
「私はいますっごくオムライスが食べたい。」
「オムライス・・・。冷蔵庫に卵は・・・、あるな。ケチャップも入っている。ご飯はもう少しで炊けるか。あとは鶏肉・・・、無いからハムで代用すっか。」
「あ、それとワカメのスープも!!」
「わかった。」
「ちゃんとコンソメのワカメスープだぞ!!」
「わかったから、あっちに行ってろ。・・・ん?」
「ぬ?」
「お前・・・、少し汗臭いぞ。風呂は入ったのか?」
「・・・あ・・・ああ。今朝入ったぞ、うん。結構長風呂をした・・・。」
「その反応は入ってないってことだな。」
「ぬぐぅっ・・・。い、いいじゃないかっ!!風呂なぞに入らなくてもっ!!」
「そう言えば・・・、昨日も一昨日も風呂に入った形跡が・・・。タオルも俺の分しか洗濯に出ていなかったし・・・。お前いつから風呂に入ってないんだ?」
「・・・き、昨日入ったぞ。」
「正直に言え。」
「・・・一週間前。」
「・・・・・・。」
言葉がうまく出てこない。
また一つ俺の口から福が逃げて行ったようだ。
俺は料理から手を離し、彼女の襟首を引っ張って風呂場へ連れて行く。
「ぬぁっ!!?な、何をするっ!?」
「ともかく風呂へ入ってこい!!終わるまで飯抜きだっ!!」
「そ、そんなぁっ・・・。」
困惑するリザを脱衣所に放り投げて、乱暴にバタンとドアを閉めた。
ブツブツと文句を言う声を無視して再び食材と対峙する。
やがて風呂場の方からシャアアアッというシャワーの音が聞こえてきた。
よし、ちゃんと入ってるみたいだな。
ちなみにウチの風呂はハーブの入浴剤 シャワーヘッドにハーブを詰め込んだノズル。
これも全て真水がダメなリザに対する配慮だというのに・・・。。
彼女が風呂に入ったことを確認した俺は、見えなくなるぐらいに細かくタマネギをみじん切りにする。
もはやペースト状と言っても過言じゃないほど細かくするのには理由があった。
リザはタマネギが嫌いだから、こうでもしないと中々食べてくれない。
何で俺がアイツの好き嫌いを考えなきゃならんのだ・・・。
頭の中で毒づきながら、黙々とケチャップライスを作る。
ケチャップライスの調理を終え、ボールにとかした卵をフライパンに流し込もうと思った瞬間、風呂場から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃああああっ!!」
尋常じゃない悲鳴。
慌ててフライパンの火を止め、風呂場に駆け込む。
「何があった!?」
「目がっ、目がぁ!!ふぇええぇん!!」
そこでは全裸のリザがシャンプーだらけの頭でのたうち回っている。
おそらくシャンプーの泡が目に入ったのだろう。
憤りを通り越して、ただただ呆れてしまった。
しかし・・・、こういう姿ってこうも色気がないものか。
リザは女性の中でも八頭身のモデルのようにスタイルが良く、胸も大きいはず・・・。
なのに、全裸でもそれを意識できない。
「な、何をやってるワット!!助けてくれぇっ!!」
「知・る・か!!シャンプーが目に入ったぐらい自分で何とかしろ!!」
「だから、シャンプーハットが必要だとあれほど言ったじゃないか!!あの道具がなければ、私は1人で髪を洗えないのだ!!」
「お前は子供かっ!!」
「ふぇえええんっ、痛いっ!!目が痛いいぃぃぃっ!!ワットぉぉおぉおぉぉっ!!」」
「わかった!!わかったから頭を出せ!!」
俺はジーンズの裾とロンTの袖をまくりあげ、彼女の金色の髪を洗う。
・・・ったく、本当に手のかかる奴だ。
そんな苛立つ俺をよそに目をギュッとつむった吸血鬼様は呑気に鼻歌を歌いだす。
「こうやって頭を洗ってもらっていると魔界が懐かしくなるな。母様と父様、姉様達元気にしてるのだろうか。」
「へぇ・・・、姉なんていたのか。」
「私の上にはエリス姉様、ユアナ姉様、リリーナ姉様の三人がいるんだ。三人とも凄い人だぞ。しばらくしたら一度魔界に戻ってみるかな。」
とても楽しそうに家族の事を話すリザ。
よほど家族が好きなんだな。
親父が出張族でほとんど家で一人きりの俺にはとても羨ましく思えた。
きっと家族ってこんな感じなのだろう。
「でも、ここの生活も悪くはないぞ。」
「そうか?」
「うむ。魔界にはないモンスターイーターフロンティアとか、グングニルオンラインとかあ・・・痛ぁっ!!」
「お前の頭にはネトゲしかないのか!!・・・いや、お前に何かを期待した俺が馬鹿だったな。」
「無論それだけではない!!それ以外にもあるぞ!!」
「・・・何だ?チャット仲間か?それとも、俺の部屋のマンガやゲームか?」
「ワットの作る食事が美味だ。」
思わぬ一言に手を止めてしまう。
何て返したらいいのかわからなくなった俺は無言でリザの頭を叩いた。
「なっ、何をするっ!?」
「何でもねぇよ!!」
「なら、叩くな馬鹿者がっ!!」
「うっさい!!ほら、シャワーかけるから下を向け!!」
「む・・・、うむ・・・。」
お辞儀をするようにすんなりとリザは頭を下げる。
シャワーを片手に持ち、彼女の髪についたシャンプーを丁寧に洗い流した。
洗ってる最中も思っていたが、本当にきれいな髪だな。
ちゃんと手入れをすればクシ通りも良くなるだろうに・・・。
「ほらよ、一丁あがりだ。」
「うむ。」
俺は脱衣所にある小さいタオルで手と足を拭き、風呂場を後にした。
そして台所に戻ってオムライス作りを再開する。
フライパンに薄く延ばした卵を焦がさないように気を配りながら、少し半熟の状態で火を止めた。
盛り付けていたケチャップライスにそれをそっとかぶせる。
2人分のオムライスを完成させ、次はワカメスープにとりかかる。
それほど難しい料理でもないので時間をかけることもなくあっさりと完成させた。
出来上がった2品をテーブルに運び、準備は完了。
まるでこのタイミングを見計らったかのようにリザが風呂から上がってくる。
「ほら、完成だ。早くテーブルに・・・っておい!!!」
「ん、何だ?」
「何だじゃない、おまっ、服、服っ!!」
「何だ騒々しい。」
「服ぐらいしっかり着ろ!!下着姿じゃないか!!」
「スウェットの替えを部屋に置いてきてしまったのだ。・・・ん?もしや・・・、私のこの肢体に欲情でもしたのか?これだから童貞は。」
「んな訳ねぇっ!!それと童貞言うなっ!!」
「ほら、どうした?顔が赤いぞ。図星か、図星なのか。あはははは。」
「くっ・・・、この・・・。」
「んん?触ってもいいんだぞ?ほれほれ、うりうりうぐぁっ!!??」
「いい加減にしろっ!!」
「・・・み、みぞおちは、反則だ。」
「馬鹿やってないでさっさと服を着て来い!!」
「は〜い・・・。」
リザはよろめきながら着替えを取りに行く。
まったく・・・、あいつには恥じらいという物がないのだろうか・・・。
・・・おそらくない、あいつにある訳がない。
妙な虚無感と気だるさに襲われていると、やがて黒のスウェットを着て一階に下りてきた。
彼女がテーブルにつくと同時にオムライスを見て歓喜の声を上がる。
「オムライスだ!!これこそ私が待ち望んでいたオムライスだ!!」
「子供じゃないんだからはしゃぐな。」
「何を言っておる!!私の幼き頃からの大好物だぞ、嬉しくないはずがないだろう!!」
「わかったわかった。そんなら冷えて固くなる前に食べちゃえ。」
「うむっ!!・・・むぐむぐ。美味い!!美味いぞワット!!」
ここまでおいしそうに食べてもらえると俺も作った甲斐があるというものだ。
少し頬が緩んでしまう。
しかしまあ、よくこれだけキレイに食べられるな。
食べこぼしなどない、それどころか唇にケチャップすらつけない。
それでいて大口を開ける訳ではないのだから、見ているだけで気品を感じた。
この上品さからすると貴族というのも嘘ではないだろう。
後はあのダメ人間な生活を何とかして欲しいものだ。
「良かったら俺の分も食うか?」
「いいのか!?」
「ああ。映画館で食べたポップコーンで少しむっとしているんだ。食べてくれるなら俺も助かる。」
「わかった!!それももらおう!!」
屈託のない笑顔でオムライスを食べ進めるリザ。
本当に裏表のない性格だな、と思った。
・・・この場合、バカ正直のほうが正しいのか。
どちらにせよ悪いヤツではないし、好感の持てる性格である。
「・・・そういえば、今何時だ?」
「ん・・・?7時28分・・・だな。」
「うあっ!!!??すっかり忘れていたぞ!!!今日7時半から仲間と一緒にジャガラス討伐なのだ!!!」
リザは椅子を倒しそうになるほど勢い良く立ち上がる。
食べ終わったオムライスの皿をそのままテーブルに放置して部屋へと駆けていった。
せめて片付けていけよ・・・。
そう言おうとしたが、もう彼女はリビングから姿を消している。
やりきれない思いを残したままため息をひとつついて、誰もいなくなった食卓で俺はひとり夕食の片付けを始めた。
2
それは大学の講義が終わり、さっさと家に帰ろうと玄関で靴を履き替えていた時だった。
突然高校時代からの親友、桜場 雪広(さくらば ゆきひろ)に呼び止められた。
雪広は満面の笑みを浮かべ、俺に擦り寄ってくる。
「なぁなぁ、環人〜。」
「何だ暑苦しい、気色悪いからひっつくな。」
「今日さ、どこかへ飲みに行こうぜ。もちろんお前のおごりで。」
「何故、俺のおごりなんだよ。つーか、誘ったのはお前なんだからお前がおごれよ。」
「いや〜・・・、今月バイト代少なくてさ。そんな余裕ないんだよね〜。」
「なら、飲みに行くな。以上。」
「ふわっ!?ひ、ひどすぎるぜ環人さんっ!!アンタにゃ血も涙もないのか!!」
半べそをかきながら、俺の服の裾を引っ張る雪広。
うざったい事この上ない。
俺はヤツの手を振り解き講義棟から外に出る。
それでもなお雪広は引き下がろうとしない。
「お願いします〜、環人様〜。」
「しつっこいな。何があったのかよ?」
待ってました、と言わんばかりの表情。
やっべ・・・、完全に墓穴掘った。
こういう顔をするって事は絶対何かあったな。
聞かなければ、このまま平和な帰り道を満喫できたのに・・・。
「実はな・・・、彼女に振られちゃったんだよぉっ!!!」
「あ、そう。さよなら。」
「ふぅぉおおおぉっ!!完全にスルーですか!?シカッティングですか!?」
「知るか。どーせまた彼女が隣にいるのに他の女の子に声かけたり、ナンパをしてるところを見つかったりしたんだろ?」
「違う!!俺はそんな軽薄な男じゃない!!」
「じゃあ・・・、後姿だけ見てナンパした女の子が彼女だったとかか?」
「う、うぐぅっ!!?何故それをっ!!」
「当たってるのかよ。」
呆れて物も言えない。
雪広はルックスはいいのだが、頭がなんとも残念なヤツ。
えーと・・・、これで62連敗だっけか?
本当に懲りないヤツだ、一度刺されてみればいいと思うぞ。
「おまえ・・・、その女癖、どうにかした方がいいぞ。」
「俺は美の探究者なんだ、求道者なんだ、修験者なんだっ!!可愛い女の子を見たら、声をかけるのが礼儀だろう!!」
いや・・・、そんなに清々しく言われても・・・。
ここまで同情する気が起きない失恋話も珍しい。
返す言葉を考えるのも面倒くさくなり、雪広を無視して帰ろうと思ったその瞬間・・・。
「お、環人とバカ広じゃん。」
「げぇっ!!あ、有純ぃっ!?」
お、ちょうど良い相手が来た。
この黒髪ロングの女子は森本 有純(もりもと あずみ)。
雪広の幼なじみ兼保護者的存在だ。
気が強いタイプで有純だけには雪広も頭が上がらない。
何でも雪広と幼稚園、小学校、中学校と同じだったらしい。
高校だけは別だったらしいので、大学に入るまで俺は彼女のことを知らなかった。
有純がいると雪広の相手をする疲労度が75%ダウンするので俺としては非常にありがたい。
このまま、雪広を有純に預けてさっさと帰ろう。
「で、何の話をしてるんだ?」
「有純には関係ないっ!!これはっ、男同士の秘密の会話だ!!女はすっこんでろっ!!」
「へぇ・・・、バカ広のくせに言うじゃない。」
鋭い笑みを浮かべた後、ひょいと雪広の身体を持ち上げる。
彼女は護身術として小さい頃からキックボクシング、太極拳、少林寺拳法、ブラジリアン柔術、カポエラなどを習ってきた。
更に無類の格闘技趣味が合わさって、細身の女性とは思えないほど腕っ節が強い。
言うなれば、人間兵器。
殺戮マシーンだ。
「へ?ちょっと有純、タンマタンマ!!お前がそれをやると俺の背骨が・・・。」
「ゴー・トゥー・ヘェェエェルッ!!!」
「あぎゃああああああああああああああああっ!!!」
ゴキゴキゴキィッ!!!
アルゼンチン・・・、バックブリーカー・・・。
雪広の背骨がキュートな(生々しいとも言う)音を立てて崩れ去る。
その後、雪広はくたりと液体のように地面に広がった。
天罰とはこの事か。
「で、環人。何の話をしてたんだ?」
「いやな、雪広が飲みに行きたいからおごってくれって。」
「飲みにか、アタシも賛成だぞ。」
「自分の分は自分で出せ。俺はおごらんぞ。」
「いやな、前アタシの家でやった飲み会の残りがまだまだ結構あるのよ。それを使ってくれない?」
「そうか。じゃあ、また誰かの家でやるか。酒を少し買い足して。」
「それは名案ね。・・・お、ちょうどいい所に。おーーーい、優華ーーーっ!!」
有純が大きく手を振って見知った顔を呼んだ。
それに気づいた女の子はタタタッとこちらに駆けてくる。
この栗色のセミロングの女の子は栗原 優華(くりはら ゆうか)。
大学で知り合った女の子で、先日一緒に吸血鬼の映画を見に行った。
そう、冒頭で話していた吸血鬼マニアの友人である。
優華は有純の高校時代の友人で、有純と一緒に俺達と行動するようになった。
ちなみに彼女はモテる、尋常じゃないくらいに。
だが未だ成功した人物はおらず、大学で「不落城」と噂されている。
「どうしたの、有純?」
「今日さ、環人の家で宴会やるんだけど優華も来るでしょ?」
「有純っ、何を勝手に!!?」
「環人くんの家!?・・・うん、行く!!環人くんの家に行ってみたい!!」
「よし、決定!!」
「勝手に決めるな!!第一、何故に俺の家なんだよ!!」
「この前は私の家、その前は雪広・・・。そうなれば次は環人の家に決まってるね。それとも何?環人は優華の家にすればいいとでも言うつもり?未婚の女性の家なのに?」
「うぐぅっ・・・。・・・わ、わかった。ちょっと待ってろよ。」
やばい・・・。
非常にやばい・・・。
リザの存在がバレたら、同棲だの何だのと言われて今夜の宴会の肴になってしまう。
それだけはなんとしてでも避けねば・・・。
俺は慌ててポケットからケータイを取り出し、電話帳の欄から『自宅』を選択する。
頼む、起きていてくれよ・・・。
プルルルルルル・・・。
プルルルルルル・・・。
ガチャッ。
よし、繋がった!!
『黒澤です。只今、留守にしていますのでご用件のある方は・・・。』
・・・と思ったら自分の声が耳元に響いてきた。
俺は指先にほんの少しの怒りを込めながら、ケータイの通話終了ボタンを押す。
肝心なときに役に立たないヤツだ。
だが、今は憤慨している時間すらもったいない。
俺はコンマ0.2秒で次の作戦を頭の中で画策する。
とりあえずリザが寝てる間にこの三人を家に連れて行く。
↓
家に到着後冷蔵庫を探すフリをしながら酒やつまみが足りないと言って三人には買出しに行ってもらう。
↓
買出しに行っている間にリザを叩き起こし、webマネーをちらつかせて二階の俺の部屋から一歩も出させないようにする。
↓
三人が帰ってくる時には何事もなかったかのような顔をして、楽しい宴会へ。
我ながら完璧な作戦だ。
リザは3000円ぐらいのwebマネーを餌にすればコロッと釣られてくれる。
少し痛い出費だが、俺の平穏な宴会のためには必要最小限の対価だろう。
はははははは、俺の未来には栄光の架橋しか見えないぜ!!
「・・・わかった。俺の家でやろう。その代わり、ちゃんと会費はとるぞ。」
「やった!!さすが環人、空気が読めるわね。」
「大丈夫なの?さっきまで環人くん追い詰められたような顔してたけど。」
「心配ないさ!!今の俺に敵は無い!!つーか、雪広そろそろ起きろ。これから宴会だぞ。」
「環人・・・、お前には親友に対するいたわりの心とかないのか・・・。」
「「ない。」」
ピッタリ俺と有純の声が重なった。
これプランは完成、後は運を天に任せるのみ・・・。
俺は一人凱旋するような気持ちで、一歩一歩踏みしめながら家に向かう。
この時大学のさびれた門が、栄光のゴールに見えたのはおそらく俺だけだった。
3
有純の家に行って酒の缶がたくさん詰まった袋を取ってきた俺達は、自分の家に一番近い地下鉄の駅を降りる。
秋にもなるとすでに空は暗くなっていた。
いつも通学する家の前の通りを歩きながら、俺は一人頭の中で作戦を暗唱する。
もちろん回りに気づかれないように、だ。
他の三人はワイワイ話していて、自分もあたかも話に参加してますというような素振りで俺は大通りを闊歩する。
嫌な緊張感が鼓動をよりうるさく鳴らした。
「そういえば、環人の家に行くのずいぶん久しぶりだなー。高校3年の時以来じゃなかったか?」
「そうなの?」
「ああ。コイツの家、親父さんが外交官だから親は滅多に家にいないのさ。だから、いっつも俺は暇さえあれば環人の家に入り浸っていたんだよ。な、環人?」
「あ・・・、ああ。うん、そうだったな。」
「へー。」
「なんだけどよぉ、最近ずぅーっと家に呼んでくれなかったよな?何でだ、環人。」
女性(人間じゃないけど)が同居しているとは口が裂けてもいえない。
俺は頭の半分で暗唱しながら、口では適当なことを言う。
「いやさ、こいつ俺の家に来るたび部屋を散らかすもんだからさ。そん時ちょうど運悪く、親父が帰ってきてね。そんで、あまり人を呼ばないよう注意を受けたのさ。」
「何だ、全部アンタのせいじゃないバカ広。」
「ええ・・・!?俺、そんなに散らかしたっけ?」
「したした。出したものをゲーム棚とか本棚にしまわず、そのまま帰っていったりしたじゃん。」
「うぅ・・・、そう言われればそんな気もする。」
よし、乗り切った!!
ここまで順調に行くと怖いくらいだ。
あれ?これ俺勝てたんじゃね?
うっし、今日は皆で祝杯だな。
今夜の楽しい宴会を想像して一人わくわくする俺。
あとは最後の詰めを失敗しないようにしないと・・・。
「お、あれが環人の家だぜ。」
「え?どこどこ?」
「ほら、あの白い大きい家。屋根が赤くて、ベランダがある。」
「わぁ・・・、あれが環人くんの家なのかぁ・・・。」
そうして俺達はスタスタと玄関を登る。
カバンの中から鍵を取り出して、それをひねりロックをはずした。
そうして勢い良くドアを開けて皆を招き入れる。
「さぁ・・・、皆入ってく・・・。」
「おお、ワット。早いではないか、私は腹が減ったぞ。」
ドアを開けた瞬間、スウェット姿のリザがいた。
あまりのことに石化する俺。
おいおい・・・、さっきまで寝てたんじゃなかったのか・・・?
せっかくここまで順調に来たのに・・・。
何故か泣きそうになってしまった。
背中に嫌な汗が滲む。
終わった・・・、これで本日の宴会の肴決定だ・・・。
失意のまま俺は顔を上げて、雪広達の顔を見る。
・・・へ?
顔を上げたその瞬間、一人の表情に俺の目は釘付けになった。
優華の顔だ。
彼女の顔には驚きと悲しみの表情が混濁しており、目の端には涙を浮かべている。
訳もわからずボーゼンとしていると、そのままダッと駆け出していく優華。
「お、おい・・・。」
ボグッ!!!!!
「ワット!!!??」
頬に鋭い痛みが走る。
俺の身体は力なく玄関の靴脱ぎ場に倒れこんでいた。
倒れこんだ俺を憎々しげな表情で見下ろす有純。
・・・どうやら俺は有純に殴られたらしい。
何が起きたか理解できず困惑する俺。
そして有純はそのまま優華が駆け出した方向へ追いかけていった。
俺も立ち上がり、二人を追いかけようとする。
しかし、俺の肩は雪広に掴まれていて身動きがとれない。
「おい・・・。お前どういうことだ?」
「どういうことって・・・、何がだよ?」
「とぼけんな!!!お前、自分が何をしたのかわかってるのかよ!!」
・・・どういうことだ?
まるっきり話が見えない。
あまりの不可解さに俺の腹の底から沸騰寸前の怒りが湧き上がってくる。
怒りは腹の底から俺の口を伝って、雪広へとぶつかっていった。
「何だってんだよ!!!」
「お前は・・・、優華と付き合ってんだろ!?昨日、一緒に映画へ行ってたじゃねぇか!!!なのに、家に女連れ込むなんてどんな神経してんだ!?」
「・・・は?」
今、何て言ったんだ・・・?
俺と優華が・・・、付き合ってる・・・?
いや確かに映画は一緒に行ったが告白された覚えもないし、そういう関係になった事実もない・・・。
俺が本気で首を傾げていると雪広は不思議そうな顔をする。
「・・・おい。まさか・・・、まだ・・・。・・・付き合ってないのか?」
「まず、どこから付き合うどうこうの話になったのか聞きたい。」
「・・・え?お前気づいてないのか?」
「は?」
「優華は・・・、お前の事が好きなんだよ。」
「はぁああぁぁああぁっ!!!??」
思わぬ雪広の言葉に俺は大声を上げてしまう。
その声にびっくりしたのか、それとも何か別な事でびっくりしたのか雪広はだらしなく口を開けていた。
俺も雪広も放心状態に陥る。
・・・だが、こんな事をしている場合じゃない。
「・・・まあ、いい!!とにかく、優華を追わないと!!」
「お、おお・・・。なあ、環人。」
「何だ?」
「・・・ゴメン。」
「今はそんなこといい。一番は優華を追うことだ。リザ手伝ってくれ。」
「あ、ああ。さっきの女の子を追えば良いのだな?」
俺達は家を駆け出し、優華が向かっていった方向へと進む。
しばらく薄暗くなった道を走っていると、そこには有純がいた。
彼女も必死で探していたのか、肩で息をしている。
こちらに気づくと有純は腹だしげな表情で掴みかかってきた。
殴りかかろうとする彼女と俺の間に雪広が必死で止めに入る。
「邪魔よ、雪広!!一発コイツを殴っておかないと・・・。」
「違うんだ、有純!!優華と環人はまだ付き合ってないんだっ!!」
「嘘ッ!!昨日、映画に行く前の優華のメールに『今日、絶対告白する』って書いてたのよ!?全部、責任から逃れたいコイツの嘘に決まってるじゃない!!』
「落ち着けっ!!それで優華から成功したってメールは来たんだっけ!?」
「・・・それは来てないけど。でもっ、今日の朝すっごい笑顔で『環人くんと映画、楽しかった!!』って言ったのよ!!」
「まあ、ここは一回落ち着け!!優華に話を聞けばわかる!!」
「・・・ふん!!」
投げ捨てられるような状態で、俺の身体は地面に倒れこむ。
おそらく雪広の仲介が無ければ、俺は殺されていたかもしれない。
それぐらいの剣幕で怒鳴りつけられ、声一つ出なかった。
雪広には感謝しないとな・・・。
「とりあえず俺はあっちを探す!!有純はこっち、環人はそっちへ!!えと、君は・・・。」
「ん、私か?私はリザノールだ。」
「リザノールさんはそっちの方を!!ここからは分かれて、優華を探そう!!」
「わかった!!」
ちょうど十字路それぞれの方向に散らばる。
雪広が指さした道を俺は真っ直ぐ進んでいった。
俺が進む方向には公園と学校がある。
学校までに見つからなければ引きかえして他を探そう、そう思った。
秋も深まって身体に応える寒さなのに、それをまったく感じさせないほど身体中が熱い。
このまま走っていれば火がつきそうだ。
「ぜぇ・・・っ、ぜぇ・・・。」
呼吸するのだけでも死にそうなほど苦しい。
それでも持てるだけの集中力で優華の姿を探す。
すると公園の中で一人の女の子がいかにもガラの悪そうな男達3人に囲まれていた。
その女の子の姿を見て俺は目を丸くする。
間違えるはずも無い、彼女は・・・、優華だ。
俺は慌てて、彼女の元へと駆け寄っていく。
「どうしたんだい?そんな悲しそうな顔をして・・・。ひひひ。」
「お、おい。この子、むっちゃ可愛いんじゃね?」
「そんな悲しそうな顔してないでさ、俺達と遊ばない?」
「・・・ひっ。嫌だ・・・、離してください・・・。警察を呼びますよっ・・・。」
「警察だって!!あはははは・・・。」
「ねぇねぇ、俺、気が強い女の子って大好きなんだ。君に惚れちゃったみたいだよ。」
「どこへ行く?ゲーセン?カラオケ?・・・それともホテルでも?へへへっ。」
「い、いやっ・・・!!」
「ゼェ・・・ゼェ・・・。す、すいません。・・・その子、俺の連れなんです。」
「あ?!」
俺は強引に不良と優華の間に入り、彼女の手を引っ張って連れて行こうとした。
・・・が、ヤンキーの一人が俺の胸倉を掴み顔を覗き込む。
「わかるかな?今、俺達はナンパをしてるんだよ。冴えない顔してるのはさっさとどこかへ消えやがれ。」
そう言って俺を突き飛ばす。
それでも絶対に引き下がらない、いや、引き下がれる訳がない。
立ち上がってもう一度、俺は彼女の腕を強引に引いて連れ出そうとする。
「しつけぇんだよっ!!!」
顔面に拳がめり込む。
俺の身体はふがいなく吹っ飛んだ。
公園の土の感触をかみ締めながら再び地面へと倒れこむ。
正直、痛い・・・。
けどさっき有純に殴られたほうがずっと痛い。
飛びそうになる意識の中、俺は再び優華へと向かって立ち上がる。
「あぁ?!マジうぜぇ、そこで寝てやがれ!!」
また一発みぞおちに拳が入った。
喉の奥から上がってきた胃酸の味が口中に広がる。
それでも俺は歯を食いしばり、意識だけは保とうと努力する。
「も、もう・・・。やめて・・・、お願い・・・。」
地面に座り込んで泣き始める優華。
そんな姿を見たら、なお引き下がれない。
自分の足に喝を入れながら、一歩一歩前へ進む。
不良も痺れをきらしたのか三人同時に俺の方へ歩み寄ってきた。
「正義のヒーロー気取りかよっ!!正直、暑苦しいだけだっつーの!!」
「家に帰ってママにでも泣きついてきなっ!!」
ドゴッ、ゴスッ!!
骨と骨がぶつかる嫌な音。
腹部に突き刺さる鈍い音。
それらの音しか聞こえなくなってきた。
周囲の音がまったく聞こえない。
なのに頭だけは異様にスッキリとしている。
身体の感覚だけ綺麗に削げ落ちたかのように何も感じる事ができなかった。
ああ・・・、このまま俺は死ぬのかな・・・。
そんな時だった。
「いい加減にせぬか!!下衆ども!!」
不良達の後ろから声がした。
俺から視線を外し、声の主の方へ振り返る不良達。
そこには・・・、リザが立っていた。
「おいおい・・・、今度は金髪美人の登場だぜ。へへへ。」
「ああ、今日の俺達ついてるな。」
「スェット姿だけど、とんでもない上玉だ。ししし、俺わくわくしてきたぞ。」
ヤンキーの一人がリザへと近づいていく。
しまりのない笑みを浮かべて・・・。
まずい・・・、リザ逃げろ・・・。
「君もこの弱っちいの友達?こんなダサいの放っておいて俺達と遊ぼうぜ。どこでも連れて行って・・・。」
ドゴォッ!!!
「はぶぅっ・・・!!??」
不良の身体は宙で2、3回転した後、鈍い音を立てて地面へ着地した。
・・・何が起こっているんだ?
俺は今起こったことに目を疑ってしまう。
拳ひとつで・・・、不良を殴り飛ばした・・・?
「何だ、この程度か。力自慢にしては弱すぎるな。」
「このぉっ、女だと思って油断してりゃあ・・・。顔の形が変わっても文句言うなよっ!!!」
二人がかりでリザに殴りかかる不良達。
ため息ひとつつきながら、リザは身体をひょいと反らせ拳をよける。
そのまま彼女は足を大きく上げて、不良の顎を蹴り上げた。
「ぐぅあっ!!!」
「遅い遅い。それに弱い。お前等は口だけなのか?」
リザの言葉がカチンときたのか、不良達は三人がかりでリザを仕留めにかかる。
それでも彼女は慌てる様子もない。
舞を踊るような華麗な動作でリザは全ての攻撃をかわした。
あくびをしながらこう言う。
「弱いなぁ・・・、退屈だ・・・。お前等ごときの攻撃、当たりそうもないな。・・・では、こっちから行くぞ。」
「うぐっ!!」
「ふあっ!!!!?」
「うげぇっ!!!」
三人相手だというのに余裕の表情を浮かべ、次々と武術を叩き込むリザ。
不良達はなすすべなくリザの攻撃の餌食になる。
まるでサンドバックだ。
あっという間に不良三人は戦意を消失して逃げ出そうとする。
「・・・どこへ行くのだ?」
「「「ひ、ひぃっ!!!?」」」
「まだまだ序の口だぞ。今夜は・・・、悪い夢を見ていくが良い!!」
その言葉と同時にスウェットの背中からコウモリの羽根が広がる。
昨日見た映画の吸血鬼の姿がリザに重なって見えた。
これが・・・、ヴァンパイア・・・。
何故だろうか。
本来恐怖すべきその姿に美しさを感じてしまったのだ。
4
「あ、いてて・・・。」
「ゴ、ゴメンねっ、環人くん。」
殴られたところに消毒用アルコールがよく染みる。
さっき鏡を見たら自分の顔がひどいことになっていたのだから当然か。
あの後不良達は見るも無残なほどにリザに打ちのめされた。
まさに自業自得とはこのことだが、若干の同情を覚えないわけでもない。
更に不良にとって災難なのは有純にも見つかったことだ。
あの時の有純の怒りようは半端じゃなかった。
骨の砕ける音が聞こえた・・・、ような気がする。
最後はもはや精神的にも肉体的にもボロボロでボロ雑巾状態。
生きているのかどうかさえ不安になった。
そして、俺の傷の手当てをするためにこうして家に戻ってきたのだ。
「環人・・・、大丈夫か・・・?」
「うん・・・、何とか大丈夫、雪広。・・・それと。」
俺は有純の方に目を向ける。
彼女はずっと土下座したままだ。
何度俺がもう気にしていないと言っても顔を上げようとしない。
「有純、もう気にしてないぞ、な?」
「私の早とちりで環人にはとんでもない事をしたんだ・・・。ごめんなさい・・・。」
「大丈夫だって、な?俺は平気だから・・・。」
ピクリとも顔を上げようとしない有純。
よほど罪悪感を感じているのだろう・・・。
声も震えている。
優華は昨日告白しようと決意したのだが、やはりいざという時に勇気が出ず告白はできなかったらしい。
それでも有純に心配かけたくなくて、朝元気なフリをして『環人くんとの映画、楽しかった!!』と言ったそうだ。
まあ、状況が状況なだけに仕方なかったこともあるだろう。
確かに付き合ってる彼女がいるのに、他の女を家に上げるなど言語道断だ。
優華の親友として、俺を殴ったのだろう。
こんなんなるなら肴になることを覚悟してでもリザの事を伝えるべきだったな。
「・・・あれ、そういえばリザは?」
「ああ、リザノールさんなら二階へ上がって行ったよ。なんでも友人との約束があるみたい。」
おいおい・・・、またネトゲーか・・・。
でもまぁ、今日は許してやろう。
あいつも頑張ったことだし、正直な話見直した。
いい所あるんだな・・・、あいつ・・・。
「・・・環人くん。」
「ん?」
「今日こそちゃんと伝える。私・・・、栗原優華は・・・環人くんのことが好きです・・・。」
「ん・・・、おお・・・。」
心臓が一度大きく飛び跳ねる。
来るとは思っていたのだが、本当に言われるとこうまでも緊張するものなのか。
俺はほおをポリポリとかく。
「ええと・・・。」
「ぬぅおおおおおおおおおっ!!!!」
二階からドタドタと騒がしい音を立てて階段を下りてくる足音が・・・。
ぎょっとして階段の方を見た。
ものすごい形相をしたリザがこちらに駆け寄ってくる。
「ダメだ!!!ダメだ、ダメだ!!!!」
「ぐえっ!!!??」
襟首を引っ張り、俺の頭を自分の方に引き寄せるリザ。
・・・おい、俺はケガ人なんだぞ・・・。
「これは私の所有物だ!!!誰にも渡さぬ!!!」
「・・・え?・・・え?」
「ワットはもう一生私の下僕として、購入しているのだ!!いくら積まれても譲らぬっ!!!」
「おい!!??俺はモノかよ!!??」
「ああ・・・、でもグングニルオンラインのクレハの剣をくれるなら考えてもいいかなぁ・・・。」
「俺の価値はそのなんとやらの剣以下なのか!?」
「当たり前であろう!!絶版アイテムとワットを比べるなど、絶版アイテムに失礼であろう!!」
前言撤回。
コイツのことを見直すのはやめた。
また口から福が逃げていく。
「・・・それで返事は?環人くん。」
「へ?」
「もちろんNOに決まっているだろう!!な!?ワット!!!」
「へ?」
二人に迫られる俺・・・。
その二人の板ばさみになりながら、天に願う。
神様・・・、俺の平和な日常を返してください・・・と。
身体を思い切り揺さぶられながら、俺はかつて浸っていたはずの平穏な日常を思い出していた。
今日、友人と一緒に映画を見た。
その映画は妖艶なる夜の王、ヴァンパイアの話だ。
誇り高く広げる黒い翼、射抜くような視線を放つ紅い瞳。
スクリーンに映し出されるその威厳に満ちた姿は観客を全員魅了しただろう。
一緒に見た友人は帰り道に吸血鬼について熱く語っていた。
吸血鬼伝説のルーツである『串刺し公』ヴラド=ツェペシュの伝説、吸血鬼が出てくるマンガのストーリー。
本当に吸血鬼マニアだな、心の底からそう思ってしまう。
そして最後にこう言った。
「あぁ・・・、かっこいいなぁ・・・。もし、現実にいたらきっと映画のになんか負けないぐらいのかっこよさなんだろうなぁ・・・。」
うっとりする友人と別れ、俺は一人黙々と帰路につく。
最後の言葉を頭の中でエコーさせながら・・・。
偉大な夜の王、ねぇ・・・。
まだ6時だというのに秋空はすでに真っ暗だ。
陽が沈んでいる・・・。ということはアイツはもう起きているんだろう。
少し肌寒くなった街道を歩いているとやがて、自分の家が見えた。
カーテンが閉まっていて、その隙間から暖かな明かりがこぼれている。
やっぱり起きているのか・・・。
玄関の前で大きなため息を一度つき、ドアノブに手をかけた。
「・・・ただいま。」
「あ、おかえりワット。どこへ行っていたんだ?」
ダボッとしたスウェットを着た女性がコーヒーを片手に階段を上っていた。
肌は白く、金髪の典型的西洋美人。
寝癖がついているのはおそらく今までずっと布団の中にいたからだろう。
彼女の瞳はみずみずしい鬼灯(ほおずき)のように紅い。
風貌から察する通り、彼女は日本人ではない。
更に言えば、人間ですらない。
「友達と一緒に映画を見て来た。」
「そうだったのか。誰もいないから、少し睡眠をとろうと思ったが・・・。ふぁ、ふあぁ・・・。」
「随分大きいあくびだな。今まで寝てたんじゃなかったのか?」
「いいや、私は昼過ぎからずぅっと部屋でパソコンをやっていた。ふふん、期間限定アイテムフルコンプしたぞ。」
「・・・・・・何をやっているんだお前は。」
「ちょうどいい、夕食がそろそろだったな。じゃあ、リビングに行くとする。」
「おい、まだ食ってなかったのか!?」
「カップ麺もポテチも、昨日の残りでさえもないのだ。・・・それとも血でも冷蔵庫に入れといてくれたのか?」
「んな訳あるかぁっ!!」
俺は彼女の即頭部に手刀を一発、斜め45度の角度で叩き込む。
「ひゃうっ」という小さい悲鳴が聞こえた。
「な、なななな何をする!!痛いではないか!!」
「自分の飯くらい自分で用意しろ!!その調子だと昼も食べていないんだろ!?」
「昼間は太陽が出ているから仕方ないであろう!!」
「材料ぐらいは冷蔵庫に入ってる!!それで作れ!!」
「私には時間がないのだ!!」
「ネトゲーやってる時間を少しは料理にまわせ!!」
おそらく今までの会話で察している方も多いのではないか。
そう・・・、こいつは・・・。
「いい加減にしろ、ダメ吸血鬼!!!」
・・・吸血鬼なのだ。
彼女の名前はリザノール・エルミリア。家族や友人からはリザと呼ばれていたみたいだ。
生まれながらにして身分の高い貴族の名家で育った深窓の御令嬢・・・、らしい。ウチの親父がそう言っていた。
本人も「自分は魔界から来た」というなんともアレな発言をしている。
最初は何の冗談かと思ったさ。
彼女の背中に生えているコウモリの羽根がなければ、到底信じられない。
今はスウェットで隠れているが、背中のほうを見ると羽根の部分だけこんもりとしている。
そもそも何故俺の家に吸血鬼の貴族様がやって来たのかというと・・・。
ウチの親父は外務省の外交官をやっているのだ。
これがまたとんでもない場所の外交官。
親父の担当している国は・・・『魔界』。
信じられないだろう?
だけど事実なんだぜ、しかも国家機密級の。
リザはそこから親善大使として俺の家に派遣されたのだ。
だが、その実態は『偉大な夜の女王(笑)』。
正しい言葉にするならニートと言ったほうが正確かもしれない。
吸血鬼という種族だから、俺が大学へ行っている日中の時間はグースカ寝ている。
それで夜は何をやっているのかというと人のPCを占領し、毎夜ネトゲ三昧。
本人曰く『少しは名の知れたプレイヤー』だそうだ。
「わっ、私のことをダメ呼ばわりしたな!!この愚民が!!」
「愚かさで言えば、ネトゲ中毒の貴族様の足元にも及ばないがなっ!!」
「うるさいっ!!下僕は黙って夕食の準備をすればいいんだ!!」
「誰が下僕だっ!!」
習慣化してしまったレベルの低い罵りあいにため息しか出てこない俺。
ため息をつくと福が逃げるというが、それならば俺なんかもう人生三回分ぐらいの福は逃げている。
「・・・で、夕食は何がいいんだリザ?」
「私はいますっごくオムライスが食べたい。」
「オムライス・・・。冷蔵庫に卵は・・・、あるな。ケチャップも入っている。ご飯はもう少しで炊けるか。あとは鶏肉・・・、無いからハムで代用すっか。」
「あ、それとワカメのスープも!!」
「わかった。」
「ちゃんとコンソメのワカメスープだぞ!!」
「わかったから、あっちに行ってろ。・・・ん?」
「ぬ?」
「お前・・・、少し汗臭いぞ。風呂は入ったのか?」
「・・・あ・・・ああ。今朝入ったぞ、うん。結構長風呂をした・・・。」
「その反応は入ってないってことだな。」
「ぬぐぅっ・・・。い、いいじゃないかっ!!風呂なぞに入らなくてもっ!!」
「そう言えば・・・、昨日も一昨日も風呂に入った形跡が・・・。タオルも俺の分しか洗濯に出ていなかったし・・・。お前いつから風呂に入ってないんだ?」
「・・・き、昨日入ったぞ。」
「正直に言え。」
「・・・一週間前。」
「・・・・・・。」
言葉がうまく出てこない。
また一つ俺の口から福が逃げて行ったようだ。
俺は料理から手を離し、彼女の襟首を引っ張って風呂場へ連れて行く。
「ぬぁっ!!?な、何をするっ!?」
「ともかく風呂へ入ってこい!!終わるまで飯抜きだっ!!」
「そ、そんなぁっ・・・。」
困惑するリザを脱衣所に放り投げて、乱暴にバタンとドアを閉めた。
ブツブツと文句を言う声を無視して再び食材と対峙する。
やがて風呂場の方からシャアアアッというシャワーの音が聞こえてきた。
よし、ちゃんと入ってるみたいだな。
ちなみにウチの風呂はハーブの入浴剤 シャワーヘッドにハーブを詰め込んだノズル。
これも全て真水がダメなリザに対する配慮だというのに・・・。。
彼女が風呂に入ったことを確認した俺は、見えなくなるぐらいに細かくタマネギをみじん切りにする。
もはやペースト状と言っても過言じゃないほど細かくするのには理由があった。
リザはタマネギが嫌いだから、こうでもしないと中々食べてくれない。
何で俺がアイツの好き嫌いを考えなきゃならんのだ・・・。
頭の中で毒づきながら、黙々とケチャップライスを作る。
ケチャップライスの調理を終え、ボールにとかした卵をフライパンに流し込もうと思った瞬間、風呂場から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃああああっ!!」
尋常じゃない悲鳴。
慌ててフライパンの火を止め、風呂場に駆け込む。
「何があった!?」
「目がっ、目がぁ!!ふぇええぇん!!」
そこでは全裸のリザがシャンプーだらけの頭でのたうち回っている。
おそらくシャンプーの泡が目に入ったのだろう。
憤りを通り越して、ただただ呆れてしまった。
しかし・・・、こういう姿ってこうも色気がないものか。
リザは女性の中でも八頭身のモデルのようにスタイルが良く、胸も大きいはず・・・。
なのに、全裸でもそれを意識できない。
「な、何をやってるワット!!助けてくれぇっ!!」
「知・る・か!!シャンプーが目に入ったぐらい自分で何とかしろ!!」
「だから、シャンプーハットが必要だとあれほど言ったじゃないか!!あの道具がなければ、私は1人で髪を洗えないのだ!!」
「お前は子供かっ!!」
「ふぇえええんっ、痛いっ!!目が痛いいぃぃぃっ!!ワットぉぉおぉおぉぉっ!!」」
「わかった!!わかったから頭を出せ!!」
俺はジーンズの裾とロンTの袖をまくりあげ、彼女の金色の髪を洗う。
・・・ったく、本当に手のかかる奴だ。
そんな苛立つ俺をよそに目をギュッとつむった吸血鬼様は呑気に鼻歌を歌いだす。
「こうやって頭を洗ってもらっていると魔界が懐かしくなるな。母様と父様、姉様達元気にしてるのだろうか。」
「へぇ・・・、姉なんていたのか。」
「私の上にはエリス姉様、ユアナ姉様、リリーナ姉様の三人がいるんだ。三人とも凄い人だぞ。しばらくしたら一度魔界に戻ってみるかな。」
とても楽しそうに家族の事を話すリザ。
よほど家族が好きなんだな。
親父が出張族でほとんど家で一人きりの俺にはとても羨ましく思えた。
きっと家族ってこんな感じなのだろう。
「でも、ここの生活も悪くはないぞ。」
「そうか?」
「うむ。魔界にはないモンスターイーターフロンティアとか、グングニルオンラインとかあ・・・痛ぁっ!!」
「お前の頭にはネトゲしかないのか!!・・・いや、お前に何かを期待した俺が馬鹿だったな。」
「無論それだけではない!!それ以外にもあるぞ!!」
「・・・何だ?チャット仲間か?それとも、俺の部屋のマンガやゲームか?」
「ワットの作る食事が美味だ。」
思わぬ一言に手を止めてしまう。
何て返したらいいのかわからなくなった俺は無言でリザの頭を叩いた。
「なっ、何をするっ!?」
「何でもねぇよ!!」
「なら、叩くな馬鹿者がっ!!」
「うっさい!!ほら、シャワーかけるから下を向け!!」
「む・・・、うむ・・・。」
お辞儀をするようにすんなりとリザは頭を下げる。
シャワーを片手に持ち、彼女の髪についたシャンプーを丁寧に洗い流した。
洗ってる最中も思っていたが、本当にきれいな髪だな。
ちゃんと手入れをすればクシ通りも良くなるだろうに・・・。
「ほらよ、一丁あがりだ。」
「うむ。」
俺は脱衣所にある小さいタオルで手と足を拭き、風呂場を後にした。
そして台所に戻ってオムライス作りを再開する。
フライパンに薄く延ばした卵を焦がさないように気を配りながら、少し半熟の状態で火を止めた。
盛り付けていたケチャップライスにそれをそっとかぶせる。
2人分のオムライスを完成させ、次はワカメスープにとりかかる。
それほど難しい料理でもないので時間をかけることもなくあっさりと完成させた。
出来上がった2品をテーブルに運び、準備は完了。
まるでこのタイミングを見計らったかのようにリザが風呂から上がってくる。
「ほら、完成だ。早くテーブルに・・・っておい!!!」
「ん、何だ?」
「何だじゃない、おまっ、服、服っ!!」
「何だ騒々しい。」
「服ぐらいしっかり着ろ!!下着姿じゃないか!!」
「スウェットの替えを部屋に置いてきてしまったのだ。・・・ん?もしや・・・、私のこの肢体に欲情でもしたのか?これだから童貞は。」
「んな訳ねぇっ!!それと童貞言うなっ!!」
「ほら、どうした?顔が赤いぞ。図星か、図星なのか。あはははは。」
「くっ・・・、この・・・。」
「んん?触ってもいいんだぞ?ほれほれ、うりうりうぐぁっ!!??」
「いい加減にしろっ!!」
「・・・み、みぞおちは、反則だ。」
「馬鹿やってないでさっさと服を着て来い!!」
「は〜い・・・。」
リザはよろめきながら着替えを取りに行く。
まったく・・・、あいつには恥じらいという物がないのだろうか・・・。
・・・おそらくない、あいつにある訳がない。
妙な虚無感と気だるさに襲われていると、やがて黒のスウェットを着て一階に下りてきた。
彼女がテーブルにつくと同時にオムライスを見て歓喜の声を上がる。
「オムライスだ!!これこそ私が待ち望んでいたオムライスだ!!」
「子供じゃないんだからはしゃぐな。」
「何を言っておる!!私の幼き頃からの大好物だぞ、嬉しくないはずがないだろう!!」
「わかったわかった。そんなら冷えて固くなる前に食べちゃえ。」
「うむっ!!・・・むぐむぐ。美味い!!美味いぞワット!!」
ここまでおいしそうに食べてもらえると俺も作った甲斐があるというものだ。
少し頬が緩んでしまう。
しかしまあ、よくこれだけキレイに食べられるな。
食べこぼしなどない、それどころか唇にケチャップすらつけない。
それでいて大口を開ける訳ではないのだから、見ているだけで気品を感じた。
この上品さからすると貴族というのも嘘ではないだろう。
後はあのダメ人間な生活を何とかして欲しいものだ。
「良かったら俺の分も食うか?」
「いいのか!?」
「ああ。映画館で食べたポップコーンで少しむっとしているんだ。食べてくれるなら俺も助かる。」
「わかった!!それももらおう!!」
屈託のない笑顔でオムライスを食べ進めるリザ。
本当に裏表のない性格だな、と思った。
・・・この場合、バカ正直のほうが正しいのか。
どちらにせよ悪いヤツではないし、好感の持てる性格である。
「・・・そういえば、今何時だ?」
「ん・・・?7時28分・・・だな。」
「うあっ!!!??すっかり忘れていたぞ!!!今日7時半から仲間と一緒にジャガラス討伐なのだ!!!」
リザは椅子を倒しそうになるほど勢い良く立ち上がる。
食べ終わったオムライスの皿をそのままテーブルに放置して部屋へと駆けていった。
せめて片付けていけよ・・・。
そう言おうとしたが、もう彼女はリビングから姿を消している。
やりきれない思いを残したままため息をひとつついて、誰もいなくなった食卓で俺はひとり夕食の片付けを始めた。
2
それは大学の講義が終わり、さっさと家に帰ろうと玄関で靴を履き替えていた時だった。
突然高校時代からの親友、桜場 雪広(さくらば ゆきひろ)に呼び止められた。
雪広は満面の笑みを浮かべ、俺に擦り寄ってくる。
「なぁなぁ、環人〜。」
「何だ暑苦しい、気色悪いからひっつくな。」
「今日さ、どこかへ飲みに行こうぜ。もちろんお前のおごりで。」
「何故、俺のおごりなんだよ。つーか、誘ったのはお前なんだからお前がおごれよ。」
「いや〜・・・、今月バイト代少なくてさ。そんな余裕ないんだよね〜。」
「なら、飲みに行くな。以上。」
「ふわっ!?ひ、ひどすぎるぜ環人さんっ!!アンタにゃ血も涙もないのか!!」
半べそをかきながら、俺の服の裾を引っ張る雪広。
うざったい事この上ない。
俺はヤツの手を振り解き講義棟から外に出る。
それでもなお雪広は引き下がろうとしない。
「お願いします〜、環人様〜。」
「しつっこいな。何があったのかよ?」
待ってました、と言わんばかりの表情。
やっべ・・・、完全に墓穴掘った。
こういう顔をするって事は絶対何かあったな。
聞かなければ、このまま平和な帰り道を満喫できたのに・・・。
「実はな・・・、彼女に振られちゃったんだよぉっ!!!」
「あ、そう。さよなら。」
「ふぅぉおおおぉっ!!完全にスルーですか!?シカッティングですか!?」
「知るか。どーせまた彼女が隣にいるのに他の女の子に声かけたり、ナンパをしてるところを見つかったりしたんだろ?」
「違う!!俺はそんな軽薄な男じゃない!!」
「じゃあ・・・、後姿だけ見てナンパした女の子が彼女だったとかか?」
「う、うぐぅっ!!?何故それをっ!!」
「当たってるのかよ。」
呆れて物も言えない。
雪広はルックスはいいのだが、頭がなんとも残念なヤツ。
えーと・・・、これで62連敗だっけか?
本当に懲りないヤツだ、一度刺されてみればいいと思うぞ。
「おまえ・・・、その女癖、どうにかした方がいいぞ。」
「俺は美の探究者なんだ、求道者なんだ、修験者なんだっ!!可愛い女の子を見たら、声をかけるのが礼儀だろう!!」
いや・・・、そんなに清々しく言われても・・・。
ここまで同情する気が起きない失恋話も珍しい。
返す言葉を考えるのも面倒くさくなり、雪広を無視して帰ろうと思ったその瞬間・・・。
「お、環人とバカ広じゃん。」
「げぇっ!!あ、有純ぃっ!?」
お、ちょうど良い相手が来た。
この黒髪ロングの女子は森本 有純(もりもと あずみ)。
雪広の幼なじみ兼保護者的存在だ。
気が強いタイプで有純だけには雪広も頭が上がらない。
何でも雪広と幼稚園、小学校、中学校と同じだったらしい。
高校だけは別だったらしいので、大学に入るまで俺は彼女のことを知らなかった。
有純がいると雪広の相手をする疲労度が75%ダウンするので俺としては非常にありがたい。
このまま、雪広を有純に預けてさっさと帰ろう。
「で、何の話をしてるんだ?」
「有純には関係ないっ!!これはっ、男同士の秘密の会話だ!!女はすっこんでろっ!!」
「へぇ・・・、バカ広のくせに言うじゃない。」
鋭い笑みを浮かべた後、ひょいと雪広の身体を持ち上げる。
彼女は護身術として小さい頃からキックボクシング、太極拳、少林寺拳法、ブラジリアン柔術、カポエラなどを習ってきた。
更に無類の格闘技趣味が合わさって、細身の女性とは思えないほど腕っ節が強い。
言うなれば、人間兵器。
殺戮マシーンだ。
「へ?ちょっと有純、タンマタンマ!!お前がそれをやると俺の背骨が・・・。」
「ゴー・トゥー・ヘェェエェルッ!!!」
「あぎゃああああああああああああああああっ!!!」
ゴキゴキゴキィッ!!!
アルゼンチン・・・、バックブリーカー・・・。
雪広の背骨がキュートな(生々しいとも言う)音を立てて崩れ去る。
その後、雪広はくたりと液体のように地面に広がった。
天罰とはこの事か。
「で、環人。何の話をしてたんだ?」
「いやな、雪広が飲みに行きたいからおごってくれって。」
「飲みにか、アタシも賛成だぞ。」
「自分の分は自分で出せ。俺はおごらんぞ。」
「いやな、前アタシの家でやった飲み会の残りがまだまだ結構あるのよ。それを使ってくれない?」
「そうか。じゃあ、また誰かの家でやるか。酒を少し買い足して。」
「それは名案ね。・・・お、ちょうどいい所に。おーーーい、優華ーーーっ!!」
有純が大きく手を振って見知った顔を呼んだ。
それに気づいた女の子はタタタッとこちらに駆けてくる。
この栗色のセミロングの女の子は栗原 優華(くりはら ゆうか)。
大学で知り合った女の子で、先日一緒に吸血鬼の映画を見に行った。
そう、冒頭で話していた吸血鬼マニアの友人である。
優華は有純の高校時代の友人で、有純と一緒に俺達と行動するようになった。
ちなみに彼女はモテる、尋常じゃないくらいに。
だが未だ成功した人物はおらず、大学で「不落城」と噂されている。
「どうしたの、有純?」
「今日さ、環人の家で宴会やるんだけど優華も来るでしょ?」
「有純っ、何を勝手に!!?」
「環人くんの家!?・・・うん、行く!!環人くんの家に行ってみたい!!」
「よし、決定!!」
「勝手に決めるな!!第一、何故に俺の家なんだよ!!」
「この前は私の家、その前は雪広・・・。そうなれば次は環人の家に決まってるね。それとも何?環人は優華の家にすればいいとでも言うつもり?未婚の女性の家なのに?」
「うぐぅっ・・・。・・・わ、わかった。ちょっと待ってろよ。」
やばい・・・。
非常にやばい・・・。
リザの存在がバレたら、同棲だの何だのと言われて今夜の宴会の肴になってしまう。
それだけはなんとしてでも避けねば・・・。
俺は慌ててポケットからケータイを取り出し、電話帳の欄から『自宅』を選択する。
頼む、起きていてくれよ・・・。
プルルルルルル・・・。
プルルルルルル・・・。
ガチャッ。
よし、繋がった!!
『黒澤です。只今、留守にしていますのでご用件のある方は・・・。』
・・・と思ったら自分の声が耳元に響いてきた。
俺は指先にほんの少しの怒りを込めながら、ケータイの通話終了ボタンを押す。
肝心なときに役に立たないヤツだ。
だが、今は憤慨している時間すらもったいない。
俺はコンマ0.2秒で次の作戦を頭の中で画策する。
とりあえずリザが寝てる間にこの三人を家に連れて行く。
↓
家に到着後冷蔵庫を探すフリをしながら酒やつまみが足りないと言って三人には買出しに行ってもらう。
↓
買出しに行っている間にリザを叩き起こし、webマネーをちらつかせて二階の俺の部屋から一歩も出させないようにする。
↓
三人が帰ってくる時には何事もなかったかのような顔をして、楽しい宴会へ。
我ながら完璧な作戦だ。
リザは3000円ぐらいのwebマネーを餌にすればコロッと釣られてくれる。
少し痛い出費だが、俺の平穏な宴会のためには必要最小限の対価だろう。
はははははは、俺の未来には栄光の架橋しか見えないぜ!!
「・・・わかった。俺の家でやろう。その代わり、ちゃんと会費はとるぞ。」
「やった!!さすが環人、空気が読めるわね。」
「大丈夫なの?さっきまで環人くん追い詰められたような顔してたけど。」
「心配ないさ!!今の俺に敵は無い!!つーか、雪広そろそろ起きろ。これから宴会だぞ。」
「環人・・・、お前には親友に対するいたわりの心とかないのか・・・。」
「「ない。」」
ピッタリ俺と有純の声が重なった。
これプランは完成、後は運を天に任せるのみ・・・。
俺は一人凱旋するような気持ちで、一歩一歩踏みしめながら家に向かう。
この時大学のさびれた門が、栄光のゴールに見えたのはおそらく俺だけだった。
3
有純の家に行って酒の缶がたくさん詰まった袋を取ってきた俺達は、自分の家に一番近い地下鉄の駅を降りる。
秋にもなるとすでに空は暗くなっていた。
いつも通学する家の前の通りを歩きながら、俺は一人頭の中で作戦を暗唱する。
もちろん回りに気づかれないように、だ。
他の三人はワイワイ話していて、自分もあたかも話に参加してますというような素振りで俺は大通りを闊歩する。
嫌な緊張感が鼓動をよりうるさく鳴らした。
「そういえば、環人の家に行くのずいぶん久しぶりだなー。高校3年の時以来じゃなかったか?」
「そうなの?」
「ああ。コイツの家、親父さんが外交官だから親は滅多に家にいないのさ。だから、いっつも俺は暇さえあれば環人の家に入り浸っていたんだよ。な、環人?」
「あ・・・、ああ。うん、そうだったな。」
「へー。」
「なんだけどよぉ、最近ずぅーっと家に呼んでくれなかったよな?何でだ、環人。」
女性(人間じゃないけど)が同居しているとは口が裂けてもいえない。
俺は頭の半分で暗唱しながら、口では適当なことを言う。
「いやさ、こいつ俺の家に来るたび部屋を散らかすもんだからさ。そん時ちょうど運悪く、親父が帰ってきてね。そんで、あまり人を呼ばないよう注意を受けたのさ。」
「何だ、全部アンタのせいじゃないバカ広。」
「ええ・・・!?俺、そんなに散らかしたっけ?」
「したした。出したものをゲーム棚とか本棚にしまわず、そのまま帰っていったりしたじゃん。」
「うぅ・・・、そう言われればそんな気もする。」
よし、乗り切った!!
ここまで順調に行くと怖いくらいだ。
あれ?これ俺勝てたんじゃね?
うっし、今日は皆で祝杯だな。
今夜の楽しい宴会を想像して一人わくわくする俺。
あとは最後の詰めを失敗しないようにしないと・・・。
「お、あれが環人の家だぜ。」
「え?どこどこ?」
「ほら、あの白い大きい家。屋根が赤くて、ベランダがある。」
「わぁ・・・、あれが環人くんの家なのかぁ・・・。」
そうして俺達はスタスタと玄関を登る。
カバンの中から鍵を取り出して、それをひねりロックをはずした。
そうして勢い良くドアを開けて皆を招き入れる。
「さぁ・・・、皆入ってく・・・。」
「おお、ワット。早いではないか、私は腹が減ったぞ。」
ドアを開けた瞬間、スウェット姿のリザがいた。
あまりのことに石化する俺。
おいおい・・・、さっきまで寝てたんじゃなかったのか・・・?
せっかくここまで順調に来たのに・・・。
何故か泣きそうになってしまった。
背中に嫌な汗が滲む。
終わった・・・、これで本日の宴会の肴決定だ・・・。
失意のまま俺は顔を上げて、雪広達の顔を見る。
・・・へ?
顔を上げたその瞬間、一人の表情に俺の目は釘付けになった。
優華の顔だ。
彼女の顔には驚きと悲しみの表情が混濁しており、目の端には涙を浮かべている。
訳もわからずボーゼンとしていると、そのままダッと駆け出していく優華。
「お、おい・・・。」
ボグッ!!!!!
「ワット!!!??」
頬に鋭い痛みが走る。
俺の身体は力なく玄関の靴脱ぎ場に倒れこんでいた。
倒れこんだ俺を憎々しげな表情で見下ろす有純。
・・・どうやら俺は有純に殴られたらしい。
何が起きたか理解できず困惑する俺。
そして有純はそのまま優華が駆け出した方向へ追いかけていった。
俺も立ち上がり、二人を追いかけようとする。
しかし、俺の肩は雪広に掴まれていて身動きがとれない。
「おい・・・。お前どういうことだ?」
「どういうことって・・・、何がだよ?」
「とぼけんな!!!お前、自分が何をしたのかわかってるのかよ!!」
・・・どういうことだ?
まるっきり話が見えない。
あまりの不可解さに俺の腹の底から沸騰寸前の怒りが湧き上がってくる。
怒りは腹の底から俺の口を伝って、雪広へとぶつかっていった。
「何だってんだよ!!!」
「お前は・・・、優華と付き合ってんだろ!?昨日、一緒に映画へ行ってたじゃねぇか!!!なのに、家に女連れ込むなんてどんな神経してんだ!?」
「・・・は?」
今、何て言ったんだ・・・?
俺と優華が・・・、付き合ってる・・・?
いや確かに映画は一緒に行ったが告白された覚えもないし、そういう関係になった事実もない・・・。
俺が本気で首を傾げていると雪広は不思議そうな顔をする。
「・・・おい。まさか・・・、まだ・・・。・・・付き合ってないのか?」
「まず、どこから付き合うどうこうの話になったのか聞きたい。」
「・・・え?お前気づいてないのか?」
「は?」
「優華は・・・、お前の事が好きなんだよ。」
「はぁああぁぁああぁっ!!!??」
思わぬ雪広の言葉に俺は大声を上げてしまう。
その声にびっくりしたのか、それとも何か別な事でびっくりしたのか雪広はだらしなく口を開けていた。
俺も雪広も放心状態に陥る。
・・・だが、こんな事をしている場合じゃない。
「・・・まあ、いい!!とにかく、優華を追わないと!!」
「お、おお・・・。なあ、環人。」
「何だ?」
「・・・ゴメン。」
「今はそんなこといい。一番は優華を追うことだ。リザ手伝ってくれ。」
「あ、ああ。さっきの女の子を追えば良いのだな?」
俺達は家を駆け出し、優華が向かっていった方向へと進む。
しばらく薄暗くなった道を走っていると、そこには有純がいた。
彼女も必死で探していたのか、肩で息をしている。
こちらに気づくと有純は腹だしげな表情で掴みかかってきた。
殴りかかろうとする彼女と俺の間に雪広が必死で止めに入る。
「邪魔よ、雪広!!一発コイツを殴っておかないと・・・。」
「違うんだ、有純!!優華と環人はまだ付き合ってないんだっ!!」
「嘘ッ!!昨日、映画に行く前の優華のメールに『今日、絶対告白する』って書いてたのよ!?全部、責任から逃れたいコイツの嘘に決まってるじゃない!!』
「落ち着けっ!!それで優華から成功したってメールは来たんだっけ!?」
「・・・それは来てないけど。でもっ、今日の朝すっごい笑顔で『環人くんと映画、楽しかった!!』って言ったのよ!!」
「まあ、ここは一回落ち着け!!優華に話を聞けばわかる!!」
「・・・ふん!!」
投げ捨てられるような状態で、俺の身体は地面に倒れこむ。
おそらく雪広の仲介が無ければ、俺は殺されていたかもしれない。
それぐらいの剣幕で怒鳴りつけられ、声一つ出なかった。
雪広には感謝しないとな・・・。
「とりあえず俺はあっちを探す!!有純はこっち、環人はそっちへ!!えと、君は・・・。」
「ん、私か?私はリザノールだ。」
「リザノールさんはそっちの方を!!ここからは分かれて、優華を探そう!!」
「わかった!!」
ちょうど十字路それぞれの方向に散らばる。
雪広が指さした道を俺は真っ直ぐ進んでいった。
俺が進む方向には公園と学校がある。
学校までに見つからなければ引きかえして他を探そう、そう思った。
秋も深まって身体に応える寒さなのに、それをまったく感じさせないほど身体中が熱い。
このまま走っていれば火がつきそうだ。
「ぜぇ・・・っ、ぜぇ・・・。」
呼吸するのだけでも死にそうなほど苦しい。
それでも持てるだけの集中力で優華の姿を探す。
すると公園の中で一人の女の子がいかにもガラの悪そうな男達3人に囲まれていた。
その女の子の姿を見て俺は目を丸くする。
間違えるはずも無い、彼女は・・・、優華だ。
俺は慌てて、彼女の元へと駆け寄っていく。
「どうしたんだい?そんな悲しそうな顔をして・・・。ひひひ。」
「お、おい。この子、むっちゃ可愛いんじゃね?」
「そんな悲しそうな顔してないでさ、俺達と遊ばない?」
「・・・ひっ。嫌だ・・・、離してください・・・。警察を呼びますよっ・・・。」
「警察だって!!あはははは・・・。」
「ねぇねぇ、俺、気が強い女の子って大好きなんだ。君に惚れちゃったみたいだよ。」
「どこへ行く?ゲーセン?カラオケ?・・・それともホテルでも?へへへっ。」
「い、いやっ・・・!!」
「ゼェ・・・ゼェ・・・。す、すいません。・・・その子、俺の連れなんです。」
「あ?!」
俺は強引に不良と優華の間に入り、彼女の手を引っ張って連れて行こうとした。
・・・が、ヤンキーの一人が俺の胸倉を掴み顔を覗き込む。
「わかるかな?今、俺達はナンパをしてるんだよ。冴えない顔してるのはさっさとどこかへ消えやがれ。」
そう言って俺を突き飛ばす。
それでも絶対に引き下がらない、いや、引き下がれる訳がない。
立ち上がってもう一度、俺は彼女の腕を強引に引いて連れ出そうとする。
「しつけぇんだよっ!!!」
顔面に拳がめり込む。
俺の身体はふがいなく吹っ飛んだ。
公園の土の感触をかみ締めながら再び地面へと倒れこむ。
正直、痛い・・・。
けどさっき有純に殴られたほうがずっと痛い。
飛びそうになる意識の中、俺は再び優華へと向かって立ち上がる。
「あぁ?!マジうぜぇ、そこで寝てやがれ!!」
また一発みぞおちに拳が入った。
喉の奥から上がってきた胃酸の味が口中に広がる。
それでも俺は歯を食いしばり、意識だけは保とうと努力する。
「も、もう・・・。やめて・・・、お願い・・・。」
地面に座り込んで泣き始める優華。
そんな姿を見たら、なお引き下がれない。
自分の足に喝を入れながら、一歩一歩前へ進む。
不良も痺れをきらしたのか三人同時に俺の方へ歩み寄ってきた。
「正義のヒーロー気取りかよっ!!正直、暑苦しいだけだっつーの!!」
「家に帰ってママにでも泣きついてきなっ!!」
ドゴッ、ゴスッ!!
骨と骨がぶつかる嫌な音。
腹部に突き刺さる鈍い音。
それらの音しか聞こえなくなってきた。
周囲の音がまったく聞こえない。
なのに頭だけは異様にスッキリとしている。
身体の感覚だけ綺麗に削げ落ちたかのように何も感じる事ができなかった。
ああ・・・、このまま俺は死ぬのかな・・・。
そんな時だった。
「いい加減にせぬか!!下衆ども!!」
不良達の後ろから声がした。
俺から視線を外し、声の主の方へ振り返る不良達。
そこには・・・、リザが立っていた。
「おいおい・・・、今度は金髪美人の登場だぜ。へへへ。」
「ああ、今日の俺達ついてるな。」
「スェット姿だけど、とんでもない上玉だ。ししし、俺わくわくしてきたぞ。」
ヤンキーの一人がリザへと近づいていく。
しまりのない笑みを浮かべて・・・。
まずい・・・、リザ逃げろ・・・。
「君もこの弱っちいの友達?こんなダサいの放っておいて俺達と遊ぼうぜ。どこでも連れて行って・・・。」
ドゴォッ!!!
「はぶぅっ・・・!!??」
不良の身体は宙で2、3回転した後、鈍い音を立てて地面へ着地した。
・・・何が起こっているんだ?
俺は今起こったことに目を疑ってしまう。
拳ひとつで・・・、不良を殴り飛ばした・・・?
「何だ、この程度か。力自慢にしては弱すぎるな。」
「このぉっ、女だと思って油断してりゃあ・・・。顔の形が変わっても文句言うなよっ!!!」
二人がかりでリザに殴りかかる不良達。
ため息ひとつつきながら、リザは身体をひょいと反らせ拳をよける。
そのまま彼女は足を大きく上げて、不良の顎を蹴り上げた。
「ぐぅあっ!!!」
「遅い遅い。それに弱い。お前等は口だけなのか?」
リザの言葉がカチンときたのか、不良達は三人がかりでリザを仕留めにかかる。
それでも彼女は慌てる様子もない。
舞を踊るような華麗な動作でリザは全ての攻撃をかわした。
あくびをしながらこう言う。
「弱いなぁ・・・、退屈だ・・・。お前等ごときの攻撃、当たりそうもないな。・・・では、こっちから行くぞ。」
「うぐっ!!」
「ふあっ!!!!?」
「うげぇっ!!!」
三人相手だというのに余裕の表情を浮かべ、次々と武術を叩き込むリザ。
不良達はなすすべなくリザの攻撃の餌食になる。
まるでサンドバックだ。
あっという間に不良三人は戦意を消失して逃げ出そうとする。
「・・・どこへ行くのだ?」
「「「ひ、ひぃっ!!!?」」」
「まだまだ序の口だぞ。今夜は・・・、悪い夢を見ていくが良い!!」
その言葉と同時にスウェットの背中からコウモリの羽根が広がる。
昨日見た映画の吸血鬼の姿がリザに重なって見えた。
これが・・・、ヴァンパイア・・・。
何故だろうか。
本来恐怖すべきその姿に美しさを感じてしまったのだ。
4
「あ、いてて・・・。」
「ゴ、ゴメンねっ、環人くん。」
殴られたところに消毒用アルコールがよく染みる。
さっき鏡を見たら自分の顔がひどいことになっていたのだから当然か。
あの後不良達は見るも無残なほどにリザに打ちのめされた。
まさに自業自得とはこのことだが、若干の同情を覚えないわけでもない。
更に不良にとって災難なのは有純にも見つかったことだ。
あの時の有純の怒りようは半端じゃなかった。
骨の砕ける音が聞こえた・・・、ような気がする。
最後はもはや精神的にも肉体的にもボロボロでボロ雑巾状態。
生きているのかどうかさえ不安になった。
そして、俺の傷の手当てをするためにこうして家に戻ってきたのだ。
「環人・・・、大丈夫か・・・?」
「うん・・・、何とか大丈夫、雪広。・・・それと。」
俺は有純の方に目を向ける。
彼女はずっと土下座したままだ。
何度俺がもう気にしていないと言っても顔を上げようとしない。
「有純、もう気にしてないぞ、な?」
「私の早とちりで環人にはとんでもない事をしたんだ・・・。ごめんなさい・・・。」
「大丈夫だって、な?俺は平気だから・・・。」
ピクリとも顔を上げようとしない有純。
よほど罪悪感を感じているのだろう・・・。
声も震えている。
優華は昨日告白しようと決意したのだが、やはりいざという時に勇気が出ず告白はできなかったらしい。
それでも有純に心配かけたくなくて、朝元気なフリをして『環人くんとの映画、楽しかった!!』と言ったそうだ。
まあ、状況が状況なだけに仕方なかったこともあるだろう。
確かに付き合ってる彼女がいるのに、他の女を家に上げるなど言語道断だ。
優華の親友として、俺を殴ったのだろう。
こんなんなるなら肴になることを覚悟してでもリザの事を伝えるべきだったな。
「・・・あれ、そういえばリザは?」
「ああ、リザノールさんなら二階へ上がって行ったよ。なんでも友人との約束があるみたい。」
おいおい・・・、またネトゲーか・・・。
でもまぁ、今日は許してやろう。
あいつも頑張ったことだし、正直な話見直した。
いい所あるんだな・・・、あいつ・・・。
「・・・環人くん。」
「ん?」
「今日こそちゃんと伝える。私・・・、栗原優華は・・・環人くんのことが好きです・・・。」
「ん・・・、おお・・・。」
心臓が一度大きく飛び跳ねる。
来るとは思っていたのだが、本当に言われるとこうまでも緊張するものなのか。
俺はほおをポリポリとかく。
「ええと・・・。」
「ぬぅおおおおおおおおおっ!!!!」
二階からドタドタと騒がしい音を立てて階段を下りてくる足音が・・・。
ぎょっとして階段の方を見た。
ものすごい形相をしたリザがこちらに駆け寄ってくる。
「ダメだ!!!ダメだ、ダメだ!!!!」
「ぐえっ!!!??」
襟首を引っ張り、俺の頭を自分の方に引き寄せるリザ。
・・・おい、俺はケガ人なんだぞ・・・。
「これは私の所有物だ!!!誰にも渡さぬ!!!」
「・・・え?・・・え?」
「ワットはもう一生私の下僕として、購入しているのだ!!いくら積まれても譲らぬっ!!!」
「おい!!??俺はモノかよ!!??」
「ああ・・・、でもグングニルオンラインのクレハの剣をくれるなら考えてもいいかなぁ・・・。」
「俺の価値はそのなんとやらの剣以下なのか!?」
「当たり前であろう!!絶版アイテムとワットを比べるなど、絶版アイテムに失礼であろう!!」
前言撤回。
コイツのことを見直すのはやめた。
また口から福が逃げていく。
「・・・それで返事は?環人くん。」
「へ?」
「もちろんNOに決まっているだろう!!な!?ワット!!!」
「へ?」
二人に迫られる俺・・・。
その二人の板ばさみになりながら、天に願う。
神様・・・、俺の平和な日常を返してください・・・と。
身体を思い切り揺さぶられながら、俺はかつて浸っていたはずの平穏な日常を思い出していた。
11/02/28 22:30更新 / アカフネ