海底に眠る神殿。
サマデントを出航して三日経った。
俺は潮風を浴びながら、海を眺めている。
視線の先には一体のシー・ビショップ。
あの時(前話参照)のシー・ビショップ、リアナ=エストレーだ。
何でも子供を作ってくれた俺にお礼がしたいということで俺達の乗る船『ノルディック号』の先導をしてくれる事になったらしい。
昔から船乗りには『シー・ビショップが先導してくれた船は沈まない』という伝説もあり、船員は全員喜んで彼女の申し出を受けた。
彼女が疲れたら休ませなければならないので自然と船の速度は落ちる。
しかし安全と引き換えの代価だと思えば安い物だ。
「リアナー、大丈夫かー!?無理するなよー!!」
「まだまだ大丈夫でーす!!」
どうやらまだまだ元気そうだ。
リアナのスピードは落ちることなく船の前を進む。
俺達の航海は驚くほど順調だった。
海の魔物も襲いかかってくるのはスキュラぐらいなもので、彼女達を追い払えばいい・・・のだが。
どうやら俺はまた一つ厄介ごとを抱えてしまったらしい。
それは・・・。
「やい!!次は負けないから、レイレイと勝負しろ!!」
波しぶきとともに船へと上がってくる一匹のスキュラ。
厄介ごととは他でもないコイツのことだ。
彼女はレイレイ=ホログラッタ。
何度負けても勝負を挑んでくるスキュラのちびっ子だ。
レイレイを見て、セシリアがタタタッと走って近づいていく。
「レイレイちゃん!!また来てくれたの!?」
「おうよ!!今日こそ、この男を海へ引きずり込んでやるんだからねっ!!」
「わ〜、頑張ってね。」
セシリア、応援する方を間違ってないか?
俺が負けたら海へ引きずりこまれるんだぞ。
まぁどうやっても負ける訳ないけどな。
俺の余裕を感じとったのか、レイレイは俺に飛びかかってくる。
「さぁ、今度こそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ゴツン。
俺は剣の柄の部分で彼女のおでこを軽くノックする。
ノックされたレイレイは何をすることもなく、普通に地面へと着地した。
次第に彼女の瞳からポロポロ涙が落ち、すぐに自分の額をおさえる。
やっと何が起こったのか理解したのか、大声で泣きわめきながら自分が身につけていた壷へともぐりこんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!??いたいよぉぉぉぉ!!!!」
壷の中から反響した声が聞こえる。
やれやれ・・・、またなのか。
強い弱いの問題じゃない、レイレイはまだ幼すぎるのだ。
泣き叫ぶ壷はすでにこの船の名物の一つとなっている。
船員達はまたいつものか、と笑っていた。
「ホラ、出てこい。」
「んっ・・・、ぐすっ・・・。」
俺は彼女の前髪を上げ、ノックした部分を見てやる。
額が少し赤くなっていただけで、コブとかにはなっていないようだ。
これなら何ともないな。
「い、痛いよぉ・・・。」
「あっはははははは。レイレイちゃん、またお兄ちゃんに負けたんだね。」
「だって!!だって、コイツ鬼畜なんだもん!!こ〜んな可愛い子に手を上げるなんて!!」
「自分で言うなよ・・・。」
まさか鬼畜呼ばわりされるなんて夢にも思ってなかった。
駄々っ子のようにわめくレイレイ。
その声を聞きつけたエフィ、テテス、ティタンがやってくる。
レイレイは三人の姿を見ると泣きついていった。
「また負けたよ〜!!」
ブンブン腕を振りながら、癇癪を起こしている。
何か俺が悪いことしたみたいだ。
エフィ達もレイレイをあやすのにすっかり慣れたようで、レイレイはすぐに泣き止む。
その光景が微笑ましかったのか、船員の一人が飴玉を渡せばすぐに上機嫌になった。
なんて扱いやすい・・・。
レイレイは飴玉をモゴモゴさせながら捨て台詞を吐く。
「次は勝つからねっ!!覚えてろよっ!!」
そう言って海へ逃げていこうとした。
しかし、セシリアが彼女の腕を掴んで止める。
「待って!!レイレイちゃんもお昼ごはん食べていかない?ボク達、もうすぐご飯なんだ。」
「ごはんっ!?うん、食べてくっ!!」
「じゃ、行こうよ!!」
しっかり手をつないで食堂へ向かうセシリアとレイレイ。
年齢も近いせいか、本当に仲がよい。
また少しにぎやかになったな。
「ダーリンの子供が二人に増えたみたいね。」
「なかなかのやんちゃだけどな。」
「あれぐらいが丁度いいんだぞ。ワタシも昔ああだったからな。」
「確かにエフィならそうだったかもしれませんね。」
「今もやんちゃだけどね。」
「なっ!?ティタン、どういう意味だ!?」
「言葉通りの意味よ。」
そうして取っ組み合いを始める二人。
こっちもいつも通りだな。
俺とテテスは笑いながら二人の争いをスルーする。
リアナに飯だと伝えて、食堂へと入っていった。
「ふぅ・・・、おいしかったですぅ。」
テテスは満足したように甲板の端っこで横になる。
その隣の海水がなみなみ注がれた大きなタルにはリアナが入っていた。
彼女は食事の時はこうして船に引き上げられ、食事をとる。
タルの中から上半身だけ出ている姿がなんとも面白い。
リアナが船の上にいる間、船は止まったままだ。
別にリアナをこのまま船に乗せて進んでも良いのだが、思いのほか船員達もこのスローペースな航海を気に入ってるらしい。
何せ今回、船員達は無償で俺達を運んでくれている。
お礼というわけじゃないが、焦らずゆっくりと進んでいくことには大賛成だ。
「やぁ、兄さん!!調子はどうだい!?」
ヒゲ面の船長が機嫌よさそうに俺に話しかけてくる。
絵に描いたような海の男で、「うぇっへっへっ」というクセの強い笑いがとても印象的だ。
「シー・ビショップ様も元気そうじゃねぇか!!頼みますぜ、この船の守り神様よ!!」
「ま、守り神ですか?」
「そうさ、正直アンタ達にゃあ感謝してるぜ!!カリュブディスをどかしてくれた上に、守り神様まで来て下さった気ままな船旅を用意してくれたんだ!!感謝の言葉しか出ねぇよ!!」
そう言うと船長は手をヒラヒラさせて船首のほうへ向かっていく。
どうやら感謝の気持ちを伝えたかっただけのようだ。
正面きって感謝の言葉を口にされると少し照れくさい。
そんな照れくささを紛らわすかのようにリアナが口を開く。
「そういえばここら辺の海の底に神殿があるんですよ。」
「神殿?」
「はい。私達シー・ビショップの巡礼の地の一つで、通称『忘れられた神の神殿』です。」
「へぇ。何それ、面白そう。ボクも行きたいな。」
「レイレイも行くよ!!」
いきなりセシリアとレイレイが話に入ってくる。
どうやら二人も興味を示したようだ。
もしかすると伝説の武器とか眠っているかもしれない。
そう考えた俺はリアナ、セシリア、レイレイを連れて海底神殿へ行くことにした。
幸運なことに水中で呼吸ができる薬のストックはまだあるらしい。
これは行くしかないだろう。
「お〜い、エフィ達は行かないのか?」
「ああ。ワタシ達はパス。」
「カイさん達だけ行ってきてくださーい。」
エフィとテテス、ティタンまで行かないらしい。
ノリの悪い奴等だ。
俺はすぐに水着へ着替えて、甲板へ上がる。
セシリアはすでに水着に着替えて待っていた。
心なしか少し不機嫌そうに見える。
「お兄ちゃーん!!ボク、サマデントで新しい水着買えば良かったー!!」
「ああ・・・。確かにそれじゃな・・・。」
セシリアが着ているのはとても地味な紺色の水着。
アカデミー時代のものだったらしい。
今どきの女の子にとっては少しかわいそうかな、と思ってしまうものだ。
肌の露出は極端に少ないし、胸元には大きく「セシリア」と名前が書かれている。
しかもピッチリとしているため、身体のラインがすっかりわかってしまうものだった。
まぁ、年齢的にはピッタリなんだが・・・。
レイレイとリアナはそのままで良いため、いつもどおりの格好である。
「用意ができたなら行こうよ。セシリア、泳げる?」
「ちょっと自信がないかも・・・。」
「なら、レイレイの足のどれかにに捕まってね。」
「カイ様は私の手に捕まってください。少しスピード出しますので。」
「おう。」
俺は海に飛び込むと、リアナの細い指を握る。
一瞬、彼女の顔が赤くなったように見えた。
リアナとレイレイが俺達を引っ張って泳いでいく。
目の前に広がるのは美しいサンゴ礁だけだった。
それほど時間がかからず、リアナの言っていた神殿が見えてきた。
もはや「ノルディック号」の姿は遠くて見えない。
こんな短時間でここまで遠くに来れたのは、リアナとレイレイの遊泳速度が速いからである。
おかげで何度振り落とされそうになったか・・・。
まあ、こちらは引っ張ってもらってる身だから文句は言えない。
その神殿はカラフルなサンゴ礁の間にあるのに、存在感を失わない荘厳な建物だった。
本当に神が眠っているのかも、そう思わせるほどの雄大さと美しさを持っている。
「はい、ここが『忘れられた神の神殿』です。」
「レイレイもここに来るのは五度目くらいかなぁ。何もなくてつまらない場所だよ。」
「いや、これはすごい・・・。」
「ボクも驚いた・・・。海の中にこんな立派な建物があるなんて・・・。」
俺は言葉を失う。
想像していたのとは比べ物にならない・・・。
セシリアは目を輝かせながら、神殿の門へ近づいた。
「これ、何て読むの!?」
「えと、偉大なる我等の海の主が選びし者にのみ、この門は開かれん。資格あるものはその証を扉に掲げよ。≠ニ書かれています。」
「じゃあ、ここは開かないのか?」
「はい。いつもはこの門に祈りを捧げるだけで巡礼をしたということになります。だから、私達も扉の中に入ったことがないんです。」
「へぇ、そうなのか。少し残念だな。」
俺は門に寄りかかる。
すると海王の指輪が突然淡く光りだした。
光に反応するかのごとく、門がゴゴゴと開き始める。
一体何事!?
「お兄ちゃん!!もしかして扉に書かれている証≠チて、海王の指輪のことなんじゃ・・・。」
「カイ様、その指輪どこで手に入れたんですか!?」
「港をふさいでいたカリュブディスからもらったんだ!!そんなにすごい物なのか、これ!?」
「はい、海神ポセイドン様に認められた事を意味する貴重な指輪です!!」
呆気にとられる俺。
いくらなんでも予想外すぎるだろ。
「すごい、すごい!!これで中に入れるわよ!!」
レイレイが鼻歌まじりで神殿の中へ入っていく。
俺達もレイレイの後についていった。
中は明かりの一つもないのにとても明るい。
水の温度がとても暖かく感じた。
やがて俺達は大きな広間にでる。
広間はまるでどこかの教会を思わせる神々しいものだった。
その中心には一本の三つ又の槍が置いてある。
「あれはっ・・・、ポセイドン様の槍「トライデント」じゃないですか!?」
そう言って、リアナは槍へと駆け寄る。
しかしそれが石で作られた偽者だと知ると落胆の声を上げた。
まあ、そんなものが都合よくある訳ないよな。
「でも、ここすごいよ!!ボク、今でもドキドキしてるもん!!」
「レイレイもビックリしてる・・・。」
「ええ、それでもここはすごいです!!カイ様、本当にありがとうございました!!」
「俺は何も・・・。」
『よく来ましたね、選ばれし者よ。』
広間に謎の声が響き渡った。
その声は男にも女にも子供にも老人にも聞こえる。
俺達は慌てて視線をキョロキョロ動かした。
誰もいない・・・?
『選ばれし者よ、貴方にこれを授けよう。』
「あ、あなたはポセイドン様ですか!?」
リアナが声を張り上げてそう尋ねた。
声の主はいないのに、声だけははっきりと聞こえてくる。
『違いますよ。我はここで選ばれし者に真なる証を渡すだけの者です。我も貴女と同じポセイドン様に仕える身なのです。』
「真なる証?」
『その前に選ばれし者の心を見せてください。邪悪な者であれば、この証は渡せませんので。さあ、この水球に手を触れて。』
目の前に俺の顔ぐらいの水の球体が現れた。
おそるおそる手を触れてみる。
その水はとても心地よいものだった。
どこからか響いてくる声も優しげなものに変わる。
『よろしい。では、証を授けます。』
水球が光の粒となって海王の指輪に吸い込まれていく。
指輪にはしっかりと青い紋様が刻み込まれた。
どうやら証とはこの紋様のことらしい。
『忘れないでください。邪悪とは魔物の事ではないのです。真の邪悪が何かということは貴方自身で見つけてください。貴方の行く末に幸あらんことを。』
眩い光に包まれる。
次に目を開いたとき、俺達は門の外に立っていた。
夢かとも思ったが、指輪にはしっかりと青い紋様が刻まれている。
あれは一体・・・?
訳もわからず俺はそのまま立ち尽くしていた。
「本当にここでお別れなのか?」
夕日も半分海の下に沈んでいる。
船に戻ってきたリアナは、これから巡礼の旅を再開すると言い出した。
どうやら神殿のことが頭から離れないらしい。
俺達は少し残念な思いをしたが、彼女の決心に口出しするわけにも行かない。
なので、ここで別れることを選んだのだ。
「はい。これから私はもう一度、巡礼の旅をやり直そうと思います。私は一生ポセイドン様に仕える身ですしね。それに・・・。」
リアナは愛おしそうに自分の腹部を撫でる。
本当に嬉しそうな笑みだ。
見ているほうが幸せになるほどの。
「貴方の赤ちゃんをちゃんと元気に産みますからね。」
「ああ、頼んだぞ。」
「はい、任せてください。この子を立派なシー・ビショップにしてみせますから。」
「おう。あとな・・・。」
「はい?」
「色んな人に言ってるが、ちゃんと子供には会いに行くからな。」
「はい。楽しみにしていますよ。」
一体これから何人の魔物とこの約束をするのだろうか?
俺の子全員は無理かもしれないが、約束した人に必ず会いに行こう。
約束した人を忘れるような非常な人間だけには絶対になってはいけない。
心にそう堅く誓った。
彼女はそのまま沖へ泳いでいく。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで、海を見つめていた。
「・・・ん?お前は海に帰らないのか?」
いつまで経っても甲板から離れないレイレイに問う。
彼女は大きく笑顔でこう言った。
「これからはレイレイがお前達を先導してやるんだ。感謝しろよ。」
「え・・・?」
「何だ、そのガッカリした声は!!」
「レイレイちゃん!!一緒に航海するの!?」
「そうよ!!」
「わーい!!レイレイちゃんと一緒にいられるんだ!!」
船中に響くセシリアとレイレイの声。
一人去ったら、一人増える。
まあ、来る者拒まず去る者追わずの精神で行くとするか。
先程まで傾いた夕日が悲しく見えたのに、今ではとても色鮮やかに見える。
空を見上げると、星が瞬き始めていた。
俺は潮風を浴びながら、海を眺めている。
視線の先には一体のシー・ビショップ。
あの時(前話参照)のシー・ビショップ、リアナ=エストレーだ。
何でも子供を作ってくれた俺にお礼がしたいということで俺達の乗る船『ノルディック号』の先導をしてくれる事になったらしい。
昔から船乗りには『シー・ビショップが先導してくれた船は沈まない』という伝説もあり、船員は全員喜んで彼女の申し出を受けた。
彼女が疲れたら休ませなければならないので自然と船の速度は落ちる。
しかし安全と引き換えの代価だと思えば安い物だ。
「リアナー、大丈夫かー!?無理するなよー!!」
「まだまだ大丈夫でーす!!」
どうやらまだまだ元気そうだ。
リアナのスピードは落ちることなく船の前を進む。
俺達の航海は驚くほど順調だった。
海の魔物も襲いかかってくるのはスキュラぐらいなもので、彼女達を追い払えばいい・・・のだが。
どうやら俺はまた一つ厄介ごとを抱えてしまったらしい。
それは・・・。
「やい!!次は負けないから、レイレイと勝負しろ!!」
波しぶきとともに船へと上がってくる一匹のスキュラ。
厄介ごととは他でもないコイツのことだ。
彼女はレイレイ=ホログラッタ。
何度負けても勝負を挑んでくるスキュラのちびっ子だ。
レイレイを見て、セシリアがタタタッと走って近づいていく。
「レイレイちゃん!!また来てくれたの!?」
「おうよ!!今日こそ、この男を海へ引きずり込んでやるんだからねっ!!」
「わ〜、頑張ってね。」
セシリア、応援する方を間違ってないか?
俺が負けたら海へ引きずりこまれるんだぞ。
まぁどうやっても負ける訳ないけどな。
俺の余裕を感じとったのか、レイレイは俺に飛びかかってくる。
「さぁ、今度こそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ゴツン。
俺は剣の柄の部分で彼女のおでこを軽くノックする。
ノックされたレイレイは何をすることもなく、普通に地面へと着地した。
次第に彼女の瞳からポロポロ涙が落ち、すぐに自分の額をおさえる。
やっと何が起こったのか理解したのか、大声で泣きわめきながら自分が身につけていた壷へともぐりこんだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!??いたいよぉぉぉぉ!!!!」
壷の中から反響した声が聞こえる。
やれやれ・・・、またなのか。
強い弱いの問題じゃない、レイレイはまだ幼すぎるのだ。
泣き叫ぶ壷はすでにこの船の名物の一つとなっている。
船員達はまたいつものか、と笑っていた。
「ホラ、出てこい。」
「んっ・・・、ぐすっ・・・。」
俺は彼女の前髪を上げ、ノックした部分を見てやる。
額が少し赤くなっていただけで、コブとかにはなっていないようだ。
これなら何ともないな。
「い、痛いよぉ・・・。」
「あっはははははは。レイレイちゃん、またお兄ちゃんに負けたんだね。」
「だって!!だって、コイツ鬼畜なんだもん!!こ〜んな可愛い子に手を上げるなんて!!」
「自分で言うなよ・・・。」
まさか鬼畜呼ばわりされるなんて夢にも思ってなかった。
駄々っ子のようにわめくレイレイ。
その声を聞きつけたエフィ、テテス、ティタンがやってくる。
レイレイは三人の姿を見ると泣きついていった。
「また負けたよ〜!!」
ブンブン腕を振りながら、癇癪を起こしている。
何か俺が悪いことしたみたいだ。
エフィ達もレイレイをあやすのにすっかり慣れたようで、レイレイはすぐに泣き止む。
その光景が微笑ましかったのか、船員の一人が飴玉を渡せばすぐに上機嫌になった。
なんて扱いやすい・・・。
レイレイは飴玉をモゴモゴさせながら捨て台詞を吐く。
「次は勝つからねっ!!覚えてろよっ!!」
そう言って海へ逃げていこうとした。
しかし、セシリアが彼女の腕を掴んで止める。
「待って!!レイレイちゃんもお昼ごはん食べていかない?ボク達、もうすぐご飯なんだ。」
「ごはんっ!?うん、食べてくっ!!」
「じゃ、行こうよ!!」
しっかり手をつないで食堂へ向かうセシリアとレイレイ。
年齢も近いせいか、本当に仲がよい。
また少しにぎやかになったな。
「ダーリンの子供が二人に増えたみたいね。」
「なかなかのやんちゃだけどな。」
「あれぐらいが丁度いいんだぞ。ワタシも昔ああだったからな。」
「確かにエフィならそうだったかもしれませんね。」
「今もやんちゃだけどね。」
「なっ!?ティタン、どういう意味だ!?」
「言葉通りの意味よ。」
そうして取っ組み合いを始める二人。
こっちもいつも通りだな。
俺とテテスは笑いながら二人の争いをスルーする。
リアナに飯だと伝えて、食堂へと入っていった。
「ふぅ・・・、おいしかったですぅ。」
テテスは満足したように甲板の端っこで横になる。
その隣の海水がなみなみ注がれた大きなタルにはリアナが入っていた。
彼女は食事の時はこうして船に引き上げられ、食事をとる。
タルの中から上半身だけ出ている姿がなんとも面白い。
リアナが船の上にいる間、船は止まったままだ。
別にリアナをこのまま船に乗せて進んでも良いのだが、思いのほか船員達もこのスローペースな航海を気に入ってるらしい。
何せ今回、船員達は無償で俺達を運んでくれている。
お礼というわけじゃないが、焦らずゆっくりと進んでいくことには大賛成だ。
「やぁ、兄さん!!調子はどうだい!?」
ヒゲ面の船長が機嫌よさそうに俺に話しかけてくる。
絵に描いたような海の男で、「うぇっへっへっ」というクセの強い笑いがとても印象的だ。
「シー・ビショップ様も元気そうじゃねぇか!!頼みますぜ、この船の守り神様よ!!」
「ま、守り神ですか?」
「そうさ、正直アンタ達にゃあ感謝してるぜ!!カリュブディスをどかしてくれた上に、守り神様まで来て下さった気ままな船旅を用意してくれたんだ!!感謝の言葉しか出ねぇよ!!」
そう言うと船長は手をヒラヒラさせて船首のほうへ向かっていく。
どうやら感謝の気持ちを伝えたかっただけのようだ。
正面きって感謝の言葉を口にされると少し照れくさい。
そんな照れくささを紛らわすかのようにリアナが口を開く。
「そういえばここら辺の海の底に神殿があるんですよ。」
「神殿?」
「はい。私達シー・ビショップの巡礼の地の一つで、通称『忘れられた神の神殿』です。」
「へぇ。何それ、面白そう。ボクも行きたいな。」
「レイレイも行くよ!!」
いきなりセシリアとレイレイが話に入ってくる。
どうやら二人も興味を示したようだ。
もしかすると伝説の武器とか眠っているかもしれない。
そう考えた俺はリアナ、セシリア、レイレイを連れて海底神殿へ行くことにした。
幸運なことに水中で呼吸ができる薬のストックはまだあるらしい。
これは行くしかないだろう。
「お〜い、エフィ達は行かないのか?」
「ああ。ワタシ達はパス。」
「カイさん達だけ行ってきてくださーい。」
エフィとテテス、ティタンまで行かないらしい。
ノリの悪い奴等だ。
俺はすぐに水着へ着替えて、甲板へ上がる。
セシリアはすでに水着に着替えて待っていた。
心なしか少し不機嫌そうに見える。
「お兄ちゃーん!!ボク、サマデントで新しい水着買えば良かったー!!」
「ああ・・・。確かにそれじゃな・・・。」
セシリアが着ているのはとても地味な紺色の水着。
アカデミー時代のものだったらしい。
今どきの女の子にとっては少しかわいそうかな、と思ってしまうものだ。
肌の露出は極端に少ないし、胸元には大きく「セシリア」と名前が書かれている。
しかもピッチリとしているため、身体のラインがすっかりわかってしまうものだった。
まぁ、年齢的にはピッタリなんだが・・・。
レイレイとリアナはそのままで良いため、いつもどおりの格好である。
「用意ができたなら行こうよ。セシリア、泳げる?」
「ちょっと自信がないかも・・・。」
「なら、レイレイの足のどれかにに捕まってね。」
「カイ様は私の手に捕まってください。少しスピード出しますので。」
「おう。」
俺は海に飛び込むと、リアナの細い指を握る。
一瞬、彼女の顔が赤くなったように見えた。
リアナとレイレイが俺達を引っ張って泳いでいく。
目の前に広がるのは美しいサンゴ礁だけだった。
それほど時間がかからず、リアナの言っていた神殿が見えてきた。
もはや「ノルディック号」の姿は遠くて見えない。
こんな短時間でここまで遠くに来れたのは、リアナとレイレイの遊泳速度が速いからである。
おかげで何度振り落とされそうになったか・・・。
まあ、こちらは引っ張ってもらってる身だから文句は言えない。
その神殿はカラフルなサンゴ礁の間にあるのに、存在感を失わない荘厳な建物だった。
本当に神が眠っているのかも、そう思わせるほどの雄大さと美しさを持っている。
「はい、ここが『忘れられた神の神殿』です。」
「レイレイもここに来るのは五度目くらいかなぁ。何もなくてつまらない場所だよ。」
「いや、これはすごい・・・。」
「ボクも驚いた・・・。海の中にこんな立派な建物があるなんて・・・。」
俺は言葉を失う。
想像していたのとは比べ物にならない・・・。
セシリアは目を輝かせながら、神殿の門へ近づいた。
「これ、何て読むの!?」
「えと、偉大なる我等の海の主が選びし者にのみ、この門は開かれん。資格あるものはその証を扉に掲げよ。≠ニ書かれています。」
「じゃあ、ここは開かないのか?」
「はい。いつもはこの門に祈りを捧げるだけで巡礼をしたということになります。だから、私達も扉の中に入ったことがないんです。」
「へぇ、そうなのか。少し残念だな。」
俺は門に寄りかかる。
すると海王の指輪が突然淡く光りだした。
光に反応するかのごとく、門がゴゴゴと開き始める。
一体何事!?
「お兄ちゃん!!もしかして扉に書かれている証≠チて、海王の指輪のことなんじゃ・・・。」
「カイ様、その指輪どこで手に入れたんですか!?」
「港をふさいでいたカリュブディスからもらったんだ!!そんなにすごい物なのか、これ!?」
「はい、海神ポセイドン様に認められた事を意味する貴重な指輪です!!」
呆気にとられる俺。
いくらなんでも予想外すぎるだろ。
「すごい、すごい!!これで中に入れるわよ!!」
レイレイが鼻歌まじりで神殿の中へ入っていく。
俺達もレイレイの後についていった。
中は明かりの一つもないのにとても明るい。
水の温度がとても暖かく感じた。
やがて俺達は大きな広間にでる。
広間はまるでどこかの教会を思わせる神々しいものだった。
その中心には一本の三つ又の槍が置いてある。
「あれはっ・・・、ポセイドン様の槍「トライデント」じゃないですか!?」
そう言って、リアナは槍へと駆け寄る。
しかしそれが石で作られた偽者だと知ると落胆の声を上げた。
まあ、そんなものが都合よくある訳ないよな。
「でも、ここすごいよ!!ボク、今でもドキドキしてるもん!!」
「レイレイもビックリしてる・・・。」
「ええ、それでもここはすごいです!!カイ様、本当にありがとうございました!!」
「俺は何も・・・。」
『よく来ましたね、選ばれし者よ。』
広間に謎の声が響き渡った。
その声は男にも女にも子供にも老人にも聞こえる。
俺達は慌てて視線をキョロキョロ動かした。
誰もいない・・・?
『選ばれし者よ、貴方にこれを授けよう。』
「あ、あなたはポセイドン様ですか!?」
リアナが声を張り上げてそう尋ねた。
声の主はいないのに、声だけははっきりと聞こえてくる。
『違いますよ。我はここで選ばれし者に真なる証を渡すだけの者です。我も貴女と同じポセイドン様に仕える身なのです。』
「真なる証?」
『その前に選ばれし者の心を見せてください。邪悪な者であれば、この証は渡せませんので。さあ、この水球に手を触れて。』
目の前に俺の顔ぐらいの水の球体が現れた。
おそるおそる手を触れてみる。
その水はとても心地よいものだった。
どこからか響いてくる声も優しげなものに変わる。
『よろしい。では、証を授けます。』
水球が光の粒となって海王の指輪に吸い込まれていく。
指輪にはしっかりと青い紋様が刻み込まれた。
どうやら証とはこの紋様のことらしい。
『忘れないでください。邪悪とは魔物の事ではないのです。真の邪悪が何かということは貴方自身で見つけてください。貴方の行く末に幸あらんことを。』
眩い光に包まれる。
次に目を開いたとき、俺達は門の外に立っていた。
夢かとも思ったが、指輪にはしっかりと青い紋様が刻まれている。
あれは一体・・・?
訳もわからず俺はそのまま立ち尽くしていた。
「本当にここでお別れなのか?」
夕日も半分海の下に沈んでいる。
船に戻ってきたリアナは、これから巡礼の旅を再開すると言い出した。
どうやら神殿のことが頭から離れないらしい。
俺達は少し残念な思いをしたが、彼女の決心に口出しするわけにも行かない。
なので、ここで別れることを選んだのだ。
「はい。これから私はもう一度、巡礼の旅をやり直そうと思います。私は一生ポセイドン様に仕える身ですしね。それに・・・。」
リアナは愛おしそうに自分の腹部を撫でる。
本当に嬉しそうな笑みだ。
見ているほうが幸せになるほどの。
「貴方の赤ちゃんをちゃんと元気に産みますからね。」
「ああ、頼んだぞ。」
「はい、任せてください。この子を立派なシー・ビショップにしてみせますから。」
「おう。あとな・・・。」
「はい?」
「色んな人に言ってるが、ちゃんと子供には会いに行くからな。」
「はい。楽しみにしていますよ。」
一体これから何人の魔物とこの約束をするのだろうか?
俺の子全員は無理かもしれないが、約束した人に必ず会いに行こう。
約束した人を忘れるような非常な人間だけには絶対になってはいけない。
心にそう堅く誓った。
彼女はそのまま沖へ泳いでいく。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで、海を見つめていた。
「・・・ん?お前は海に帰らないのか?」
いつまで経っても甲板から離れないレイレイに問う。
彼女は大きく笑顔でこう言った。
「これからはレイレイがお前達を先導してやるんだ。感謝しろよ。」
「え・・・?」
「何だ、そのガッカリした声は!!」
「レイレイちゃん!!一緒に航海するの!?」
「そうよ!!」
「わーい!!レイレイちゃんと一緒にいられるんだ!!」
船中に響くセシリアとレイレイの声。
一人去ったら、一人増える。
まあ、来る者拒まず去る者追わずの精神で行くとするか。
先程まで傾いた夕日が悲しく見えたのに、今ではとても色鮮やかに見える。
空を見上げると、星が瞬き始めていた。
10/06/16 23:48更新 / アカフネ
戻る
次へ