連載小説
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最終訓練4:落とし前
四日目の日中から降り出した雨はその日の夜に嵐となり、所定日の六日目になっても止む気配が無かった。

第五陸上部隊の組は雨が降り出した事で意識を取り戻し、嘆きの渓谷を離れて雨が止むのを待つ事になった。第一空挺部隊の組が意識を取り戻したのは夜になったからで、雲の上のにある山の頂だったのが幸いして帰還しようとするが、雲を出た途端に嵐に見舞われ、足止めをさせられた。

問題は凱と瑞姫だ。
嵐の中での飛行訓練をしていない今の状態では帰還もままならない。
下手をすれば反対勢力によって逃亡の罪を着せられ、今までの日々を無駄にされるだろう。
それだけは阻止しなければならないと二人は考えている。
時折、外の様子を見つつ、地下神殿前の広場で凱は槍の訓練、瑞姫は先の戦闘での自分の行動を思い返しながらの赤手空拳の練習に励んでいた。

狭い中での練習をしたところで、それを活かせるかどうかの保証は無いが、少なくとも今の二人にはそれ以外に出来る事は無い。
それに外も暗いままではどれだけ時間が経っているのかも分からない。
何しろ二人は懐中時計を持っていないし、特定の時間を知らせる為に鳴らす鐘も周囲には無い。

そうして六日目を迎えているが、当人達の時間感覚もこの嵐のせいもあって曖昧なものになってしまっている。そんな訳で二人には嵐の中を突っ切るという、ぶっつけ本番の強行策を取る事を決めた。
けれど、それでも、二人に迷いは無かった。
自分達以外に助け合える相手がいないからこそ、互いを今まで以上に強く信じ合う心と意志が必要である事をこの野外訓練で確信出来たのだ。

天候が悪かろうと関係ない。
立つのがやっとであるかの勢いで吹き付ける風と横殴りの雨であろうとも、二人は「翔(と)ぶ」のだ。
地上の王者とその背に乗る者は天候をも力としなければならないのだから。

「行こう」
「うん!」

激しい風雨に抵抗しながら、瑞姫はドラゴンの姿となり、凱も彼女の背にどうにか乗り移る。

「オオオオオオオオ!」『グァオオオオオオ!』

同時に咆哮を上げ、雲の上へ一気に突き抜けると日が沈みかけていた。
夜にならない内に適当な村あるいは町に入るべく、再び嵐の中を飛ぶ。
雨のせいで視界が利かない状態ではあったが、強行軍が幸いしたのか、それなりの規模の村に入って宿を取る事が出来た。
割高である事を除けば……なのだが、二人にはそのような事で文句を言っていられなかった。

瑞姫は万が一に備えて最優先で覚えていた「人化の術」で魔物娘となる前の姿になり、人もそれ程いない宿屋でのんびりと過ごしていた。当然ながら凱と同室だ。何しろ「冒険者の戦士とその仲間の魔法使いが休憩する」という名目で入ったのだから。

「はぁ〜〜、疲れちゃった……」
「取り敢えずは身体をあっためないとならん。身体を拭いたら飯にしよう」
「そうだね」

割高なだけあって、料理は二人の舌と腹を満たした。
食事の後、宿の主人に今が何日であるかを訊き、回答を得る。
二人が出発して丁度六日目の日付の夜に差し掛かっていたのだ。

部屋に戻った二人は作戦を練る。
七日目、つまり翌日に訓練生組が出発するからには、こちらも万全の態勢でいなければならない。
だが、馬鹿正直に嘆きの渓谷にいる必要は無いと二人は感じていた。
そこで逆に七日目の早朝にドラゴニア竜騎士団の本部へ乗り込んで出鼻を挫き、奇襲を封じようとの結論に至る。

問題はその後だ。
奇襲を封じるまでは良いが、反対派がドラゴニアに戻ったのを放棄と見做すであろう事は予測出来る。
自分達を嵌める為に仕組まれた事は先刻承知。最後の日ぐらい、自分達の思うように力の限り暴れて暴れて暴れまくるだけだ。叙任などもうどうでもいい。

その為には密かに迂回して仮住まい中の邸宅に戻り、朱鷺子の協力を仰がなければならない。

仮眠の後、二人は宿を引き払い、風雨止まぬ夜の闇の中を迂回して邸宅に戻ったのは、七日目を迎えた深夜だった。

*****

深夜の邸宅。
やる事が無くて早めに就寝していた朱鷺子を起こしたのはドアのノック音だ。
フロゥも何事かと警戒の唸り声を上げる。

「……んぅ〜〜〜〜……、だれだよぉ〜……」

叩き付けるような雨の中、郊外にあるこの邸宅を訪れる者はいない。
「なのに何故?」と朱鷺子は眠い目を擦りながら正面玄関のドアを開くと、ずぶ濡れになった二つの人影が立っていた。

「えっとぉ〜……、どちらさまぁ?」
「朱鷺子、久しぶりだな。凱だ」

眠たげな問いに、背の大きい影が聞き覚えのある声で答えた。
朱鷺子の意識をゆっくりと、はっきりとさせ、続く声が決め手となる。

「瑞姫です、朱鷺子さん」

朱鷺子は大慌てで屋敷の明かりを灯す。
すると凱と瑞姫の顔が照らし出され、朱鷺子は六日ぶりの再会に喜び、跳びながら二人に抱き付いた。

「おいおい、雨でずぶ濡れなんだ。朱鷺子も風邪引いちまうぞ」
「じゃ……、じゃあ、風呂……用意、するね」
「構わん。風呂くらい用意出来る。……ただいま、フロゥ」

フロゥは凱の返事に鼻息で返すのみだったが、彼なりの挨拶であろう。
すっかりずぶ濡れの身体のまま、凱と瑞姫は浴場へ向かい、朱鷺子もこれに従う。
凱は脱衣所に保管してある入浴剤から、猛りの湯の成分を凝縮したものを選び、これを浴槽に投入。
すると冷めていた浴槽が一気に高温に沸き立ち、三人の身体をじんわりと温める。
しかし、猛りの湯の成分が凝縮されている以上、それがもたらす作用も現れる訳で、どうしようにも無い性衝動が凱を襲い、瑞姫と朱鷺子に本能のまま抱きついてしまう。

魔物娘二人はそれを当然のものと受け止め、凱の為すまま、されるままに欲望を受け止め、秘所で精液を飲み干してしまうのだった――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

七日目。
ようやく嵐が収まって空が白み出した頃、朝霧が立ち込める中、バイゼアが高らかに号令をかける。

「よぉーし! 第二陣――」
「その必要はねえぜ!」

驚いたバイゼアが声の主を探して振り向くと、風圧と地響きが竜騎士団本部を襲う。

「き、貴様らぁ……!」
「テメェらが俺達を嵌めようとした事くらい先刻承知。最後の日くらい、好きにやらせて貰う」
「ハッ! 任務放棄と見做すぜ? いいんだな?」
「やかましい。この際、叙任なんぞどうでもいいわ。きっちり落とし前つけて貰うぜ!」
「落とし前だぁ? いい度胸じゃねえかよぉ。叙任放棄たぁ願ったり叶ったりってもんよ。ここにいる全員が証人だ! オレに喧嘩売ったこと、後悔させてやるぜ」

バイゼアがニヤニヤと笑いながら指をバキボキ鳴らし、動こうとした瞬間――

「そこまで!」

威厳に満ちた声が竜騎士団本部を揺るがし、居合わせる者達を震え上がらせる。
このような事が出来るのは、魔王を除いて一人しかない。

「女王陛下!」

やって来たデオノーラの姿を視界に捉え、バイゼアが慌てて臣下の礼を取ると周囲の者も一斉にこれに倣う。
従わなかったのは凱、朱鷺子、竜化状態にある瑞姫の三人とフロゥだけ。
デオノーラも彼らを見て呵呵大笑(かかたいしょう)する。

「ははは。いや、何とも勇ましくなったものだな。だが勇気と蛮勇を履き違えるなよ?」
「お、恐れながら女王陛下!」
「聞こう、バイゼア」

デオノーラがバイゼアの意見を許すと、バイゼアは一気にまくし立てる。

「この者は今しがた、叙任を放棄すると申しておりました。しかもこのように七日目で皇都に帰ってきました。こうして証明された以上、我々はこの臆病者を即失格とし、叙任も認めません。女王もお認め下さいますよう、伏してお願いします!」
「何だ、左様な事か。この者らは十分に武勇と信頼関係を示しておる。ほれ、証拠があるのだろう? 出してみよ」

そう言われた凱はアイテムポーチから証拠になるであろう、二組から奪い取った部隊章を見せびらかししつつ、バイゼアに向けてせせら笑う。

「負かした証拠として必要だったんでな。じゃないと、テメェらは屁理屈ぶっこいて認めねえからな、ハハハ!」

言い終えた途端、凱は奪い取った部隊章を地面に叩き付け、そのまま飛び降りて踏み潰す。

「貴様等もこれで十分に分かったであろう? この二人は竜騎士となるに相応しい力と信頼関係を身に付けた。……いや、更に強くしたと言った方が良かろう」

デオノーラの言葉に納得しない者もかなりいたが、次の言葉が反対派の反論を許さなかった。

「龍堂凱! 龍堂瑞姫! 貴様等を竜騎士と認める! 我と共に来い、叙勲の証を渡す」

瑞姫が魔物娘の姿となり、朱鷺子もこれに同行する形で、三人と一匹はデオノーラの後をついて行く。
バイゼア達は凱達の姿を憎々しげに睨みつけるが、最強のドラゴンが決定の言葉を放った以上、これ以上の抵抗は女王への反逆となるだけ。

無論、その中には確実に凱と瑞姫に対して狙いを定めている者もいた。

*****

凱と瑞姫はデオノーラに従うがままに謁見の間へと通され、朱鷺子とフロゥも特例で謁見を許された。
目前には威厳に満ちたオーラを放つデオノーラが玉座にいる。

「改めて見れば貴様の鎧、魔導士のような出で立ちではないか。なかなか面白いものよのう。さて、どのようにしたものか……」

舐め回すように凱を観察するデオノーラだったが、それもすぐに終わり、声を上げる。

「槍は必要ないな。赤竜の外套を持て!」

運ばれたそれはまるで燃え盛る炎のように赤く、それでいて唯のマントではないような雰囲気を漂わせる。

「……近くに参れ。この赤竜の外套を貴様に授ける」

デオノーラは一歩前の距離までやって来た凱に、赤竜の外套を宙に広げつつ両肩に被せる。
彼の姿をしばし見やった後、デオノーラは言葉を発する。

「うむ。これにて貴様は晴れて竜騎士となった。まずは人間界に戻るだろうが……、励め」

何か含みのあるような言い回しをすると、デオノーラは玉座から立ち去る。
同時に凱と瑞姫も謁見の間を後にし、赤竜の外套を羽織りながら王城から出ようとしていた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

王城の外に待ち構えるは、本来バイゼアの命で出撃する筈だった訓練生組であった。

「俺たちは、お前を竜騎士と、仲間なんかと認めない! 勝負だ!」

ドラゴンを伴う訓練生が吠えると、ワイバーンを伴う訓練生が続く。

「このライル様がちゃっちゃと決めてやる。俺たちゃつえぇぞぉ?」

ライルと名乗った軽薄そうな訓練生はしたり顔で凱を挑発する。
だが、凱と瑞姫は互いの顔を見ると、同時にため息を漏らし、更には同時に吼える。

「「オォォオオオ!!」」

刹那、瑞姫は異形の白き竜に変じ、凱を翼腕で素早く騎乗させる。

「へっ! だったらこっちも!」

訓練生組も旧魔王時代の姿となってパートナーたる訓練生を騎乗させるが、訓練生達は凱達との戦闘を訓練と同じように考えていたのだろう、悠々とした態度で乗り始めていた。
間髪入れずに動き出した瑞姫の翼腕がまずドラゴンに迫り、これを叩き伏せると、今度は凱が展開したリンドヴルムでドラゴンのパートナーを薙ぎ払う。パートナーである訓練生は勢い良く地に落とされ、痙攣しながら気絶する。

呆気に取られたライルは即座に抗議の声を上げた。

「き、きたねぇぞ!」
「あ? 何が汚えだ? 戦いってもんを舐めんじゃねえよ。敵がお行儀良く待ってるとでも思ってんのか?」

凱の言葉にライルは怒る。

「行くぞレニア! 俺達の強さを見せてやるんだ!」

凱と瑞姫はそのまま王城前から飛び上がってライルとレニアを待ち構えると、王城の門の前はたちまち人だかりができ、空中戦が始まると歓声が上がる。

ライルとレニアのペアはなかなかに手強いペアだった。
天賦の才とでも言うのだろう、ライルの槍捌きはともすれば凱を上回る鋭さを持ち、レニアはワイバーンであるが故に機動力で勝っている。彼らは的確に凱と瑞姫を追い詰める。

だが――

〈瑞姫、こうなれば一か八かだ! あいつらを地面か水面に叩きつけるぞ!〉
〈え?! どうやって!?〉
〈奴らの速さを利用する! 上に飛んで奴らを誘き出し、一気に急降下だ!〉
〈分かった!〉

直接触れ合っているからこそ出来る、精神リンクによる念話を行うと、二人はライル達を無視して一気に上空へと高く、ひたすら高く飛び、ライル達も負けじとこれを追いかける。

天を駆け上る最中に後ろ(と言うか下)を覗くと、ライル達が猛然と追いかけて来ていた。
すると凱は瑞姫に叫んで命じる。

「今だ、急降下!」

凱の声を受けて瑞姫が急反転して、今度は猛烈な速度で急降下を始める。
ライル達とぶつかるかもしれないのを躊躇う事無く、近くの湖に向かって彗星の如く突進していく。
これにまんまと誘き出されたライルとレニアは、凱達の企みを知る由も無く、ワイバーン特有の機動力と速度で距離を詰めつつあった。

その凱と瑞姫の企みとは猛スピードで地表――この場合は水面へと急降下し、激突のすれすれで急上昇して、追って来たライル達をそのまま激突させるというものだ。しかし、タイミングを誤れば、鉄か石のように硬くなった水面に激突してこちらが自爆する、まさに一か八かの作戦である。

――その瞬間はスローモーションに見えた。
凱と瑞姫は後にそう語っている。

二人の目の前で、水面がゆっくりと迫る感覚になっていたのだ。
それは死をも厭わない果敢さが呼び起こしたものだったのかも知れない。
本当に水面に激突するほんの数センチのところで、二人は阿吽の呼吸で急上昇する。

「え!? な、ちょ……!」
「ラ、ライル、まぁええええええ!」

その突然の動きにライルとレニアはついて行けず、体勢を崩しながら湖へ突っ込んでしまった。
派手な水しぶきを上げて、パニックになって溺れかける様は何とも無様なものである。
ライルが色々と喚き散らすが、凱は全て聞き流す。
タイミングを間違っていたら溺れていたのは自分達だったと戒めつつ、凱は朱鷺子を迎えに王城の正門前に戻るのであった。

一方の朱鷺子は凱達の連れである関係で、同じように勝負を挑まれていた。とんだとばっちりである。
だが、彼女は虎の顎のような奇妙な構えを取りながら、向かってくる有象無象を全て返り討ちにしていた。
しかも構えた地点から殆ど動いていない。

二人はそこに割り込んで朱鷺子を連れ出し、邸宅に戻った。

朱鷺子の話によると、自分達の戦闘は賭け事になっていたという。

正門前の人だかりの殆ど全員がライル&レニアペアが勝つと疑っていなかった為、大金を賭けた者もいたのだとか。
だが、ライル達が見事過ぎるくらい無様な負け方をした為、財産をすった事に怒り心頭になった者達が押し寄せ、朱鷺子も仕方無く迎え撃った――というのが事の真相だった。

何はともあれ、少し無理矢理な形ではあったものの、竜騎士の叙勲を終えた凱にはまだ一つだけ、やる事が残っていた――
19/03/30 04:08更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
【アイテム紹介】
○魔竜王の鎧衣
フロゥが持つ数多の武具の中から凱へ託した防具。
リンドヴルムと同様、竜鋼「ドラゴダイト」を核として、
人間の勇者に倒された古の魔竜「リンドヴルム」の骨、鱗、皮、被膜を用いて作られた、鎧・冠の一式。
黒を基調にした禍々しい彩色をしている。
当然ながら作成された当時は呪物であり、当時は普通の人間が装備しようものなら生命力を奪われて死んでしまう為、魔族または魔の力を受けた人間にしか装備出来なかった。
希少鉱石を芯にしているだけあって、下手な金属鎧よりも遥かに高い防御力を有しながらも動きやすい、非常に強力な魔法防具。
使われている素材もあって見た目以上に軽量であり、音を立てる事はほぼない。
まるで地獄の使者を思わせるような禍々しさが大きな特徴。

また、首輪状のパーツに魔力を込めると、普段着に変化させる事が出来る。

リンドヴルム同様、作成に関する記録や伝承がどう言う訳か一切残されていない。

イメージは「モンスターハンター」シリーズのデスギア剣士防具と、「ドラゴンエッグ」の四天竜装・ゼノアークヘルム。


○赤竜の外套
竜騎士正式装備の一つ。効力は通常の物と同一。

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