連載小説
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暗雲
凱と瑞姫がドラゴニアに赴いて二ヶ月が経とうとしていた頃。
二人が竜騎士としての力を身に付ける一方で、風星学園に残ったエルノール、朱鷺子、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアの五人は凱の不在に焦燥感が出始めていた。

どうせ行くなら全員一緒に行く方が手間が無い、というのがエルノールの提案だったが、休みになる日取りが合わず、自力でドラゴニアに行けるのはエルノールとマルガレーテだけ。
他の三人では不利になる事は確実。
凱に会いたいという思いが全員同じだからこそ、辛抱を強いられるのだ。

そこでエルノールは予てからの懸念も含め、初代に相談すべく連絡を取った。
すると待っていたかのように茶色の毛並みを持ったバフォメットが大鏡に映し出される。

『ククク。そろそろ来る頃だろうと思っておったぞ、エルノールよ』

余裕綽々の笑みを浮かべ、初代はエルノールからの言葉を待つ。

「初代様、実はお願いがございまして……」
『聞こう』
「はっ、ドラゴニアへ行く為の口実として、出張の要請をお送り頂きたいのです」
『ほう。そのような願いをするという事は、学園をなかなか離れられんか』
「面目次第もありませぬ。構成員から報告がありまして、中等部と高等部の教師や生徒達に不穏な動きがあるとの事です。引き続き内偵を進めてはおりますが、如何せん人手不足で……」

ふむ、と初代は右手を顎に付けながら思案し、向き直った。

『良かろう。ならば魔界本部に来るよう命令書を出す。来週の月曜から一週間とする。手間じゃろうが、目を逸らす為には丁度良いじゃろうて。魔界本部を経由してドラゴニアに行け』
「ありがとうございます!」
『それと……教師達の動きが怪しいとなれば、特別クラスの者だけでは対処しきれまい。そちらの日付では来週の日曜日になるかのう。その辺りに到着するよう魔王軍にも取り計らって、偵察任務に長けた者達を派遣しよう』
「何と! そこまでして頂けるとは――!」
『人間界で表立って行動出来る数少ない支部を、むざむざ潰させてなるものか。じゃが、何人送れるかは確定出来ん。それだけは許してくれ』
「守って見せまする!」
『うむ。では待っておるぞ』

連絡を終えたエルノールはどっと疲れ、椅子にもたれかかり、心で呟く。
いよいよ、この世界に見切りをつける時が来るのか――と……。

その夜、エルノールは朱鷺子、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアの四人に一週間ほどの休みを取りつける旨を伝えた。
四人の喜びようと言ったらなかったが、学園に暗雲が迫りつつある事は敢えて黙った。
そうして五人はドラゴニアについて調べ始める。
マルガレーテですら概要を少々知っている程度なのだから、事前に何があるか調べておくのは重要だろう。
凱と瑞姫にも連絡を取り、どのような場所なのか、どのような文化や物流があるのかも教えて貰っていた。
こうして五人の休みが一致した…と言うよりは休みを一致させた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

時間はあっという間に流れ、翌週の木曜日となり、サバトからの書簡がエルノール宛てに届た。
初代の物である事を示すサバトの押印も成されている。
同封されたメモには「魔王軍のクノイチ部隊30名を応援として送る」と書かれていた。

その日の放課後の全体会議で出張で不在になる事を通知した途端、中・高等部の教師達から決済が得られない等の反対意見が相次いだが、負けじと言い放つ。

「ならば今すぐ! 作って持ってこい! だが、わしを納得させられるもので無ければ決済はせんぞ!」
「ふざけるな!」「横暴だ!」「独裁よ、これは!」

中・高等部の教師達は口々に非難を浴びせ、テーブルを叩き、床を踏み鳴らす。
ひたすら大声を上げ、相手を盛大に扱き下ろしまくり、何も言えなくして打ち負かすという韓国の言論戦の手法だ。
彼らに学園長に対する敬意が無い事が言葉を通じて、エルノールに伝わって来ていた。

「黙れえええええい!」

怒声を上げて一喝すると、会議室には沈黙の空気が流れる。
怒り心頭のエルノールは更に畳み掛けた。

「横暴? 独裁? 金曜、土曜と余裕があるじゃろうが! 文句をひり出すだけのウンコ製造機か、貴様等は! 教師の仕事を遊びと思ったら大間違いじゃ、ボケナス共ぉ!」

特別クラスの教師陣以外は、バフォメットの外見から考えられないくらいの威厳と迫力に失禁寸前の者もいる。
それだけ今まで、エルノールを舐めてかかっていたという証拠だ。
魔物娘からではとても考えられない罵倒の言葉を出させる事は、それだけ彼女を怒らせた証拠だった。

「組織のトップからの命令がこうして来とるんじゃ! さもなくばこのような書簡が来るかぁっ!」

サバト創始者からの直接の要請、として初代からの書簡を見せる。
中・高等部の教師陣はなおも食い下がろうとするが、エルノールの眼力に慄いて誰も口出し出来なかった。
が、それでも彼等は怒気を孕み、視線で不服を訴えていた。

そこに教師達を抑えようと動いた女がいた。
浜本美耶(はまもと・みや)――それが高等部の教頭を務める女であり、41歳とは思えぬ美貌を備えたクールビューティーの名。
彼女は立ち上がりながら腕を出し、アイコンタクトで教師達を黙らせた。

永浜のこの行動にエルノールは直感した。
この女教頭は策略を巡らせている――と。
しかし、それを敢えて口に出さず、書簡にある内容の一部を告げる。

「わしは来週月曜より、王魔界のサバト魔界本部に一週間出張する。これに際し、特別クラス担任・鬼灯亜莉亜はわしに同行せよ。書簡にはそのように指示が来ておる」
「はいー、分かりましたですー」
「特別クラス副担任・アルマは担任代行として、同教諭・黄泉及びマリアナと共に特別クラスの生徒をまとめて貰いたい」
「はい」「おう!」「承知致しました」

特別クラスの教師達は異論を一切挟まず、エルノールからの辞令に従う。

「中等部と高等部の教師達は各教頭の指示に従い、各々の職務に専念せよ。以上! 特別クラスの教師以外は解散じゃ!」

ボソボソと不平不満を漏らしつつ、中・高等部の教師達はぞろぞろと退出していった。
彼等が全員出て行った後、特別クラスの教師達と共に盗聴している者や機材が無いか入念に点検を始める。

すると案の定、浜本が座っていた場所のテーブルの裏に盗聴器が貼り付けてあった。それもかなり高性能で小型のものだ。
エルノールは仕返しとばかりに大きめの目覚まし時計、綿、金属製のボウル二個、ガムテープを魔法で用意し、片方に綿を敷き詰めて目覚まし時計を仕込み、もう片方に外した盗聴器を貼り付ける。
更に目覚まし時計のアラームを十分後にセットし、そっとボウルを組み合わせてガムテープで貼り合わせた上で、更に防音機能を持つ箱を作り上げ、中に仕舞い込んで放置した。

作業を終えたエルノールは特別クラスの教師達に向き直る。

「さて、お主達に残って貰ったのは、さっきの教師共の事じゃ。先頃、わしの支部の構成員から報告があってな。連中に不穏な動きがあるとの事じゃ」
「何ですって? それではこの学園に何らかの危害を?!」
「そこまでは分からぬ。じゃがアルマ教諭の申す通り、何らかの危害を加えようとしていると見て良いじゃろう」
「あのチンカス野郎共! うちのクラスに手ぇ出すなら許さねぇ!」
「黄泉ちゃん、落ちつくですよー……」
「お言葉ながら学園長、我々だけではとてもあの人数を抑えきれません。万が一仕掛けられた時の対処が出来ないかと思います。せめて人員の増強をお願い出来ませんでしょうか?」

マリアナの言葉にエルノールは返答する。

「マリアナ教諭の意見は尤もじゃ。来週から一週間は特別クラスは僅か三人。例え魔物娘と言えど、数で押されては不利じゃ。じゃから、こちらもサバト魔界本部に頼んで、応援を寄越して貰える事になった。魔王軍を主体とした30名が日曜に到着するとの事じゃ」
「そうでしたか。学園長は彼らの動きを危惧して、事前に手を回していたんですね」
「マリアナ教諭は勘が良いのう。じゃが、それだけでは無い」
「と申しますと?」
「高等部の教頭・浜本美耶の動きが特に怪しい。あ奴の動きを探らねばならん。それにわしに反抗する教師達は龍堂用務員の母校の者ばかりなんじゃ。厄介な事に奴等は生徒からの人気が高くてな……。便乗する教師と生徒はかなり多い」

エルノールがアルマの問いに答え、更に続ける。

「生徒間でも龍堂用務員を集中的に誹謗・中傷している者が多いとも聞いておる。それに生徒の動向を見てみぬ振りをしたり、自己保身に走る教師もおる。このままではそいつらも抱き込んで、クーデターを起こすじゃろうな」
「学園長ー、こうなれば、せめてうちのクラスの生徒達の安全だけでも確保すべきですよー」
「最悪の場合は……、な。情報が少な過ぎる今では、攻めればこちらが必ず負ける。特別クラスの生徒達を路頭に迷わせる訳にはいかん! 三日だけ耐えてくれ。日曜に応援として、魔王軍クノイチ部隊の者達が来てくれる!」

特別クラスの教師達は、この回答に意外と言わんばかりの顔だった。

「彼女達には情報収集と非常時の防衛任務に就いて貰う予定じゃ。奴等に泣き寝入りなど、断じてせんわ」
「不肖ながら、このアルマに指揮をお任せ頂けませんでしょうか? 学園長不在の間、サバトと連携して事に当たりたく思います」

アルマの突然の要請にエルノールは戸惑うが、不在間の指揮と言う事で要請を受け入れる。

「分かった。わしと鬼灯教諭の不在の間、宜しく頼むぞ。黄泉教諭、マリアナ教諭。アルマ教諭をしかと補佐せよ」
「おう!」「承知致しました」

こうして、特別クラスとサバトの連携を確約し、会議は終了となった。
ただ彼女達は、盗聴器と目覚まし時計の後処理をすっかり忘れてしまっていた――

*****

「ぅわあああああああ!!」

生徒会室で突然上がった悲鳴に、浜本や小笠原は苛立ちが吹き飛ぶ程の驚きを見せた。
浜本はエルノールと特別クラスについて、「魔物娘だから、必ず個別に話し合う」と見ており、更にはこれを密談と邪推して盗聴器を仕掛けたのだ。
だが、この深読みのし過ぎが逆に仇となった。
まさか盗聴器を発見され、なおかつ目覚まし時計の近くにセットされていたなどと予想もしなかったのだから。

「チィッ! 薄汚い魔物共め……!」

浜本は忌々しく舌打ちし、怒気を孕みながら呻く。

「こうなったらさっさと済ませるか!」

小笠原もそう言いながら、生徒会室を出て行くのだった――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

内偵を進めて三日が経ち、魔王軍からの援軍が到着した。
30名のクノイチから成る偵察・防衛部隊だ。
エルノールから詳細を聞いた彼女達は、アルマに指揮を一旦委ねる事も承知していた。

「それでは皆、一週間宜しく頼む」

特別クラスの教師やクノイチ達に見送られたエルノールは、亜莉亜を伴って学園長室の鍵を閉めた。

その後二人は特別寮に赴き、朱鷺子、マルガレーテ、ロロティアと合流。
五人は目的を確認し合うと、サバト魔界本部へ転移し、初代との挨拶を交わしてドラゴニアに転移する。

彼女達五人が凱と瑞姫に再会するのは、その日の夕方に差し掛かる頃。
五人は到着してすぐさまドラゴニア竜騎士団に問い合わせ、第零特殊部隊で訓練を受けている事と隊舎の場所を聞く。

隊舎にやってきた彼女達は、より逞しくなった凱と瑞姫の姿に驚くのだった――
19/05/12 18:56更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
構想を練ってる最中、ようつべで「フルメタル・ジャケット」の宣伝動画が散々流れてたので、ハートマン軍曹の言葉を真似てみました。

相応しくない、とお思いでしたら、それもよろしいかと思います。

自分が築いた場所を好き勝手に穢す者に容赦はしない――
それがエルノールというバフォメットですから。

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