合縁奇縁に結ばれて・前編
ある日の夕方。
黄泉のアパートにアリアが尋ねてきた。
黄泉は一ヶ月前に起きた出来事のせいで塞ぎ込んでいた。
エルノールから休職を命じられるまでに荒れる黄泉を見かねた亜莉亜は、自身がかねてから構想していた計画を実行すべく、腐れ縁の幼馴染でもある同僚がいるアパートに赴き、中に入って声をかける。
「黄泉ちゃーん、話あるのよー。一緒に来てー」
「んだよアリアぁ……ほっといてくれやぁ！」
「んもぉいいからー、あーたーしーとー来てぇー!!」
激しい抵抗を見せられた黄泉は、結局、言われるがまま、地下にあるエルノール・サバトの基地に渋々と足を運ぶ――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――話は、二ヶ月前にまで遡る。
黄泉――本名、依川黄泉華（よりかわ・よみか）は現在、人間の年齢として換算すると28歳である。
けれど彼女は、人間からオーガに変じた魔物娘であり、不老長寿の身。
黄泉は生まれてこの方、恋愛に縁が無かった。あるのは不良との揉め事。
挙句には高校時代に天性の喧嘩の腕前を用いて、小規模の不良グループを彼女一人で潰してしまったほどだ。この不良グループは中流階級や公務員、上流階級の子女で固められていたため、外聞が悪いからと黄泉に口止め料を払い、存在は有耶無耶になった。だが、そのメンバーの中に、後に凱との悪縁を持つこととなる男がいるのだが、それはまた別の話にて語ることになるだろう。
ただでさえ喧嘩と鍛錬に明け暮れる日々を送りながら体育大学を卒業したものだから、恋愛に縁も興味も無く、男に敬遠される黄泉は、オーガになってからはますます「おひとり様」を謳歌するようになってしまっていた。
そんな娘を危惧した両親は、『大事な話があるから絶対に帰ってこい。電話では伝えきれないから』と黄泉に電話で帰郷を催促した。これが、黄泉が塞ぎ込む出来事の発端となる。
＊＊＊＊＊
黄泉が実家に帰り、夕食も済ませて家事が落ち着いた頃、父親が話を切り出す。
『……お前はもう二十八。このままだとあっという間に三十どころか四十を過ぎて、誰とも結婚できずに一生を終えてしまう。父さんと母さんの一番の願いはな、お前が結婚して、孫を見せてくれることなんだ』
浮いた話の一つも無い黄泉にとって、それは騙し討ちと捉えてもおかしくないものだった。
両親は娘に構わず続ける。
『三十になるまでには絶対に結婚してもらわねばならん。そのために父さん達は縁談を用意してある。できれば今すぐにでも受けて欲しいくらいだ。この五人の中からよく選んで決めてくれ。けどな、相手も気長に待っているわけじゃないし、親戚の中にはお前を嫌ってる奴がそれなりにいる。そいつらがしゃしゃり出てきたら、話がややこしくなる。俺達の顔、潰さんでくれよ？』
黄泉は、翌早朝に実家を抜け出してボロアパートに戻った。
自分を心配する両親――
両親に見合い話を持ってこさせる親不孝な自分――
そんな板挟みの苦しみを紛らわせようと、日曜の昼間であるにも関わらずコンビニで酒類を大量に買い込み、自棄酒しまくるのだった……。
＊＊＊＊＊
一ヶ月が過ぎようとした頃、両親の危惧は果たして現実のものとなった。
見合いを受けるかどうかの返事すらしない彼女の態度に業を煮やした一部の親戚が、要介護寝たきり舅＆超嫁イビリ大好き姑付きバツ15の50代後半豪農長男という超ド級事故物件としか言いようのない男との見合い話を強引に組む暴挙に出た。
この嫌がらせと報復を兼ねた暴挙に、黄泉は咄嗟に「付き合いだした奴いる！」と嘘をついてしまったものだから、事態がややこしい方向に行ってしまったのは無理もないことだろう。
自分を庇いきれなくなった両親の苦境と不甲斐ない自分との板挟みによって、塞ぎ込んだ黄泉は酒量がさらに増え、荒れるようになってしまう……。
――これが一ヶ月前の経緯である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話は戻り――
黄泉のあまりの荒れようを見かねた亜莉亜は、今がその時と思い立ち、地下基地に黄泉を連れてきた……という訳である。
「はいー、まずはこれで落ち着くー」
会議室に引き入れると、手の持っていた袋からビールと乾物を取り出す。
それらをテーブルに置くと、すかさず亜莉亜は声を上げる。
「実はー、会わせたい人がいるのー」
「会わせたい人だぁ？」
「凱くーん、いいですよー！」
「へ？」
気の抜けた黄泉の声を無視しつつ、呼ばれた凱が入ってくる。
「っ！ あなたは……」
「用務員のアンちゃん!?」
互いに驚く、凱と黄泉。
「黄泉ちゃん、実際あれからすっかり酒浸りだよねー。だからー、改めて引き合わせようって思ったのよー」
「おいおい、アンちゃんはおめぇと籍入れてっだろ。それだけじゃねぇ、瑞姫や朱鷺子、マルガレーテ、ロロティア、挙句は学園長ともだぞ？ おめぇ一体何考えてんだ!?」
「あたしねー、直感してたのよー。黄泉ちゃんもー、あたし達の仲間になるべきだーって」
「オレを、加えるだと？」
「凱くんはー、あたし達と結婚してからー、かーなーりー凄いよー」
明らかな惚気に、黄泉は半信半疑な表情を凱に向け、問いかける。
「……アンちゃん、おめぇはどうなんだ」
「アリアがこうして勧めるのなら間違いは無い。そう信じてます」
真っ直ぐかつ真剣に相手の目を見つめる凱の言葉に観念したのか、ため息をつきながら応じる黄泉。
「はぁ〜……そうかい……ったく、アリアもサプライズなんて馬鹿なことすんなよな」
「こうしてくれないとー、来てくれなかったでしょー？ それにー」
「あー、わぁーった、わぁーった、もう言わんでいいから」
これ以上言うなと手をひらひらと振る黄泉に構う事なく、亜莉亜は言葉を続ける。
「学園長の許可も得てるってことー、忘れちゃダメだよー？」
「学園長もかよ……。けど、こうしてアンちゃんと改めて会ったのはともかく、こっからどうすんだよ」
「どこかで飲んだり、遊びに行くってのはどうですか？」
凱が黄泉に向けて提案する。凱とて何も考え無しという訳ではないのだが、提案して相手の出方を待つ意図があった。
「あ〜……宅飲みでいいや。アンちゃんのメシ食いてぇわぁ〜」
「じゃあ、特別寮の正式な住人になりましょう」
「あー、それいいですねー」
「それでいいや……好きにしてくれぇ〜」
そうして、半ば自暴自棄になっていた黄泉は、特別寮の正式な住人となる。
アパート解約および引っ越しも、亜莉亜が主導となって荷物がまとめられていき、黄泉が入ることになった部屋へと運ばれていくのだった。
ちなみに、亜莉亜はこれを機に特別寮寮長に就任。これに伴い、寮母にはロロティアが就くこととなり、凱は管理者の役割から降り、厨房のみでの作業に落ち着くことになる。
＊＊＊＊＊
翌日の夕方――
荷物をそこそこに荷解きして、最低限必要なものを出しただけの黄泉は、早速、驚くことになる。
「はい。今日はすき焼きにしてみましたよ、っと」
「おいおい、いいのかよ」
「まずはしっかり食べましょ。酒飲んでもいいですから」
「そうだな……あんがとな」
そんなこんなで、凱の食事をきっかけに持ち直した黄泉はこの翌週、教職に復帰。
厳しくも温かい体育教師として、さらに生徒たちと向き合うようになっていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな日々を過ごしながら迎えた週末。
黄泉は凱からデートの誘いを受けていた。自分から誘う気でいたのだが、渡りに船とばかりにほぼ即答で受諾。
ところがデート当日、黄泉の姿を見た亜莉亜はすっかり呆れ果てていた。
「いくら凱くんからデートの誘いだからってー、スリングショットはないでしょー……」
黄泉は何と、赤紫のスリングショット一枚だけをまとった姿になっているのだ。
当然、胸はほとんど露わだし、背中と尻に至ってはわずかな紐と布以外丸出し。
これは完全に黄泉の独断であり、当然ながら凱に言っていない。
「凱くんだから多分理解してくれるけどー、普通に警察案件だからねー？」
「これくれぇしねぇと、あのバカ親戚どもが納得しねぇよ。それに……」
「それに、何ですー？」
「何かよ、その……アリアの気持ちがちょっと解るような？ 解らないような？」
何やら煮え切らない黄泉の言動に、亜莉亜は何となく察しがついていた。
「それはー、今からデートすれば解るよー。スマホと財布忘れちゃダメよー」
「ああ、そいつはコレに入ってるさ。連中に送ってやるんだしよ」
そう言って、ウエストポーチを軽くポンポンと叩く黄泉。
「……何企んでるのー？」
「へへっ、そいつはまだ言えねぇよ。んじゃ、行ってくるわー」
「気を付けてー」
そう言って送り出す亜莉亜だが――
「……なんか嫌な予感するのよー」
――その心には一抹の不安が残っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と黄泉のデートの待ち合わせは、特別寮から少し離れた裏口だった。
無論、凱は黄泉の姿に驚く。
彼女がまとっているのは赤紫のスリングショット一枚にウエストポーチ。しかも裸足だ。
「その……似合ってますけど、デートの装いがどうしてそれなんです？」
「嬉しいぜ。似合ってる、なんてよ。ま、オレなりに考えがあってな。そのためにどうしても《スリングショット（コイツ）》が必要不可欠なのさ♪」
「考えがあるなら、それ以上は聞きませんよ」
「助かるぜ。それに、凱もすぐにその身で理解するさ♥」
「行きましょうか」
「おう。実はな、行き先決めてあるんだ。人生初デートに、出発だぜ！」
黄泉はすかさず、両腕を凱の右腕に絡ませ、一緒に歩き出す。
当然ながら、道行く者たちから奇異の目で見られる二人。
通常ならば公然わいせつ罪や迷惑防止条例違反、軽犯罪法違反などで逮捕されかねないが、黄泉はオーガである。
魔物娘である認識に加え、彼女らのモラルの無さがここでは強みとなっていた。
周囲を気にする必要も無く、堂々とした姿勢で闊歩し、時折、人目も憚らず堂々と抱き合う二人の姿は、周囲が呆れ果てるレベルのラブラブバカップルそのものだった。
だが、それだけではない。
何と二人は黄泉が一番に決めていた飲食店巡りで、口の周りに付いたクリームやソースを舐め取り合う行動に出たのだ。
飲食店は人の往来が激しい場所の一つ。そんな場所でそのような事をすれば迷惑行為にもなりかねない。しかも、それらの一連の行ないは自撮りを交えてのものだから、ラブラブバカップルを超えた『変態』バカップルだ。
もっとも、二人にしてみれば、『人間としての』モラルなど無いのだから、人間たちからどう思われようがどうでもよかったのは確かだ。
そうしてエネルギーを蓄えれば、やることはただ一つ。
何の迷いも無く向かったのはホテル。
それも、ただのホテルではない。城のような外観をしたラブホテルだ。
部屋に入れば、二人は即座にベッドで抱き合い、貪るようなキスに興じる。
黄泉はここでも自撮りを行なった。思い切り見せつける構図で、だ。
スマホの充電を途中で挟みながら、ポリネシアンセックスで黄泉の豊かな胸を揉む凱に、男性経験が皆無の黄泉はまったくの無抵抗。むしろ、それを嬉々として受け入れる有様。
彼女はあろうことか、それを動画として撮影しているのだ。
止めは女性上位での素股で、ハメ撮りになるように録画する念の入りようである。
疑似カップルである黄泉と凱だが、この段階に入った時にはそれを忘れ、一心不乱に互いを求めた。
黄泉が親戚からの超事故物件との見合いを、どれだけ嫌がっているかが知れよう。
最後の一線だけは超えていないが、それでも互いに想い合う心が出来ていたこと、
それと同時に、勢いだったとはいえ彼女が真に伴侶とすべきオスを見つけていたことを、この時の黄泉は自覚出来ていなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デート後の週明け、黄泉は学園長室に呼び出されていた。
「……黄泉教諭。何故此処に呼ばれたか、解っておろうな？」
「？ いんや、なんも？」
「戯けぇっ！ 兄上だったからよいものの、デートにスリングショットを着て行く奴があるか！」
「んだよ、こちとら連中に一泡吹かせなきゃならんかったんだ。まあ……スリングショットでデートって、案外悪くなかったがな」
「まったく……。クレームが来たらどうするんじゃ」
「そん時は……まあ、そん時さ！ カカカ！」
開き直る黄泉に頭を抱えるエルノールであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜――
黄泉は特別寮の自室で、日中着ていた赤紫のスリングショットを再びまとい、鏡の前に立っていた。
しばらく無言で自分の姿を見つめると、ベッドに座って暗い天井を眺めていたが、突如取りつかれたようにベッドに仰向けで寝転がると、おもむろに秘所と乳首を愛撫し始める。
愛撫をすればするほどに荒くなる息遣いは、それでいて切なさと寂しさが募っていくばかり。
緑色の肌も紅潮し、溢れ出る女蜜と汗が、布地の少ないスリングショットをグチョグチョに濡していく。
「んぁぁ！ ダ、メ……おぉぅ！ 欲しい……ほしい……ほしいよぉ……凱の……オチ×ポォォ♥♥ おっ♥ おっ♥ おほぉおぉぉぉ♥♥♥♥」
――それが本格的な愛の契りに繋がるのは、言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なお、これは余談であるが、黄泉を嫁がせようとした一部の親戚たちは、それぞれに送られた黄泉からの自撮りの写真と動画に辟易して渋々手を引くのだが、豪農母子から「話が違う！」と怒鳴り散らされ、金を受け取っていたことから詐欺で訴えられて借金地獄に叩き落されたという。
黄泉のアパートにアリアが尋ねてきた。
黄泉は一ヶ月前に起きた出来事のせいで塞ぎ込んでいた。
エルノールから休職を命じられるまでに荒れる黄泉を見かねた亜莉亜は、自身がかねてから構想していた計画を実行すべく、腐れ縁の幼馴染でもある同僚がいるアパートに赴き、中に入って声をかける。
「黄泉ちゃーん、話あるのよー。一緒に来てー」
「んだよアリアぁ……ほっといてくれやぁ！」
「んもぉいいからー、あーたーしーとー来てぇー!!」
激しい抵抗を見せられた黄泉は、結局、言われるがまま、地下にあるエルノール・サバトの基地に渋々と足を運ぶ――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――話は、二ヶ月前にまで遡る。
黄泉――本名、依川黄泉華（よりかわ・よみか）は現在、人間の年齢として換算すると28歳である。
けれど彼女は、人間からオーガに変じた魔物娘であり、不老長寿の身。
黄泉は生まれてこの方、恋愛に縁が無かった。あるのは不良との揉め事。
挙句には高校時代に天性の喧嘩の腕前を用いて、小規模の不良グループを彼女一人で潰してしまったほどだ。この不良グループは中流階級や公務員、上流階級の子女で固められていたため、外聞が悪いからと黄泉に口止め料を払い、存在は有耶無耶になった。だが、そのメンバーの中に、後に凱との悪縁を持つこととなる男がいるのだが、それはまた別の話にて語ることになるだろう。
ただでさえ喧嘩と鍛錬に明け暮れる日々を送りながら体育大学を卒業したものだから、恋愛に縁も興味も無く、男に敬遠される黄泉は、オーガになってからはますます「おひとり様」を謳歌するようになってしまっていた。
そんな娘を危惧した両親は、『大事な話があるから絶対に帰ってこい。電話では伝えきれないから』と黄泉に電話で帰郷を催促した。これが、黄泉が塞ぎ込む出来事の発端となる。
＊＊＊＊＊
黄泉が実家に帰り、夕食も済ませて家事が落ち着いた頃、父親が話を切り出す。
『……お前はもう二十八。このままだとあっという間に三十どころか四十を過ぎて、誰とも結婚できずに一生を終えてしまう。父さんと母さんの一番の願いはな、お前が結婚して、孫を見せてくれることなんだ』
浮いた話の一つも無い黄泉にとって、それは騙し討ちと捉えてもおかしくないものだった。
両親は娘に構わず続ける。
『三十になるまでには絶対に結婚してもらわねばならん。そのために父さん達は縁談を用意してある。できれば今すぐにでも受けて欲しいくらいだ。この五人の中からよく選んで決めてくれ。けどな、相手も気長に待っているわけじゃないし、親戚の中にはお前を嫌ってる奴がそれなりにいる。そいつらがしゃしゃり出てきたら、話がややこしくなる。俺達の顔、潰さんでくれよ？』
黄泉は、翌早朝に実家を抜け出してボロアパートに戻った。
自分を心配する両親――
両親に見合い話を持ってこさせる親不孝な自分――
そんな板挟みの苦しみを紛らわせようと、日曜の昼間であるにも関わらずコンビニで酒類を大量に買い込み、自棄酒しまくるのだった……。
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一ヶ月が過ぎようとした頃、両親の危惧は果たして現実のものとなった。
見合いを受けるかどうかの返事すらしない彼女の態度に業を煮やした一部の親戚が、要介護寝たきり舅＆超嫁イビリ大好き姑付きバツ15の50代後半豪農長男という超ド級事故物件としか言いようのない男との見合い話を強引に組む暴挙に出た。
この嫌がらせと報復を兼ねた暴挙に、黄泉は咄嗟に「付き合いだした奴いる！」と嘘をついてしまったものだから、事態がややこしい方向に行ってしまったのは無理もないことだろう。
自分を庇いきれなくなった両親の苦境と不甲斐ない自分との板挟みによって、塞ぎ込んだ黄泉は酒量がさらに増え、荒れるようになってしまう……。
――これが一ヶ月前の経緯である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話は戻り――
黄泉のあまりの荒れようを見かねた亜莉亜は、今がその時と思い立ち、地下基地に黄泉を連れてきた……という訳である。
「はいー、まずはこれで落ち着くー」
会議室に引き入れると、手の持っていた袋からビールと乾物を取り出す。
それらをテーブルに置くと、すかさず亜莉亜は声を上げる。
「実はー、会わせたい人がいるのー」
「会わせたい人だぁ？」
「凱くーん、いいですよー！」
「へ？」
気の抜けた黄泉の声を無視しつつ、呼ばれた凱が入ってくる。
「っ！ あなたは……」
「用務員のアンちゃん!?」
互いに驚く、凱と黄泉。
「黄泉ちゃん、実際あれからすっかり酒浸りだよねー。だからー、改めて引き合わせようって思ったのよー」
「おいおい、アンちゃんはおめぇと籍入れてっだろ。それだけじゃねぇ、瑞姫や朱鷺子、マルガレーテ、ロロティア、挙句は学園長ともだぞ？ おめぇ一体何考えてんだ!?」
「あたしねー、直感してたのよー。黄泉ちゃんもー、あたし達の仲間になるべきだーって」
「オレを、加えるだと？」
「凱くんはー、あたし達と結婚してからー、かーなーりー凄いよー」
明らかな惚気に、黄泉は半信半疑な表情を凱に向け、問いかける。
「……アンちゃん、おめぇはどうなんだ」
「アリアがこうして勧めるのなら間違いは無い。そう信じてます」
真っ直ぐかつ真剣に相手の目を見つめる凱の言葉に観念したのか、ため息をつきながら応じる黄泉。
「はぁ〜……そうかい……ったく、アリアもサプライズなんて馬鹿なことすんなよな」
「こうしてくれないとー、来てくれなかったでしょー？ それにー」
「あー、わぁーった、わぁーった、もう言わんでいいから」
これ以上言うなと手をひらひらと振る黄泉に構う事なく、亜莉亜は言葉を続ける。
「学園長の許可も得てるってことー、忘れちゃダメだよー？」
「学園長もかよ……。けど、こうしてアンちゃんと改めて会ったのはともかく、こっからどうすんだよ」
「どこかで飲んだり、遊びに行くってのはどうですか？」
凱が黄泉に向けて提案する。凱とて何も考え無しという訳ではないのだが、提案して相手の出方を待つ意図があった。
「あ〜……宅飲みでいいや。アンちゃんのメシ食いてぇわぁ〜」
「じゃあ、特別寮の正式な住人になりましょう」
「あー、それいいですねー」
「それでいいや……好きにしてくれぇ〜」
そうして、半ば自暴自棄になっていた黄泉は、特別寮の正式な住人となる。
アパート解約および引っ越しも、亜莉亜が主導となって荷物がまとめられていき、黄泉が入ることになった部屋へと運ばれていくのだった。
ちなみに、亜莉亜はこれを機に特別寮寮長に就任。これに伴い、寮母にはロロティアが就くこととなり、凱は管理者の役割から降り、厨房のみでの作業に落ち着くことになる。
＊＊＊＊＊
翌日の夕方――
荷物をそこそこに荷解きして、最低限必要なものを出しただけの黄泉は、早速、驚くことになる。
「はい。今日はすき焼きにしてみましたよ、っと」
「おいおい、いいのかよ」
「まずはしっかり食べましょ。酒飲んでもいいですから」
「そうだな……あんがとな」
そんなこんなで、凱の食事をきっかけに持ち直した黄泉はこの翌週、教職に復帰。
厳しくも温かい体育教師として、さらに生徒たちと向き合うようになっていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな日々を過ごしながら迎えた週末。
黄泉は凱からデートの誘いを受けていた。自分から誘う気でいたのだが、渡りに船とばかりにほぼ即答で受諾。
ところがデート当日、黄泉の姿を見た亜莉亜はすっかり呆れ果てていた。
「いくら凱くんからデートの誘いだからってー、スリングショットはないでしょー……」
黄泉は何と、赤紫のスリングショット一枚だけをまとった姿になっているのだ。
当然、胸はほとんど露わだし、背中と尻に至ってはわずかな紐と布以外丸出し。
これは完全に黄泉の独断であり、当然ながら凱に言っていない。
「凱くんだから多分理解してくれるけどー、普通に警察案件だからねー？」
「これくれぇしねぇと、あのバカ親戚どもが納得しねぇよ。それに……」
「それに、何ですー？」
「何かよ、その……アリアの気持ちがちょっと解るような？ 解らないような？」
何やら煮え切らない黄泉の言動に、亜莉亜は何となく察しがついていた。
「それはー、今からデートすれば解るよー。スマホと財布忘れちゃダメよー」
「ああ、そいつはコレに入ってるさ。連中に送ってやるんだしよ」
そう言って、ウエストポーチを軽くポンポンと叩く黄泉。
「……何企んでるのー？」
「へへっ、そいつはまだ言えねぇよ。んじゃ、行ってくるわー」
「気を付けてー」
そう言って送り出す亜莉亜だが――
「……なんか嫌な予感するのよー」
――その心には一抹の不安が残っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と黄泉のデートの待ち合わせは、特別寮から少し離れた裏口だった。
無論、凱は黄泉の姿に驚く。
彼女がまとっているのは赤紫のスリングショット一枚にウエストポーチ。しかも裸足だ。
「その……似合ってますけど、デートの装いがどうしてそれなんです？」
「嬉しいぜ。似合ってる、なんてよ。ま、オレなりに考えがあってな。そのためにどうしても《スリングショット（コイツ）》が必要不可欠なのさ♪」
「考えがあるなら、それ以上は聞きませんよ」
「助かるぜ。それに、凱もすぐにその身で理解するさ♥」
「行きましょうか」
「おう。実はな、行き先決めてあるんだ。人生初デートに、出発だぜ！」
黄泉はすかさず、両腕を凱の右腕に絡ませ、一緒に歩き出す。
当然ながら、道行く者たちから奇異の目で見られる二人。
通常ならば公然わいせつ罪や迷惑防止条例違反、軽犯罪法違反などで逮捕されかねないが、黄泉はオーガである。
魔物娘である認識に加え、彼女らのモラルの無さがここでは強みとなっていた。
周囲を気にする必要も無く、堂々とした姿勢で闊歩し、時折、人目も憚らず堂々と抱き合う二人の姿は、周囲が呆れ果てるレベルのラブラブバカップルそのものだった。
だが、それだけではない。
何と二人は黄泉が一番に決めていた飲食店巡りで、口の周りに付いたクリームやソースを舐め取り合う行動に出たのだ。
飲食店は人の往来が激しい場所の一つ。そんな場所でそのような事をすれば迷惑行為にもなりかねない。しかも、それらの一連の行ないは自撮りを交えてのものだから、ラブラブバカップルを超えた『変態』バカップルだ。
もっとも、二人にしてみれば、『人間としての』モラルなど無いのだから、人間たちからどう思われようがどうでもよかったのは確かだ。
そうしてエネルギーを蓄えれば、やることはただ一つ。
何の迷いも無く向かったのはホテル。
それも、ただのホテルではない。城のような外観をしたラブホテルだ。
部屋に入れば、二人は即座にベッドで抱き合い、貪るようなキスに興じる。
黄泉はここでも自撮りを行なった。思い切り見せつける構図で、だ。
スマホの充電を途中で挟みながら、ポリネシアンセックスで黄泉の豊かな胸を揉む凱に、男性経験が皆無の黄泉はまったくの無抵抗。むしろ、それを嬉々として受け入れる有様。
彼女はあろうことか、それを動画として撮影しているのだ。
止めは女性上位での素股で、ハメ撮りになるように録画する念の入りようである。
疑似カップルである黄泉と凱だが、この段階に入った時にはそれを忘れ、一心不乱に互いを求めた。
黄泉が親戚からの超事故物件との見合いを、どれだけ嫌がっているかが知れよう。
最後の一線だけは超えていないが、それでも互いに想い合う心が出来ていたこと、
それと同時に、勢いだったとはいえ彼女が真に伴侶とすべきオスを見つけていたことを、この時の黄泉は自覚出来ていなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デート後の週明け、黄泉は学園長室に呼び出されていた。
「……黄泉教諭。何故此処に呼ばれたか、解っておろうな？」
「？ いんや、なんも？」
「戯けぇっ！ 兄上だったからよいものの、デートにスリングショットを着て行く奴があるか！」
「んだよ、こちとら連中に一泡吹かせなきゃならんかったんだ。まあ……スリングショットでデートって、案外悪くなかったがな」
「まったく……。クレームが来たらどうするんじゃ」
「そん時は……まあ、そん時さ！ カカカ！」
開き直る黄泉に頭を抱えるエルノールであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜――
黄泉は特別寮の自室で、日中着ていた赤紫のスリングショットを再びまとい、鏡の前に立っていた。
しばらく無言で自分の姿を見つめると、ベッドに座って暗い天井を眺めていたが、突如取りつかれたようにベッドに仰向けで寝転がると、おもむろに秘所と乳首を愛撫し始める。
愛撫をすればするほどに荒くなる息遣いは、それでいて切なさと寂しさが募っていくばかり。
緑色の肌も紅潮し、溢れ出る女蜜と汗が、布地の少ないスリングショットをグチョグチョに濡していく。
「んぁぁ！ ダ、メ……おぉぅ！ 欲しい……ほしい……ほしいよぉ……凱の……オチ×ポォォ♥♥ おっ♥ おっ♥ おほぉおぉぉぉ♥♥♥♥」
――それが本格的な愛の契りに繋がるのは、言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なお、これは余談であるが、黄泉を嫁がせようとした一部の親戚たちは、それぞれに送られた黄泉からの自撮りの写真と動画に辟易して渋々手を引くのだが、豪農母子から「話が違う！」と怒鳴り散らされ、金を受け取っていたことから詐欺で訴えられて借金地獄に叩き落されたという。
24/10/09 00:12更新 / rakshasa
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