※嬌声漂うラブライド。と、夢
「・・・どうしてこうなった」
先ほどまで食事を楽しんでいた客で賑わっていた筈の店内をもう一度見渡す。
右を向けば一体のワームがパートナーらしき男をとぐろに巻きながら一方的に犯している。
左を向けばテーブルに身を乗り出したワイバーンが尻を突き出し、すぐ後ろにいる男にバックで犯されている。
少し前をを向けば先ほどまで暴れていた観光客の男が近くのジャバウォックに騎乗位で絞られているし、目の前には半狂乱になって暴れているオレのツレ。
「・・・どうしてこうなった」
半ば理性が落ちそうになりつつあるオレの頭は、ずっとそんなことばかり考えている。
―――小半刻ほど前。
「いらっしゃいませ! お二人様でしょうか?」
ラブライドの店内に入ったオレ達に、元気なワイバーンの一声が入る。
「ん、2名で」
「かしこまりました! お二人様カップル席にご案内でーす!」
「え、ちょっ・・・ああ・・・」
オレが抗議の声を上げる前にワイバーンは案内を進めていく。
・・・カップルか。魔物娘連れて二人だし、一線も越えた後だからどこもおかしくは無いのだが・・・言われると何かもどかしいな。
オレはしぶしぶそのワイバーンに案内される。その後ろからオレの背中部分の服を掴み、まるで隠れるようなそぶりを見せつつ周りをキョロキョロするエルフィ。
やがて二人分の席があるテーブルに案内され、『ご注文がお決まりましたらお呼びください』という言葉を残してワイバーンは去る。
「さて」
ここで周りの状況を見て一つ思う。
カップル席、だったか。カップルというだけあって周りには2人分のテーブルの椅子があるわけで。
ちょうど昼時だからお客さんも一杯なわけで。カップル席もほとんど埋まっているわけで。
そんな周りはどこもかしくもイチャイチャしている状態にあるわけで。
「・・・。」
ぱらり、と近くにあったメニューを開く。
夫婦の果実ミックスジュース。パムム。チョコレートホーン。虜の果実パフェ。魔界カクテルなんてのもある。
そしてメニューに出されている品の法則性を見て、確信。
「(夫婦用の店だこれえええ!!)」
机に打っ伏したくなる。
オレは魔界料理の店とだけあって何気ない、オレがいつも行くような普通の店か何かかなと思ったのだが、見事に裏切られた。
なるほど、そういえば竜騎士の間でも人気な店だと耳に挟んだことがあったが、そういうことか。そりゃ人気なわけだ。
相棒とイチャイチャできる店なんて竜騎士にとっては重宝するだろう。あいにくオレはそんな見せ付けるような展開はあまりお望みではないぞ。
「目立つ店に入ってしまったなぁ・・・」
こういう店は苦手なオレは、小さく嘆息。
「トーマ、人がいっぱいだね・・・何かあるのかな」
対して、こちらは珍しいものを見るかのように周りの見せ付け合っている夫婦を見るエルフィ。
「・・・皆自分たちのことに夢中なんだろ。とりあえずこの中から選んで食べよう」
「!、そうだご飯だゴハン! どれがいいかな〜!」
エルフィがメニューの中を眺めながら選び始める。
オレもメニューを見、しばらく眺めた後、これなら大丈夫そうかなとメニューの端っこにあったドランスパンを注文することにする。
エルフィのほうは写真を眺めつつ難しい顔。・・・どうやら長くかかりそうだ。
オレはその間店内の様子を見る。
すると夫婦となった男女達の中に、竜騎士となった同僚の姿があった。いや、よく見ると名前も知らない顔見知りがちらほら見受けられる。
カップル席でイチャイチャする者。
カウンター近くの席でおそらく今後の予定について話し合っているもの。
遠くの窓際の席にて、竜と共に机に向かって書き取りをしている者。
「竜騎士、か」
―――『たとえ竜騎士を辞めることになっても俺は何も言わないし攻める気もない』
―――『俺が無理やり連れてきたようなものだし。こればかりは後悔の無い様に選ぶべきだからさ』
幼馴染の言葉を思い返す。
確かに、やることが見つからない中で幼馴染に誘われて。竜への憧れや好意とか、そういうものを持ってはいなくて。・・・ただそれでも、竜騎士になりたくて。
「・・・いや、違うな」
"竜騎士になりたくて"ではない。そも、竜騎士じゃなくても良かった。
魔物領の騎士でも教団の方でも。医者。学者。なんでもいい。―――ただ誰かを助ける者になりたくて。
それが、たまたま竜騎士だっただけ。
「・・・昔から、熱意が感じられないってよく言われたな」
「・・・? どうしたのトーマ?」
「んぁ? あー、ただの独り言。それより決めたのか?」
「あ、うん! 私はね」
その時、目の端に捕らえた。
エルフィの頭に向かって飛ぶ、ナイフが。
トマとエルフィがラブライドに入ってすぐのとある席―――。
「あぁあああああ、くそ! くそ!」
その男―――ディマ・アングルクは自分の席で、昼間だというのに酒の匂いを辺りに巻きながら一人酔っていた。
「ああもう、ホント今日はついてねぇ・・・」
「・・・あーうん、ついてねェのは分かったからさ兄貴、そろそろ飲むの止めた方が」
酒のにおい漂うディマの対面に座っている男―――サイモンが心配そうに声をかける。
「ばぁろろお! 何言ってんだ、今日あはぁああ朝まで飲むんじゃあああい」
「朝までって・・・まだ昼じゃないっすか。それにここ居酒屋じゃないんですから」
「知るかんなもん・・・」
ディマはそう言ってまた魔界酒をビンごと担いで飲み始める。
「ええい・・・なんでリリアフラウが負けるんだよ・・・聞いてねェよ」
そのままビンをテーブルに叩きつけ、うっぷ、と大きく噯気をする。
彼の言うリリアフラウ、というのはドラゴニア闘技場で今名をとどろかせている竜剣士の名前のことである。
『蒼炎のリリアフラウ』。かつて闘技場で無敗を誇ったリザードマン「剣聖ドランディーナ」の再来、とまで言われるこの国屈指の竜剣士。
ずっと前から緊急討伐依頼が出ているものの、その依頼が達成されたことは無く、今までも、そしてこれからも無敗を放つ竜剣士。
―――だと思われていた。つい先ほどまでは。
「まぁ、仕方ないっすよ・・・俺も目を疑いましたもの」
サイモンも肩をすくめる。
ドラゴニアにあるドラゴニア闘技場には日々色々な形式での試合が行われている。
その形式の中に、非公式にだが賭博試合というものがある。
名前の通り、一人、もしくは不特定多数の選手に金を賭け、トーナメント形式で戦った後の順位で掛け金が倍になると言うものだ。
この二人、今日行われたという賭博試合に行ったときのこと。その賭ける選手の中にそのリリアフラウが居たのだ。
無敗を誇るリリアフラウのことだ。なぜ彼女がこんな試合に居るのかは分からないが、これはこの勝負勝ったと手持ちの全財産をリリアフラウの一本に賭けたはいいものの。
彼女は初戦にて、ある一人の男に拮抗した末に敗退した。
彼女自身も、そして彼女に賭けた者達―――ディマ達も信じられないものを見るかのような状態になっていた。
「あのローブ男・・・あんな細い体からどうやってリリアフラウの一撃を受け止めて・・・」
「知るかい、んなもん!ああああ、くそおおお、オレの全財産がぁ・・・」
そんなわけで真ッ昼間なのに、酒屋でもないのにすっかりやさぐれ飲んだくれているという状況、というわけである。
そんなテーブルの方に、ツカツカと近づく影があった。
「・・・あの、お客様、もう酒はこれぐらいにしたほうが。周りのお客様のご迷惑になっています」
「ああん?」
うっぷした顔を声のする方向に向けるディマ。
その先にはこちらに冷ややかな目線を向ける、天鵞絨色の鱗をしたワイバーンの姿があった。
「なんだ譲ちゃん? いいじゃねェか、こちとら客だぞ? 好きなように飲ませろや」
「お、おい、兄貴・・その人!?」
そのワイバーンを見て顔を青くするサイモンだったが、酔っている勢いでそのワイバーンの姿が見えていないのか、ディマは横目に新しい酒瓶を口に持っていこうとする。
ワイバーンはそれをすばやく奪った。
「・・・邪魔になっているって言うのが聞こえないの? その耳は飾りなのかしら」
「ああ? なんだテメェ、人のもん勝手に奪いやがって・・・!!」
「これはウチで準備したものよ、それにもう何本飲んだと思ってるの。その身なりでこれだけの量払うお金あるの? さっき全財産無くしたって言っていたわよね」
「知るかよ! 返しやがれ!」
ディマは舌打ちをすると手を伸ばし、ワイバーンの持つ瓶を奪い返そうとする。が、酔っているせいか手元が狂い、酒瓶に向けた手は空を切る。
「もう奪う力もなさそうだけど? いい加減にして帰ったら? 今ならツケで間に合うわよ」
「テメェ・・・調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
煽りとも言い切れないようなワイバーンの言葉に肩を震わせ、サイモンが止める暇も無くテーブルに拳を打ち立てて立ち上がるディマ。と、その時。
ちょうどテーブルを何も無いところに拳を叩くつもりが、テーブルの上にあった皿の箸に打ち付けてしまう。さらにその皿には食事用のナイフがあり、ちょうど拳の方とは反対側の上に置かれてあった。
それが強く打ちつけたられたことでナイフがシーソーのように空中に弧を描きながら勢いよく放り出され、回転しながら落ちていくそのナイフの切っ先には―――。
「―――っ!!」
気づいたときには左腕を突き出していた。同時に鈍い痛みが腕を伝う。
「・・・えっ?」
エルフィが呆然とした表情でオレの顔を見、ついで突き出された左手の方に目線を向けている。
飛んできたナイフをとっさに弾くか、もしくは掴もうとしたまでは良かった。その掴んだ先がナイフの刃の部分でなければもっと良かったのだが。
食器用ナイフは人肌を傷つけるような切れ味はもっては居ないハズだが、持った拍子に摺れたらしく、手の中で何かが漏れ出したような感触がした。
「お客様! 大丈夫ですか!?」
「は、ハイ」
先ほどの案内をしてくれたワイバーンが、こちらの異常に気がつき飛んでくる。
ナイフの柄を右手で持ち、ゆっくりと左手を開く。ジンワリと手が赤く染まっているが、ただ痛むだけで軽症の範囲内だ。
「申し訳ありません、今すぐ治療を」
「ああ、大丈夫です。これなら放っておけば直りますから・・・」
そう言ってワイバーンに目配せすると、オレは飛んできた方向、・・・観光客らしき風貌の男と店員のワイバーンへと目を向ける。
そちらの方はこちらの事態に気がついていないらしく、今にも取っ組み合いの喧嘩が起こりそうな雰囲気を周囲に出している。
(・・・店出たほうがよさそうだな)
そう判断すると、席を発とうとする。入ってすぐ退室するのはどうかと思うが、あの横で飯を食べるのは御免被る。
「さてと、エルフィ・・・エルフィ?」
そうと決まればとエルフィのほうを見ると。エルフィはオレの引っ込めようとした左手を掴んでいた。
「・・・かい」
「・・・? どうした?」
「あッ・・・か・・・・あ、あ・・・」
エルフィはオレの赤くなった左手を見ながら、なにかうわ言のように呟いている。
・・・肩が震えている。左手を持つ手が震えている。
様子がおかしい―――そう感じたときだった。
「あ、あああああああああああああああああああああああああ嗚呼アアアアああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhhaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
「ッ!?」
目の前の魔物娘か発せられる。魔物の咆哮。鼓膜が破れんばかりの大きさに耳を両手で塞ぐ。
辺りの空気が大きく揺さぶられる。立つ事が難しいほどの衝撃が襲う。
「え、エル、フィ!?」
「アアアアアアアアアアアアあああああああああああ!!!!!!!!」
何とか声に出そうとした声も、咆哮によってかき消される。
すると、今度は咆哮に混じり、何か紫色の瘴気のようなものが口から出ているのが見えた。
徐々に漏れ出していたそれは、気づくと今度は放射するかのように勢い良く出る。
「ブレス・・・!?」
ドラゴンが持つ全てを焼き尽くす炎の息。それがオレを含め、店内のあらゆるところに放出される。
「ぐ、あっ・・・」
そのブレスをもろに喰らう。吸う。と、頭がクラクラし始めた。
前にエルフィに押し倒されたときと全く同じ感触である。意識が朦朧とし始め、思考がドロドロに解けていく。
「あぐっ・・!?」
ついに立っていられなくなり、四つんばいになる。横を見ると、店内の客や従業員も同じ状態になっていた。
あるものはオレと同じ四つんばいで、あるものは頭を抱え、あるものはぼうっとしながらその場に立っている。
・・・その中で、全員がどこか憂いの表情をしているのは共通していた。
「あはぁ〜♪・・・男、男だぁ・・・♥」
「あー、うぉ・・・メス、俺の・・・メスゥ!!」
少し経つと店内でそのような嬌声が立ち始める。
ちょうどオレのすぐ横に居た男がつがいのワームに服を引きちぎられ、とぐろに巻かれ、一方的に犯され始めた。
離れたところでは従業員のワイバーンがカウンター席に座っていた男に覆いかぶさり、まるで恋人のように熱いキスをしながら目合っている。
あるところでは男が相方のドラゴンの胸にむしゃぶりつき、あるところではドラゴン・ワイバーン・ワームの3人に同時に犯されている男も居る。
四方八方から、嬌声、水音、打ち付ける音、交わる音が、鳴る。まさに乱交会場かのごとく。
「くっ、そ・・・」
どうしてこうなったのか微塵も分からないが、このままではオレもどう二かなりそうだ。
オレは目の前に居るエルフィを見る。
エルフィは膝立ちになってその場かラ動かないものの、頭を四方に向きながらブレスを吐き続ける。
「ふん、うう・・・」
四つんばいのままエルフィに近づく。近ヅクにつれ意識ガ落ちそうになる。それをなけなシの気合でねじ伏せる。
一歩一歩、エルフィの足元へ。
「エルフィ・・・!!」
時間をカケテたどり着くとオレも膝立ちになり、エルフィを正面から抱きかカエる。
「落ち着、け! エルフィ!!」
「AAAAAAAAAAAAAAAhhhhhhhhhhhhhああああ!!」
声と同時に肩を抱ク手に力ヲ入れる、が、ブレスの勢いは止まらなイ。
エルフィの目は瞳孔が見えないホドに赤く血走り、まるで周りが見えていナいかのヨうだった。
「ええ、い・・・」
このまマデは埒が明かない。せめテ、ブレスだけでも何とかしなヶレば。
ただ、モウ両手を動かす力も限界ダった。意識が堕ちる。
「・・・ッ!」
動け、動け、せめて、クビだケデも!!
「エルフィ・・・」
「AAAAAAAAAhhhh・・・ッ!!?」
オレはブレスを吐き続けるエルフィの口に、オレの口で蓋ヲスる。
ブレスが一気にオレの口内に、肺に、カラダニ、充満シテイク。
「カッ・・・・ハッ・・・・」
堕ちる。けれど、抱きかかえる力は強く。
隙間から、ブレスが漏れないように、力強く口付けを。
「クッ、ふッ!!」
「――――――――。」
そして、限界が訪れる。
力を保ったまま、オレノ・・・メノマエハ・・・。
「・・・・ト、マ・・?」
夢を見た。
聞き覚えのある声がする。
「ひっぐ、ぐすっ・・・」
「大丈夫だよ! 村の皆が助けに来るよ! 絶対!」
聞こえてくるは、二人の子供の声。
一人は泣きじゃくり、もう一人がそれを宥めている。
・・・オレは、この光景を知っている。
忘れもしない。忘れたい。思い出したくない。・・・オレのトラウマ。
『なんでだ』
なんで今更、これを見なくちゃならないんだ。
忘れるなってか。恨んでるってか。オレは・・・
「ねぇ、返事してよ!!」
指先に力がこもっているようだった。だが、握り返す力は無い。
「起きてよ―――、フォルナ!!」
そこで視界が暗転した。
いつもならこれで終わりだ。こうして後は起きるだけ・・・のはずだった。
「ほう、面白いのがかかった」
目の前は相変わらず真っ暗だが、雪を掘り返す音と共に、聞きなれない声が聞こえた。
「子供二人・・・片方は、まだ生きているか。さすがに生き人に手を出すと後が煩くなるな」
そうして何かに抱きかかえられる感触がする。次いで雪の上に何か落ちる音。
「人形はこれで良い。さて、竜騎士が来る前に逃げるか」
揺さぶられる感覚がする。最後に、この世のものとは思えない、薄気味悪い笑い声が聞こえた。
視界が、暗転する。
17/11/23 14:33更新 / キンロク
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