忌まわしい再会(1)/商店街の攻防
――【Side:笹川グループ】――
東京にある、笹川グループ本社営業部。
そこは全国からの精鋭が集う、日本有数の営業『部隊』。
その社員として新卒入社した《知里昭則(ちり・あきのり)》は、本社営業部を率いる部長である《桐嶋和利(きりしま・かずとし)》と話をしていた。
この知里という男、凱の中学時代の同級生で、凱いじめの中核メンバーの一人であった。中学卒業と共に進学のために東京へ移住し、さらには関東圏の有名私立大を卒業。そして現在、知里の中学時代からの盟友にして、凱の最大の怨敵の一角である笹川香織の口添えで、笹川グループの本社営業部に新卒入社したばかり。だが、その口の上手さと切り替えの早さで入社早々にも関わらず成績を上げていた。
そうして今回、桐島から特命を受けていたのだ。
「知里。神奈川再開発計画の進捗はどうだ? 当然、遅れは出ないと思っているが?」
「ええ、もちろんです、桐嶋部長。あんなボロボロの、それも風星学園周辺の寂れた商店街なんて、すぐ潰せますよ」
「よろしい。神奈川再開発計画は億単位の収益を見込めるプロジェクトだ。その手始めに風星学園の周囲を徹底的に潰し、風星を潰してあの広大な敷地を奪い取るのが総帥のお考えだ。商店街を潰して土地を確保した暁には、お前を主任、場合によっては係長に昇進させるよう話す。もし失敗したらどうなるか……解っているな?」
「大丈夫です、任せてください!」
「総帥令嬢の推薦で入っただけあると信じてるぞ」
知里は自信満々にそう答え、翌日には早速行動を開始するが、その行ないはまるっきり地上げそのもの。明らかにその筋の者を引き連れて脅しをかけるのは当然なのだが、ここで知里の悪癖が出ていた。
それは若くて可愛い女子がいれば、仕事そっちのけでナンパに走ることである。
これは桐嶋の秘かな懸念事項だが、結果を着実に出していることから現状は黙認状態。だが、今まで以上に自分勝手に動く有様なものだから、知里の担当地域である風星学園周辺の商店街はすっかり笹川グループ側に対する心証を悪くしてしまったのは言うまでもない。
そんな身勝手を一ヶ月も続けていた、ある日のこと。
知里は、同僚の女性社員からの報告を受けていた。
「知里。あなたの攻略先の例の商店街、なにか動きがあるみたいだけど?」
「はっ、商店街をあげて悪あがきってか? ま、むしろ、その悪あがきで資金食い潰して倒産が早まるだけだってのに……滑稽だねぇ」
「あっそ。私の担当じゃないから、どうでもいいけどね」
同僚女性は知里の能天気な返答に呆れながら、淡々と会話を打ち切る。
ゲーム感覚でじっくり甚振ろうと企む知里だが、この時、即座に対抗策を考えないどころか交渉もロクにせず、商店街を散歩しながら脅迫とナンパに勤しむ能天気さと慢心が、すべての機会を逃すこととなる。
もっとも、それが凱たちにとっては救いとなったのだが……。
*****
――【Side:凱&源グループ】――
話は遡り――
笹川グループが風星学園周辺の商店街への地上げ行為に動いたのを知った凱と源グループは、これに対抗すべく、商店街の再生に乗り出していた。
商店街潰しに動き出した者が知里であること、知里の言動と習性が変わっていないことを被害を受け始めた商店街の住民への聞き取り調査で確認した凱は、源グループを通じての対応に乗り出したのだ。
「若が風星学園近くにある商店街の再生事業に志願したとな?」
「はっ! 『自分では得られなかった地域の繋がりを消すわけにいかない』と申され、我がグループに動きを伝えた上で計画に乗り出したよしにございます」
「ならば、我等が支援して軌道に乗せるべきであろう。若の初の大仕事だ。しっかり連携し、余分な手間をかけさせてはならぬ。殿にはワシから伝えておく。すぐ対応と支援に移れ」
「はっ! 直ちに!」
会議がまったく開かれることなく、プランが凱の元に提示され、連携して遂行されることとなった。
後日――
「若が先日立ち上げた、商店街再生事業についての予算を請求いたします」
「その件、直ちに承認せよと殿からのお達しである。若の名に恥じぬような仕組みにいたせ」
「心得ております。若の御名を天下に広めたく思っております」
「ならば良し」
後から会議を開くものの、ただ承認されて終わるのみであった。
それから一ヶ月、知里がすっかり慢心したところを狙いすまし、かつ悟られないよう、再生計画が水面下で開始されたのだった。
*****
そこからさらに一ヶ月。
再生計画は信じられないくらい、あっという間に完了してしまう。
それは《偏(ひとえ)》に、源グループの手厚い支援のおかげであった。
凱の計画した商店街再生計画は、源グループの支援と、大企業ならではの幅広く緻密なリサーチによって方向が固められたことで順調に進行。商店街もこれによって息を吹き返し、大成功を収める結果となった。
他の県や町から引っ越してきた事業主たちが得意の分野を用いて、商店街に新たな店を開き、商店街はシャッターが下りている方を数えた方が早いと言わしめるまでになる。
「……これでよし、と。思えば、あっという間だったな」
凱は感慨深くつぶやくと、隣にいる杏咲も誇らしげにうなずく。
その杏咲でさえ、ここまでになるとは予想外だったようで、嬉しさもひとしおであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その数日後――
「な、なんだ、これ!? 寂れた商店街じゃなかったのか!?」
人が増え、賑わう商店街の様子に、知里は驚嘆の声を上げていた。
「この数週間でなにが起きた?! おかしいだろ!? こ、これじゃ俺の計画が……昇進があぁぁぁっ!」
商店街の様子を見渡す知里の目が、凱の姿を捉える。
「おい、ザコミヤァッ!」
叫びながら突進し、凱の服の胸倉を乱暴に掴むと、噛み付くような声を上げ、睨みつける知里。
「てめー、何しやがった、この野郎!!」
「営業妨害する気なら帰れ、クソ野郎」
「やかましい! ざけんなよカス野郎ッ! 俺はな、この知里昭則はな、お情けで高卒にしてもらっただけのてめーなんかと違う! 大人しくこの商店街畳ませろ! 何したか知らねぇけど余計なことするな! 俺の昇進がかかってるんだ!!」
「あん?」
あまりの勝手な物言いをしてくる知里に対し、苛立ちを隠せなくなった凱。
「テメェの下らねえ栄達如きで、何でこの商店街を潰さにゃなんねえんだ、クソボケ」
「……チリ、アキノリ……あっ!」
商店街にいる一人の主婦が声を上げる。
「思い出した! ここ最近、この辺で若い女の子に声かけまくってる男がいるって聞いてたけど、名前で思い出したわ!」
「な、なに!? まさか……テメェ、この商店街に何かしたのか?」
知里は若い層から支持を取り付けようとしていたのだが、その狙う層を限定し過ぎていた。そこに運悪く、杏咲を先頭に源グループの社員が合流した。
「その男です。私をナンパしてきた男は」
「あ、この前のかわい子ちゃん! ……って、そうじゃない! こんな低学歴のサルどもが何かできるわけないだろ!」
「は? なんですか、それ……」
途端に表情を消した杏咲は、冷たい声で反論し始める。
「この方は、ガイさんは幼かった私を助けてくれた方です。今こうして、この方と協力するのは打算があったかもしれません。でも、助けられたのは確かです。私はその恩返しとして源グループの力を貸し、簡単なアドバイスをしただけ。でも、努力して実行したのは商店街の方々とガイさん自身。その頑張りを……低学歴なんてくだらない言葉でバカにするなぁっ!!」
「なんだと、このガキィッ! こんな古臭い商店街なんかに価値なんかねぇんだ!」
怒鳴り散らす知里に、とうとう商店街の店主たちの怒りが爆発する。
「うるせぇ! てめぇごときのチンケな利益と昇進なんかでここを潰させてたまっかよ!」
「営業妨害で警察呼ぼう! ウザいから出てけ! 邪魔なんだよ!」
「え……え、え、え……う、うーん……」
「うわっ、こいつ泡吹いて倒れやがった……。勘弁してくれや」
他人から責められのに慣れてなかったのだろう。
知里は顔面蒼白になりながら、泡を吹いて倒れてしまった。
「あはははっ、自分から仕掛けておいて、メンタル弱いんですね」
「今の情けは後の仇……。助ければこちらに害が及ぶだけだ。――敷地外に捨ててこい!!」
「「「御下命、承りました!!」」」
そうして知里が敷地外に捨てられて放置された一方、凱は商店街の人々に頭を下げる。
「皆さん、お騒がせ致しました。それと、ありがとうございました。源グループは、全力をもって皆さまを支援致します!」
凱の言葉に、パラパラと拍手が鳴り始め、やがてはアーケード中に響き渡るのだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――【Side:笹川グループ】――
数日後の笹川グループ・本社営業部――
知里は結局、見かねた通行人の一人が呼んだ救急車に運ばれていた。
命に別状は無かったものの、その醜態は笹川グループ本社営業部はおろか、他部署にまで伝わる始末。
さらに……。
「うまくいきませんでしただと!? バカかお前はッ!!」
報告を受けた桐嶋は、こめかみに青筋を浮かべながら、朝一番に呼び出した知里へ怒号を叩きつけた。
「悠長に余計なことやってるから源グループに出し抜かれるんだ! あんな寂れた商店街、俺なら二週間もあれば潰せたぞ!」
怒り心頭の桐嶋が、さらに追い込みをかける。
「聞けば商店街の一帯で、地上げをほったらかして若い女を片っ端からナンパしてたそうじゃないか! 神奈川の風星学園一帯の商店街を潰した後、風星も潰して商業施設にする! これは笹川グループの、社運を賭けた大プロジェクトだったんだ! それをお前は……!」
さらに怒筋を増やした桐島は、止めとも言うべき一言を放つ。
「お前がこんなにも無能だとは思わなかった! この事は上にきっちり報告しておくからな! 厳罰は覚悟しておけ!」
「そ、そんな……う、うーん……」
またもや泡を吹いて倒れた知里。
業務に支障をきたしたことは言うまでもないが、これは知里が味わうこととなる地獄の、ほんの序章でしかない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――くそっ!」
桐島からの緊急報告を受けた笹川英雄は、一人になった途端、忌々しげに呻く。
「よりにもよって源グループに先を越されるとは! ……にしても動きが速すぎる。あの会社、会議してないとでもいうのか!?」
不倶戴天の関係にある源グループ(+凱)に出し抜かれる格好となった英雄は、悔しくてならなかった。
が、笹川グループは、新規事業を行なう際には必ず会議にかけなけばならない決まりがあると同時に、会議無しで新規事業を行なうことは禁止されており、これを破った者は容赦なく罰していた。
新規事業の前には必ず企画書を作った上で上層部の許可をもらい、それから会議をする――会社と言う組織において、これらは常識中の常識である。
許可無く動いて損害を出したが最後、会社倒産だけでは済まされない事態に繋がりかねないのだ。
まして、やらかした当事者は民事裁判で告訴され、生きている間に返済出来るか分からないほどの莫大な損害賠償と、従業員の怨みを一身に背負うことになるのだから。
……もっとも、源グループが異常過ぎるとも言えるが。
今回、知里が大型プロジェクトを崩壊させるほどの大失敗に至った原因は、根回しをしなかったこと、反社組織を用いての強引な地上げ行為、そしてナンパに勤しんだことの三つであり、職務放棄と言われても抗弁出来ない大失態だ。
「香織が目をかけるから期待していたのに……。知里の大馬鹿野郎め! 折角の大型プロジェクトが潰れちまったじゃねぇかよ! あああ! 神月と夏目に笑い者にされちまう……!」
頭を抱え、途方に暮れる英雄だった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この一週間後――
知里昭則は、桐島和利から一枚の辞令書を受け取る。
その上で桐島が冷たく告げた。
「知里昭則。来月一日付をもって、その辞令先への配属を命ずる」
「えっ!? ここって……今月末で定年退職する奴がいる、一人だけの……!」
「そうだ。総帥は大変お怒りでな。本来なら損害賠償請求をした上での懲戒解雇だったんだ。それを香織様が取りなしてくださったんだ。そこならお前のやりたい事を好きなだけできるだろう。香織様への感謝を忘れず、新天地で励むことだ」
桐嶋が言った新天地は、完全な皮肉だ。
彼から完全に見放された知里は「プロジェクト崩壊の戦犯」として、励ましも慰めもされず、尻拭いという名の後始末で全部署が忙殺されたのもあって、ひっそりと配属先へ引っ越していった。
*****
実質的に本社を追われた知里昭則のその後は、悲惨の一言に尽きた。
「オラッ! 毎度毎度辛気臭ぇ顔してんじゃねーよ!」
プロジェクト崩壊の責任を一身に背負った彼は、離島の営業所に左遷。文字通り、島流しとなったのだ。
そこは島の漁業組合を相手に冷凍機の販売をする、一人だけの、社員寮が併設された小さな寂れた営業所。
所長である同時に、営業も事務もすべて一人でこなさなければならないので、効率は極めて悪く、漁師や島民に怒鳴られまくる知里は、そのストレスと疲労から一気に老け込んでいき、最終的にその離島から生きて出ることは叶わなかったという……。
東京にある、笹川グループ本社営業部。
そこは全国からの精鋭が集う、日本有数の営業『部隊』。
その社員として新卒入社した《知里昭則(ちり・あきのり)》は、本社営業部を率いる部長である《桐嶋和利(きりしま・かずとし)》と話をしていた。
この知里という男、凱の中学時代の同級生で、凱いじめの中核メンバーの一人であった。中学卒業と共に進学のために東京へ移住し、さらには関東圏の有名私立大を卒業。そして現在、知里の中学時代からの盟友にして、凱の最大の怨敵の一角である笹川香織の口添えで、笹川グループの本社営業部に新卒入社したばかり。だが、その口の上手さと切り替えの早さで入社早々にも関わらず成績を上げていた。
そうして今回、桐島から特命を受けていたのだ。
「知里。神奈川再開発計画の進捗はどうだ? 当然、遅れは出ないと思っているが?」
「ええ、もちろんです、桐嶋部長。あんなボロボロの、それも風星学園周辺の寂れた商店街なんて、すぐ潰せますよ」
「よろしい。神奈川再開発計画は億単位の収益を見込めるプロジェクトだ。その手始めに風星学園の周囲を徹底的に潰し、風星を潰してあの広大な敷地を奪い取るのが総帥のお考えだ。商店街を潰して土地を確保した暁には、お前を主任、場合によっては係長に昇進させるよう話す。もし失敗したらどうなるか……解っているな?」
「大丈夫です、任せてください!」
「総帥令嬢の推薦で入っただけあると信じてるぞ」
知里は自信満々にそう答え、翌日には早速行動を開始するが、その行ないはまるっきり地上げそのもの。明らかにその筋の者を引き連れて脅しをかけるのは当然なのだが、ここで知里の悪癖が出ていた。
それは若くて可愛い女子がいれば、仕事そっちのけでナンパに走ることである。
これは桐嶋の秘かな懸念事項だが、結果を着実に出していることから現状は黙認状態。だが、今まで以上に自分勝手に動く有様なものだから、知里の担当地域である風星学園周辺の商店街はすっかり笹川グループ側に対する心証を悪くしてしまったのは言うまでもない。
そんな身勝手を一ヶ月も続けていた、ある日のこと。
知里は、同僚の女性社員からの報告を受けていた。
「知里。あなたの攻略先の例の商店街、なにか動きがあるみたいだけど?」
「はっ、商店街をあげて悪あがきってか? ま、むしろ、その悪あがきで資金食い潰して倒産が早まるだけだってのに……滑稽だねぇ」
「あっそ。私の担当じゃないから、どうでもいいけどね」
同僚女性は知里の能天気な返答に呆れながら、淡々と会話を打ち切る。
ゲーム感覚でじっくり甚振ろうと企む知里だが、この時、即座に対抗策を考えないどころか交渉もロクにせず、商店街を散歩しながら脅迫とナンパに勤しむ能天気さと慢心が、すべての機会を逃すこととなる。
もっとも、それが凱たちにとっては救いとなったのだが……。
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――【Side:凱&源グループ】――
話は遡り――
笹川グループが風星学園周辺の商店街への地上げ行為に動いたのを知った凱と源グループは、これに対抗すべく、商店街の再生に乗り出していた。
商店街潰しに動き出した者が知里であること、知里の言動と習性が変わっていないことを被害を受け始めた商店街の住民への聞き取り調査で確認した凱は、源グループを通じての対応に乗り出したのだ。
「若が風星学園近くにある商店街の再生事業に志願したとな?」
「はっ! 『自分では得られなかった地域の繋がりを消すわけにいかない』と申され、我がグループに動きを伝えた上で計画に乗り出したよしにございます」
「ならば、我等が支援して軌道に乗せるべきであろう。若の初の大仕事だ。しっかり連携し、余分な手間をかけさせてはならぬ。殿にはワシから伝えておく。すぐ対応と支援に移れ」
「はっ! 直ちに!」
会議がまったく開かれることなく、プランが凱の元に提示され、連携して遂行されることとなった。
後日――
「若が先日立ち上げた、商店街再生事業についての予算を請求いたします」
「その件、直ちに承認せよと殿からのお達しである。若の名に恥じぬような仕組みにいたせ」
「心得ております。若の御名を天下に広めたく思っております」
「ならば良し」
後から会議を開くものの、ただ承認されて終わるのみであった。
それから一ヶ月、知里がすっかり慢心したところを狙いすまし、かつ悟られないよう、再生計画が水面下で開始されたのだった。
*****
そこからさらに一ヶ月。
再生計画は信じられないくらい、あっという間に完了してしまう。
それは《偏(ひとえ)》に、源グループの手厚い支援のおかげであった。
凱の計画した商店街再生計画は、源グループの支援と、大企業ならではの幅広く緻密なリサーチによって方向が固められたことで順調に進行。商店街もこれによって息を吹き返し、大成功を収める結果となった。
他の県や町から引っ越してきた事業主たちが得意の分野を用いて、商店街に新たな店を開き、商店街はシャッターが下りている方を数えた方が早いと言わしめるまでになる。
「……これでよし、と。思えば、あっという間だったな」
凱は感慨深くつぶやくと、隣にいる杏咲も誇らしげにうなずく。
その杏咲でさえ、ここまでになるとは予想外だったようで、嬉しさもひとしおであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その数日後――
「な、なんだ、これ!? 寂れた商店街じゃなかったのか!?」
人が増え、賑わう商店街の様子に、知里は驚嘆の声を上げていた。
「この数週間でなにが起きた?! おかしいだろ!? こ、これじゃ俺の計画が……昇進があぁぁぁっ!」
商店街の様子を見渡す知里の目が、凱の姿を捉える。
「おい、ザコミヤァッ!」
叫びながら突進し、凱の服の胸倉を乱暴に掴むと、噛み付くような声を上げ、睨みつける知里。
「てめー、何しやがった、この野郎!!」
「営業妨害する気なら帰れ、クソ野郎」
「やかましい! ざけんなよカス野郎ッ! 俺はな、この知里昭則はな、お情けで高卒にしてもらっただけのてめーなんかと違う! 大人しくこの商店街畳ませろ! 何したか知らねぇけど余計なことするな! 俺の昇進がかかってるんだ!!」
「あん?」
あまりの勝手な物言いをしてくる知里に対し、苛立ちを隠せなくなった凱。
「テメェの下らねえ栄達如きで、何でこの商店街を潰さにゃなんねえんだ、クソボケ」
「……チリ、アキノリ……あっ!」
商店街にいる一人の主婦が声を上げる。
「思い出した! ここ最近、この辺で若い女の子に声かけまくってる男がいるって聞いてたけど、名前で思い出したわ!」
「な、なに!? まさか……テメェ、この商店街に何かしたのか?」
知里は若い層から支持を取り付けようとしていたのだが、その狙う層を限定し過ぎていた。そこに運悪く、杏咲を先頭に源グループの社員が合流した。
「その男です。私をナンパしてきた男は」
「あ、この前のかわい子ちゃん! ……って、そうじゃない! こんな低学歴のサルどもが何かできるわけないだろ!」
「は? なんですか、それ……」
途端に表情を消した杏咲は、冷たい声で反論し始める。
「この方は、ガイさんは幼かった私を助けてくれた方です。今こうして、この方と協力するのは打算があったかもしれません。でも、助けられたのは確かです。私はその恩返しとして源グループの力を貸し、簡単なアドバイスをしただけ。でも、努力して実行したのは商店街の方々とガイさん自身。その頑張りを……低学歴なんてくだらない言葉でバカにするなぁっ!!」
「なんだと、このガキィッ! こんな古臭い商店街なんかに価値なんかねぇんだ!」
怒鳴り散らす知里に、とうとう商店街の店主たちの怒りが爆発する。
「うるせぇ! てめぇごときのチンケな利益と昇進なんかでここを潰させてたまっかよ!」
「営業妨害で警察呼ぼう! ウザいから出てけ! 邪魔なんだよ!」
「え……え、え、え……う、うーん……」
「うわっ、こいつ泡吹いて倒れやがった……。勘弁してくれや」
他人から責められのに慣れてなかったのだろう。
知里は顔面蒼白になりながら、泡を吹いて倒れてしまった。
「あはははっ、自分から仕掛けておいて、メンタル弱いんですね」
「今の情けは後の仇……。助ければこちらに害が及ぶだけだ。――敷地外に捨ててこい!!」
「「「御下命、承りました!!」」」
そうして知里が敷地外に捨てられて放置された一方、凱は商店街の人々に頭を下げる。
「皆さん、お騒がせ致しました。それと、ありがとうございました。源グループは、全力をもって皆さまを支援致します!」
凱の言葉に、パラパラと拍手が鳴り始め、やがてはアーケード中に響き渡るのだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――【Side:笹川グループ】――
数日後の笹川グループ・本社営業部――
知里は結局、見かねた通行人の一人が呼んだ救急車に運ばれていた。
命に別状は無かったものの、その醜態は笹川グループ本社営業部はおろか、他部署にまで伝わる始末。
さらに……。
「うまくいきませんでしただと!? バカかお前はッ!!」
報告を受けた桐嶋は、こめかみに青筋を浮かべながら、朝一番に呼び出した知里へ怒号を叩きつけた。
「悠長に余計なことやってるから源グループに出し抜かれるんだ! あんな寂れた商店街、俺なら二週間もあれば潰せたぞ!」
怒り心頭の桐嶋が、さらに追い込みをかける。
「聞けば商店街の一帯で、地上げをほったらかして若い女を片っ端からナンパしてたそうじゃないか! 神奈川の風星学園一帯の商店街を潰した後、風星も潰して商業施設にする! これは笹川グループの、社運を賭けた大プロジェクトだったんだ! それをお前は……!」
さらに怒筋を増やした桐島は、止めとも言うべき一言を放つ。
「お前がこんなにも無能だとは思わなかった! この事は上にきっちり報告しておくからな! 厳罰は覚悟しておけ!」
「そ、そんな……う、うーん……」
またもや泡を吹いて倒れた知里。
業務に支障をきたしたことは言うまでもないが、これは知里が味わうこととなる地獄の、ほんの序章でしかない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――くそっ!」
桐島からの緊急報告を受けた笹川英雄は、一人になった途端、忌々しげに呻く。
「よりにもよって源グループに先を越されるとは! ……にしても動きが速すぎる。あの会社、会議してないとでもいうのか!?」
不倶戴天の関係にある源グループ(+凱)に出し抜かれる格好となった英雄は、悔しくてならなかった。
が、笹川グループは、新規事業を行なう際には必ず会議にかけなけばならない決まりがあると同時に、会議無しで新規事業を行なうことは禁止されており、これを破った者は容赦なく罰していた。
新規事業の前には必ず企画書を作った上で上層部の許可をもらい、それから会議をする――会社と言う組織において、これらは常識中の常識である。
許可無く動いて損害を出したが最後、会社倒産だけでは済まされない事態に繋がりかねないのだ。
まして、やらかした当事者は民事裁判で告訴され、生きている間に返済出来るか分からないほどの莫大な損害賠償と、従業員の怨みを一身に背負うことになるのだから。
……もっとも、源グループが異常過ぎるとも言えるが。
今回、知里が大型プロジェクトを崩壊させるほどの大失敗に至った原因は、根回しをしなかったこと、反社組織を用いての強引な地上げ行為、そしてナンパに勤しんだことの三つであり、職務放棄と言われても抗弁出来ない大失態だ。
「香織が目をかけるから期待していたのに……。知里の大馬鹿野郎め! 折角の大型プロジェクトが潰れちまったじゃねぇかよ! あああ! 神月と夏目に笑い者にされちまう……!」
頭を抱え、途方に暮れる英雄だった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この一週間後――
知里昭則は、桐島和利から一枚の辞令書を受け取る。
その上で桐島が冷たく告げた。
「知里昭則。来月一日付をもって、その辞令先への配属を命ずる」
「えっ!? ここって……今月末で定年退職する奴がいる、一人だけの……!」
「そうだ。総帥は大変お怒りでな。本来なら損害賠償請求をした上での懲戒解雇だったんだ。それを香織様が取りなしてくださったんだ。そこならお前のやりたい事を好きなだけできるだろう。香織様への感謝を忘れず、新天地で励むことだ」
桐嶋が言った新天地は、完全な皮肉だ。
彼から完全に見放された知里は「プロジェクト崩壊の戦犯」として、励ましも慰めもされず、尻拭いという名の後始末で全部署が忙殺されたのもあって、ひっそりと配属先へ引っ越していった。
*****
実質的に本社を追われた知里昭則のその後は、悲惨の一言に尽きた。
「オラッ! 毎度毎度辛気臭ぇ顔してんじゃねーよ!」
プロジェクト崩壊の責任を一身に背負った彼は、離島の営業所に左遷。文字通り、島流しとなったのだ。
そこは島の漁業組合を相手に冷凍機の販売をする、一人だけの、社員寮が併設された小さな寂れた営業所。
所長である同時に、営業も事務もすべて一人でこなさなければならないので、効率は極めて悪く、漁師や島民に怒鳴られまくる知里は、そのストレスと疲労から一気に老け込んでいき、最終的にその離島から生きて出ることは叶わなかったという……。
25/07/02 05:00更新 / rakshasa
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