されど、盗賊にも盗めないもの
「ふう……っ」
旅人用の小屋まではおそらくまだまだ道のりは遠いであろうが、しつこい追っ手はもう見えなくなっている。どうやら撒けたようだった。
「……さすがに、休憩だ……」
「……まったく同感じゃ」
二人して道端から顔を出している木の根に腰掛ける。
落ち着けたことによって、シーフォンには色々と整理をする余裕が生まれた。
「それじゃあとりあえず訊いておきたいんだが……タマノ、お前は何のために親魔物領に行くんだ?」
シーフォンの質問に、少しの間タマノは眉を寄せ、思案する顔を作った。そして紡がれる言葉は、
「わっちには、夢がありんす」
「夢?」
「わっちの夢は……ちっぽけなことかもしれんが、自分の店を構えることなんじゃ。いざと思って故郷を離れて、この地で商売をと思っていたのじゃが……、どうやら、場所が悪かったようじゃな。町を転々と歩いてきとったがどこでもわっちに対する反応は似たようなもんじゃった。ようやくたどり着いたこの町で、親魔物領の情報が得られたんじゃが、いかんせん……一人でことを成すのに、疲れてきんす」
そこで言葉を切って、疲れたように笑うタマノ。
「成程な……。まあ、当然と言えば当然だが、魔物が反魔物領で店なんかを構えれる訳がない」
「じゃが……ぬし様は本当にこれでいいのかや? ぬし様にも夢はあるじゃろう。わっちはその妨げになりたくはありんせん……」
夢という言葉が、シーフォンの顔を曇らせる。
「夢……、俺の、夢……」
「そうじゃ。ぬし様はわっちの夢を聞いたんじゃから、わっちもぬし様の夢を聞いてもよいじゃろう?」
外套の下に隠れた耳が、シーフォンの言葉を聞き逃しまいと、ぴくぴく動いている。
タマノはシーフォンよりも幾分背が低いので、軽くシーフォンを見上げるかたちになりながら、続く言葉を待っていた。
タマノのそんな仕草に、しかしシーフォンは苦々しい顔をする。
「俺の夢は……、……魔物に滅ぼされたアルセルノ家の、再興だ」
タマノがはっとした顔になる。
「なっ、何故滅ぼされ……!? いや……すまぬ。要らんことを聞いたようじゃ」
それきり無口になるシーフォン。
その静寂にいたたまれなくなったタマノは、
「……さて、もう充分休んだじゃろう? ほれ、そろそろ出発しんす」
「……ああ」
そして二人で立ち上がり、また街道を歩く。
先ほど夢中で走って来た時とは違い、二人の間に流れる雰囲気は重くなり、自然、その足取りも遅々としたものとなった。
――結局、想定していたよりも遥かに道のりを消化できず、二人は野宿をする羽目になった。
***side;タマノ***
すっかり辺りは暗くなってしまい、シーフォンは動物避けのための火をくべる薪を確保しに、少し向こうの森へと入っていった。
自分の役目は荷物の番だ。
一人残されて頭に浮かぶのは、やはりシーフォンのこと。
「ぬし様や……わっちにとって、ぬし様とは一体なんなのかや? ……いや、ぬし様にとって、わっちとはなんなのかや……?」
一人で疑問を唱えても、応答は帰ってこない。
「なにも……、なにも解りんせん……っ」
胸に去来する空虚。
それがまた自分を追い詰める。
――何と言ってシーフォンに接すればよいのか?
――そもそもシーフォンは自分を好いているのか、それとも魔物であるがために、嫌っているのか?
そんなことを考えている内に、思考は留まるところを知らず深みへとはまっていく。
それゆえ、シーフォンと自分へ危険が迫っていることに、気付くのが遅れてしまっていた。
***side;シーフォン***
「――――――!!」
閑静な闇のなか、森の木々に衝撃が走り、羽を休めていた鳥や木を住処としていた動物たちがざわめく。
衝撃は自分の左手を衝動的に木に叩きつけて発生させたものだ。
「……くそ……っ!!」
左手からは鋭い痛みが伝わってくるが、それはどことなく自分の体から伝わるものではないように感じられた。
「最低だろう、俺……!」
タマノはようやく頼り所を見つけ、夢に向かって進み始めたところだというのに、その出鼻を勢いよく挫いたのは誰だ?
……他でもない、俺自身だ。
あれ以来タマノとは口を利けていない。
どの口があいつを傷つけたのか。また会話をして、さらに傷つけてしまうのではないか。
そう考えると、とてもではないが話しかけられなかった。
とはいえ、タマノをこのままにしておくこともできない。
「(――火を囲んだ際に、ちゃんと謝罪をしよう)」
そう決めて、感覚の麻痺した左手を使い、せっせと薪を集めていく。
「よし…、これだけあれば充分だろう」
これで薪の確保は終了だ。あとはタマノのところへと戻って謝罪の言葉を言うだけだ。
……赦しが貰えるかはこの際関係ない。ただ、真摯に謝ろうと誓った。
*****
そろそろ俺はタマノがいる場所へと差し掛かろうとしていた。
するとそこに、男の人影が草音とともに現れた。
「……何か用ですか?」
俺の問いかけに対し、人影は意に介した様子もなく、
「あの魔物娘の連れだな?」
その言葉を聞き、俺は瞬時に警戒を高めた。
「……だったら?」
言いつつ、愛用の短剣に手をやる。
しかし眼前の男は両手を挙げ、戦う意思が無いことを示した。
「取り引きをしよう。あの魔物娘には今多額の報酬が、かのヴィクセン伯爵によってかけられていてな。捕獲の協力をしてくれれば分け前の半分はお前にやろうじゃないか」
「そうか成程、喉から手が出るくらい金は欲しいが……っ!」
短剣を引き抜き、構える。
「そうか……。ご協力頂けないとは、残念だ」
「あいつにやらなければ……謝らなければいけないことがあるんでな……っ!」
誓ったのだ。だから声を大にして叫び、自分を鼓舞する。
だが、その叫びは、それを上回る大きさの音に呑み込まれて消えた。
――熱い。
右肩が燃えるような痛みを訴えてきた。
あれは――、小型だが、銃!?
「くっ、冗談じゃないぞ……!?」
認識した瞬間、俺は駆け出していた。直前まで自分が居たところに、土しぶきが舞う。
ポツッ、ポツッという、やや間の抜けた音のあとに、装填音が聴こえた。
どうやら一度に装填できるのは3発が限度のようだ。
――ならば、この暗さ。
闇に紛れながら動いていればまず当たらないだろう。
そう判断し、銃声3発が聴こえたら動きを止めず、すれ違いざまに一撃、を繰り返す。
お陰で終始動き通しで疲れたが、相手にもそれなりの傷を与えられた。
勿論完全に無傷というわけでもなく、そのうえ俺の足もそろそろ限界が近くなってきた。
だから良くも悪くも次の相対で勝負が決まるだろう。
ポツッ、ポツッ、……ポツッ
1発、 2発、 …… 3発。
三発の銃弾すべてをどうにか避けきった俺はそのまま駆け出し、ありったけの力を込めた一撃を俺は放った。
しかし、何度も続けていたせいで読まれていたのか、その攻撃は身をよじってかわされる。
そして相手が体制を整え、銃に弾を込め、俺を撃ち抜いて終わり……
ではなかった。
「残念ながら、お前がお探しの物は俺のポケットに沢山入ってるぜ?」
バラバラと、俺はポケットから薬莢をこぼれさせた。
「俺がただ攻撃してただけだと思ったら大間違いだ。なんせ俺は盗賊なんでな。……さて、お前の武器はもう使い物にならない。これで……終わりだ!!」
無力化した相手に、止めを刺そうと真っ直ぐ俺は駆け出した。
……その瞬間、信じがたいことに、俺の両足に激痛が走った。
「ぐ……っ!? 何故まだ弾が残っているんだ……!?」
腿を穿たれ、俺ははその場に崩れ落ちる。
身動きがとれなくなった俺の頭に銃を突きつけながら男は言い放った。
「簡単な話だ。この銃は6発装填できるんだからな」
「くそ……貴様、わざと3発しか撃てないフリを……!?」
「奥の手は最後まで取っておくものだろう?」
嘲笑うような声が、上から降ってきた。
「くそ……ここまでか……っ!!」
******
諦めの言葉がシーフォンの口をついて出たとき。
「ぬし様っ……!?」
タマノが、来てしまった。
銃を突きつけていた男は冷徹な笑みを浮かべ、
「これはこれは……! そちらから出向いてくれるとは、手間が省けたな」
「タマノ、逃げろっ!! こいつの目的はお前だ!!」
「じゃが……! ぬし様はどうなるんじゃ!?」
「俺のことはいい! とにかく逃げ……ぐぁっ!!」
男は無造作にシーフォンの頭を蹴った。
強烈な衝撃でシーフォンの意識が混濁する。
「くそ……タマノ……っ」
「っ!!」
「……さて、大人しくついてきて貰おう。できれば傷が少ない方が報酬が弾むんでね」
男は銃をタマノに向け、そう脅迫する。
奪われた弾はあらかた拾い直され、彼は残弾を気にすることもなくなっていた。
「…………るんじゃな……」
「? ……聞こえないぞ?」
冷徹な笑みを作ったまま、男が言う。
そんな男を一瞥したタマノの眼は、怒りに震えていた。
「わっちの……、わっちの怒りに触れたことを……後悔するんじゃな……!」
言った途端、タマノの周りに3つ、青い火の玉が現れた。
男の顔から余裕が消える。
彼は危機を感じ、銃を火の玉に向けて撃つが、弾は青い炎に触れた瞬間に熔解し、何も残らなかった。
「なんだ、これは……!?」
「しーぽんの意識が飛んでおるのが幸いじゃの……こんな力を振るっておるところは、見られたくありんせん……」
タマノは悲しげに目を伏せたあと、男を睨み付けた。
「さて、……覚悟しんす」
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
青い狐火が男を包む。
灰さえ残らないほどに、男は燃え「尽きた」。
******
シーフォンが眼を覚ました頃には、夜が明けていた。
木の葉の朝露を太陽が照らしていて、眩しさに一度開いた眼を彼はすぼめる。
胸の辺りに違和感を感じて彼はそちらを見やると、疲れたようにタマノが頭を載せて眠っていた。
あの後何があったかはシーフォンには解らなかったが、とりあえずタマノが無事だと言う事実に、思わず左手でタマノの頭を撫でていた。
そして彼は気づく。
「傷が……消えてる?」
木に左手を叩きつけた際の傷がそこにはなかった。
もしやとシーフォンは思い、撃たれた右肩と、両足に触れる。
「ここも……か」
シーフォンが驚いていると、タマノが眼を覚ました。
「ぬし様……! 気がついたかや!? 痛むところなどあったりせんかや!?」
タマノの眼にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。
「ああ……えっと、何ともないぞ」
「そうかや……っ! わっちは、わっちはぬし様のことが心配で……っ!」
ぐじぐじとシーフォンの胸に顔をすり付けながら泣き出すタマノ。
「あの後……俺がやられてから、何があったんだ?」
「っ……それは……」
……タマノは事の子細をシーフォンに説明した。
「つまり、これはタマノの、妖術とやらのお陰ということか?」
傷の治った左手をひらひらさせながら、シーフォンが言った。
「あまり日に何度も使えるわけではありんせん。尻尾の数がそのまま妖力の高さじゃから、3本のわっちはまだまだ半人前もいいとこじゃ」
「だとしても、すごい力じゃないか……ありがとう。助かった。……それと、昨日はその、すまなかった。あんなことを言ってしまって……」
「それでも……ぬし様もやっぱり魔物は恐ろしかろう?こんな力を振るいんす……」
そう言って、目を伏せるタマノ。
シーフォンはそんなタマノの顎を持ち上げ……自分の唇を押し付けた。
そしてゆっくりと離れ、応える。
「そんなことはない。今、俺がこうして無事でいられるのは、タマノのその力のお陰だ。感謝こそすれ、恐ろしいなんて思わない」
「……本当かや?」
「ああ、本当だ」
「…………ぬし様にとって、わっちはなんじゃ?」
タマノの疑問に少し考えるそぶりを見せたあと、シーフォンは答えた。
「……お前は今、俺が一番欲しいものを持ってる。それを盗むために、俺はお前と一緒にここまで来たんだ。それはお前の――……んっ」
しかし、続く言葉は唇を重ねてきたタマノによって止められた。
「それはわっちの心……、かや? 残念じゃがそれはどうやっても、ぬし様には盗めんの」
「……どうしてだ?」
タマノはそれを聞くと笑って、
「くふっ……わっちの心は、もう既にぬし様へと捧げるためにありんす。いくらぬし様でも、それは盗めなかろう?」
シーフォンはつられて乾いた笑みを浮かべた。
「はは、参った、……降参だ」
朝露の光が反射して、二人の周りを彩っていた。
旅人用の小屋まではおそらくまだまだ道のりは遠いであろうが、しつこい追っ手はもう見えなくなっている。どうやら撒けたようだった。
「……さすがに、休憩だ……」
「……まったく同感じゃ」
二人して道端から顔を出している木の根に腰掛ける。
落ち着けたことによって、シーフォンには色々と整理をする余裕が生まれた。
「それじゃあとりあえず訊いておきたいんだが……タマノ、お前は何のために親魔物領に行くんだ?」
シーフォンの質問に、少しの間タマノは眉を寄せ、思案する顔を作った。そして紡がれる言葉は、
「わっちには、夢がありんす」
「夢?」
「わっちの夢は……ちっぽけなことかもしれんが、自分の店を構えることなんじゃ。いざと思って故郷を離れて、この地で商売をと思っていたのじゃが……、どうやら、場所が悪かったようじゃな。町を転々と歩いてきとったがどこでもわっちに対する反応は似たようなもんじゃった。ようやくたどり着いたこの町で、親魔物領の情報が得られたんじゃが、いかんせん……一人でことを成すのに、疲れてきんす」
そこで言葉を切って、疲れたように笑うタマノ。
「成程な……。まあ、当然と言えば当然だが、魔物が反魔物領で店なんかを構えれる訳がない」
「じゃが……ぬし様は本当にこれでいいのかや? ぬし様にも夢はあるじゃろう。わっちはその妨げになりたくはありんせん……」
夢という言葉が、シーフォンの顔を曇らせる。
「夢……、俺の、夢……」
「そうじゃ。ぬし様はわっちの夢を聞いたんじゃから、わっちもぬし様の夢を聞いてもよいじゃろう?」
外套の下に隠れた耳が、シーフォンの言葉を聞き逃しまいと、ぴくぴく動いている。
タマノはシーフォンよりも幾分背が低いので、軽くシーフォンを見上げるかたちになりながら、続く言葉を待っていた。
タマノのそんな仕草に、しかしシーフォンは苦々しい顔をする。
「俺の夢は……、……魔物に滅ぼされたアルセルノ家の、再興だ」
タマノがはっとした顔になる。
「なっ、何故滅ぼされ……!? いや……すまぬ。要らんことを聞いたようじゃ」
それきり無口になるシーフォン。
その静寂にいたたまれなくなったタマノは、
「……さて、もう充分休んだじゃろう? ほれ、そろそろ出発しんす」
「……ああ」
そして二人で立ち上がり、また街道を歩く。
先ほど夢中で走って来た時とは違い、二人の間に流れる雰囲気は重くなり、自然、その足取りも遅々としたものとなった。
――結局、想定していたよりも遥かに道のりを消化できず、二人は野宿をする羽目になった。
***side;タマノ***
すっかり辺りは暗くなってしまい、シーフォンは動物避けのための火をくべる薪を確保しに、少し向こうの森へと入っていった。
自分の役目は荷物の番だ。
一人残されて頭に浮かぶのは、やはりシーフォンのこと。
「ぬし様や……わっちにとって、ぬし様とは一体なんなのかや? ……いや、ぬし様にとって、わっちとはなんなのかや……?」
一人で疑問を唱えても、応答は帰ってこない。
「なにも……、なにも解りんせん……っ」
胸に去来する空虚。
それがまた自分を追い詰める。
――何と言ってシーフォンに接すればよいのか?
――そもそもシーフォンは自分を好いているのか、それとも魔物であるがために、嫌っているのか?
そんなことを考えている内に、思考は留まるところを知らず深みへとはまっていく。
それゆえ、シーフォンと自分へ危険が迫っていることに、気付くのが遅れてしまっていた。
***side;シーフォン***
「――――――!!」
閑静な闇のなか、森の木々に衝撃が走り、羽を休めていた鳥や木を住処としていた動物たちがざわめく。
衝撃は自分の左手を衝動的に木に叩きつけて発生させたものだ。
「……くそ……っ!!」
左手からは鋭い痛みが伝わってくるが、それはどことなく自分の体から伝わるものではないように感じられた。
「最低だろう、俺……!」
タマノはようやく頼り所を見つけ、夢に向かって進み始めたところだというのに、その出鼻を勢いよく挫いたのは誰だ?
……他でもない、俺自身だ。
あれ以来タマノとは口を利けていない。
どの口があいつを傷つけたのか。また会話をして、さらに傷つけてしまうのではないか。
そう考えると、とてもではないが話しかけられなかった。
とはいえ、タマノをこのままにしておくこともできない。
「(――火を囲んだ際に、ちゃんと謝罪をしよう)」
そう決めて、感覚の麻痺した左手を使い、せっせと薪を集めていく。
「よし…、これだけあれば充分だろう」
これで薪の確保は終了だ。あとはタマノのところへと戻って謝罪の言葉を言うだけだ。
……赦しが貰えるかはこの際関係ない。ただ、真摯に謝ろうと誓った。
*****
そろそろ俺はタマノがいる場所へと差し掛かろうとしていた。
するとそこに、男の人影が草音とともに現れた。
「……何か用ですか?」
俺の問いかけに対し、人影は意に介した様子もなく、
「あの魔物娘の連れだな?」
その言葉を聞き、俺は瞬時に警戒を高めた。
「……だったら?」
言いつつ、愛用の短剣に手をやる。
しかし眼前の男は両手を挙げ、戦う意思が無いことを示した。
「取り引きをしよう。あの魔物娘には今多額の報酬が、かのヴィクセン伯爵によってかけられていてな。捕獲の協力をしてくれれば分け前の半分はお前にやろうじゃないか」
「そうか成程、喉から手が出るくらい金は欲しいが……っ!」
短剣を引き抜き、構える。
「そうか……。ご協力頂けないとは、残念だ」
「あいつにやらなければ……謝らなければいけないことがあるんでな……っ!」
誓ったのだ。だから声を大にして叫び、自分を鼓舞する。
だが、その叫びは、それを上回る大きさの音に呑み込まれて消えた。
――熱い。
右肩が燃えるような痛みを訴えてきた。
あれは――、小型だが、銃!?
「くっ、冗談じゃないぞ……!?」
認識した瞬間、俺は駆け出していた。直前まで自分が居たところに、土しぶきが舞う。
ポツッ、ポツッという、やや間の抜けた音のあとに、装填音が聴こえた。
どうやら一度に装填できるのは3発が限度のようだ。
――ならば、この暗さ。
闇に紛れながら動いていればまず当たらないだろう。
そう判断し、銃声3発が聴こえたら動きを止めず、すれ違いざまに一撃、を繰り返す。
お陰で終始動き通しで疲れたが、相手にもそれなりの傷を与えられた。
勿論完全に無傷というわけでもなく、そのうえ俺の足もそろそろ限界が近くなってきた。
だから良くも悪くも次の相対で勝負が決まるだろう。
ポツッ、ポツッ、……ポツッ
1発、 2発、 …… 3発。
三発の銃弾すべてをどうにか避けきった俺はそのまま駆け出し、ありったけの力を込めた一撃を俺は放った。
しかし、何度も続けていたせいで読まれていたのか、その攻撃は身をよじってかわされる。
そして相手が体制を整え、銃に弾を込め、俺を撃ち抜いて終わり……
ではなかった。
「残念ながら、お前がお探しの物は俺のポケットに沢山入ってるぜ?」
バラバラと、俺はポケットから薬莢をこぼれさせた。
「俺がただ攻撃してただけだと思ったら大間違いだ。なんせ俺は盗賊なんでな。……さて、お前の武器はもう使い物にならない。これで……終わりだ!!」
無力化した相手に、止めを刺そうと真っ直ぐ俺は駆け出した。
……その瞬間、信じがたいことに、俺の両足に激痛が走った。
「ぐ……っ!? 何故まだ弾が残っているんだ……!?」
腿を穿たれ、俺ははその場に崩れ落ちる。
身動きがとれなくなった俺の頭に銃を突きつけながら男は言い放った。
「簡単な話だ。この銃は6発装填できるんだからな」
「くそ……貴様、わざと3発しか撃てないフリを……!?」
「奥の手は最後まで取っておくものだろう?」
嘲笑うような声が、上から降ってきた。
「くそ……ここまでか……っ!!」
******
諦めの言葉がシーフォンの口をついて出たとき。
「ぬし様っ……!?」
タマノが、来てしまった。
銃を突きつけていた男は冷徹な笑みを浮かべ、
「これはこれは……! そちらから出向いてくれるとは、手間が省けたな」
「タマノ、逃げろっ!! こいつの目的はお前だ!!」
「じゃが……! ぬし様はどうなるんじゃ!?」
「俺のことはいい! とにかく逃げ……ぐぁっ!!」
男は無造作にシーフォンの頭を蹴った。
強烈な衝撃でシーフォンの意識が混濁する。
「くそ……タマノ……っ」
「っ!!」
「……さて、大人しくついてきて貰おう。できれば傷が少ない方が報酬が弾むんでね」
男は銃をタマノに向け、そう脅迫する。
奪われた弾はあらかた拾い直され、彼は残弾を気にすることもなくなっていた。
「…………るんじゃな……」
「? ……聞こえないぞ?」
冷徹な笑みを作ったまま、男が言う。
そんな男を一瞥したタマノの眼は、怒りに震えていた。
「わっちの……、わっちの怒りに触れたことを……後悔するんじゃな……!」
言った途端、タマノの周りに3つ、青い火の玉が現れた。
男の顔から余裕が消える。
彼は危機を感じ、銃を火の玉に向けて撃つが、弾は青い炎に触れた瞬間に熔解し、何も残らなかった。
「なんだ、これは……!?」
「しーぽんの意識が飛んでおるのが幸いじゃの……こんな力を振るっておるところは、見られたくありんせん……」
タマノは悲しげに目を伏せたあと、男を睨み付けた。
「さて、……覚悟しんす」
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
青い狐火が男を包む。
灰さえ残らないほどに、男は燃え「尽きた」。
******
シーフォンが眼を覚ました頃には、夜が明けていた。
木の葉の朝露を太陽が照らしていて、眩しさに一度開いた眼を彼はすぼめる。
胸の辺りに違和感を感じて彼はそちらを見やると、疲れたようにタマノが頭を載せて眠っていた。
あの後何があったかはシーフォンには解らなかったが、とりあえずタマノが無事だと言う事実に、思わず左手でタマノの頭を撫でていた。
そして彼は気づく。
「傷が……消えてる?」
木に左手を叩きつけた際の傷がそこにはなかった。
もしやとシーフォンは思い、撃たれた右肩と、両足に触れる。
「ここも……か」
シーフォンが驚いていると、タマノが眼を覚ました。
「ぬし様……! 気がついたかや!? 痛むところなどあったりせんかや!?」
タマノの眼にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。
「ああ……えっと、何ともないぞ」
「そうかや……っ! わっちは、わっちはぬし様のことが心配で……っ!」
ぐじぐじとシーフォンの胸に顔をすり付けながら泣き出すタマノ。
「あの後……俺がやられてから、何があったんだ?」
「っ……それは……」
……タマノは事の子細をシーフォンに説明した。
「つまり、これはタマノの、妖術とやらのお陰ということか?」
傷の治った左手をひらひらさせながら、シーフォンが言った。
「あまり日に何度も使えるわけではありんせん。尻尾の数がそのまま妖力の高さじゃから、3本のわっちはまだまだ半人前もいいとこじゃ」
「だとしても、すごい力じゃないか……ありがとう。助かった。……それと、昨日はその、すまなかった。あんなことを言ってしまって……」
「それでも……ぬし様もやっぱり魔物は恐ろしかろう?こんな力を振るいんす……」
そう言って、目を伏せるタマノ。
シーフォンはそんなタマノの顎を持ち上げ……自分の唇を押し付けた。
そしてゆっくりと離れ、応える。
「そんなことはない。今、俺がこうして無事でいられるのは、タマノのその力のお陰だ。感謝こそすれ、恐ろしいなんて思わない」
「……本当かや?」
「ああ、本当だ」
「…………ぬし様にとって、わっちはなんじゃ?」
タマノの疑問に少し考えるそぶりを見せたあと、シーフォンは答えた。
「……お前は今、俺が一番欲しいものを持ってる。それを盗むために、俺はお前と一緒にここまで来たんだ。それはお前の――……んっ」
しかし、続く言葉は唇を重ねてきたタマノによって止められた。
「それはわっちの心……、かや? 残念じゃがそれはどうやっても、ぬし様には盗めんの」
「……どうしてだ?」
タマノはそれを聞くと笑って、
「くふっ……わっちの心は、もう既にぬし様へと捧げるためにありんす。いくらぬし様でも、それは盗めなかろう?」
シーフォンはつられて乾いた笑みを浮かべた。
「はは、参った、……降参だ」
朝露の光が反射して、二人の周りを彩っていた。
13/03/12 11:20更新 / ノータ
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