読切小説
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キキーモラさんの調教記録〜属性って大事〜
「ひゃわぁぁぁ〜〜っ!?」


ガシャァァンっ!!



 なにかが割れるようなけたたましい音とソプラノがかった悲鳴が、微睡みの中にいる僕、ロード・アスタルムの意識を否応にも覚醒させた。


「うあぁ、またか…………」


 僕以外にこの家にいる人物、ましてや朝一番に情けない悲鳴をあげうる人物は一人しかいない。


「アリーシャーっ!? もしかしなくてもまたお皿割っちゃったのかーっ!?」


 遠くのキッチンにいるだろう彼女に聞こえるように僕は大きな声を出した。


 アリーシャ。ひょんなことから僕の屋敷で雇うことになった魔物娘のメイドだ。種族はキキーモラ、知り合い曰く『主人とされる人に奉仕することを生き甲斐とし、家の仕事が得意』な種族らしい。
 そんなメイドの鏡とも呼べるキキーモラであるアリーシャが、しかして皿を割ったのはこれで何枚だろうか。僕は二桁を越えた辺りから数えることを諦めた。
 今のは寝室まで破砕音が聞こえたのだから、皿は二枚か三枚……下手すると五枚以上割れていてもおかしくないだろう。


「ひぅ、す、すみませんご主人様っ!? お片付けはすぐに……ひあっ!? 指切っちゃいましたぁ〜!!」


 彼女の焦る声がこちらまでまた届く。


「はぁ……結局、いつも通りなんだね……」


 ベッドから出て、身だしなみを整えるのは後回しにして自分の寝室を出る。部屋二つをまたいだ先の吹き抜けになっている階段を降り、それからもう少しだけ廊下を歩けばキッチンへとたどり着いた。果たしてそこには惨状が。


「(一、二、三……七枚。新記録だ、おめでたくない……)」


 ここまでされては僕とて馬鹿ではない、割れたのはすべて安物だ。彼女がここで働きはじめて少しして、食器が高級品であることへのこだわりなど棄てた。生き残った皿たちは、今はもう来客時に活躍の場を見るかどうかだ。
 ……それでもさすがに七枚は多いと思うのだけど。そろそろ食器は木製か……最悪、紙製でもいいかもしれない。


「……アリーシャ、僕が片付けるから。君は早く指を手当てするんだ。いいね?」


 白と黒を基調とした清楚なエプロンドレスに身を包むアリーシャに僕は言ってやった。髪の毛と同じ琥珀色の目をした彼女は誰もが美しいと称賛するだろう。ハーピーの羽が集まってできたような手首回りの体毛や尻尾、少しだけごつごつした質感の鳥趾はやはり彼女が人外、魔物娘であることを認識させてくれる。だが指を切ったという言葉の通り、その細指からは赤い筋が流れ出ていた。万一にも化膿しては大変だ。


「ぁう……ご主人様のお手を煩わせてしまい、申しわけございません……」


 しゅん……、とふわふわの尻尾を下げ、アリーシャは退出した。恐らく行き先は手洗い場だろう。


「さて、片付けるかな……」


 そう、もうお分かりの通り。
 アリーシャは、家事がまるでできないのだ。


 そんな彼女との出会いの始まりは、一通の手紙だった――……。


――――――――――――


『ロード君――いや、もう君のことはアスタルム卿と言わなければならないのか。
 元気にしているか? 君の父、ヴァルクが亡くなってしまったのは私も残念に思っているよ。
 そしてこれから君は父の仕事を受け継ぎ、アスタルムの地を治める領主になるのだな。
 おめでとうと言えばいいのかは判断がつかないが、応援しているよ。だからといってはなんだが、私の家の従者を一人、そちらで雇ってはみないか?
 今までは君がヴァルクの意向で従者の代わりに家事をやっていたそうだが、君も領主ともなればそうもいかなくなる。気にかけなければならないのが家から土地へと変わるのだからな。
 無論、遣わせるのは私の認めた一人前の従者だ。
 ……悪い話ではないと思うが、どうだろうか?
 
                      ローシェ・レストマイス』


――――――――――――


 アスタルム領主の父を亡くした僕に届けられたのはローシェ、僕が子供の頃から近隣の土地レストマイスを治めているヴァンパイアからの手紙だった。母を早くに亡くしていた僕のことをわざわざ気にかけてくれている、頭が上がらない第二の母のような存在である。
 彼女には全幅の信頼を寄せていたので、この話もありがたく受けさせてもらったのだが……。



――――――――――――


 それは僕が領主になってしばらくしたある日のことだ。ローシェの手紙にあった従者とやらはそろそろ到着してもおかしくない頃なのに、まったく訪ねてくる気配がない。仕方なく屋敷の外に出てみると、なにやら街に怪しげな人物がいるとの噂が耳に入ってきた。なんでも僕の屋敷の場所を何度も訊いては道に迷い、訊いては道に迷い……を繰り返しているそうだ。
 まさかとは思うが、その人物が……?
 頭を抱えて思考を巡らせていると、見知らぬ女性が話しかけてきた。見たところ魔物娘か?


「……あの、申しわけございません、ロード・アスタルム様のお屋敷へはいったいどのようにして……って、わぁっ!? こ、この匂いはもしや、私のご主人様!? ロード・アスタルム様で間違いないでしょうか!?」


「あ、うん……そうだよ」


「遅れてしまい、申しわけありませんでしたっ!! 道中でうっかり地図を失くしてしまい、その後も色々なものが……大変な旅路でございました……」


 なんだこのうっかりさんは。大丈夫だろうか。っていうか僕の匂いって何? 嗅がせた覚えとか無いんだけどローシェ? まさか下着とか盗んだりしてないよね?


 ――そして、いざ働きはじめたアリーシャはどう贔屓目に見ても、極東の島国にいるとかいないとか噂をされている『ドジっ娘メイド』でしかないのだった。


――――――――――――




「……で、今日はどうして皿を割っちゃったの?」


 話は戻って今は朝食後の詰問タイム。
 そのドジっ娘メイドさんはただいま僕の目の前で身を丸めていらっしゃる。


「その……朝食のお皿をご用意させていただこうとしていたときに、その、黒光りする悪魔のような虫が私目掛けて飛翔してきた気がしましたのでつい、お皿を持ったままなのも忘れてサマーソルトキックを……」


「うん、宙返っちゃう必要はなかったよね!? それと目撃したかどうかすら曖昧な状況で思いきりすぎないですか? ちなみにその、ゴ……ヤ、ヤツはどうしたの?」


「申しわけございませんご主人様、よく見えなかったもので……お皿も割れてしまいましたし、それどころでは……」


 ということは、もしかすると見えないだけで何匹も我が家に悪魔が取り憑いてしまったのかもしれないということか……。そろそろ僕も本気で考えなければならない時がきたのかもしれない。


「……よし、決めた」


「何をです?」


「アスタルムの地を治める前に、まずは君をどうにかして立派な従者にする。名付けて『アリーシャ再教育プロジェクト』だ! というわけだから早速、屋敷の掃除の仕方から改善するよ!」


「は……、はいっ! ご主人様!!」


 プロジェクト……開始。




――――――――――――




 二十分後――。


「…………おかしいな?」


 実は領主の執務に追われていたので今までアリーシャの仕事ぶりをあまり目にすることがなかったのだが、改めて見てみると彼女は恐ろしく手際がいい。彼女が通った後には塵一つすら残っておらず、文句のつけようがなかった。長い廊下がみるみるうちに輝きの範囲を広げるが、なお彼女の進撃は続く。なんだあの箒捌きは。魔女よろしく箒を使いこなし、鼻歌交じりで飛ぶように進む彼女はもう誰にも止められない、止まらない――!!


 どがんっ!!!!


「ひべっ!!?」


 彼女は壁に激突した。


「っ。あー…………。うん、大丈夫ですか?」


 主に身体と頭の中、二つの意味で。


「だ、だいじょぶれす、ご主人様……まさかこんなところに壁があるなんて、盲点でしたぁ…………」



 ――その後の雑巾がけでアリーシャはもう一度壁に激突したあげく、衝撃でふらついて水の入ったバケツをひっくり返したことは言うまでもない。


 昼食を食べる間も惜しんで僕たちはその後も屋敷を掃除した。もし黒い悪魔がいたら駆除しなければならないのだ、それは真剣にもなるよ。
 アリーシャがバケツをひっくり返して各所を水浸しにしながらも、なんとか三時ごろには終了した。どうやら黒い悪魔も彼女の見間違いだったらしく、幸いにして一匹も出てこなかった。

「よし、アリーシャ。とりあえず掃除はここまで。おやつでも食べようよ。さすがにお腹が空いてきちゃった」

「かしこまりました、ご主人様。しかしお時間も少し遅いですし夜ご飯が少しばかり重たいものを考えていますのでヨーグルト、それと果物を切って乗せるようなものでもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」

 アリーシャ再教育プロジェクト第二段、料理の開始である。といっても食事はいつもアリーシャが作っていて、味にも特に問題はない、というかむしろ美味しい。ならば何故アリーシャ再教育プロジェクトに料理が入っているかといえば、答えは一つだ。

「ふんふんふ〜ん♪」

 アリーシャは果物を切るのに夢中で気がついていない、今が好機。
 僕は素早くゴミ箱を漁って、捨てられたバナナの皮を回収した。
 これをアリーシャの配膳ルートに置けば、きっと彼女は……滑ってコケる。面白いくらいにコケてくれそうな気がする。

「……って、さすがにそれはないか。ただのいたずらにしてもベタベタすぎる。それにアリーシャが滑って怪我なんてしちゃったら目覚めが悪いしね……」

 少し惜しい気もしたが、僕はやっぱりもう一度バナナの皮をゴミ箱に捨てた。

「ご主人様、なにか仰られていましたか? それはそうとお待たせして申しわけありません、ただいま完成いたしましたよ♪」

「ああ、何でもないよ。持ってきてくれるかな?」

「はい、ただいまお持ちいたしますね! ……きゃあっ!?」

「あっ」

 そこからは、時間が止まって見えるくらいに鮮やかな流れが見えた。
 右足を一歩前へ。そしてそのまま左足を一歩前へ。僕がゴミ漁りをしたときにちょっとだけ位置がずれてしまっていたのか左足がゴミ箱に当たって軌道を変え、右足に絡まった。アリーシャは体勢を崩し、ヨーグルトの入った器を上に放り投げる。しかし彼女は諦めていない。うつ伏せになった身体をすぐに反転させると、宙に舞った器を受け止めようとでもいうのか、仰向けの状態で手を伸ばした。

 べちゃっ。

 生々しい音を立てて、器は彼女の上に落下した。

「……せっかくバナナの皮はやめておいたのに自分(セルフ)でコケてくださったー!?」

 せめてもの救いは、彼女の豊満な胸に受け止められたおかげで器が割れなかったことだろうか。

「ぁ……あぅ……ヨーグルトいっぱい、お顔にもかかっちゃいましたぁ……」

 アリーシャは顔もエプロンドレスも、髪の毛の先までも白濁まみれになってしまった。しかもなんの偶然か、ご丁寧に胸部の先端には切ったストロベリーが。ストロベリーonスイカである。……いかん、下らないことを考えるな、僕っ。



 無事だった果物はその後僕が(スイカ以外は)美味しく頂きました。
 


――――――――――――



 掃除、料理と二つのことをやってみて気がついたことがある。

「ねえ、アリーシャ」

「なんでしょうか、ご主人様?」

「ホントにアリーシャって家事自体は上手だよね、壊滅的にドジなだけで」

「いやぁ、照れちゃいますよご主人様ぁ♪」

 いや、別段誉めてはいないのだけれど。

「それで、ドジってことはつまり、気を付けてさえいれば悲劇は回避可能になると思うんだ。だからそうだね……形から入るのはどうだろう? 伊達眼鏡とかかけてみたら、視界がいつもより狭まるからその分気が引き締まるかもしれないよ。見た目にも『デキる人』っぽさが出ると思うし」

 という僕の提案に、アリーシャは目を見開いた。まるで大事なことを忘れていて『あっ、うっかりしてました!』って言いそうな表情だ。

「あっ、うっかりしてました!」

 ……わかりやすっ。

「……何を、うっかり、してたのかな?」

 僕は一言一言を噛みしめるようにして訊いた。そして衝撃が走る。



「私、眼鏡がないと何も見えないくらい目が悪いんですっ!」



 ……ああ、ソウデスカ。




 その後、僕はアリーシャに眼鏡をプレゼントした。それだけで彼女はドジをしなくなった。

















 そしてしばらく経ったある日、彼女は言う。

「ご主人様、うっかり眼鏡を失くしちゃいましたぁ……」
 
 じゃあ頭の上の、耳に引っかかってるそれは何なのかな、アリーシャ?
 あえて僕はそう言わないでいてあげることにした。

       〜fin〜
14/05/30 17:30更新 / ノータ

■作者メッセージ
ドジっ子はリアルじゃないからこそ許される……そう、かわいいは正義なのです。
お久しぶりですノータです連載止めててすみません急にリリムものが書きたくなっちゃって寄り道してたら思いのほか長くなっちゃっててその息抜きにキキーモラさんのSS書いちゃったりしてたらこうなりましたごめんなさい。
ファラオさんもいつか……いつか完成させますからどうか;
あ、twitterはじめました。nohta-アルクノアってやつからフォローされてたらたぶん私です。見かけたSS書きさんをとりあえずフォローする毎日です。

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