連載小説
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誕生日パーティーに向けて(3) レッスン……だよね?
カチャ

風星学園特別寮の門前に停車した黒塗りのセダンの、後部ドアが開く。
時計の針は20時を回っていた。
源家本邸で長居したことを念話で瑞姫に詫びつつ、車を降りる。
もっとも、杏咲が思いの外引き留めたことが悪いのだが。

『せっかくレッスンルームにいるんだから、少し試さない?』

などと言い出すものだから、早坂も張り切ってしまう始末で、その結果がこの時間だ。

「若様、ご自宅に到着しました」
「あ、有難うございます」

車を降りた凱は早坂に向き直り、頭を下げる。

「早坂さん、今日は有難うございました」
「今後ともよろしくお願いします」

早坂は丁寧にお辞儀すると、そのまま車に乗って去っていった。

しかし、慣れないことはするものじゃないと凱は思う。疲れ切った身体では、家の前から玄関ですら遠く感じたからだ。
まさか、ダンスの基本動作だけでこれほど体力を使うとは、思ってもみなかったのだから。

玄関の鍵を外してドアを開けるも――

「ただい、ま、ぁ……れ……?」

――意識が遠のく。
リビングのドアが開く音が聞こえ、パタパタドタドタと音がする。
凱はと言えば、疲れで玄関に靴を履いたまま伏せていた。

「お帰りなさい。お兄さん」

顔を上げると、同じようにしゃがんでいる瑞姫が目の前にいて、エルノールらヨメンバーズの一同も心配そうな目で迎えている。

「瑞、姫……」
「念話の声が弱々しかったから心配だったけど、やっぱり……無理しすぎだよ」
「――すま、ない」

起き上がりながら答えるが、瑞姫は安心などしない。

「バイトなのは杏咲さんから聞かされたから知ってたけど、これじゃ先が思いやられるよ……」
「……正直言って、ペースが掴めねえ……」

立ち上がろうとする凱を、瑞姫らが支える。

「お風呂沸かすから、リビングで待ってて」
「うん……遅くまで、ゴメン」
「いいから、とにかく疲れ取りましょ!」
「……うん」

疲れていたし、汗もかいていた。ゆえに、凱も風呂を選び、地下にある脱衣所に向かうと、服を脱ぎ、洗濯機へ放り込む。
すると、それに合わせたかのようにノック音が響く。
実は、地下に脱衣所があるのには理由がある。

『お兄さん。今、大丈夫?』
「瑞姫……だけじゃないな?」

脱衣所の扉が開き、バスタオルを体に巻いたヨメンバーズの七人全員が入ってきた。
脱いだばかりの凱が素っ裸なのは言うまでもない。

「あ、もう脱いでたんだね」
「全員で来て大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫」

普通なら、お互いに悲鳴を上げる場面だろうが、凱とヨメンバーズ(特に瑞姫)の場合、そうはならない。
魔物娘を娶った者の日常でもある。

「もう風呂に入るよ」
「うん♪」

風呂場と脱衣所の境となるドアを閉め、八人全員が一斉に風呂場に入る。

そう。地下は、ヨメンバーズ全員が入ることを前提とした大浴場になっているのだ。
全員が入っても相当に余裕がある造りになっており、その広さはソープランドの個室の少なくとも8倍。

シャワーの栓を捻りつつ、出てくる湯を少し熱めに調節して頭から浴びると、凱が倒れないようにヨメンバーズ全員で支える。
そうすると、腕と背中に柔らかい物が当たる。

「さ、座りな、凱。そんなに疲れてちゃ、動くのもしんどいだろ?」

黄泉が少し強引に凱を座らせると――

「大丈夫じゃ。わし等がやるでな」

エルノールがそう声をかけ――

「旦那さま。今宵は私たち、七人全員でお相手いたします」

ロロティアがタオルを手に取り、石鹸で泡立てると――

「じっとしててね」

瑞姫の言葉を合図に、七人のタオルが凱の体を擦り始める。
もっとも、それで済むはずもなく、キスをはじめ、ディープスロートやハーモニカ奏法、挙句には潜望鏡が繰り広げられ、そのまま8Pにもつれ込む……。

そんな幻想的で、陶酔と淫靡に満ちた夜が、風星学園特別寮の大浴場を舞台に流れていく……。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

翌朝――。

特別寮を出ると、門前には黒いセダンが停まっていた。

「おはようございます。若様」

驚くような光景ではなかったが、想像していなかった。
早坂が待っていたのだ。

(おかしいな。約束してたっけ?)

――と思っていたら――

「お早う。ガイさん」

聞き覚えのある声が、車の中から響く。
車中を伺うと、南鳳学院の制服に身を包んだ杏咲が座っていたのだ。

「あれ? 朝早くからどうしたの?」
「一緒に学校へ行こうと思って♪」

彼女の声を合図に、早坂が後部座席のドアを開ける。
呆気に取られるも、瑞姫の『杏咲さんから聞かされたから知ってた』との言葉に、考えるまでもなく気持ちを切り替える。

(まあ、いっか)

凱はそう思い、乗り込む。

「では、まずは学校の方へ参ります」

早坂の言葉と共に、黒い車は学校へ向けて走り出す。

「ガイさん」

突然、杏咲が口を開く。

「な、何?」
「私も、あの人達の中に入れるかな……?」
「……?」

意外な言葉に疑問を抱く凱だったが、それ以上、杏咲へ言葉を出せなかった。

**********

しばらくして、黒い《高級車(セダン)》が、南鳳学院大学附属高校の校門前に停まる。
運転手である早坂が素早く車を降り、校門側のドアを開けると杏咲が降り、凱も見送りのために降りる。

「姫様、いってらっしゃいませ」
「学校、頑張れ」

いつもの様に深く礼をする早坂。
杏咲は凱への名残りを見せ、その場に立ったまま。
早坂が、凱へ言葉を向ける。

「では若様、まずは会長室へ参りましょう」
「はい。お願いします」

そう返答した、まさにその時――。

凱に敵意のある視線が向けられていた。
自然と附属高校の生徒たちと視線が交錯する。

こちらに敵意は無い。
バイトではあるが、それを知らない彼ら彼女らにとって、凱は異物であり、《侵略者(インヴェイダー)》なのだ。

「おい、ザコミヤァッ!」

怒りを露わにしながら、集団を抜け出してくるのは、凱の怨敵・笹川香織の実弟・笹川和馬なのだが、凱は彼に出会った事が無いため、顔を知らない。

「お前……どんな弱みを握ったんだ!」
「……は?」

和馬の突然の突撃と言い掛かりは、凱にはまったく意味が理解出来なかった。

「だってそうだろ! 杏咲さんが世界最底辺奴隷のてめーといるとか絶対にあり得ない! 汚い罠にかけて弱み握りやがって!」
「杏咲、こいつ誰?」

目の前で無駄にイキり散らす男を指差しながら、杏咲に尋ねる。

「この人はお父様が選んだ学友の一人、笹川和馬くんよ」
「(笹川? まさか……!?)ふうん、そうなんだ」

凱と杏咲のやり取りに、和馬はダメージを受け、よろよろと後退ってしまう。

「なん、だと……。よ、呼び捨てだと……!?」
「呼び方を指図される筋合いねえよ」

流石に癪に障った凱の返しに、周囲の生徒の敵意が強まる。

「てっ! てめー!」

キーンコーンカーンコーン

和馬の怒声と同時に予鈴が鳴り、生徒たちは小走りになる。

「くそっ! 覚えとけよ!」

和馬の遠吠えが響く。

「やれやれ……うるせえ奴だ。では、早坂さん。お願いします」

そう呟くと、不意に杏咲の声が響く。

「早坂。私、今日は休みます」
「「!?」」

何と、まだ凱と早坂の前に居たのだ。

「姫様、それは……」
「折角だもの、今日は一日たっぷり、ガイさんに付き合ってもらわなきゃ♪」

杏咲は急遽学校を休み、ダンスの練習をしようと決心したのである。
凱も早坂も、流石に呆れる他ない状態だ。

ひとまず、会長である源義成の下に行き、軽く仕事を済ませてから、源家本屋敷へと向かうのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

かくして、源家本屋敷の敷地内――

今日から本格的にダンスの練習相手のバイトが始まった。
杏咲の誕生会ではワルツしか踊らない決まりが定められており、基本的なステップだけで十分、と早坂が前もって教えていた。

そういう訳で――

「アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ。お上手です姫様。アン、ドゥ、トロワ。若様もよくついてきております、その調子ですよ」

凱は源家のレッスンルームにて、杏咲と共に基本動作の練習をしていた。
杏咲は『ダンスなんて踊れない』と事前に言っていたが、それは真っ赤な嘘であった。
テストなどで全然だったと言いながら、とんでもない高得点を叩き出す者がいるが、彼女はまさしくそのタイプだ。

「杏咲って、存外いい性格してんな」
「だって、小さい時に齧っただけで、人前で踊るなんて無理だもん」

早坂の指導の下、基本動作である予備歩、ナチュラルスピンターン、リバースターンを教わって、個々にそれらを練習する。

「アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ……」
(まだまだだな。どうやったら動きにキレを……)

凱は心中で悩むが、それを知る由も無い杏咲はゲラゲラ笑う。

「……そこまで笑うならやってみろよ」

すると、杏咲は早坂のリズムに合わせ、優雅にステップを踏んでみせた。
凱が見ても判るくらい、明らかに初心者の動きではない。

「やっぱいい性格してるわ」
「そんなことないもん」
「まあまあ、二人とも喧嘩しない。では、組んでやってみましょう。姫様は先輩ですから、若様を導くように。若様もなかなか筋がよろしいです。先程以上に姿勢を正しつつ、姫様に合わせることのみを考えてやってみましょう」

レッスンの先生となった早坂だが、それが砕けた感じでとても親しみやすい。

「まずは、若様の右手と、姫様の左手を繋いでください」

すると何を血迷ったのか、杏咲は凱の手を恋人繋してくる。

「姫様! 恋人繋ぎではありません! 普通に、普通にです」
(何やってんだよ、お前は……)

凱は内心で呆れてしまう。

「普通に正面に立たず、オフセットして立つ――そうです! あとは若様が姫様の肩甲骨に右手を添えてください。はい、お上手です」
「ガ、ガイさん……」
「? どうしたの?」
「その……もう少し、このままで」

妙な願いと思いつつ、凱は杏咲の提案を受け入れる。

「姫様。お気持ちは分かりますが、そこまでですよ」
「いいじゃない、少しくらい」
「それではいつまで経っても踊れやしませんよ。では始めましょう。準備は良いですか? ――はい、アン、ドゥ、トロワ、アン、ドゥ、トロワ……」

その後、二人はまさに死ぬ気になって練習した。
何度も足を踏んで、何度ももつれて転んで、そして何度も笑い合って――。
杏咲は練習に付き合ってくれた。

(こんな日々も、悪くないかも?)

そんな忙しくて辛い、それでいて充実した日々が、誕生日前日まで続いたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そうして時はあっという間に過ぎ、最後の練習が終わった日――。

玲奈と食事を摂るために食堂へ移動していた時である。

「待って、ガイさん」

一緒に向かう杏咲に呼び止められた。

「これ、お願い」

そう言って彼女が差し出したのは、厚手の紙で出来た封筒の束だった。
表を見ると、ご招待状と書いてある。

「何これ?」
「私の誕生パーティの招待状よ。ガイさんだけじゃなく、風星学園の皆さんにも来て欲しいの」

正直言うと、嫌だった。
招待客の大多数を占める、上級国民と呼ばれる人種が心底気に入らなかったからだ。
だが、杏咲は一緒にダンスを練習した《戦友(パートナー)》であるし、瑞姫らヨメンバーズの全員の分も招待状を貰った以上、無碍には出来ない。

晴れの舞台でどんな風に踊るのか、是非見たいという気持ちも多少はあった。

「分かった。行くよ」
「うん。ありがとう。当日はそれが入場券になるから、忘れないでね」

心配そうに杏咲は言う。

「分かった。絶対に行く」
「うん、待ってるから♪」

行くという返事をしてからの杏咲は、凱の目から見ても明らかに顔を紅潮させ、本当に心から喜んでいるのが丸分かりなほど可愛らしかった。

こんなに喜んでくれるなら、練習の話を受けた甲斐があると実感しつつ、清々しい満足感が、凱の心を満たしていくのだった。
26/01/19 01:40更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
過程を描く関係上、ストレートな出会いとエロに繋げれないのが何ともなあ、と思う。

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