連載小説
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波乱含みのティーパーティー
学生食堂では機材が用意されている最中であった。
ハンドミキサーやオーブンなどの家電だけでなく、泡立て器や包丁などの調理器具も全てだ。
既にやって来ていた4つのグループに対し、各教科の担当教師がグループに一人ずつ、監督と補佐の名目で就いていた。
遅れてやってきた第五グループに対し、クスクスと笑う者がいたが、瑞姫をリーダーとする第五グループは動じない。

彼女達の目には意志が宿っている事に気付いた教師は、この時まだいなかった。
病だろうと、人が避ける程の不細工だろうと、経済的・社会的に嫌われようと、人が些細な事と笑うであろう事も着実に成し遂げて見せるという意志に、である。

「ではこれより、生徒と教師合同のお菓子作りとティーパーティーを開催するでーす! お菓子やサンドイッチであれば何を作るも自由です。思い思いに楽しみながら、優雅なひと時を過ごして欲しいですよー。 ――始めー!」

亜莉亜の気の抜けるような声での宣言と共に、ティーパーティーは開始される。

各グループの補佐は次の通りとなった。
第1グループ――黄泉
第2グループ――マリアナ
第3グループ――アルマ
第4グループ――亜莉亜

そして瑞姫と朱鷺子のいる第5グループには――

「あ、貴女達のグループの補佐に呼んでおいた人がいますから、期待するですよー」

亜莉亜は申し訳無さそうに言うが、周囲の生徒は哀れな者を見るような目でなおも笑う。
それが後悔に変わる事も知らずに――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

話は凱が職員室に出勤して来た時にまで遡る。
亜莉亜が厳しい顔をしながら凱の方に近づき、告げた。

「龍堂用務員。貴方、料理が出来ると学園長から聞いたですよ。本当です?」
「え? ええ、一応は…」

唐突な質問に後退りながら答える凱。それを聞いた亜莉亜は更に問う。

「では……、お菓子作りは出来るですかー?」
「子供の時から父子家庭だったので、料理も菓子作りもそれなりにやってます。父から習ったのと本を見ながらですが」
「ええ?! それは素晴らしいです! 未婚の女性が黙っていない筈ですよー」
「……俺は、どう言う訳か女どころか魔物娘に見向きされませんでしたから。黙ってない、と言うのが良く分からんです」

自嘲しながら問いに答えた凱の姿に、亜莉亜はそれ以上の追求は後々良くないと悟り、本題を切り出す。

「今日は授業内容を変更するですよー。グループ分けして、お菓子作りしながらのティーパーティーを開催したいと思ってるですよー」
「それで私に何をしろと仰るので?」
「10人一グループで組ませるので、どうしても一グループだけ余るですよー。そこで残ったグループの補佐をお願い出来ませんですか?」
「……それが仕事だと言うなら、逆らう事は出来ないでしょう?」

そこに副担任を務めるサキュバスのアルマが入ってくる。

「あまり自分を卑下し過ぎると、妹さんに嫌われるわよ?」
「どう言う事ですか?」
「様々な事情を抱える子達と言っても好き嫌いはあるから。妹さんはアルビノでしょう? 十中八九、グループからあぶれる一人になるわ」
「(まさか、瑞姫に限って……)その子達のグループに付けと?」
「結論はそうよ。でもね、目的はそれだけじゃないの」
「と言うと?」
「ちょっと強引で汚い手段ではあるけど、魔物化をさせるに相応しい人材を手早く見つけ、その適性を高める事も兼ねてるわ」
「あぶれた者達にその資格があると?」
「容姿が悪い子、病を持っている子、社会から見放された子。そういった子達はダイヤの原石になり得るの」
「妹をふるいにかける気か!」

元々魔物娘にも嫌われている凱にとって、ようやく信じる事が出来た愛する者を篩(ふるい)にかけようとする、魔物娘に対する怒りを隠す事が出来ないでいた。
だが《副担任(アルマ)》は厳しい声で続ける。

「さっき言った通りよ。魔物化させるに相応しい者を手早く見つけ、適性を高める、と」
「……っ!」
「色々と思う所はあるでしょうけど、これは我々魔物娘の役目でもあるの。急進派みたく当人の意思を無視して、面白半分に同族を増やす真似はしないけどね」
「急進派……?」
「それについては放課後にでも話すわ。とにかく、あなたはあぶれて組まされた子達の補佐をする事。いいわね?」
「……了解」
「あなたのお菓子作りの腕、期待してるわ。しっかりね」

アルマは凱の肩を軽くパンパンと叩いて話を打ち切ると、入れ替わりで亜莉亜が凱に話しかける。

「念の為にも、その子達の為に作るお菓子のレシピを考えてて下さいです。資料を見る限りでは、出来る子が何人かいるですよー」
「ならば買い出しが必要になるかもしれませんが?」
「必要な食材は全て揃えてあるので、心配は無用ですよ。心おきなく使っていいですよー」
「……」

そうして、凱はいち早く学食の食材倉庫に出向き、どのような食材があるのかを確認し、取り出していた。
もっとも、これが原因で開始に間に合わなかったのだが……。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

台車で食材を運んできた凱の姿を見て、一番驚いたのは瑞姫だった。

「お兄さん! わたし達の補佐はお兄さんだったのね!?」
「ああ、とは言っても瑞姫までいるとは流石に予想出来なかった」
「……用務員、さん……?」
「三日月くんもいたとは……。みんな、俺は用務員をしている龍堂凱と言う。よろしく頼む」

一礼をすると、グループの生徒達は倣って礼をする。すると凱は切り出す。

「何か作りたいお菓子はあるかな? 出来る限り、そのリクエストに応えたい」

尋ねた途端に、クッキーやチーズケーキなど様々に食べたいお菓子の名前が生徒の口から出る。

「よし! まずは卵を使わなくても作れるクッキーから行くぞ。まずは見てて」

薄力粉、砂糖、マーガリンを取り出し、始めに薄力粉と砂糖を厚手のポリ袋に入れ、空気を入れて袋の口を閉じて、袋を振った。
ここまでをやって、凱は分量と手順を書いた用紙数枚を配る。

「これが、今の分量と手順だよ。皆で一緒にやってごらん」
「「「「はい!」」」」

小さな事でも頑張ろうとする意志を他のグループは見ようとしない。
いや、見る余裕が早くも無くなっていた。

凱が担当するグループは既にマーガリンも混ぜ、出来上がった生地を型抜きして焼いていた。
これに対し、他の四グループは味覚音痴に料理音痴、挙句は包丁もろくに握れなかったり、道具を見ても首を傾げるだけだったり、とまともに動いていない。
それ以上に主導権の奪い合いという浅ましい内輪揉めまで起こしているのだ。

「ああ、もういい! オレはもう知らん! そこまで自分が可愛いなら好きにしろ!」

この言葉と共に、早々と補佐を諦めたのが黄泉だった。
彼女の付いた第1グループが一番主導権争いに躍起になっており、その様子に短気を通り越して呆れ果てていたのだ。
黄泉はあっさり見切りをつけると、凱のいるグループにさっさと鞍替えした。

「おう、用務員のアンちゃん。悪いが、オレも加えてくれ」
「この子達が良いと言うのであれば。先生一人増えるけど、構わないかい? みんな」

第5グループの生徒全員が凱の言葉に無言で頷く。

「……だそうです。どうぞ」
「すまねぇな、みんな」

申し訳なさそうに黄泉が礼を述べる。
だが、「リーダーは自分だ!」と怒声を上げながら乱闘を始めた第一グループによって、菓子作りは一時中断されてしまう。
第一グループの者達は結局、アルマとマリアナによる魔法で金縛りにされた後、非常勤の魔物娘達によって体育館へ放り込まれる。
それだけなら良かったが、彼女達は金縛りが解けた途端、乱闘を再開。
制服を破かれるのも厭わず目の前の敵を倒そうと暴れる姿は最早、錯乱した獣だ。

一方、黄泉を新たに加えた第五グループではクッキーが焼き上がっていた。
見事な出来栄えに凱以外の全員が感心する。

「すぐは無理だぞ。冷ましてからの方がしっかり固まるからね」

焼き上がったクッキーを天板に乗せたまま、粗熱を取る為に奥の方に置く事になった。
他のグループが盗み食い等の粗相をしないようにする対策だ。

凱が更に提案したのはチーズケーキを三種類作るというものだった。
これには瑞姫のみならず、第五グループの生徒達が驚きを隠せない。

しかしそれ以上の、それも悪い意味での驚きが外から次々と襲いかかって来た。

第2グループは、食材をつまみ食いする者達によって次々と食材が消えた為に作る菓子を変更する破目になり、その挙句、第5グループの菓子を盗もうとした。結局、菓子そのものを作れなくなって脱落。
担当に付いたマリアナの失望を買い、彼女から教室に戻っての自習を言い渡された。

第3グループに至っては、食材を洗うのに、何と食器用洗剤を使っていたのがバレて、担当に付いたアルマを激怒させた。
結局、このグループの生徒達も家庭科の自習を言い渡されて教室に戻された。

第4グループは唯一まともに作る事が出来たものの、当初提案し、実行した菓子とは別物の異様な物体が出来てしまう。
それでも食べるに耐えられるものではあったが、担当に付いた亜莉亜は頭を抱える事となる。

第5グループはマリアナとアルマも迎え入れながらチーズケーキを三種とも焼き上げる。
その出来上がりに歓声が上がり、生徒や教師という枠を超え、一緒に菓子作りをした手応えと喜びがそこにはあった。
凱の主導の下、クッキーとケーキが焼き上がり、更に凱が独断で作り上げたサンドイッチとスコーンまで用意されるという、豪華なティーパーティーとなったのだ。

グループ参加者には笑顔が溢れ、生徒達は互いを仲間と認め合い、教師らも凱や生徒達の意外な手腕に驚嘆するばかりだった。

ゆったりした時間と共に、やがてティーパーティーは終わりを告げる。

因みに凱は亜莉亜の為に一切れずつ避けて、残していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ティーパーティーを終えた後、体育館に放り込まれたにもかかわらず乱闘を繰り広げた第1グループの生徒達を回収にやって来た教師達。

そこで彼女達が見たものはブレザーまで引き裂かれていた者がいた程の、例えるならボロ雑巾と呼ぶに相応しい惨状であり、教師達は呆れる他無かった。

結局、それ以外のグループと凱とで学食を掃除し、道具もまとめておく事で撤収を終えた。
亜莉亜は第1グループ以外の生徒らと終業のHRを済ませると、件の生徒達に説教をする名目で会議室を使い、教師総動員で調書と反省文を書かせて、ようやく解放した頃には夜の8時を回っていた。

それに遡り、凱は学食にまとめられていた道具を元の位置に戻す作業をしていた。
だが、道具の量が予想以上に多く、待っている瑞姫に申し訳ないと感じ、携帯に連絡を入れる。

『もしもし。お兄さん? どうしたの?』
「片付けが思ったより手間取りそうだ。何時に終わるか分からないから、待たないで先に帰って寝てていいよ」
『うん。無理……しないでね?』
「分かってるよ。義父さんに電話して、迎えに来て貰うようにお願いしてみるから。じゃ、家でな」

連絡を終え、着実に片付けた後に報告書を職員室で書く頃には、教師達が疲れ切った様子で職員室に戻って来た。

「お疲れ様です」
「ごめんなさいですー。撤収を押し付けてしまって申し訳無く思ってるですよー……」
「そうだったわ。急進派について軽く教えなきゃね」
「そういえば、そんな事言ってましたっけ」
「簡単に言えば、人間の都合を一切無視して女を魔物に、男を魔物の婿にさせる、魔物娘の最大派閥よ。魔王軍の中にもシンパが多いわ。人間達からは「過激派」、私達魔物からは「急進派」と呼ばれてる事が多いわね。全ての人間女性を積極的に魔物に変えて、世界を全て魔界に変えるのが目的の連中なの」
「人間の意思は知ったこっちゃない、か。堪ったもんじゃねえな」
「一応気をつけなさい。あなたの妹を狙ってる輩は多いわ。彼女にしようと躍起になってる男子、レズパートナーにと企んでる女子、更には魔物もね……」
「その時は容赦しませんので」
「こちらも善処はするわ」
「そうですね。ああ、そうだ。鬼灯教諭、これ、残しておいたんで良ければどうぞ」
「え?! これは、まさかあたしの為に?」
「お口に合えばいいんですが」
「こいつのケーキ、すっげー美味いぜ! お前の分だから遠慮なく食いな!」
「ありがとですー。後で美味しくいただくですよー。さあ、もう一仕事終えるですよ!」

報告書をまとめ上げ、何とか全てを終えて家に帰ったのは更に時を経た夜10時であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

家に帰ると義両親が就寝の支度をしていた。
翌日は早くに出なければならなくなった、とぼやいた程である。

居間に入ると、瑞姫がテーブルに突っ伏しながら眠っていた。
紗裕美は凱に「帰ってくるまでここにいる、と言って聞かなかった」とこっそり耳打ちしてきた。

瑞姫の横に座り、その寝顔を見ていた凱は安心すると同時に、何となく悪戯心が湧いてきてしまい、頬を左の人差し指で優しくぷにぷにと触れる。
すると瑞姫が寝ぼけ眼で凱の人差し指を咥え、更にその咥えた指をしゃぶり、口の中で指先を舐め回す。

「あむぅん……、んっ、ちゅく、んちゅ、じゅるぅ、んぅうん……」

彼女であり妹、という危ういバランスで理性を保っていた彼だったが、
甘えるように指をしゃぶり続ける瑞姫の姿は少女にしてはあまりに淫靡であり、蠱惑的だった。
これによって凱は義妹を女として意識するようになってしまう。
後に結婚する事になる二人ではあるが、この時、瑞姫はまだ14歳。
現代の法に従うならば、最低でもあと二年待たなければならない。

瑞姫は次第に意識がはっきりしてきても指しゃぶりを止めないどころか、凱の左手を両手で愛おしく掴み、上目遣いで見つめてくる。

「さあ、今日は早いけど自分達の部屋に帰って寝ようか」

その言葉に瑞姫は首を軽く横に振り、拒否の姿勢を示す。愛する義兄の指を咥えたままで。
不思議に思う凱にはっきり言おうと、瑞姫はようやく咥えていた彼の指を放す。
唾液が名残惜しそうに凱の指との間に糸を作り、そして切れる。
そうして瑞姫は言葉を出した。

「我慢するのは……もう嫌なの。お風呂にも一緒に入らせてくれないし……。今日は……せめて今日はお兄さんの隣で寝かせて……」
「ダメだ。いくら許嫁でも、瑞姫は14じゃないか」
「わたし、これでもずっと我慢してるの! お兄さんの傍にいたくて、お兄さんの事を思いながら……その……」

急に顔を赤らめて恥ずかしがる瑞姫の様子に怪訝そうな表情の凱であったが、彼はそれをすぐに察した。

「自分で……慰めてたのか?」
「……」

俯きながら羞恥に顔を赤くしたままの彼女だったが、僅かに震えた直後、彼の手にポタポタと液体が落ちる。
それは瑞姫の涙だった。彼女は顔を上げて告げる。

「ずっと傍にいて……。寝る時も傍にいて……」

涙を流しながらの懇願に凱は根負けする形で、無言で頷いて了承する。

「パジャマに、着替えて、くる、から。部屋に……いて」

泣きながら笑顔と見せる瑞姫は立ち上がると、そう告げてそそくさと自室に入って行く。
凱もそのまま部屋に戻り、パジャマに着替えながら自分の机を見ると、弁当がまだ残っていた事に気付く。
ティーパーティーでの騒動であっという間に昼飯時を逃してしまった事もあって、軽く溜息をつきながら弁当箱を開けようとしたその時、
瑞姫がパジャマ姿で入って来た。
髪は解いており、白金にも見える艶やかな髪が膝裏にまで届いている。

「あ……。そういえば、お弁当食べ損なったね。一緒に食べよっ!」

慌てたように弁当箱を取りに行き、また凱の部屋に入ると机に弁当箱と水筒を置く。
その瞬間、瑞姫はある物に気付く。

「これ……、転校初日の……」

それは瑞姫の転校初日にして、凱の用務員生活初日となった日に取った記念写真だった。
フォトスタンドに収められているその写真には初々しい制服姿の瑞姫が立っていた。

「新しい家族を一緒に作って行く人だから…って願いを込めて、こうして飾ってるんだ」
「大切にしてくれて嬉しい……」
「さ、食べようか」
「うん」

ラジオを付けながら、二人は小さなテーブルに移動して弁当を食べ始める。
テレビと違って画面に集中する必要も無く、BGM代わりにも出来てしまう所から、凱はラジオ番組を好んで聴いていたのだ。
すっかり冷めきった弁当であったが、瑞姫にとってはそれでも良かった。
愛する義兄と一緒の時間を過ごせる事が彼女自身にとって何よりの宝であり幸福なのだから。

やがて食べ終わり、歯磨きも終え、二人はベッドに入った。
瑞姫を壁側に来させて落ちないようにし、その上で布団を被ると不思議な安心感が凱の心に湧き上がっていた。
一方の瑞姫も、愛しい許嫁が目の前にいるという事実が、身と心を温かくさせていた。
睦言を交わし合いながら週末のまったりとした部屋でのデートを約束し、
二人は寄り添い合いながら眠りに落ちて行くのだった――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

同じ頃、風星学園・学園長室ではエルノールと初代が今後の対応を話し合っていた。
第1グループの女生徒達が乱闘の際に上げた金切り声が高等部の側に聞かれており、高等部の教師陣が学園長室に押し掛けてきたのだ。
とどのつまりは抗議である。

『それにしても大変な騒ぎになったようじゃな、そちの所は』
「はっ……、面目次第もありませぬ。不覚でありました……」
『それにしても龍堂凱……か。然るべき事を習わせれば主夫としても有能と見るが?』
「はい。特別クラスにおける龍堂用務員の評判も一部を除けばすこぶる良いとの報告がありました。ただ、昔の家庭環境のせいか、自分を卑下する様子も見受けられるとか。わしも彼を、放っておけない存在と思うております」
『ほほう、そちはそう思うか。いっそ、嫁に行くのはどうじゃ?』
「っ! そそそそ、そんな事は出来ませぬ! 許嫁がいるではありませんか!」

初代が意地悪な笑みを浮かべ、エルノールに問う。

『正式な婚姻関係ではなかろう。強引に奪う事も魔物の性ではないか?』
「それは我々が禁忌とする寝取りになりまする! 対応を誤るなと言ったのは初代様ですぞ!」
『クハハハ。エルノールよ、そちは変わらんのう。変な所で真面目じゃ。まあ良い、あの二人を何時頃になればサバトに引き入れる事が出来そうじゃ?』
「く…、それは流石に分かりませぬ。強引な手を使えば却って反発し、サバトが更なる悪評に晒されるは必定。此処は何時ものように接するのみと考えております」
『そうか。全く、人間と言うものは煩わしい物を抱え過ぎじゃな……』

呆れ顔の初代に対し、エルノールは苦笑を浮かべる事が精一杯だった。

『おお、そうじゃ。そちの支部が他の支部から孤児院などと揶揄されておるようじゃが、気にするで無い』

突然振られた話題にエルノールは困惑する。

『そちの決断と行動によって救われた者はおるのじゃ。現にそちの支部は他より、目に見えて結束が強い。焦る事は無い』
「しかし、他の支部に比べれば……」
『じゃから焦るな。我がサバトの支部は大小様々、星の数程にある。優劣云々と騒ぐのはそれこそ愚の骨頂じゃ』
「……」
『それに今、そちの所には有望な二人の男女がおるではないか』
「っ!!」

初代の言は明らかに凱と瑞姫の二人を指していた。
エルノールはただただ無言のまま。

『そちに以前、対応を誤るなと言った事は覚えておるようじゃから良いとして、問題は凱の方じゃ。あやつは人間の悪意を見過ぎておるし、我々魔物娘からも救いの手が無かったと聞く。人間や魔物娘に対しては諦観の境地にあるじゃろうな』
「そのようには見えませんでしたが……」
『そちもまだまだ未熟……、いや、他人の心を読めれば苦労は無いか。報告を見るに、諦観を通り越して平等に接しておるようじゃのう。……悪い意味で、としか思えぬがな』

溜息をつきながら初代は続ける。

『このまま行けば、彼奴はいずれ何処かで暴発するぞ。遅かれ早かれ、な。今は瑞姫が安全弁の役目を果たしておるようじゃが、このまま放置すれば、あの娘でも止められんじゃろうな』
「残念ですが、わしには何時ものように接し、見守ってやる事しか出来ませぬ……」

悔しさを滲ませるエルノールの様子を察したのか、初代は返答する。

『何もせぬよりは遥かにマシじゃ。それが心境の変化に繋がれば御の字と言うものよ。強引な手段はそれこそ、彼奴の暴発を早めるだけじゃろうて』
「初代様……」
『それに瑞姫が万が一危機に陥れば、我等の計画が御破算になりかねん。凱も形振り構わんじゃろうて、警察だろうが総理大臣だろうが、果ては天皇だろうがお構いなしに喧嘩を売るじゃろう。そうなれば、とてもではないが我等でも庇えん。そうならぬ為にも、そちは受け皿になる覚悟もせねばならん』
「受け皿、と申しますと?」
『カウンセラーになってやるんじゃ。瑞姫以外の人間では到底、彼奴の受け皿にはなれん。それどころか初対面で拒絶するか、受け切れずに壊れるかじゃ』

初代は言い終えた途端、不機嫌そうに鼻息を鳴らす。

「分かりました。出来得る限りの事はやってみます」
『苦労を掛けてしもうて済まんな。壊れてもおかしくない彼奴の心を治すのは凡百の人間如きでは不可能。だからこそ、我等サバトの手で成し遂げるのじゃ。強引に襲うだけが能では無い。人間では出来ん事を成す、それもまた《サバト(我等)》の誇りとなろう』
「急進派には気をつけねばなりませんな…」
『それなら心配は及ばん。わしが密かに調べた所によれば、凱は【完全除外リスト】という急進派独自の書類に載っておった。つまり、急進派にとって関わる価値の無い者達のリストじゃ』
「そんなリストが……!」
『そのリストは急進派の中でも機密扱いじゃ。まかり間違っても口にしてはならん。我等二人だけの胸の内に収めよ。良いな?』
「ははっ」

恐るべきリストの存在を口にしてはならないと誓い合う二人。
エルノールもこれ以後、少しずつ凱と関わりを持つようになる――
19/09/02 08:15更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
【完全除外リスト】
本作オリジナルアイテム。

急進派の機密書類。
魔物娘とする価値の無い、もしくは魔物娘のつがいとする価値の無い人間を事細かなデータと共に記載したリストで、その基準は急進派独自のものであるらしい。

機密書類である為、デルエラを始めとした急進派の大幹部しか閲覧が許されておらず、それ以外の者には存在さえ知らされていない。
万が一にも存在を知ってしまった場合、恐るべき制裁が待ち受けているとされている。

初代ことバフォさまが閲覧出来たのは慎重に慎重を重ね、僅かな隙を突いたが故の事である。

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