誕生日パーティーに向けて(2) レッスン開始
大きな窓から明るい日差しが差し込んでくる。
源家に招待された凱は、食後の紅茶と一緒にデザートを楽しんでした。
「――凱くん、折り入ってお願いがあるのですが、バイトをしてみませんか?」
「……それは内容にもよります」
「来週の土曜日、当家の迎賓館で、杏咲の誕生パーティが開かれます。問題はそのパーティで……杏咲は、選んだ相手とダンスを踊らなければならないんです」
詳細を話した玲奈は『はぁ』とため息をつくと、凱の顔をチラリと見た。
嫌な予感が凱の身にひしひしと伝わってくる。
ついでに目の端で捉えた杏咲は、恥ずかしそうに顔を伏せている。
(まさか、な……)
そう思ったとは言え、結局は疑問を口にする。
「踊ってやれ、と?」
「いいえ。さすがに頼めません。杏咲が選んでこそ価値があるのです。問題はそこではなくて、杏咲が踊れないことにあるのです」
「? 杏咲、どうなってんの?」
俺は呆れた視線を杏咲へ向けた。
だが、彼女は頬を膨らませてパッと横を向く。
「杏、咲……?」
「きょ、去年までは、踊れないと言って、逃げてたの……」
ポツリと白状する杏咲に何かを言おうとした凱だったが、それを押し込んで玲奈に質問を投げかける。
「……今年はそうは行かない、と?」
「そうです。そこで、凱くんにはこれから二週間、杏咲のダンスパートナーとして練習に付き合って欲しいのです」
「あの、踊ったことすら無いですが?」
凱にとってダンスと言えば、平日の夕方か夜に市民体育館など社交ダンスを踊っているのを見た程度。
庶民でダンスが踊れるとすれば、元気なお年寄りか物好きくらい――というのが凱の認識だ。
「ええ、だからお願いしています。お互いに支えあって、関係を深めつつダンスを習得できれば良いかなと」
「その……バイトと言うからには、バイト料は出るんですよね?」
なかなか引き下がらない玲奈へ、冗談半分でバイト料を尋ねた。
「一回あたり、一万円。休日なら倍額でどうでしょう? もちろん送迎、食事込みの料金です」
「っ!?」
思わず息を飲む凱。
一回一万円は、社会人にとっても侮れない額。しかも、その金額が回数制によって支払われるとなれば――。
言わせた以上、覚悟を決めなばならない――凱はそう感じた。
「……分かりました。それが杏咲の役に立つのなら」
「ガイさん!」
杏咲が感極まったように呼んだが、一応スルー。
執事の早坂がやるように、片手を胸に当てて雇用主である玲奈にお辞儀した。
金の力は偉大、とはよく言ったもの。
『お願い』というキーワードを出した直後から、断ってはいけないと考えたものの、提示された金額には逆らえない凱であった。
いくらサバトの資金が潤沢とはいえ、無限ではない。それに、杏咲の練習に付き合う度に一万円が手に入るのだから、断る理由が見当たらない。
つまり、童話『アリとキリギリス』でいう所のアリとキリギリス両方の良い所取りをするようなもの。
楽しく踊れば金になる、と凱は考える。
「現金ですね」
玲奈が凱を見て笑い、凱はそんな自分の情けなさに遠い目をしてしまう。
「ですが、それも良いでしょう。では、練習自体は凱さんの可能な日にお願いするということで、今日は衣装合わせをしましょう……そうとなれば、善は急げ――早坂」
「はい、奥様」
音もなく早坂さんが姿を現す。
「凱さんが、杏咲のダンスの練習相手を受けてくれることになりました。彼への送迎をお願いします。まずは、すぐに二人の練習用の衣装を見繕ってください」
「《畏(かしこ)》まりました」
目の前で展開されるやり取りに、凱は身震いする。
この先どうなるか、予想がつかないと感じるものの、少なくとも確定したのは、踊ってお金を稼ぐバイトをするということだけ。
ふと、気付くと、凱の隣に杏咲が立っていて、なぜか片手を俺の肩に乗せている。
振り返ると、凱の視線を受け止めてにっこりと微笑む。
「それでは、姫様、若様、参りましょう」
指示を受けた早坂は、直ぐに主人の命令に動いた。
凱は無言で立ち上がって、早坂の言にうなずく。
「学校が終わったらこうして一緒なんて、ドキドキするね」
屈託のない笑顔で凱の顔を覗き込む杏咲。
「ま、まあ、一応は、バイトだし……ね。でも、お金を貰う以上、一生懸命お相手するさ」
などと気取ってみせる凱。
すると杏咲が凱の腕に、自らの腕を絡めてしな垂れかかってくる。
「杏咲?」
「時間は有限。早く行きましょ」
そう言われたら、何も言えない。
早坂を先頭に歩き出し、そんな凱たちの姿をこれまた嬉しそうに玲奈が見送っていた。
「しっかりね!」
そんな言葉まで添えて……。
*****
所変わってレッスンルーム。
「? これ、バレエ衣装?」
「……こんな服しかないの?」
凱と杏咲は、早坂に疑問を呈する。
疑問を呈したのはダンスの練習着だ。
クローゼットにあった《練習着(ウェア)》は、どれも体のラインがはっきり出る仕様で、凱はともかく、思春期真っただ中の杏咲にとってはかなり厳しい。
凱の疑問通り、明らかにバレエを意識したデザインだったのだ。
凱は吹っ切りつつ、杏咲は恥ずかしがりつつ、それぞれ着替え、早坂の所に戻る。
「早坂……。これでは、恥ずかしくてダンスどころではないわ」
杏咲は《練習着(ウェア)》の上からバスタオルを羽織って隠している。
それでいて、凱の股間をちゃっかり凝視していたりする。それこそ、目にハートマークが浮かぶという表現が相応しいくらいに。
(こいつ! お前、お嬢様だろ!?)
隙を見つけた凱がバスタオルを取り去った途端、聞いたことが無いような奇声を発していた。
「こ、こ、こここ、こっち見ないでぇ!」
「ご、ごめん……って、こっちのセリフ」
早坂は思った以上に堂々としている凱に感心する一方、羞恥心に襲われまくっている杏咲にため息をこぼす。
「姫様……。少しは若様を見習って下さい」
このぴったりとした《練習着(ウェア)》、実は早坂の趣味だったのは余談である。
「では、後ほど若様はスケジュールの確認にお付き合い下さい」
「よろしくお願いします」
そんな訳で――凱は源家にて、杏咲のダンスの練習相手となったのである。
源家に招待された凱は、食後の紅茶と一緒にデザートを楽しんでした。
「――凱くん、折り入ってお願いがあるのですが、バイトをしてみませんか?」
「……それは内容にもよります」
「来週の土曜日、当家の迎賓館で、杏咲の誕生パーティが開かれます。問題はそのパーティで……杏咲は、選んだ相手とダンスを踊らなければならないんです」
詳細を話した玲奈は『はぁ』とため息をつくと、凱の顔をチラリと見た。
嫌な予感が凱の身にひしひしと伝わってくる。
ついでに目の端で捉えた杏咲は、恥ずかしそうに顔を伏せている。
(まさか、な……)
そう思ったとは言え、結局は疑問を口にする。
「踊ってやれ、と?」
「いいえ。さすがに頼めません。杏咲が選んでこそ価値があるのです。問題はそこではなくて、杏咲が踊れないことにあるのです」
「? 杏咲、どうなってんの?」
俺は呆れた視線を杏咲へ向けた。
だが、彼女は頬を膨らませてパッと横を向く。
「杏、咲……?」
「きょ、去年までは、踊れないと言って、逃げてたの……」
ポツリと白状する杏咲に何かを言おうとした凱だったが、それを押し込んで玲奈に質問を投げかける。
「……今年はそうは行かない、と?」
「そうです。そこで、凱くんにはこれから二週間、杏咲のダンスパートナーとして練習に付き合って欲しいのです」
「あの、踊ったことすら無いですが?」
凱にとってダンスと言えば、平日の夕方か夜に市民体育館など社交ダンスを踊っているのを見た程度。
庶民でダンスが踊れるとすれば、元気なお年寄りか物好きくらい――というのが凱の認識だ。
「ええ、だからお願いしています。お互いに支えあって、関係を深めつつダンスを習得できれば良いかなと」
「その……バイトと言うからには、バイト料は出るんですよね?」
なかなか引き下がらない玲奈へ、冗談半分でバイト料を尋ねた。
「一回あたり、一万円。休日なら倍額でどうでしょう? もちろん送迎、食事込みの料金です」
「っ!?」
思わず息を飲む凱。
一回一万円は、社会人にとっても侮れない額。しかも、その金額が回数制によって支払われるとなれば――。
言わせた以上、覚悟を決めなばならない――凱はそう感じた。
「……分かりました。それが杏咲の役に立つのなら」
「ガイさん!」
杏咲が感極まったように呼んだが、一応スルー。
執事の早坂がやるように、片手を胸に当てて雇用主である玲奈にお辞儀した。
金の力は偉大、とはよく言ったもの。
『お願い』というキーワードを出した直後から、断ってはいけないと考えたものの、提示された金額には逆らえない凱であった。
いくらサバトの資金が潤沢とはいえ、無限ではない。それに、杏咲の練習に付き合う度に一万円が手に入るのだから、断る理由が見当たらない。
つまり、童話『アリとキリギリス』でいう所のアリとキリギリス両方の良い所取りをするようなもの。
楽しく踊れば金になる、と凱は考える。
「現金ですね」
玲奈が凱を見て笑い、凱はそんな自分の情けなさに遠い目をしてしまう。
「ですが、それも良いでしょう。では、練習自体は凱さんの可能な日にお願いするということで、今日は衣装合わせをしましょう……そうとなれば、善は急げ――早坂」
「はい、奥様」
音もなく早坂さんが姿を現す。
「凱さんが、杏咲のダンスの練習相手を受けてくれることになりました。彼への送迎をお願いします。まずは、すぐに二人の練習用の衣装を見繕ってください」
「《畏(かしこ)》まりました」
目の前で展開されるやり取りに、凱は身震いする。
この先どうなるか、予想がつかないと感じるものの、少なくとも確定したのは、踊ってお金を稼ぐバイトをするということだけ。
ふと、気付くと、凱の隣に杏咲が立っていて、なぜか片手を俺の肩に乗せている。
振り返ると、凱の視線を受け止めてにっこりと微笑む。
「それでは、姫様、若様、参りましょう」
指示を受けた早坂は、直ぐに主人の命令に動いた。
凱は無言で立ち上がって、早坂の言にうなずく。
「学校が終わったらこうして一緒なんて、ドキドキするね」
屈託のない笑顔で凱の顔を覗き込む杏咲。
「ま、まあ、一応は、バイトだし……ね。でも、お金を貰う以上、一生懸命お相手するさ」
などと気取ってみせる凱。
すると杏咲が凱の腕に、自らの腕を絡めてしな垂れかかってくる。
「杏咲?」
「時間は有限。早く行きましょ」
そう言われたら、何も言えない。
早坂を先頭に歩き出し、そんな凱たちの姿をこれまた嬉しそうに玲奈が見送っていた。
「しっかりね!」
そんな言葉まで添えて……。
*****
所変わってレッスンルーム。
「? これ、バレエ衣装?」
「……こんな服しかないの?」
凱と杏咲は、早坂に疑問を呈する。
疑問を呈したのはダンスの練習着だ。
クローゼットにあった《練習着(ウェア)》は、どれも体のラインがはっきり出る仕様で、凱はともかく、思春期真っただ中の杏咲にとってはかなり厳しい。
凱の疑問通り、明らかにバレエを意識したデザインだったのだ。
凱は吹っ切りつつ、杏咲は恥ずかしがりつつ、それぞれ着替え、早坂の所に戻る。
「早坂……。これでは、恥ずかしくてダンスどころではないわ」
杏咲は《練習着(ウェア)》の上からバスタオルを羽織って隠している。
それでいて、凱の股間をちゃっかり凝視していたりする。それこそ、目にハートマークが浮かぶという表現が相応しいくらいに。
(こいつ! お前、お嬢様だろ!?)
隙を見つけた凱がバスタオルを取り去った途端、聞いたことが無いような奇声を発していた。
「こ、こ、こここ、こっち見ないでぇ!」
「ご、ごめん……って、こっちのセリフ」
早坂は思った以上に堂々としている凱に感心する一方、羞恥心に襲われまくっている杏咲にため息をこぼす。
「姫様……。少しは若様を見習って下さい」
このぴったりとした《練習着(ウェア)》、実は早坂の趣味だったのは余談である。
「では、後ほど若様はスケジュールの確認にお付き合い下さい」
「よろしくお願いします」
そんな訳で――凱は源家にて、杏咲のダンスの練習相手となったのである。
26/01/16 19:03更新 / rakshasa
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