肉欲の檻
「ぅ……ぐ……」
レガートは、薄暗い部屋の中で緩やかに意識を覚醒させた。
ぼんやりと靄のかかった思考回路は未だ鈍く、霞んだ視界はこの部屋の床、壁、天井の大まかな色彩しか写せない。
しばらくそのままで沈黙していたレガートはしかし、ふと脳裏によぎった光景に一気にその意識を持ち直して、慌てて体を起こす……はずであった。
「ん、ぐ！？」
しかしそれは叶わない。
起き上がるはずだったレガートの体は、重厚な金属製の椅子にがっちりと拘束されていた。
背もたれに上体を固定され、腕はその椅子の後ろ側で鈍く桃色に光る枷によって固定され、足首は椅子の足に、見えないが感触からして手と同じように金属の足錠で繋がれてしまっている。
そして、口には白い布を巻かれた轡を咬まされていて、ロクに言葉も発することができない。
(ここは、いったい……)
パニックに陥りそうな心を持ち前の精神力で落ち着かせて、レガートは自由に動かせる首で辺りを見回した。
無機質なレンガ造りの部屋には一切の装飾がなく、光源は天井に吊るされた薄暗いランタンだけ。
通気口と思わしき穴がいくつか空いていて、そして正面には見るからに頑丈そうな鉄扉が聳えている。
(そうか……私は捕まったのか……)
自分の身になにが起こったのかを理解したレガートは、首を垂れて轡を噛み締める。
彼は、ここに連れてこられた原因であろう出来事を想起し、悔しさに身を震わせた。
＊＊＊
「隊長！これ以上は持ちませんっ！」
「ダメかっ……！」
「よそ見をする余裕があるかぁっ！」
「ぐっ！」
副長クリスの叫びを聞き、敵将のデュラハンの強烈な一撃を受け流しながら、レガートは歯噛みした。
この状況は、とてつもなくまずい、と。
(村は……ダメか……！)
思わず苦悶の声が漏れそうになるのを、レガートは必死で押しこらえ、眼前の強敵に鋭い一撃を繰り出した。
汗に濡れた短い金髪をたなびかせ、祝福を受けた白鉄の剣が、風を切り裂く矢のように邪なるものを貫ぬかんと、と一直線にデュラハンへと突き出される。
「まだまだぁ！」
しかし、その一撃もデュラハンの高い技術によって防がれてしまう。
その程度で体勢を崩すほどヤワな鍛え方はしていないが、体にのしかかる疲労は相当なものだ。
(これ以上はもう無理か……！)
レガートは今日何度目になるかもわからない歯軋りをした。
主神信仰の盛んな反魔物国家メサイア、そしてそのメサイアの栄誉ある第12兵団を率いる聖騎士レガート・ネストロヴィは、警護に当たっていた農村を突如襲撃してきた魔物の大隊によって窮地に立たされていたのだ。
メサイアを導く賢王アリソンは心優しいことでも知られ、新魔物国家の侵攻が絶えないことを憂いて国の支配下にある小さな農村にも定期的に軍を派遣し警備に当たらせていた。
そしてレガート率いる12兵団はメサイアの北東に位置する人口三百人ほどの小さな農村に一昨日付で二ヶ月の警備任務についていたのだ。
そして、突如として侵攻してきた魔物の大隊に襲撃され、今に至る。
250体にも及ぶ圧倒的な数に、二人掛かりでも圧倒される高い戦闘能力、更に連携も取れているとくれば、レガートの指揮する50人程度の小隊では、勝てる通りなどあるはずもなかった。
「せやぁっ！」
「やるな！」
接近し繰り出した、素早くそれでいて力強い一撃をまたも防がれる。
デュラハンの反撃の盾殴打に天才的反応速度で対応したレガートは、自ら倒れこむように体勢を崩しその一撃をやり過ごし、そしてそんな無茶な姿勢からもなお強力な斬撃を下から『振り下ろす』。
「おおっ！？」
さしものデュラハンもレガートの予測不可能な動きに防御に回らざるをえず、一時的に動きを固められる。
そこを逃すまいとレガートは攻勢に転じようとして……
「っ！？」
魔力の乱れを肌で感じ、とっさにその場から飛んで離れる。
その直後、見るも憚られる桃色の触手が地面を突き破り、先ほどまでレガートがいた場所を突き抜けていく。
「あぁん、また外れちゃった。本当に強いのねぇ」
貴重なチャンスをフイにされて、レガートは歯噛みした。
敵の副将たるサキュバスの的確な援護が、先ほどからずっとレガートの邪魔をし続けているのだ。
「本当に大したものだ……だが、お前一人だけで我らの勢いを崩せるか？」
(確かに、このままではジリ貧だ……)
敵の隊長と副長を単騎で抑え続けるという奮闘を見せていたレガートだが、これ以上は持ちそうにないと唸る。
自分ではない、村が、隊が持たないのだ。
すでに村のほとんどが魔物の集団によって蹂躙され、男は魔物に跨られ貪られ、村娘たちは魔物へと変えられてしまっている。
もう、決断するしかない。
「クリス！！」
「っ……はい！」
副長のクリスの名をレガートは叫んだ。
マンティスの戦士を単独で抑えていたクリスは、苦しそうにしかし確かに返事を返した。
「クリス、ここはもうダメだ、残った兵士たちと村人を連れて撤退しろ、私が殿を務める」
「む、無茶です隊長！」
「やるしかない！我々だけではこいつらをうち倒せない。ならば少しでも多くの命を本国へ連れ帰るしかない！」
「しかしそれではレガート隊長が！」
叫ぶクリスを横目に見て、レガートは不敵に笑う。
「安心しろ、お前たちが逃げる時間は何が何でも稼いでやるさ。私はお前たちの隊長だ、これが私の果たすべき責務だ」
目に涙を浮かべるクリスに対して、レガートはなんでもないかのように言い放つ。
自分は死ぬと言っているようなものなのに、悲壮感は少しもなかった。
「栄誉あるメサイアの騎士として、責務を果たせクリス！！民を、部下をお前が守るんだ！俺がお前たちを守ってみせる！お前はお前の戦いをしろ！」
「っ……生き残ったものは村人を連れて隊列を組め！！ 隊長、どうかご無事を……くっ、武運を祈ります！！」
クリスの号令に従って、生き残っていた十数人の兵士たちが、難を逃れた農民を守るように囲み、隊列を組む。
もう、これだけしかいないのか、レガートは悔しそうに目を細めた。
しかし、後悔している暇はない。
「さぁ、行け！」
「はいっ！さあ行くぞお前たち！！」
『応！！』
敵中を突破せんと、クリスの部隊が一点に集中攻撃を仕掛けて進軍を開始する。
それを阻止せんと多くの魔物たちがそれに飛びかかる、が、
「させるか！！」
レガートの左手に持つ白鉄の聖盾が、神々しく暖かな光を放つ。
神官の手により強力な祝福が授けられたその盾はレガートの元を離れ、撤退するクリスたちに追いつくと、敵意を持つものを遠ざける結界を作り出す。
その守護の力に多くの魔物たちが弾かれて、クリスたちの逃走を防ぐことができない。
「さぁ、彼らを捉えたいのなら私を打ち倒してみせろ！」
言うやいなやレガートは聖なる光の粒子を纏う白鉄剣を振りかざし、すぐ近くにいたリザードマンの戦士に切りかかった！
「でやぁっ！」
「ぐっ、なぁっ！？」
アリソンの手から授けられた白鉄の聖剣は慈悲の力で形作られた刀身を持つ。
防ぐために構えた剣ごと胴体を深く切り裂かれたリザードマンは一滴も血を流すこともなく気を失った。
それを見て、魔物たちが果敢にレガートに挑みかかるも、まさしく一騎当千の実力を誇るレガートはそれを易々と弾き飛ばしていく。
「どうしたぁ！！まだまだこんなものではないぞ！」
「どうやらそのようだな」
武器を弾き飛ばされた魔物の兵士へ袈裟斬りに切りかかったレガートの剣を、黒の分厚い刀身が阻んだ。
先ほどまで打ち合っていた敵将デュラハンの巨大な剣だ。
「お前たち、十五人の小隊を2組編成し撤退した敵軍に追撃しろ。シャロン、ミリア、お前たちが指揮しろ。他のものたちは村を見回れ、残ったものがいないか確認しろ、一人も見逃すな、これはキャリーに任せる。彼は私と副長でやる」
「はっ！」
「くっ……」
デュラハンは未だ無傷であったケンタウロスとオーガ、そしてサラマンダーの兵士に命令を下し、そして再び、レガートと向き合った。
部下の追撃に移る敵を追撃したくも、目の前の強敵にそんな隙は晒すことができない。
「なぜ、お前も共に逃げなかった？」
「む？」
「その盾の加護があれば、彼らを守りながら共に逃げられたろうに」
「……国に帰るまでこの力はとても持たん、精々が半刻程度だ。ならば、俺がここで貴様らの足止めをし、彼らに少しでも安全な時間を確保してやる。これが俺の務めだ」
「……ふふっ、そうか」
覚悟を決めたレガートの答えに少し嬉しそうに笑ったデュラハンは、その暗い剣の先端をレガートに突きつけた。
鉄の白色に輝くはずの刃は、今までに吸った血の色なのか、薄く紅色がかっている。
「お前ほどの騎士を相手にできることを誇りに思わねばな……我が名はローゼ・シュトラウス、誇り高きデュラハンの騎士！」
「……賢王アリソン様に仕えしメサイアの騎士、レガート・ネストロヴィ！」
堂々たる名乗りの後に、二人は剣を構えた。
闘気が目に映るほどに気を高める両者の目は、まさしく決闘に臨む騎士のそれである。
しかし、そんな両者の間に横槍を挟む声が一つ。
「あの……ローゼ隊長？これ私はどうすればいいんですか？」
「知らん、口を挟むなフラン」
「酷い！？」
ガビーンとショックを受けて崩れ落ちる、副将のサキュバス。
よよよと泣き崩れ落ちて地べたに座れば妙に短いスカートから晒される健康的な太ももが目に眩しいが、レガートの目には微塵も映らなかった。
「戦いを前に軽口を挟むとは、余裕だな」
「いやすまない、気を使わせたな……改めて、尋常に勝負！」
「オォォッ！！」
宣言の直後、凄まじい衝撃。
両者の振るった剣がぶつかり合い、凄まじい鍔迫り合いに持ち込まれる。
そして二人の騎士の戦いが始まった。
＊＊＊
(そのあと私は……いきなり気を失って……)
レガートは、ここに閉じ込められる前に覚えていた全ての記憶をなぞり、そして理解した。
自分は、なんであれ敗れ去り、そして捕らわれたのだ。
見てみれば、聖騎士に与えられる重鎧はどこへやら、粗末な布のズボンを履かされ、上半身は裸という有様だ。
しかし、レガートは深くため息こそつけど、心底ホッとしていた。
(クリスたちは、逃げ切れたろう)
デュラハンのローゼとの戦いは実に一刻にも及ぶ激戦だった。
途中トドメをささんというところまで追い詰めたところで副将フランが再び乱入し劣勢に追い込まれるも、そこから怒涛の反撃で体力の続く限り粘り続けたのだ。
2時間近いほどの激戦の果てについに倒れたが、殿としての責務は果たせたと言っていいだろう。
レガートは若くして優秀なクリスのことを深く信頼している。
彼であれば、自分の稼いだ1時間で必ずや敵の追撃を振り切ってくれたはずだ。
後は……自分に相手がどう対応してくるか、だけである。
(自害は許されない……両親からもらった命をそんなことで散らすわけにはいかない。であれば……たとえここで命を落とすことになろうとも決して敵の拷問には屈しない、最後まで信念を貫き通す)
遠からず死が訪れるであろうことを、たとえそうでなくとも耐え難い苦痛が襲い来ることを思い、しかしレガートは冷静だった。
昔から戦場で恐れず武功を上げてきた叩き上げの軍人でもあるレガートの精神は鋼のように硬かったのだ。
そして、彼がそんな悲痛な決意を固めたちょうどそのタイミングで、ギィッと、重い鉄扉が開かれた。
「あら、起きてたのね」
(この女は……)
レガートが囚われている独房に入ってきたのは、戦場でも直に刃を交わした敵の副将、魔導師のサキュバスだ。
見るのものの目を奪う美しい顔立ちに誘うような微笑み、濃紺色の髪は緩いウェーブを描き背中の中程まで伸びて、頭には鮮やかな青い角が生えている。。
纏う衣装は服というよりもはや下着、局部をかろうじて隠しているにすぎない。
特に腰元のスカートはあまりにも短すぎてほとんど役目を果たしておらず、左右の腰につった飾り布は面積も広く長いが肝心な部分をまるで隠しておらず、むしろそれが尾のように揺れることでより扇情的に見えてくる。
「サキュバスのフランシス・クライレイよ、素敵な聖騎士様♥ 目覚めの気分はいかがかしら」
「ぐ、む……」
「あらごめんなさい、起きがけに舌なんて噛まれたら大変だから噛ませておいたのよ、後は魔法対策」
フランシスはレガートのそばに歩み寄ると、その口に押し込まれていた布の轡をそっと取り外した。
「っ……ケホッ、エホッ」
「あらあら、よだれがこんなにたくさん。喉乾いたでしょう、水をいれるわ」
「いら……な……」
掠れた声で拒否するレガートを無視して、どこから取り出したのやら美麗な陶器からカップに水を注ぐフランシス。
気を失っている間もほとんどの唾液を轡に吸われ乾ききったレガートの喉が、冷たい水を見てゴクリと鳴る。
「はい、飲ませてあげる」
椅子に固定され腕も動かせないレガートの口元に、フランシスはそっとガラスのカップを運んだ。
しかしレガートはそれを拒む。
目をつぶり、唇を真一文字に結び完全拒否の姿勢だ。
何が入っているかわかったもんじゃない。
「意地を張らないの……仕方ないわね♪」
いやに諦めが早い。
そう思って薄目で様子を見れば、フランシスはカップの中身を自分の口へと運ぶ。
何をする気か、そう思った途端。
「んんっ！？」
「んふ〜♪」
フランシスが、レガートにキスをして、さらにキュッと鼻をつままれた。
呼吸を封じられ碧眼を見開くレガートのまさしく目と鼻の先には悪戯げにニヤつくフランシスの顔。
1分、2分、鍛えられた肺活量でも限界が訪れる。
「〜〜〜っ、ハァッ、ぐむうっ」
「ん〜♥」
酸素を求めて口を開いた途端、フランシスの生暖かい舌と、妙にぬめる水、そしてフランシスの淫気を多分に含んだ呼気がレガートの喉奥に注ぎ込まれてしまう。
「ゴホッ、ゴホッ……貴公何を……！」
「喉乾いてるんでしょ、素直に飲まなきゃダメよ〜？あ、それとも今みたいに飲ませてもらうほうがいい？」
「くっ、普通に飲む！」
「ざんねーん……」
残念がるフランシスを尻目に、レガートは唇を噛み締めた。
生涯を捧げる相手のために残しておいたファーストキスが、こんな形で淫魔なんかに。
清廉潔白を地でいくだけに、ショックは大きかった。
「さて改めて、お目覚めの気分はいかが？レガート・ネストロヴィさん」
「……あぁ、貴公のような美人の顔を見られて最高さ、その頭に角がなくてこんな不細工な椅子に拘束されてなければなお良かった」
「あらありがとう♪」
レガートの皮肉に、フランシスはクスクスと笑って礼を返す。
レガートの刺すような視線を受けてもまるで動じることはない。
「さて……さっさと仕事を終わらせましょっか、まずはあなたの情報の確認から。間違ったところがあったら言ってね」
「ふん……」
フランシスはその深い谷間からどういうわけか丸められた羊皮紙を引き出して、止め紐を解きそれを開いた。
「レガート・ネストロヴィ。主神信仰国家メサイアで生まれ育つ。農民として生を受けながらも懸命に訓練を積んで軍学校に進学。周囲の視線を気にすることなく成果を上げ続け、いざ実戦では無双の働きを見せて弱冠23歳で聖騎士の称号を授けられる。品行方正、眉目秀麗、文武両道にして気高く、王に絶対の忠誠を誓うとして他の騎士たちからの評価も高く、さらに新兵クリスの才能を見出し副官に任命、その後も素晴らしい活躍を続ける、と……まるで勇者様みたいな活躍ね、神様の加護でも受けた？」
褒めちぎるようなフランシスの朗読に、レガートは苦々しい顔をした。
「私の出生に関しては合っているが、その褒めそやかすような内容は怖気が走るな。しかし一体どこから私の情報など調べた」
「あなたの知ってる人から聞いたのよ♥ 他にも色々聞かせてもらったわ、ご実家に住んでることとか白色が好きなこととか、好きな食べ物も嫌いな食べ物も意外と虫が苦手なこととかもね」
その言葉にレガートは耳を疑った。
あの気高きメサイアの民たちに内通者がいるなど考えたくもない。
所詮は敵の戯言と、すっぱり切り落とす。
しかしどういうわけか今告げられた情報はレガートの趣味趣向に関することが多い。
「戯けたことを……」
「本当のことなのに……で、さて……どうしましょうか」
「なに？」
「私の仕事は尋問なのだけれど……実のところ聞かなきゃいけないことってないのよね。あなたの国のことは全部知ってるし。お城の中の構造とか兵士の数とか」
その発言に再びレガートの背筋が凍った。
この女は嘘を言っていない。
当然のように言い放つフランシスの姿にレガートは確信した。
「己、どこから我が国の情報を……まさか私の部下たちを！」
「いやぁん♪そんなに怒鳴らないでぇ？ ……教えて欲しいかしら？と、こ、ろ、で。たくさん話して、喉渇かない？」
「ぐっ……」
フランシスはニヤリといやらしい笑いを浮かべて、先ほどの水の入った陶器を取り出した。
レガートもこの魔物が淫魔であることを知っている以上、なにを要求させるかは察している。
「さ、どういう風に飲ませて欲しいかしら？普通にコップから飲む？それか、さっきみたいに私に飲ましてほしい〜？」
「……」
「私、あなたみたいに素敵でカッコいい騎士様にイイことされちゃったら、気分良くって色々口走っちゃうかも〜♥」
「……くだらん」
レガートは再び興味なさげに視線を外した。
「私はどうせここで命尽きる定めなのだ……ここで知ろうとも意味はない。ならばせめて最後くらい、自分の矜持を貫き通すくらいのわがままを言ってもいいだろう。私は貴公の甘言になど屈しない、お前の誘惑になんぞ乗らない。何があろうともな」
「そう……残念ね」
レガートの敵意のこもった視線に残念そうに肩を落とすフランシス。
しかしすぐにまた持ち直せば、その瞳にはまぎれもない悪意が宿っていた。
「でも、そういうお固い騎士様を骨抜きにしてあげちゃうっていうのも、面白そうよね〜♥」
身に纏う雰囲気が変わったことをレガートは感じた。
先ほどまでのおちゃらけた仕草とは違い、今のフランシスは堕落の夢魔にふさわしい退廃的で破滅的な、危うい魅力を放っている。
「じゃあ、ここからは『尋問っていう名目』で好きなようにやらせてもらおうかしら♪私たちの軍ではね、捕虜として捕まえた人はその部隊のメンバーで好きなようにしていいってことになってるのよ」
「捕虜の扱いすらまともにできんとは、下賤な魔物にはふさわしいな。弄ぶだけ弄んでから殺す気か」
レガートが縛り付けられた椅子に歩み寄ったフランシスは、誘うような手つきでレガートの頬を撫でた。
レガートはそれに反抗的な視線を返す。
「殺しなんてしないわよ、誤解しないで」
「なら操り人形にでもするつもりか」
「あ、それは面白そうかも♪」
腰布を揺らしながらレガートの白い首筋をフランシスの白魚のような指が這い回る。
嫌悪感に鳥肌たつレガートの肌をカリカリと爪で引っ掻かれ、刺激がより強まる。
「敏感なのね♪」
「黙れっ……！」
「ふふ、貴方みたいな人、私ほんと大好き♥その誇り高き瞳も、高潔な心も、純潔の躰も……全部堕としてあげたい」
「ぐっ……」
フランシスが、拘束されたレガートの足にまたがり、対面座位の姿勢に持ち込んだ。
密着したフランシスの豊満な肉体、薄布一枚に遮られた乳房がレガートのたくましい胸板にむにゅりと押し付けられる。
シミひとつなく肉付きのいい太ももが擦り付けられ絡みつき、細くしなやかな両腕が後頭部にかけられ強く抱かれれば、人間離れした美貌が眼前に迫り、夢魔の甘い香りが嫌でも鼻をつく。
「というわけで……これから貴方を好き放題しちゃうわね♪戦闘では圧倒されちゃったけど……経験のないこっちではどうかしら♥」
「己……！」
スリスリと、まさしく娼婦のように体全体を擦り付けながら、レガートのズボンがスルスルとずり下され、足枷までずり下される。
黒く質素な下着が露わになり、まだ勃起の兆候を見せないその中にゆっくりとフランシスが、手を差し込んだ。
「ふふ……さ、楽しみましょう♥」
レガートは、薄暗い部屋の中で緩やかに意識を覚醒させた。
ぼんやりと靄のかかった思考回路は未だ鈍く、霞んだ視界はこの部屋の床、壁、天井の大まかな色彩しか写せない。
しばらくそのままで沈黙していたレガートはしかし、ふと脳裏によぎった光景に一気にその意識を持ち直して、慌てて体を起こす……はずであった。
「ん、ぐ！？」
しかしそれは叶わない。
起き上がるはずだったレガートの体は、重厚な金属製の椅子にがっちりと拘束されていた。
背もたれに上体を固定され、腕はその椅子の後ろ側で鈍く桃色に光る枷によって固定され、足首は椅子の足に、見えないが感触からして手と同じように金属の足錠で繋がれてしまっている。
そして、口には白い布を巻かれた轡を咬まされていて、ロクに言葉も発することができない。
(ここは、いったい……)
パニックに陥りそうな心を持ち前の精神力で落ち着かせて、レガートは自由に動かせる首で辺りを見回した。
無機質なレンガ造りの部屋には一切の装飾がなく、光源は天井に吊るされた薄暗いランタンだけ。
通気口と思わしき穴がいくつか空いていて、そして正面には見るからに頑丈そうな鉄扉が聳えている。
(そうか……私は捕まったのか……)
自分の身になにが起こったのかを理解したレガートは、首を垂れて轡を噛み締める。
彼は、ここに連れてこられた原因であろう出来事を想起し、悔しさに身を震わせた。
＊＊＊
「隊長！これ以上は持ちませんっ！」
「ダメかっ……！」
「よそ見をする余裕があるかぁっ！」
「ぐっ！」
副長クリスの叫びを聞き、敵将のデュラハンの強烈な一撃を受け流しながら、レガートは歯噛みした。
この状況は、とてつもなくまずい、と。
(村は……ダメか……！)
思わず苦悶の声が漏れそうになるのを、レガートは必死で押しこらえ、眼前の強敵に鋭い一撃を繰り出した。
汗に濡れた短い金髪をたなびかせ、祝福を受けた白鉄の剣が、風を切り裂く矢のように邪なるものを貫ぬかんと、と一直線にデュラハンへと突き出される。
「まだまだぁ！」
しかし、その一撃もデュラハンの高い技術によって防がれてしまう。
その程度で体勢を崩すほどヤワな鍛え方はしていないが、体にのしかかる疲労は相当なものだ。
(これ以上はもう無理か……！)
レガートは今日何度目になるかもわからない歯軋りをした。
主神信仰の盛んな反魔物国家メサイア、そしてそのメサイアの栄誉ある第12兵団を率いる聖騎士レガート・ネストロヴィは、警護に当たっていた農村を突如襲撃してきた魔物の大隊によって窮地に立たされていたのだ。
メサイアを導く賢王アリソンは心優しいことでも知られ、新魔物国家の侵攻が絶えないことを憂いて国の支配下にある小さな農村にも定期的に軍を派遣し警備に当たらせていた。
そしてレガート率いる12兵団はメサイアの北東に位置する人口三百人ほどの小さな農村に一昨日付で二ヶ月の警備任務についていたのだ。
そして、突如として侵攻してきた魔物の大隊に襲撃され、今に至る。
250体にも及ぶ圧倒的な数に、二人掛かりでも圧倒される高い戦闘能力、更に連携も取れているとくれば、レガートの指揮する50人程度の小隊では、勝てる通りなどあるはずもなかった。
「せやぁっ！」
「やるな！」
接近し繰り出した、素早くそれでいて力強い一撃をまたも防がれる。
デュラハンの反撃の盾殴打に天才的反応速度で対応したレガートは、自ら倒れこむように体勢を崩しその一撃をやり過ごし、そしてそんな無茶な姿勢からもなお強力な斬撃を下から『振り下ろす』。
「おおっ！？」
さしものデュラハンもレガートの予測不可能な動きに防御に回らざるをえず、一時的に動きを固められる。
そこを逃すまいとレガートは攻勢に転じようとして……
「っ！？」
魔力の乱れを肌で感じ、とっさにその場から飛んで離れる。
その直後、見るも憚られる桃色の触手が地面を突き破り、先ほどまでレガートがいた場所を突き抜けていく。
「あぁん、また外れちゃった。本当に強いのねぇ」
貴重なチャンスをフイにされて、レガートは歯噛みした。
敵の副将たるサキュバスの的確な援護が、先ほどからずっとレガートの邪魔をし続けているのだ。
「本当に大したものだ……だが、お前一人だけで我らの勢いを崩せるか？」
(確かに、このままではジリ貧だ……)
敵の隊長と副長を単騎で抑え続けるという奮闘を見せていたレガートだが、これ以上は持ちそうにないと唸る。
自分ではない、村が、隊が持たないのだ。
すでに村のほとんどが魔物の集団によって蹂躙され、男は魔物に跨られ貪られ、村娘たちは魔物へと変えられてしまっている。
もう、決断するしかない。
「クリス！！」
「っ……はい！」
副長のクリスの名をレガートは叫んだ。
マンティスの戦士を単独で抑えていたクリスは、苦しそうにしかし確かに返事を返した。
「クリス、ここはもうダメだ、残った兵士たちと村人を連れて撤退しろ、私が殿を務める」
「む、無茶です隊長！」
「やるしかない！我々だけではこいつらをうち倒せない。ならば少しでも多くの命を本国へ連れ帰るしかない！」
「しかしそれではレガート隊長が！」
叫ぶクリスを横目に見て、レガートは不敵に笑う。
「安心しろ、お前たちが逃げる時間は何が何でも稼いでやるさ。私はお前たちの隊長だ、これが私の果たすべき責務だ」
目に涙を浮かべるクリスに対して、レガートはなんでもないかのように言い放つ。
自分は死ぬと言っているようなものなのに、悲壮感は少しもなかった。
「栄誉あるメサイアの騎士として、責務を果たせクリス！！民を、部下をお前が守るんだ！俺がお前たちを守ってみせる！お前はお前の戦いをしろ！」
「っ……生き残ったものは村人を連れて隊列を組め！！ 隊長、どうかご無事を……くっ、武運を祈ります！！」
クリスの号令に従って、生き残っていた十数人の兵士たちが、難を逃れた農民を守るように囲み、隊列を組む。
もう、これだけしかいないのか、レガートは悔しそうに目を細めた。
しかし、後悔している暇はない。
「さぁ、行け！」
「はいっ！さあ行くぞお前たち！！」
『応！！』
敵中を突破せんと、クリスの部隊が一点に集中攻撃を仕掛けて進軍を開始する。
それを阻止せんと多くの魔物たちがそれに飛びかかる、が、
「させるか！！」
レガートの左手に持つ白鉄の聖盾が、神々しく暖かな光を放つ。
神官の手により強力な祝福が授けられたその盾はレガートの元を離れ、撤退するクリスたちに追いつくと、敵意を持つものを遠ざける結界を作り出す。
その守護の力に多くの魔物たちが弾かれて、クリスたちの逃走を防ぐことができない。
「さぁ、彼らを捉えたいのなら私を打ち倒してみせろ！」
言うやいなやレガートは聖なる光の粒子を纏う白鉄剣を振りかざし、すぐ近くにいたリザードマンの戦士に切りかかった！
「でやぁっ！」
「ぐっ、なぁっ！？」
アリソンの手から授けられた白鉄の聖剣は慈悲の力で形作られた刀身を持つ。
防ぐために構えた剣ごと胴体を深く切り裂かれたリザードマンは一滴も血を流すこともなく気を失った。
それを見て、魔物たちが果敢にレガートに挑みかかるも、まさしく一騎当千の実力を誇るレガートはそれを易々と弾き飛ばしていく。
「どうしたぁ！！まだまだこんなものではないぞ！」
「どうやらそのようだな」
武器を弾き飛ばされた魔物の兵士へ袈裟斬りに切りかかったレガートの剣を、黒の分厚い刀身が阻んだ。
先ほどまで打ち合っていた敵将デュラハンの巨大な剣だ。
「お前たち、十五人の小隊を2組編成し撤退した敵軍に追撃しろ。シャロン、ミリア、お前たちが指揮しろ。他のものたちは村を見回れ、残ったものがいないか確認しろ、一人も見逃すな、これはキャリーに任せる。彼は私と副長でやる」
「はっ！」
「くっ……」
デュラハンは未だ無傷であったケンタウロスとオーガ、そしてサラマンダーの兵士に命令を下し、そして再び、レガートと向き合った。
部下の追撃に移る敵を追撃したくも、目の前の強敵にそんな隙は晒すことができない。
「なぜ、お前も共に逃げなかった？」
「む？」
「その盾の加護があれば、彼らを守りながら共に逃げられたろうに」
「……国に帰るまでこの力はとても持たん、精々が半刻程度だ。ならば、俺がここで貴様らの足止めをし、彼らに少しでも安全な時間を確保してやる。これが俺の務めだ」
「……ふふっ、そうか」
覚悟を決めたレガートの答えに少し嬉しそうに笑ったデュラハンは、その暗い剣の先端をレガートに突きつけた。
鉄の白色に輝くはずの刃は、今までに吸った血の色なのか、薄く紅色がかっている。
「お前ほどの騎士を相手にできることを誇りに思わねばな……我が名はローゼ・シュトラウス、誇り高きデュラハンの騎士！」
「……賢王アリソン様に仕えしメサイアの騎士、レガート・ネストロヴィ！」
堂々たる名乗りの後に、二人は剣を構えた。
闘気が目に映るほどに気を高める両者の目は、まさしく決闘に臨む騎士のそれである。
しかし、そんな両者の間に横槍を挟む声が一つ。
「あの……ローゼ隊長？これ私はどうすればいいんですか？」
「知らん、口を挟むなフラン」
「酷い！？」
ガビーンとショックを受けて崩れ落ちる、副将のサキュバス。
よよよと泣き崩れ落ちて地べたに座れば妙に短いスカートから晒される健康的な太ももが目に眩しいが、レガートの目には微塵も映らなかった。
「戦いを前に軽口を挟むとは、余裕だな」
「いやすまない、気を使わせたな……改めて、尋常に勝負！」
「オォォッ！！」
宣言の直後、凄まじい衝撃。
両者の振るった剣がぶつかり合い、凄まじい鍔迫り合いに持ち込まれる。
そして二人の騎士の戦いが始まった。
＊＊＊
(そのあと私は……いきなり気を失って……)
レガートは、ここに閉じ込められる前に覚えていた全ての記憶をなぞり、そして理解した。
自分は、なんであれ敗れ去り、そして捕らわれたのだ。
見てみれば、聖騎士に与えられる重鎧はどこへやら、粗末な布のズボンを履かされ、上半身は裸という有様だ。
しかし、レガートは深くため息こそつけど、心底ホッとしていた。
(クリスたちは、逃げ切れたろう)
デュラハンのローゼとの戦いは実に一刻にも及ぶ激戦だった。
途中トドメをささんというところまで追い詰めたところで副将フランが再び乱入し劣勢に追い込まれるも、そこから怒涛の反撃で体力の続く限り粘り続けたのだ。
2時間近いほどの激戦の果てについに倒れたが、殿としての責務は果たせたと言っていいだろう。
レガートは若くして優秀なクリスのことを深く信頼している。
彼であれば、自分の稼いだ1時間で必ずや敵の追撃を振り切ってくれたはずだ。
後は……自分に相手がどう対応してくるか、だけである。
(自害は許されない……両親からもらった命をそんなことで散らすわけにはいかない。であれば……たとえここで命を落とすことになろうとも決して敵の拷問には屈しない、最後まで信念を貫き通す)
遠からず死が訪れるであろうことを、たとえそうでなくとも耐え難い苦痛が襲い来ることを思い、しかしレガートは冷静だった。
昔から戦場で恐れず武功を上げてきた叩き上げの軍人でもあるレガートの精神は鋼のように硬かったのだ。
そして、彼がそんな悲痛な決意を固めたちょうどそのタイミングで、ギィッと、重い鉄扉が開かれた。
「あら、起きてたのね」
(この女は……)
レガートが囚われている独房に入ってきたのは、戦場でも直に刃を交わした敵の副将、魔導師のサキュバスだ。
見るのものの目を奪う美しい顔立ちに誘うような微笑み、濃紺色の髪は緩いウェーブを描き背中の中程まで伸びて、頭には鮮やかな青い角が生えている。。
纏う衣装は服というよりもはや下着、局部をかろうじて隠しているにすぎない。
特に腰元のスカートはあまりにも短すぎてほとんど役目を果たしておらず、左右の腰につった飾り布は面積も広く長いが肝心な部分をまるで隠しておらず、むしろそれが尾のように揺れることでより扇情的に見えてくる。
「サキュバスのフランシス・クライレイよ、素敵な聖騎士様♥ 目覚めの気分はいかがかしら」
「ぐ、む……」
「あらごめんなさい、起きがけに舌なんて噛まれたら大変だから噛ませておいたのよ、後は魔法対策」
フランシスはレガートのそばに歩み寄ると、その口に押し込まれていた布の轡をそっと取り外した。
「っ……ケホッ、エホッ」
「あらあら、よだれがこんなにたくさん。喉乾いたでしょう、水をいれるわ」
「いら……な……」
掠れた声で拒否するレガートを無視して、どこから取り出したのやら美麗な陶器からカップに水を注ぐフランシス。
気を失っている間もほとんどの唾液を轡に吸われ乾ききったレガートの喉が、冷たい水を見てゴクリと鳴る。
「はい、飲ませてあげる」
椅子に固定され腕も動かせないレガートの口元に、フランシスはそっとガラスのカップを運んだ。
しかしレガートはそれを拒む。
目をつぶり、唇を真一文字に結び完全拒否の姿勢だ。
何が入っているかわかったもんじゃない。
「意地を張らないの……仕方ないわね♪」
いやに諦めが早い。
そう思って薄目で様子を見れば、フランシスはカップの中身を自分の口へと運ぶ。
何をする気か、そう思った途端。
「んんっ！？」
「んふ〜♪」
フランシスが、レガートにキスをして、さらにキュッと鼻をつままれた。
呼吸を封じられ碧眼を見開くレガートのまさしく目と鼻の先には悪戯げにニヤつくフランシスの顔。
1分、2分、鍛えられた肺活量でも限界が訪れる。
「〜〜〜っ、ハァッ、ぐむうっ」
「ん〜♥」
酸素を求めて口を開いた途端、フランシスの生暖かい舌と、妙にぬめる水、そしてフランシスの淫気を多分に含んだ呼気がレガートの喉奥に注ぎ込まれてしまう。
「ゴホッ、ゴホッ……貴公何を……！」
「喉乾いてるんでしょ、素直に飲まなきゃダメよ〜？あ、それとも今みたいに飲ませてもらうほうがいい？」
「くっ、普通に飲む！」
「ざんねーん……」
残念がるフランシスを尻目に、レガートは唇を噛み締めた。
生涯を捧げる相手のために残しておいたファーストキスが、こんな形で淫魔なんかに。
清廉潔白を地でいくだけに、ショックは大きかった。
「さて改めて、お目覚めの気分はいかが？レガート・ネストロヴィさん」
「……あぁ、貴公のような美人の顔を見られて最高さ、その頭に角がなくてこんな不細工な椅子に拘束されてなければなお良かった」
「あらありがとう♪」
レガートの皮肉に、フランシスはクスクスと笑って礼を返す。
レガートの刺すような視線を受けてもまるで動じることはない。
「さて……さっさと仕事を終わらせましょっか、まずはあなたの情報の確認から。間違ったところがあったら言ってね」
「ふん……」
フランシスはその深い谷間からどういうわけか丸められた羊皮紙を引き出して、止め紐を解きそれを開いた。
「レガート・ネストロヴィ。主神信仰国家メサイアで生まれ育つ。農民として生を受けながらも懸命に訓練を積んで軍学校に進学。周囲の視線を気にすることなく成果を上げ続け、いざ実戦では無双の働きを見せて弱冠23歳で聖騎士の称号を授けられる。品行方正、眉目秀麗、文武両道にして気高く、王に絶対の忠誠を誓うとして他の騎士たちからの評価も高く、さらに新兵クリスの才能を見出し副官に任命、その後も素晴らしい活躍を続ける、と……まるで勇者様みたいな活躍ね、神様の加護でも受けた？」
褒めちぎるようなフランシスの朗読に、レガートは苦々しい顔をした。
「私の出生に関しては合っているが、その褒めそやかすような内容は怖気が走るな。しかし一体どこから私の情報など調べた」
「あなたの知ってる人から聞いたのよ♥ 他にも色々聞かせてもらったわ、ご実家に住んでることとか白色が好きなこととか、好きな食べ物も嫌いな食べ物も意外と虫が苦手なこととかもね」
その言葉にレガートは耳を疑った。
あの気高きメサイアの民たちに内通者がいるなど考えたくもない。
所詮は敵の戯言と、すっぱり切り落とす。
しかしどういうわけか今告げられた情報はレガートの趣味趣向に関することが多い。
「戯けたことを……」
「本当のことなのに……で、さて……どうしましょうか」
「なに？」
「私の仕事は尋問なのだけれど……実のところ聞かなきゃいけないことってないのよね。あなたの国のことは全部知ってるし。お城の中の構造とか兵士の数とか」
その発言に再びレガートの背筋が凍った。
この女は嘘を言っていない。
当然のように言い放つフランシスの姿にレガートは確信した。
「己、どこから我が国の情報を……まさか私の部下たちを！」
「いやぁん♪そんなに怒鳴らないでぇ？ ……教えて欲しいかしら？と、こ、ろ、で。たくさん話して、喉渇かない？」
「ぐっ……」
フランシスはニヤリといやらしい笑いを浮かべて、先ほどの水の入った陶器を取り出した。
レガートもこの魔物が淫魔であることを知っている以上、なにを要求させるかは察している。
「さ、どういう風に飲ませて欲しいかしら？普通にコップから飲む？それか、さっきみたいに私に飲ましてほしい〜？」
「……」
「私、あなたみたいに素敵でカッコいい騎士様にイイことされちゃったら、気分良くって色々口走っちゃうかも〜♥」
「……くだらん」
レガートは再び興味なさげに視線を外した。
「私はどうせここで命尽きる定めなのだ……ここで知ろうとも意味はない。ならばせめて最後くらい、自分の矜持を貫き通すくらいのわがままを言ってもいいだろう。私は貴公の甘言になど屈しない、お前の誘惑になんぞ乗らない。何があろうともな」
「そう……残念ね」
レガートの敵意のこもった視線に残念そうに肩を落とすフランシス。
しかしすぐにまた持ち直せば、その瞳にはまぎれもない悪意が宿っていた。
「でも、そういうお固い騎士様を骨抜きにしてあげちゃうっていうのも、面白そうよね〜♥」
身に纏う雰囲気が変わったことをレガートは感じた。
先ほどまでのおちゃらけた仕草とは違い、今のフランシスは堕落の夢魔にふさわしい退廃的で破滅的な、危うい魅力を放っている。
「じゃあ、ここからは『尋問っていう名目』で好きなようにやらせてもらおうかしら♪私たちの軍ではね、捕虜として捕まえた人はその部隊のメンバーで好きなようにしていいってことになってるのよ」
「捕虜の扱いすらまともにできんとは、下賤な魔物にはふさわしいな。弄ぶだけ弄んでから殺す気か」
レガートが縛り付けられた椅子に歩み寄ったフランシスは、誘うような手つきでレガートの頬を撫でた。
レガートはそれに反抗的な視線を返す。
「殺しなんてしないわよ、誤解しないで」
「なら操り人形にでもするつもりか」
「あ、それは面白そうかも♪」
腰布を揺らしながらレガートの白い首筋をフランシスの白魚のような指が這い回る。
嫌悪感に鳥肌たつレガートの肌をカリカリと爪で引っ掻かれ、刺激がより強まる。
「敏感なのね♪」
「黙れっ……！」
「ふふ、貴方みたいな人、私ほんと大好き♥その誇り高き瞳も、高潔な心も、純潔の躰も……全部堕としてあげたい」
「ぐっ……」
フランシスが、拘束されたレガートの足にまたがり、対面座位の姿勢に持ち込んだ。
密着したフランシスの豊満な肉体、薄布一枚に遮られた乳房がレガートのたくましい胸板にむにゅりと押し付けられる。
シミひとつなく肉付きのいい太ももが擦り付けられ絡みつき、細くしなやかな両腕が後頭部にかけられ強く抱かれれば、人間離れした美貌が眼前に迫り、夢魔の甘い香りが嫌でも鼻をつく。
「というわけで……これから貴方を好き放題しちゃうわね♪戦闘では圧倒されちゃったけど……経験のないこっちではどうかしら♥」
「己……！」
スリスリと、まさしく娼婦のように体全体を擦り付けながら、レガートのズボンがスルスルとずり下され、足枷までずり下される。
黒く質素な下着が露わになり、まだ勃起の兆候を見せないその中にゆっくりとフランシスが、手を差し込んだ。
「ふふ……さ、楽しみましょう♥」
16/07/22 12:40更新 / 車輪(人物)
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