因縁の始まり
ティーパーティーから半年が経った冬の頃――
学園に「三日月朱鷺子を重要参考人として出頭させろ」という警察からの電話が入った。
とてつもなく高圧的な物言いで要求してくる警察に対し、途中で応対を買って出たエルノールが毅然とした態度でこれを断るが、警察側はこれに焦れて怒りを露わにする。
『犯罪者の子供が学校に通えるとでも思ってんのか? テロリストを匿ってるとして何時でも潰せるんだぞ』
「やってみるがよいわ。己は何様じゃ」
『何様だとぉ? 偉そうな口利くなや! 天下の桜の代紋に喧嘩売ってんのか、おめぇは!』
「じゃったら、何で今頃うちの生徒に難癖付けるんじゃ。おかしいじゃろう」
『こっちは守秘義務があるんだ! いちいち教えるかボケ!』
「ならば無理じゃ。恫喝で被害届を出されたく無くば、教える事じゃな」
『警察相手に被害届だと? ハッ、バカかお前? 無駄な事しねぇでさっさと出せや、ゴルァ!』
「断る。それに、それが相手に物を頼む態度か! 舐めるでないわ!」
『おい! ふざけ――』
ガシン!と受話器を叩きつけるように置いた学園長は不機嫌な顔で鼻息を鳴らす。
彼女は早速、自身が支部長を務めるサバト風星支部及び近隣のサバトに連絡を取り、「警察が妙な動きを取ったら知らせて欲しい」と言う旨を話し、了承を取り付けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、警察では――
「で? 断られて、そのまま電話切られましただぁ? バカかてめえは!」
「申し訳ありません、明石警部!」
「謝って済むか! ガキの使いじゃねえんだぞ! はあぁー、ったく、こうなったら早速あの手を使うか」
「は? あの手とは……?」
「てめえがいちいち知る必要ねえんだよ。とっとと仕事に戻れ! このカスが!」
「はっ、失礼します」
「ったく、どいつもこいつも使えねえ奴ばっかだな!」
苦々しい顔を無理矢理平静に戻して、警察官は自分のデスクに戻る。
明石と呼ばれた警部は忌々しく舌打ちしながら、わざと聞こえるように文句を垂れ流す。
そうした後、不機嫌な溜息を吐きながら電話をかけ始めた。
『はい、警察庁警備局警備企画課です』
「企画課長を大至急」
『お待ちください』
保留の音楽が流れ始めて暫くした後、野太い男の声が受話器から響く。
『変わりました、企画課長です』
「正義の執行を」
『……ホシは?』
「テロリスト三日月夫妻の娘、三日月朱鷺子。そいつを神奈川県警管轄の横浜拘置支所に連行してもらいたい」
『場所は?』
「風星学園特別クラス学生寮。特徴、人相は後ほどメールで」
『了解した。データが届き次第、実行に移す(ガチャッ)』
「フッ……。警察に逆らう事がどう言う事か、たっぷり思い知らせてやる」
クールな顔に下卑た笑みを浮かべたその様は、明らかに下劣な欲望を孕んでいた。
この男、名を明石数秀(あかし・かずひで)と言い、凱達との因縁と遺恨の発端となる者の一人であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後の深夜、学園に築かれた高い壁を難なく乗り越える複数の人影が現われていた。
彼らが目指すのは特別クラスの学生寮。
的確かつ無駄の無い動きで監視の目を巧みに潜り抜けるそれは、世界各国で擁する特殊部隊のものと同じだ。
「ホシは寮の最上階、この部屋だ。他には構うな。気取られるぞ」
「「「「「了解」」」」」
物々しい装備を身に付けているにもかかわらず、夜陰に乗じて難なく学生寮に入り込み、目的の部屋に侵入する。
何故これだけの情報を手に入れていたのかと言うと、警察が学園の生徒である身内や探偵、更にはストーカーをも抱き込んで秘密裏に総動員して調べ上げたからだ。
そして、これだけの手並みをこなす者達――その名を「特殊事案執行部」。
警察でも官僚を中心とした極一部の者しか知らないとされた秘密部隊にして、SATに匹敵する程の精鋭と装備を揃える戦闘部隊。
だが、その精鋭と言うのが非常に問題だった。
――警察は正義の執行者。法の絶対者にして神なり。警察に逆らい、侮辱する者に速やかな死を――
このとち狂ったスローガンの下、法的にも非人道な行いをする事を厭わない特段に危険思想の持ち主の警察官を選抜して構成されているが故に、存在自体が超国家機密であった。
特に警察の不祥事を暴く者、警察を批判する者達を即座に抹殺し、その証拠も一切残さないように訓練されている。
警察にとって都合の悪い存在と認定した人物の抹殺を最優先にする彼らは、冷酷非道にして任務遂行に一切の手段も選ばない。
その秘密部隊が朱鷺子に襲いかかった――!
完全に寝込みを襲われた為に抵抗の間も無く捕縛され、薬品を嗅がされて昏倒させられてしまう。
こうして朱鷺子は特殊事案執行部によって拉致され、サバトは思わぬ所で裏をかかれてしまった。
・・・
・・
・
朱鷺子が再び目覚めた時、そこは拘置所だった。
驚いて身を固める彼女だったが、そこに靴音が響き、朱鷺子の前で止まる。
「やあ、朱鷺子ちゃん。初めまして」
クールな顔立ちに眼鏡をかけた長身の美男子と形容できるスーツ姿の男が鉄格子を挟んで朱鷺子を見る。
しかしその目は冷酷にして狡猾、欲望と野心に満ちていた。
「ねえ、黙ってちゃ困るなぁ。何のために此処に連れてきたか分かんねえじゃん」
「……ボクを……どうしようって……いうのさ」
「決まってるじゃないか。オレの女にする為さ。言わなくても察して貰いたいもんだな、ん?」
「……学園に返して」
「おいおい、冷てえなぁ。オレ様はキャリア警官なんだぜ? いい事ずくめだぜ? 君の両親の事で事情聴取に来て貰おうと思ってたが、それはついででいいや。写真見たら気に入ったんでな。オレの女になるって、これにサインしな。それが無い限り、ここから出さねえ」
「……お前なんか……好みでも何でもない…!」
「そう言ってられるのも今だけさ。任意同行で通ってるからな、タダで出られるなんて思うなよ。ハッハッハッハ!」
勝ち誇った顔で高笑いすると、男は冷たい視線と笑みを浮かべて、去って行った。
それは明らかにサディストが浮かべるであろう笑顔だった。
「……瑞姫ちゃん……、……用務員さん……、……亜莉亜先生……」
一人の生活に慣れた朱鷺子と言えど、拘置所では勝手が違う。
拉致された挙句、事情聴取にかこつけて自分を玩具にしようとする、頭のイカれた警察官の罠に落ちようとしている。
しかし鉄格子を人の力で破ることなど出来ない。
それから約二日間、朱鷺子は黙って助けを待たねばならなかった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朱鷺子拉致の翌朝、学園は平静を装いつつも騒然としていた。
その事態によって特別クラスは臨時の学級閉鎖となり、凱も瑞姫を家に残して学園に来ていた。
凱と教師陣は学園長室に集められ、寮生の失踪と言う事態に学生寮の管理者兼寮母を務めるキキーモラも責任追及の場にいる。
しかし、そこにあってエルノールは冷静であった。
彼女は早速、寮母に質問する。
「その生徒の部屋に何か無かったか?」
「……微かですが、精にしては酷く嫌な臭いが……」
「やはりか……」
亜莉亜がどう言う事かと尋ねると、学園長は数日前に起こった警察との経緯を明かした上で断言する。
「わしはその警察の仕業としか思っておらぬ」
「学園長は、どうして、そうと決めつけるですー?」
「人に物を頼む態度がなっておらんかったからのう。必ず実力行使に来ると思っておったが、よもやこれほど早くSAT辺りを繰り出してくるとはな。くそっ! わしの読みが甘過ぎた!」
「これって完全に未成年略取ですよー! いくら警察でも……」
「今、わしの支部を中心とした近隣全域のサバトが場所の特定に動いておる。焦る気持ちも分かるが、事は隠密を要する。ここは待つしか無いんじゃ……」
悔しげに拳を握り込むエルノールの姿に、教師達は黙り込むしか無かった。
だがそこに電話が鳴った。
亜莉亜が電話を取ると、それはサバトからの電話だった。
エルノールはすかさず受話器を受け取る。
「もしもし」
『行方が掴めました。神奈川県警管轄の横浜拘置支所です』
「そうか! そこの魔物娘達にアポイントは取れるかのう?」
『これから行う所ですが、難航する事も覚悟して頂かないと……』
「構わん! 何じゃったらこっちに繋ぎを取っても良いし、魔物娘の警官をこっちに寄越しても良い!」
『分かりました。やってみます』
「頼むぞ!」
エルノールがそう言って電話を切り、教師陣に報告すると彼女らから安堵の声が流れる。
だが、凱だけは猜疑心に満ちた顔をしていた。
「龍堂用務員、さっきからそんな顔して如何した?」
「警察が手を引くとは到底思えない。徹底的に証拠捏造して非を認めない奴らだから、油断しないで下さい」
「妙に疑り深いのう。警察は節度を弁えてくれるぞ」
「証拠を改竄し、非を認めず握り潰し、あまつさえ公権力で婦女子を攫う連中をどう信じろと?」
「ボロクソに言うのう……」
「野球やボクシング、空手、柔道やる奴と警察官は頭がおかしい。ヤクザとホストは問題外だけど。まあ、自分も人の事は言えませんがね」
「偏見を持ち過ぎじゃろ」
「俺を憂さ晴らしに虐めてきた連中がそれらをやってましたし、警察官やヤクザ、ホスト、教師を親族に持つ奴もいましたから。……偏見でも何でもないですよ」
人間のあくどい本性ばかりを嫌という程見せられて生きてきた凱は、恨み骨髄とばかりに言葉を紡ぐ。
だが、そんな彼を見かねた亜莉亜が宥めながら言う。
「龍堂用務員? 気持ちは分からないでは無いですが、ここは落ち着くですよー?」
「……鬼灯教諭」
そこにエルノールが苦々しい顔で凱に向き直る。
「龍堂用務員。こうなれば、お主にも動いて貰うぞ」
「俺……、いや、私ですか?」
「お主、多少なりとも武術を学んでおるそうではないか。薙刀はかなりの使い手から習ったと」
「公には教えて貰えなかったんで師範から密かに習い、自分で盗み見て、動きを身に付けたに過ぎません」
「それ自体が相当なものじゃ。第一、そんな意志を持つ者自体が稀と言うものじゃ」
「……大切な生徒を救う手立てになるなら……」
「よし、よう言うた。お主には後で装備を与えるでな」
「……はい」
そこに再び電話が鳴り、エルノール直々に電話を取るが――
「もしもし」
『支部長、申し訳ありません!』
「ん? どうしたんじゃ?」
『拘置所の魔物娘の警官が……、今日は全員帰宅したそうです!』
「何かのギャグか、それは! ……分かった。なれば強行手段じゃ、戦闘態勢に移行する!!」
『え?! 本当にやるんですか!?』
「こっちは生徒を拉致されたんじゃ! 泣き寝入りなどするか!!」
『しかし……!』
「しかしも案山子も無いわ!! 今からそっちに行く! 作戦会議じゃ!」
『わ、分かりました』
ガシャン! と受話器を置いた学園長は凱の腕を取り、そのまま引っ張りながら言う。
「お主は教師達と共に此処で待て」
「え?」
「今から風星支部に戻って、戦闘準備と段取りを決めてくる。妹や親に言ってはならぬぞ」
「……はい」
言うだけ言うと、エルノールは物凄い勢いで走って出て行った。
教師陣と凱は緊急事態ゆえに学校に缶詰め状態であり、特別クラスも引き続き学級閉鎖が決まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから長い時間が経ち、日付が変わろうとしていた深夜。
エルノールは帰って来るなり、凱に告げた。
「龍堂用務員、今からわしと共に来て貰う。動くぞ」
「もう、ですか……」
「その前にこれに着替えよ。少なくとも身バレはせんじゃろうて」
彼女が凱に渡したのはフルフェイスの兜にライダースーツらしき衣類の一式と、籠手と一体化したナックル、120cm程度の黒い棒だった。
早速着替える凱であったが、その着心地に彼は驚きを隠せない。
因みにらしき、というのは本来のライダースーツに比べて適度に密着するのに動きやすく、動きにも支障が出ないからだ。
ナックルが籠手と一体化しているのも、棒がそれほど長く無いのも、屋内での戦闘も配慮してのものである。
「おお、よう似合っとるのう。では、今から作戦の内容を伝える」
「はい」
エルノールが話した作戦は――
1:顔を隠し、服を変えたサバトの魔女達が横浜拘置支所に奇襲をかけ、職員や警官らを陽動する。
2:魔法陣を使った短距離転移魔法で、凱と精鋭の魔物娘数人が拘置所の入口に転移して突入。
3:中にいる者達を全て無力化した上で朱鷺子の居場所を聞き出し、彼女を拘置所から奪還する。
4:それらを完了後、集めた証拠(勿論コピー)を匿名の告発メールとして警察庁と神奈川県警の両方に送りつける。
――と言った手筈だった。
「ではついて来い。ああ、すまんが教師達は寮生達の警護に当たってくれ。また奇襲を仕掛けられては堪らんからのう」
その言葉と共にエルノールは凱を引き連れて学園を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深夜二時――
横浜拘置支所はとても静かで、中にいる夜勤の警官や職員は退屈そうにくつろいでいた。
しかし、それは爆発音と振動によって打ち破られる。
けたたましい非常ベルの音と共に警備の者が慌てて外に出て見たものは、真っ黒い何かが次々と魔力弾を投下している姿だった。
それも一つや二つでは無く、数十が交互に飛び回る姿だ。
魔力弾の爆発が建物に激しい振動を与えている正体。
が、不思議な事に建物にはガラスはおろか、壁にも傷が全く付いていない。
「全員出ろー! 射撃で応戦だー!」
夜勤の者達が銃器を手に空を舞う物体達に発砲する。
だが、使用する銃器がSIG SAUER P230JPでは、有効射程の遥か上には届かない。
この真っ黒い何か――それは風星支部の魔女達だ。
エルノールの指示により、撹乱と陽動の役目を負っていたのである。
彼女達の陽動は見事に功を奏し、救出班の突入を容易なものとしていた。
「よし、次の段階に進むぞ。お主はこの者達と共に拘置所に潜入し、三日月を探すんじゃ」
学園長が凱に引き合わせたのは魔女、ドワーフ、ファミリアの三人。
彼女達も顔が割れないよう、凱と同じく兜で顔を隠されていた。
更にライダースーツ風の服を身に着け、誰であるかを極力分からなくしている。
「こ奴らは周辺のサバトから選抜した、武術と魔法の使い手達じゃ。必ずお主の助けになろう」
「よろしく」
凱の言葉に一礼をする三人。
学園長は顔合わせもそこそこに作戦の開始を促す。
「さ、早く行け。時間は無いぞ」
「はい。行ってきます」
「成功させよ!」
凱達四人はエルノールの言葉を背に魔法陣へ駆け出す。
目指すは朱鷺子が収監されている独居房。
拘置所の者達がほぼ迎撃に出ていた為、あまりにもあっけないくらい突入は容易だった。
肝心の朱鷺子が、一体この建物の何処に収監されているかは分からない。
故に解決する術が武力と魔法なのは何とも皮肉だ。
遭遇すれば魔法と武力で無力化し、手当たり次第に催眠状態にして独房の場所を聞き出し、虱潰しに回るのだから面倒この上ない。
それでも間違って赤の他人を出してしまっては、余計に犯罪を煽るだけ。
故に面倒と言えども他に手は無い。
そうして一時間がゆうに過ぎて行く。
「……遅いのう……」
情報も無いまま拘置所内部に侵入し、現地の者達を締め上げて情報を得るのだから時間はかかってしまう。
突入から一時間が過ぎ、近隣の署からも続々と応援が到着し、乱戦に近い状況だ。
こんな状況では、エルノールが苛立ちを隠せなくなるのも無理は無い。
そこにようやく、突入班から朱鷺子らしき人相の少女を発見との連絡が入る。
合流した凱の確認・報告もあり、エルノールは即座に動き出す。
「四人共、連絡用の水晶を合わせるんじゃ!」
水晶の魔力を感知したエルノールは物凄い早口で魔法の詠唱に入る。
五秒程度で終わったかと思うと、その姿が忽然と消える。
次に彼女が現われたのは拘置所の中、それも凱達突入班の前であった。
「ふむ、此処か? 三日月朱鷺子で間違いないな?」
「……はい……、学園長」
「よし、証拠になりそうなものがあればそれも持つのじゃ。これをこうして……よしっ!」
エルノールは鍵穴に魔力を流し込み、朱鷺子の独房の扉を開ける。
いわゆる《解錠(アンロック)》の魔法だ。
朱鷺子はやっと出られる安心感と共に、自分をここに押し込んだ冷酷な優男を許さないと心に決め、押しつけられた誓書を持って独房を出た。
彼女が出ると、エルノールは再び独房の扉を閉じて鍵をかける。
「もうここに用は無い。皆、わしの周りに固まれ。脱出じゃ!」
言われるがまま、凱や朱鷺子達はエルノールの周りに輪になって固まる。
エルノールがすぐさま詠唱すると魔法陣が足元に現われ、同時に意識が暗転する。
次に彼らが目覚めた場所は拘置所から少し離れたビルの屋上だった。
「作戦成功じゃ! 速やかに撤収せよ! 皆、御苦労じゃった!」
エルノールは連絡用の水晶に向けて撤収命令を下すと、返す刀で朱鷺子に視線を向ける。
「お主が手に持っている物をこちらに渡すが良い」
「……はい」
朱鷺子から渡された誓書を見た途端、顔が嫌悪に歪む。
「たったこれだけの為に……! 龍堂用務員が言うた通り、警察は厄介な腐敗組織やも知れんな……」
二人はエルノールの計らいで魔女達の箒に便乗し、学園へ帰還した。
教師陣の喜びようは想像に難くないもので、特に亜莉亜は大泣きしながら朱鷺子の帰りを迎えた程だった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後――
風星学園の学園長室に神奈川県警本部長が来ていた。
無論、その理由は部下である明石の独断と私利私欲が原因で起きた、横浜拘置支所での乱闘騒ぎだ。
県警はそれまで、非を一切認めなかった。
それどころか監視カメラの映像を基に、以前から邪魔者と吐き捨てていた風星学園関係者全員に対する逮捕状を作っていた。
一切の罪を公権力で擦り付けようという算段だったのだ。
もっとも、これだけの騒ぎを起こしてしまえば、普通は警察の思う壺であろう。
だが、首謀者の明石が朱鷺子に署名を強要していた誓書を残していた事で反撃の機会を与えてしまう。
この誓書を公開された事で悪行が白日の下に晒され、即座に揉み消そうと証拠の改竄に動いた事が裏目に出た。
部下の非行を黙認し、あまつさえ部下からのお零れに預かっている事を県警勤務の魔物娘達の独自調査で突きとめられたのだ。
明石に対する不満を持っていた男達の証言も、匿名を条件に公開されるというおまけ付きで。
何と、明石は大学時代に立ち上げた違法売春サークルの幹部だったのだ。
そのサークルは現在、政財界の大物らを顧客の中心に活動している。
明石自身もOBでありながら、今だに幹部の一人として暴利を貪ってると言うから恐れ入る。
余りにも確か過ぎる証拠が次々と明らかになり、一転して不利となった神奈川県警は白旗を上げるしか無かった。
淫行に加えて副業をしている事は明らかに公務員法に抵触しており、免職は確定だ。
そうした経緯から魔物娘達の批判に晒され、逆に本部長が風星学園に呼び付けられる羽目になったのだ。
本部長はこれを公にしない代償として怒り心頭の《学園長(エルノール)》と凱、そして特別クラス教師陣の前で土下座の謝罪をさせられた。
県警の長である者が人前で土下座させられたのだから、彼にとっては屈辱極まりない事だろう。
特に「次はその命を取る」とばかりに向けられた、凱の苛烈極まる憎悪と殺意は本部長に嫌でも突き刺さっていた。
彼はそれ以降、夢の中や暗い場所でそれをフラッシュバックし、緩やかに精神崩壊へ導かれる事となる。
首謀者の明石は【刑事部捜査課・資料室管理係】、通称・資管係に左遷された上に巡査部長への二階級降格と一年間減給十分の一の処分が下された。
免職となる筈の彼がこんな処分で済んでいるのは、明石の才能と今後の利益を惜しんだ本部長が成績の悪い警官を生贄にしたからだ。
とは言えこれだけの不祥事を起こした者をそのまま残す訳にも行かず、本部長が密かに根回しした上での結果だった。
生贄にされた警官は離島の村の駐在所に左遷されたという。
だが、明石にとっては大いに不満だったようで、それ以来、何かに付けて周囲に当たり散らすようになったとの事だった。
こうして遺恨は残り、因縁は始まったのだ――
学園に「三日月朱鷺子を重要参考人として出頭させろ」という警察からの電話が入った。
とてつもなく高圧的な物言いで要求してくる警察に対し、途中で応対を買って出たエルノールが毅然とした態度でこれを断るが、警察側はこれに焦れて怒りを露わにする。
『犯罪者の子供が学校に通えるとでも思ってんのか? テロリストを匿ってるとして何時でも潰せるんだぞ』
「やってみるがよいわ。己は何様じゃ」
『何様だとぉ? 偉そうな口利くなや! 天下の桜の代紋に喧嘩売ってんのか、おめぇは!』
「じゃったら、何で今頃うちの生徒に難癖付けるんじゃ。おかしいじゃろう」
『こっちは守秘義務があるんだ! いちいち教えるかボケ!』
「ならば無理じゃ。恫喝で被害届を出されたく無くば、教える事じゃな」
『警察相手に被害届だと? ハッ、バカかお前? 無駄な事しねぇでさっさと出せや、ゴルァ!』
「断る。それに、それが相手に物を頼む態度か! 舐めるでないわ!」
『おい! ふざけ――』
ガシン!と受話器を叩きつけるように置いた学園長は不機嫌な顔で鼻息を鳴らす。
彼女は早速、自身が支部長を務めるサバト風星支部及び近隣のサバトに連絡を取り、「警察が妙な動きを取ったら知らせて欲しい」と言う旨を話し、了承を取り付けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、警察では――
「で? 断られて、そのまま電話切られましただぁ? バカかてめえは!」
「申し訳ありません、明石警部!」
「謝って済むか! ガキの使いじゃねえんだぞ! はあぁー、ったく、こうなったら早速あの手を使うか」
「は? あの手とは……?」
「てめえがいちいち知る必要ねえんだよ。とっとと仕事に戻れ! このカスが!」
「はっ、失礼します」
「ったく、どいつもこいつも使えねえ奴ばっかだな!」
苦々しい顔を無理矢理平静に戻して、警察官は自分のデスクに戻る。
明石と呼ばれた警部は忌々しく舌打ちしながら、わざと聞こえるように文句を垂れ流す。
そうした後、不機嫌な溜息を吐きながら電話をかけ始めた。
『はい、警察庁警備局警備企画課です』
「企画課長を大至急」
『お待ちください』
保留の音楽が流れ始めて暫くした後、野太い男の声が受話器から響く。
『変わりました、企画課長です』
「正義の執行を」
『……ホシは?』
「テロリスト三日月夫妻の娘、三日月朱鷺子。そいつを神奈川県警管轄の横浜拘置支所に連行してもらいたい」
『場所は?』
「風星学園特別クラス学生寮。特徴、人相は後ほどメールで」
『了解した。データが届き次第、実行に移す(ガチャッ)』
「フッ……。警察に逆らう事がどう言う事か、たっぷり思い知らせてやる」
クールな顔に下卑た笑みを浮かべたその様は、明らかに下劣な欲望を孕んでいた。
この男、名を明石数秀(あかし・かずひで)と言い、凱達との因縁と遺恨の発端となる者の一人であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後の深夜、学園に築かれた高い壁を難なく乗り越える複数の人影が現われていた。
彼らが目指すのは特別クラスの学生寮。
的確かつ無駄の無い動きで監視の目を巧みに潜り抜けるそれは、世界各国で擁する特殊部隊のものと同じだ。
「ホシは寮の最上階、この部屋だ。他には構うな。気取られるぞ」
「「「「「了解」」」」」
物々しい装備を身に付けているにもかかわらず、夜陰に乗じて難なく学生寮に入り込み、目的の部屋に侵入する。
何故これだけの情報を手に入れていたのかと言うと、警察が学園の生徒である身内や探偵、更にはストーカーをも抱き込んで秘密裏に総動員して調べ上げたからだ。
そして、これだけの手並みをこなす者達――その名を「特殊事案執行部」。
警察でも官僚を中心とした極一部の者しか知らないとされた秘密部隊にして、SATに匹敵する程の精鋭と装備を揃える戦闘部隊。
だが、その精鋭と言うのが非常に問題だった。
――警察は正義の執行者。法の絶対者にして神なり。警察に逆らい、侮辱する者に速やかな死を――
このとち狂ったスローガンの下、法的にも非人道な行いをする事を厭わない特段に危険思想の持ち主の警察官を選抜して構成されているが故に、存在自体が超国家機密であった。
特に警察の不祥事を暴く者、警察を批判する者達を即座に抹殺し、その証拠も一切残さないように訓練されている。
警察にとって都合の悪い存在と認定した人物の抹殺を最優先にする彼らは、冷酷非道にして任務遂行に一切の手段も選ばない。
その秘密部隊が朱鷺子に襲いかかった――!
完全に寝込みを襲われた為に抵抗の間も無く捕縛され、薬品を嗅がされて昏倒させられてしまう。
こうして朱鷺子は特殊事案執行部によって拉致され、サバトは思わぬ所で裏をかかれてしまった。
・・・
・・
・
朱鷺子が再び目覚めた時、そこは拘置所だった。
驚いて身を固める彼女だったが、そこに靴音が響き、朱鷺子の前で止まる。
「やあ、朱鷺子ちゃん。初めまして」
クールな顔立ちに眼鏡をかけた長身の美男子と形容できるスーツ姿の男が鉄格子を挟んで朱鷺子を見る。
しかしその目は冷酷にして狡猾、欲望と野心に満ちていた。
「ねえ、黙ってちゃ困るなぁ。何のために此処に連れてきたか分かんねえじゃん」
「……ボクを……どうしようって……いうのさ」
「決まってるじゃないか。オレの女にする為さ。言わなくても察して貰いたいもんだな、ん?」
「……学園に返して」
「おいおい、冷てえなぁ。オレ様はキャリア警官なんだぜ? いい事ずくめだぜ? 君の両親の事で事情聴取に来て貰おうと思ってたが、それはついででいいや。写真見たら気に入ったんでな。オレの女になるって、これにサインしな。それが無い限り、ここから出さねえ」
「……お前なんか……好みでも何でもない…!」
「そう言ってられるのも今だけさ。任意同行で通ってるからな、タダで出られるなんて思うなよ。ハッハッハッハ!」
勝ち誇った顔で高笑いすると、男は冷たい視線と笑みを浮かべて、去って行った。
それは明らかにサディストが浮かべるであろう笑顔だった。
「……瑞姫ちゃん……、……用務員さん……、……亜莉亜先生……」
一人の生活に慣れた朱鷺子と言えど、拘置所では勝手が違う。
拉致された挙句、事情聴取にかこつけて自分を玩具にしようとする、頭のイカれた警察官の罠に落ちようとしている。
しかし鉄格子を人の力で破ることなど出来ない。
それから約二日間、朱鷺子は黙って助けを待たねばならなかった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朱鷺子拉致の翌朝、学園は平静を装いつつも騒然としていた。
その事態によって特別クラスは臨時の学級閉鎖となり、凱も瑞姫を家に残して学園に来ていた。
凱と教師陣は学園長室に集められ、寮生の失踪と言う事態に学生寮の管理者兼寮母を務めるキキーモラも責任追及の場にいる。
しかし、そこにあってエルノールは冷静であった。
彼女は早速、寮母に質問する。
「その生徒の部屋に何か無かったか?」
「……微かですが、精にしては酷く嫌な臭いが……」
「やはりか……」
亜莉亜がどう言う事かと尋ねると、学園長は数日前に起こった警察との経緯を明かした上で断言する。
「わしはその警察の仕業としか思っておらぬ」
「学園長は、どうして、そうと決めつけるですー?」
「人に物を頼む態度がなっておらんかったからのう。必ず実力行使に来ると思っておったが、よもやこれほど早くSAT辺りを繰り出してくるとはな。くそっ! わしの読みが甘過ぎた!」
「これって完全に未成年略取ですよー! いくら警察でも……」
「今、わしの支部を中心とした近隣全域のサバトが場所の特定に動いておる。焦る気持ちも分かるが、事は隠密を要する。ここは待つしか無いんじゃ……」
悔しげに拳を握り込むエルノールの姿に、教師達は黙り込むしか無かった。
だがそこに電話が鳴った。
亜莉亜が電話を取ると、それはサバトからの電話だった。
エルノールはすかさず受話器を受け取る。
「もしもし」
『行方が掴めました。神奈川県警管轄の横浜拘置支所です』
「そうか! そこの魔物娘達にアポイントは取れるかのう?」
『これから行う所ですが、難航する事も覚悟して頂かないと……』
「構わん! 何じゃったらこっちに繋ぎを取っても良いし、魔物娘の警官をこっちに寄越しても良い!」
『分かりました。やってみます』
「頼むぞ!」
エルノールがそう言って電話を切り、教師陣に報告すると彼女らから安堵の声が流れる。
だが、凱だけは猜疑心に満ちた顔をしていた。
「龍堂用務員、さっきからそんな顔して如何した?」
「警察が手を引くとは到底思えない。徹底的に証拠捏造して非を認めない奴らだから、油断しないで下さい」
「妙に疑り深いのう。警察は節度を弁えてくれるぞ」
「証拠を改竄し、非を認めず握り潰し、あまつさえ公権力で婦女子を攫う連中をどう信じろと?」
「ボロクソに言うのう……」
「野球やボクシング、空手、柔道やる奴と警察官は頭がおかしい。ヤクザとホストは問題外だけど。まあ、自分も人の事は言えませんがね」
「偏見を持ち過ぎじゃろ」
「俺を憂さ晴らしに虐めてきた連中がそれらをやってましたし、警察官やヤクザ、ホスト、教師を親族に持つ奴もいましたから。……偏見でも何でもないですよ」
人間のあくどい本性ばかりを嫌という程見せられて生きてきた凱は、恨み骨髄とばかりに言葉を紡ぐ。
だが、そんな彼を見かねた亜莉亜が宥めながら言う。
「龍堂用務員? 気持ちは分からないでは無いですが、ここは落ち着くですよー?」
「……鬼灯教諭」
そこにエルノールが苦々しい顔で凱に向き直る。
「龍堂用務員。こうなれば、お主にも動いて貰うぞ」
「俺……、いや、私ですか?」
「お主、多少なりとも武術を学んでおるそうではないか。薙刀はかなりの使い手から習ったと」
「公には教えて貰えなかったんで師範から密かに習い、自分で盗み見て、動きを身に付けたに過ぎません」
「それ自体が相当なものじゃ。第一、そんな意志を持つ者自体が稀と言うものじゃ」
「……大切な生徒を救う手立てになるなら……」
「よし、よう言うた。お主には後で装備を与えるでな」
「……はい」
そこに再び電話が鳴り、エルノール直々に電話を取るが――
「もしもし」
『支部長、申し訳ありません!』
「ん? どうしたんじゃ?」
『拘置所の魔物娘の警官が……、今日は全員帰宅したそうです!』
「何かのギャグか、それは! ……分かった。なれば強行手段じゃ、戦闘態勢に移行する!!」
『え?! 本当にやるんですか!?』
「こっちは生徒を拉致されたんじゃ! 泣き寝入りなどするか!!」
『しかし……!』
「しかしも案山子も無いわ!! 今からそっちに行く! 作戦会議じゃ!」
『わ、分かりました』
ガシャン! と受話器を置いた学園長は凱の腕を取り、そのまま引っ張りながら言う。
「お主は教師達と共に此処で待て」
「え?」
「今から風星支部に戻って、戦闘準備と段取りを決めてくる。妹や親に言ってはならぬぞ」
「……はい」
言うだけ言うと、エルノールは物凄い勢いで走って出て行った。
教師陣と凱は緊急事態ゆえに学校に缶詰め状態であり、特別クラスも引き続き学級閉鎖が決まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから長い時間が経ち、日付が変わろうとしていた深夜。
エルノールは帰って来るなり、凱に告げた。
「龍堂用務員、今からわしと共に来て貰う。動くぞ」
「もう、ですか……」
「その前にこれに着替えよ。少なくとも身バレはせんじゃろうて」
彼女が凱に渡したのはフルフェイスの兜にライダースーツらしき衣類の一式と、籠手と一体化したナックル、120cm程度の黒い棒だった。
早速着替える凱であったが、その着心地に彼は驚きを隠せない。
因みにらしき、というのは本来のライダースーツに比べて適度に密着するのに動きやすく、動きにも支障が出ないからだ。
ナックルが籠手と一体化しているのも、棒がそれほど長く無いのも、屋内での戦闘も配慮してのものである。
「おお、よう似合っとるのう。では、今から作戦の内容を伝える」
「はい」
エルノールが話した作戦は――
1:顔を隠し、服を変えたサバトの魔女達が横浜拘置支所に奇襲をかけ、職員や警官らを陽動する。
2:魔法陣を使った短距離転移魔法で、凱と精鋭の魔物娘数人が拘置所の入口に転移して突入。
3:中にいる者達を全て無力化した上で朱鷺子の居場所を聞き出し、彼女を拘置所から奪還する。
4:それらを完了後、集めた証拠(勿論コピー)を匿名の告発メールとして警察庁と神奈川県警の両方に送りつける。
――と言った手筈だった。
「ではついて来い。ああ、すまんが教師達は寮生達の警護に当たってくれ。また奇襲を仕掛けられては堪らんからのう」
その言葉と共にエルノールは凱を引き連れて学園を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
深夜二時――
横浜拘置支所はとても静かで、中にいる夜勤の警官や職員は退屈そうにくつろいでいた。
しかし、それは爆発音と振動によって打ち破られる。
けたたましい非常ベルの音と共に警備の者が慌てて外に出て見たものは、真っ黒い何かが次々と魔力弾を投下している姿だった。
それも一つや二つでは無く、数十が交互に飛び回る姿だ。
魔力弾の爆発が建物に激しい振動を与えている正体。
が、不思議な事に建物にはガラスはおろか、壁にも傷が全く付いていない。
「全員出ろー! 射撃で応戦だー!」
夜勤の者達が銃器を手に空を舞う物体達に発砲する。
だが、使用する銃器がSIG SAUER P230JPでは、有効射程の遥か上には届かない。
この真っ黒い何か――それは風星支部の魔女達だ。
エルノールの指示により、撹乱と陽動の役目を負っていたのである。
彼女達の陽動は見事に功を奏し、救出班の突入を容易なものとしていた。
「よし、次の段階に進むぞ。お主はこの者達と共に拘置所に潜入し、三日月を探すんじゃ」
学園長が凱に引き合わせたのは魔女、ドワーフ、ファミリアの三人。
彼女達も顔が割れないよう、凱と同じく兜で顔を隠されていた。
更にライダースーツ風の服を身に着け、誰であるかを極力分からなくしている。
「こ奴らは周辺のサバトから選抜した、武術と魔法の使い手達じゃ。必ずお主の助けになろう」
「よろしく」
凱の言葉に一礼をする三人。
学園長は顔合わせもそこそこに作戦の開始を促す。
「さ、早く行け。時間は無いぞ」
「はい。行ってきます」
「成功させよ!」
凱達四人はエルノールの言葉を背に魔法陣へ駆け出す。
目指すは朱鷺子が収監されている独居房。
拘置所の者達がほぼ迎撃に出ていた為、あまりにもあっけないくらい突入は容易だった。
肝心の朱鷺子が、一体この建物の何処に収監されているかは分からない。
故に解決する術が武力と魔法なのは何とも皮肉だ。
遭遇すれば魔法と武力で無力化し、手当たり次第に催眠状態にして独房の場所を聞き出し、虱潰しに回るのだから面倒この上ない。
それでも間違って赤の他人を出してしまっては、余計に犯罪を煽るだけ。
故に面倒と言えども他に手は無い。
そうして一時間がゆうに過ぎて行く。
「……遅いのう……」
情報も無いまま拘置所内部に侵入し、現地の者達を締め上げて情報を得るのだから時間はかかってしまう。
突入から一時間が過ぎ、近隣の署からも続々と応援が到着し、乱戦に近い状況だ。
こんな状況では、エルノールが苛立ちを隠せなくなるのも無理は無い。
そこにようやく、突入班から朱鷺子らしき人相の少女を発見との連絡が入る。
合流した凱の確認・報告もあり、エルノールは即座に動き出す。
「四人共、連絡用の水晶を合わせるんじゃ!」
水晶の魔力を感知したエルノールは物凄い早口で魔法の詠唱に入る。
五秒程度で終わったかと思うと、その姿が忽然と消える。
次に彼女が現われたのは拘置所の中、それも凱達突入班の前であった。
「ふむ、此処か? 三日月朱鷺子で間違いないな?」
「……はい……、学園長」
「よし、証拠になりそうなものがあればそれも持つのじゃ。これをこうして……よしっ!」
エルノールは鍵穴に魔力を流し込み、朱鷺子の独房の扉を開ける。
いわゆる《解錠(アンロック)》の魔法だ。
朱鷺子はやっと出られる安心感と共に、自分をここに押し込んだ冷酷な優男を許さないと心に決め、押しつけられた誓書を持って独房を出た。
彼女が出ると、エルノールは再び独房の扉を閉じて鍵をかける。
「もうここに用は無い。皆、わしの周りに固まれ。脱出じゃ!」
言われるがまま、凱や朱鷺子達はエルノールの周りに輪になって固まる。
エルノールがすぐさま詠唱すると魔法陣が足元に現われ、同時に意識が暗転する。
次に彼らが目覚めた場所は拘置所から少し離れたビルの屋上だった。
「作戦成功じゃ! 速やかに撤収せよ! 皆、御苦労じゃった!」
エルノールは連絡用の水晶に向けて撤収命令を下すと、返す刀で朱鷺子に視線を向ける。
「お主が手に持っている物をこちらに渡すが良い」
「……はい」
朱鷺子から渡された誓書を見た途端、顔が嫌悪に歪む。
「たったこれだけの為に……! 龍堂用務員が言うた通り、警察は厄介な腐敗組織やも知れんな……」
二人はエルノールの計らいで魔女達の箒に便乗し、学園へ帰還した。
教師陣の喜びようは想像に難くないもので、特に亜莉亜は大泣きしながら朱鷺子の帰りを迎えた程だった――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後――
風星学園の学園長室に神奈川県警本部長が来ていた。
無論、その理由は部下である明石の独断と私利私欲が原因で起きた、横浜拘置支所での乱闘騒ぎだ。
県警はそれまで、非を一切認めなかった。
それどころか監視カメラの映像を基に、以前から邪魔者と吐き捨てていた風星学園関係者全員に対する逮捕状を作っていた。
一切の罪を公権力で擦り付けようという算段だったのだ。
もっとも、これだけの騒ぎを起こしてしまえば、普通は警察の思う壺であろう。
だが、首謀者の明石が朱鷺子に署名を強要していた誓書を残していた事で反撃の機会を与えてしまう。
この誓書を公開された事で悪行が白日の下に晒され、即座に揉み消そうと証拠の改竄に動いた事が裏目に出た。
部下の非行を黙認し、あまつさえ部下からのお零れに預かっている事を県警勤務の魔物娘達の独自調査で突きとめられたのだ。
明石に対する不満を持っていた男達の証言も、匿名を条件に公開されるというおまけ付きで。
何と、明石は大学時代に立ち上げた違法売春サークルの幹部だったのだ。
そのサークルは現在、政財界の大物らを顧客の中心に活動している。
明石自身もOBでありながら、今だに幹部の一人として暴利を貪ってると言うから恐れ入る。
余りにも確か過ぎる証拠が次々と明らかになり、一転して不利となった神奈川県警は白旗を上げるしか無かった。
淫行に加えて副業をしている事は明らかに公務員法に抵触しており、免職は確定だ。
そうした経緯から魔物娘達の批判に晒され、逆に本部長が風星学園に呼び付けられる羽目になったのだ。
本部長はこれを公にしない代償として怒り心頭の《学園長(エルノール)》と凱、そして特別クラス教師陣の前で土下座の謝罪をさせられた。
県警の長である者が人前で土下座させられたのだから、彼にとっては屈辱極まりない事だろう。
特に「次はその命を取る」とばかりに向けられた、凱の苛烈極まる憎悪と殺意は本部長に嫌でも突き刺さっていた。
彼はそれ以降、夢の中や暗い場所でそれをフラッシュバックし、緩やかに精神崩壊へ導かれる事となる。
首謀者の明石は【刑事部捜査課・資料室管理係】、通称・資管係に左遷された上に巡査部長への二階級降格と一年間減給十分の一の処分が下された。
免職となる筈の彼がこんな処分で済んでいるのは、明石の才能と今後の利益を惜しんだ本部長が成績の悪い警官を生贄にしたからだ。
とは言えこれだけの不祥事を起こした者をそのまま残す訳にも行かず、本部長が密かに根回しした上での結果だった。
生贄にされた警官は離島の村の駐在所に左遷されたという。
だが、明石にとっては大いに不満だったようで、それ以来、何かに付けて周囲に当たり散らすようになったとの事だった。
こうして遺恨は残り、因縁は始まったのだ――
19/01/01 18:43更新 / rakshasa
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