想い人はただ一人
情報収集により、瑞姫を諦めない自称婚約者達を各個撃破していくエルノール・サバトであったが、厄介な存在が一人だけ、それも風星学園の生徒にいた。
名を前田清人（まえだ・きよと）。
高等部一年在籍の帰宅部でありながら、童顔がもたらす甘い顔立ちにファンクラブも出来ており、特に上級生からの人気が高い。だが、本人は瑞姫が理想のタイプであるらしく、好意故に幼少の頃から瑞姫をいじめていた主犯格だった。
「好きだからいじめる」という、何とも悪質かつ幼稚な発想だ。
おまけに初恋らしい。
厄介たらしめているのは彼の親族関係にあった。
清人は高等部の国語教師の一人・工藤わかなの大叔父の孫なのである。
わかなとは「はとこ」の関係にあり、その大伯父もかなりの資産家で学園に寄付金も出しており、孫である清人は親と共に悠々自適に過ごしていた。
この少年が両親と大叔父（＝清人の祖父）、わかなとその婚約者のバックアップを受けて、頑強に抵抗していたのだ。
情報が出揃ったはいいが、迂闊に手を出せないとエルノールが悩んでいたところに、わかなが直訴にやって来た。その内容は「龍堂瑞姫と面会したい。その時に引き合わせたい者がいる」というもの。
これにエルノールは「相手に親御がいる以上、こちらだけで勝手な判断は出来ん」と返答した上で、瑞姫の両親に日程を打診・調整した結果、翌週水曜日の夕方以降と決定。
エルノールは瑞姫にもこの旨を報せ、凱にはその為にも自分と共に見届け人となるよう指示した。
そうして警戒はしつつも、一応の平和な一週間が経過していく――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日は流れて面会前日の夜。
夕食を終え、就寝の準備に入っていた龍堂家では、瑞姫の父・信隆と母・紗裕美が凱と瑞姫を居間に呼び出した。
「……座りなさい」
信隆に言われるがまま、二人が椅子に座すと、これを確認した父が話を始める。
「明日の事で、お前たちに話しておかなければならん。これは父さんたちの過去も関係している。すまんが、まずは下らん昔話に付き合ってくれ」
そうして話し出した内容はこうだ。
＊＊＊＊＊
以前、凱と瑞姫が知らない間に、父方の元親族、瑞姫にとっては従兄にあたる男とその恋人から、「瑞姫は相応しい相手と付き合うべき」と抗議を受けた事があった。
男は「間抜けで情けないいじめられっ子」、男の婚約者は「根暗で馬鹿で情けないだけのいじめられっ子」と凱をあからさまに見下しきっており、「すぐに叩き出してホームレスにでもしてやるべき」と、とにかく凱を邪魔者と断じたのである。
これに怒った紗裕美が「何も知らんガキが偉そうに口出すな！」と二人を叱りつけたのだが、これに怒った者がもう一人いた。
男の母親にして信隆の「元」姉、名を梶原雅美（かじわら・まさみ）。
「結婚したら妻は家庭に入り、夫を全力で支えるもの」との信条を持つこの女は、結婚するや教師をあっさりと辞め、婚約者や彼女へのチェックが異様に厳しく、嫁になる女に仕事を辞めるよう強要して、親族の数組のカップルを破局・破談に追い込んだ前科を持つ、とんでもない女だった。
それでも離婚されないのは次男とはいえ、旧家の豪農本家に嫁いだ為であり、率先して専業主婦となった姿勢を本家の当主に気に入られ、手が出せない状態なのだ。
しかも信隆とは極めて仲が悪く、紗裕美を一方的に嫌い、口汚く罵った。信隆の両親までも婚約者をコケにし始め、遂に本気でキレた信隆は「元」家族との絶縁に加え、紗裕美の家である龍堂家への婿入りを宣言。
「元」家族からは親不孝者・裏切者と罵られたが、信隆は他の親族と遺産相続にまつわる醜い争いの末に闇討ち同然で金を分捕った家族達の過去を持ち出し、姉贔屓の両親を逆に罵った。
紗裕美も止めとばかりに、怒り狂う雅美へ「猿は山に帰って吠えてろ」と吐き捨てた事で信隆と「元」家族の溝は決定的なものとなる。
「今すぐ出てけ！ 二度とここの敷居を跨ぐな！ 一歩でも入ったら殺すからな！」
雅美贔屓の両親は狂ったかのように激怒し、信隆に怒鳴りつけながら、こうして勘当を言い渡したのだった。
因みにその時の信隆は「やっと、この粗大ゴミの家から解放された」と思わず安堵してしまった。
そうして意気揚々と信隆は紗裕美と共に龍堂家に赴き、婿入り宣言。
すんなり許されはしたものの、サプライズも甚だしい報告に紗裕美以外の龍堂家親族は喜ぶべきか叱るべきかと大変困惑したのは、今では良い思い出話になっているという。
＊＊＊＊＊
そんな余りにも長い前置きの末、語られたのは、その元姉の息子・梶原雅広（かじわら・まさひろ）と彼の恋人で現在は婚約者の工藤わかなの存在。
その二人の名を聞いた瑞姫は、思わず身体を強張らせる。
瑞姫はその二人と一応の面識がある。だが、この時の彼女は、わかなが学園の教師である事は知らず、どうして身体を強張らせたのかも分からなかった。
「どうしてだろう……、嫌な予感しかしない……」
思わず呟いた一言に、今度は紗裕美が話を始める。
「その二人がね、あなたたちが学園を離れていた時に、しかも突然やって来たの」
学園を離れていた時とは、二人が竜騎士叙勲と訓練の為にドラゴニアに滞在した時期の事だ。
「それに、家に乗り込むなりこう言ったの――『根暗で馬鹿で情けないだけのいじめられっ子と婚約？ 絶対に騙されている』、『これじゃ清人君がかわいそう。瑞姫ちゃんを八年以上も片思いしているのに……』――とね」
瑞姫は母の言葉に身体が強張る理由を悟る。
それを知ってか知らずか、凱が自分の手をそっと瑞姫の手の上に置き、安心させようとした。
瑞姫の様子を見た紗裕美は問い質す。
「瑞姫、もしかして知ってる子なの？」
瑞姫は母の質問に無言で頷き、答えを返す。
「……前田、清人……。わたしを……ずっと、いじめてた、グループの……リ……リー、ダー……」
余程のトラウマだったのか、返答はたどたどしい。
よもや、そのようなところで繋がっていたのか、と紗裕美も信隆も深いため息を漏らす。
「好きだからいじめる、だと？ 言い訳にしても随分ふざけてやがる」
「お兄さんも、きっと、知ってる。私を……助けて、くれた時に、殴ってる、から」
凱も過去に思い当たる。
白髪の少女を取り囲んで墨や泥をかけて遊んだ複数の少年少女を殴り飛ばし、白髪の少女――瑞姫を家の風呂に入らせた過去を。
「でも……、あのことが、なかったら、わたしはお兄さんと……出会えなかった」
瑞姫にとって凱に会えた事が己の始まりであり、その事実こそが全てだった。
だから、仮に謝罪されようとも許す事など、彼女には出来ない。
自分と想い人の間を裂き、自分から凱を奪った敵でしかないから。
「決着を、つけないと……、わたし……わたし……前に、進め、ない……！」
「その言葉を信じるぞ。父さん達も、お前が嫌がる相手の嫁になんて許せんからな」
決意も新たに、四人は床に就き、瑞姫は凱と温もりを分かち合う――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌夕刻の風星学園。
学園長室には凱、エルノール、瑞姫、信隆・紗裕美夫妻の組に対し、前田清人とその両親、梶原雅広、工藤わかなの組がいた。
五対五――数の上では同等。
口火を切ったのは前田夫妻だ。
「龍堂さん。あなた方、いったい何を考えてるんですか。息子の八年もの思いを踏みにじるとは、ずいぶんと馬鹿なことをしてくれてるみたいで」
「本当ですよ。清人がどれだけ瑞姫ちゃんを思ってくれているのかもわかってない！ そこのダサくてさえない男と婚約ですって？ それこそあり得ませんよ！ 遅くありませんから、今ここで謝罪して、清人とお付き合いしてくださいね。分・か・り・ま・し・た・ね？」
前田夫妻がそう言い終えると、今度はわかなが瑞姫に話しかける。
「お願い、瑞姫ちゃん。お互いのご両親に恥をかかせるようなことはしちゃ駄目。いい？ 少なくとも、こんな奴じゃ瑞姫ちゃんを幸せにできないわ。いいえ、こんなガキが他人を幸せになんて絶対できないわ」
あまつさえ凱を指差しながら言い終えたのを確認した瑞姫が静かに、わかなへ反論を始めた。
「……それを決めるのはわたしです。この人の事を拒否するだけで、知ろうともしない貴女方に、いったい何が分かるっていうんですか？」
静かな怒りを湛えながら反論した瑞姫に、清人は言い返す。
「このクズ野郎は瑞姫ちゃんをいじめたじゃないか！ 墨や泥をかけて笑ってたのを俺が助けたこと、忘れたのか!?」
「自分の都合にいいように記憶を作るなんてね。……最低」
「――っ!?」
「何てこというのよ、瑞姫ちゃん！ 清人君がかわいそうよ！ こんな性犯罪者にたぶらかされるなんて――」
わかなが再び凱を指差し、今度は性犯罪者と罵るも、最後まで言い切る事は許されなかった。
怒気を孕んだ瑞姫の平手打ちが、わかなの左頬に炸裂したからだ。
その威力もあってわかなをそのまま張り倒し、床に這わせた。
「この人は……、わたしをいじめから救ってくれた人」
わかなが信じられないとばかりの表情で張られた頬を押さえ、瑞姫を見る。
「大丈夫か、わかな……。――瑞姫！ 俺の大事な婚約者に向かって、なんてことするんだ！」
雅広が恋人にされた事に怒るが、瑞姫は意にも介さず続ける。
「この人は、わたしに生きる望みと愛をくれた人」
冷徹に告げる瑞姫を前に、雅広とわかなも反撃に出る。
「こいつは！ お前に相応しくもない馬鹿なんだぞ！ こんな奴が親族？ 俺は絶対嫌だ！」
「私もよ！ こんな奴選ぶなんて瑞姫ちゃん洗脳されてるのよ！ 目を覚まして、お願い！」
「うるっさあああああああああああああああああい!!」
二人の金切り声を瑞姫の怒声が圧倒する。
竜の咆哮の如き大声量は中央塔を揺るがし、雅広とわかなどころか、続いて反撃に出ようとした前田夫妻、更には今居合わせる全員の鼓膜を破る勢いだった。
瑞姫はすかさず凱の手を取り、引っ張りながら言う。
「いこう、お兄さん。こんな奴らなんか顔も見たくない！」
凱も凱でそれに逆らう理由は無く、怒り心頭の瑞姫に同調し、従う。
だがそこに、まるっきりの空気になっていた少年が手足を大の字に広げて立ち塞がった。
「どこいくんだよ！ おれ、瑞姫のこと、ずっと好きなんだ！ だから、おれの気持ちを受け取ってよ！」
そう言って、清人は瑞姫に近付きながら、キスをしようと迫る。
けれど、己の命取りになるかもしれない無謀な行為は、すぐに代償を伴った。瑞姫の背を怖気が走った瞬間、彼女は無意識に両手を出しながら叫ぶ。
「チカァァァン!!」
「――がはっ！」
「……やれやれ……。頑丈に作っといて良かったわい」
清人は瑞姫の掌底をまともに食らってしまい、数ｍ先にある学園長室の扉に音を立てて激突した後、白目を剥いて気絶し、そのまま倒れ込む。
「清人君！」
「わかなちゃん。あんた、学習能力ないね。それでよく先生になったもんだね。じゃあ、特別にもう一回言ってあげる。瑞姫と、凱君は――お前らと何の関係もないだろうが！ お前らの好みと決めつけで二人の邪魔をするな！ ガキどもが偉そうに口出すな！」
紗裕美がほとほと呆れ切った口調で告げるや否や、一気に怒声を轟かせ、雅広とわかなを圧倒する。
「《凱（こいつ）》だけは絶対駄目だ、って前にも忠告したのに。見損なったよ、紗裕美おばさん！」
「あの女の息子におばさん呼ばわりなんて、蕁麻疹（じんましん）が出そうだね」
「あんまり言ってやるな、紗裕美。自分勝手なだけの女の息子なんだからさ……」
可哀想なものを見るかのように雅広を見た信隆は、手を肩に置きつつため息交じりで紗裕美を宥める。
雅広はこれを侮辱と受け取って顔を怒りで真っ赤にし、わかなもそんな雅広に代わって抗議の声を上げた。
「なんですか叔父様まで！ 私たちは瑞姫ちゃんのためを思えばこそ、こうして清人君を紹介したんですよ!? こうして滅茶苦茶にした責任、お二人はどう取るつもりですか！」
「娘に無理やりキスしようとして、よくも瑞姫のためと言えたもんだな。こんな気持ち悪くて生意気なガキの嫁になど、冗談も大概にしろ」
わかなの猛反論に信隆が冷徹に吐き捨てたと思えば、彼は瞬時に火山が爆発したかのような怒気を見せた。
「瑞姫はなぁ！ 俺達の娘であって、お前らの人形じゃねぇんだよ！ わかったら、そこのガキ連れてとっとと帰れ！ そして二度とツラ見せるな！」
普段は穏やかな雰囲気の彼がこうして怒鳴るなど、紗裕美ですら殆ど見ない。ましてや瑞姫でさえ片手で数える程度だし、凱はこれが初めてだ。
「お前、誰に向かって――」
清人の父が口を開くが、それ以上は許されなかった。
何故なら――
「誰に向かって、だと？ そのガキザルの種と畑、それにそこの取り巻き、テメェら全員に言ってんだよ。んなのも分からんか、クソボケが」
――同じく沈黙しつつも、瑞姫の手を放さずにいた凱である。
「ガキが偉そうに。じゃ、返してもらおうか、俺の父からの寄付金。一括でな、ほれ、さっさと返せよ」
金が無ければ何も出来ないのが人間社会。だからこそ脅しをかけ、自分達に有利な流れを作る――筈だった。
「それは丁度良かったのう。ほれっ」
エルノールも口を開きながら封筒を手にしたと思いきや、軽々と応接用テーブルに、それも前田夫妻の前に放り投げると、封筒の中にあった金が床に散らばる。
「今までの寄付金じゃ。『たかが』五百万で良い気になるでないぞ」
たかが、の言葉に前田夫妻の顔が幾多の皺と青筋に覆われ、憤怒で震える。
当然ながら、五百万も寄付するなど余程の家庭でなければ出来はしない。
エルノールは知ってて、『たかが』と挑発したのだ。
「金持ち程ケチってのは分かるけど、そんなはした金、自慢にもならんわな」
凱の言葉がまさしく止めとなった。
「覚悟しとけよ、貴様らぁ！」
それだけ言うと、夫妻は「帰るぞ！」と怒声を発し、湯気が出そうな勢いで体を赤くし、清人を抱えて立ち去る。その間に、ちゃっかりと金を回収していたのはご愛敬。
雅広は瑞姫を睨みつけながら怒鳴る。
「この、裏切り者ぉっ！」
そう言いながら瑞姫に平手打ちをしようとするも、手首を掴まれた瞬間、身体を後ろに引っ張られる。
何事かと思った瞬間、今度は雅広の顔面に強烈な痛みが走った。
凱が雅広の手首を掴み、その隙に瑞姫が雅広の顔面に拳を叩き込んだのである。
二人の憤怒の目に怯えた雅広が鼻血を垂れ流して泣きながら出て行くと、続いてわかなが瑞姫を罵倒する。
「なんて馬鹿なことしたの！ お爺様に謝っても済むことじゃないのよ!? だから清人君のお嫁さんになりなさいって言ったのに……！」
「わたしの想い人はただ一人。わたしは、お兄さんただ一人だけのもの。あんた達の人形じゃない！」
「っ！ どうなっても知らないからね！」
言うだけ言うと、わかなも雅広の後を追って走って出て行く。
瑞姫はそれを見届けると、自分の両親に向き直って深々とお辞儀した。
「瑞姫、よく頑張ったな。もう父さんが言う事は何もない。凱君と二人、幸せになるんだぞ」
「お母さんたちのことは心配しなくていいから、未来の夫の側にいなさい。これからもずっと、ね」
龍堂夫妻もエルノールにお辞儀をした後、帰って行った。
エルノールも大きくため息をつき、応接用ソファーにドカリと座る。
「あのチビガキ、立ち直れんじゃろうな。ま、あんな事するんじゃから、自業自得じゃろう。じゃが、問題はあのヒョロヒョロしたリーマン男と前田のジジイじゃのう」
「一体どういう事だ？」
「ヒョロリーマンは大手食品会社で主任候補になっとるらしい。それと前田のジジイは資産家じゃ」
「資産家ならまだしも、主任にもなってねえヒラ野郎に何出来るんだ？」
「購買のパンや学食の食材を取り扱ってる所の一つではあるんじゃ」
「……ジジイと組んだら厄介だ。何も言わずに取引打ち切ってくる。そうなると……」
「兄上、何が言いたいんじゃ？」
「父さんと母さんが会社を追われるって事にもなりかねん。あの二人はああ言ってたけど、どこでどう繋がるか分かったもんじゃない」
「お兄さん……」
凱の疑り深さは「（自称）まともな人間」にしてみれば、「迷惑レベルの被害妄想」としか見えないだろう。だが、人間の悪意に晒され続けた凱の警戒心と直感は、本物として磨き上げられていた。
事実、この数日後、業者の一つが風星学園の購買部や学生食堂への食料品の棚卸を何の通告も無しに止めてきたのだ。
もっとも、それは些細な打撃にすらならなかった。
前田家との対面の翌日、凱の直感を信じたエルノールが信隆を通じて取引先を切り替えていたからである。
しかし、その代償として、信隆は各種取引先の「人間」達から名指しで取引を断られて会社での立場を失くし、紗裕美はいわゆるママ友集団がでっち上げた冤罪でパート先を追い出される破目になった。
そこにエルノールは目を付け、夫妻を特別クラス学生寮の住み込み勤務を斡旋。信隆の会社（注：魔物娘が社長の会社）にもこれを伝え、社長も彼を依願退職扱いにしてエルノールの元に引き渡した。
住居も引き払わせ、家財も学園内に運び込ませている。
一方、前田清人は瑞姫からの完全な拒絶を身を以て思い知らされたショックから演劇部を退部、休み時間は何処かに姿を消し、放課後になれば脇目も振らず逃げ帰る毎日。学校を休む日も徐々に増え、学校に行く日以外は自室に引き篭もっていた。
ファンクラブも当初は清人の復帰の為に活動したものの、当人にその意思無しと分かると、次第にファンクラブ自体、余程の奇特な者以外、全員離れていった。
はとこであるわかなも無暗な干渉をする訳にもいかず、口を噤むしかなかったが、凱と瑞姫には怨みを持つようになる。それ故、高等部教頭・浜本美耶率いる反エルノール派へ後に与したのは必然であったかもしれない。
清人の一件を最後に、瑞姫に近付く者はいなくなったが、それはエルノール・サバトが陰で尽力したお陰でもあった。
だが、エルノールはそれを言わなかった。
瑞姫と同じ想い人を持つ者だからこそ、裏で止める役を自ら引き受けたエルノールだからこそ、「瑞姫が今知る必要は無い」と判断したのだ。
いずれ世界との別れが来たとしても、一度定めた想い人を変えるなどあり得ない。それが彼女達魔物娘なのだから――
名を前田清人（まえだ・きよと）。
高等部一年在籍の帰宅部でありながら、童顔がもたらす甘い顔立ちにファンクラブも出来ており、特に上級生からの人気が高い。だが、本人は瑞姫が理想のタイプであるらしく、好意故に幼少の頃から瑞姫をいじめていた主犯格だった。
「好きだからいじめる」という、何とも悪質かつ幼稚な発想だ。
おまけに初恋らしい。
厄介たらしめているのは彼の親族関係にあった。
清人は高等部の国語教師の一人・工藤わかなの大叔父の孫なのである。
わかなとは「はとこ」の関係にあり、その大伯父もかなりの資産家で学園に寄付金も出しており、孫である清人は親と共に悠々自適に過ごしていた。
この少年が両親と大叔父（＝清人の祖父）、わかなとその婚約者のバックアップを受けて、頑強に抵抗していたのだ。
情報が出揃ったはいいが、迂闊に手を出せないとエルノールが悩んでいたところに、わかなが直訴にやって来た。その内容は「龍堂瑞姫と面会したい。その時に引き合わせたい者がいる」というもの。
これにエルノールは「相手に親御がいる以上、こちらだけで勝手な判断は出来ん」と返答した上で、瑞姫の両親に日程を打診・調整した結果、翌週水曜日の夕方以降と決定。
エルノールは瑞姫にもこの旨を報せ、凱にはその為にも自分と共に見届け人となるよう指示した。
そうして警戒はしつつも、一応の平和な一週間が経過していく――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日は流れて面会前日の夜。
夕食を終え、就寝の準備に入っていた龍堂家では、瑞姫の父・信隆と母・紗裕美が凱と瑞姫を居間に呼び出した。
「……座りなさい」
信隆に言われるがまま、二人が椅子に座すと、これを確認した父が話を始める。
「明日の事で、お前たちに話しておかなければならん。これは父さんたちの過去も関係している。すまんが、まずは下らん昔話に付き合ってくれ」
そうして話し出した内容はこうだ。
＊＊＊＊＊
以前、凱と瑞姫が知らない間に、父方の元親族、瑞姫にとっては従兄にあたる男とその恋人から、「瑞姫は相応しい相手と付き合うべき」と抗議を受けた事があった。
男は「間抜けで情けないいじめられっ子」、男の婚約者は「根暗で馬鹿で情けないだけのいじめられっ子」と凱をあからさまに見下しきっており、「すぐに叩き出してホームレスにでもしてやるべき」と、とにかく凱を邪魔者と断じたのである。
これに怒った紗裕美が「何も知らんガキが偉そうに口出すな！」と二人を叱りつけたのだが、これに怒った者がもう一人いた。
男の母親にして信隆の「元」姉、名を梶原雅美（かじわら・まさみ）。
「結婚したら妻は家庭に入り、夫を全力で支えるもの」との信条を持つこの女は、結婚するや教師をあっさりと辞め、婚約者や彼女へのチェックが異様に厳しく、嫁になる女に仕事を辞めるよう強要して、親族の数組のカップルを破局・破談に追い込んだ前科を持つ、とんでもない女だった。
それでも離婚されないのは次男とはいえ、旧家の豪農本家に嫁いだ為であり、率先して専業主婦となった姿勢を本家の当主に気に入られ、手が出せない状態なのだ。
しかも信隆とは極めて仲が悪く、紗裕美を一方的に嫌い、口汚く罵った。信隆の両親までも婚約者をコケにし始め、遂に本気でキレた信隆は「元」家族との絶縁に加え、紗裕美の家である龍堂家への婿入りを宣言。
「元」家族からは親不孝者・裏切者と罵られたが、信隆は他の親族と遺産相続にまつわる醜い争いの末に闇討ち同然で金を分捕った家族達の過去を持ち出し、姉贔屓の両親を逆に罵った。
紗裕美も止めとばかりに、怒り狂う雅美へ「猿は山に帰って吠えてろ」と吐き捨てた事で信隆と「元」家族の溝は決定的なものとなる。
「今すぐ出てけ！ 二度とここの敷居を跨ぐな！ 一歩でも入ったら殺すからな！」
雅美贔屓の両親は狂ったかのように激怒し、信隆に怒鳴りつけながら、こうして勘当を言い渡したのだった。
因みにその時の信隆は「やっと、この粗大ゴミの家から解放された」と思わず安堵してしまった。
そうして意気揚々と信隆は紗裕美と共に龍堂家に赴き、婿入り宣言。
すんなり許されはしたものの、サプライズも甚だしい報告に紗裕美以外の龍堂家親族は喜ぶべきか叱るべきかと大変困惑したのは、今では良い思い出話になっているという。
＊＊＊＊＊
そんな余りにも長い前置きの末、語られたのは、その元姉の息子・梶原雅広（かじわら・まさひろ）と彼の恋人で現在は婚約者の工藤わかなの存在。
その二人の名を聞いた瑞姫は、思わず身体を強張らせる。
瑞姫はその二人と一応の面識がある。だが、この時の彼女は、わかなが学園の教師である事は知らず、どうして身体を強張らせたのかも分からなかった。
「どうしてだろう……、嫌な予感しかしない……」
思わず呟いた一言に、今度は紗裕美が話を始める。
「その二人がね、あなたたちが学園を離れていた時に、しかも突然やって来たの」
学園を離れていた時とは、二人が竜騎士叙勲と訓練の為にドラゴニアに滞在した時期の事だ。
「それに、家に乗り込むなりこう言ったの――『根暗で馬鹿で情けないだけのいじめられっ子と婚約？ 絶対に騙されている』、『これじゃ清人君がかわいそう。瑞姫ちゃんを八年以上も片思いしているのに……』――とね」
瑞姫は母の言葉に身体が強張る理由を悟る。
それを知ってか知らずか、凱が自分の手をそっと瑞姫の手の上に置き、安心させようとした。
瑞姫の様子を見た紗裕美は問い質す。
「瑞姫、もしかして知ってる子なの？」
瑞姫は母の質問に無言で頷き、答えを返す。
「……前田、清人……。わたしを……ずっと、いじめてた、グループの……リ……リー、ダー……」
余程のトラウマだったのか、返答はたどたどしい。
よもや、そのようなところで繋がっていたのか、と紗裕美も信隆も深いため息を漏らす。
「好きだからいじめる、だと？ 言い訳にしても随分ふざけてやがる」
「お兄さんも、きっと、知ってる。私を……助けて、くれた時に、殴ってる、から」
凱も過去に思い当たる。
白髪の少女を取り囲んで墨や泥をかけて遊んだ複数の少年少女を殴り飛ばし、白髪の少女――瑞姫を家の風呂に入らせた過去を。
「でも……、あのことが、なかったら、わたしはお兄さんと……出会えなかった」
瑞姫にとって凱に会えた事が己の始まりであり、その事実こそが全てだった。
だから、仮に謝罪されようとも許す事など、彼女には出来ない。
自分と想い人の間を裂き、自分から凱を奪った敵でしかないから。
「決着を、つけないと……、わたし……わたし……前に、進め、ない……！」
「その言葉を信じるぞ。父さん達も、お前が嫌がる相手の嫁になんて許せんからな」
決意も新たに、四人は床に就き、瑞姫は凱と温もりを分かち合う――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌夕刻の風星学園。
学園長室には凱、エルノール、瑞姫、信隆・紗裕美夫妻の組に対し、前田清人とその両親、梶原雅広、工藤わかなの組がいた。
五対五――数の上では同等。
口火を切ったのは前田夫妻だ。
「龍堂さん。あなた方、いったい何を考えてるんですか。息子の八年もの思いを踏みにじるとは、ずいぶんと馬鹿なことをしてくれてるみたいで」
「本当ですよ。清人がどれだけ瑞姫ちゃんを思ってくれているのかもわかってない！ そこのダサくてさえない男と婚約ですって？ それこそあり得ませんよ！ 遅くありませんから、今ここで謝罪して、清人とお付き合いしてくださいね。分・か・り・ま・し・た・ね？」
前田夫妻がそう言い終えると、今度はわかなが瑞姫に話しかける。
「お願い、瑞姫ちゃん。お互いのご両親に恥をかかせるようなことはしちゃ駄目。いい？ 少なくとも、こんな奴じゃ瑞姫ちゃんを幸せにできないわ。いいえ、こんなガキが他人を幸せになんて絶対できないわ」
あまつさえ凱を指差しながら言い終えたのを確認した瑞姫が静かに、わかなへ反論を始めた。
「……それを決めるのはわたしです。この人の事を拒否するだけで、知ろうともしない貴女方に、いったい何が分かるっていうんですか？」
静かな怒りを湛えながら反論した瑞姫に、清人は言い返す。
「このクズ野郎は瑞姫ちゃんをいじめたじゃないか！ 墨や泥をかけて笑ってたのを俺が助けたこと、忘れたのか!?」
「自分の都合にいいように記憶を作るなんてね。……最低」
「――っ!?」
「何てこというのよ、瑞姫ちゃん！ 清人君がかわいそうよ！ こんな性犯罪者にたぶらかされるなんて――」
わかなが再び凱を指差し、今度は性犯罪者と罵るも、最後まで言い切る事は許されなかった。
怒気を孕んだ瑞姫の平手打ちが、わかなの左頬に炸裂したからだ。
その威力もあってわかなをそのまま張り倒し、床に這わせた。
「この人は……、わたしをいじめから救ってくれた人」
わかなが信じられないとばかりの表情で張られた頬を押さえ、瑞姫を見る。
「大丈夫か、わかな……。――瑞姫！ 俺の大事な婚約者に向かって、なんてことするんだ！」
雅広が恋人にされた事に怒るが、瑞姫は意にも介さず続ける。
「この人は、わたしに生きる望みと愛をくれた人」
冷徹に告げる瑞姫を前に、雅広とわかなも反撃に出る。
「こいつは！ お前に相応しくもない馬鹿なんだぞ！ こんな奴が親族？ 俺は絶対嫌だ！」
「私もよ！ こんな奴選ぶなんて瑞姫ちゃん洗脳されてるのよ！ 目を覚まして、お願い！」
「うるっさあああああああああああああああああい!!」
二人の金切り声を瑞姫の怒声が圧倒する。
竜の咆哮の如き大声量は中央塔を揺るがし、雅広とわかなどころか、続いて反撃に出ようとした前田夫妻、更には今居合わせる全員の鼓膜を破る勢いだった。
瑞姫はすかさず凱の手を取り、引っ張りながら言う。
「いこう、お兄さん。こんな奴らなんか顔も見たくない！」
凱も凱でそれに逆らう理由は無く、怒り心頭の瑞姫に同調し、従う。
だがそこに、まるっきりの空気になっていた少年が手足を大の字に広げて立ち塞がった。
「どこいくんだよ！ おれ、瑞姫のこと、ずっと好きなんだ！ だから、おれの気持ちを受け取ってよ！」
そう言って、清人は瑞姫に近付きながら、キスをしようと迫る。
けれど、己の命取りになるかもしれない無謀な行為は、すぐに代償を伴った。瑞姫の背を怖気が走った瞬間、彼女は無意識に両手を出しながら叫ぶ。
「チカァァァン!!」
「――がはっ！」
「……やれやれ……。頑丈に作っといて良かったわい」
清人は瑞姫の掌底をまともに食らってしまい、数ｍ先にある学園長室の扉に音を立てて激突した後、白目を剥いて気絶し、そのまま倒れ込む。
「清人君！」
「わかなちゃん。あんた、学習能力ないね。それでよく先生になったもんだね。じゃあ、特別にもう一回言ってあげる。瑞姫と、凱君は――お前らと何の関係もないだろうが！ お前らの好みと決めつけで二人の邪魔をするな！ ガキどもが偉そうに口出すな！」
紗裕美がほとほと呆れ切った口調で告げるや否や、一気に怒声を轟かせ、雅広とわかなを圧倒する。
「《凱（こいつ）》だけは絶対駄目だ、って前にも忠告したのに。見損なったよ、紗裕美おばさん！」
「あの女の息子におばさん呼ばわりなんて、蕁麻疹（じんましん）が出そうだね」
「あんまり言ってやるな、紗裕美。自分勝手なだけの女の息子なんだからさ……」
可哀想なものを見るかのように雅広を見た信隆は、手を肩に置きつつため息交じりで紗裕美を宥める。
雅広はこれを侮辱と受け取って顔を怒りで真っ赤にし、わかなもそんな雅広に代わって抗議の声を上げた。
「なんですか叔父様まで！ 私たちは瑞姫ちゃんのためを思えばこそ、こうして清人君を紹介したんですよ!? こうして滅茶苦茶にした責任、お二人はどう取るつもりですか！」
「娘に無理やりキスしようとして、よくも瑞姫のためと言えたもんだな。こんな気持ち悪くて生意気なガキの嫁になど、冗談も大概にしろ」
わかなの猛反論に信隆が冷徹に吐き捨てたと思えば、彼は瞬時に火山が爆発したかのような怒気を見せた。
「瑞姫はなぁ！ 俺達の娘であって、お前らの人形じゃねぇんだよ！ わかったら、そこのガキ連れてとっとと帰れ！ そして二度とツラ見せるな！」
普段は穏やかな雰囲気の彼がこうして怒鳴るなど、紗裕美ですら殆ど見ない。ましてや瑞姫でさえ片手で数える程度だし、凱はこれが初めてだ。
「お前、誰に向かって――」
清人の父が口を開くが、それ以上は許されなかった。
何故なら――
「誰に向かって、だと？ そのガキザルの種と畑、それにそこの取り巻き、テメェら全員に言ってんだよ。んなのも分からんか、クソボケが」
――同じく沈黙しつつも、瑞姫の手を放さずにいた凱である。
「ガキが偉そうに。じゃ、返してもらおうか、俺の父からの寄付金。一括でな、ほれ、さっさと返せよ」
金が無ければ何も出来ないのが人間社会。だからこそ脅しをかけ、自分達に有利な流れを作る――筈だった。
「それは丁度良かったのう。ほれっ」
エルノールも口を開きながら封筒を手にしたと思いきや、軽々と応接用テーブルに、それも前田夫妻の前に放り投げると、封筒の中にあった金が床に散らばる。
「今までの寄付金じゃ。『たかが』五百万で良い気になるでないぞ」
たかが、の言葉に前田夫妻の顔が幾多の皺と青筋に覆われ、憤怒で震える。
当然ながら、五百万も寄付するなど余程の家庭でなければ出来はしない。
エルノールは知ってて、『たかが』と挑発したのだ。
「金持ち程ケチってのは分かるけど、そんなはした金、自慢にもならんわな」
凱の言葉がまさしく止めとなった。
「覚悟しとけよ、貴様らぁ！」
それだけ言うと、夫妻は「帰るぞ！」と怒声を発し、湯気が出そうな勢いで体を赤くし、清人を抱えて立ち去る。その間に、ちゃっかりと金を回収していたのはご愛敬。
雅広は瑞姫を睨みつけながら怒鳴る。
「この、裏切り者ぉっ！」
そう言いながら瑞姫に平手打ちをしようとするも、手首を掴まれた瞬間、身体を後ろに引っ張られる。
何事かと思った瞬間、今度は雅広の顔面に強烈な痛みが走った。
凱が雅広の手首を掴み、その隙に瑞姫が雅広の顔面に拳を叩き込んだのである。
二人の憤怒の目に怯えた雅広が鼻血を垂れ流して泣きながら出て行くと、続いてわかなが瑞姫を罵倒する。
「なんて馬鹿なことしたの！ お爺様に謝っても済むことじゃないのよ!? だから清人君のお嫁さんになりなさいって言ったのに……！」
「わたしの想い人はただ一人。わたしは、お兄さんただ一人だけのもの。あんた達の人形じゃない！」
「っ！ どうなっても知らないからね！」
言うだけ言うと、わかなも雅広の後を追って走って出て行く。
瑞姫はそれを見届けると、自分の両親に向き直って深々とお辞儀した。
「瑞姫、よく頑張ったな。もう父さんが言う事は何もない。凱君と二人、幸せになるんだぞ」
「お母さんたちのことは心配しなくていいから、未来の夫の側にいなさい。これからもずっと、ね」
龍堂夫妻もエルノールにお辞儀をした後、帰って行った。
エルノールも大きくため息をつき、応接用ソファーにドカリと座る。
「あのチビガキ、立ち直れんじゃろうな。ま、あんな事するんじゃから、自業自得じゃろう。じゃが、問題はあのヒョロヒョロしたリーマン男と前田のジジイじゃのう」
「一体どういう事だ？」
「ヒョロリーマンは大手食品会社で主任候補になっとるらしい。それと前田のジジイは資産家じゃ」
「資産家ならまだしも、主任にもなってねえヒラ野郎に何出来るんだ？」
「購買のパンや学食の食材を取り扱ってる所の一つではあるんじゃ」
「……ジジイと組んだら厄介だ。何も言わずに取引打ち切ってくる。そうなると……」
「兄上、何が言いたいんじゃ？」
「父さんと母さんが会社を追われるって事にもなりかねん。あの二人はああ言ってたけど、どこでどう繋がるか分かったもんじゃない」
「お兄さん……」
凱の疑り深さは「（自称）まともな人間」にしてみれば、「迷惑レベルの被害妄想」としか見えないだろう。だが、人間の悪意に晒され続けた凱の警戒心と直感は、本物として磨き上げられていた。
事実、この数日後、業者の一つが風星学園の購買部や学生食堂への食料品の棚卸を何の通告も無しに止めてきたのだ。
もっとも、それは些細な打撃にすらならなかった。
前田家との対面の翌日、凱の直感を信じたエルノールが信隆を通じて取引先を切り替えていたからである。
しかし、その代償として、信隆は各種取引先の「人間」達から名指しで取引を断られて会社での立場を失くし、紗裕美はいわゆるママ友集団がでっち上げた冤罪でパート先を追い出される破目になった。
そこにエルノールは目を付け、夫妻を特別クラス学生寮の住み込み勤務を斡旋。信隆の会社（注：魔物娘が社長の会社）にもこれを伝え、社長も彼を依願退職扱いにしてエルノールの元に引き渡した。
住居も引き払わせ、家財も学園内に運び込ませている。
一方、前田清人は瑞姫からの完全な拒絶を身を以て思い知らされたショックから演劇部を退部、休み時間は何処かに姿を消し、放課後になれば脇目も振らず逃げ帰る毎日。学校を休む日も徐々に増え、学校に行く日以外は自室に引き篭もっていた。
ファンクラブも当初は清人の復帰の為に活動したものの、当人にその意思無しと分かると、次第にファンクラブ自体、余程の奇特な者以外、全員離れていった。
はとこであるわかなも無暗な干渉をする訳にもいかず、口を噤むしかなかったが、凱と瑞姫には怨みを持つようになる。それ故、高等部教頭・浜本美耶率いる反エルノール派へ後に与したのは必然であったかもしれない。
清人の一件を最後に、瑞姫に近付く者はいなくなったが、それはエルノール・サバトが陰で尽力したお陰でもあった。
だが、エルノールはそれを言わなかった。
瑞姫と同じ想い人を持つ者だからこそ、裏で止める役を自ら引き受けたエルノールだからこそ、「瑞姫が今知る必要は無い」と判断したのだ。
いずれ世界との別れが来たとしても、一度定めた想い人を変えるなどあり得ない。それが彼女達魔物娘なのだから――
19/08/09 21:16更新 / rakshasa
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