連載小説
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手を携えて
瑞姫と杏咲が対話を終えてから一週間後――。

凱はエルノールらと協議した末、源グループ本社に電話をかけ、義成から打診されていた源グループへの就職を受諾する旨を伝えた。
サバト以外の組織も、力として必要と判断したのが大きいところだ。

スーツなどの準備を整えていたら、あっという間に1ヶ月が経過。遂に出勤日を迎えた凱はヨメンバーズの激励を受けて特別寮を発つ。
遅れないよう朝早めに出て、1時間以上の電車の旅の末、東京に。

目的の場所は非常に背の高いビルだった。
二の足を踏む凱だったが、行かない選択肢は無い。中に入り、受付に自分の名前と出勤初日である旨を話し、どのようにしていいかを確認する。

受付によると、まずは会長室に行くことになっているという。
早速受付が呼び出すと、少し若い、外見で25歳前後の男女がやってくる。
その二人に案内された先が会長室であった。
男性がノックすると、厚めの扉の奥から男の声が響く。

『何か?』

声に反応して、今度は女性が声を上げる。

「会長。龍堂凱さまをお連れ致しました」
『うむ。中に入れたまえ』
「「失礼します」」

男女が声を揃えて扉を開けると、二人が凱に向けて声をかける。

「若様。どうぞ中へ」
「会長がお待ちです。さあ、中へお進みください」
「……失礼します」

固い面持ちで会長室へ足を踏み入れると、扉が閉まる。
同時に義成は立ち上がり、声をかける。

「凱くん、よく来てくれたね」
「よろしくお願い致します」
「先日は色々と済まなかったね。妻と娘もあれから、うちに来てくれないのかと矢のような催促だったからね」
「《御新造(ごしんぞう)》と御息女は、息災ですか?」

凱は早速、玲奈と杏咲について問う。
義成も少しばかりの苦笑を返しながら、言葉を返す。

「むしろ元気すぎるくらいだよ」
「呼んで欲しいと少し思いましたが、考えてみれば平日。御令嬢は学校でしたね」
「……杏咲なら、知った途端に来そうな気がするな。もしかしたら――」

刹那、会長室の扉がバンッ!と開かれる。

「ガイさんっ!」

噂をすれば影が差す――とはよく言うもので、叫び声がした方向へ二人が目を向けると、息を切らせながらこちらを睨む、制服姿の源杏咲がいた。
驚いた義成が慌てて声をかける。

「あ、杏咲!? 学校はどうしたんだ! まだ1時限目だろう!?」
「早退しました!」

即答気味にバッサリ言い切る娘の姿勢に、義成はぐうの音も出ない。
今度は凱が問いかける。

「アズちゃん、今日、俺がここに来るってどうして分かったの?」
「そ、それは……」
「?」
「――女の勘よ!」

その一言で無理矢理片付けようとするのが見え見えな杏咲の姿勢を見抜いた凱ではあったが、それを敢えて追求しなかった。

「まあ、来ちゃったものは仕方ないですね、会長」
「……そうだね。私も娘には見込みある若者をそれとなく会わせてみたけど、やっぱり誰にも興味を持たなくてね」
「大人になっても変わらない想いを抱く者もいるでしょうね。男だろうと女だろうと……」
「瑞姫ちゃんのように、杏咲も結構頑固で一途だったというのが改めて解ったよ」

蚊帳の外に置かれているのと思われたのだろう。
杏咲の目から光が消えつつある。

「ガイさんもお父様も、私を蚊帳の外にしないでくれません?」

彼女が一拍置いて再び口を開こうとした、その時、再びドアが開かれる。

「婚約はそのまま成立で問題ないな?」
「婚約……とは?」

突如現れた老人の婚約の言葉に、凱は困惑する。

「父上。確かにそれは計画に入ってますが、杏咲は知ってるんですか?」
「なんだ、何も聞いておらんのか、義成。これは杏咲が持ちかけてきた話だ。第一、お前もその気ではないか」
「それはそうですが……」
「ならば問題はない。だが、彼はこれから仕事をしっかり覚えてもらわねばならん。忙しくなって杏咲と会えなくなるかもしれんのが心配だな……」

しみじみと語る老人。
一体誰だ、と凱が思ったのを悟ったのか、杏咲が老人を紹介する。

「ガイさん。この人は《源義将(みなもと・よしまさ)》。先代の会長で、お父様のお父上。つまり、私のお爺様なの」
「初めまして。杏咲の祖父の義将だ。きみのことは息子と杏咲からよく聞かされていたよ」
「よろしく、お願い致します」
「そう固くならんで良い。ところで……そなたが成したいことは何がある?」

義将と呼ばれた老人に、凱は復讐の炎を灯しながら告げる。

「自分がやるべきことは一つ。俺を散々に貶し、貶めた連中を死ぬまで泣かして、地獄の底で永遠に後悔させてやることです」

怒り、憎しみ、怨み、そして復讐心で命を繋いだ者だからこそ、断言出来る言葉。
杏咲も義将も、凱の言葉に悲しげな表情となるが、当の凱には二人に疑問符を浮かべる。

「自分がここに居る以上、ブサ川や警察、果ては落ち目のクソヤクザ共が仕掛けてくるでしょう。迎え撃つのみです」

杏咲は戦々恐々とするも、それだけ凱の心に復讐心が強く、深く根付いていることを、杏咲は理解せざるを得なかった。
そうしてしばらく話していると、午前の勤務終了時刻が来た。
会長室を後にして所定の部署に赴き、やるべき仕事の指導を受けることで午後の仕事が終わると、再び会長室へ行くよう指示を受ける。
赴くと、義成から一緒に食事に行こうと言われ、連れていかれる破目に。

「……一体どこ行くんですか?」
「これから《土御門(つちみかど)》議員と夕食をとるだけだよ」

義成がそう答えるが、凱はその内容についていけてなかった。

「なんで俺が一緒に行くんです?」
「まあまあ。これから我が社を背負う者としての経験の為だよ」
「今日入ったばかりなペーペーの俺が行くとこじゃないですが?」
「気にしたら負けさ。さあ、行こうか」

*****

会長専用車に揺られながら立派な料亭に着いたものの、凱は義成について行くしか出来ない。

「何か場違いですね」
「凱くんも慣れないといけないよ。こういった場は、これからいっぱいあるからね」
「普通無いですから」

義成に連れられるまま部屋に入ると、国会議員を務める男・土御門がいた。

「これは源会長。よくお越しくださいました。ささ、こちらへ」

土御門は義成を上座に案内したが、凱は完全無視。それどころか、土御門は凱を自分の視界に入れもしない。
とりあえず空いている席に座ろうとする凱だったが、これを周囲の者たちが物凄い剣幕で咎めてくる。

「おい! お前みたいな若造が席につける訳ないだろ! 出ていけ!」
「常識の無い奴だな。少しは考えろよな!」
「これだから無学の野蛮人は……!」

その後も、凱は土御門の取り巻きに散々罵倒された。

「会長」
「どうしたんだい?」
「俺、飯食いに来たの? それとも無視と罵倒をされに来たの? 後者なら時間の無駄。今すぐ帰らせてもらう」
「おうおう、やっと身の程を弁えたな!」
「さっさと帰れ野蛮人!」
「「「かーえーれ! かーえーれ!」」」

凱を嬉々として嘲笑う取り巻きの姿に、義成の顔から表情が消える。

「……土御門議員」
「なんだね?」
「あなたの取り巻き達は、随分と礼儀も言葉遣いも知らないようですね。まるで金魚の糞か考えなしの猿ですな」
「な……っ、有為な若者達に何と失礼な! いくら源会長でも許せませんよ!?」
「あなたもあなたで、我が身内をいない者として扱うとは……。今後の付き合いは考えさせて頂くとしよう。では、私はこれで失礼する」
「源会長。居るのか居ないのかも判らない輩は蝿、追い払えばいいだけです。誰か、殺虫剤か蝿叩きを」
「「「はい、只今!」」」

遂には蝿呼ばわりな上に、取り巻きは嬉々として追従。
これには凱も冷めた目で見るしかない。

「土御門さん、私はとても気分を害した。これで失礼させてもらう。凱くん、行こう」

義成に言われるがまま、そして土御門の取り巻きたちの敵意に満ちた視線を背に受けながら、凱は料亭を後にした。

*****

車の中で、凱は義成に尋ねた。

「会長。あれ、わざとですか?」
「判ってしまったか」
「私を連れて相手にちょっかい掛けさせて、場を破壊。後日謝罪に来させて主導権を握る……なんて目論見ですか?」
「そうだね。それと、うちの身内を周囲に知らしめる為かな」
「正確には身内じゃないですけども」
「今はね、でも、すぐに息子になるから心配してないよ」
「まだ、確定してないでしょうに」
「それは杏咲を振り切ってから、だね。では、今度こそ飯を食うか」
「振り切って、ってどういう意味です?」

凱の質問を義成は無視し、鰻の専門店に入っていく。
ちなみに食事は鰻重だった。

*****

仕事もロクに解らないまま初日を終えた凱は、電車に揺られながら特別寮に帰宅した。
寮に入る時に何気なく「ただいま」と言ったのが、間違いだったのかは判らない。
だが――。

「おかえりなさい、ガイさん。お風呂にします? お食事にします? それとも、わ・た・し?」

出迎えたのはヨメンバーズではなく、杏咲だったからだ。
しかも、新妻定番セリフでのお出迎え。
言った後、顔を真っ赤にする杏咲の姿に、「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……」と率直に思う凱だった。

「じゃあ、風呂で。食事は会長と食べてきたよ」
「むう、私は?」
「まだいい。って言うか、その段階じゃないでしょ」
「まあ、段階よね。よし、お風呂ですね。沸いてますから先に入ってください。着替えとか持っていきますから」

リビングに行くと肉じゃが焼き魚、味噌汁が置かれているのが目に入る。

「――? これ、杏咲が作ったの?」
「はい。お母様直伝だよ」
「瑞姫らにライバル出現、か」
「もう、食べてもいないのに、他と比べないでくれない?」
「ちょっと、つまんでいい?」
「ご飯食べてきたんじゃ――」
「――美味しい」

何か特別な味付けをした訳でもなく、凱の味覚に丁度よい味付けだった。
思わず全部食べきってしまう。

「これなら毎日食べたいかも」

食事を終えた後、思わず本音が漏れた。

「ふふ、じゃあ毎日食べる?」

杏咲に揶揄われる凱。

「それぐらい美味しかったよ、これならいいお嫁さんになれるね」
「いつでもOKだよ、ガイさん」

顔を赤くしながら可愛らしい仕草をする杏咲の姿に、いつまで耐えれるのだろうと何気なく考えてしまう凱であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

食事の片付けも終わり、風呂も入った。
後は寝るだけだが、部屋にはまだ杏咲がいる。

「杏咲は帰らないの? 送っていくよ」
「ううん、大丈夫。私もお風呂に入ってくるね」

杏咲はそう言って、風呂に走っていく。

◇◇◇◇◇

杏咲が風呂に向かった後、凱は自室に戻ってベッドに潜り込むと、程なくして寝入ってしまう。

「ガイさん? ……あれ、寝てるの? むう、覚悟してるのに……もう、こうしてやる♪」

杏咲は凱の布団に入り込み、腕枕で寝る事にした。

「あぁぁ、ガイさんの匂い……幸せ♪」

凱の胸元に顔を押し付け、匂いを満喫する杏咲。すると、凱が無意識に杏咲を抱き締め、頭を撫でる。

「あ、ガ、ガイさん、ひゃん、ダメですよ。そういうことは、意識のある時にお願いしますぅ♥」

口では否定しつつ、逃げる事はせず、むしろ抱きつく杏咲であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

翌朝――

(うん? 何か温かい? しかも、柔らかい……?)

凱は妙な違和感を覚え、寝ぼけながら自分の胸元にいる物体を触る。

「あん♥」

その声に、凱は一瞬で目が覚めてしまう。

(なんだ? この状況は俺はやったのか? いや、まて取りあえず確認だ! パンツは……穿いてる。昨日は俺は杏咲の風呂を待ってて……寝たんだったか。よし、大丈夫だ)

「杏咲。杏咲、起きて」

凱は杏咲を起こす。

「ふぁ……あ、ガイさん♪」

寝ぼけたままの杏咲が抱きついてきた。
しかもそれが、起きてはいけない部分の目を覚まさせる。

「起きて、お願い」

杏咲は、凱の顔を見つめて言い返す。

「ガイさん、おはよ。……ん? あら、ガイさんも朝から元気ね♥」

股間の異変を気付かれてしまう。

「……朝は仕方ないもんなんだよ」
「ねぇ、どうする? しちゃったほうがいい?」
「嫁入り前の女の子が、そんなこと言うもんじゃないよ」
「嫁入りするからいいの♥」

迫ってくる杏咲を必死に回避しつつ、服を手にトイレへ遁走する凱だった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

トイレで身支度を整えた凱が自室でくつろいでいると、杏咲と瑞姫から声がかかった。

「「朝御飯できたよ〜」」

その声に導かれ、凱は食卓につく。

「いただきます」

朝食は簡単なものだったが、非常に美味だった。
胃袋を掴まれるような感覚を覚える。

「アズちゃん、昨日うちに泊まったけど大丈夫なの?」
「お父様もお母様も知ってるし、何よりお爺様が了承してるから大丈夫」
「あの人らは……」
「理解のある親でしょ♪」

頭を抱える凱だが、出勤時間が迫っていたので出発しなければならなかった。

「悪い、みんな。仕事行かなきゃ」
「はい、行ってらっしゃい。早く帰ってきてね♪」

杏咲はそう言うと唇を付き出してくる。
凱はそんな杏咲の唇に指を当てて告げる。

「今は、まだ早いかな」
「もう、私は子供じゃない」

杏咲の反論もそこそこに、凱は職場に向かう。

*****

職場に入ると妙な視線を感じていた。
周囲を見ると目をそらされ、また、どこからか見られてるむず痒い感じだ。
すると、教育係を務める先輩の女性・《南部真里(なんぶ・まり)》が声をかけてくる。彼女は東北支部長を務める南部家の当主・《南部行真(なんぶ・ゆきざね)》の娘だ。

「あの〜、龍堂君?」
「なんでしょう、南部さんでしたね」
「うん、あってるよ。あのさ、龍堂君って会長の親戚なの?」
「違います」
「そうなの? 昨日、赤座係長が騒いでたから、噂になってるよ。なんか姫様と親しげに話していたとか」
「姫様、とは?」
「源グループでは、会長令嬢は『姫様』って呼ばれてるの。会長は『殿』、会長夫人は『奥方様』って呼ばれてるから、その繋がりね」
「ホントに武家社会みたいですね……」
「言えてるわね。あ、話がずれたわ。姫様とはどういう関係なの?」
「……子供の時のトラブルの名残ですね」
「えっ、じゃあ知り合いには違いないの?」
「少し合ってます。でも、10年近く会ってなかったですから、ほとんど他人になってしまってる感じです」
「そうなんだ……。でも、これからはそんなことないわよね?」

南部の言葉に、凱は戸惑う。

「それ以上に、仕事を覚えなければならないはずです。そうでなければ戦力になれないし、あの子らに顔向け出来ません」
「そうね。たとえ若様でも、《胡坐(あぐら)》をかかせるわけにはいかないもの。ビシビシ行くからね!」
「よろしくお願いします」

こうして、凱の初めての会社勤めが始まった。
25/06/26 02:14更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
ダルい回かもしれませんが、どうかご容赦を。
イラストのオンライン講座と併用してると、絵と小説の両立が出来てる人ってすごいなと思う次第です。

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