連載小説
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第零特殊部隊
第零特殊部隊――
そこは竜騎士団長を含めた隊員全員が未婚の竜で固められた、少数精鋭の闇深き部隊。

この部隊は、第一空挺部隊や第五陸上部隊と比べて華々しい活躍は無い。
されどその戦闘力を発揮しなければならない機会はいくらでもある。
もっとも、第一空挺部隊は遊撃を行う事は極めて稀であり、結局は第零特殊部隊が汚れ役を担う事になる。

理由は勿論、その戦闘力にある。
戦闘力を重視する傾向にある部隊であるのだから、必然と言っても良い。
それ故に王魔界を始めとした親魔界国家の要人警護を任されているのだ。

無論、彼女達の悩みと言えば、「夫に相応しい男性がいない」の一言に尽きる。
彼女達の猛者ぶりと性欲の旺盛さは、腕に自信のある新人竜騎士さえも根を上げると噂される。
そんなものだから、余計に竜騎士達は第零特殊部隊を敬遠するという悪循環に陥るのだ。

けれど逆を言えば、第零特殊部隊は最もドラゴンというアイデンティティーを持っていると言えるのではないだろうか?
強く気高いドラゴン属達の梁山泊として、第零特殊部隊はあるのではないだろうか?

もっとも、そんな考えに辿りつく者はこれまでドラゴニアはいなかったのだが――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

アルトイーリスによる入隊祝いの翌日、凱と瑞姫は第零特殊部隊の洗礼を早々に受ける事となった。
凱は身に付けた武術を持ってしても隊員達に良いようにあしらわれ、瑞姫は組み手や竜化しての格闘に悪戦苦闘していた。
二人が身に付けている力は、歴戦の竜達を相手では児戯に過ぎなかったのだ。

挑発され、打ちのめされ、地を這わされ、口に入った土は泥と化す。
隊員達とて、恐らく最初はこうだったのだろうが、凱達がそれを考える余裕など無かった。
強制的に起こされてギブアップが許されない状況で二人が出来る事は殆ど無い。
出来るとするなら、少しでも前に拳と足を向け、戦う力を示す事。
その余りにも高い壁を前にして力加減など分かり様は無く、二人はやがて力尽き、倒れてしまった。

「ふん、女王は何でこんな奴等をあたい達に預けるんだか」
「隊長、本当にこの二人をうちで、《第零特殊部隊(ゼロ)》で鍛えるんですか?」
「そう言うな。それにこの二人、今までここに来た新人より遥かに粘ったぞ。現にもう昼飯時だからな」

アルトイーリスは不満を漏らす隊員達を宥めつつ、凱と瑞姫を評価していた。
彼女はこれまで腕自慢の新人竜騎士を何人も見て来たが、凱と瑞姫のように長時間粘った者は一〜二人程度しか知らない。
そんな者達も今は妻を得て栄転し、第零特殊部隊を去ってしまった。
独身の竜は増えても、そのパートナーに相応しい人間の男は滅多な事では現れず、大体は第一空挺部隊や第五陸上部隊に持って行かれてしまう現実がある。
不満を漏らさない方がおかしいと言うものだ。

結局、凱と瑞姫は午前中での疲労とダメージが崇り、午後は医務室で過ごすと言う散々な初日となってしまった。
二人はアルトイーリスから帰宅を命じられ、悔しさを抱えながら人の少ない通りを選びながら邸宅に帰る。
邸宅のリビングに入った途端、瑞姫は凱に縋りついて大声で泣いた。
無力である事の現実と悔しさが彼女をそうさせたのだ。
まだ涙を流す事が出来なかった凱も瑞姫を強く抱き締め、自分達の弱さと悔しさを受け入れるしか無かった。

泣き疲れて眠ってしまった瑞姫を横抱きにして抱え、疲れ果てた身体を引きずりながら、凱は浴場へ向かう。
アルトイーリスから帰り際に手渡された入浴剤を湯の中に落とすと、竜の魔力がたちまち溢れ出る。
彼女曰く「竜泉郷から仕入れた」と言う。
竜の魔力を凝縮させた簡易式の温泉と言ったところだろうか。
瑞姫の服をゆっくりと取って自分も服を脱ぐと、また横抱きにしつつ、一緒に湯船に入る。
旧貴族の邸宅を改装しているだけあって浴室も浴槽も非常に広く、小さなプールの様でもあった。
その魔力を当てられたのか、暫くして瑞姫が目を覚ます。

「ん、ぁ……、おにい、さん……?」
「目……、覚めたか?」
「……っ! わ、わたし……!」

顔を朱に染めながら俯く瑞姫に、凱は謝罪する。

「ごめんな。こうするしか無かった」
「ううん、いいの。こうして傍にいてくれるから」

瑞姫は身体をゆっくりと動かし、凱の右側に寄り添うと、魔力を体内に取り込むように深呼吸した。
温水に込められた竜の魔力が彼女の疲れを癒していく。

「わたし達、強くならなくちゃいけないの? 誰にも邪魔されない所で静かに暮したいのに……」
「俺だって出来る事ならそうしたい。でも……デオノーラ達に見出された以上はやるしかない。《第零の隊員達(あいつら)》の鼻を明かしてやる為にもな……!」
「そうだね……。必要になるなら、私も強くならないといけないね……」
「さあ、背中流してあげるよ」
「うん♪」

湯船から上がった瑞姫は早速、凱に背中を向ける。
所々が土まみれになった背中を凱は優しく丹念に洗い始めるも、その刺激に瑞姫は悶える。

「ああぁぁん♪ そんなに優しくされたら……、わたし……、あふぅん♪」

愛おしい人の手で背中を洗って貰うのは久しぶりだった。
だからこそ、彼女の中で感度も愛情も高まる。
けれどそれが「彼女の中で」中途半端で終われば、不満は高まるというもの。

「ほら、お湯かけるぞ」
「嫌っ!」

突然の拒否の声に凱は一瞬たじろぐ。
瑞姫も彼の方を振り返りながら乞う。

「嫌……。まだ、お湯かけないで……。お兄さんの手を感じていたい」
「それはダメだ」

絶望に打ちひしがれるような表情の瑞姫に凱は続けて言う。

「今度は瑞姫が俺の背中を流す番だろ? ドラゴンになる少し前にやってたようにな」

思い当った瑞姫は恥ずかしそうに俯く。

「……あ……。そ、そうだった……ね。あの時から……代わりばんこで背中、流してた、ね……、うん……」
「今日は何回、代わりばんこになるかな?」
「何回でもして欲しい♪ 久しぶりの二人きりなんだもん♪」

ぱっと明るい笑顔になる彼女に、凱は思わず優しく微笑み返す。

「それじゃ、わたしがお兄さんの背中を流すね♪」
「ああ、頼むよ」

痣や擦り傷が所々にある背中に、瑞姫は悲しげになる。
この背中が自分を守ってくれたのだ、と思うとそれは更に強く…。
愛する人の背中を優しく洗い、お湯をゆっくりと流す。
インキュバスになった影響からだろうか、お湯に籠る魔力が凱の背中にある傷を少しずつ癒していくのが分かる。

「わたしも……お兄さんの背中、守れるようにならなきゃいけないね」
「……そうだな。俺ももっと強くならなきゃな」
「じゃあ、次はお兄さんの番だよ♪」

その後二人は10回も背中を流し合って湯船に入り直した後、風呂から上がる。
適度に身体を冷まして軽く食事を摂ると、キングサイズの三倍近くはある円形ベッドに沈み込み、抱き合ってそのまま眠りへと落ちて行くのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

迎えた翌日。
二人は予め持参していた武術書を基に、呼吸法や武術を一から覚え直していた。
型も実戦では役に立たない事は多い。
それでも体内の気を循環させる訓練にはなってくれる。

下にいるなら上がるのみ。
二人はそれを心に誓って第零特殊部隊の隊舎に到着すると、アルトイーリスが二人を出迎えた。

「ほほう。並みの者なら一日で逃げ出すんだがな。女王陛下の推薦も伊達では無かったと言う事だな」
「俺達は這い上がる。ただそれだけだ」
「ははは、それは勇ましいな。今日も隊員達と実戦形式の組み手だ。今日はどこまで持つか楽しみだよ」

敢えて挑発してくるアルトイーリスに、凱は冷酷かつ獰猛に口元を歪め、無言で通り過ぎようとする。

「ガイ、ミズキ。君達がどのように思っているかは知らんが、一朝一夕で勝とうなどと思うな。君達が生まれる遥か前から、我等はこの部隊にいるのだ。竜の力を思う存分、その身に受けるがいい」

警告を背中で聞き、凱と瑞姫は隊舎に入る。
戦意旺盛な隊員達が手ぐすねを引いて待つ訓練場に着くと、彼女達の視線が突き刺さってくる。

――喰らい付く!
二人にはその一念しか無かった。
凱には最も剛腕のワームが、瑞姫にはドラゴンがそれぞれ組み手の相手となる。

ひたすらに打ち込み、攻撃をかわしたり受け流たり――
渡されていた長い棒を薙刀のように用い、翼腕との同時攻撃――

昨日とは違う気迫がそれぞれに襲い来る。
更には隊員達を驚かせる事態を二人は起こす。
突然、互いに向けて駆け寄り、背中合わせとなって相手と対峙したのだ。

だが結果を言えば、凱と瑞姫は敗北した。
互いの背中を預け、相手を入れ替えながら戦ったが、相手の力に押し負けてしまったのだ。
予想外な絆の強さを垣間見た隊員達は、少なからずも二人を賞賛する。

「なかなか面白いじゃないか。だが、あたし達との組み手はまだまだこんなもんじゃない。強くなれ。言ってやれるのはこれだけだ、頑張りな」
「ドラゴンの力はまだまだ高みにある。その気概と誇りを忘れるな」

組み手をしたワームとドラゴンは、そう言ってアルトイーリスに場を任せる。

「君達の絆、しかと見せて貰った。だが、互いの絆の強さこそ竜騎士の根幹。絆を強め深める事は竜騎士にとって基礎中の基礎だ」

アルトイーリスは一拍置いて話を続ける。

「君達の事は女王陛下を通じて調べさせて貰った。出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれた……。そのような者達を私達は数える程しか知らん。その絆の強さ、あるいは【始まりの竜騎士】殿に匹敵するやも知れんな」
「始まりの竜騎士……?」

凱が疑問と共にその名を問いかけた時、後ろで男の声が響く。

「君がここの新入りかい?」

構えつつ振り向く凱と瑞姫だったが、男は構う事無く歩み寄り、声をかける。

「途中からだったけど、素晴らしいものを見せて貰ったよ。珍しい姿のドラゴンに、そのパートナー。しかも互いの背中を預けるなんて早々と出来るもんじゃない。君達はきっと僕に追いつける。これからの君達に期待する。それじゃ、僕はこれで失礼するよ」

力強い笑顔とでも表現すべきなのだろうか。男はそう告げると、飄々としたような足取りで第零特殊部隊の隊舎を去って行く。

「何だったんだありゃぁ……?」
「ふふふ、まさか早速お目にかかってしまうとはね」

からかうようにアルトイーリスがその正体を告げる。

「今の人こそ、『始まりの竜騎士』デル・ロウ殿だ。あの人はふらりとやって来ては新人の竜騎士を激励するのさ」
「……今のがねぇ」
「眼中に無いとでも言いたいのか?」

凱の態度に不遜さを感じたアルトイーリスの咎めに、凱は切り返す。

「眼中に無い存在とは俺のような者の事を言う。だからこそ世界そのものと戦い、強くなる。俺がやるべき事はそれだけだ!」
「その危険な思想は改めるべきだな」
「強くなるのに手段なんぞ選べるか! 強くなれるなら、それこそ悪魔に身も魂も売ってやる。そしてテメェらを屠り、喰らい尽くしてやる!」

喰らい尽くす――その言葉に性的な意味は一切含まれない。
憎悪を乗せた獰猛な笑みがそれを証明していたのだから。
凱の左腕を瑞姫が掴み、振り向いた彼に首を無言で左右に振る。

「……ミズキ。君は私と共に隊長室に来たまえ。ガイは自主訓練だ。他の者は自由にせよ。解散!」

出頭命令を受けた瑞姫はそのままアルトイーリスの後に続いて、隊長室へと消えて行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

隊長室ではアルトイーリスと瑞姫が、対面する形で向き合っていた。
「ミズキに訊きたい事がある」と前置きし、アルトイーリスは話題を振った。

「私はガイの事について懸念している事がある。これは他の隊員達からも苦情にも近い懸念事項として、昨日から早速上がっている事なんだ」
「何か……あるのですか?」
「我々に向けられる憎悪だ。力に貪欲なのは良い。だが……、我々を屠り、喰らい尽くすと言い放ったのは問題だ。それにあの笑みには果ての無い憎悪を感じた。やはり人間界での経験が原因なのか?」
「どこまで……調べたんですか? それによっては……答えられない部分もあります」
「そうか……。私が調べたのはな――」

アルトイーリスが話したのは、瑞姫がほぼ体験した時系列の出来事だ。
酷いいじめに遭っていたのを瑞姫は知っている。少なくとも彼女が知る範囲での話だが…。
それに対し、瑞姫は出会いに始まる出来事を打ち明け、凱の憎悪や性体験を感じ取れるようになった事を話した。

「精神的繋がり、か。羨ましくもあれば、疎ましくもある力だな……」
「それでも……、それでもわたしは、お兄さんを愛してます。お兄さんがいなければ、わたしは……こうなっていなかった。わたし達が出会わなければ……、お互いを知らないまま、身も心も壊されていたから……」

悲しげに話す瑞姫をアルトイーリスは励ます。

「さっきも言ったが、君達二人は出会うべくして出会い、結ばれるべくして結ばれたのだ。君の力はこれからいくらでも伸びる。お互いを信じる事もまた、竜騎士と騎竜の力を伸ばす。それを忘れんようにな」
「……はい」
「それでこれから――」

アルトイーリスが言いかけたその時、訓練場の方角から轟音が連続して響く。
これと同時に、瑞姫が苦しそうに蹲り、隊員の一人が駆け込んで来る。

「隊長! 大変です!」
「何事だ?!」
「例の訓練生が……!」
「ガイがどうかしたのか?」
「巨岩を素手で砕いた途端に暴走し出したんです! 今はワームの者達が総出で取り押さえていますが……、インキュバスとは思えないくらいの力なので、何時まで持つか……。手当たり次第に物を壊しているので!」
「分かった。ミズキを連れてすぐに――」「ウアアアアアアアア!!」

瑞姫の目に憎悪が宿る。
それは更なる精神的リンクを果たしてしまった証だ。
唸り声を上げ、アルトイーリスに狙いを定めている。

「くっ! 許せ、ミズキ!」

アルトイーリスは一瞬だけ逡巡するが、即座に愛剣を抜き放ち、瑞姫の心臓部分を突く。
ドラゴンとして未熟な瑞姫では、その剣をかわす事など出来ない。

「ヴアアアアアアア……ア、アア……!」

魔力の大半を抜かれた事で瑞姫は力尽き、昏倒する。
女王の命で預かったとは言え、己が率いる部隊に被害が出ては本末転倒と言うもの。
隊長の立場として、至極真っ当な決断であろう。

「素質があるだけに紙一重、か……。これはかなりの難物だぞ」

直後に再び轟音が響く。

「急がねば……!」

アルトイーリスが外に駆け出して見たものは、ワームの一人の顔に向けて左の拳を突き刺した瞬間であった。
既に二人のワームが地に臥している。

「グオアアアアアアアア!」

咆哮を上げる凱の姿はボロボロだった。
己の身体が傷つく事も厭わず、ワーム達の抑えを無理矢理に破った事を如実に語っており、右腕がだらりと下がっている。
抑えを破った際に右肩が脱臼したのだ。
しかも放たれる気と精は憎悪で濁り、隊員達が酷く顔をしかめる程、魔物娘にとって不快な臭いとなっていた。

「全員離れろ! 私が仕留める!」

アルトイーリスは飛翔し、凱に向けて空からの連続攻撃仕掛けた。
天上の存在にも等しい一人である彼女の攻撃に凱は為す術も無く、一方的な斬撃の嵐によって沈められた。

「……不本意だろうがすぐに手当てしろ。このままではガイの右腕が動かなくなるぞ」

隊員達は特に不満を漏らす事をせず、凱を医務室に運んだ。
暴走したとはいえ、竜を制する力の片鱗を見せた事は第零特殊部隊としては驚きである。
その為には瑞姫との深い交わりが必要とアルトイーリスは判断した。

「二人には守るべき家族と家がある。その為に必要なのは強く深い交わり。暫くは交わりの時間を与えねばな……」

治癒魔術と適切な処置によって、凱の身体は以前と変わらないものへと戻る。
人間界では到底成し得ない医療技術は、魔物娘の強さの一端と言えるだろう。

そうして凱と瑞姫が目覚めたのは翌日の早朝であった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

二人は医務室で目覚めた。
どうして医務室にいるのかもお互いに分からず、用を足した後に訓練場に出向く。
日が昇り出す少し前の空は白んでおり、ほんの少しだけ明るい。

「始めよう」
「うん」

動作、呼吸法――身体が覚えている限りの動きをこなす。
忘我の中に身を置き、身体に染み付いた武の動きは流れるように……二人の動きは一部の狂いも無く、一体となっていた。

自然と流れを終えた時、二人の前にはアルトイーリスが立っていた。
気付けば日が顔を見せ、朝食の時間であろうか、隊員達の動きが忙しない。

「見事だったぞ、二人共。だが君達には足りないものがある」

足りないもの、と言われて顔を見合わせる二人に、アルトイーリスは厳しい顔で告げる。

「君達に足りないものは、強く深い交わり。深く濃い絆を得るには、互いが交わる回数を多くする事だ。互いの現状に満足するな! 隊長として、いいや、ドラゴニア竜騎士団長アルトイーリスの名において厳命する! 今から三日の休暇を与える。今日の集合点呼には出ず、その休暇を全て互いの交わりに充てろ。いいな!」
「はい」「……はい」

威厳を放つその様はドラゴンに相応しい姿だった。
凱も瑞姫もただ黙って了承する以外に選択肢は無く、団長に見送られながら第零特殊部隊の隊舎を後にした。

・・・
・・


集合点呼を終えた後、第零特殊部隊では緊急会議が開かれた。
議題は凱と瑞姫に対する今後とその処遇についてだ。

磨けば伸び続けるであろう力の裏に果てしない憎悪がある――
魔物娘全体の理念として問題になる事の一つだが、あれだけ間近に見せられては対岸の火事と片付ける事は出来ない。
交わりが足りない、と指摘して休暇を与えたものの、アルトイーリス本人にとっても賭けだった。

凱の憎悪は恐らくどうやっても消える事は無いだろう。それを瑞姫が辛うじて止めているのだ。
力を昇華させるか、憎悪に身を任せるかの紙一重の状況である以上、予断は許さない。

「何にしても女王陛下から預けられた者達だ。引き受けた以上は立派に鍛え上げるのが我等の責務。それぞれの任務もあるのは分かるが、監視は怠らぬように。以上だ」

**********

一方、邸宅に帰された凱と瑞姫は、部屋のソファーに寄り添いながら考え事をしていた。

――深く濃い絆を得るには、互いが交わる回数を多くする事
――互いの現状に満足するな

凱はこれまでの学園での日々を回想し、思い当った。
ドラゴニアに限らず、魔界国家は精力や発情作用を高める食材や飲料、装飾品が目白押しである事に。
二人はそれらを求めて竜翼通りに繰り出す。

昼も夜も変わらぬ活気の中、二人が入ったのは「逆鱗亭」という竜翼通りでも有数のレストランだった。

「いらっしゃいませ〜! 二名様ですね? こちらへどうぞ〜!」

ドラゴニアではかなり多いワイバーンの店員に案内され、向かい合わせのテーブル席に座った二人を待っていたのは、数々のメニューが載ったお品書き。
二人は何気ない気持ちで飢餓竜の実と特大ドラゴンステーキを注文すると、窓越しでも伝わる活気を背に瑞姫が口を開く。

「お兄さん……」
「どうした、瑞姫」
「わたし達って、やっぱり……今のままじゃダメ、だと思う」
「どうしたんだ急に?」
「だって……、あれからセ……セ、セックス……する機会が無かったし、それに……」
「それに、何だ?」
「わたし達がこれから強くなる為にも……セッ、クス、しなきゃいけない……って思うの」
「それが本当に俺達を強くすると思ってるか?」
「……分からない。けど、隊長がああまで言ってるくらいだから、他に手は無いと思うの……!」

客の入りはそれなりな店内でこのような会話も周囲が気にしないのは、凱にとって異質そのもの。
魔物娘の世界と分かっていても、心の中で舌打ちしてしまいそうな気持ちにさせられる。
けれど、凱がインキュバスと化し、竜だけでなく複数の魔物の魔力を持ったのだ。
この事を未だに自覚できていなかったのもまた、彼にとっての不運と言えるかもしれない。

「……とりあえずは、飯食って、あの屋敷に帰ってから考えるしかない。今は飯食う事に専念しよう」
「……分かった」

しゅんとする瑞姫に申し訳ない気持ちにはなるが、凱とて他に手段が無い事を実感せざるを得ないのは同じだ。
現実と感情がどうしても彼の中で一致してくれないのである。

そうこうしている内に飢餓竜の実と特大ドラゴンステーキが運ばれ、店員の説明で飢餓竜の実から口に含む。
刺々しくて固い殻から現われるのは驚くほど柔らかく、それでいて濃厚かつ甘美な果実の香りを放つ実。
口に含み、噛み締め、飲み込んで少しして早速効果は表れる。

凄まじい食欲に襲われた二人は、無心でドラゴンステーキを頬張り始めた。
ドラゴニアの料理はその土地柄と国民の気質が相まって、一品毎の量は多い。
まして特大のドラゴンステーキとなればその量は推して知るべし。
二人は脇目も振らず、ドラゴンステーキとドラニオンを胃の腑に流し込むが如くひたすらに頬張った。

食べ終わった二人は会計を済ませると、店員から「ドラニオンによる口臭が強過ぎるので、人通りの無い道を選べ」と警告を受ける。
店内が若干淫靡になりつつあったのは、特に凱の放つ口臭が原因だったのだ。
特大サイズを頼むのだからドラニオンの量は増えるし、それだけ強烈な口臭になるのは自明の理。
その警告に従って、二人は屋敷に戻る事となる。

なお、凱と瑞姫が逆鱗亭を出て少しした頃、一部の客や店員、外に出た二人の口臭を運悪く嗅いでしまった者達の乱痴気騒ぎが始まったのは、ちょっとした余談だ――
19/01/01 19:41更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
今回は第零特殊部隊を舞台にさせて頂きました。
WG外伝を見ながら、私なりの解釈で書きましたので、イメージが違ったらゴメンなさいm(_ _)m

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