いざ、ドラゴニアへ
季節は流れ、秋を迎えた風星学園。
婚約を済ませ、挙式を上げるのを待つ魔物娘達とその夫となるインキュバスが住む特別寮は周囲の変化に流される事無く、ゆるやかに、けれど小さな幸せをこつこつと築き上げていた。
その中で大きな変化もあった。
瑞姫が竜化に成功し、凱を軽く乗せられる大きさとなっていたのだ。
瑞姫は早速、自分の背に乗って貰うよう凱を促し、彼もこれに従う。
けれど、初めから上手く行けば苦労は無いもので、いきなり飛ぼうとして、凱を振り落としてしまうところだった。
かなり落ち込んだ瑞姫を心配したエルノールは早速、学園長室に赴き、初代を通して竜皇国ドラゴニアと繋ぎを取る事にした。
ドラゴン属が伴侶を乗せて飛んだり走ったりする訓練となると、人間界では出来る者がいない。
何より、姿が目立ち過ぎる瑞姫では竜化して飛ぶ姿は余計に目立ってしまうだけなのだ。
およそ一時間後、学園長室で待機していたエルノールは大鏡の唸りを即座に聞きとる。
初代からの直接連絡だからだ。
「初代様、お呼びでしょうか」
『うむ。そちが要請したドラゴニアの件じゃ。瑞姫の事はデオノーラも知っておった。いたく興味を持っておったぞ』
「おお、では!」
『あの二人をドラゴニアに向かわせよ。デオノーラは首を長くして待っておるそうじゃ』
「となると特別寮の運営は?」
『当分はマルガレーテと、ロロティアとか言う者達に任せれば良いではないか。それに会えん訳ではあるまい?』
「へ?」
『……二人の訓練の邪魔にならなければ会うのは咎めんと言う事じゃ。休みの日に特別寮の皆を連れて、ドラゴニア観光をするのも良かろう?』
間の抜けた返答に初代は呆れながらも答える。
「そ、そうでありました。わしとした事が……」
『良い良い。まずはすぐ、二人に報せよ。向かわせる日取りとドラゴニアでの手続きもあるでな』
「了解しました。すぐに話し合って参ります」
通信を終えたエルノールはすぐさま凱と瑞姫を呼び出し、研修と訓練の為にドラゴニアへ行くよう通達する。
「ドラゴニア……?」
「????」
二人は初めて聞く言葉に首を傾げるばかり。
最初から教えねばならぬか、とエルノールは言葉を発する。
「最強のドラゴンにして女王である「竜女王」デオノーラが治める国、それが竜皇国ドラゴニアじゃ。巨大な霊峰の斜面を利用した山麓国家で竜の王国、竜の楽園とも呼ばれておる。じゃが、わしは実際に行った事が無いでな、竜の魔力に満ちた唯一の国である事しか知らん。ともあれ、お主らに今必要なのは『人竜一体』の一糸乱れぬ連携。ドラゴニアにはその為に必要な全てが揃っておる」
エルノールの説明に凱は暫く黙っていたが、己に課せられた何かを感じていた。
「分かりました。自分に必要となるなら……!」
凱は肯定し、ドラゴニアに行く意志を示す。
一方の瑞姫は――
「わたしにそれが必要なら……行きます。わたしには……お兄さんがいてくれるから」
凱に対しては唯々諾々と言わんばかりの瑞姫だが、彼を心の底から強く信頼し、愛しているが故の返事でもあった。
瑞姫はつい最近、エルノールの許可の下、未だに諦めようとしない求婚者達全員を区民センターに呼び出し、怒りを露わにこう言い放ったのだ。
――わたしには幼い頃から将来を誓い合った婚約者がいます! だから、彼と父親以外の男なんか大っ嫌いっ! むしろ何の興味もありません!――
明確な嫌悪を突き付けられた求婚者達はショックのあまり硬直したり、花束や指輪を取り落として茫然としたり、泣き出したり、過呼吸を起こしたり、卒倒したりで区民センターは阿鼻叫喚の場と化した。
まさに「轟沈」と呼ぶに相応しい惨状を知らされ、面目を丸潰れにされた親達の怒りは大爆発。
瑞姫を力ずくで息子の嫁にすべく抗議の電話やメール、投書を送り付け、挙句には弁護士やヤクザまで送り込んで来たのだ。
エルノールはこれに対抗してサキュバスとアヌビスの弁護士を雇い、理路整然かつ粛々と片付けた。
この過程で凱の悪評を流していた者の素性まで明らかとなったが、エルノールは真犯人をすぐに潰す事を選択しなかった。
首謀者を潰した所で、同じ情報を持っている者が後釜に就けば、同じ事を繰り返すだけのいたちごっこに過ぎないからだ。
「よりにもよって、あの学校が絡んでおったとは……。あのまま黙って退くような奴らじゃなかろうな」
先に手を出せば相手の思う壺。出方を待つしかない――と判断せざるを得なかったのが正しいと言えるだろう。
ともあれ今は凱と瑞姫の二人をドラゴニアへ送り、然るべき力を身に付けさせる事が先決だった。
三人で話し合った結果、五日後に凱と瑞姫をドラゴニアへ向かわせる事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
着替えと生活用具だけの軽い荷作りを終え、マルガレーテとロロティアに特別寮の運営を申し渡して五日が経ち、凱と瑞姫のドラゴニア行きを迎える。
瑞姫はこれを機に尻まで伸ばしていた髪をポニーテールからハーフアップに一新し、同居者達を驚かせていた。
ドラゴニア行きを前に学園長室に向かうように言われた二人がそこで見たものは、ドラゴンにしてはかなり異質とも言える、温和な雰囲気を全開にしたドラゴンだった。
「おお、来たか。この者がお主らのドラゴニア行きに同行してくれるガイドじゃ」
「初めましてお二方。私はドラゴニア観光案内所の主任をしております、ユーデフィリスと申します。この度、女王様直々の命を受け、お二方をお迎えに上がりました」
エルノールの紹介を受け、丁寧な自己紹介と恭しく礼をする、ユーデフィリスと名乗ったドラゴン。
彼女は頭を上げると柔和な笑顔で二人に言葉を向ける。
「初々しくて素敵ですね。まるで、私と主人が出会った時の様で……♪」
「成程、既婚者か。それなら安心だな」
「……? それはどのような意味でしょうか?」
凱の返答にユーデフィリスは首を傾げ、凱の言葉は続く。
「余計な気を回さずに済むって事さ。俺は人妻なんぞに興味無いんでな」
「兄上、少しはわしら以外の者に対する言葉遣いに気を付けよ。いちいち喧嘩腰では要らぬ争いの元になるだけじゃぞ」
「舐められるよりはマシってもんですよ」
「あ……あの! 私は全然気にしませんから」
凱とエルノールのやり取りに、ユーデフィリスは慌てて間に入る。
「いつもの事じゃ。気遣いは無用」
「ですが……」
「それより、あんたがドラゴニアの案内をするって話だが?」
凱の攻撃的とも取れる口調に対し、ユーデフィリスは怯む事無く答える。
「はい。ドラゴニアを案内する前に女王様に謁見して頂きます。女王様はお二方の到着を今か今かと待っておられまして……」
「俺達は訓練を受ける以外に《ドラゴニア(あっち)》でどのようにしたらいいのか、さっぱり聞かされていない」
「大丈夫です。その為に入国管理局・生活案内課がございます」
「わ、わたしは……何を、すれば……?」
「あなたは伴侶の方と一緒に生活し、ドラゴンとしての力をもっともっと身に付けて頂きたく思ってますよ」
「そう、ですか」
瑞姫が不安げに返事をすると、エルノールが告げて来る。
「さあ、もう出発の時間も近い。女王の勘気に触れる訳にはいかん」
「学園長、その前に一つお願いがあるんですけど」
「何じゃ、兄上?」
「瑞姫用に全身を覆えるコートかマントが欲しい。姿が目立つんで女王の前に行くまで晒す訳にはいかんし、目立って立ち往生なんか御免ですから」
「良し分かった。これをこうで……、ほれ! これで良かろう?」
マントを魔法で取り出して瑞姫に与えると、たちまち彼女の身体をマントが包み隠した。
一見すると砂漠からの旅人のような風体となった瑞姫の姿に対し、ユーデフィリスは諭すような物言いで返す。
「城の前まで転移しますから、そんな余計な事はしなくて大丈夫ですよ?」
「何が余計な事だ? 何処で何が起こるか分からんだろ。念には念、って奴だ」
「分かりました。では準備はよろしいですか?」
「やってくれ」
「……」
凱の冷酷な視線をユーデフィリスはあっさりと受け流し、ワームホールの開通にかかる。
瑞姫は愛おしい人の右腕に縋り、黙って待つ。
少しして人一人が簡単に通れる程の大きさをした、ワームホールが開かれる。
「さあ、これを通れば、ドラゴニア城は目の前ですよ」
「兄上、瑞姫、頑張るのじゃ。時折、顔を見に行くでな」
「……」「はい、学園長。行ってきます!」
凱は振り向かずに黙って左腕を上げて親指を立てる。彼なりの挨拶だ。
瑞姫は身体ごとエルノールの方に向け、お辞儀と笑顔で挨拶する。
そうして二人がユーデフィリスの後に従う形でドラゴニア城へのワームホールに入って行くと、ワームホールは一気に閉じた。
二人を見送ったエルノールは軽く息をつき、早々と業務に取りかかる。
少しでも書類を溜める訳にはいかないと言う気持ちが決裁の速さを上げ、教師達を驚かせた。
更にその後には学園全体の教職員会議も待っていた。
「恐らくまた議題に上がるじゃろうな。兄上への根拠も無い中傷と解雇の嘆願が……」
深呼吸し、「じゃが負けんぞ」と気合を入れると、彼女は必要書類を抱え、階下にある会議室へと赴いたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
舞台は変わって竜皇国ドラゴニア。その王城正門前――
ワームホールをくぐり抜けた三人が王城の正門前にいた。
ユーデフィリスが巨大な城を右手で指しながら説明する。
「あちらに見えますのが、我がドラゴニア皇国の女王、デオノーラ様の居城でございます」
「ほう、あれがか」
凱は冷淡に答え、瑞姫は顔を上げ、マントに隠されていない目で王城を見つめる。
ユーデフィリスは衛兵に話しかけ、首飾り状の何かを見せた途端、衛兵の態度が更に厳しいものになったのを確認して、凱と瑞姫に話しかける。
「さあ、こちらでございます。女王様は既に謁見の間にて、お二方をお待ちしておりますよ」
促されるままに二人は広大な城を延々と歩く。
どれだけ歩いたかも分からなくなる頃、ひと際豪奢で衛兵が両脇に立つ大きな扉の前でユーデフィリスが止まる。
「ここが謁見の間でございます」
彼女の言葉に二人は無言で頷き、横並びになって扉と正対する。
その動作を確認したユーデフィリスは、扉に向けて一段と凛とした声を上げた。
「女王様! 人間界からの招待客をお連れしました!」
『相分かった! 通せ!』
豪奢な扉が左右に開かれ、その遠目に赤い鱗と翼を持つドラゴンが悠々と鎮座している。
「残念ですが、わたしの案内はここまでになります。さあ、お二人で中にお入りください。女王様がお待ちですよ」
凱と瑞姫は足並みを揃えて謁見の間に踏み入る。
だが、その足はすぐさま重く感じた。
原因はデオノーラの放つ、圧倒的な魔力と威圧感だ。
最強のドラゴンという話を真実と確信させる何よりの証拠であり、二人の歩みを鈍らせる直接の原因でもあったのだから。
どうにか玉座の手前に辿りついた二人は、片膝立ちで頭を下げる。
「私がこのドラゴニア皇国の主、デオノーラだ。待っておったぞ、未来の竜騎士たる異世界の者達よ。面を上げるが良い」
二人は言われるがままに顔を上げると、デオノーラは更に言葉を発した。
「その者、マントを取れ。よもや我が前で取れぬなどとは言わぬだろう?」
凱と瑞姫が互いを見合うと、瑞姫は優しげに半目になり、小さく頷く。
凱もそれに答えて頷き、瑞姫の動きを待つ。
「貴様等、何を企んでおる」
二人の行動を不審に感じたデオノーラの威圧に負けじと、瑞姫は立ち上がってゆっくりとマントを脱ぎ、己の姿を女王の前に現す。
虹色の光彩を放つ白い鱗。
一瞬とは言えリリムを錯覚させる様な薄紫のグラデーションがかかったハーフアップの長髪。
そして白き竜翼。
瑞姫の姿に目を見開いたデオノーラが驚嘆の声を上げる。
「何と……! 話は聞いておったが、これ程のものとは!」
自分とは正反対の色もそうだが、その異形なる姿は実際に見た事で驚きとなったのだ。
「ふふふふふ……、ふはははははは!」
デオノーラは突然、呵呵と笑い出したと思いきや、二人に向けて言葉を放つ。
「ますます気に入ったぞ! 龍堂凱。龍堂瑞姫。貴様等をたった今からドラゴニア竜騎士団の特別訓練生とする! 誰か! アリィ――いや、竜騎士団長アルトイーリスを此処へ!」
彼女は二人を即座に竜騎士団入りさせ、その統括者たる竜騎士団長を呼び寄せると、少しして扉が開かれた。
入って来たのは鎧兜に身を包み、剣を提げたドラゴンだ。
彼女は敬礼した後、声を発する。
「お呼びでしょうか、女王陛下」
「こ奴等が以前話した、例の二人だ。この者達を特別訓練生として、お前に預ける。しかと頼むぞ」
「成程、この二人が……」
「こ奴等の目を見たが、なかなかの逸材となろう。サバトの長が丁重にと言っておったが構わん。みっちり鍛え上げろ。でなければ、二人とも中途半端になるからな」
「お任せ下さい、女王陛下。我が第零特殊部隊の名誉にかけて、この者達を立派に鍛え上げて見せまする!」
「うむ、任せたぞ」
凱と瑞姫はドラゴン同士の会話をただ黙って聞く他無かった。
けれど確かに聞き取れたものは、アルトイーリスという名のドラゴンの下で鍛錬を行わなければならない事、第零特殊部隊という場所に編入される事の二つだ。
そこにデオノーラの声が二人に向けられた。
「龍堂凱に龍堂瑞姫よ。これより貴様等はここにおるアルトイーリスから、鍛錬と指導を受けて貰う。また、今後のガイドはアルトイーリスが務める。左様心得よ」
その言葉に、二人は無言のお辞儀を持って応えた。
「では竜騎士団長よ、後は任せた。今日は良いものが見れて満足だ、ふははははは! はははははははは!」
デオノーラは高らかに笑いながら悠々と玉座を立ち、謁見の間を後にした。
代わって、アルトイーリスが二人に声を掛ける。
「これより君達の身を預かる事となった、ドラゴニア竜騎士団長アルトイーリスだ。よろしく頼むぞ。そうだな、君達はガイ、ミズキとそれぞれ呼ばせて貰う。異論はあるかな?」
「いえ」
「……ありません」
「そうか。ではそのように呼ぼう。女王陛下からもあったように、今後のドラゴニアの案内は私が務める事になる。早速で済まないが、これから入国管理局で手続きをして貰う。私も共に行くから心配は要らん」
「はあ……」
張り切るアルトイーリスに対し、瑞姫は何処か気の無い返事。
そんな彼女をアルトイーリスは咎める。
「そんな事では愛する夫を振り落とすだけの半端な竜になるだけだぞ。始めからそのような態度でどうする。言っておくが……、私が率いる第零特殊部隊は厳しいぞ?」
不承不承に黙るしかない瑞姫を凱が無言で宥める。
二人は竜騎士団長の案内の下、入国管理局で手続きを終えた。
アルトイーリスの次の案内で辿りついたのは、如何にもと言わんばかりの屈強なドラゴン属が集い、鍛錬を行っている建物だ。
「ここは君達が訓練を行う場となる、第零特殊部隊の隊舎だ。皆、腕自慢の猛者ばかりだから、良い鍛錬になるぞ」
誇らしげに言うアルトイーリスだが、その隊舎に男の影は全く無い。
迂闊に疑問をぶつければ、自滅するのは火を見るより明らかだろう。
凱も瑞姫も流石に黙るしかない。
「皆! 集まってくれ!」
アルトイーリスの号令に隊員達が集まってくる。
未来の自分を夢想しているのだろうか、彼女達の目に宿るのは期待と羨望に満ち溢れていた。
「女王陛下の勅命により、今日から我が部隊に特別研修生として入隊する事になった者達だ。では自己紹介せよ」
「龍堂……瑞姫です。よろしくお願いします!」
「龍堂凱です。よろしく」
アルトイーリスに促されて簡潔に名乗る二人だったが、第零特殊部隊というのがどのような所かなど知る筈も無く……。
警戒心を強めた二人の気配を察したのか、アルトイーリスは二人を団長室に案内した。
そこで彼女が話を始める。
「突然、ここに入るように言われて驚くのも無理は無いだろう。だが、女王陛下は少し気まぐれな所もある。大目に見て欲しい」
アルトイーリスは頭を下げ、話を続ける。
「この第零特殊部隊は竜騎士団長自らが隊長を兼任する部隊でな。今は私が、こうして部隊を率いていると言う訳なんだ。そしてあまり言いたくないんだが……、此処は私を含めて……、未婚の者達ばかりが集まっているのだ……。それだけに猛者は多い。もっとも、それが独身生活に拍車を掛けているのが悩みでもあるのだ」
項垂れながら、アルトイーリスは愚痴をこぼすと、次は任務について説明を始める。
「まあ、愚痴はともかく、我が第零特殊部隊の任務は重い。戦闘だけではない。ドラゴニア国外への遠征や広報活動、親魔物国家との外交、他の魔物国家から来られる要人の警護……。他にもたくさん部隊はあるが、我が部隊は様々な物事に対処せねばならん。君達は将来有望な竜騎士であるのは女王陛下もお墨付き。そうである以上、訓練には一切の妥協はせん。それを良く覚えておく事だ」
言葉を切って、またも話を始めるアルトイーリス。
一体、何処にこれだけの饒舌さがあると言うのだろうか。
「けれど、いきなりここに来て、今から訓練、という訳にも行くまい。君達にはドラゴニアの事を少しでも知っておく必要があるし、何より住む所を宛がう必要がある。君達が隊員達の近くに住めば、何が起こるか分からんし、無用のトラブルが起こるのは避けたい。それも兼ねて、これから私がドラゴニアの町を案内しよう。ついて来たまえ」
二人は言われるがままに竜騎士団長の後に従い、ドラゴニアの町を歩く。
まず始めに案内されたのが皇国のメインストリートとして有名な「竜翼通り」だ。
王城へのいくつもある坂道の中でも一際賑やかなこの通りは、観光客のみならず冒険者や行商人も多く、竜騎士と騎竜もこの通りを多く利用するという。
竜翼通りの中央に当たる広場は行商人が露店を連ねており、市場とも言わんばかりの盛況ぶりだ。
「凄いだろう? 他にもたくさんの見どころがあるが、一日で全てを回り切るのは困難だし、時間も無い。君達が今日から住んで貰う場所に案内しなければいけないからな。さあ、こっちだ」
人や魔物娘で溢れかえる道を避け、辿りついたのは郊外とも言うべき場所であり、一軒の貴族風の屋敷だった。
「ここは旧ドラゲイ帝国の貴族達が住んでいた邸宅だ。見ての通り、町からは離れているせいで、今は誰も使っていないんだ。広く使えるように改装はしてあるから、君達が住むのには丁度いいと思うが、どうだ?」
「雨露をしのげるなら、問題無いですよ」
即答した凱に、アルトイーリスは呆気に取られた表情となる。
余り人気の無い物件であったのもあり、断られるだろうと彼女は思っていた。
断ろうとも理由を付けて住まわせるつもりだったのが、余りにもあっさりと承諾され、肩透かしを食らってしまった格好だ。
「そ……、そうか、うん、分かった。ならば中を見ようか。寝室や食事する場所を把握しておいて損は無いだろう」
アルトイーリスは焦りを隠しながら邸宅に入り、事前に持たされていた見取り図を元に各部屋を案内する。
その後、見取り図を手渡して告げた。
「それでは明日から早速、訓練に入って貰う。君達には実戦訓練を課すであろう。第零特殊部隊の預かりとなる以上、隊員一同全力で指導に当たる事を覚悟せよ。では早速、竜翼通りへ戻ろうか。入隊祝いをするぞ、ついて来い!」
凱と瑞姫は再び竜翼通りに連れ出され、竜の寝床横丁や竜丼屋等、様々な店や場所を渡り歩いた後に解放されたのは、深夜になろうとしていた頃だった。
だが、竜翼通りの活気は衰える事は無かったのである。
婚約を済ませ、挙式を上げるのを待つ魔物娘達とその夫となるインキュバスが住む特別寮は周囲の変化に流される事無く、ゆるやかに、けれど小さな幸せをこつこつと築き上げていた。
その中で大きな変化もあった。
瑞姫が竜化に成功し、凱を軽く乗せられる大きさとなっていたのだ。
瑞姫は早速、自分の背に乗って貰うよう凱を促し、彼もこれに従う。
けれど、初めから上手く行けば苦労は無いもので、いきなり飛ぼうとして、凱を振り落としてしまうところだった。
かなり落ち込んだ瑞姫を心配したエルノールは早速、学園長室に赴き、初代を通して竜皇国ドラゴニアと繋ぎを取る事にした。
ドラゴン属が伴侶を乗せて飛んだり走ったりする訓練となると、人間界では出来る者がいない。
何より、姿が目立ち過ぎる瑞姫では竜化して飛ぶ姿は余計に目立ってしまうだけなのだ。
およそ一時間後、学園長室で待機していたエルノールは大鏡の唸りを即座に聞きとる。
初代からの直接連絡だからだ。
「初代様、お呼びでしょうか」
『うむ。そちが要請したドラゴニアの件じゃ。瑞姫の事はデオノーラも知っておった。いたく興味を持っておったぞ』
「おお、では!」
『あの二人をドラゴニアに向かわせよ。デオノーラは首を長くして待っておるそうじゃ』
「となると特別寮の運営は?」
『当分はマルガレーテと、ロロティアとか言う者達に任せれば良いではないか。それに会えん訳ではあるまい?』
「へ?」
『……二人の訓練の邪魔にならなければ会うのは咎めんと言う事じゃ。休みの日に特別寮の皆を連れて、ドラゴニア観光をするのも良かろう?』
間の抜けた返答に初代は呆れながらも答える。
「そ、そうでありました。わしとした事が……」
『良い良い。まずはすぐ、二人に報せよ。向かわせる日取りとドラゴニアでの手続きもあるでな』
「了解しました。すぐに話し合って参ります」
通信を終えたエルノールはすぐさま凱と瑞姫を呼び出し、研修と訓練の為にドラゴニアへ行くよう通達する。
「ドラゴニア……?」
「????」
二人は初めて聞く言葉に首を傾げるばかり。
最初から教えねばならぬか、とエルノールは言葉を発する。
「最強のドラゴンにして女王である「竜女王」デオノーラが治める国、それが竜皇国ドラゴニアじゃ。巨大な霊峰の斜面を利用した山麓国家で竜の王国、竜の楽園とも呼ばれておる。じゃが、わしは実際に行った事が無いでな、竜の魔力に満ちた唯一の国である事しか知らん。ともあれ、お主らに今必要なのは『人竜一体』の一糸乱れぬ連携。ドラゴニアにはその為に必要な全てが揃っておる」
エルノールの説明に凱は暫く黙っていたが、己に課せられた何かを感じていた。
「分かりました。自分に必要となるなら……!」
凱は肯定し、ドラゴニアに行く意志を示す。
一方の瑞姫は――
「わたしにそれが必要なら……行きます。わたしには……お兄さんがいてくれるから」
凱に対しては唯々諾々と言わんばかりの瑞姫だが、彼を心の底から強く信頼し、愛しているが故の返事でもあった。
瑞姫はつい最近、エルノールの許可の下、未だに諦めようとしない求婚者達全員を区民センターに呼び出し、怒りを露わにこう言い放ったのだ。
――わたしには幼い頃から将来を誓い合った婚約者がいます! だから、彼と父親以外の男なんか大っ嫌いっ! むしろ何の興味もありません!――
明確な嫌悪を突き付けられた求婚者達はショックのあまり硬直したり、花束や指輪を取り落として茫然としたり、泣き出したり、過呼吸を起こしたり、卒倒したりで区民センターは阿鼻叫喚の場と化した。
まさに「轟沈」と呼ぶに相応しい惨状を知らされ、面目を丸潰れにされた親達の怒りは大爆発。
瑞姫を力ずくで息子の嫁にすべく抗議の電話やメール、投書を送り付け、挙句には弁護士やヤクザまで送り込んで来たのだ。
エルノールはこれに対抗してサキュバスとアヌビスの弁護士を雇い、理路整然かつ粛々と片付けた。
この過程で凱の悪評を流していた者の素性まで明らかとなったが、エルノールは真犯人をすぐに潰す事を選択しなかった。
首謀者を潰した所で、同じ情報を持っている者が後釜に就けば、同じ事を繰り返すだけのいたちごっこに過ぎないからだ。
「よりにもよって、あの学校が絡んでおったとは……。あのまま黙って退くような奴らじゃなかろうな」
先に手を出せば相手の思う壺。出方を待つしかない――と判断せざるを得なかったのが正しいと言えるだろう。
ともあれ今は凱と瑞姫の二人をドラゴニアへ送り、然るべき力を身に付けさせる事が先決だった。
三人で話し合った結果、五日後に凱と瑞姫をドラゴニアへ向かわせる事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
着替えと生活用具だけの軽い荷作りを終え、マルガレーテとロロティアに特別寮の運営を申し渡して五日が経ち、凱と瑞姫のドラゴニア行きを迎える。
瑞姫はこれを機に尻まで伸ばしていた髪をポニーテールからハーフアップに一新し、同居者達を驚かせていた。
ドラゴニア行きを前に学園長室に向かうように言われた二人がそこで見たものは、ドラゴンにしてはかなり異質とも言える、温和な雰囲気を全開にしたドラゴンだった。
「おお、来たか。この者がお主らのドラゴニア行きに同行してくれるガイドじゃ」
「初めましてお二方。私はドラゴニア観光案内所の主任をしております、ユーデフィリスと申します。この度、女王様直々の命を受け、お二方をお迎えに上がりました」
エルノールの紹介を受け、丁寧な自己紹介と恭しく礼をする、ユーデフィリスと名乗ったドラゴン。
彼女は頭を上げると柔和な笑顔で二人に言葉を向ける。
「初々しくて素敵ですね。まるで、私と主人が出会った時の様で……♪」
「成程、既婚者か。それなら安心だな」
「……? それはどのような意味でしょうか?」
凱の返答にユーデフィリスは首を傾げ、凱の言葉は続く。
「余計な気を回さずに済むって事さ。俺は人妻なんぞに興味無いんでな」
「兄上、少しはわしら以外の者に対する言葉遣いに気を付けよ。いちいち喧嘩腰では要らぬ争いの元になるだけじゃぞ」
「舐められるよりはマシってもんですよ」
「あ……あの! 私は全然気にしませんから」
凱とエルノールのやり取りに、ユーデフィリスは慌てて間に入る。
「いつもの事じゃ。気遣いは無用」
「ですが……」
「それより、あんたがドラゴニアの案内をするって話だが?」
凱の攻撃的とも取れる口調に対し、ユーデフィリスは怯む事無く答える。
「はい。ドラゴニアを案内する前に女王様に謁見して頂きます。女王様はお二方の到着を今か今かと待っておられまして……」
「俺達は訓練を受ける以外に《ドラゴニア(あっち)》でどのようにしたらいいのか、さっぱり聞かされていない」
「大丈夫です。その為に入国管理局・生活案内課がございます」
「わ、わたしは……何を、すれば……?」
「あなたは伴侶の方と一緒に生活し、ドラゴンとしての力をもっともっと身に付けて頂きたく思ってますよ」
「そう、ですか」
瑞姫が不安げに返事をすると、エルノールが告げて来る。
「さあ、もう出発の時間も近い。女王の勘気に触れる訳にはいかん」
「学園長、その前に一つお願いがあるんですけど」
「何じゃ、兄上?」
「瑞姫用に全身を覆えるコートかマントが欲しい。姿が目立つんで女王の前に行くまで晒す訳にはいかんし、目立って立ち往生なんか御免ですから」
「良し分かった。これをこうで……、ほれ! これで良かろう?」
マントを魔法で取り出して瑞姫に与えると、たちまち彼女の身体をマントが包み隠した。
一見すると砂漠からの旅人のような風体となった瑞姫の姿に対し、ユーデフィリスは諭すような物言いで返す。
「城の前まで転移しますから、そんな余計な事はしなくて大丈夫ですよ?」
「何が余計な事だ? 何処で何が起こるか分からんだろ。念には念、って奴だ」
「分かりました。では準備はよろしいですか?」
「やってくれ」
「……」
凱の冷酷な視線をユーデフィリスはあっさりと受け流し、ワームホールの開通にかかる。
瑞姫は愛おしい人の右腕に縋り、黙って待つ。
少しして人一人が簡単に通れる程の大きさをした、ワームホールが開かれる。
「さあ、これを通れば、ドラゴニア城は目の前ですよ」
「兄上、瑞姫、頑張るのじゃ。時折、顔を見に行くでな」
「……」「はい、学園長。行ってきます!」
凱は振り向かずに黙って左腕を上げて親指を立てる。彼なりの挨拶だ。
瑞姫は身体ごとエルノールの方に向け、お辞儀と笑顔で挨拶する。
そうして二人がユーデフィリスの後に従う形でドラゴニア城へのワームホールに入って行くと、ワームホールは一気に閉じた。
二人を見送ったエルノールは軽く息をつき、早々と業務に取りかかる。
少しでも書類を溜める訳にはいかないと言う気持ちが決裁の速さを上げ、教師達を驚かせた。
更にその後には学園全体の教職員会議も待っていた。
「恐らくまた議題に上がるじゃろうな。兄上への根拠も無い中傷と解雇の嘆願が……」
深呼吸し、「じゃが負けんぞ」と気合を入れると、彼女は必要書類を抱え、階下にある会議室へと赴いたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
舞台は変わって竜皇国ドラゴニア。その王城正門前――
ワームホールをくぐり抜けた三人が王城の正門前にいた。
ユーデフィリスが巨大な城を右手で指しながら説明する。
「あちらに見えますのが、我がドラゴニア皇国の女王、デオノーラ様の居城でございます」
「ほう、あれがか」
凱は冷淡に答え、瑞姫は顔を上げ、マントに隠されていない目で王城を見つめる。
ユーデフィリスは衛兵に話しかけ、首飾り状の何かを見せた途端、衛兵の態度が更に厳しいものになったのを確認して、凱と瑞姫に話しかける。
「さあ、こちらでございます。女王様は既に謁見の間にて、お二方をお待ちしておりますよ」
促されるままに二人は広大な城を延々と歩く。
どれだけ歩いたかも分からなくなる頃、ひと際豪奢で衛兵が両脇に立つ大きな扉の前でユーデフィリスが止まる。
「ここが謁見の間でございます」
彼女の言葉に二人は無言で頷き、横並びになって扉と正対する。
その動作を確認したユーデフィリスは、扉に向けて一段と凛とした声を上げた。
「女王様! 人間界からの招待客をお連れしました!」
『相分かった! 通せ!』
豪奢な扉が左右に開かれ、その遠目に赤い鱗と翼を持つドラゴンが悠々と鎮座している。
「残念ですが、わたしの案内はここまでになります。さあ、お二人で中にお入りください。女王様がお待ちですよ」
凱と瑞姫は足並みを揃えて謁見の間に踏み入る。
だが、その足はすぐさま重く感じた。
原因はデオノーラの放つ、圧倒的な魔力と威圧感だ。
最強のドラゴンという話を真実と確信させる何よりの証拠であり、二人の歩みを鈍らせる直接の原因でもあったのだから。
どうにか玉座の手前に辿りついた二人は、片膝立ちで頭を下げる。
「私がこのドラゴニア皇国の主、デオノーラだ。待っておったぞ、未来の竜騎士たる異世界の者達よ。面を上げるが良い」
二人は言われるがままに顔を上げると、デオノーラは更に言葉を発した。
「その者、マントを取れ。よもや我が前で取れぬなどとは言わぬだろう?」
凱と瑞姫が互いを見合うと、瑞姫は優しげに半目になり、小さく頷く。
凱もそれに答えて頷き、瑞姫の動きを待つ。
「貴様等、何を企んでおる」
二人の行動を不審に感じたデオノーラの威圧に負けじと、瑞姫は立ち上がってゆっくりとマントを脱ぎ、己の姿を女王の前に現す。
虹色の光彩を放つ白い鱗。
一瞬とは言えリリムを錯覚させる様な薄紫のグラデーションがかかったハーフアップの長髪。
そして白き竜翼。
瑞姫の姿に目を見開いたデオノーラが驚嘆の声を上げる。
「何と……! 話は聞いておったが、これ程のものとは!」
自分とは正反対の色もそうだが、その異形なる姿は実際に見た事で驚きとなったのだ。
「ふふふふふ……、ふはははははは!」
デオノーラは突然、呵呵と笑い出したと思いきや、二人に向けて言葉を放つ。
「ますます気に入ったぞ! 龍堂凱。龍堂瑞姫。貴様等をたった今からドラゴニア竜騎士団の特別訓練生とする! 誰か! アリィ――いや、竜騎士団長アルトイーリスを此処へ!」
彼女は二人を即座に竜騎士団入りさせ、その統括者たる竜騎士団長を呼び寄せると、少しして扉が開かれた。
入って来たのは鎧兜に身を包み、剣を提げたドラゴンだ。
彼女は敬礼した後、声を発する。
「お呼びでしょうか、女王陛下」
「こ奴等が以前話した、例の二人だ。この者達を特別訓練生として、お前に預ける。しかと頼むぞ」
「成程、この二人が……」
「こ奴等の目を見たが、なかなかの逸材となろう。サバトの長が丁重にと言っておったが構わん。みっちり鍛え上げろ。でなければ、二人とも中途半端になるからな」
「お任せ下さい、女王陛下。我が第零特殊部隊の名誉にかけて、この者達を立派に鍛え上げて見せまする!」
「うむ、任せたぞ」
凱と瑞姫はドラゴン同士の会話をただ黙って聞く他無かった。
けれど確かに聞き取れたものは、アルトイーリスという名のドラゴンの下で鍛錬を行わなければならない事、第零特殊部隊という場所に編入される事の二つだ。
そこにデオノーラの声が二人に向けられた。
「龍堂凱に龍堂瑞姫よ。これより貴様等はここにおるアルトイーリスから、鍛錬と指導を受けて貰う。また、今後のガイドはアルトイーリスが務める。左様心得よ」
その言葉に、二人は無言のお辞儀を持って応えた。
「では竜騎士団長よ、後は任せた。今日は良いものが見れて満足だ、ふははははは! はははははははは!」
デオノーラは高らかに笑いながら悠々と玉座を立ち、謁見の間を後にした。
代わって、アルトイーリスが二人に声を掛ける。
「これより君達の身を預かる事となった、ドラゴニア竜騎士団長アルトイーリスだ。よろしく頼むぞ。そうだな、君達はガイ、ミズキとそれぞれ呼ばせて貰う。異論はあるかな?」
「いえ」
「……ありません」
「そうか。ではそのように呼ぼう。女王陛下からもあったように、今後のドラゴニアの案内は私が務める事になる。早速で済まないが、これから入国管理局で手続きをして貰う。私も共に行くから心配は要らん」
「はあ……」
張り切るアルトイーリスに対し、瑞姫は何処か気の無い返事。
そんな彼女をアルトイーリスは咎める。
「そんな事では愛する夫を振り落とすだけの半端な竜になるだけだぞ。始めからそのような態度でどうする。言っておくが……、私が率いる第零特殊部隊は厳しいぞ?」
不承不承に黙るしかない瑞姫を凱が無言で宥める。
二人は竜騎士団長の案内の下、入国管理局で手続きを終えた。
アルトイーリスの次の案内で辿りついたのは、如何にもと言わんばかりの屈強なドラゴン属が集い、鍛錬を行っている建物だ。
「ここは君達が訓練を行う場となる、第零特殊部隊の隊舎だ。皆、腕自慢の猛者ばかりだから、良い鍛錬になるぞ」
誇らしげに言うアルトイーリスだが、その隊舎に男の影は全く無い。
迂闊に疑問をぶつければ、自滅するのは火を見るより明らかだろう。
凱も瑞姫も流石に黙るしかない。
「皆! 集まってくれ!」
アルトイーリスの号令に隊員達が集まってくる。
未来の自分を夢想しているのだろうか、彼女達の目に宿るのは期待と羨望に満ち溢れていた。
「女王陛下の勅命により、今日から我が部隊に特別研修生として入隊する事になった者達だ。では自己紹介せよ」
「龍堂……瑞姫です。よろしくお願いします!」
「龍堂凱です。よろしく」
アルトイーリスに促されて簡潔に名乗る二人だったが、第零特殊部隊というのがどのような所かなど知る筈も無く……。
警戒心を強めた二人の気配を察したのか、アルトイーリスは二人を団長室に案内した。
そこで彼女が話を始める。
「突然、ここに入るように言われて驚くのも無理は無いだろう。だが、女王陛下は少し気まぐれな所もある。大目に見て欲しい」
アルトイーリスは頭を下げ、話を続ける。
「この第零特殊部隊は竜騎士団長自らが隊長を兼任する部隊でな。今は私が、こうして部隊を率いていると言う訳なんだ。そしてあまり言いたくないんだが……、此処は私を含めて……、未婚の者達ばかりが集まっているのだ……。それだけに猛者は多い。もっとも、それが独身生活に拍車を掛けているのが悩みでもあるのだ」
項垂れながら、アルトイーリスは愚痴をこぼすと、次は任務について説明を始める。
「まあ、愚痴はともかく、我が第零特殊部隊の任務は重い。戦闘だけではない。ドラゴニア国外への遠征や広報活動、親魔物国家との外交、他の魔物国家から来られる要人の警護……。他にもたくさん部隊はあるが、我が部隊は様々な物事に対処せねばならん。君達は将来有望な竜騎士であるのは女王陛下もお墨付き。そうである以上、訓練には一切の妥協はせん。それを良く覚えておく事だ」
言葉を切って、またも話を始めるアルトイーリス。
一体、何処にこれだけの饒舌さがあると言うのだろうか。
「けれど、いきなりここに来て、今から訓練、という訳にも行くまい。君達にはドラゴニアの事を少しでも知っておく必要があるし、何より住む所を宛がう必要がある。君達が隊員達の近くに住めば、何が起こるか分からんし、無用のトラブルが起こるのは避けたい。それも兼ねて、これから私がドラゴニアの町を案内しよう。ついて来たまえ」
二人は言われるがままに竜騎士団長の後に従い、ドラゴニアの町を歩く。
まず始めに案内されたのが皇国のメインストリートとして有名な「竜翼通り」だ。
王城へのいくつもある坂道の中でも一際賑やかなこの通りは、観光客のみならず冒険者や行商人も多く、竜騎士と騎竜もこの通りを多く利用するという。
竜翼通りの中央に当たる広場は行商人が露店を連ねており、市場とも言わんばかりの盛況ぶりだ。
「凄いだろう? 他にもたくさんの見どころがあるが、一日で全てを回り切るのは困難だし、時間も無い。君達が今日から住んで貰う場所に案内しなければいけないからな。さあ、こっちだ」
人や魔物娘で溢れかえる道を避け、辿りついたのは郊外とも言うべき場所であり、一軒の貴族風の屋敷だった。
「ここは旧ドラゲイ帝国の貴族達が住んでいた邸宅だ。見ての通り、町からは離れているせいで、今は誰も使っていないんだ。広く使えるように改装はしてあるから、君達が住むのには丁度いいと思うが、どうだ?」
「雨露をしのげるなら、問題無いですよ」
即答した凱に、アルトイーリスは呆気に取られた表情となる。
余り人気の無い物件であったのもあり、断られるだろうと彼女は思っていた。
断ろうとも理由を付けて住まわせるつもりだったのが、余りにもあっさりと承諾され、肩透かしを食らってしまった格好だ。
「そ……、そうか、うん、分かった。ならば中を見ようか。寝室や食事する場所を把握しておいて損は無いだろう」
アルトイーリスは焦りを隠しながら邸宅に入り、事前に持たされていた見取り図を元に各部屋を案内する。
その後、見取り図を手渡して告げた。
「それでは明日から早速、訓練に入って貰う。君達には実戦訓練を課すであろう。第零特殊部隊の預かりとなる以上、隊員一同全力で指導に当たる事を覚悟せよ。では早速、竜翼通りへ戻ろうか。入隊祝いをするぞ、ついて来い!」
凱と瑞姫は再び竜翼通りに連れ出され、竜の寝床横丁や竜丼屋等、様々な店や場所を渡り歩いた後に解放されたのは、深夜になろうとしていた頃だった。
だが、竜翼通りの活気は衰える事は無かったのである。
19/08/08 23:43更新 / rakshasa
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