わたしは瑞姫
話はエルノールが反撃を決意したのと時を同じくした頃に始まる――
*****
【瑞姫視点・一人称】
わたし――龍堂瑞姫は今、学園中等部の女の子と向き合ってる。
中等部から出てきた車椅子の女の子を、買い物途中で見かけたのがきっかけ。
魔物娘の姿って、わたしの場合はとっても目立つから、人化の魔法を使ってるんだけどね。
ボブカットをしたその子は体から発する気が弱くて、病弱なのかな、と感じた。
でも、それ以上に元気がなかった。
だからわたしは、思い切って話しかけてみることにした。
「こんにちは」
車椅子の子は驚いた目でこっちを見る。
口元をマスクで隠しているのは、やっぱり病原菌を入れないようにしたいのかな?
アルビノだったわたしも車椅子じゃないけど、外での運動はほとんどできなかったな……。
「あ……えっと、ごめんなさい。驚かせちゃったね」
車椅子の子は無言で首を横に何度か振っんだけど、周りに誰もいないみたいで、もう一つ思い切ったことを言ってみることにした。
「その、あなたの家まで、押してってあげるよ?」
彼女はまたも驚いた目でわたしを見た。
でも、それは明らかにおびえきってて、中等部の中で何があったのか不安に駆られてしまう。だけど、わたしはそれで引くわけにいかなかった。
どうしてなのかはわからない。
でも、これだけははっきりわかる。
――この子は、かつてのわたし。
理由なんて、それでいいのかもしれない。
お兄さんがわたしを助けてくれたのも、ほっとけなかったからって思ってるから。
「あ、ありがとうございます。その制服……、高等部のと、ちがい、ますね」
「これはね、特別クラスの制服なの。どこにいったらいいか、指定があったら教えてね」
わたしは聞かれたことを答えるだけにしようと考え、ほんとに最低限の、当たり障りのない会話を心がけようとした。
でも……、どうしてだろう?
心なしか、目の前の子は肩を震わせている。
車椅子を押しながら見ているから、この子の表情を知ることができない。
わたしとお兄さんは精神的なつながりがあるけど、それだけ。
他人の気持ちって、わからないのが普通だもの……。
いたたまれない気持ちがわたしの心にのしかかってくる。
「あの、ここで。迎えが来るんです」
車椅子の子が交差点に差し掛かったところで声をかけてきた。少し涙声がしたような気がしたけど、それを聞いちゃダメだね。
「せっかくこうして出会ったんだから、名乗らないとね。わたし、龍堂瑞姫っていうの」
わたしが名乗るのとほとんど同じくらいに、見慣れない大きな車がわたしたちの横に止まった。
思わず身構えてしまうけど、出てきたのは両親らしき人。
「どうもありがとうございます。さ、乗るわよ」
母親らしき人がそういうと、彼女の肩を借りて後部座席にゆっくりと乗った。
父親らしき人は車椅子をたたんで、車の荷台に乗せ、わたしに頭を下げた。
「あ! 待ってください!」
連絡先を教えてなかった……。
わたしは慌ててメモ帳を取りだして、特別寮の電話番号、それに自分の名前をふりがな付きで書き、そのページを破り取って父親らしき人に渡した。
「あの! これ、わたしの連絡先です。もし何かあったら、ここにかけてください……!」
「あ、はい。どうも」
そうするのが精一杯だったわたしは、女の子の名前を聞きそびれたまま、どこかへ走っていった車を見送るしかなかった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから三日目の朝、特別寮に電話が入った。それも登校時間に。
お兄さんが電話を取ったんだけど、相手はわたしを名指ししてるよって呼ばれた。
恐る恐る電話を取って答えてみる。
「はい……、お電話代わりました。龍堂です」
『すみません。どうかうちの娘を説得してくれませんか? その、昨日から、もう学校に行きたくないと泣いてまして……』
突然のお願いに、わたしは何が何やらわからなかった。
電話越しでもかなり慌ててる……というか、家の場所わからないのに……。
「す、すみません。いきなりいわれても、どなたの親御さんですか? それに、そちらの家の場所がわからないんですが……」
『あ、も、申し訳ありませんっ。広瀬と申します。娘は『みお』といいます。美しい桜と書いて『美桜(みお)』です。では、来ていただきたい場所を言いますね――』
そう言って、わたしは車椅子の子の名と指定された場所を書き留め、白髪と制服の紫ネクタイを目印にしてほしいって伝えた。
けど、『学校に行きたくない』って、いったい、美桜ちゃんに何があったんだろう?
悪い予感しかしない。
それでも放っておくわけにもいかないから、わたしは朱鷺子さんに電話での出来事を話した。
「うん……わかったよ。今日は欠席扱いにするから……行っておいで、病院に」
あっさり了承されちゃった。
後は行動あるのみ!
お兄さん特製の朝ごはんを食べて、いってきまーす!
◇◇◇◇◇◇
わたしが来るように指定された場所は病院。
少し余裕をもって魔物娘の姿で飛んで向かったのはいいけど、病院近くで人目のつかない場所って……、あ、あった!
――ぃって! ……いったー……。
いたた……、急いで突っ込んじゃったから、着地に失敗しちゃった……。
ダメだなぁ、わたし――ってダメダメ、気を取りなおして……っと!
人化の魔法+αで制服姿にへんし〜ん♪ なんちゃって。
これでよし。病院に着いたのはいいけど……早かったかなぁ?
えっと、広瀬さん……じゃなくて、美桜ちゃんのご両親は、っと、いたいた。
歩いてきたので、わたしも近づいてあいさつを交わした。
「朝からごめんなさいね。早く学校へ行けるようにしますから」
「いえ。事情を話して、今日は欠席にしてもらいました。大丈夫です」
そうしてわたしは、ご両親に病室へと案内され、入ってみるとそこはベッドが一つしかいない個室だった。
「我々はあちらの休憩所にいるので、何かありましたら……」
なにかよそよそしい感じを出しながら、ご両親はいっちゃった。
ドアを閉めると、目の前にいる女の子が怯えながらも声をかけてくる。
「あ……、あなたは……」
「あなたが、広瀬美桜ちゃんね? ……龍堂瑞姫よ」
多少落ち着いたのかな?
怯えていた仕草が少し消えてる。
「ご両親から、学校にいきたくないって聞いたよ」
その言葉に、美桜ちゃんはまた怯えるような声が上げる。
けど、わたしはいわなくちゃいけなかった。
「でも、無理して学校にいかなくていいと思うの。わたしもね、数年前まで病弱で、あまり外に出られなかった。それに、この髪と目のせいで、ずいぶんといじめられた……」
そう言って目を伏せるけど、美桜ちゃんはぼろぼろと涙を流し、大声で泣き始めてしまった。
「どうせ自分は死ぬしかないんだーー!」
まさか、ノイローゼになっているんじゃ?
……ここで引くわけにいかない。
わたしが美桜ちゃんの頭にそっと手を添えると、彼女の泣き声がぱたりと止んでくれた。
泣き声が止んだのを見て、ゆっくりとまばたきをし、できるだけ優しい声を出して話した。
わたし自身に話しかけるように……。
「わたしもそう思った時がある。だけどね、美桜ちゃんには生きてほしいの。あなたは、昔のわたしと同じだから……」
「でも……でも、あの、生徒会長がいる限り……。私には……生きたいって気持ちも……」
美桜ちゃんは話してくれた。
中等部の生徒会長が美桜ちゃんの車椅子を押しつつ、人のいないところで車椅子越しに背中を蹴りつけたり、車椅子から落として笑っていることを。
学校にいくたび、必ずやられていたことを。
「少し、待ってもらえるかな? ご両親に話したいことがあるの」
わたしはそう言って病室を離れ、休憩所にいる美桜ちゃんの両親に小さい声で話しかけた。
「前置きは嫌いですので、率直に訊きます。美桜ちゃんの余命は、あと……どのくらいですか?」
美桜ちゃんの両親はバツが悪そうにしつつも、母親が耳打ちして教えてくれた。
「医者の話では、このまま治療を拒めば、あと半年持てばいい方だと。けど、手術自体の成功率は五割以下と……」
「っ!!」
わたしがドラゴンになったのと状況は違うけど、このままじゃいつ死んでもおかしくない!
それに、あの精神状態じゃ治るものも治ってくれない!
わたしは迷った。
魔物化をすべきか、それとも人として死なせるべきかを。
でも、選択肢はすぐに魔物化を選んだ。
わたしにも魔物娘としての理念と魂が根付いたのね……。
急進派みたいに強引なやり口になるかもしれない。
こうしてわたしが生きてるように、美桜ちゃんにも生きてほしいって思いが、わたしの決断を後押ししたんだと思う。
「お話ししたいことがあります。美桜ちゃんの病室に来ていただけますか?」
真剣にお願いしたのがよかったのか、美桜ちゃんのご両親は彼女の病室に来てくれた。
個室のドアを閉め、美桜ちゃんのベッドを挟む形でご両親と立ったまま向き合い、わたしは決意を込めて、身の上を明かすことにした。
「わたしの本当の姿を、お見せします」
わたしはそう言いながら、魔力を循環させて人化の魔法を解き、角も、翼も、ドラゴンの手足も、わたしの今の姿を美桜ちゃんたちの前にさらした。
「魔物……むす、め」
そうつぶやいた美桜ちゃんに、わたしは無言でうなずく。
「わたしは死の病にかかって、本当なら死んでいました。それを救われ、魔物娘となることで病を克服して、こうして生きてます」
ご両親にも向けて言ってみたけど、二人は驚くばかりで何も言えないみたい。
「このまま美桜ちゃんを死なせるなんて嫌です! 救うには、魔物化するしかないんです……。強引だとわたしもわかってます。でも……! わたし……わたし……」
涙は出るのに、言葉は出せなかった。
悲しくて……、悔しくて……。
胸が張り裂ける感覚って、こういうことをいうんだね……。
救いたい――ただそれだけなのに、魔物化させるしか言えないなんて……。
これじゃ急進派と同じじゃない!!
無力と思い知れば思い知るほど、わたしは涙を止められなかった。
そう思い続けて泣いていたら――何かがわたしに抱きついてきた。
「ありがとう、ございます。こんな……こんな私なんかのために、泣いてくれる人……両親以外……知らない、です」
美桜ちゃんだった。
彼女も泣いていた。でも、悲しくて泣いてたんじゃなかった。
「私も、魔物娘になれますか?」
美桜ちゃんの言葉に、わたしは驚いた。
泣き止んだのにも気づかないくらいに。
でも、言わなければならない。わたしがそうだったから。
「なれるかもしれないよ。でも……これだけは、覚悟してほしいの。魔物娘になるってことは……、もう二度と、人間に戻れないってことなの」
わたしが魔物娘になれたのは、お兄さんと一緒に生きていたい、一緒に歩きたいって想いがあったから。
美桜ちゃんもきっと生きたいために、魔物娘になれるのか聞いたんだと思う。
家族があるのは一緒でも、わたしと美桜ちゃんでは考えも状況も違う。
「ご両親と、しっかり話しあって決めてね。今すぐに決めても、きっと後悔しかないから……。わたし、電話してくるね」
わたしはそう言って、人化の魔法で制服姿になり、病室を出た。
◇◇◇◇◇◇
休憩所で一息ついたわたしは、学園長に経過を伝えようと、休憩所にある公衆電話を使うふりをしながら遠声晶を使った。
「もしもし、学園長ですか? 瑞姫です」
『おお、どうしたんじゃ? 今日は授業に出ておらんと聞いたが?』
「病院です。中等部の子のお母さんから名指しされて……」
『そうか。要件は何じゃ?』
「その中等部の子が、魔物娘になれないかを聞いてきました。病室でご両親と話し合うようにいってます。魔物娘になることは、人間であるのを捨てることですから……」
そういうと、学園長がしばらく黙ってしまったんだけど……。
『……あい分かった。わしとレーテもそっちに行く。何処の病院じゃ』
「っ!? は、はい、えっと――」
急に重々しい声になった学園長に押されちゃって、病院の場所を教えちゃった……。
でも、レーテさん、リリムなんだけど……、病院にきて大丈夫なのかな?
何もないといいんだけど……。
不安を抱えたまま、給水器から汲んだ水を一気に飲み干して、わたしは美桜ちゃんの病室に戻り、「知り合いが二人、面会に来るから」と告げて、病院の一階に向かった。
◇◇◇◇◇◇
20分くらいして、学園長とレーテさんが病院にやってきた。
みんな見るくらい目立ってるなぁ……。
魔物娘のままでくるんだもの、当然だよね……。
わたしは急いで二人と合流し、美桜ちゃんの病室に案内する。
だって、レーテさんはリリムだから、男が寄ってくるんだもん!
美桜ちゃんの病室に二人を案内すると、彼女とそのご両親はとても驚いていた。
「この子が、ミズキの言ってた中等部の女の子ね?」
「……はい。広瀬、美桜ちゃんです」
「では、ミオ、と呼べばよろしいかしら。ご両親と良く話し合いました?」
レーテさんの問いかけに、美桜ちゃんはボーっとしてる。
男も女も魅了しちゃうのかな?
「――え? あ、あの、その……」
気づいた美桜ちゃんが慌てて返事しようとしてたけど、言葉が出てこないのかな?
わたしがもう一度、きいてみた方がいいね。
「美桜ちゃん、慌てなくていいよ。ご両親と話し合って、決まったのかどうかだけ、教えてくれればいいの」
「はい……。……決めました」
「……どちらを、選ぶんですの?」
「魔物娘に、なります。してください! 私、もう一度、生きたい!」
レーテさんはその言葉を聞いても黙ってたけど、しばらくして口を開いた。
あの時、わたしの答えに対して言ったのとほとんど同じ言葉で。
「その言葉、あなたの意志と認めましょう。その病弱な身を捨て、生まれ変わってくださいませ。どんな病にも、もう怯える必要はありませんわ。エル、やりますわよ」
「心得た」
レーテさんと学園長の両の掌の間で魔物の魔力があふれ、美桜ちゃんに魔力が注ぎ込まれていくのが見える。
ああ……、わたしはこうして、魔物娘になったんだな……。
今では思い出となったあの頃を思い出していると、学園長に声をかけられちゃった。
「瑞姫よ、終わったぞ」
「へ?」
思わず間抜けな声を出しちゃって、学園長も苦笑いしちゃってる。
気を取りなおして美桜ちゃんを見てみると、眠っていた。
「数日は安静が必要ですわ。この子の病気を魔物の魔力で消し、そこから魔物化が始まりますわ」
「わしはこの者達と話がある。瑞姫とレーテは先に帰ってくれんかのう」
「ええ、分かりましたわ。さ、ミズキ、行きますわよ」
「え、あ、はい」
ご両親はひたすらお辞儀して、学園長と色々と話すんだろうな……。
とにかく、美桜ちゃんが病気から救われて本当によかった。
そう思いながら、わたしはレーテさんと一緒に学園に帰ることになった。
お兄さん特製のご飯がわたしを待ってるし♪
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから数日。
学園長に呼ばれたわたしは、美桜ちゃんがバジリスクになったのを聞かされた。
最後の期末試験は学園長が病室で受けさせたみたいで、「成績には問題が無いから高等部への内部進学は通す」っていってたな。
それと、美桜ちゃんをいじめてた中等部の生徒会長の名前がわかった。
真名子史成(まなこ・ふみなり)っていうんだって。
珍しい、っていうか変な名前。
あ、わたしやお兄さんが言えたことじゃないか。
どっかで聞いたような記憶あるけど、もしかしたらお兄さんの記憶かもしれない。
あとで聞いてみよっと。
こっからはゴミナリって呼んじゃう。面倒だし(笑)――って、中の二文字変えたら、アレになっちゃうじゃない!
品行方正で文武も優秀。その上、美形――なのは、人間じゃ幻想にすぎないってことなのかな……。
顔がよくて人気もあったって、中身がクズなんじゃどうしようもないよ。
ゴミナリの母親も相当な曲者みたい。
いじめの事実を認めないばかりか、「優秀なうちの息子がそんなことしない」と怒鳴り散らしてるんだって。
この親にしてこの子あり……なのかな。
わたしは許せなかった。
内申点を稼ぐためだけに先生たちを味方につけ、ストレス解消のために陰でいじめを楽しんだ卑劣さが!
だから、わたしがゴミナリに引導を渡すと決めた。
わたしの手には、美桜ちゃんが勇気を振り絞って集めてくれた音声データがある。
それに学園長にも事情を話し、了解をもらってる。
わたしは、この手で、一人の人間の人生を狂わせることになる。
でもそれは、一人の女の子を死に追いやろうとした、許せない悪に対する裁き。
やるなら覚悟しなきゃいけない。
それから少しして、中等部にいるエルノール・サバトの魔女たちが、あのゴミナリが東京にある難関私立大学の付属高校を受験するよって情報をくれた。
公立は受けたくない、内部進学は冗談じゃない……だって。いいご身分だこと。
さっそく美桜ちゃんのご両親に伝えたけど、わたしはご両親に「手を出さないでほしい」ってお願いして、こう添えた。
『手を汚すのはわたしと夫、わたしの仲間たちだけで十分です』――と。
とりあえず予想どおりというか、難関大の付属高校にあっさりと合格果たしちゃったんだよね。
しかも、そこ以外はいかないって、またしても宣言してくれちゃったみたい。
満面の笑顔でうれし泣きするから、教師たちも自分のことみたいに喜んでる。
これでいい。
わたし……ううん、わたし「たち」が、とどめを刺してあげる♪
持っている音声データをUSBメモリーにコピーして、お兄さんとアリア先生が作ってくれたゴミナリの悪行を記した文書と一緒に封筒に入れて、あいつが受験した付属高校に速達で送ってあげたわ。あ、匿名でだけどね♪
付属高校へクレームの電話は学園長が公衆電話から入れてくれたんだけど、付属高校側がゴミナリの合格と入学を取り消しちゃったんだよね。
不気味くらいにあっさり……とね。
高校入試自体は一部を除いて締め切ってたし、学園高等部への内部進学も同じように締め切ってる。ゴミナリは付属高校しかいかないって宣言して、内部進学の手続きもしてなかかったから、締め切り期限を過ぎてる内部進学は当然受けられない。
あいつはもう中等部で卒業するしかないってこと。ざまぁ!
で、その残る一部っていうのが、毎年定員割れしてる高校。
はっきりいっちゃえば、不祥事による退学者を年に百人も出してて、名前を書けたら合格できるって程度の超底辺の受け皿高校。
そういえば風星の近くにもあったね。……どうでもいいけど。
プライドも高かったゴミナリは入学取り消しのショックからなのか、卒業式間近なのに登校拒否。
そのまま中等部卒業で高校浪人になった……って魔女の子たちから聞いた。
やっぱ、ざまぁだね♪
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
また新しい春がきた。
卒業式に春休み……、それがあっという間にすぎて新学期。
新入生もいれば、内部進学で高等部の門をくぐりながら歓声を上げる子もいる。
わたしにとって後輩になる子たち……。
魔物娘――バジリスクとして生まれ変わった美桜ちゃんが、ご両親と一緒に高等部の門をくぐるのを中央塔の屋上から見つけたわたしは魔物娘としての姿に戻って、彼女のもとへ飛んだ。
周りはびっくりしてるけど、しらない。
真新しい高等部の制服が初々しい美桜ちゃんの姿は、この学園に来たばかりの時のわたしを重ねちゃう。ラミア属の魔物娘だから、巻きスカートだけどね。
美桜ちゃんのご両親がわたしにおじぎすると、美桜ちゃんも遅れておじぎした。
「その節は美桜を助けていただきまして、本当に、ありがとうございました」
美桜ちゃんの父親がそう言って、もう一度おじぎしてきた。
わたしは美桜ちゃんの右手を取って、大きな一つ目を象った仮面に覆われた顔を見ながら言ったの。
「もう病気に怯えなくていい。これからは、美桜ちゃんがやりたいことをしていけばいいよ」
「はい! 瑞姫さん、本当にありがとうございます!」
美桜ちゃんの右手を、わたしは両手でしっかりと取り、美桜ちゃんも空いてた左手をわたしの右手に添えた。
仮面越しの笑顔が、わたしには何よりのご褒美。
でも、わたしは仲間の手を借りて……彼女の、人間としての生を殺してしまった。
強引だったのはわかってる。でも後悔はしてない。
美桜ちゃんのような、死を強要される子がこの世にいっぱいいる。
かつてのわたしが、そうだったように……。
失くす必要のない命をストレス解消のために踏みにじる奴らなんて、許せない。
わたしのような子をいじめて楽しむ社会なんて、いらない!
お兄さんをのけ者にしていじめる奴らなんて、いらない!
わたしとお兄さん、仲間たちの絆を壊す奴らなんて、いらない!
わたしからお兄さんを奪おうとする悪党なんか……、いらない!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そういえば、あのゴミナリなんだけど……。
近隣でも有名な引きこもりになってて、家の中ですっごい荒れてるんだって。
あいつの母親、後で学園長に土下座まで要求してきたって聞いたな。
やり手のPTA会長だったみたいだけど、今はそれも降ろされて、ゴミナリと白昼堂々ケンカしてるみたいよ。
夜でも怒鳴り散らしたり、物を壊す音が凄くて近所迷惑になってるんだとか。
なんだかなぁ〜……。
え? 父親? 海外に長期の単身赴任みたいだけど、知らない!
――ていうか、あの一家にこれ以上関わりたくないし!!
あ、わたしの記憶のことをお兄さんに聞いてみたら、お兄さんをいじめた一人で「真名子えり」って名前の百貫デブ女だって。ゴミナリはその親族か親戚になるのかな?
ともかく、その百貫デブと万が一にも会うことがあったら、ぶっ飛ばしてやる!
お兄さんの敵はわたしの敵だから!
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【瑞姫視点・一人称】
わたし――龍堂瑞姫は今、学園中等部の女の子と向き合ってる。
中等部から出てきた車椅子の女の子を、買い物途中で見かけたのがきっかけ。
魔物娘の姿って、わたしの場合はとっても目立つから、人化の魔法を使ってるんだけどね。
ボブカットをしたその子は体から発する気が弱くて、病弱なのかな、と感じた。
でも、それ以上に元気がなかった。
だからわたしは、思い切って話しかけてみることにした。
「こんにちは」
車椅子の子は驚いた目でこっちを見る。
口元をマスクで隠しているのは、やっぱり病原菌を入れないようにしたいのかな?
アルビノだったわたしも車椅子じゃないけど、外での運動はほとんどできなかったな……。
「あ……えっと、ごめんなさい。驚かせちゃったね」
車椅子の子は無言で首を横に何度か振っんだけど、周りに誰もいないみたいで、もう一つ思い切ったことを言ってみることにした。
「その、あなたの家まで、押してってあげるよ?」
彼女はまたも驚いた目でわたしを見た。
でも、それは明らかにおびえきってて、中等部の中で何があったのか不安に駆られてしまう。だけど、わたしはそれで引くわけにいかなかった。
どうしてなのかはわからない。
でも、これだけははっきりわかる。
――この子は、かつてのわたし。
理由なんて、それでいいのかもしれない。
お兄さんがわたしを助けてくれたのも、ほっとけなかったからって思ってるから。
「あ、ありがとうございます。その制服……、高等部のと、ちがい、ますね」
「これはね、特別クラスの制服なの。どこにいったらいいか、指定があったら教えてね」
わたしは聞かれたことを答えるだけにしようと考え、ほんとに最低限の、当たり障りのない会話を心がけようとした。
でも……、どうしてだろう?
心なしか、目の前の子は肩を震わせている。
車椅子を押しながら見ているから、この子の表情を知ることができない。
わたしとお兄さんは精神的なつながりがあるけど、それだけ。
他人の気持ちって、わからないのが普通だもの……。
いたたまれない気持ちがわたしの心にのしかかってくる。
「あの、ここで。迎えが来るんです」
車椅子の子が交差点に差し掛かったところで声をかけてきた。少し涙声がしたような気がしたけど、それを聞いちゃダメだね。
「せっかくこうして出会ったんだから、名乗らないとね。わたし、龍堂瑞姫っていうの」
わたしが名乗るのとほとんど同じくらいに、見慣れない大きな車がわたしたちの横に止まった。
思わず身構えてしまうけど、出てきたのは両親らしき人。
「どうもありがとうございます。さ、乗るわよ」
母親らしき人がそういうと、彼女の肩を借りて後部座席にゆっくりと乗った。
父親らしき人は車椅子をたたんで、車の荷台に乗せ、わたしに頭を下げた。
「あ! 待ってください!」
連絡先を教えてなかった……。
わたしは慌ててメモ帳を取りだして、特別寮の電話番号、それに自分の名前をふりがな付きで書き、そのページを破り取って父親らしき人に渡した。
「あの! これ、わたしの連絡先です。もし何かあったら、ここにかけてください……!」
「あ、はい。どうも」
そうするのが精一杯だったわたしは、女の子の名前を聞きそびれたまま、どこかへ走っていった車を見送るしかなかった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから三日目の朝、特別寮に電話が入った。それも登校時間に。
お兄さんが電話を取ったんだけど、相手はわたしを名指ししてるよって呼ばれた。
恐る恐る電話を取って答えてみる。
「はい……、お電話代わりました。龍堂です」
『すみません。どうかうちの娘を説得してくれませんか? その、昨日から、もう学校に行きたくないと泣いてまして……』
突然のお願いに、わたしは何が何やらわからなかった。
電話越しでもかなり慌ててる……というか、家の場所わからないのに……。
「す、すみません。いきなりいわれても、どなたの親御さんですか? それに、そちらの家の場所がわからないんですが……」
『あ、も、申し訳ありませんっ。広瀬と申します。娘は『みお』といいます。美しい桜と書いて『美桜(みお)』です。では、来ていただきたい場所を言いますね――』
そう言って、わたしは車椅子の子の名と指定された場所を書き留め、白髪と制服の紫ネクタイを目印にしてほしいって伝えた。
けど、『学校に行きたくない』って、いったい、美桜ちゃんに何があったんだろう?
悪い予感しかしない。
それでも放っておくわけにもいかないから、わたしは朱鷺子さんに電話での出来事を話した。
「うん……わかったよ。今日は欠席扱いにするから……行っておいで、病院に」
あっさり了承されちゃった。
後は行動あるのみ!
お兄さん特製の朝ごはんを食べて、いってきまーす!
◇◇◇◇◇◇
わたしが来るように指定された場所は病院。
少し余裕をもって魔物娘の姿で飛んで向かったのはいいけど、病院近くで人目のつかない場所って……、あ、あった!
――ぃって! ……いったー……。
いたた……、急いで突っ込んじゃったから、着地に失敗しちゃった……。
ダメだなぁ、わたし――ってダメダメ、気を取りなおして……っと!
人化の魔法+αで制服姿にへんし〜ん♪ なんちゃって。
これでよし。病院に着いたのはいいけど……早かったかなぁ?
えっと、広瀬さん……じゃなくて、美桜ちゃんのご両親は、っと、いたいた。
歩いてきたので、わたしも近づいてあいさつを交わした。
「朝からごめんなさいね。早く学校へ行けるようにしますから」
「いえ。事情を話して、今日は欠席にしてもらいました。大丈夫です」
そうしてわたしは、ご両親に病室へと案内され、入ってみるとそこはベッドが一つしかいない個室だった。
「我々はあちらの休憩所にいるので、何かありましたら……」
なにかよそよそしい感じを出しながら、ご両親はいっちゃった。
ドアを閉めると、目の前にいる女の子が怯えながらも声をかけてくる。
「あ……、あなたは……」
「あなたが、広瀬美桜ちゃんね? ……龍堂瑞姫よ」
多少落ち着いたのかな?
怯えていた仕草が少し消えてる。
「ご両親から、学校にいきたくないって聞いたよ」
その言葉に、美桜ちゃんはまた怯えるような声が上げる。
けど、わたしはいわなくちゃいけなかった。
「でも、無理して学校にいかなくていいと思うの。わたしもね、数年前まで病弱で、あまり外に出られなかった。それに、この髪と目のせいで、ずいぶんといじめられた……」
そう言って目を伏せるけど、美桜ちゃんはぼろぼろと涙を流し、大声で泣き始めてしまった。
「どうせ自分は死ぬしかないんだーー!」
まさか、ノイローゼになっているんじゃ?
……ここで引くわけにいかない。
わたしが美桜ちゃんの頭にそっと手を添えると、彼女の泣き声がぱたりと止んでくれた。
泣き声が止んだのを見て、ゆっくりとまばたきをし、できるだけ優しい声を出して話した。
わたし自身に話しかけるように……。
「わたしもそう思った時がある。だけどね、美桜ちゃんには生きてほしいの。あなたは、昔のわたしと同じだから……」
「でも……でも、あの、生徒会長がいる限り……。私には……生きたいって気持ちも……」
美桜ちゃんは話してくれた。
中等部の生徒会長が美桜ちゃんの車椅子を押しつつ、人のいないところで車椅子越しに背中を蹴りつけたり、車椅子から落として笑っていることを。
学校にいくたび、必ずやられていたことを。
「少し、待ってもらえるかな? ご両親に話したいことがあるの」
わたしはそう言って病室を離れ、休憩所にいる美桜ちゃんの両親に小さい声で話しかけた。
「前置きは嫌いですので、率直に訊きます。美桜ちゃんの余命は、あと……どのくらいですか?」
美桜ちゃんの両親はバツが悪そうにしつつも、母親が耳打ちして教えてくれた。
「医者の話では、このまま治療を拒めば、あと半年持てばいい方だと。けど、手術自体の成功率は五割以下と……」
「っ!!」
わたしがドラゴンになったのと状況は違うけど、このままじゃいつ死んでもおかしくない!
それに、あの精神状態じゃ治るものも治ってくれない!
わたしは迷った。
魔物化をすべきか、それとも人として死なせるべきかを。
でも、選択肢はすぐに魔物化を選んだ。
わたしにも魔物娘としての理念と魂が根付いたのね……。
急進派みたいに強引なやり口になるかもしれない。
こうしてわたしが生きてるように、美桜ちゃんにも生きてほしいって思いが、わたしの決断を後押ししたんだと思う。
「お話ししたいことがあります。美桜ちゃんの病室に来ていただけますか?」
真剣にお願いしたのがよかったのか、美桜ちゃんのご両親は彼女の病室に来てくれた。
個室のドアを閉め、美桜ちゃんのベッドを挟む形でご両親と立ったまま向き合い、わたしは決意を込めて、身の上を明かすことにした。
「わたしの本当の姿を、お見せします」
わたしはそう言いながら、魔力を循環させて人化の魔法を解き、角も、翼も、ドラゴンの手足も、わたしの今の姿を美桜ちゃんたちの前にさらした。
「魔物……むす、め」
そうつぶやいた美桜ちゃんに、わたしは無言でうなずく。
「わたしは死の病にかかって、本当なら死んでいました。それを救われ、魔物娘となることで病を克服して、こうして生きてます」
ご両親にも向けて言ってみたけど、二人は驚くばかりで何も言えないみたい。
「このまま美桜ちゃんを死なせるなんて嫌です! 救うには、魔物化するしかないんです……。強引だとわたしもわかってます。でも……! わたし……わたし……」
涙は出るのに、言葉は出せなかった。
悲しくて……、悔しくて……。
胸が張り裂ける感覚って、こういうことをいうんだね……。
救いたい――ただそれだけなのに、魔物化させるしか言えないなんて……。
これじゃ急進派と同じじゃない!!
無力と思い知れば思い知るほど、わたしは涙を止められなかった。
そう思い続けて泣いていたら――何かがわたしに抱きついてきた。
「ありがとう、ございます。こんな……こんな私なんかのために、泣いてくれる人……両親以外……知らない、です」
美桜ちゃんだった。
彼女も泣いていた。でも、悲しくて泣いてたんじゃなかった。
「私も、魔物娘になれますか?」
美桜ちゃんの言葉に、わたしは驚いた。
泣き止んだのにも気づかないくらいに。
でも、言わなければならない。わたしがそうだったから。
「なれるかもしれないよ。でも……これだけは、覚悟してほしいの。魔物娘になるってことは……、もう二度と、人間に戻れないってことなの」
わたしが魔物娘になれたのは、お兄さんと一緒に生きていたい、一緒に歩きたいって想いがあったから。
美桜ちゃんもきっと生きたいために、魔物娘になれるのか聞いたんだと思う。
家族があるのは一緒でも、わたしと美桜ちゃんでは考えも状況も違う。
「ご両親と、しっかり話しあって決めてね。今すぐに決めても、きっと後悔しかないから……。わたし、電話してくるね」
わたしはそう言って、人化の魔法で制服姿になり、病室を出た。
◇◇◇◇◇◇
休憩所で一息ついたわたしは、学園長に経過を伝えようと、休憩所にある公衆電話を使うふりをしながら遠声晶を使った。
「もしもし、学園長ですか? 瑞姫です」
『おお、どうしたんじゃ? 今日は授業に出ておらんと聞いたが?』
「病院です。中等部の子のお母さんから名指しされて……」
『そうか。要件は何じゃ?』
「その中等部の子が、魔物娘になれないかを聞いてきました。病室でご両親と話し合うようにいってます。魔物娘になることは、人間であるのを捨てることですから……」
そういうと、学園長がしばらく黙ってしまったんだけど……。
『……あい分かった。わしとレーテもそっちに行く。何処の病院じゃ』
「っ!? は、はい、えっと――」
急に重々しい声になった学園長に押されちゃって、病院の場所を教えちゃった……。
でも、レーテさん、リリムなんだけど……、病院にきて大丈夫なのかな?
何もないといいんだけど……。
不安を抱えたまま、給水器から汲んだ水を一気に飲み干して、わたしは美桜ちゃんの病室に戻り、「知り合いが二人、面会に来るから」と告げて、病院の一階に向かった。
◇◇◇◇◇◇
20分くらいして、学園長とレーテさんが病院にやってきた。
みんな見るくらい目立ってるなぁ……。
魔物娘のままでくるんだもの、当然だよね……。
わたしは急いで二人と合流し、美桜ちゃんの病室に案内する。
だって、レーテさんはリリムだから、男が寄ってくるんだもん!
美桜ちゃんの病室に二人を案内すると、彼女とそのご両親はとても驚いていた。
「この子が、ミズキの言ってた中等部の女の子ね?」
「……はい。広瀬、美桜ちゃんです」
「では、ミオ、と呼べばよろしいかしら。ご両親と良く話し合いました?」
レーテさんの問いかけに、美桜ちゃんはボーっとしてる。
男も女も魅了しちゃうのかな?
「――え? あ、あの、その……」
気づいた美桜ちゃんが慌てて返事しようとしてたけど、言葉が出てこないのかな?
わたしがもう一度、きいてみた方がいいね。
「美桜ちゃん、慌てなくていいよ。ご両親と話し合って、決まったのかどうかだけ、教えてくれればいいの」
「はい……。……決めました」
「……どちらを、選ぶんですの?」
「魔物娘に、なります。してください! 私、もう一度、生きたい!」
レーテさんはその言葉を聞いても黙ってたけど、しばらくして口を開いた。
あの時、わたしの答えに対して言ったのとほとんど同じ言葉で。
「その言葉、あなたの意志と認めましょう。その病弱な身を捨て、生まれ変わってくださいませ。どんな病にも、もう怯える必要はありませんわ。エル、やりますわよ」
「心得た」
レーテさんと学園長の両の掌の間で魔物の魔力があふれ、美桜ちゃんに魔力が注ぎ込まれていくのが見える。
ああ……、わたしはこうして、魔物娘になったんだな……。
今では思い出となったあの頃を思い出していると、学園長に声をかけられちゃった。
「瑞姫よ、終わったぞ」
「へ?」
思わず間抜けな声を出しちゃって、学園長も苦笑いしちゃってる。
気を取りなおして美桜ちゃんを見てみると、眠っていた。
「数日は安静が必要ですわ。この子の病気を魔物の魔力で消し、そこから魔物化が始まりますわ」
「わしはこの者達と話がある。瑞姫とレーテは先に帰ってくれんかのう」
「ええ、分かりましたわ。さ、ミズキ、行きますわよ」
「え、あ、はい」
ご両親はひたすらお辞儀して、学園長と色々と話すんだろうな……。
とにかく、美桜ちゃんが病気から救われて本当によかった。
そう思いながら、わたしはレーテさんと一緒に学園に帰ることになった。
お兄さん特製のご飯がわたしを待ってるし♪
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから数日。
学園長に呼ばれたわたしは、美桜ちゃんがバジリスクになったのを聞かされた。
最後の期末試験は学園長が病室で受けさせたみたいで、「成績には問題が無いから高等部への内部進学は通す」っていってたな。
それと、美桜ちゃんをいじめてた中等部の生徒会長の名前がわかった。
真名子史成(まなこ・ふみなり)っていうんだって。
珍しい、っていうか変な名前。
あ、わたしやお兄さんが言えたことじゃないか。
どっかで聞いたような記憶あるけど、もしかしたらお兄さんの記憶かもしれない。
あとで聞いてみよっと。
こっからはゴミナリって呼んじゃう。面倒だし(笑)――って、中の二文字変えたら、アレになっちゃうじゃない!
品行方正で文武も優秀。その上、美形――なのは、人間じゃ幻想にすぎないってことなのかな……。
顔がよくて人気もあったって、中身がクズなんじゃどうしようもないよ。
ゴミナリの母親も相当な曲者みたい。
いじめの事実を認めないばかりか、「優秀なうちの息子がそんなことしない」と怒鳴り散らしてるんだって。
この親にしてこの子あり……なのかな。
わたしは許せなかった。
内申点を稼ぐためだけに先生たちを味方につけ、ストレス解消のために陰でいじめを楽しんだ卑劣さが!
だから、わたしがゴミナリに引導を渡すと決めた。
わたしの手には、美桜ちゃんが勇気を振り絞って集めてくれた音声データがある。
それに学園長にも事情を話し、了解をもらってる。
わたしは、この手で、一人の人間の人生を狂わせることになる。
でもそれは、一人の女の子を死に追いやろうとした、許せない悪に対する裁き。
やるなら覚悟しなきゃいけない。
それから少しして、中等部にいるエルノール・サバトの魔女たちが、あのゴミナリが東京にある難関私立大学の付属高校を受験するよって情報をくれた。
公立は受けたくない、内部進学は冗談じゃない……だって。いいご身分だこと。
さっそく美桜ちゃんのご両親に伝えたけど、わたしはご両親に「手を出さないでほしい」ってお願いして、こう添えた。
『手を汚すのはわたしと夫、わたしの仲間たちだけで十分です』――と。
とりあえず予想どおりというか、難関大の付属高校にあっさりと合格果たしちゃったんだよね。
しかも、そこ以外はいかないって、またしても宣言してくれちゃったみたい。
満面の笑顔でうれし泣きするから、教師たちも自分のことみたいに喜んでる。
これでいい。
わたし……ううん、わたし「たち」が、とどめを刺してあげる♪
持っている音声データをUSBメモリーにコピーして、お兄さんとアリア先生が作ってくれたゴミナリの悪行を記した文書と一緒に封筒に入れて、あいつが受験した付属高校に速達で送ってあげたわ。あ、匿名でだけどね♪
付属高校へクレームの電話は学園長が公衆電話から入れてくれたんだけど、付属高校側がゴミナリの合格と入学を取り消しちゃったんだよね。
不気味くらいにあっさり……とね。
高校入試自体は一部を除いて締め切ってたし、学園高等部への内部進学も同じように締め切ってる。ゴミナリは付属高校しかいかないって宣言して、内部進学の手続きもしてなかかったから、締め切り期限を過ぎてる内部進学は当然受けられない。
あいつはもう中等部で卒業するしかないってこと。ざまぁ!
で、その残る一部っていうのが、毎年定員割れしてる高校。
はっきりいっちゃえば、不祥事による退学者を年に百人も出してて、名前を書けたら合格できるって程度の超底辺の受け皿高校。
そういえば風星の近くにもあったね。……どうでもいいけど。
プライドも高かったゴミナリは入学取り消しのショックからなのか、卒業式間近なのに登校拒否。
そのまま中等部卒業で高校浪人になった……って魔女の子たちから聞いた。
やっぱ、ざまぁだね♪
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
また新しい春がきた。
卒業式に春休み……、それがあっという間にすぎて新学期。
新入生もいれば、内部進学で高等部の門をくぐりながら歓声を上げる子もいる。
わたしにとって後輩になる子たち……。
魔物娘――バジリスクとして生まれ変わった美桜ちゃんが、ご両親と一緒に高等部の門をくぐるのを中央塔の屋上から見つけたわたしは魔物娘としての姿に戻って、彼女のもとへ飛んだ。
周りはびっくりしてるけど、しらない。
真新しい高等部の制服が初々しい美桜ちゃんの姿は、この学園に来たばかりの時のわたしを重ねちゃう。ラミア属の魔物娘だから、巻きスカートだけどね。
美桜ちゃんのご両親がわたしにおじぎすると、美桜ちゃんも遅れておじぎした。
「その節は美桜を助けていただきまして、本当に、ありがとうございました」
美桜ちゃんの父親がそう言って、もう一度おじぎしてきた。
わたしは美桜ちゃんの右手を取って、大きな一つ目を象った仮面に覆われた顔を見ながら言ったの。
「もう病気に怯えなくていい。これからは、美桜ちゃんがやりたいことをしていけばいいよ」
「はい! 瑞姫さん、本当にありがとうございます!」
美桜ちゃんの右手を、わたしは両手でしっかりと取り、美桜ちゃんも空いてた左手をわたしの右手に添えた。
仮面越しの笑顔が、わたしには何よりのご褒美。
でも、わたしは仲間の手を借りて……彼女の、人間としての生を殺してしまった。
強引だったのはわかってる。でも後悔はしてない。
美桜ちゃんのような、死を強要される子がこの世にいっぱいいる。
かつてのわたしが、そうだったように……。
失くす必要のない命をストレス解消のために踏みにじる奴らなんて、許せない。
わたしのような子をいじめて楽しむ社会なんて、いらない!
お兄さんをのけ者にしていじめる奴らなんて、いらない!
わたしとお兄さん、仲間たちの絆を壊す奴らなんて、いらない!
わたしからお兄さんを奪おうとする悪党なんか……、いらない!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そういえば、あのゴミナリなんだけど……。
近隣でも有名な引きこもりになってて、家の中ですっごい荒れてるんだって。
あいつの母親、後で学園長に土下座まで要求してきたって聞いたな。
やり手のPTA会長だったみたいだけど、今はそれも降ろされて、ゴミナリと白昼堂々ケンカしてるみたいよ。
夜でも怒鳴り散らしたり、物を壊す音が凄くて近所迷惑になってるんだとか。
なんだかなぁ〜……。
え? 父親? 海外に長期の単身赴任みたいだけど、知らない!
――ていうか、あの一家にこれ以上関わりたくないし!!
あ、わたしの記憶のことをお兄さんに聞いてみたら、お兄さんをいじめた一人で「真名子えり」って名前の百貫デブ女だって。ゴミナリはその親族か親戚になるのかな?
ともかく、その百貫デブと万が一にも会うことがあったら、ぶっ飛ばしてやる!
お兄さんの敵はわたしの敵だから!
20/04/19 03:51更新 / rakshasa
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