笹川麻理依は家の事情をどうにか理解され、日曜の夕方まで凱の部屋を間借りすることとなった。
その間、凱は地下基地の仮眠室かリビングでの就寝で落ち着く。

麻理依は凱のベッドに潜り、今日の出来事を振り返る。

凱に関する何もかもが、初めて聞かされたことだった。
だが、彼が受けた非道な仕打ち、陰惨ないじめに自分の一族……それも総帥にして伯父の笹川英雄、従姉の笹川香織、香織の弟で従兄の笹川和馬……この三人が積極的に関与していた事実と、彼らの本性を知ってしまった事の方が麻理依にはショックが一番大きいものであった。
伯母・久美子以外の三人に対し、異常とも言える違和感を両親以上に感じていた麻理依だったが、その違和感がまさかこのような形で的中するなど夢にも思わなかった。

初恋の人とそのような忌まわしい関わりの下に出会うなど、誰が予想出来ようか。

自分の恋心を自覚してしまったことが辛かった。
凱の事を好きになっていたことが悲しかった。
どうして、このような巡り会わせをさせたのかと、運命を恨んだ。
怨敵に連なる自分を、その身に流れる血を呪った。

けれど、諦めたくない気持ちもある。
初恋は叶わない――とはよく言われる。だが、すべてがそうではない。

麻理依は《白き竜の娘（みずき）》が、凱の部屋にやってきて教えてくれた話を思い出す――。

＊＊＊＊＊

瑞姫が語ったのは、端的に言えば凱への初恋を諦めなかったこと。
自分をいじめから助け、代償としてさらに凄惨ないじめを受けることになったのを聞かされた。

身と心を悪意の赴くままに弄ばれ、傷つけられ、穢されていく……その痛みと恐怖を思うと戦慄せずにはいられない。

それでも、瑞姫は諦めなかった。
凱だけをただ一途に想い続け、奇跡を掴み取った。

だが、その奇跡の代償は、少女の身にはあまりにも大きかった。
凱の唯一の肉親だった父・隆哉を喪ったのだから。

『生きてほしかった……もう一度……もう一度……お義父さんって、呼びたかった！』

涙ながらに締めたその一言が、麻理依の心に深く突き刺さる。

＊＊＊＊＊

振り返れば振り返るほど、麻理依は己に流れる笹川の血を怨み、呪う。
同時に、自分が笹川の家に生を受けていなければ、凱とは幸せな形で出会えていたのではないかと思えて仕方がなかった。

真実を知ったからこそ、麻理依が願うは、笹川の血と縁を絶つ事だけ。

だが、幼い身の彼女では、余程の奇跡が無い限り決して叶わない。
であれば耐えるのみだが、麻理依には本当に最後の手段と言うべき宛てがある。
それを頼るのはまだ先だろうと彼女は思っているが、運命がどう動くか判れば誰も苦労しない。人間を含んだ生物も無機物も問わず、１秒先の運命すら分からない。極端な話、１秒先に何らかの形で滅びることさえあり得るのだ。

麻理依はその身と心に恐怖を禁じ得ず、眠れぬ夜を過ごすこととなるのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

翌朝になっても昨日からの雨は止まず、床上ないし床下からの浸水に対する警戒もいよいよ本格化してきていた。

が、そこは魔法を得意とするサバトの運営する施設。少し高台にした敷地に加え、地下に流して貯め込んだ雨水を濾過しつつ浄化して、予備の飲料水や水道用水に利用する装置を組み込んである。
このため、周囲からの浸水こそ無いものの、昨日ほどではなくとも雨は降りっぱなしだった。

麻理依もこのままでは自宅に帰れず、下手をすると警察に捜索願を出されかねない。
もっとも、当の彼女は眠れないことが響いて、朝にようやく寝る始末。
すっかり寝不足になった麻理依は、眠気に支配された身体を引きずりながらも起きてきて、歯磨きや洗顔を済ませる。

一方、凱も凱で朝食の準備に取り掛かっていた。
ぶつけようのない怒りを消すため、ただ無心に、けど美味しいものを作るために取り組むのみ。
麻理依への筋違いな怨みも憎しみも怒りも、今は出してはならないから。

＊＊＊＊＊

しばらくして――。

朝食を終えた凱と麻理依だったが、その時間はヨメンバーズや杏咲より遥かに遅かった。
雨も昨日よりは弱まり、むしろ止みそうとも言える。
そんな朝を、二人は部屋で《物憂げ（アンニュイ）》に過ごし、やがて昼に。

――この身体を捧げるチャンスなのでは？

麻理依の脳裏にふとそんな考え、もしくは欲望が芽生える。
彼女は性に対して意外と貪欲な面がある。年頃と言えば聞こえはいいが、実際のところは耳年増と言う方がいいのだろう。
当然ながら、12歳、しかも小学生の身である麻理依にとって性体験はまだまだ未知の領域。痴漢に遭っても、セックスに至るような環境も度胸も、今の彼女には無い。

だからといって、凱の笹川家に対する深い憎悪を目の当たりにし、瑞姫から聞かされたことを思い返せば、償いと想いを同時に成すのは、結局は男と女の関係になるしかない……と思ったのも事実。
こんなところで耳年増が活きるのは皮肉だが、かなり早めの性体験への憧れがそうさせるのだ。

だから懇願した。痴漢の真似事をして欲しい、と。

痴漢の真似事をするとは言っても、実際に電車の中でするわけにはいかない。
凱の部屋も流石にどうかということで、ひとまず学園を出て、以前のんびりした海岸沿いの駅に再びやってきた凱と麻理依は、案外あっさりと、都合のいい場所を見つける事が出来た。

それは、駅から出た先にある浜辺の、その片隅にある、シーズンオフで閉店中の海の家。
普通こういう場所は、シャッターを閉めるなり、ブルーシートをかぶせるなりして部外者が入らないようにしている。だが、如何せん片田舎にあるせいで防犯意識が薄いのか、それとも廃業して放置されたものなのか、中まで入れるようになっていた。

中を少し覗いてみたところ、さほど老朽化しておらず、下手なことをしなければ怪我をするようなこともなさそうなくらいには綺麗だった。何より、そこそこの奥行きがあり、奥の座敷席まで行けば、外からの視線を完全に遮断出来る環境がありがたかった。

「ここ、いい感じかも」

行為をする場所としてはあまり相応しくないが、そんな台詞を言う辺り、麻理依には特に不満がないようだ。

「なんか、ちょっと探検してる気分です♪」

むしろ、そんな何とも子供らしい感想に、場違いにも少し笑みを漏らしてしまう凱だったが、同時に、やはり背徳感も覚えてしまう。こんなコメントが咄嗟に出るような純朴な女の子と、これから、いかがわしい行為をするのだから。

「じゃあ、ええと……どうして欲しいの？」

とはいえ、いきなり自分主導でコトを進めるにも情報が足りない。
痴漢の真似事をして欲しいと言われても、具体的な情報が無いと動きようがない。ましてや、凱は痴漢に対してある種の憎悪さえ持っているからだ。
だが、麻理依の方では意向がある程度固まっていたらしく、彼女は迷うことなく口を開いた。

「チカンされたのと、同じようにしてほしいです」
「……どうすれば、いい？」
「えっと、最初は……たしか、私がドアのとこで外を見てたら、うしろからひっついてきたんです」

言いながら、麻理依はくるりと反転して背中を向けてきた。
早速言うとおりにやってほしい、という意思表示である。しかも、彼女は制服姿である。

「……こうかな？」

ここまでくれば、やっぱりやめた、と言うわけにもいかない。
だから凱は意を決し、そっと、出来るだけ優しく、麻理依の後ろ姿に身を寄せた。
凱の腰が、麻理依の背中にふわりと触れる。

（……う、ぁ）

接触そのものはほんのわずかなものだったが……しかし、確かに感じる少女の背中やお尻の感触に、凱は全身が総毛立つ。
制服越しのはずなのに、やや高めの子供の体温が十二分に伝わってくる。
緊張しているのか、もぞもぞと小さく身じろぎする気配や、発育の良いお尻の丸い形状までもが、はっきりとわかってしまった。

「もっと、ひっついてください」
「も、もっと!?」
「チカンは、もっと大胆だったんです」

思わず怯むが、彼女の願いを受け入れた手前、《躊躇（ためら）》うことは許されない。
気後れしながらも、凱はぐっと、自分でも少々強引ではないかと思えるような強さで、改めて自分の身体を、麻理依の背中に押し付ける。

「こ、こんな感じ？」

返事が無い代わりに、麻理依はこくり、と小さくうなずいてきた。
いやらしい行為をしているという自覚は、やはりある程度の自覚はあるらしい。
その証拠に、明かりの乏しい暗がりの中でも、後ろから覗き見た彼女の耳たぶが赤くなっているのがハッキリと判る。
欲情しているのか、単に恥ずかしがっているだけなのか……じっと固まったままの麻理依の一方で、凱の内心はそれどころではなくなっていた。

（……やばい。瑞姫たちじゃないのに、勃起しそう……）

隣に座る関係上、これまでも身体に触れてしまうことはそれなりにあった。
けれど今回のこの行為は、今までのそれとはまったく意味が異なるものだ。
麻理依が痴漢された時の行為をトレースして、性的な意味で彼女に触れている。
何よりその事実に、凱の牡の部分は、否が応でも熱を帯び始めてしまった。

「麻理依ちゃん、大丈夫？　……イヤじゃ、ない？」

だからその問いかけも、むしろ、凱としては、彼女からギブアップが出ることを期待してのものだった。いくら知り合いだと言っても、異性の大人からこんな風に接触されて、イヤな気分にならないはずがない……とそう思ったのである。

「ん……イヤじゃ、ない、です」

けれど、凱のそんな期待をあっさり裏切り、麻理依ははっきりと首を振った。

「というか、もっとちゃんと、チカンぽいことしてほしいです」
（……マジかよ）

それどころか、さらなる行為を求めてダメ出しをしてくる麻理依の姿に、凱は唖然とさせられる。

「どうすればいい？」
「えっとね……次は、その、おっぱい、さわってきたんです」

戦慄しながらの問いかけに対する答えは、とんでもないものだった。

「……マジ？」
「こんなことでウソなんてつきません」

確かにその通りだろうが……しかし、すでにそれで済ませていい問題では断じてない。

（何だよ、それ……）

麻理依の言葉に、凱は、瞬間的に脳が沸騰しそうになった。
性的に興奮したからではない。そんなことまで麻理依にしでかした痴漢に、凱は腹が立ったのだ。
麻理依は不運にも体が成長してきているものの、まだ小学生。
ただでさえ、過去の出来事から痴漢を憎悪する凱は、今まで仄かに感じていた興奮がすべて吹き飛び、吐き気すら覚えた。

「あの……おねがいします」

けれど、だというのに、麻理依が念を押すようなおねだりをしてくるのだ。

「……わかった」

上目遣いに急かされ、怒りの内圧を吐き出すように、凱は大きく息を吐く。
このやりとりで、むしろようやく、彼の中できちんと覚悟が決まった気がした。
麻理依にはこれ以上、嫌な思いは絶対させない。手段を選んでいられる状況ではない。麻理依が絶対抱えるべきではなかったトラウマを、少しでも拭い去ってやる。

「やるからね」
「うん」

はっきり返事をしてきたのを確認してから、凱はそっと、麻理依の背後から腕を回し……そして彼女の胸元に手を当てた。
麻理依の胸は、小学生とは思えないほどに豊かな膨らみを持っていた。
厚めの制服の布地越しにも判るくらい、丸みが感じられる。

「どんなこと、痴漢にされたの？」
「えっと……そんな感じでおっぱい触られて……むにむにって、揉まれました」

やり切れぬ思いを抱えながら、凱は言われた通りに、ゆっくりと指を動かす。

（……こんな感じでいいのかな）

育ち過ぎと言ってもいい麻理依の乳房は、まだまだ二次性徴期。
その状態では胸を無理に揉まれても痛いだけ、と凱も聞いたことがある。なので慎重な手つきで、細心の注意を払い、じっくり、まったり、優しく、マッサージするように、と、そう念じながら凱は麻理依の豊かな丸みを揉んでいく。

「……はぅ……」
「大丈夫？」
「ん……だいじょうぶ、です」

その返事は、今までのものよりも随分としおらしいものだった。
身じろぎの頻度も増え、呼吸もわずかに乱れているような気配がある。
見ようによっては、それは酷く《艶（なま）》めかしい反応だ。

（というか……この子、もしかしてブラをしてても？）

試しに指先に意識を集中し、形がわずかに変わる程度の強さで胸を揉んでみると、ブラの布地の硬さを凱の手は感じた。ただ、大人用のような硬さという訳ではなく、やや柔らかめの感触。

麻理依の乳房がそれだけ成長に異常とも言えるが、確かなのは、今、凱の指先に触れるこの感触は、紛うことなき小学六年生の美少女の、悩ましい膨らみそのものだということだ。

ふと試しに、もう少しだけ指の力を加え、指先に触れるその感触を意識すると……胸の奥がカッと熱くなった。
二次性徴期に入り、女としての身体が芽生え始めたばかりの、胸が異常成長する女の子のの胸元。少女から女へと変わる過程をすっ飛ばしたかのような柔らかさ。
それに触れている事実に、凱の中で何とも言えない衝動が沸き立ってくる。

「う……んんっ」

そして……間髪を入れず、さらに看過出来ない変化が、麻理依の身体に訪れた。
両胸それぞれの中心、膨らみのちょうど頂上部分に、しこりのような硬い感触が、じわじわと芽吹くように出現したのだ。
それも、ブラの上からでも判るくらいに。

（……これ、もしかして）

もしかしても何も、思い当たるものは一つしかない。
乳首だ。
凱からもたらされた刺激を受けて……麻理依は、小学六年生の少女は、乳首を勃起させ、硬くしたのだ。

（……もしかして、これは……）

麻理依も胸を触られて興奮しているのか、それとも胸のその辺りをマッサージされて、単に血行が良くなった結果なのか。
凱は、今一つ確信が持てなかった。

（……小学生の女の子が、エッチな意味で気持ちよくなる、のか？）
「ん……ん、んんっ、はう、あん……っ」

予想外の事態に頭を冷やそうとしても、身じろぎを繰り返し、口元からもどかしげな吐息を漏らす麻理依の仕草が、凱の現実逃避を許さない。
明らかにそれは、性的な快感を得ている「女」の反応であり、驚かずにはいられないほど凄い。
何が凄いと言えば、麻理依のその反応の良さである。

凱はロリコンの気はあるかと言えば否定は出来ないが、マルガレーテや黄泉のような成熟した女性も同様に性的対象には入る。
もっとも、凱は周囲の女性から忌避されてきた。付き合う寸前までは行っても、何らかの凶事に見舞われ、進展することは無かった。ゆえに性体験の回数そのものは、瑞姫らヨメンバーズに限定されている。
ヨメンバーズと比べてみても、この程度の触れ合いで、ここまで感じてくれる女性は、現状では瑞姫くらいだ。

麻理依のこの反応の良さも、それに勝るとも劣らない。
もちろん、彼女が今見せている反応は、確かにとても控えめなものだ。
乳首を勃起させ、身じろぎしながら甘い吐息を漏らしているだけ。
大きな喘ぎ声を上げているのでも、股間を盛大に濡らしているのでもない。

だが、凱は今、あくまで制服越しに胸に触れ、緩やかに指を動かしているだけだ。
その程度のことをされただけでは、演技でもない限り、まったく無反応なのが普通だ。……魔物娘はこの限りではないが。

だが、麻理依はハッキリと判るほどの確かな快感を示してくれている。
経験が決して多くない凱の愛撫など、人間相手では大したことないはずなのに、である。

（もしかして、麻理依ちゃん……凄く感じやすい子なのか……？）
「おにぃ、さん」

戸惑う凱の隙を突くように、麻理依が振り向き、呼びかける。
凱を見上げる瞳は潤み、顔を紅潮させ、切なげに眉根を寄せていた。

「……ん？　何？」

今までとはまったく様子の違った少女の表情に内心怯みながら、何とか返事をするも……しかし、彼女が次に口にした台詞は、彼をさらに追い詰めてくるものだった。

「次……してほしいです」
「つ、次？」
「次で、されてたの、最後だから……おねがい、します」

しばらく天井を見上げ、大きく深呼吸する。
もう、何もかも今さらだ。覚悟も、とうに決めたはずだ。

「……分かった……どうすればいい？」
「お尻、さわられたんです。スカートの上からだったけど……さわさわされました」

大人の尺度で考えれば、胸を触られるのに比べて大したことではないと思ってしまいかねないが……恐らくそれは大きな勘違いだろう。
麻理依のように胸が大きく育ってしまった子に対してはともかく、そうではない小さな女の子が受けるセクハラは大概、下半身に集中する。スカートめくりがいい例だ。
要するに、未成熟な少女が、生涯で初めに意識する「自分の身体のエッチな場所」は下半身……特に尻の周り。
そこを無遠慮にいじられるなど、この年代の女の子が受ける性的なトラウマの中では、最悪の部類のものではないだろうか、と凱は思う。

「……分かった」

痴漢に憎悪を覚える凱であっても、麻理依の願いとなれば躊躇は許されない。それで彼女の気が晴れるなら、汚れ役を買って出るのもやぶさかではなかった。

■作者メッセージ
微エロ回の前編です。
長すぎな展開になってしまったので、前後編に無理矢理分けました（汗）