地下オークションを叩け! 後編
【Side:地下オークション会場】
笹川キングホテル地下特設エリア――
地下駐車場の下に設けられたそこは、宿泊客の中でもVIPとして認定された者しか入る事を許されないエリア。
今、そのエリアにある会場は多くのセレブで賑わっている。
警察官僚や政財界の大物だけでない。
海外からはFIFA(国際サッカー連盟)やIBAF(国際野球連盟)を始めとした国際スポーツ連盟機構の役員、世界各国のプロスポーツのスター級選手、ハリウッドスター、各国の閣僚や富豪、更には高級将校までもが男女問わず、参加者によっては夫婦で参加しているのだ。
だが、共通している事は一つ。皆が皆、黒い獣欲を剥き出しにした下劣な笑顔を浮かべている事である。
そして、時計の針が21時を指し、狂った宴が幕を開けた。
『世界各国からご来場の皆様、大変長らくお待たせしましたぁ! これより、第21回セックススレイブオークション、開催しまぁす!』
割れんばかりの拍手と歓声が特設会場に響き渡る。
『開催にあたり、今回の主宰であります、夏目会総裁・夏目剛史様より、ご来場の皆様へご挨拶をいただきます』
『世界各国からご来日された皆様、この度は御来場頂き、誠にありがとうございます。どうぞごゆるりと、そして皆様の性欲の赴くままに、オークションをお楽しみ下されば幸いです。奴隷ごときに人権などございません。お買上げ頂いたら、ご自由にお楽しみ下さい! それでは皆様ぁ! セックススレイブオークション、開幕でぇす!!』
司会者が陽気な声で開催を告げると、割れんばかりの拍手と歓声が再び響き渡り、いかにもヤクザと言わんばかりの黒い服を着た男が最初の『商品』である少女を引っ張ってきた。
早速競り落とそうと大金が動き始め、夏目は下卑た笑顔を浮かべながら大金が入る事を夢想し始めていた――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:凱&ヨメンバーズ】
時は少し遡ること、20時58分――
凱とヨメンバーズは、エルノール・サバト全軍を率いて笹川キングホテルの周辺に展開を終え、息を潜めながら作戦決行の時を待っていた。
エルノールは時計を凝視しつつ、遠声晶を片手に秒読みを始める。
『皆の者、準備は良いな? 作戦開始まで残り一分――』
先陣を切るマルガレーテが左手の籠手からカサルティリオを展開、魔力で精製した矢をつがえると、指揮下に入っている魔女たちもロアリングキャノンを狙撃体勢で構える。
「魔女の皆様、警官だけを狙ってくださいませ」
『30秒……25……20……』
次に動く構えを見せたのは、朱鷺子と亜莉亜、クノイチ数名の少数精鋭の組。
彼女たちの役目はホテルの司令塔とも言える総支配人を無力化し、監視システムをダウンさせる事である。
『10、9、8、7、6――』
そして本隊。凱、瑞姫、エルノール、ロロティア、ゼロ派遣部隊。他にも魔女だけでなく、ドワーフやゴブリンなどの直接戦闘が得意な魔物娘が他部隊の動きを伺う。
『5、4、3、2、1、攻撃開始っ』
マルガレーテが先制の号砲とばかりに矢を撃ち放つ。
その矢は一人の警官の眉間に見事命中する。魔力の矢なので衝撃こそあるが、傷は負わないし、脳を撃ち抜く事は無い。もっとも、体内の精を霧散――はっきり言ってしまえば、急激に射精させられてしまうのだが。
最初の犠牲となった警官はアヘ顔になりながら内股になり、腰から崩れ落ちる。
彼の股間から漂う強烈な精臭が近くにいた他の警官たちを酷く不快にさせたが、異常事態を悟るには少し遅かった。
正面を警護していた警官たちは、魔女たちが撃つ魔力弾を次々と食らい、やはり強制射精で無力化されていったのだ。
辛うじて動けた警官の一人がパトカーの無線で異常事態発生と応援依頼をし、警察とホテルの黒服の一部が正面側へと動き出したことでスタッフ用出入り口に隙が出来た。
「先生、行こう」
「やるですよー」
朱鷺子と亜莉亜、クノイチの部隊も動き出し、スタッフ用出入り口の扉をクノイチが開錠して侵入を果たす。
一方、マルガレーテの隊はパルティアンショットさながらの、逃げながらの反撃を行っていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:朱鷺子&亜莉亜】
朱鷺子と亜莉亜、クノイチ数名は即座に人化の魔法でベルガールに化けて支配人室を目指して進んでいたところ、怒鳴り声が響く
「オラァ! テメーら何サボってやがんだぁ!」
やってきたのは短く刈り込んだ頭髪に色黒で痩せぎすなベルボーイが、朱鷺子たちを見て、サボっていると決めつけて怒鳴ったのだ。恐らくは主任以上であろうと朱鷺子たちは見る。
だが、これに対応したのは意外にも亜莉亜であった。
「申し訳ありませんー。総支配人から頼まれたものがありましてー、急ぐよう言われましたのでー」
「――チッ、分かった。行け」
ベルボーイは明らかに苛立った表情でシッシッと手で払って、別の所へ小走りで去っていく。
「さ、急ぐですよー」
ハッカーから事前にもらっていた見取り図を頭に叩き込んでいた朱鷺子たちは、そのまま支配人室への道を駆けていく。
マルガレーテの狙撃・陽動部隊が警備の者を引きつけており、支配人室周辺の警備もその穴埋めに駆り出され、がら空きになっている。
だが、支配人室を目前にして、朱鷺子の聴覚がこちらに駆けてくる足音を捉えた。
「っ! 誰かこっち来るっ」
近くにあった女子トイレに駆け込んだ一行は、一旦ボーイをやり過ごした。
彼が支配人室のドアをノックしてドアノブに手をかけた合図に、一行は支配人室のドアをボーイごと蹴破って踊り込む。
「何やって――って、なぁ!? 何だ、貴様らぁ!」
笹川キングホテル総支配人の石井は、侵入してきた女たちに驚きながらも怒声を上げる。
すると女たちはたちまち姿が歪み、魔物娘としての本来の姿へと戻った。
「貴様ら――!」
「ぐ……なんなん――あっ! こいつら、あの竜宮のガキと一緒にいた奴です!」
「何だとぉ? サツと夏目のモン全員呼べ。こんガキどもは俺が嬲り倒してやるとしようかい」
ボーイはすかさず非常用の防犯装置を作動させようとするが、それを朱鷺子は軽快な動作と強烈な一撃で蹴り壊す。そのとばっちりでボーイは腕を砕かれてしまう。
「ぎゃわッ!」
「そんなもんに……手出すから悪いんだよ?」
「このガ、きゅっぷぅっ!?」
ボーイが無謀にも朱鷺子に殴りかかろうとしたが、亜莉亜に水鉄砲を浴びせられる。
「横槍は嫌われるですよー?」
「何だ、と……こ、の……」
意味があるかどうか分からない言葉を浴びせられたボーイは、倒れ込んで眠りこける。
亜莉亜が水鉄砲に充填させていたヒョウモンダコであった。
「おう、なかなか舐めた真似してくれんじゃねぇか、おぉ?」
石井の笑顔に青筋が浮かぶ。
モアイのような面長に七三分けの髪、それに眼鏡。
その顔に笑顔と怒りが混ざり合った表情となると、とても人間の顔ではないだろう。
「……気持ち悪い顔」
朱鷺子のこの一言が、石井の心身を憤怒に染める。
間髪入れずに放ったヤクザキックを、朱鷺子はいとも簡単に受け流す。
「こんガキィ! 礼儀ってもんをなぁ! その乳臭え身体にたっぷり教えてやんよ!」
「……あんたみたいなキモい奴に……教わるだけ無駄」
石井の顔一面に青筋が浮かび上がる。それは彼がヤクザとしての本性を完全に表に出した証でもあった。
「てめぇ……ぜってぇ許さねぇ。ズッタズタに犯して肉便器にしてやっから覚悟せぇやぁ!」
だが、石井は攻撃を阻まれる。
「うゎぷぅっ!?」
「はいー、たぁーんと召し上がれー」
亜莉亜のヒョウモンダコを盛大に浴びせられた石井は抵抗の間も無く倒れ、いびきをかきながら寝てしまう。
「先生、これ……どうすんの?」
「もちろん、こうするですよー♪」
上機嫌な亜莉亜は腰に着けていた小さな箱から鍼灸治療に使う極細の鍼を取り出し、デスストーカーを打ち込んでいく。
男二人は夢見心地のままデスストーカーの餌食となり、睾丸の中が空にされるまで夢精し続け、眼が醒めれば自分が何をしていたかも忘れていることだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:地下オークション会場】
地上階では大騒ぎとなっているのを余所に、特設会場ではオークションが佳境を迎えていた。
この地下特設エリアは核シェルターの技術を応用し、完全防音・完全防弾などをふんだんに施した特殊な構造となっている。
だが、逆にこれが仇となっていた。完全防音であるがゆえ、ホテルの地上階が大騒ぎになっているのを知らなかったからだ。
「さあ、本日のオークションも佳境となりました! それでは、本日の、メインイベントォッ! 最後の商品は――こちらぁっ!」
椅子ごと運ばれてきたのは、白地のセーラー服に身を包んだ絶世の美少女姉妹だ。
姉らしき少女はストレートロングの黒髪とスレンダーな肢体に大人びた顔立ち、妹らしき少女はツインテールの黒髪に成熟した肢体と幼げな顔立ちをしている。
参加者は皆、その姿に感嘆と下卑た笑い声を上げる。
「この二人は旧華族の一つ、土御門家の血筋に連なり、血統も保障! この三門(みかど)姉妹を競り落とすのは、誰だあぁ!? さあ! 一千万からスタートだぁー!」
メインイベントの美少女姉妹を競り落とそうと、参加者は我先にと値段を提示する。
だが、グループ企業の御曹司・天河晶光(あまかわ・まさみつ)と名家の老資産家・高品亀蔵(たかしな・かめぞう)が次々と繰り出す提示額によって次々と脱落し、結局はこの二人の一騎討ちとなっていた。
「一億!」
「おのれっ、一億五千万じゃ!」
「二億!」
「二億五千っ!」
しかも彼らの競りは白熱しており、終わりを見せない。
全財産を投じてでも二人を買おうと必死なのだ。
互いに十億に達したところに主宰の夏目が待ったをかけ、二人に提案した。
「お二方の情熱、感激しました。そこで、お二方の好みの娘をそれぞれに引き渡し、落札額は折半でどうですかな?」
天河と高品はこの提案を不承不承に同意し、天河は姉の華穂里(かおり)を、高品は妹の志帆里(しおり)を落札することで決着した。
が、その瞬間、フロア全体を轟音と揺れが襲う。
夏目が何事かと周囲を見渡すと、入口が吹き飛ばされ、数人の参加者がドアの下敷きになっている。
悠々と乗り込む男は異形の黒い装束をまとい、異形の槍を携え、これに続くようにドラゴンやリリム、そして魔女やドワーフ、ゴブリンなどの魔物娘の集団が続々と押し入ってきた。
「なんじゃテメーらぁ! ここがどこか分かってんだろうなぁ、ああゴルァ!!」
夏目がヤクザの地を出し、会場を揺るがすような大声で怒鳴るが、押し入った集団は動じない。それどころか参加者を問答無用で捕縛し、商品にされた少年少女を保護していく。
この傍若無人に夏目は怒りを露わにするが、男が投げた槍の回避が間に合わず、左肩を貫通してしまう。
槍の主は苦痛に呻く夏目を何の容赦も無く蹴り倒し、足で踏みつけて荒々しく槍を引き抜くと、今度は天河と高品に向けて駆け出し、逃げようとしていた二人の動きを横薙ぎの連続で止める。
間隙を縫って逃げ出した参加者や警備の者もいたが、非常階段も含めて逃げ場を封鎖され、会場の奥に備えられていた貨物用巨大エレベーターには認識阻害の結界が張られていた。このため、逃げた者はメインのエレベーターに追い立てられ、キキーモラによる居合術とバフォメットによる魔法の餌食になっていった。
槍の主はすべての連絡手段の遮断を命じ、参加者たちのスマートフォンや携帯電話を没収の上で残らず破壊し、エレベーターも破壊していく。
海外からの参加者は英語でこう叫んだ。
『『『『『fuck'n jaaaaaap!!』』』』』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして、襲撃団――エルノール・サバト混成部隊は保護された少年少女を護衛しながら、貨物用巨大エレベーターに乗って地下駐車場の裏側に出ると、竜化して控えていたドラゴンやワイバーンの集団の背に少年少女が乗せられていく。
その間に総支配人を無力化、防犯施設を破壊した朱鷺子と亜莉亜率いる特務隊、マルガレーテ率いる狙撃・陽動部隊も合流する。
透明化の魔法を受けた竜の集団が風星学園に向けて飛んで行ったのを見届けた凱とヨメンバーズは、エレベーターをパネルごと強引に破壊して使用不能にし、自分たちも離脱する。
地上階はその異常に騒然となり、パトカーのサイレンもけたたましく鳴らされるが、マルガレーテ隊の狙撃に引っ掻き回された警察は指揮系統が混乱していた。
警察とて地下オークション会場への直結の貨物エレベーターがあるなど思いもしないどころか、魔法で身を隠した竜たちが裏口から出ていくなど知る由も無い。
その少し後、凱たちエルノール・サバトの一部が何かに引き寄せられるかのように猛進していくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
笹川キングホテルでの騒ぎは、国内外の高級宿泊客を巻き込む大事件となった。
翌日、事態を知った世界各国の特命全権大使が外務省へ乗り込み、かなり強い口調で抗議したのだ。
しかもこれに留まらず、各国首相からの直接クレーム、遂には米国防総省や英国女王が直々の抗議までする事態となってしまう。
だが、時間差で送られた匿名の投書によって地下オークションの存在が公にされ、そこには参加者全員の名を実名で連ねたリストが添えられていたのを知るや、各国は一転して沈黙した。
外交と親善の名目で日本に渡ったはずの者たちが「性奴隷、それも未成年の少年少女を買うために日本に行ってました」などと公にされれば、国内はおろか国際的な非難は避けられない。それこそ国家全体を揺るがす一大スキャンダルである。
結局、世界各国の首脳部は参加者を厳罰に処したり、切り捨てて無関係を貫いたり、騙されたことを懸命に主張したり。中には逆恨みの抗議をしてきた国もあったが、それは本当に限られた数か国にとどまった。
当然、地下オークションの存在と実態は国際問題に発展し、参加者の名声は地に落ちていく。
笹川キングホテル総支配人である石井以下、経営陣は逮捕されたが、夏目は手下の助けで逃げ切った。
参加者も全員身柄を拘束された後、国内の参加者は逮捕された。逮捕者の中には三門姉妹を巡って競り合った天河と高品の両名も含まれている。海外からの参加者は全員強制送還となり、議員を除名されたり、CEOやスターの座を追われた。
この事態を知らされた同業他社は戦々恐々となり、笹川商事総帥・笹川秀雄もこの件について厳しく追及され、破滅する運命を迎える事となるのは、もう少し先のこと。
凱は人間社会、あるいは人間界そのものに対して、遂に挑戦状を叩きつけたのである。
そしてそれは、日本そのものを巻き込む戦いへとつながっていくのだった――
笹川キングホテル地下特設エリア――
地下駐車場の下に設けられたそこは、宿泊客の中でもVIPとして認定された者しか入る事を許されないエリア。
今、そのエリアにある会場は多くのセレブで賑わっている。
警察官僚や政財界の大物だけでない。
海外からはFIFA(国際サッカー連盟)やIBAF(国際野球連盟)を始めとした国際スポーツ連盟機構の役員、世界各国のプロスポーツのスター級選手、ハリウッドスター、各国の閣僚や富豪、更には高級将校までもが男女問わず、参加者によっては夫婦で参加しているのだ。
だが、共通している事は一つ。皆が皆、黒い獣欲を剥き出しにした下劣な笑顔を浮かべている事である。
そして、時計の針が21時を指し、狂った宴が幕を開けた。
『世界各国からご来場の皆様、大変長らくお待たせしましたぁ! これより、第21回セックススレイブオークション、開催しまぁす!』
割れんばかりの拍手と歓声が特設会場に響き渡る。
『開催にあたり、今回の主宰であります、夏目会総裁・夏目剛史様より、ご来場の皆様へご挨拶をいただきます』
『世界各国からご来日された皆様、この度は御来場頂き、誠にありがとうございます。どうぞごゆるりと、そして皆様の性欲の赴くままに、オークションをお楽しみ下されば幸いです。奴隷ごときに人権などございません。お買上げ頂いたら、ご自由にお楽しみ下さい! それでは皆様ぁ! セックススレイブオークション、開幕でぇす!!』
司会者が陽気な声で開催を告げると、割れんばかりの拍手と歓声が再び響き渡り、いかにもヤクザと言わんばかりの黒い服を着た男が最初の『商品』である少女を引っ張ってきた。
早速競り落とそうと大金が動き始め、夏目は下卑た笑顔を浮かべながら大金が入る事を夢想し始めていた――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:凱&ヨメンバーズ】
時は少し遡ること、20時58分――
凱とヨメンバーズは、エルノール・サバト全軍を率いて笹川キングホテルの周辺に展開を終え、息を潜めながら作戦決行の時を待っていた。
エルノールは時計を凝視しつつ、遠声晶を片手に秒読みを始める。
『皆の者、準備は良いな? 作戦開始まで残り一分――』
先陣を切るマルガレーテが左手の籠手からカサルティリオを展開、魔力で精製した矢をつがえると、指揮下に入っている魔女たちもロアリングキャノンを狙撃体勢で構える。
「魔女の皆様、警官だけを狙ってくださいませ」
『30秒……25……20……』
次に動く構えを見せたのは、朱鷺子と亜莉亜、クノイチ数名の少数精鋭の組。
彼女たちの役目はホテルの司令塔とも言える総支配人を無力化し、監視システムをダウンさせる事である。
『10、9、8、7、6――』
そして本隊。凱、瑞姫、エルノール、ロロティア、ゼロ派遣部隊。他にも魔女だけでなく、ドワーフやゴブリンなどの直接戦闘が得意な魔物娘が他部隊の動きを伺う。
『5、4、3、2、1、攻撃開始っ』
マルガレーテが先制の号砲とばかりに矢を撃ち放つ。
その矢は一人の警官の眉間に見事命中する。魔力の矢なので衝撃こそあるが、傷は負わないし、脳を撃ち抜く事は無い。もっとも、体内の精を霧散――はっきり言ってしまえば、急激に射精させられてしまうのだが。
最初の犠牲となった警官はアヘ顔になりながら内股になり、腰から崩れ落ちる。
彼の股間から漂う強烈な精臭が近くにいた他の警官たちを酷く不快にさせたが、異常事態を悟るには少し遅かった。
正面を警護していた警官たちは、魔女たちが撃つ魔力弾を次々と食らい、やはり強制射精で無力化されていったのだ。
辛うじて動けた警官の一人がパトカーの無線で異常事態発生と応援依頼をし、警察とホテルの黒服の一部が正面側へと動き出したことでスタッフ用出入り口に隙が出来た。
「先生、行こう」
「やるですよー」
朱鷺子と亜莉亜、クノイチの部隊も動き出し、スタッフ用出入り口の扉をクノイチが開錠して侵入を果たす。
一方、マルガレーテの隊はパルティアンショットさながらの、逃げながらの反撃を行っていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:朱鷺子&亜莉亜】
朱鷺子と亜莉亜、クノイチ数名は即座に人化の魔法でベルガールに化けて支配人室を目指して進んでいたところ、怒鳴り声が響く
「オラァ! テメーら何サボってやがんだぁ!」
やってきたのは短く刈り込んだ頭髪に色黒で痩せぎすなベルボーイが、朱鷺子たちを見て、サボっていると決めつけて怒鳴ったのだ。恐らくは主任以上であろうと朱鷺子たちは見る。
だが、これに対応したのは意外にも亜莉亜であった。
「申し訳ありませんー。総支配人から頼まれたものがありましてー、急ぐよう言われましたのでー」
「――チッ、分かった。行け」
ベルボーイは明らかに苛立った表情でシッシッと手で払って、別の所へ小走りで去っていく。
「さ、急ぐですよー」
ハッカーから事前にもらっていた見取り図を頭に叩き込んでいた朱鷺子たちは、そのまま支配人室への道を駆けていく。
マルガレーテの狙撃・陽動部隊が警備の者を引きつけており、支配人室周辺の警備もその穴埋めに駆り出され、がら空きになっている。
だが、支配人室を目前にして、朱鷺子の聴覚がこちらに駆けてくる足音を捉えた。
「っ! 誰かこっち来るっ」
近くにあった女子トイレに駆け込んだ一行は、一旦ボーイをやり過ごした。
彼が支配人室のドアをノックしてドアノブに手をかけた合図に、一行は支配人室のドアをボーイごと蹴破って踊り込む。
「何やって――って、なぁ!? 何だ、貴様らぁ!」
笹川キングホテル総支配人の石井は、侵入してきた女たちに驚きながらも怒声を上げる。
すると女たちはたちまち姿が歪み、魔物娘としての本来の姿へと戻った。
「貴様ら――!」
「ぐ……なんなん――あっ! こいつら、あの竜宮のガキと一緒にいた奴です!」
「何だとぉ? サツと夏目のモン全員呼べ。こんガキどもは俺が嬲り倒してやるとしようかい」
ボーイはすかさず非常用の防犯装置を作動させようとするが、それを朱鷺子は軽快な動作と強烈な一撃で蹴り壊す。そのとばっちりでボーイは腕を砕かれてしまう。
「ぎゃわッ!」
「そんなもんに……手出すから悪いんだよ?」
「このガ、きゅっぷぅっ!?」
ボーイが無謀にも朱鷺子に殴りかかろうとしたが、亜莉亜に水鉄砲を浴びせられる。
「横槍は嫌われるですよー?」
「何だ、と……こ、の……」
意味があるかどうか分からない言葉を浴びせられたボーイは、倒れ込んで眠りこける。
亜莉亜が水鉄砲に充填させていたヒョウモンダコであった。
「おう、なかなか舐めた真似してくれんじゃねぇか、おぉ?」
石井の笑顔に青筋が浮かぶ。
モアイのような面長に七三分けの髪、それに眼鏡。
その顔に笑顔と怒りが混ざり合った表情となると、とても人間の顔ではないだろう。
「……気持ち悪い顔」
朱鷺子のこの一言が、石井の心身を憤怒に染める。
間髪入れずに放ったヤクザキックを、朱鷺子はいとも簡単に受け流す。
「こんガキィ! 礼儀ってもんをなぁ! その乳臭え身体にたっぷり教えてやんよ!」
「……あんたみたいなキモい奴に……教わるだけ無駄」
石井の顔一面に青筋が浮かび上がる。それは彼がヤクザとしての本性を完全に表に出した証でもあった。
「てめぇ……ぜってぇ許さねぇ。ズッタズタに犯して肉便器にしてやっから覚悟せぇやぁ!」
だが、石井は攻撃を阻まれる。
「うゎぷぅっ!?」
「はいー、たぁーんと召し上がれー」
亜莉亜のヒョウモンダコを盛大に浴びせられた石井は抵抗の間も無く倒れ、いびきをかきながら寝てしまう。
「先生、これ……どうすんの?」
「もちろん、こうするですよー♪」
上機嫌な亜莉亜は腰に着けていた小さな箱から鍼灸治療に使う極細の鍼を取り出し、デスストーカーを打ち込んでいく。
男二人は夢見心地のままデスストーカーの餌食となり、睾丸の中が空にされるまで夢精し続け、眼が醒めれば自分が何をしていたかも忘れていることだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【Side:地下オークション会場】
地上階では大騒ぎとなっているのを余所に、特設会場ではオークションが佳境を迎えていた。
この地下特設エリアは核シェルターの技術を応用し、完全防音・完全防弾などをふんだんに施した特殊な構造となっている。
だが、逆にこれが仇となっていた。完全防音であるがゆえ、ホテルの地上階が大騒ぎになっているのを知らなかったからだ。
「さあ、本日のオークションも佳境となりました! それでは、本日の、メインイベントォッ! 最後の商品は――こちらぁっ!」
椅子ごと運ばれてきたのは、白地のセーラー服に身を包んだ絶世の美少女姉妹だ。
姉らしき少女はストレートロングの黒髪とスレンダーな肢体に大人びた顔立ち、妹らしき少女はツインテールの黒髪に成熟した肢体と幼げな顔立ちをしている。
参加者は皆、その姿に感嘆と下卑た笑い声を上げる。
「この二人は旧華族の一つ、土御門家の血筋に連なり、血統も保障! この三門(みかど)姉妹を競り落とすのは、誰だあぁ!? さあ! 一千万からスタートだぁー!」
メインイベントの美少女姉妹を競り落とそうと、参加者は我先にと値段を提示する。
だが、グループ企業の御曹司・天河晶光(あまかわ・まさみつ)と名家の老資産家・高品亀蔵(たかしな・かめぞう)が次々と繰り出す提示額によって次々と脱落し、結局はこの二人の一騎討ちとなっていた。
「一億!」
「おのれっ、一億五千万じゃ!」
「二億!」
「二億五千っ!」
しかも彼らの競りは白熱しており、終わりを見せない。
全財産を投じてでも二人を買おうと必死なのだ。
互いに十億に達したところに主宰の夏目が待ったをかけ、二人に提案した。
「お二方の情熱、感激しました。そこで、お二方の好みの娘をそれぞれに引き渡し、落札額は折半でどうですかな?」
天河と高品はこの提案を不承不承に同意し、天河は姉の華穂里(かおり)を、高品は妹の志帆里(しおり)を落札することで決着した。
が、その瞬間、フロア全体を轟音と揺れが襲う。
夏目が何事かと周囲を見渡すと、入口が吹き飛ばされ、数人の参加者がドアの下敷きになっている。
悠々と乗り込む男は異形の黒い装束をまとい、異形の槍を携え、これに続くようにドラゴンやリリム、そして魔女やドワーフ、ゴブリンなどの魔物娘の集団が続々と押し入ってきた。
「なんじゃテメーらぁ! ここがどこか分かってんだろうなぁ、ああゴルァ!!」
夏目がヤクザの地を出し、会場を揺るがすような大声で怒鳴るが、押し入った集団は動じない。それどころか参加者を問答無用で捕縛し、商品にされた少年少女を保護していく。
この傍若無人に夏目は怒りを露わにするが、男が投げた槍の回避が間に合わず、左肩を貫通してしまう。
槍の主は苦痛に呻く夏目を何の容赦も無く蹴り倒し、足で踏みつけて荒々しく槍を引き抜くと、今度は天河と高品に向けて駆け出し、逃げようとしていた二人の動きを横薙ぎの連続で止める。
間隙を縫って逃げ出した参加者や警備の者もいたが、非常階段も含めて逃げ場を封鎖され、会場の奥に備えられていた貨物用巨大エレベーターには認識阻害の結界が張られていた。このため、逃げた者はメインのエレベーターに追い立てられ、キキーモラによる居合術とバフォメットによる魔法の餌食になっていった。
槍の主はすべての連絡手段の遮断を命じ、参加者たちのスマートフォンや携帯電話を没収の上で残らず破壊し、エレベーターも破壊していく。
海外からの参加者は英語でこう叫んだ。
『『『『『fuck'n jaaaaaap!!』』』』』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして、襲撃団――エルノール・サバト混成部隊は保護された少年少女を護衛しながら、貨物用巨大エレベーターに乗って地下駐車場の裏側に出ると、竜化して控えていたドラゴンやワイバーンの集団の背に少年少女が乗せられていく。
その間に総支配人を無力化、防犯施設を破壊した朱鷺子と亜莉亜率いる特務隊、マルガレーテ率いる狙撃・陽動部隊も合流する。
透明化の魔法を受けた竜の集団が風星学園に向けて飛んで行ったのを見届けた凱とヨメンバーズは、エレベーターをパネルごと強引に破壊して使用不能にし、自分たちも離脱する。
地上階はその異常に騒然となり、パトカーのサイレンもけたたましく鳴らされるが、マルガレーテ隊の狙撃に引っ掻き回された警察は指揮系統が混乱していた。
警察とて地下オークション会場への直結の貨物エレベーターがあるなど思いもしないどころか、魔法で身を隠した竜たちが裏口から出ていくなど知る由も無い。
その少し後、凱たちエルノール・サバトの一部が何かに引き寄せられるかのように猛進していくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
笹川キングホテルでの騒ぎは、国内外の高級宿泊客を巻き込む大事件となった。
翌日、事態を知った世界各国の特命全権大使が外務省へ乗り込み、かなり強い口調で抗議したのだ。
しかもこれに留まらず、各国首相からの直接クレーム、遂には米国防総省や英国女王が直々の抗議までする事態となってしまう。
だが、時間差で送られた匿名の投書によって地下オークションの存在が公にされ、そこには参加者全員の名を実名で連ねたリストが添えられていたのを知るや、各国は一転して沈黙した。
外交と親善の名目で日本に渡ったはずの者たちが「性奴隷、それも未成年の少年少女を買うために日本に行ってました」などと公にされれば、国内はおろか国際的な非難は避けられない。それこそ国家全体を揺るがす一大スキャンダルである。
結局、世界各国の首脳部は参加者を厳罰に処したり、切り捨てて無関係を貫いたり、騙されたことを懸命に主張したり。中には逆恨みの抗議をしてきた国もあったが、それは本当に限られた数か国にとどまった。
当然、地下オークションの存在と実態は国際問題に発展し、参加者の名声は地に落ちていく。
笹川キングホテル総支配人である石井以下、経営陣は逮捕されたが、夏目は手下の助けで逃げ切った。
参加者も全員身柄を拘束された後、国内の参加者は逮捕された。逮捕者の中には三門姉妹を巡って競り合った天河と高品の両名も含まれている。海外からの参加者は全員強制送還となり、議員を除名されたり、CEOやスターの座を追われた。
この事態を知らされた同業他社は戦々恐々となり、笹川商事総帥・笹川秀雄もこの件について厳しく追及され、破滅する運命を迎える事となるのは、もう少し先のこと。
凱は人間社会、あるいは人間界そのものに対して、遂に挑戦状を叩きつけたのである。
そしてそれは、日本そのものを巻き込む戦いへとつながっていくのだった――
20/08/16 00:16更新 / rakshasa
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